エイリアンvsプレデター Level 2   作:ムラムリ

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仕事納め直前にインフルエンザに罹ったので書きました。


1.

 歩いても足音がしない。

 ゼノモーフの巣窟はいつもそうだ。粘液で固められた凹凸のある通路はゼノモーフが音なく迅速かつ、縦横無尽に駆けられるように出来ている。

 触れればぺたりとくっつく、気持ちの悪い柔らかさ。

 そんな中を一人のプレデターが警戒を怠らずに歩いていた。

 

 これは試練の一つであった。成人の儀式などという生温いものではなく、ゼノモーフに蹂躙された星で一定期間生き延びるという、遥かに高度な試練である。

 そしてこのプレデターは、長い期間狩の腕前と名誉を求めて戦ってきた歴戦の戦士であった。

 ゼノモーフに限らず、様々な知的生命体の戦いに紛れ込み、その中で幾多の屍を築き上げて来た。多種の優秀な遺伝子を取り込むなどというような卑怯な事もせずに、その腕前だけでのし上がって来たその肉体はプレデターの中でもしなやかさと強靭さを兼ね備えており、そしてまた幾多の古傷に覆われていた。

 強さを求める事は、このプレデターにとって生きる事そのものと同義であった。そして積み重ねて来た努力、実績からその類稀なる強さを認められた事により、更なる試練への挑戦権を獲得したのだった。

 

*

 

 ゼノモーフに占領された星に足を付ける者は必ず他者による送迎が必要となる。

 幾らそのゼノモーフの酸に耐え得るような宇宙船を持とうとも、その強靭な顎と鋭利な手足、そして尾による攻撃を跳ねのけるような頑丈な素材で作れはしない。

 低空に浮かぶ宇宙船。そこからハッチが開き、二人のプレデターがその縁に立つ。

 一人が言った。

「まだ、引き返す事も可能だが」

 もう一人がすぐさま返した。

「まさか」

「……健闘を祈る」

 試練を受けるそのプレデターが槍を伸ばして跳躍した。

 着地、異変を察知し駆け付けていたゼノモーフ達をその槍捌きで難なく片付けると、しかしそれ程の実力がありながらも一旦身を潜めた。

 提示された生き延びなければいけない期間は短くはない。そしてまた、この試練の成功率はどんな猛者であろうとも慎重にさせる程に低い。

 また宇宙へと、母星へと戻っていく宇宙船を眺め終えると、静かな緊張がプレデターを包み始めた。

 

 ゼノモーフは言葉を持たない。しかしながらテレパシーを使ってただの獣より難解な意思疎通を言葉を使わずとも行う事は良く知られている事だった。

 女王を頂点とする蜂や蟻に似た社会構造は、プレデターという侵入者に対して迅速に動いた。

 その女王を一人で屠った事もあるそのプレデターは、そんな差し向けられた雑兵に対して傷を負う事など全く無く、蹴散らしていく。ただ、昼夜を問わずに断続的に攻められる事は少なからず精神を摩耗していった。

 姿を見つけられた時点でその位置が群れの全体に伝わる。長い休息を得る為には自身を発見したゼノモーフを全て駆逐した後でそこから誰にも見つからずに遠く離れる必要があった。

 しかし、そんな難度の高い事もそう多くない回数での試行で行えてしまうのがこのプレデターの狩りの腕前と経験の深さを物語っていた。

 ゼノモーフに宿主としての役割を持たされているであろう、無害な野生動物を狩って腹を満たす。

 そして時折槍を抱いたまま浅く眠る。それを見つけたゼノモーフが音を立てずに忍び寄る事もあったが、プレデターはそれでも瞬時に気付き、ゼノモーフに何もさせないままに一突きで仕留めた。

 耐酸の加工が為されたその槍の血を振って払うと、体を伸ばしてまた動き始めた。

 

*

 

