続くかは分かりません。
人の理想が必ず叶うなど瞞しに過ぎない。故に理想の具現は否定された。
魔力は消えたのだ。
グランベルムは終結した。
プリンセプスは生まれなかった。
魔法はそれを巡って起きた争いの歴史ごと、人々の記憶から消えて無くなった。
完全無欠な力は否定され、けれどもその事実を誰にも認められる事なく、今日も世界は回り続ける。
契約を交わし、魔法を得た少女達は自らをこう呼称した。
──魔法少女
そうして願いを叶えた幾人もの少女達が華々しく戦い、そして散っていった。
それは現在に於いても変わる事は無い。
願いを持たない人間など存在しない。人が人である限り、足りない「何か」を求める心は変えられない。
終わった世界と続いている世界。
今、その2つが交わろうとしている。
中央区には高層ビルが多い。
遥か昔、戦国時代にはもう既に決定的になっていたと言う東西の対立を他所に、中央区は神浜市の経済の中心部として発展を遂げていた。
沈みゆく太陽の光を受けて輝くビル群の屋上を、1人の少女が駆け抜けている。
「──」
目深に被った、どこか目や触覚を想起させる意匠を持つ黒いフードローブをはためかせ、ただひたすらに息を切らせてビルからビルへと飛び移っていく。
「裏切った……私を裏切ったんだ……!」
少女は魔法少女である。
全身をすっぽりと覆うフードローブから僅かに露出したその首もと。そこにキラリと光る小さな宝石──ソウルジェムがその証左だ。
ソウルジェムはインキュベーターと契約し、願いを叶えてもらう代償として体から抜き取られた魂であり、魔法少女達の心そのものである。
が、しかし本来群青の鮮やかな光を放つはずのソウルジェムは、今や墨汁をぶちまけたかの様に黒く濁りつつあった。
深い絶望が少女を襲っているのだ。
これが一切の光を映さなくなるまで濁った場合──少女は人としての姿を棄てる事となる。
2度と元に戻る事は無い。
「……ッ!」
数多のビルを飛び越え、少女はこのビル群の中でも一際目立つその建物──電波塔に取り付いた。
かつての仲間達によれば、「電波少女のウワサ」とやらはここを基点として流しているらしく立ち入る事は許されなかったが、今の彼女にとってはその様な事は無関係であった。
魔法によって強化された身体能力を最大限活かし、塔の外壁を駆け上がる。
ビル群の足元を行き交う人々が少しでも上を向く様な事があれば、垂直の壁を駆け上がる少女と言うオリンピック選手も気絶するレベルの光景が見学出来ただろう。
「あ、あと少し。後少しで──」
「──それはダメだね」
遂に電波塔の頂上に辿り着こうとした正にその瞬間、何処からともなく飛来した
見上げる先、電波塔の屋上から角帽を被った少女がひょっこり顔を出す。途端に縫い止められた少女の顔が憎悪に歪んだ。
「ク、クソぉっ! マギアコナトスまで──!」
「全く。
必死に逃れようともがく少女だったが、瞬く間に「ページ」に埋め尽くされる。
やがて白い球体と化したページの中から、ソウルジェムが無造作に放り出された。コロコロと転がるそれを拾い上げた角帽の少女は、しばしそれを手のひらで弄んでから深い溜め息をついた。
「はぁ……。やれやれ、何故僕が灯花の後始末を任されているんだろうね」
濁ったソウルジェム越しに逢魔が時の太陽を眺める。
全てに疲れきった様な物言いをしているが、少女の表情筋はまるで死んでいるかの様に動かない。完全に真顔である。
しばし太陽を眺めた少女は、ずれた角帽を被りなおすと、再び深い溜め息をついた。
「……殆ど無限に等しいエネルギー源を手にしたのは良いけど──」
空を見上げる。
「君は一体何がしたいんだい、マギアコナトス」
オレンジ色の空に「城」としか表現し難いそれ──マギアコナトスは浮遊していた。
魔法少女を除いて誰にも認識出来ず、魔法少女ですら近付く事が出来ないそれは、明らかに先程の少女を呼び寄せていた。
それも1度や2度の話ではない。手を変え人を変え、マギアコナトスは「翼」に干渉し続けている。
何故、何の目的で。
かつて小説家になる事を目指していた角帽の少女の想像力でも見当が着かないその事象は、彼女達を悩ませる頭痛の種となりつつある。こう何度も裏切り者が出る様では、いくら組織が大きくても何れは崩れ去ってしまうだろう。
一通り言いたい事を言い終えたのか、或いは自らの使命を終えたからなのか、少女はページの球体と共に何処へともなく姿を消した。
マギアコナトスより零れ落ちた、光の雫に気付く事無く。
「あ、あれ……?」
ふと気が付くと、小日向満月は見知らぬ路地に佇んでいた。
おかしい。
どう考えたって異常だ。
学校から下校していると思ったら大して広くもない、あまり人が通らない様な路地に1人放り出されたのである。
満月の脳内は瞬く間に疑問符で埋め尽くされた。
「ど、どういうこと……?」
突然の事態に頭を捻るが、運動も勉強も出来ない、加えて何をしても「平凡」である事以外何の特徴も持たない満月では、明確な解答を見つける事など不可能であった。
そのまま5分程無為に時間を過ごした満月は、一緒に下校していた筈の友人が見当たらない事にようやく思い至った。
「そ、そうだ! 新月ちゃん! 新月ちゃんはどこ!?」
新月エルネスタ深海。
数ヶ月前に転校してきたドイツからの帰国子女で、クールな性格の癖にどこか抜けた所もある黒髪の少女である。
そして、「グランベルム」を満月と共に戦う戦友でもある。
「先ずは、新月ちゃんと合流しないと……」
兎に角、新月を探さねばならない。
「魔術師」である自分がこうなっているのだから、新月だってそうに違いない。そう決めつけた満月は取り敢えずこの路地から脱出する事を決意した。
両足に力を込め、やる気に満ちた1歩目を踏み出す。
──が、当人は大通りから反対方向へと歩きだした事に、まだ気付いていない。