Auf Regen folgt Sonnenschein.   作:炸裂プリン

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Gleich und gleich gesellt sich gern. Teil1

代理人(えーじぇんと)! 一緒に、遊ぼ!」

 

 執務室。アルプス山脈よろしく積まれに積まれた書類の乗った事務机を前にして、辟易としたため息を交えながら益体も無いペン回しに興じていた代理人は、ペンを持たない方の腕へ、抱き着く様に身を委ねながらクイクイと袖を引っ張る彼女に苦心していた。

 黒十字帝国学連(シュバルツクロスライヒ)はM.E.N.学会よりロールアウトされ、数ヶ月前に配備された彼女――VK1602試作型。通称「レオパルド」と呼ばれる、どこか原始の純真さを秘めた彼女に、とても良く懐かれていた。

 と言うのも、愛らしい子猫のような容姿に何かを刺激された代理人が、ひたすら可愛がってしまったが故なのだ。

 しかし当然、出会った最初のうちは警戒された。

 

『がるるる・・・・・・! 誰!?』

 

 装甲列車から搬入され、顔を合わせて早々に取られたアクションが威嚇であった。

 突然の事で僅かに怯んだ代理人だったが、すぐさま表情を――目元はバイザー越しなので口元だけ――柔らかくすると、口を開いた。

 

『ようこそ、ボクの部隊へ。ボクは君をココに呼んだ代理人だよ。頼りないかもだけど、これからキミと共に歩む者だ。ちなみに好きな物は味の濃いもの全般と家族。嫌いなものは災獣。よろしくね』

『・・・・・・う、えーじぇんと?』

 

 簡単な自己紹介を済ませた代理人に対し、レオパルドは僅かに警戒を緩めると、彼女のある一点――機械化された左腕と左眼に視線を上下させながらポツリと告げた。

 

『・・・・・・にんげん?』

『いや、うん。半身がほぼ機械(こんなの)だけどニンゲンだよ、うん。疑問を疑問のままにしない、素直な良い子だねキミは』

『グルル。データベースの情報と、違う。ニンゲン、もっと柔らかそう』

『硬そうな平たい胸で悪うござんしたね!?』

『? そっち、違う』

 

 訝しげに告げるレオパルドへ、小粋な自虐ネタ――代理人の鉄板ネタである。戦果の程はお察しだ――を発してみても、やっぱり警戒して近付くことすら出来ないレオパルドに、当時の代理人が野良猫を脳内に描くのは無理からぬことだろう。

 そのような出会いからしばらく。何とか仲良くなろうと、代理人はレオパルドと辛抱強くコミュニケーションを重ねた。

 具体的には、

 

『レオパルドちゃん任務完了おめでとー。怪我もなく一緒に帰還できたのは君のおかげだよ。ヨシヨシしてあげよう』

『やめて』

 

 ペシッ。

 

『あたっ。平手で弾かなくても良くない・・・・・・?』

 

 嫌がらない程度にスキンシップを計ってみたり、

 

『レオパルドちゃん、レオパルドちゃん』

『なに? 戦い、いく?』

『いや物騒だね。違くて、じゃーん。ほら見てよこれ、皆にはナイショで買ったバームクーヘンでーす。一緒に食べよ!』

『いらない。晩御飯前に、お菓子、食べるの良くない』

『うぐぅ、正論。・・・・・・じゃあまた今度にしよっか』

『でも、甘い物は良い。コイの話とお菓子、別腹って、バレンタイン言ってた』

『コイ・・・・・・? ああ、恋ね。いや、新入りに何を教えてるんだバレンタインちゃん・・・・・・』

 

 代理人が個人的に取り寄せた嗜好品――主に菓子類だ――を分け合ってみたり、

 

『・・・・・・えーじぇんとは』

『ん?』

『えーじぇんとは、一緒に食べると、嬉しい?』

『そりゃーね。好きな物を仲良しな人と分け合うと、もっと仲良くなれるし』

『――仲良し。わたしが?』

『え、うん。だってレオパルドちゃんはもう、この部隊の・・・・・・ボクの家族も同然だし』

『――かぞく』

『そ、家族。ふぁみーりあ』

『兵器、だよ?』

『パッと見だとボクの方が兵器っぽく見えちゃうんじゃないかなー。ほら、義手はメカっぽさ丸出しだし。傷跡だらけだし、バイザーはこんなのだし、前線に立ってる写真出回ってるし』

