「…何これ」
アイスランド共和国――アイスランドは、目の前に突然現れたものを、呆然と見つめた。
場所は世界会議の会場の廊下。
先程うっかり会議で必要な書類をホテルに忘れたことに気付き、一緒に会議室へ向かっていた仲間たちと別れて引き返して、もう一度この廊下を歩いていて。
ああもう始まってるんだろうな、と考え、憂鬱になりながらも足早に会議室へ向かっている最中に。
――このよく分からないものが、進路を遮るように現れたのだった。
発光している、鏡……のようなもの。
大体ニメートルくらいの高さの楕円形で、厚みはない。よく見れば僅かに地面から浮いている。
突然現れたことといい、宙に浮かんでることといい、怪しいことこの上ない。
放っておきたい所だが、こんな不気味なものをそのままにしていくのも躊躇われた。危険物なのかもしれないし。
「とりあえず…写メっとこ」
ひとまず落ち着くためにも、状況保存だ。
ジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出して、撮影。
カシャリ、という軽快な音が、この奇怪な状況と相まって、やけにシュールに聞こえた。
撮影した画像を保存しながら、アイスランドは目の前の鏡(?)を観察してみる。
「なんだろ、これ…。ノーレなら分かるかな?」
トロールとか妖精とか、目に見えないものとよく戯れている兄を思い出す。
傍にいれば相談できるのだが、今頃彼は会議室の椅子に座っているだろうし、そもそもこの廊下には自分以外誰もいない。
なんとなく、撮影しただけで終わらせるのもどうかと思うので、アイスランドはさらに検証してみることにした。
ポケットを漁り、くしゃくしゃに丸められた用済みのメモ用紙を取り出して、放り投げる。
緩やかな放物線を描いたそれは、跳ね返ると思いきや、
――吸い込まれ、消えた。
貫通して反対側に落ちたわけじゃない。
消えて無くなった。
「なにこれ意味わかんない」
とんだ危険物である。
少なくとも、人がくぐってはいけない物のようだ。
投げ入れたメモ用紙は消滅したのか、それともどこかへ行ったのか。
それは分からないが、触れないほうがよさそうだ。
さっさと会議室に行って、これをどうにかしてくれそうな人たちに任せよう。
そう判断して、アイスランドは鏡(?)の横を通り過ぎようとした。
しかし、踏み出した足は――得体の知れない、柔らかいものを踏みつけた。
同時、
「Ouch!」
甲高い声が、足下から聞こえた。
「え?」
ぐらり、と傾いた視界の端に掠めたのは、白いもの。
ぽよんと跳ねたそれには、まるで子供の落書きのような、とある大国の顔にどことなく似ている顔があった。
確か、そう――最近北欧に入りたがっているメガネが飼っている、謎の生物。
なぜ、いつの間にここに、などと考える暇さえない。
「ちょっ、うわっ…!?」
修正不可能なほどバランスの崩れた体が向かう先は、あの鏡(?)。
「嘘!?」
咄嗟に突き出した腕は――当然、鏡(?)に飲み込まれる。
そのまま、飛び込むようにそれをくぐることになった。
「――――っ」
覚悟して身を固くしたが、触れたからといって、特に痛みも熱もない。
そして何の抵抗すらもなく、アイスランドはそのまま派手に倒れ込んだ。
「っ、いった……」
アイスランドは全身を強かに打ち付け、痛みに呻いた。
変に力んでいたせいか、受け身も取れず、手や膝さえ突くこともできなかった結果である。
……あのメガネ割る。フィンが止めても割ってやる。
身を起こしながら、八つ当たり気味に誓う。
そして手をついて、目に入ってきたものに、息を呑んだ。
――地面だ。
恐らく、草原。
会議場の赤い絨毯じゃない。
土と草の臭いが、これが幻ではないことを訴えかけてくる。
会議場の中では吹かない、自然の風が髪を撫でていく。
いつの間に外に――いいや、ありえない。自分はただ、あの不気味な生き物を踏んづけて転んだだけだ。
転んだだけだったのに、なんで、こんなところに。
混乱する頭を振って、無理矢理落ち着く。
ここで取り乱したって、どうにもならない。
「な、なに……」
とにかく、状況を把握しなければ。
そう自分に言い聞かせながら、顔を上げた先に――
「……」
少女がいた。
年頃は、十代前半くらいだろうか。
小柄で華奢な体躯に、シャツとプリーツスカートと白いタイツを纏い、その上に何故か黒いマントを羽織った少女。
手に持った彼女の身の丈よりも大きい杖もあって、まるでおとぎ話の魔女のような出で立ちだ。
ショートボブの髪は、染めたにしてはやけに自然な青。
細くて赤いフレームの眼鏡の向こうの瞳も、同じく青だ。
背景が抜けるような青空なだけに、まるでそのまま空に溶けてしまいそうな、儚げな雰囲気を纏っている。
どこか気品を感じさせる、幼く可愛らしい顔には、一切表情が浮かんでいない。
良くも悪くも精巧な人形のようなその少女は、ただじっと無表情でアイスランドを見下ろしている。
「……誰?」
もちろん、初対面だ。
アイスランドの問いに、透明過ぎて感情の読めない瞳でアイスランドをじっと見返して、少女はただ一言、
「タバサ」
と名乗った。
どちらかの作品知らない人向け、ざっとした主人公紹介
タバサ
トリステイン魔法学院の生徒。15歳。
風系統の魔法を操る凄腕のメイジ(魔法使い)。
いつも無口で無表情。
辛い過去を背負い、復讐のため戦う。
アイスランド
北欧にある島国。外見年齢は16かそこらだが、実年齢は1100歳越えてる。
ノルウェーの実の弟で、北欧諸国の中では末っ子ポジション。
大人びているようで、子供っぽい面もある。
時々旅行会社の北欧ツアーから除外されるのが悩み。