けものフレンズR   作:ドラクオ

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第5話「夢の中のきみ」

夜空にそびえ立つ塔のような虹の架け橋から、キラキラと虹色の粒子が降り注ぐ。夜風に乗って、それは麓の町まで飛散していった。

「……ありがとう、みんな」

友絵は感謝の言葉を呟くと、倒れ伏すイエイヌの方を見る。さっきまで身体を覆っていた黒い霧は消滅しているようだった。友絵はイエイヌに呼び掛ける。

「イエイヌちゃん……イエイヌちゃん、起きて……」

しかし、返事は返ってこない。

身体を軽く揺さぶっても、何度も声を掛けてみても、イエイヌは眠っているかのように目を閉じたままであった。

「そんな……とにかく運ばないと」

友絵はイエイヌを担いで、展望台に戻ることにした。

虹色のペンが放つ明かりを頼りに、展望台のロープウェイ乗り場まで戻ってきた友絵たち。展望台には明かりが点いていて、電気も復旧していた。どうやらゴンドラが下に降りてしまっているようで、とりあえず友絵は担いでいたイエイヌを待合所のベンチに横たわらせる。しばらくして、ゴンドラが展望台に到着し、中からククとシロクマが出て来てこう言った。

「ともえさん!無事でしたか?」

「どうやら、セルリアンを倒せたみたいだね、良かった」

友絵は二人に向かって感謝の言葉を告げた。

「二人とも、力を貸してくれて本当にありがとうございました」

ククとシロクマはホッと胸をなでおろしたが、友絵は浮かない表情を滲ませている。ベンチに横たわっているイエイヌに気付いたシロクマが声を掛ける。

「イエイヌは、もしかしてセルリアンに?」

友絵は口を開いてこう言った。

「私を守るためにセルリアンの攻撃を受けてしまって、まだ意識が戻らなくて……」

「そうか……でもセルリアンは倒せたわけだし、フレンズ化も解けてないから、しばらくしたら目を覚ますよ」

「……そう、だといいんだけど」

辛そうな表情でそう答える友絵の肩にポンと手を置き、優しい声でククはこう言った。

「あなたは本当に勇敢な子よ。イエイヌさんも、立派にあなたのことを守ったんですもの、起きたらいっぱい褒めてあげなきゃね」

「……うん」

ゴンドラに乗り込んだ友絵たちは、イエイヌを安全な場所に運ぶため灯台へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

「………ん……ここは?」

 

イエイヌはぼんやりとした意識の中で、まるで深い海の底に沈んでいるかのような感覚の中にいた。温かくもなく、冷たくもない。ただ意識だけがそこにあって、周りの景色はぼやけて見える。

フッと、景色が鮮明になり、動物の鳴き声が聞こえてくる。

『キュウ……キュウ……』

弱々しくて儚い鳴き声。それは、小さな雑種犬が産まれてきたばかりの時の景色だった。

 

「もしかして、ぼくがフレンズになる前の……」

 

景色は移り変わり、今度はイエイヌがよく見知った家の中の光景が広がる。ベビーベッドの中には人間の赤ちゃん、それを見守る大人の男性がいて、その人は小さな犬の子を赤ちゃんの前に連れてきて、こう言った。

『ほら、解るかい萌絵。この子が、今日から僕らの家族になるユウだよ』

赤ちゃんは目の前に犬の子を見つけると、嬉しそうに笑った。犬の子も、尻尾を振ってそれに応える。

 

その光景を俯瞰して見ていたイエイヌは、男性に抱き抱えられた犬を見て、ようやく理解した。

「……間違いない、これはぼくが初めてご主人の所に来たときの……こんなところでまた会えるなんて……ぐすっ」

 

イエイヌは泣き出しそうになるのをこらえて、次の景色へと意識を移していく。さっきと同じく家の中の光景で、少し成長して大きくなった娘は父親にこう質問する。

『ねえおとうさん、なんでユウは“友”ってかくの?』

パソコンを操作していた父親は手を止め、娘にこう答えた。

『それはね、どんな時も萌絵と仲良しでいて欲しくて、友だちという意味の漢字から取って“友”って名付けたんだよ』

娘は納得したのか、犬のユウの元に駆け寄って、顔中をもふもふし出した。それを見て笑う父親。イエイヌはその光景を見て、涙が止まらなくなった。

 

「……会いたい……会いたいよ」

 