『う、でも、えーじぇんとは、ちゃんとニンゲン。私、兵器(DOLLS)。災獣を駆逐するモノ。そんなのが、家族?』

『自分の気持ちがあって、自分で考えて動いて話す君たちを――少なくともボクの傍にいる子たちを、兵器(そんなモノ)として見た事ないよ。はいこれレオパルドちゃんの分』

『ん、ありがと。・・・・・・私は、兵器のままじゃなくて、良い? うまく、お話しも出来ない。欠陥のある、私も』

『最初に会った時から、そうあって欲しいと思ってるよ』

『――うん』

『あと、その喋り方は凄く可愛いと思う』

『うん! ありがと、えーじぇんと!』

 

 言葉を発する事が苦手な彼女との会話に根気強く付き合ったり。

 

「代理人、遊んでくれる、言った! 私、昨日、頑張った! だからご褒美っ! ヨシヨシもして!」

 

 その結果、当初の代理人が想定していた以上に懐いてくれたレオパルドは、すっかり代理人の傍に居るのが定位置になっていた。

 警戒が解けず、言動自体は幼いながらも聡明な彼女を〝手のかかる妹がいたらこんな感じか〟なんて思っていたのが遠い過去のように思える代理人は、もはや〝野生を失った飼い猫〟の様に、忙しい現状に限って甘えてくるレオパルドへ、言い辛そうに重い口を開いた。

 

「いやね、レオパルドちゃん。ボクもそうしたいのは山々なんだけど、今は手が離せなくてね」

 

 ほらこれ、と視線を向けた先には書類の山脈(ツークシュピッツェ)

 代理人は、視界に高々と聳えるそれを見ながら、これがすっかり消えることは永遠にないのではないだろうか。例え消えることがあったとしても、その頃には自分はおばあちゃんになってやいないか、等とやはり荒唐無稽で益体も無い事を考えていると、執務室の扉が開かれ――

 

「うわ、何あれ」

「にゃ!? 書類、歩いてる!」

 

 なんという事だろう。高層ビルが如く積まれた書類が、黒い軍服に包まれた足を生やしてヒョコヒョコと執務室に入ってきたでは無いか。

 更に驚くことに、

 

「偵察機からの報告書と、整備会(エノシス)及び学連からの生存圏拡張と共生種の早期討伐の催促。鉄道路線の配備状況の報告書に、消耗品類の在庫状況。各領域に駐留中DOLLSからの要望書・・・・・・その他、代理人の確認と署名が必要な文書各種、置いておくぞ」

 

 その書類の大山は可愛らしくも凛と引き締まった声で、代理人にとって死刑宣告に等しい言葉を発したのだった。

 しかし当然、それは無機物が生命を獲得した等という、災獣の再来を予期させる悪夢ではなく。

 

「ま、マウスちゃん手加減して・・・・・・」

 

 代理人の副官を務めるDOLLSたるマウスが、追加の書類を持ち込んできただけであった。

 絞り出すように零れた代理人の悲鳴は、代理人の前に分類ごとに丁寧に書類を振り分けるマウスの手によって、いとも容易く振り払われてしまった。

 

「わらわに言われても困る」

「うう、もう文字読みたくない。ペン持ちたくない。なんでこのご時世に書類なんだよう・・・・・・」

「確実性が違うからだろう。ボタン一つ、プログラム一つで根こそぎ消されるデータと、直接手にして何らかの手段を講じる必要がある文書では信頼度が違う」

「うあー、マウスちゃんの花丸な返答で頭が痛いよ・・・・・・」

「シャキッとしろ、代理人。わらわの上官たるならば、もっと凛とせよ。それに、わらわも手伝うのだから、苦労は半分だろう」

 

 そう言って、積まれた文書の中から幾つかを手にしながら自身に用意された席に着くと、マウスは書類に目を通し始めた。

 

(そも、代理人(ボク)の仕事なのだろうかコレは)

 

 代理人の主目標は人類の生存圏の拡張及び奪還である。つまりは災獣と戦い、殲滅することこそ本懐だ。

 それがどうして、指揮ではなくペンを取らねばならないのか。

 そのように現実逃避(思案)する代理人は、いっそメシアにも手伝ってもらおうかと自室に視線を向けた。

 

「えーじぇんと!」

「わっ」

 

 しかし、動かした視界は、レオパルドの愛らしい膨れ顔で塞がれてしまった。

 互いと視線が至近距離で交わる体勢で、しかしレオパルドは臆せず代理人へ告げる。

 

