けものフレンズR   作:ドラクオ

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第4話「やくそくの港」

柔らかな音を奏でる潮騒と、海を飛び交うカモメの鳴き声が交差する港町。ここは、ヒトの手がかりを求めて旅をしてきた二人の終着点である。

友絵はリコに借りた地図を確認すると、イエイヌにこう言った。

「間違いないみたい」

イエイヌは頷き、こう呟いた。

「ここが“みなと”なんですね」

二人は古ぼけたアーチ状の看板をくぐり抜け、港町の中心部へと進んでいく。その看板にはかすれた文字でこう書かれている。

「ようこそ “まほろ港”へ」

 

両端に街路樹が立ち並ぶ石畳の道路を歩く友絵とイエイヌ。道端には所々に少量の雪が積もっていたので、ゆっくりと、手を繋ぎながら、二人は海の見える方向を目指して歩いていく。通りすぎていく街灯や赤いレンガの建物は、かつてヒトで賑わっていた頃の名残である。目を閉じて耳を澄ませば、当時の喧騒が聴こえてきそうな雰囲気さえ漂っている。そして今はただ、二つの足音だけが、乾いた音を響かせている。

人の気配のない空っぽの町を歩いていく中で、友絵は独り言のようにこう呟いた。

「……誰もいない」

イエイヌは何か言葉をかけようと思案するが、喉元まできて口には出さなかった。しかし次の瞬間、別の言葉がイエイヌから飛び出した。

「ねえともえちゃん、何か声が聞こえてきませんか……ほら、あっちの方から」

二人は声がする方へ早足で歩いていった。どうやらその声は、港で船が停泊する波止場の方から聞こえてきているようだ。近くまで来ると、その声はより鮮明に二人の耳に届いてきた。

「ラーラララーラララーラララー♪」

波止場の桟橋の上で、誰かが歌うその旋律は、楽しくて、切なくて、どこか懐かしさを感じさせるメロディだった。

「ラララ ラン ラン ラン ラン ラン ラン ラン ラン ラー♪」

その歌声に聞き惚れた友絵とイエイヌは、声も出さずに、じっと耳を傾けていた。寄せては返す波の音も、カモメの鳴き声も、まるでその歌声を引き立てるためにあるかのようにさえ思えてくる。

