「はぁっ、はぁっ」
駆ける。白いケープを翻しながら、少女が駆ける。
空は巨大なカーテンに覆われ、足元は1面ベッドの海。ここは結界。魔女が己を隠し、人を絡めとる悪意の巣。
ケープの少女──環いろはは、結界に侵入した魔法少女の1人である。使い魔の苛烈な攻撃により、同時に突入したもう1人の魔法少女とはぐれた彼女は、単独での戦闘を開始した訳だが──
『##%▲▼&!』
(ダメ……走りながらじゃ上手く狙えない!)
彼女に肉薄するは、「立ち耳の魔女」。この結界の主だ。
その外見は可愛らしいウサギの人形だが、サイズは尋常ではない。およそ15m程の大きさの人形が、いろはに向かって質量を活かした体当たりを敢行しているのである。
いろはの主武装であるクロスボウでは大したダメージを期待出来ない事も相まって、こうして逃走を余儀なくされている。
間接部分に直撃させれば或いは──と考えもしたが、互いに激しく動きながら精密射撃出来る技量は、いろはには無かった。
「取り敢えず……やちよさんと合流しないと」
声に出していろはは自らの目的を確認する。
自分1人で倒せないなら協力する、と言う発想に至ったのは特別おかしな話ではない。魔法少女同士で縄張り争いが発生する、と言った事例もあるが、ここ神浜でそれは
増してや今、いろはが合流を目指している相手は「七海やちよ」である。戦歴は7年間と長くベテランらしい実力を保有する、いろはにとって魔法少女としての先輩である彼女と協調しない理由は無い。
(結界だってそこまで広くないし、近くにいる筈……!)
『@♪&●☆』
「ッ……やああっ!」
進路を妨げる、檻の形をした使い魔を射抜きながらいろはは必死になって駆け回る。
「やちよさん!」
「環さん……と魔女!?──はあっ!」
幸運にも、いろはは直ぐにやちよを発見する事が出来た。50m程先で多数の使い魔相手に奮戦する彼女は、此方を視認するなり構えていた槍を投擲した。
『‡※○&*!?』
一筋の流星となって飛翔した槍は、いろはの髪を掠めて魔女の膝関節を貫通する。バランスを崩した魔女はもんどりうってベッドの海に沈み込んだ。
立ち耳の魔女は図体こそ巨大なものの、その外見は人形なので手足は相応に短い。じたばたともがいて何とか立ち上がろうとしているが、それはかなり先のことになるだろう。
魔女自らが造り上げた空間が、彼女に味方しなかった訳である。
「あ、危ないですよやちよさん……」
「謝罪は後でするわ。それより、今は取り巻きを一掃してしまいましょう」
「はい!」
やちよの意見に、勢い良く返事を返す。
颯爽と飛び出したやちよに続くべくいろはも一歩踏み出して──しかし横合いから振るわれた何かの直撃を受け、はね飛ばされた。
「────!」
言葉にならない悲鳴を上げながら宙を舞ういろはは、鈍い痛みの中で自らをはね飛ばした物体の正体を見極めた。
(──耳?)
『*※※@▼!』
それは古代神殿の柱と見紛う程長い「耳」である。倒れた状態のまま、立ち耳の魔女は名前の通り耳のパーツを
その姿は愛らしいウサギ人形から一転、青黒い皮膚を持ち、顔が裂けた異様なモノへと変化している。
「──ッ!環さん!」
『@☆☆*&』
「このッ……邪魔しないで!」
すぐさまやちよが駆け寄ろうとするが、使い魔の物量に押しやられて接近すらままならない。魔法で槍を精製しては片っ端から射出しているが、壁となって押し寄せる使い魔にはジリ貧でしかない。
「ふっ……うぅ……」
『♪@※☆%』
そしてよろよろと立ち上がったいろはが相対するのは、同じく体勢を立て直した魔女である。
魔女の視線が、縦に裂けた顔面ごとギチギチと回転しながらいろはを貫く。咄嗟にいろはが選択したのは、後退する事だった。
駆け出す為に1歩踏み出して──膝が折れる。
(しまっ──!)
先程の不意打ちによるダメージはいろは自身の想定より大きかった。
尻餅を着いたまま立ち上がれないいろはに、魔女が迫る。
必死になってクロスボウを連射するが、無情にも表面に刺さるだけでその速度が落ちる事はない。
「い、嫌……」
瞬く間にいろはの元に辿り着いた魔女は、もがく彼女を掴み上げる。
顔の高さまで持ち上げてしげしげと
眺めた後、魔女はいろはを空中に放り投げた。
(あ──)
死んだ。これは完全に死んだ。
いろはは自らの死を頭で感じ取った。身体はろくに動かず、地表では魔女が待ち構えているのだ。どう考えても詰んでいる。
それは彼女自身よく理解している。だが──
(まだ、口寄せ神社のウワサに辿り着けてない)
結界の天井付近まで上昇した体が、下降に転じる。結界の全貌が良く見て取れる。
使い魔と戦うやちよも、耳を伸ばして待ち構える魔女も、しっかりと見える。
(まだ、やりたい事をやってない)
突如、結界が
ベッドの海と無秩序なオブジェが、別の何か──巨大な岩石が点在する、虚無の荒野と重なりブレる。
そしていろはの頭上、カーテンが覆っていた筈の空が満天の星空を晒す。そこに浮かぶは緋色の満月。赤く、巨大な月がいろはの背で光り輝く。
「──まだ、ういを見つけてない!」
満月の更にその先。
虚空に漂う七耀の古城が、一際強い輝きを放った。
「──何!?」
ベッドの海が2つに裂ける。跳躍してその場を離れたやちよは武器を構える事も忘れ、ただ困惑に身を任せる。
対する魔女は、落下するいろはから目を離した。異形の優先事項は結界の維持だ。
大慌てで裂け目に駆け寄り、中身を覗き込もうと身を屈めた瞬間──その顔面を純白の「腕」が殴り飛ばした。
『※‡■&&!?』
巨大な鉄拳を顔面にめり込ませ、15mの巨体が宙を舞う。再びベッドに沈み込んだ魔女を余所に、「腕」は拳を広げ落下するいろはをキャッチした。
「な、何これ……?」
広げた手の上で、いろはが困惑する。
返答は無く、そのまま「腕」が──否、腕を振るった「何か」が上昇を始める。
「ロボット……?」
呆然とした様子でやちよが呟く。
裂け目からゆっくりと浮上したのは、約7m程の大きさの
それは魔法人形。操る者の心が形となった、唯一無二の魔力増幅器。
そして「世界で唯一の魔術師」を決める儀式、グランベルム参加者が操る絶対無敵の鎧である。
人形は、拳を突き上げた姿勢から、いろはを守るかのように両手で抱えた。
「……私を、見てる?」
純白の魔法人形の「目」といろはの視線がピッタリと合った。
第1回「最初のアルマノクス」完
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