雪風の少女と北の島国   作:志真 文

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第4話 国のいない世界

「……それ、本当?」

 

 話し終えて、まず口を開いたのはタバサだった。

 

「信じられないわ、別の世界なんて……」

 

 キュルケも、驚愕の表情で頭を振る。

 

「残念だけど、そうみたい」

 

 アイスランドは憮然とした態度で、そんな二人に言葉を返した。

 

 

 

 

 ここは、タバサの部屋。

 20平方メートルほどの広さの部屋に、シンプルな家具が最低限並んでおり、この無口で無表情な少女のあり方を、よく表していた。

 

 

 あれからタバサの部屋に案内され、まずアイスランドは、自分が違う世界から来たことを明かした。

 呆気にとられている二人を尻目に、自分の世界について説明する。

 

 地球と呼ばれる、球形の惑星のこと。

 魔法などなく、技術で人々は高度な文明を築いていること。

 主な大陸や国のこと。

 

 そして――

 

 

「何より信じられないのは、あなたが人間じゃなくて、国だってことだわ」

 

 

 アイスランド共和国という、自分のこと。

 

 

 アイスランド共和国――北方に位置する、共和制の国家。

 首都はレイキャヴィーク。人口およそ320万人。主な産業は漁業。

 火山島であるアイスランド島を主な領土とし、世界最大の露天風呂である「ブルーラグーン」など、多くの温泉が存在している。

 

 

 そんな簡単な説明を聞き終えた二人の反応は、当然ながら冒頭の通りである。

 

「あなたってどう見たって人じゃない。それに国が人の姿をしていないなんて……」

 

「そりゃ、国を作ってるのは人なんだから、人の姿になるのは当然でしょ……って、ちょっと待って」

 

 今度はアイスランドが驚愕の表情を浮かべ、キュルケを見返す番だった。

 

「その言い方だと、もしかしてこの世界って、国が自我を持っていないの?」

 

「ええ、当たり前よ」

 

 何を言っているのか、と言いたげなキュルケの回答を聞いて、アイスランドは溜息を吐いた。

 

 

「…変な世界」

 

 

 人の姿をした国がいない世界がどんなものか、アイスランドには想像もつかなかった。

 

 国は、国家の顔役として、様々な役割を担っている。

 外交、指導者の補佐、世界会議の出席、有事の際には戦争の指揮などなど。

 

 それらも、全部人間がこなすだろうか。

 国がいなくて、円滑に進められるのだろうか。

 人々に愛国心は根付くのだろうか。

 そう考えるとアイスランドには、それがとても奇妙なことに思えた。

 

 同時に、まるで自分たちの存在がいてもいなくてもどうでもいいものに感じられて、少しだけ、寂しくなった。

 

 

「それは、こっちの台詞」

 

 

 アイスランドの思考は、感情の見えないタバサの声で遮られる。

 

「あなたが、人ではないという証拠は?」

 

 そう言われて、アイスランドは言葉に詰まる。

 国によっては魔法のような変な力を使えたり、異常な怪力だったり、呪いを飛ばせたりと、何かしらの能力を持っているのだが、アイスランドには特にない。

 

 それでも、すべての国が共通して持っている特性はある。

 

 

「国は、国民が生きている限り、滅びない。この身体をいくら傷つけたとしても、絶対死なない。……試してみる?」

 

 

 人としての国は、国そのものである。

 戦争で人や土地が傷つけば傷を負うし、不景気になると風邪を引く。

 

 逆に言えば、本体である国家に何もないなら、いくらこの肉体を傷つけたとしても無意味だ。

 傷は負うが、すぐに回復する。

 心臓を抉られようが、首を落とされようが、全身が爆散しようが、復活する。

 国が持つ人体は、ただの記号でしかないのだから。

 

 アイスランドとタバサ、両者は共に睨むように見つめ合い――ふいに、ポツリとタバサが沈黙を破る。

 

 

「試さない。けど、信じる」

 

 

 その言葉に、アイスランドは肩から力を抜き、肺に溜めていた空気を吐いた。

 

「…良かった。死にはしないけど、普通に痛いから」

 

 別にほぼ不死身だからと言って、痛覚がないとか、鈍いとか、そんなことはないのだ。

 慣れ、というのはあるかも知れないが、感じる痛みは人と同じ。

 進んで苦痛を受けたくなんてない。

 

「んー、あたしは正直言って半信半疑なんだけど…。タバサが信じるなら、あたしもそういうことにしようかしら」

 

 二人のやりとりを見守っていたキュルケも、苦笑してそう言った。

 本当に信じたわけではなさそうだが、この際そんなことはどうでもいい。

 そんなことより、もっと大事なことがある。

 

 

「じゃあ、一応信じてくれたってことで……帰る方法は?」

 

 

 その問いに、タバサとキュルケは押し黙る。

 しかし沈黙で誤魔化すことを許さないアイスランドの視線に根負けし、タバサは小さく首を振った。

 

「…ない。あなたを喚んだ魔法は、一方通行」

 

「普通、使い魔はメイジと一生を共にする神聖なパートナーとして喚ばれるの。…この子みたいにね」

 

 タバサの短い説明に補足をして、キュルケは傍らにいた大トカゲの頭を優しく撫でた。

 

「そんな大切なものを気に入らないから返す、なんて発想した人間なんているはずないわ。だから、そんな魔法はないし、誰も考えもしなかったんでしょうね」

 

「……」

 

 アイスランドは、黙って唇を噛みしめた。

 なんとなく、そんな気がしていた。

 簡単に世界と世界を繋ぐなどという都合のいい事など、そうそうあるはずがない。

 

 それでも、アイスランドは諦めきれない。

 否、諦めるわけにはいかない。

 何年、いや、例え何百年かかってでも、元の世界へ――自分の(いえ)へ、戻らなければならない。

 

 

 でも、どうやって?

 一人では、限界があるのに。

 

 

 途方に暮れた、その時。

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 タバサの小さな謝罪が、アイスランドの耳に届いた。

 

 




アイスランドの説明部分はwiki参照です。
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