しばらくして、歌を聞いていた二人の存在に気付いたその人物は、友絵たちに向かってこう言った。

「あなたたち、わたくしの歌を聞いていましたの?」

友絵は自己紹介ついでにこう答えた。

「はい、私は友絵って言います。さっきの歌、とっても素敵でした」

イエイヌも続けてこう言った。

「ぼくはイエイヌです。さっきは歌を歌っていたんですね、すごく良かったです」

二人に歌を褒められたその人物は、少し照れくさそうにしながらこう言った。

「そ、そんな……でも、嬉しいですわ。あ、わたくしホッキョククジラの“クク”と申します」

黒いメイド服のようなドレスに身を包み、グラデーションのある黒い髪と大きな尾ビレが特徴的なホッキョククジラのククに、友絵はこれまでの旅の経緯について話した。

「そう、二人で旅を……今までいろんなことがあったのね」

そしてとうとう、友絵は旅の目的でもある、ヒトの居所について訊ねた。

「ククさん、この港でヒトに会ったことはありませんか?」

「ヒト、ですか。わたくしは会ったことありませんね」

友絵はその言葉に落胆を隠せなかった。どんな些細な情報でもいい、僅かな可能性でもいいから、そんな希望を抱いてここまでやって来たというのに。そしてククはこう続けた。

「あ、でも、ヒトに会ったことがあるフレンズなら、知ってますわ」

「本当ですか!あの、どこにいるんでしょうか」

友絵は舞い上がりそうな表情でそう言った。探し求めていた手がかりが、ようやく姿を現したとなれば無理もない。ククは逸る気持ちを抑えきれない友絵に対してこう伝えた。

「この海を隔てた向こう側に白い灯台があって、その子はいつもそこをナワバリにしているんですのよ」

波止場から北の方向に、白い灯台が建っているのがわかる。友絵は早速お礼を告げて灯台へ急ごうとしたが、ククはそれを制止してこう言った。

「待って、ここから歩いていくには結構な距離がありますわ。もし急いでいるのでしたら、この海を真っ直ぐ泳いで行った方が早くてよ」

友絵は踵を返しながら、こう言った。

「泳いで行くのはちょっと……」

「あら、もしかしてあなたたち泳げないのかしら?」

イエイヌはしょんぼりした様子でこう答えた。

「泳ぐことはできるんですけど、さすがにこんなに長い距離は……」

ククは少し考え込んだ後、何かを閃き、船着き場の方に向かっていった。そして何処からかゴムボートを持ってきて二人にこう言った。

「それでしたら、お二人はこのボートに乗って渡れば大丈夫よ。歌を褒めて頂いたお礼も兼ねて、わたくしがボートを押していきますわ」

「ありがとうございます、ククさん」

「良かったですね、ともえちゃん。では、ククちゃんの言葉に甘えさせてもらいます」

二人を乗せたゴムボートはゆっくりと波止場を離れていく。潮風に吹かれて押し戻されそうになるのを、海中にいるククが泳いで押し返す。波が立つ度に、上下に揺らぐボート。波止場から大分離れ、港湾の中間くらいまで到達すると、波も穏やかになり、景色を見る余裕もでてきた。

「綺麗な海……今日は天気もいいし、最高のロケーションだね、イエイヌちゃん」

「はい、空も海もご機嫌で、なんだかぼくも楽しくなってきました」

二人の他愛ないやりとりを海面から見ていたククはこう呟く。

「うふふ、仲良しなのはわたくしたちと同じですわね」

そして、ボートを押しながらククはこんな歌を口ずさんだ。

「ラララララン ララ ララララン ララララララン ララ ララララ♪」

優しい歌声が響くボートの上で、二人は肩を寄り添い、そっと目を閉じて耳を傾けた。

「ララ ラーラーラー ララララララララ ラララララララ♪」

その歌には確かな温もりがあった。誰かを思うことへの憂い、切なさ、愛や希望、そのすべてに灯をともすような。

歌い終わったククに対して、二人は賛辞の拍手を送りながらこう言った。

「ククさんの素敵な歌声、本当に聞き惚れちゃいます」

「なんだか心が温かくなりました。ククちゃんはいろんな歌を知っているんですね」

ククは誇らしげにこう言った。

「今の歌はね、遠く離れてしまった大切な友だちのことを歌っているそうよ。他にも昔作られたいろんな歌があって、わたくしはそんな歌をもっとたくさんのフレンズたちに伝えていきたいと思っているの」

二人にそう話すククの表情は、キラキラと輝いて見えた。

「ククさんの歌を聞いていたら、私も歌ってみたくなりました」

友絵の言葉に、ククは笑みを浮かべてこう言った。

「せっかくですし、みんなで一緒に歌いましょうか?」

ククに教わりながら、嬉しそうな表情で歌う友絵。二人に合わせようと、ぎこちなく歌うイエイヌ。三人の歌声が、澄み渡る空と海の間に、響いていった。

 

 

 

灯台に到着すると、先に友絵とイエイヌがボートから上がり、続けてククもボートを岸に引っ張りながら上陸した。岬にポツンとそびえ建つ白い灯台は、遠く水平線のかなたを見据えている。

灯台の入り口までやってきた友絵たち。ククがコンコンと二回ドアをノックしてみるも、反応はない。鍵は掛かっていなかったので、ドアを開けて中に入ると、ククがこう呼び掛けた。

「シロちゃーん、いませんの?」

やはり返事は返ってこない。

「外出中なんじゃないですか?」

友絵がそう言うと、ククはこう返した。

「ええ、きっとそうね。とりあえず、戻ってくるまで見晴らしのいい所で待ちましょうか」

三人は灯台の頂上で帰りを待つことにした。頂上から見渡す水平線と青空のコントラストは、ずっと見ていても飽きがこない程美しい眺望だった。

しばらくして、海の方から誰かが灯台に向かって来るのが見えた。ククは頂上の窓辺から入り口近くまで来たその誰かに向かって声を掛ける。

「シロちゃーん、お帰りなさい」

声を掛けられた人物は驚いた表情でこう返した。

「クク姉、なんで灯台に……というか、隣の子たちは誰?」

 