 指定された期間の四分の一程をプレデターは無傷で生き延びていた。

 その頃になるとただの雑兵では力不足と認識されたのか、プレトリアン……女王を守る親衛隊であり女王候補でもある巨大なゼノモーフや、敏捷性、隠密性に優れ、直接攻撃はして来ないが遠くから幾らでも追い掛けて来るランナー、酸吐きによる遠距離攻撃を得意とするスピッターなど様々な能力に特化したエイリアン達が攻めて来るようになってきていた。

 ただ、そんなゼノモーフも歴戦のプレデターの前には敵わない。

 そしてまた、プレデターは複数の群れの領域を理解し始めていた。

 一匹の女王が支配出来る範囲は広大とは言え、限られている。特にゼノモーフに占領されてしまった星に女王は数えきれない程居るし、それを捕獲しに多数のプレデターが赴く事もあった。

 その縄張りの境界線に立っていればどうなるか? 起きるのは同士討ちであった。

 プレデターという侵入者はまた、ゼノモーフ、プレデリアンにすれば強大な戦力となる。プレデターはそのプレデリアンとも戦った事もあったが、その肉体の強靭さと生命力の高さに強く苦労させられた記憶があった。

 殺す事よりも捕らえる事を優先した結果、ゼノモーフ達は互いに争い始める。

 互いに酸の効かない相手に対して起こるのは純粋な肉弾戦だ。爪で、尾で、隠し顎で甲殻を貫き、酸性の血を至る所に撒き散らす。

 見ていると愉快でもあったが、その酸性の血は危険な事極まりないので見る事の余裕があっても遠くからのみに留めていた。

 平穏が作り出すのはいつだって闘争だ。

 闘争が終わると、残るのはより勢力の大きい群れの優れた個体のみになる。しかし、それぞれは少なからず傷ついており、この戦力ではプレデターを捕らえる事は出来ないだろうと判断してか続いて襲い掛かって来る事は無かった。

 プレデターも酸に塗れたその戦場に躍り出る事はせず、姿を消した。

 狩りそのものの実力も優れていたが、それ以上にプレデターを強くたらしめているのは危機意識であった。危険を冒した事は数知れないが、無謀をした事は無い。

 この試練そのものも、自分ならば達成する事が可能だという経験に裏付けられた自信があってこそ挑戦したのだ。それは無謀でも命知らずでもない。

 そして、治療薬も武器も補給される事は無いと言う前提から来るそのプレデターの慎重さは、ゼノモーフ全体に対して捕獲する事への手強さを知らしめつつあった。

 

 しかし次にプレデターを襲ったのはより強いゼノモーフ達の襲撃ではなく、食料の不足であった。

 失った兵隊を取り戻そうという動きもあったのだろう。少なくない数が居たはずの野生動物が全く姿を見せなくなっていた。

 空腹は堪えようとも自身の動きの精細に強く関わる。群れ同士での争いもあって弱体化した縄張りの中で過ごす事は、地理も理解出来た事もあって極めて簡単な事であったが、プレデターはその有利を捨てようともこの場所から離れる事を決意した。

 ゼノモーフの群れの本拠地に躍り込み群れを殲滅させる事もこのプレデターの力量ならば不可能ではないが、物資が非常に限られている今はすべき事ではなかった。

 遠くの木の上から監視しているランナーに屠ったゼノモーフの尾と木の枝で作った即席の投げ槍を唐突に投擲する。

 しかし、そこまで届く剛腕を持っていようとも距離が離れ過ぎていて当たる前に避けられた。

「……」

 他の群れの領域に入る頃には追跡して来るのを諦めるだろうか。

 それとも、どこかでおびき寄せて殺すか。

 警戒を更に強くしたゼノモーフ、その中でも隠密に長けたランナーを殺す事はこのプレデターでもやや時間を掛ける事であった。

 頭の隅で悩みながらもプレデターは移動を開始した。

 期間の三分の一が過ぎようとしていた。

 