「いつ、終わる? 私、もう待てない!」

 

 ぎゅう。代理人の白い軍服にシワを作りながら迫るレオパルドは、追い詰められた代理人がぶつかる衝撃で不安定に揺れる、崩壊寸前の書類なぞ目に入っていないようだ。

 我関せずと言った風に自身の事務机で文書を処理するマウスへ救援要請(視線)を送ろうとする代理人は、しかし両頬を温かい子供体温の手で挟まれ、それすら出来なくなってしまった。

 再び視界を占めるのは、爆発寸前の擲弾の様な、不満を目一杯表情に押し出した口をへの字にしたレオパルド。万事休す。

 

「いや、レオパルドちゃ」

「言い訳、ダメ。うにゃー!」

 

 何とかレオパルドの興奮状態を抑えようと口を開いた代理人だったが、果たしてそれは叶わなかった。

 言い訳をしようと分かりやすく目を逸らして、何事か告げようとした代理人を目敏く見抜くと、レオパルドは電光石火の動きで彼女へ飛び掛った。

 その姿、パソコン作業中の飼い主へダイブする家ネコが如し。

 

「にゃー!?」

「おい、うるさいぞ代理人。騒ぐなら他所で・・・・・・!?」

 

 流石に騒々しかったのか、マウスが注意を促す横で、まさかそのような行動に出られると思っていなかった代理人は珍妙な悲鳴と共に押し倒され、跳ねた脚は()()()()()()()()()()()()

 そう、うず高く奇跡のバランスで積まれた書類が鎮座する机を、無常にも下から蹴りあげてしまったのである。

 固定された机下部に叩き付けられる爪先は悲鳴と痛みを生み、打点からダイレクトに伝わる衝撃は書類の山岳を突き動かし雪崩を起こさせ、一瞬にして大河へと変えた。

 その様は、さながら神々が成し遂げたもうたと言う創世神話のようで。

 

「にゃー!?」

「ま、マウスちゃーん!」

「えーじぇんと、あそぼ! あそぼ!」

 

 そのような現実逃避もしたくなる、書類雪崩に巻き込まれたマウスは、神の気紛れに巻き込まれた不運な人類のようだった。

 

 ――そんな騒がしくも愛おしい日々を寮舎の屋上で思い出していたレオパルドは、ゆっくりと息を吸い込んだ。

 本来、DOLLSに必要ではないこの「呼吸」という行為が、レオパルドは好きだった。

 生物を生物たらしめる行為だからと言うのもそうだが、なにより嗅覚機能を刺激する「匂い」を、機能としてではなく、より感覚的に感じ取れるからだ。

 鼻腔を過ぎる匂いには、様々な情報が詰まっている。

 例えば、屋上をゆるりと包む空気が孕むお日様の匂い。干されたシーツに染み付き香る仲間たち(かぞく)の匂い。換気口から漂う香しい匂いからは、どのような食事が作られているかある程度の予想ができる。

 風が運んでくるのは、恐らく格納庫からであろう鉄と油の匂い。その風で揺れる自身の髪からは、代理人の物と同じヘアシャンプーの匂い。

 とかく、嗅覚機能に意識を向ければ、大抵の匂い(情報)が集まるこの場所が、レオパルドはお気に入りだった。

 屋上の欄干に背を預け、代理人と食べたシュネーバルの様なコロコロとした雲が泳ぐ空を眺めながら、しきりに鼻を動かし、耳を澄ませた。

 

(ん・・・・・・、今日のご飯、お肉?)

 

 鼻腔をくすぐる野性的で大雑把な香辛料の香りは、それが星屑連邦学連(スターダストユニオン)の所属DOLLSが料理担当になった際に良く嗅ぐものだった。

 戦線維持の為に戦地に赴いているDOLLSたちが、City帰投中に行う主な仕事が、当番制の家事である。

 その精査は様々で、得手不得手の関係なく各領域からの帰投組――非番組とも呼ばれている――から選出され、その腕前には明確な〝当たりハズレ〟がある。

 すなわち、料理であればメシマズとメシウマの差が如実に現れる日が存在するのだ。

 〝三度の飯より闘争が好き〟と言った連中が当番になった日はまだ良い方で、今回レオパルドが感じたような、誰でも出来る簡単な焼き物料理で()()()()()()()