メリーゴーランドのように、景色はまた移り変わっていく。

 

 

 

 

 

「まだ起きていたんだね」

灯台のベッドで横たわるイエイヌの傍で、イスに座りながらじっと見守っていた友絵にシロクマが声を掛ける。眠ったままのイエイヌの頬に手を当てながら、友絵はこう答えた。

「イエイヌちゃんが目を覚ますまで、傍にいるって決めたから」

シロクマは友絵の目を見て、喉元まで来ていた言葉を飲み込むと、代わりにこう言った。

「わかったよ、じゃあおやすみ」

自分のベッドに戻るシロクマ。友絵はイエイヌの顔の近くにパタンと身体を倒し、こう呟いた。

「……ずっと、傍にいるから」

 

 

 

 

 

今度の景色は研究所の建物の中。白衣を来て忙しそうに研究に勤しむ父親の元に、かなり成長して大きくなった娘と、犬のユウが訪ねてきた。

『萌絵、それにユウ。どうしたんだい、研究室に来るなんて』

娘は寂しげな表情でこう答えた。

『だって、今日は誕生日なのにお父さん仕事で一緒に居られないから……ね、ユウ』

『ワンワン!』

父親は娘の頭を軽く撫でると、こう言った。

『ごめんね。でも、これからちょっと実験をしなきゃならないんだ。終わったらプレゼントを持って早く帰るから、先におうちで待っててくれるかい?』

娘は父親の手を握り、こう答えた。

『うん、わかった。待ってるから、早く帰って来てね』

娘はユウを連れて研究室を後にする。

 

「ご主人……お仕事が忙しくて、なかなか一緒に居られなかったんだっけ……でも、いつもぼくたちを気にかけてくれていたんだ」

 

場面は移り、おうちに帰って来た父親を、娘と犬のユウが出迎えている光景が見える。父親は買ってきたケーキをテーブルに並べて、10本のロウソクに火を灯し、ハッピーバースデイの歌を歌った。

 

「誕生日……ようやく家族一緒にお祝いできて、すごく嬉しかったな」

 

娘がロウソクの火を勢いよく吹き消すと、父親は近くにあった自分の鞄の中からプレゼントを取り出してこう言った。

『ハッピーバースデイ萌絵、ユウ。はい、誕生日プレゼント』

父親が渡したプレゼントは、新品のスケッチブックと、虹色に輝くペンだった。娘は喜びの声を上げる。

『ありがとうお父さん!良かったね、ユウ』

娘は犬のユウの頭を撫でながらそう言うと、プレゼントのペンを手に取り父親にこう訊ねた。

『お父さん、このペンすごく綺麗だけど、どこで売ってたの?』

父親は少し自慢げな表情で、娘にこう答えた。

『実はね、このペンはサンドスターの結晶から作った僕の発明品なんだ。だから、今のところ世界に1つしかないんだよ萌絵』

『世界に1つだけのペン……やったあ、お父さん大好き』

娘は思い切り父親に抱きついた。

 

「そうだ、ご主人は色々な発明品を作るのが仕事なんだっけ」

 

夕食を済ませ、食器を片付けていた父親に娘はこう訊ねる。

『このペン、どうやって使うの?』

父親は優しい声でこう答えた。

『サンドスターのペンは手にしたものがイメージした色を記憶し、忠実に再現することができるんだ。だから、萌絵がイメージする限り、どんな色でも描くことができるんだよ』

そう言われた後、娘はペンを手に取り、近くにあった冷蔵庫のドアに黄色い☆のマークを描いた。

『すごい!本当にイメージした通りの色になった』

父親は娘を諭すようにこう言った。

『こらこら、冷蔵庫に描かない。実はね、そのペンで描いたものは、どんなに時が経っても消えないんだ。サンドスターの粒子を供給すれば、半永久的に描いたものを保存し、記憶できるよう開発段階から……』

『ワンワン!』

娘は父親の説明に飽きたのか、犬のユウと一緒にリビングに戻っていった。そして、スケッチブックの裏面に、虹色のペンで名前を書いていく。

『よし、書けた。このスケッチブックは私とユウの二人で使うものだからね、ちゃんと名前を書いておかなきゃ』

名前の欄にはこう書かれている。

 

『遠坂 友 & 萌絵』

 