*

 

 ある程度の期間を過ごした場所から遠く離れて、二つの縄張りから完全に離れた場所へと訪れた。

 追って来ていたランナーも気付けば姿を消しており、撒けたのだろうと思う。

 野生動物も見つかり、腹ごなしにも成功した。

 休息も取りたいところだったが、その前にこの場所の地理を知っておこうと思い、また行動を開始した。

 しかしながら、程なくしてゼノモーフが一匹も見当たらない事に気付いた。野生動物も多い。

「ここは……?」

 つい、呟いていた。

 誰も答える事は無い。

 偶々ゼノモーフの縄張りから外れた場所に迷い込んだのだろうか? そう楽観的に捉える事も出来たが、決めつけてしまうのには危険が強過ぎた。

 それに縄張りではないという事は逆に、隣接している複数の群れから一気に攻められる可能性があるという事でもあった。

 段々と、直感がここは危険だと伝え始めた。何がどうとかそんな根拠は一切ないが、それに従った方が良いと思った。だが来た道を戻り始めてすぐ、見たのはプレデリアンが自分を追って来ていたランナーを虐げているところだった。

 体の危険信号が一気に最大までアラートを上げた。

「ギ……ィ……」

 片腕でランナーの首を無造作に掴み持ち上げているプレデリアン。ランナーはゼノモーフの中でも非力だ。それを振り解こうと足掻いてもプレデリアンはびくともしなかった。

 そしてぶぢゅぅ、とその首が握り潰されるとランナーは事切れる。

 プレデターは、そのプレデリアンと対峙する事も避けるべきだと考えた。勝利出来るだけの腕前を持っているとは言え、無傷で確実に勝利出来ると断言出来る程ではなかった。

 更に一体だけとは限らないと言う事もあった。

 プレデリアンはプレデターに気付き、強く咆哮を上げた。それはただのゼノモーフと比べてより力強さが籠っている、雄叫びと言った方が相応しいものだった。

 そこにプラズマキャノンを当てた。電力の回復が簡単に出来ない今は気軽に使えないものであったが、出し惜しみをしている状況でもない。

 ただのゼノモーフならば体が弾き飛ぶ威力のものであったが、プレデリアンは吹き飛ばされるだけに留まった。

 しかしながら隙は出来た。プレデターは来た道を戻ろうとプレデリアンの横を走り抜け、続けざまにプラズマキャノンを起き上がろうとしたプレデリアンに放つ。

 今度は躱され、更に溜めを作るような姿勢になったかと思えば一跳びで追いついてきた。

 咄嗟に槍をその軌道上に置く。

 その刹那、悪寒が体を包んだ。脳裏を過ったのは体を貫かれても平然と動いて来たプレデリアンとの戦闘の記憶。

 寸前で躱した。プレデリアンが派手にその隣に着地し、腕を振って来た。

 強い風切り音。ゼノモーフは宿主よりも優れた肉体を備えて誕生する。それは元が何であれ、自身と同じ種から誕生したゼノモーフには純粋な肉弾戦では勝てない事を意味していた。

 しかし、それを埋めるのが技術であった。

 振り回した腕は無造作で、目の前には振り向かれた首が晒してあった。

 リストブレイドを即座に伸ばし、そこへ向けて腕を振るう。

「グゥッ!」

 血が噴き出し、それを即座に回避しようと跳躍したその足首を掴まれた。

 首を裂かれようとも動くその生命力、飛び散った酸が体に掛かった。耐酸のコーディングをされた鎧がそれを防いだが、運が良いだけだ、全身が鎧に覆われている訳ではない。

 反撃しようとプラズマキャノンの照準を合わせるが、プレデリアンはそのままプレデターを地面に叩きつけた。

 プラズマキャノンの射撃はあらぬ方向へと飛んで行き、空気が肺から一気に吐き出される。

「ヒューッ、ヒューッ」

 致命傷なのは確かだ、血は今も強く流れ続けている。しかしプレデリアンはまだ動いていた。プレデターが怯んだその僅かな時間、プレデリアンが活動出来る残り僅かな時間の最後にした事は、プレデターを殺す事ではなかった。

