Auf Regen folgt Sonnenschein. 作:炸裂プリン
優しいお日様の匂いと、シーツから香る洗濯洗剤のお花に似た匂いに包まれて、私とレオパルドちゃんは屋上の一角に陣取っていた。
ひとしきり暴れて、けれど一向に離す気が伺えない私に観念してくれたのか、レオパルドちゃんは拙い言葉遣いで、けれど私に伝わるよう少しずつゆっくりと喋ってくれました。
マウスさんに話を聞かず暴力を振るったことを怒っているだろうから、許される所か嫌われてしまうと思っていること。それが怖くて動き出せないこと。それを相談しようにも、代理人さん抜きで何とかしたくて、でも自分の欠陥のせいで他の人に相談できなかったこと。
「ずっと、ぐるぐる考えて、答えがなくて、苦しい・・・・・・」
そんな、初めて抱えた悩みで、苦しかったこと。
そして、
「でも、代理人、マウス、どっちも好き。どっちも、大事。だから、仲直りしたい・・・・・・!」
本当に、マウスさんと仲直りがしたいということ。
「うん、ありがとうレオパルドちゃん。いっぱいお話してくれて」
「う、ぐす。III号、伝わっ、た?」
代理人さん以外に初めて心の内を吐き出したからか、伝わるかどうか不安に揺れていた瞳に涙を貯めて、レオパルドちゃんは小さく呟いた。
「もちろん、伝わったよ」
ゆっくりと綺麗な髪を撫でてあげれば、シーツの生地から透過した木漏れ日に似た陽光に照らされて、それは美しく輝いた。
確かにレオパルドちゃんの言葉は途切れ途切れで、時に単語しか発せない時があるけれど、人は言葉だけでその意味を捉えている訳では無い。
言葉を交わす相手の表情、声音、体の動き・・・・・・沢山の情報を観て、そこから真意を汲み取れる生き物だ。
だから、実を言うとレオパルドちゃんの感じている劣等感も、喋る事へのコンプレックスも、深く考える必要なんて無くて、
「だってレオパルドちゃん、自分の言いたい事や絶対に伝えたいことは、嘘をつかずに言ってくれるって知ってるから」
実は、言葉を発する側ではなく、問題は受け取る側にあるのである。
第一印象で話しにくそうと思ってしまうと、それだけで他者への認識は閉鎖的になりやすくなってしまう。
そうなるともう大変だ。覆すには労力が掛かるし、いちど固まった印象を変えるにはそれを上回る好印象が必要だ。
「ん、嘘良くない。
「うん、そうだよね」
その点から言うと、私から見たレオパルドちゃんにはそんな問題は見受けられない。
これは、初めて会った時から抱いている印象だった。
何せ、喋るのが苦手ながら頑張って意志を伝えようと、ジェスチャーしてみたり、見せたいものがあれば手を引いてくれたり、とにかく行動が一々健気で可愛いのだ。
それこそ、懐いてくれた猫と接しているような不思議と癒される気分にさせてくれる。
本人は無意識にやっているからか、その点に気付いていないようだけど――あれ、この事について話したことってあったっけ?
「――あ」
「あ?」
あぁ・・・・・・しまった。レオパルドちゃんがコンプレックスに陥った一因は私たちにもあるのではないでしょうか。これは代理人さんと反省会するべき議題です。
私としたことが、伝える事の大事さを知っている癖になんてミスを・・・・・・。
「ふぐぅ・・・・・・」
「え、さ、III号どうしたの? へいき?」
そう言って私の頭をぽんぽんと撫でてくれるレオパルドちゃん。立場の逆転が早い。
――ではなくて!
「わ、私は平気です。ちょっとセルフ反省会して落ち込んだだけなので」
「反省? 悪いこと、した?」
「うぐっ、レオパルドちゃんには後で謝らないといけない事をしてたかも?」
「・・・・・・?」
金の瞳で不思議そうに私を見つめるレオパルドちゃんに、少し前までの暗さはない。
どこかスッキリとした表情で、彼女は私の前にいる。
「――さて、取り敢えずこの〝秘密のお話もーど〟は解除しちゃお!」
「秘密の・・・・・・? シーツ、被っただけ」
「外の世界と少しでも区切ることに意味があったので、細かいツッコミはナシ!」
勢いよく立ち上がり、悩みも何もかもを吹き飛ばすように真っ白なシーツを跳ね除ければ、それを待っていたかのように柔らかな風が流れ、私とレオパルドちゃんを優しく撫でた。
「レオパルドちゃん、マウスさんの件だけど、マウスさんは怒ってないと思うよ」
差し込む陽光に目をシパシパさせながらこちらを見るレオパルドちゃんに、私は確信を持ってそう告げる。
「マウスさんは知っての通り、尊大で傲慢で我儘で唯我独尊気味な人だけど、仲間を大切に想う優しくて、素直じゃない不器用な人なんだ」
だからね、そう続けながら、私の部屋に突然やってきては、顔を朱に染めながら代理人さんへの気持ちの変化を支離滅裂に語るマウスさんを思い出す。
その言葉の中には、自分が想いを告げる事で、それが成立した事で代理人さんを慕う仲間達が苦しまないかを案ずるものがあった。
結果としては失敗に終わってしまったけれど、マウスさんが仲間想いで優しい人なのは、常に最前線に身を投じて、轟砲嘲笑高らかに敵の目を引き付けている姿を知っている者――つまり、この基地にいる多くの仲間たちには周知のことだった。