リビングに戻ってきた父親が、娘にこう訊ねる。

『スケッチブックの名前、ユウが先になってるね。どうしてなんだい?』

娘はこう答えた。

『私とユウは同じ日に産まれたけど、犬の方が成長が早いって動物図鑑で見たんだ。だから、ユウの方を先に書いたの』

父親は納得すると、娘が座っていたソファの隣に座り、こう言った。

『来週の日曜日は久々に休みが取れたから、家族三人でまほろ港に夜景を見に行こう』

娘はキラキラと目を輝かせてこう言った。

『うん、行く!展望台の夜景ずっと見てみたかったから。他にもショッピングモールとか、灯台にも行きたいし、あと遊覧船にも乗ってみたい……絶対、約束だからね』

『あぁ、約束だよ萌絵』

 

「家族三人で……やくそく。ぼくは、大切なことをずっと忘れたままだったんだ。でも何故だろう、これ以上……思い出したくない気がするのは」

 

イエイヌは自分の忘れていた記憶が思い起こされる度に、胸がざわつくのを感じていた。そして直感する。この先にある記憶、それは、あの日二人に起こった、全ての始まりの出来事……

 

 

 

灯台の近くにある岬のベンチに腰を下ろして、夕陽が沈む水平線のかなたを眺めていた友絵は、後ろから近づいてくる誰かの存在に気付き、振り返った。

「ごきげんよう、ともえさん。今日もここに居るって聞きまして……隣、いいかしら?」

友絵の隣に座ったククは、カモメが飛び交うオレンジ色の海を眺めながら、ぽつぽつと話を始めた。

「ねぇともえさん。わたくしと最初に会った時のこと、覚えてます?」

友絵はコクりと頷き、あの時のククの歌を思い起こした。透き通るような、それでいて魅力的な歌声に、惹き付けられたのをよく覚えている。

「あの時、二人がわたくしの歌を素敵だって言ってくれて、今までそんな風に言われたことがありませんでしたから、すごく嬉しくて……友だちになれたらいいな、なんて思って」

「そうそう、わたくしがフレンズになった時、最初に出会ったのがシロちゃんですの。右も左も分からないわたくしに、色々なことを教えてくれましたわ」

「カモメさんとも、実はよくお話しますわ。海や陸地や色んな場所に行った時のことを聞かせてくれますのよ」

ククは話の途中で、隣に座る友絵の横顔をチラリと見た。真っ直ぐ前を見つめる友絵の表情は、穏やかで、濁りのない澄んだ表情をしているようだった。ただ、大切なものが一つ、抜け落ちてしまっているようにも感じられた。ククの話に相づちを返してはくれるものの、彼女の目線は、ずっと遠くを見据えたままであった。

しばらく話をした後、ククはベンチから立ち上がり、去り際にこう言った。

「お二人に聞いて頂きたい歌がまだいっぱいありますの。今度また、三人で一緒に歌いましょう」

友絵はニコッとした笑顔でありがとう、と返事をした。

 

 

 

 

 

イエイヌの夢の中に広がる光景。そこには、晴れた日のジャパリパークが映し出されている。おうちの外の草むらで、スケッチブックを手に持った少女と、雑種の犬が仲良くおいかけっこをしている。

『ねえユウ。お父さんから貰ったスケッチブック、最初はどんな絵を描いてみようかな』

少女の言葉に、ブンブンと尻尾を振って応える雑種犬。そんなやり取りが続くかと思われた矢先に、突然鳴り響く轟音。地面が激しく揺れ、空に暗雲が立ち込め、野鳥が一斉に木々の間から逃げるように飛び立っていく。少女はなんとか踏ん張り、スケッチブックを抱き締めながら揺れが収まるのを待っていた。その時……

 

「……これって、まさか!」

 

空から大量の黒い物体が降り注ぐ。あられのように、周囲に降りしきる黒い物体が、踏ん張っていた少女の身体にぶつかると、そのまま少女は意識を失い、地面に倒れてしまった。裏返しになったスケッチブックに黒い物体が当たると、名前の欄から次々と文字が消えていく。残されたのは『友』と『絵』という文字だけになった。

揺れが収まると同時に、降り注いでいた黒い物体は止んだ。

『ワンワンワンワン』

少女の傍らで、必死に吠える雑種犬。その悲痛な呼び声も空しく、少女が目を覚ますことはなかった。

 

「あぁ……そんな……」

 