灯台の一階に降りた後、友絵たちは自己紹介した。

「初めまして、私は友絵って言います」

「ぼくはイエイヌです。よろしく」

髪の毛も耳も尻尾も真っ白で、端っこにもふもふなフードがあしらわれた白いコートに身を包んだその人物は、こう言った。

「僕はホッキョクグマ。よろしくね」

その言葉を聞いて、友絵は咄嗟にこう聞き返した。

「あの、ホッキョクグマさんって、もしかして“シロクマ”って呼ばれたりしませんか?」

ホッキョクグマは友絵にこう答えた。

「ああ、確かに僕はヒトからそう呼ばれることもあるみたいだね。でも、何でそんなこと知ってるの?」

友絵は嬉々とした表情でシロクマにこう答えた。

「私、動物図鑑で見たときからシロクマが好きで、実際に会ってみたいってずっと思ってたから」

友絵に好意の視線を向けられて、思わずはにかむシロクマ。その様子を見ていたククが、シロクマの頭をなでなでしながらこう言った。

「良かったわねシロちゃん、こんな可愛い子に好きだなんて言われちゃって」

すっかり頬を赤らめてしまったシロクマが、ククにこう言い返した。

「や、やめてよクク姉。他の人が見てる前で……」

「ふふ、じゃあ見てない時ならしても構わないってことかしら?」

「別にそういう意味じゃ……ないけど」

二人の微笑ましい掛け合いを見て、友絵とイエイヌは顔を見合わせてクスリと笑い合った。

灯台の一階には白いソファーや木製のテーブル、食器棚に本棚などが置いてあり、まるでヒトが暮らしているかのような生活感が漂っていた。ソファーに腰をおろした友絵たちの元に、シロクマはお茶を淹れたカップを運んできてこう言った。

「お茶を淹れたんだけど、良かったらどうぞ」

イエイヌは嬉しそうにこう応えた。

「ふわぁ、いい匂い。いただきます」

友絵とククも、それに続いてシロクマの淹れたお茶を飲んだ。

 

これまでの旅の経緯を一通り話し終えた友絵は、本題であるヒトの居所についてシロクマに訊ねた。

「シロクマさんはこの港でヒトに会ったことがあるって聞いたんですけど、本当ですか?」

期待と不安を込めた視線を向けられたシロクマは、遠い記憶を辿るように、こう答えた。

「ヒトか……うん、会ったことあるよ。大分前のことになるけど」

友絵はその言葉に胸をなでおろした。そしてイエイヌも、これまでの旅が報われた気がしてほっとした表情を見せた。シロクマは続けてこう話す。

「ともえの探しているヒトかどうかは分からないけど、僕が出会ったそのヒトは確か……“とおさか”って名乗っていたと思う」

シロクマの言葉に、一瞬胸がざわつく友絵とイエイヌ。過去の記憶のイメージが、再び友絵の頭の中に駆け巡る。

 

『………約束だよ…絵』

 

ハッとした友絵は、シロクマにこう訊いた。

「そのヒトは、今どこにいるんですか?」

シロクマは少し考えた後、こう答えた。

「どこにいるかは分からないんだけど、そのヒトは僕と別れる前に“展望台に行く”って言ってた気がする」

友絵はイエイヌの方を見ると、何も言わずに頷いた。イエイヌもそれに合わせて、コクりと頷き返した。友絵が口を開く。

「ククさん、シロクマさん、色々教えてくれてありがとうございました。それで、私たちこれから展望台に行ってみようと思います」

友絵の言葉に、シロクマはこう返した。

「実は今、展望台へと続いているロープウェイが動かない状態なんだ。どうも風車の調子が悪くて、町全体の電気が止まってるみたいでさ」

友絵が言うより先に、ククがシロクマにこう質問した。

「風車って、あの風でクルクル回るやつよね。あれとロープウェイが何か関係あるのかしら?」

シロクマは少し自慢げな顔でこう答えた。

「この港では風車を利用した“風力発電”で電気をまかなっているんだよ。だから、風車が故障したり動かないと、町中の電気が通らなくなって、ロープウェイも止まってしまうんだ」

「あら……難しいことはよく分からないけど、つまり風車が止まるとロープウェイは動かせない、ということなのね」

「そういうこと。まぁ、風力発電や風車の仕組みについてなんかも、前に僕が出会ったそのヒトに教えてもらったんだけどね」

友絵は心から安堵していた。なぜなら、シロクマが話す内容には、確かにヒトの痕跡が感じられたからである。展望台に行けばきっと手がかりがある。そんな期待感で胸を膨らませるのだった。

「すごいわねシロちゃん!難しいことまで知ってるなんて……もふもふ」

「ちょ、だから恥ずかしいってば」

ククに頭をもふられて赤面するシロクマ。その様子を見ていて堪らなくなった友絵は、久しぶりにイエイヌのしっぽをもふり始めた。

「イエイヌちゃんも、ふわふわ~」

「ひゃあっ!もう、いきなりはずるいですよ、ともえちゃん」

突然のもふりに目を丸くするイエイヌ。何だかんだ言いつつ、二人ともとても気持ち良さそうなのであった。

 

