「我が名はタバサ。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし“使い魔”を召喚せよ」
タバサは杖を手に、朗々と呪文を唱えた。
――春の使い魔召喚の儀式。
二年生への進級試験も兼ねているこの行事が行われる、学校近くの草原の中に、彼女はいた。
周りには名前もろくに知らないクラスメイトたち。そしてその中に混じって、無二の親友が自分を見守ってくれていた。
どんな使い魔が喚び出されるのか、それは誰にも分からない。
が、タバサは特に期待も不安もなかった。
どんな使い魔が来ようと、自分のやることに変わりはないからだ。
ただ、懸念事項が一つだけあった。
――先程の呪文で使った、名前。
それは本来の、両親が想いを込めて名付けてくれたものではなく、この学校で使用している偽名だ。
失敗するかもしれない。
そうなったら、きっとやり直しだ。
今度はみんなの前で、隠すべき本当の名を出さねばならなくなる。
だから、どうか。
この一回で、成功してほしい。
どんな生き物が出てきたって構わないから。
呪文を唱え終わって、タバサは杖を掲げた。
目の前に、鏡のようなものが浮かび上がる。
使い魔を喚ぶためのゲートだ。
ゲートは暫くぼんやりとした光を放っていたが――ふいに、表面に波紋が広がり、その中心から何かが突き出た。
それを視認した瞬間、今までぴくりとも動かなかったタバサの表情が、驚愕に彩られる。
――それは、白い手袋をはめた人間の手だった。
思わず一歩後ずさったタバサの目の前で、その手の持ち主が目の前に倒れ込んでくる。
「っ、いった……」
地面に叩きつけられたその人は、痛そうに呻きながら身を起こそうとして、体を丸めている。
見たところ、受け身もなしに地面に倒れたのだ。そりゃあ痛いだろう。
貴族の証であるマントをつけていないところを見ると、どうやら平民のようだった。
ダークブラウンのジャケットとズボンに、白いシャツと膝下までのブーツ。ちらりと、胸元の白いリボンタイが見えた。
そして、太陽の光を冷たく弾くプラチナブロンドの髪が、目眩を振り払うように揺れて。
「な、なに……」
顔が上げられ、彼の赤みがかった紫の双眸が、タバサの視線とかち合う。
呆然とした表情を浮かべた、端正な顔立ちの少年だった。
歳は、タバサよりも一つか二つくらい上だろうか。
すっと通った鼻梁も、困惑して顰められている眉の形も、透けるような白い肌の輪郭も、誰もがはっと息を呑むほどに整っている。
人の美醜に興味のないタバサですら、思わず心の中で綺麗だ、と漏らすほどだった。
「平民…?」
「嘘だろ、トライアングルのタバサが…」
周囲のクラスメイトたちの驚きの声が耳に届いた。
それもそうだと思う。
人間が召喚される例など、前代未聞なのだから。
しかも貴族ではなく、平民である。これは、失敗と言ってしまっても仕方ない。
だが、タバサは驚きはしたものの、不思議と落胆はしなかった。
そして、思ったのだ。
――この人は、私をわかってくれる。
何故そう思ったのかとか、何を分かってくれるのかとか、そんな疑問すら浮かんでこない。
ただ、漠然と、この人と寄り添って生きてみたい、と――そう強く思ったのだ。
「……誰?」
少年が、ぽろりと疑問符を零した。
タバサに、言葉を向けた。
それだけで、冷たく凍り付いていたはずのタバサの心が震えた。
そうして、少女は言葉を返す。
少年と共に歩くために。
「タバサ」
こうして心を凍らせた少女は、自分の運命に出会ったのだった。