イエイヌは頭の中がズキズキと痛むのを感じていた。そして全てを思い出した。あの日の出来事。自分の無力感にうちひしがれたあの瞬間を。

 

視界がまたぼやけていく。

現れた次の光景は、研究室の中、卵のような形をした機械の前で、白衣を着た男と雑種犬が佇んでいる場面だった。

その光景を、上から俯瞰して見ていたイエイヌは、卵形の機械に誰かが入っているのを確認する。その人物は、さっきの光景で黒い物体に当たって意識を失ってしまった少女であった。

 

「……ごめんなさい。ぼくが、守ってあげられなかったから」

 

白衣の男は機械を操作すると、卵形の機械の中で眠る少女に向かってこう呟いた。

『ゆっくりおやすみ、萌絵』

名残惜しそうに、機械の中にスケッチブックと虹色のペンを置いた白衣の男は、最後にこう言った。

『いつかまた、会えるから』

機械の蓋が閉まり、少女は虹色に輝く揺りかごの中で、長い眠りにつくことになった。

 

「……あの時、だから……なんでこんなに大切なことを」

 

次の光景は、おうちの中。そこには一匹の雑種犬がいて、誰かの帰りを待つように、そわそわと家の中を駆け回っていた。何日も、何日も同じ光景が繰り返されていく中で、それでも雑種犬は帰りを待ち続けている。

 

「………………………………」

 

季節は廻り、何年もの時間が経過した頃。おうちの庭で、雑種犬は地面に横たわりながら、鳴き声を上げる。

『ワオーン……』

最後の力を振り絞るような鳴き声を上げた後、雑種犬は目を閉じて深い眠りについた。

 

そしてまた、季節は流れて……

 

空から虹色に輝く物体が降り注ぎ、キラキラとした光が溢れると、そこからヒトの姿をしたフレンズが現れた。地面に横たわるそのフレンズは、起き上がり周囲を見渡すと、こう呟いた。

『ここは、どこ?ぼくは一体……』

目の前には赤いレンガの建物があり、そのフレンズは中に入って直感する。

『なんだろう。わからないけど……すごく懐かしい匂いがする』

そのフレンズがおうちの中に入って歩き回っていると、冷蔵庫のドアに黄色い☆のマークを見つけて、何気なくそれに手を触れた。

『あっ……そうだ、思い出した。ぼくはここで、大切なヒトを待っていたんだ』

自分が生まれた意味を理解したそのフレンズは、大切なヒトが帰ってくる日を夢見ながら、いくつもの月日を過ごしていく。

 

「……そうか……ぼくは」

 

イエイヌは大粒の涙を流しながら、強い光に導かれて夢の果てへとたどり着いた。最後に映し出された光景は、あの日、あの時、二人が初めて出会った瞬間だった。

 

「……ぼくはもう一度、きみに会うために……生まれてきたんだ」

 

眩い光に吸い込まれた後、夢の中をさまよっていたイエイヌの意識は、魂が天に昇っていくように、空高く吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

朝の光が差し込む灯台のベッドで、イエイヌは目を覚ました。ゆっくり身体を起こし、周囲を見渡してみるが、誰もいないようだった。

「……ここは」

まだぼやけている目を擦り、ベッドから立ち上がると、入り口のドアが開き、友絵とシロクマが中に入ってきた。

「…………え!」

一瞬固まるシロクマ。その隣で、友絵は深呼吸をしながら逸る心を落ち着かせた後、思いっきり大きな声で名前を呼んだ。

 

「イエイヌちゃん!!!」

 

猛ダッシュしてイエイヌに飛び付いた友絵は、その胸の中でわんわん泣き出した。慌てふためくイエイヌ。シロクマはその様子を見て、ほっと胸をなでおろした。

「はぁ……良かった。やっと目を覚ましたんだね」

「……は、はい」

二人の元に歩み寄ってきたシロクマが、状況を理解できていないイエイヌに、こう伝えた。

「心配したよ、なんせ君は3日間もずっと眠ってたんだから」

「そう、だったんですね」

イエイヌの胸で泣いていた友絵は、涙を拭った後イエイヌに向かってこう言った。

「本当に、心配したんだから」

涙でくしゃくしゃになった笑顔を見せる友絵に向かって、イエイヌは訝しげな表情でこう訊ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あなたは、誰ですか?」

 

≫つづく。

 

次回……

 

 

 

 

 

 

最終回「星をつなげて」


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