「風車の修理が終わるまで、二人は町の中でも見てくるといいよ」

シロクマが友絵たちにそう告げる。

「解りました、シロクマさんとククさんは?」

友絵の質問に対して、二人はこう答えた。

「僕はラッキービーストと協力して海中にある風車のケーブルを直してくるよ」

「わたくしも、シロちゃんをお手伝い致しますわ。海の中の作業なら、少しはお役にたてると思いますし」

友絵たちをゴムボートに乗せると、シロクマとククは二人分の力でボートを押して、波止場へと向かった。グングンスピードを上げるボート。行きの時とは違い、かなり荒々しくボートは揺らいでいる。

「うわあ、すごい速さ!水しぶきが顔にかかって冷たいね、イエイヌちゃん」

「は、速すぎじゃないですか」

友絵は元気にはしゃいでいるが、イエイヌは振り落とされないか心配になった。二人の息がピッタリ合わさった泳ぎにより、さらにボートは加速していく。

「さあ、まだまだスピードを上げるよ」

「しっかり捕まっていますのよ、ふふ」

行きの時間の半分もかからずに、ボートは波止場へと到着した。波止場で二人と一旦別れた友絵とイエイヌは、ククに教えてもらった赤レンガ館という建物を目指して、市街地の方へと歩いて行くのだった。

 

 

 

波止場の東の方に続く石畳の通りを抜けると、大きな赤いレンガの建物が見えてきた。レンガの壁の表面には、所々に緑色の蔦が生えていて、年季を感じさせる。

二人はドアを開けて建物の中へと入り、辺りを見回した。ご当地フレンズの人形、アロマキャンドル、ワインボトルなど様々な土産物が並んでいる中でひと際二人の目を惹いたのは、キラキラと宝石のように輝くガラス細工のコーナーだった。

「イエイヌちゃん見て、すごい綺麗……」

色鮮やかに装飾されたガラス細工、その美しさに思わず感嘆の言葉を口にする友絵。

「本当に、綺麗ですね。これが全部ガラスで作られたなんて、信じられないです」

精巧な装飾を施された小さなガラスのピアノを見て、イエイヌもため息をこぼした。

二人がガラス細工を堪能していると、あるガラス製品に目を奪われた。近くに寄り、友絵がその説明書きを読む。

「これは、ガラスのオルゴールだって」

「おるごーるって何ですか?」

「えっとね……あ、口で説明するより聞いた方が早いか」

そう言うと友絵は小さなガラスのオルゴールを手に取り、底の部分についていたネジを回して、台の上に戻した。

 

『シャランランラン ランランラン ランランラン~♪』

 

たちまち、オルゴールは透き通った美しい音を奏で始めた。

「綺麗な音……これって、音を出すためのものだったんですね」

初めて聞くオルゴールの音色に聞き入るイエイヌ。二人でその音に耳を傾けていると、何かに気付いたイエイヌが友絵にこう言った。

「この音、あの時ククちゃんが歌っていたのと同じじゃないですか?」

友絵は頷いてこう言った。

「うん、きっとそうだね」

オルゴールを覆っているガラスの筒の中には、色のついたガラスで作られたサーバルキャットとカラカルのミニチュア細工があり、音に合わせてそれはクルクルと回り出す。そのオルゴールの説明文にはかすれた文字でこう書かれている。

 

『ジャパリパーク メモリアル

~過去と未来をつなぐ音~』

 

赤レンガ館を後にして、しばらく町の中を探索していると、日が落ちて夕暮れ時になり、辺りは大分暗くなってきた。

二人は探索を切り上げて、待ち合わせ場所であるロープウェイ乗り場の待合所に向かうことにした。

その道中、突然の轟音と共に、地面がグラグラと揺れだした。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

「大丈夫ですか?」

イエイヌはふらつく友絵の手を握り、声を掛ける。

「うん、大丈夫だよ」

友絵は帽子を抑えながら、イエイヌにそう言った。

しばらくすると揺れは収まり、二人は手を繋ぎながら待合所へと向かった。

 

待合所で二人を待つ友絵とイエイヌ。

すっかり日が沈んで夜になり、周囲は真っ暗になってきた。冷たい風が吹き、寒さが滲むベンチで、友絵はイエイヌの肩にもたれかかる。イエイヌはそんな友絵の手をギュッと握り、寄り添った。

無言の時が過ぎる中で、二人は同じことを考えていた。

 

『ずっと一緒に、居られたらいいのに』

 