「だからね」
それは目の前で頻りに頷いているレオパルドちゃんも同じこと。
彼女も、マウスさんが簡単に人を見放したり嫌ったりしない人であると、本当は知っている。
けれど、自分のしてしまった事があまりに強く印象に残りすぎて、それを思い出せないだけなのだ。
だから、私が今すべきことは、掛けるべき言葉は、それを伝えること。
レオパルドちゃんが怖がっていることは、むしろマウスさんこそが思っていることだと、教えてあげること。
「あの日のことを振り返るのは怖いかもしれないけれど、それはマウスさんも同じことなの。いや、マウスさんの方が怖いかもしれない。だって、大好きな代理人さんを傷つけちゃった本人だから」
「・・・・・・」
「でもね、レオパルドちゃんが怒ってくれたお陰で、もしかしたらマウスさんは感謝してるかもしれない」
「かんしゃ? どうして」
「・・・・・・悪いことをしたって自覚があるのに、怒って貰えずにいたら変な気持ちになるでしょ?」
そう言うと、レオパルドちゃんは何かに気付いたように目を見開いた。
「・・・・・・あ」
「ね、今のレオパルドちゃんなら分かるよね」
「・・・・・・うん」
代理人さんは、きっと私たち皆が大切だから、大切に想ってくれるから、傷付くような事を言わない。でも、時としてそれが逆効果になることがある。
うん、このことは代理人さんともお話しよう。
「もしかしたら、代理人さんがお説教した後かもしれなかったけど、でも〝悪いことを怒られる〟って、大事なことなんだ。だからね」
「うん」
「マウスさんは、ちゃんと怒ってくれたレオパルドちゃんの事を嫌ったりなんてしてないと思うな」
「・・・・・・うん。私も、そう思う。そうだったら、良い」
ゆっくりと、慎重に飲み込むように私の言葉を聞き入れてくれたレオパルドちゃんは、随分と晴れやかになった顔で、私にそう言ってくれた。
――不意に、少しだけ強い風が吹いた。
それは、悩みを解決出来て、気が緩んでいた私の手にあったシーツを攫い、欄干の向こう側に持って行ってしまう程度には強い風で・・・・・・?
「――ひえっ! 待ってくださいシーツを持っていかないで!」
「ふわふわ、綺麗に飛んでった」
「そうだけど、そうじゃなくてね!? あー、もう、こんなの格好つかないよぉ」
「III号らしくて、良い」
「どういう意味ですか!?」
いやそれよりシーツを。今日のお洗濯係は厳しいYak-7さんだから、下手に汚すと怖い!
「あわわ、と、取りに行かなきゃあ!」
伝えたいことを伝え終えた私は、急いでシーツ取りに行くべく屋上の出入口に体を向けた。
しかし、そんな私の手を掴んで、止めにかかるレオパルドちゃん。
「ふぇ、どうしたのレオパルドちゃん」
「にゃ、わたしの方が、速い。行く!」
「そんな私のせいで飛んでったのに、悪いよ」
「んーん、いい。話、聞いてくれた。お礼! それに――」
「? それに?」
どこか含みを持たせた微笑を浮かべて、レオパルドちゃんはシーツが落ちていった欄干に体を向けた。
「マウス、代理人もそこに居る。ちょうど、良い!」
「へ? マウスさん――ってちょ! レオパルドちゃんそっちを向いてどうするの!?」
なんだか下の方からよく知った声で『ぬわー!』とか『II号と代理人が降ってきた布に襲われた!?』とか聞こえますけど、そんなことは今はいい。重要なことじゃないんです!
何故ならば、レオパルドちゃんが欄干に向けて走り出してしまっているから――ってああ!
「にゃあ!」
「レオパルドちゃんここ六階建てー!」
制止の声を振り切って飛び出したレオパルドちゃんは――
『っぷは! え、何これシーツ?』
『ぷふぇ、もう、急に何なのよ!?』
『む、干していた物が風に煽られて落ちてきたか。II号戦車よ、おぬしがキャッチしたのだから責任をもって戻してこい』
『はあ!? なんで私が――』
『そうすれば、わらわと代理人が二人きりになれる』
『うわ、天下の超重戦車マウスが姑息すぎませんこと・・・・・・?』
『やかまし――』
『マウス!』
『――ぬあ!?』
『うわあ、レオパルドちゃんどこから!?』
『今、上から来ませんでした・・・・・・?』
『あのね、マウスと、話、したい!』
『――!』
そうして、マウスさんと仲直りの一歩を、それはもう驚きの方法で踏み出し、
「ごめんなさい、蹴ったの、謝る。私、代理人、大好きで、暴走、した。でも、マウスも、好き。だから、このまま、イヤ!」
「ありがとうレオパルド。しかし、謝るべきはわらわだ。嫌な思いをさせてすまなかった。・・・・・・II号も、すまなかったな」
「ふんっ、遅いですわよ。それに、もっと謝るべきは他にいるのではなくて?」
「――ああ、そうだな。そうだった。代理人、おぬしの優しさに甘えてしまっていた。改めて謝らせて欲しい」
「・・・・・・うん。ボクは大丈夫。でも、また前みたいに――いや、前以上に仲良く出来そうで、嬉しいな」
その一歩は、沢山の幸せに繋がる一歩となったのでした!