 これが壊滅的な腕前を持った者になると悲惨なもので、その日の食事はお通夜の如く悲壮なものになる。

 II号戦車が自信満々に出した食事で、非番組(と代理人)が壊滅寸前になった事件は既に遠い記憶であるはずなのに、レオパルドは昨日の事のように思い出せた。

 

(あの時は、ライトニングすら消沈してた)

 

 しかし、双子の騒がしい方が沈痛な面持ちで静止し、大人しい方が目をぐるぐるさせてII号戦車に罵倒を浴びせ、代理人が錆だらけのブリキ人形のような動きで食べきり卒倒したおかげで、練習と味見の重要性を学んだII号戦車の実力は、まあまあ食べられるレベルまで成長した。

 そのような事件があって以来、毎週張り出される当番表は、さながら自動式拳銃で行われるロシアンルーレットである。

 それでも当番制の廃止を願う声が上がらないのは、何だかんだで、食べる事も作る事も楽しんでいるからだろう。

 レオパルドもその一人だった。

 聴覚機能を研ぎ澄ませ、換気口の奥に潜む調理の音と、それに紛れる調理場に(たむろ)していたのだろうDOLLS(なかま)の声を拾い上げれば、それが家族というコミュニティで作られる景色の一幕であると、嬉しそうに語っていた代理人の顔が脳裏に浮かんだ。

 

「・・・・・・。かぞく」

 

 不意に、楽しい思い出に自然と笑んでいた口元が陰る。

 一週間前、レオパルドはその家族に牙を向いてしまった。

 感情を暴走させたマウスが、代理人を傷付けたと聞いて、身体が動くのを止められなかった。

 言語機能に欠陥があるままロールアウトされ、言葉を介したコミュニケーションが苦手な自分を、ならば兵器としての自分に徹しようとした自分を、家族として向かい入れてくれた温かく大切な人が小さくない傷を、それも代理人が信頼を置いているマウスが、その信頼を裏切る形で行った事に、どうにも我慢が出来なかったのだ。

 ただ、それによって生じたマウスとの隔たりが、どうにもレオパルドの胸中に小さな楔となって突き刺さって離れない。

 厄介なことに、この楔には返しが備わっているらしく、無理やり引き抜こう(悪いのはマウスだから良いんだ)と思案しても、その時の後悔が思考を乱して息が苦しくなる。

 そも、結果を見ればマウスと代理人の信頼関係が強すぎたが故の事件であり、そこに裏切りなど無かった事に、後々になってからIII号戦車から事の詳細を聞いたレオパルドは目を丸くした。

 

(蹴ったの、私が悪い。マウスと代理人、悲しそうだった)

 

 代理人からも心配され、落ち着いたら仲直りしようねと諭されたのだが、マウスの顔を見ると血の匂いを纏わせて医務室に運ばれる代理人の姿がフラッシュバックし、気付けば唸り声を上げてしまう。

 どうしようか悩むレオパルドは、しかし代理人に相談するのは何故だか卑怯な気がした。

 彼女にお願いすれば快くマウスとレオパルドの間に立ってくれるだろう。

 

(悪いの私、だから)

 

 元々はグレーテルの語る言葉の中で、代理人負傷の理由部分だけで頭に血が登り、襲いかかってしまった短慮さが原因である。

 その謝罪に、多少なりとも関係はあるが、極めて個人的な思い込みで生じた仲違いに代理人を巻き込むのは、何か違う気がしたレオパルド。

 かと言って自分の拙い喋りでは彼女以外に相談なんて無理だろうと、同じ理由でマウスと相対する気にもなれず、仲直りを先延ばしにする日々。

 つまるところ、

 

「・・・・・・う、八方塞がり」

 

 レオパルドは、困っていた。

 このお気に入りの屋上での日向ぼっこも、最近では仲直りが出来ない現実逃避に行っているような気がして、正直なところ座りが悪くなっていた。

 

「ん・・・・・・どうしよ」

 

 少し前までの穏やかな気持ちは急降下。スツーカが行う爆撃のように地に突き刺さり、()()()()としてしまった気持ちが重たくて、レオパルドは床にゴロリと寝転んだ。

 日に温められた、お世辞にも寝心地が良いとは言えないタイルが、レオパルドを反抗的に受け止めた。

 寝てないでマウスに会いにいけと急かされているようで、レオパルドは煩わしげに尻尾でペシリと床を叩いた。

 

「うー、無理。マウスも、怒ってる」

 