ふと、真っ暗だった待合所に明かりがパッと灯った。待合所の外を見回してみると、街灯など町の電気が復旧し、明かりがついているのがわかる。しばらくして、待合所にククとシロクマがやって来て二人に合流した。

「遅くなってごめんね。やっと復旧したみたいで、良かったよ」

「町に明かりがつくなんて久しぶりですわね。そうそう、二人とも、町の中は楽しめました?」

ククの質問に、二人はこう答えた。

「はい、とっても」

 

四人はまほろ山の展望台へと続くロープウェイ乗り場のゴンドラに乗り込んだ。

全員乗り込んだのを確認すると、シロクマが機械のスイッチを押し、ゆっくりとゴンドラは動き出した。

「うわあ、高いね。でもすごく良い眺め」

上昇するゴンドラの中で、友絵はうっすらと見える町の夜景を見ながらそう言った。

「結構上まで行くんですね」

少し緊張気味なイエイヌが、シロクマに声を掛ける。

「まほろ山はそんなに標高は高くないけど、展望台は山の頂上付近にあるからね。それだけに、展望台からの景色は一度見たら忘れられないと思うよ」

「確か、展望台からの眺めはジャパリパーク三大夜景の一つにもなっているらしいですわ」

「そうなんだ……夜景、楽しみだなぁ」

友絵はワクワクとドキドキで胸を高鳴らせていた。すべての点と点を繋ぎ、最後にたどり着いた場所、展望台に思いを馳せて。

 

展望台に到着したゴンドラが停止し、四人は外に出て展望台の広場へと向かった。広場の中央には記念碑のようなものがあり、他には屋根の付いたベンチなどが設置されていた。友絵は広場の柵の手前まで来ると、そこから町を見下ろした。

「……はぁ、すごい」

目の前に広がる、想像していた以上の壮大な景色に、思わずため息をこぼす友絵。暗い夜を彩るキラキラとした町の明かりは、光を閉じ込めた宝石箱のように輝きを放っていた。

「なんて素敵な景色……言葉が上手く出てこないです」

イエイヌも、その絶景に酔いしれるかのように感動していた。

「久しぶりに来たけど、何度見ても綺麗だよね」

友絵たちとは少し離れた所で夜景を見ていたシロクマの言葉に、ククはこう返した。

「わたくしは今日の夜景が、今までで一番輝いて見えますわ」

「え、どうして?」

ククは少し照れながら、こう答えた。

「ふふ、隣にシロちゃんが居るから……かしら」

「僕が隣に居ると、夜景の見え方に違いがあるの?」

その言葉で、何故かそっぽを向いてしまったククに、シロクマは頭を掻いてたじろぐのであった。

 

友絵はショルダーバッグからスケッチブックと虹色のペンを取り出すと、一心不乱に目の前の夜景を描き始めた。その様子を黙って見守っているイエイヌ。広場には明かりが灯っていたため、絵を描くことは出来たが、自分の影で見辛くならないよう、イエイヌは少し友絵から離れた位置に移動した。

「出来た!」

ペンが止まり、絵が完成したことを三人に告げた友絵は、スケッチブックのページを開いて見せた。

「今日みんなで見た夜景を、絵に描いておこうと思って」

その絵には、隣同士に描かれた友絵とイエイヌ、ククとシロクマが、展望台の柵の内側から麓の夜景を見下ろしている構図が描かれている。

完成した絵を見た三人は、思い思いの感想を口にした。

「すごい、本当に目の前の景色を切り取ったみたいですね。やっぱりぼく、ともえちゃんの絵が大好きです」

「なんて素敵な……ともえさんの描いた絵、とてもお上手ですし、心から感動致しました」

「これがともえの描いた絵か……話で聞くより、実際に見る方が何倍も良いね」

みんなに誉められて、友絵は少し照れくさくなった。そして夜景の絵が描かれたスケッチブックのページを切り取り、二人にこう言った。

「ククさん、シロクマさん、今日は本当にお世話になりました。私の感謝の気持ちです、受け取ってください」

絵を渡されたククとシロクマは、友絵にこう伝えた。

「ありがとう、ともえさん。今日のことは、絶対に忘れませんわ」

「素敵な絵をありがとう。僕の宝物が、また1つ増えたよ」

友絵は心底嬉しかった。自分の描いた絵が、誰かを笑顔にできることが。そうやって、大切な繋がりが増えていくことが。

 

「それでは、わたくしたちは先にふもとに下りますわね」

「僕たちが下りたら、またゴンドラを上に送っておくから。あと、今夜は二人とも灯台に泊まっていくといいよ」

「ありがとうございます。私たち、もう少し調べたら下りますね」

友絵たちと別れ、ククとシロクマはゴンドラに乗って麓に下りていった。それを見送った後、二人はヒトの手がかりを求めて展望台を探索し始めた。屋根つきベンチの裏、記念碑のある場所など、あらかた探してみるも、それらしいものは見付からなかった。

「今日はもう遅いですし、明日の昼間にもう一度探しに来ましょうか?」

イエイヌが友絵にそう提案する。

「……そう、だね。シロクマさんたちも待ってるし、そろそろ戻ろっか」

二人はゴンドラが戻って来るまでの間、ベンチに座って待つことにした。

再び二人の元へ訪れる、無言の時間。それは、気まずさや恥ずかしさなどではなく、ただ隣に居てくれるだけで特別なものは必要ない、そんな心地を感じさせる時間だった。

ふと、友絵が口を開く。

「そういえば、イエイヌちゃんと初めて出会った時、思いっきり抱きつかれたんだっけ。結構びっくりしたな、あれ」

イエイヌは申し訳なさそうにこう言った。

「あの時は、すみませんでした……でも、なんであんな気持ちになったのか、はっきり覚えてないんです」

「ううん、全然嫌な気持ちはしなかったよ。むしろ、何か嬉しかった」

「……ともえちゃん」

二人は夜景を見ながら、今までの旅を振り返った。

「で、雪山の温泉に入ったイエイヌちゃんがグダグダになっちゃってさ」

「くぅん……実はぼく、あの時のこともあんまり覚えてないんです」

「ふふ、そうなんだ……あと、トナカイさんとソリに乗ったり、楽しかったね」

「はい!トナカイちゃんの勇敢なソリさばき、今でも目に焼き付いてます」

二人の話は尽きない。

「博物館で恐竜の化石みたり、植物園でリコ博士が育てた色んな花を見たり、そして空中アスレチック!あのスライダー、もう一回やってみたいなぁ」

「そうですね……スライダー、ぼくは向いてなかったですけど、ともえちゃんがやりたいんだったら、また行きましょうね」

旅の中で出会ったフレンズたちとの、たくさんの思い出。

「みんな元気にしてるかなぁ、また会いに行きたいね」

「そうですね、ぼくもまた、ともえちゃんが描いた絵を見てみたくなりました」

そのどれもが、二人にとってかけがえのない大切な思い出になっていた。

「……ここまで来れたのも、イエイヌちゃんが一緒に居たからだよ」

「ぼくだって、ともえちゃんと出会えて、たくさんのフレンズと友だちになれて、本当に嬉しかったです」

二人はお互いに顔を見合って、こう言った。

「イエイヌちゃん……私たち、ずっと友だちでいようね」

「はい、もちろん。どんなことがあっても、ずっと友だちです」

友絵は右手を握り、小指だけを立ててイエイヌにこう言った。

「約束しよう。お互いの右手の小指と小指を繋いで、指切りするの。絶対に忘れないためのおまじない」

イエイヌも同じように右手の小指を差しだし、友絵の小指と繋いだ。伝わってくる、確かな思い。そしてイエイヌは、静かにこう呟いた。

「……やくそく」

ロープウェイ乗り場の方から、ゴンドラが到着する音が聞こえてきた。麓に下りるため、ゴンドラに向かおうとしたその時、友絵は虹色のペンをバッグから落としてしまった。暗がりでも光るそのペンを拾おうとした瞬間、展望台の壁の一部が、ペンの放つ輝きに呼応するかのように淡く虹色に光っているのが見えた。

「ちょっと見てきていい?」

友絵の提案に、イエイヌは即座にこう応えた。

「はい、行きましょう」

壁の近くまでやってくると、虹色のペンはさらに輝きを増して光を放ち、壁から文字のようなものが浮かび上がってきた。友絵は声に出してその文字を読んだ。

 

『 友と萌絵へ

約束を果たせず、一人でここに来てしまって、本当にごめんね。いつか必ず、家族三人でこの夜景を見に来よう

遠坂 紡』

 

二人は頭の整理が追い付かず呆然としていた。何者かが、おそらくシロクマが出会ったであろうヒトが記したメッセージ。それは、虹色のペンを持つ者にしかわからないように書かれていて、それを持っているのが友絵であるということに。

「……これって、まさか」

言葉を発した次の瞬間、友絵の手は無意識の内に壁のメッセージに触れていた。

キラリと閃光がほとばしり、虹色の光が友絵の全身を駆け巡る。光が収まった後、友絵は目に涙を浮かべながら、イエイヌに向かってこう告げた。

「……全部、思い出したよ」

イエイヌは涙を流す友絵を見ながら、こう言った。

「ともえちゃん、ぼくは……」

 