 ――多分。徐々に小さくなる声音が語るのは、やはり本心では仲直りしたいという気持ちだった。

 ただ、災獣にするように放ってしまった理不尽な回し蹴りを受けたマウスは、きっと自分に怒っているだろうという予想が、小さな恐怖となって押しとどめていた。

 

(嫌われるのは、イヤ)

 

 自分から嫌っておいて何を自分勝手な。しかも理由を知って直ぐに手の平返しだなんて浅ましい。

 聡明なレオパルドは、しかしだからこそ思案した自己嫌悪と未来予想で動けない。

 得にマウスは、この部隊に配備されてから何かと顔を合わせている。

 特に戦場を共にする機会があるII号戦車を除けば、レオパルドはとても親しいDOLLSの一人だ。

 そんな存在に、自分がした様な排他的な行動を取られたらと思うと、レオパルドは胸の奥が酷く冷えていく感覚を覚えた。

 

(なら、そんなふうになるなら、いっそ)

 

 今のままで良い。もう何度目か分からない結論を出そうとしたその時だ。

 

「レオパルドちゃんみーつけた!」

 

 そんな声が、屋上の出入口から聞こえたのは。

 

「――っ! だれ!」

 

 陰る心境と思考に沈んでいて音も匂いも埒外に置いていたレオパルドは、思わず身構えた。

 鞭のように振るった尻尾で器用に重心を移動させると、弾かれたように身を起こし姿勢低く声を上げた。

 

「ひぃ、急に大きい声上げてごめんね! 何だか落ち込んでそうだから、敢えて明るく声をかけたのぉ!」

 

 だから怒らないでぇ! 情けない声を上げ、戦場の近くで稀に見かける小動物の様に怯えて尻もちを着くIII号戦車に、レオパルドは刹那で毒気を抜かれ、てちてちと近付くと軽く謝って助け起こした。

 

「う、ごめん。驚かした。謝る。私、考え事で、ビックリした」

「う、うん。こっちこそゴメンね、変な声の掛け方して、おまけに怯えちゃったりして」

「ん、怯えるの、平常運転。慣れてる、だいじょうぶ」

「あ、あう・・・・・・」

 

 ほんのりと羞恥で頬を染めながら、III号戦車はレオパルドの手を取って立ち上がった。

 この、か弱い様相のDOLLSが、ひとたび戦場に出ればマウスの背を守り、前線を切り開く一翼を担っているのだから不思議なものである。

 レオパルドはIII号の風に揺れるアホ毛に猫パンチを食らわせたい気持ちを抑える為に、そんな事を考えた。

 

「それで」

 

 羞恥心を紛らわせるためか、特に汚れてもいない服のホコリを払うIII号を見詰めながらレオパルドは口を開く。

 

「私に、ようじ?」

 

 

 

 

 その声を聞いて、私はハッと我に返った。

 

『最近、飯時に顔を出さないDOLLSが居るよな、III号? 嬉しい楽しい飯だってのに来ないチビが。・・・・・・あン? 〝それが何か〟って、代理人(Agent)の言葉を忘れたのか!? 〝ご飯は可能な限りみんなで〟がキマリだろ! ここまで言えば分かるよな? レオパルド(Leopard)にこのあたしのsteakを絶対に食わせるために、お前が呼んでくるんだよ。おら何ボーっとしてる早く行け! じゃないと蜂の巣にすんぞ――Hurry!Hurry!Hurry!Hurry!』

 

 T-77MGMC――T-77さんが、豪快に希少なお肉(代理人さんが、もう直ぐ前線から帰還するサンダーボルトさんに調理をお願いしていたような・・・・・・?)を焼き上げ、乱雑に香辛料を振るう姿に目を奪われていた(別にお肉に目を奪われたワケではないです!)私は、彼女の榴弾が至近距離で炸裂したような声に背中を押され、基地内を駆け回ったのが数時間前のこと。

 T-77さんの苛烈な声に、本当に蜂の巣にされるのでは!? なんていう有りもしない想像で半ば混乱気味に走り回り、ばったり顔を合わせたハリケーンさんに「はしたないから落ち着きなさいな」と紅茶を貰って、漸くレオパルドちゃんお気に入りの屋上を思い出し、そして、

 

 ――そして、何か落ち込んでいるレオパルドちゃんを見つけたのです。

 