ドドドドドドドドドドドドドドド

 

イエイヌの言葉を遮り、地鳴りのような音を立てて何かが二人の頭上に接近してきた。イエイヌは咄嗟に友絵の前に立ち、接近するものと対峙する。そのあまりの異形さに、イエイヌは思わず声を漏らす。

「こ、これは……こんなの、見たことない……けど、もしかして」

展望台の上空に現れたのは、漂う雲のように不定形でぼやけた霧のようなものが集まり、その中心部で大きな一つ目をギョロつかせ、無機質で真っ黒な姿をした……

 

 

 

 

 

 

 

「……セルリアン?」

 

 

 

 

 

グギギ ギギギギギ ギギギギギ

 

空に浮かぶ異形なセルリアンは、機械的な音をたてながら、眼前の友絵とイエイヌを大きな目玉で凝視している。

恐怖で震えが止まらない友絵は、絞り出したような声でこう言った。

「い、イエイヌちゃん……私」

イエイヌは振り返らず、こう言った。

「大丈夫です。ぼくが絶対に守りますから」

上空に漂うセルリアンをキッと見据えたまま、イエイヌは覚悟を決めて叫んだ。

 

「野生……解放!」

 

イエイヌの目は、暗い闇の中で淡い光を放ち、サンドスターの粒子が身体の周囲にこぼれだす。

「グルルルルルルルルルルルル」

鋭い牙を剥き出しにして、セルリアンに向かって威嚇したイエイヌは、野生の本能で悟った。

 

グギギギギ ギギギギ ギギギギ

 

自分たちの目の前に立ちはだかる敵は、まともに戦っても勝ち目はない、ということを。その刹那、セルリアンは黒い霧のようなもやもやしたエネルギー体を発射する。イエイヌは反射的に後ろにいた友絵を抱き抱え、大きくジャンプしてそれを回避した。黒い霧は壁のメッセージが書かれていた場所に命中し、炎で燃やされたようにメッセージの文字は消滅してしまった。

「逃げましょう!」

そう言うと、イエイヌは友絵の手を取り、ロープウェイ乗り場のゴンドラに向かって走り出した。セルリアンは二人を目で追うものの、追跡はしてこなかった。ゴンドラに乗り込み機械を操作しようとした友絵は、イエイヌにこう言った。

「……どうしよう、動かなくなっちゃった」

ロープウェイ乗り場にはさっきまで電灯が点いていたが、今は全て消えてしまっている。セルリアンが広場の電灯に向かってさっきの黒い霧を発射すると、その霧が触れた場所にある明かりは、一瞬の内に消えてしまった。

「……あれに触れると、光を奪われちゃうんだ」

友絵がそう声を漏らすと、イエイヌはこう言い放った。

「ぼくがセルリアンを足止めしている間に、友絵ちゃんはあそこの裏口から逃げてください」

イエイヌはロープウェイ乗り場にある緊急用の出入り口を指差して友絵に示唆した。

「そんなの嫌だよ!一緒に逃げよう?」

友絵の必死の反論に、イエイヌは静かに首を横に振ってこう言った。

「二人で逃げたら直ぐに追い付かれます。夜の山道は足場も悪いし危険ですけど、あいつの近くにいるよりはましです。山を下りたら、ククちゃんとシロクマちゃんにこの事を伝えてください。その後は……」

イエイヌは一瞬言葉を詰まらせながら、友絵にこう告げた。

「ぼくも必ず、友絵ちゃんに追い付きますから」

「……絶対だよ」

涙をこらえて決意した友絵に対して、イエイヌは笑顔を見せると、セルリアンに向かって駆けていった。友絵は一人、裏口から山を下ることにした。

 

「くっ!……やっぱり、石がない」

セルリアンの攻撃を避けつつ、反撃の機会を窺っていたイエイヌだったが、黒いセルリアンには弱点である石が見当たらなかった。見えない位置にあるのか、それとも元々弱点がないのか、思案している内に、やがて展望台の明かりは全て黒い霧に呑まれて消えてしまった。

「……え、何で?」

突然、上空にいたセルリアンは眼下に居るイエイヌを無視してロープウェイ乗り場の方に移動し始めた。イエイヌは戦慄した、あの方向の先には……

 

「ともえちゃん!」

 

友絵は慣れない足取りで山を下っていた。イエイヌが言っていた通り、山道はかなり足元が悪く、歩くのは困難を窮めた。ふと、友絵はあることを思い付いた。

「あ、そうだ。これを使って……」

ショルダーバッグから虹色のペンを取り出した友絵は、研究所の時と同じように、その明かりで足元を照らしながら進むことにした。さっきより、大分足元が明るくなり、歩くスピードも上がってきた。

「……どうして、気づけなかったんだろう。こんなに大切なことに」

独り言を呟く友絵。虹色のメッセージに触れて記憶を取り戻した今、思うのは……

 

グギギギギ ギギギギ ギギギギ

 

「えっ!」

上空に姿を現したセルリアンの軋んだような音が、友絵の心を絶望で染める。もはや為す術がないことを理解した心と身体は、一歩も動けずその場で石のように固まってしまった。

黒い霧が友絵に向かって発射される。目を瞑った友絵の頭の中に、今までの旅の記憶が走馬灯のように流れてきて、最後にこう呟いた。

 

「……ありがとう……ユウ」

 

目を開くと、セルリアンが放った黒い霧は友絵の身体に命中することなく、目の前でゆらゆらと煙っていた。イエイヌの身体を、覆いつくすように。

「……そんな、嘘でしょ……イエイヌちゃん」

友絵は膝から地面に崩れ落ちて、黒い霧に覆われたイエイヌを呆然と見つめていた。

そんなことなどお構い無しに、セルリアンは再び黒い霧を友絵に向かって放った。考える間もなく、それは友絵の身体に命中……するはずだった。

 

キュイーーーーーーーーン

 

間一髪。友絵の身体から虹色の光が溢れ出し、目の前に六角形の虹色の宝石のような防御壁が現れ、黒い霧の攻撃を防いだ。何が起こったのか解らない友絵の頭の中に、声が響いてくる。

 

『大丈夫だよ萌絵』

 

「……この声は」

セルリアンは黒い霧を頻りに発射するも、虹色の壁によって全て弾かれていく。その声は友絵に語りかける。

 

『思いを繋げるんだ』

 

それきり、声は聞こえなくなった。しかしもう迷いはない。友絵は虹色のペンを強く握りしめ、天に向かって願った。

「……みんな、力を貸して」

 

 

 

 

 

 

 

 

牧場でソリの手入れをしていたトナカイは、友絵から貰った絵が突然輝き出したのを見ると、絵を手に取ってこう言った。

「これは、ともえの……よぉし、わたしも力を貸すぞ!」

 

 

 

 

 

植物園で研究をしていたリコは、友絵の絵が強く光輝くのを見て、こう呟いた。

「この輝きは、サンドスターの……もしかして、呼応しているということなの?」

泊まりに来ていたモモが慌ててリコの元にやって来る。

「ねえねえ博士、これどうやって……えっ!何それ、スッゴい光ってる」

二人は絵の輝きに触れるとこう言った。

「友絵……リコの思い、今届けるの」

「あたしもっ、ともえに協力するよ。だって、友だちだもん!」

 

 

 

 

 

山の麓で二人が戻るのを待っていたククとシロクマ。展望台の明かりが消えていることに気付いたククは、心配になってこう呟いた。

「二人とも、大丈夫かしら」

次の瞬間、シロクマが持っていた絵が突然輝き出し、シロクマはククにこう促した。

「……クク姉、この絵に触ってみて」

絵に触れるとククは全てを理解し、二人はこう言った。

「ともえさん、わたくしの思い、届いてますか?」

「負けるなともえ!君は、独りじゃないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

けものたちは天に向かって祈った

大切な『友だち』のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレンズたちの祈りが、一筋の光の束となり、夜空を駆け巡る。空に向かって放たれた5つの光の束は、やがて虹色のペンを持つ友絵の元に集約した。今までにないほど強烈な光を身体に纏った友絵は、イメージした。全ての光を呑み込み、思い出や記憶を消してしまう黒い霧に対抗するものを。大切な思いを繋ぐ、道標となるものを。そして、空中に向かってペンを走らせながら、思い切りこう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「虹の架け橋!!」

 

 

 

 

 

 

ピッカァァァァァァァァァァァン

 

友絵が空に描いた虹の架け橋は、まばゆい輝きを放ちながら、光の柱となり空高く昇っていった。その輝きに触れた黒いセルリアンは一瞬の内に消滅し、跡形もなく消え去った。虹の橋は尚も空に向かって伸びてゆく。その軌跡は消えることなく、夜の空に刻まれていった。

 

≫つづく。

 

 

次回「夢の中のきみ」

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