 いや、理由は知っているのだ。

 レオパルドちゃんが暗くなっているのは、グレーテルさんが唐突に現れて、マウスさんが起こしてしまった事件を暴露した際に起こした行動が原因だ。

 代理人さんは、どうするかはレオパルドちゃんに任せると言っていたけれど・・・・・・。

 

「私ね、レオパルドちゃんとお話したくて来たんだ」

「・・・・・・ん、お話?」

 

 家族が暗くなっている姿を、どうして見て見ぬふりができるだろう。

 きっと代理人さんも、暗くなっている家族を見かけたらこうするはずだ。

 

「うん。レオパルドちゃんが気になってること、悩んでること、私に聞かせて欲しくて」

「――っ、ない。何も、悩んでない」

「そうかな。さっきのレオパルドちゃん、凄く苦しそうだったよ?」

「そんなこと、ない! III号、見間違っただけ!」

 

 分かりやすく目が泳いで、強くなる語気と反比例して萎えていく尻尾から、やはりレオパルドちゃんが何か悩んでいるのを確信する。

 

「私、お話聞くの好きだから大丈夫だよ」

 

 以前、代理人さんは言っていた。レオパルドちゃんは上手にお喋りできないのが、少しだけコンプレックスになっていると。

 全身を使って、あるいはコロコロ変わる表情で、感情と気持ちを表してくれるも、時おり歯痒そうに眉を(しか)める彼女を見かければ、その言葉の信憑性も高まるというもの。・・・・・・まあ、代理人さんの言うことだし、初めから疑ってなんてないのだけれど。

 

「・・・・・・だから、なに?」

「だからね、レオパルドちゃんの言いたいこと、胸の中で沢山たくさん積み重なってること、良ければ話して欲しいなって」

 

 不貞腐れるように、けれど何処か期待するような僅かに甘えた視線を送るレオパルドちゃんに、代理人さんがしてくれる様に口元を緩めてそう告げれば、一瞬だけ嬉しそうに目を見開いて、しかしまた表情に影を落とした。

 

「・・・・・・いい。私、お喋り、上手くない。きっと、わからない」

「むっ、頑固な後輩さんめ」

「頑固、いい。私、喋らない!」

 

 時間は傷を癒す助けになるけれど、過度に時を掛ければ痛みを長引かせる毒になる。

 レオパルドちゃんは、きっとその毒に充てられてしまったのだ。こうなってしまうまで放っておいた代理人さんを、少しだけお説教したい気持ちになる。

 敢えてレオパルドちゃんだけに考えさせて、良くも悪くも野性的な彼女の行動力に任せたのだろうけど、それが裏目に出てしまっている。

 

「・・・・・・用事、それだけ。なら、いい? わたし、部屋に帰る」

 

 そう言って屋上から出ていこうとするレオパルドちゃん。

 きっと代理人さんなら気兼ねなく話すのだろうと思うと、なんだか無性に悔しくて、

 

「むむむっ」

 

 だから、私は少しだけ強引に、レオパルドちゃんの気持ちを引き出そうと行動を開始した。

 

「そんな頑固なレオパルドちゃんは――」

「え」

 

 私は干されているシーツの中から適当な一枚を剥ぎ取って、私は両手をめいっぱい広げて、

 

「こうしちゃうよっ!」

「ふわ!?」

 

 自分ごとレオパルドちゃんを包んでしまいました!

 

「なに、なにするの! 離して! さんごー!」

「だめ、私とお喋りしてくれるまで離さないよ」

 

 我ながら良い作戦です。電撃的な攻勢に避ける間もなく捕まったレオパルドちゃんは、もう私の腕の中でうにゃうにゃ藻掻くことしか出来ません。

 

「うなー!」

 

 藻掻くことしか・・・・・・。

 

「にゃにゃー!」

 

 藻掻く、こと・・・・・・。

 

「にゃー!!」

 

 もが・・・・・・。

 

「ひいぃ、レオパルドちゃんすっごい暴れん坊だよお!」

「離せば、解決する!」

「それはやだぁ!」

 

 ひえー! 思ったより反抗が凄いよお!

 でもでも、このIII号戦車、やると決めたら退きません! だから代理人さん、私に代理人さんみたいな優しい温もりを、少しだけ分けてください・・・・・・!

 

「うにゃー!」

 

 あと、この凶暴な後輩を抑える力もどうか!

 遠くで響く甲高い列車のブレーキ音が聞こえる中、私はレオパルドちゃんを抱き留める腕に力を込めた。

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