 その怪力を以て、思いきりある方向へと投げ飛ばした。

 その先にあったのは、深い穴だった。

 プレデターが嵌められたと気付いた時にはただ落ちていくだけ。穴の側壁は柔らかく、槍を突き刺してもぼろりと崩れた。

 着地こそしたものの、自身の脚力では跳躍して戻る事も出来ず、登っていく事も出来ない。

 その穴の深さは丁度良く、プレデターに飛び越せず、プレデリアンにのみ飛び越せる高さにされていた。

「……」

 出来る事は、掘られたゼノモーフの巣窟の中を進んでいく事、ただそれだけだった。

 

*

 

 ゼノモーフの巣窟へと入ってしまったのは望んだ事では無かった。

 プレデリアンが後から追って来る事は無かった。どうやら殺せたらしい。

 ただ、安堵は出来ない。複雑に分かれた道を記憶しながら、極力その中枢には行かないように歩いて行く。

 巣の構造はゼノモーフにしてはとても良く考えられていた。先が見えないように微妙なカーブが常に続いている。

 出口は何個か見つけたが全て、跳躍で脱出する事も出来なければ登る事も出来ないように作られていた。

 それが二、三か所あったところで、プレデターはプレデリアンが複数体居る事を確信する。この巣はプレデリアンに適した作りになっている。

 しかしながら新たなゼノモーフ、プレデリアンが自分を捕らえようとしては来なかった。

 警戒されているのだろうと思う。

 外側を沿うように歩いても、脱出できるような場所は一か所も見つからない。内側へと歩いて行く事、巣の中枢へと向かう事を覚悟しなければいけないようだった。

「……」

 呼吸を一度整え、覚悟を決めた。

「よし」

 今までの中で最も無謀に近い。しかし、それ以外の手段は残されていない。

 死中にこそ活がある事をプレデターはまた、知っていた。

 ただ……既にもう詰みなのだとは理解していなかった。

 していても認めなかっただろうが。

 

 中へと歩いて暫く。曲がりくねった道の先から、何者かが倒れているのが見えた。

 しかもそれは、同種族、プレデターだった。

 ……罠、なのか?

 分からないが、最大限の警戒をしつつプレデターはその倒れている同種族に近付いた。

 罠も何も仕掛けられていない。その倒れているプレデターは裸であったが、手に槍を持っていた。

「……おい?」

 プレデターは肩に手を掛けて揺すった。

 そうすると倒れていた裸のプレデターは顔を上げて、目の前に同種族が居る事に酷く驚いた。

「……ッ、……!!」

 何かを喋ろうとしていたが、喉を潰されている。

 マスクも外されている。ここはプレデターにとって必ずしも呼吸が楽な環境ではないはずだが……。

 しかし喋れない事は呼吸が苦しい事ではなく、単純に喉を潰されているから、それだけだ。

「何か伝えたい事があるのか?」

 そうするとガントレットを手に取られ、ボタンを押し始めた。二、三のボタンを叩かれた瞬間プレデターは青ざめ、その相手を蹴り飛ばした。

 押そうとしていたのは自爆の起動コマンドであった。しかも躊躇いもなく。

 ここで起きていた事が何であろうとも、プレデターは死ぬつもりなど微塵も無かった。

 蹴り飛ばされた裸のプレデターは、暫し逡巡した後に槍を伸ばす。

 構えにブレは無い。迷いも失せている。その姿は、紛れもなく自分と同じ歴戦の猛者であった。

 しかしその目的は自身を打ち倒し、自爆する事だ。そんな歴戦の猛者がそのような選択を迷わずする程の何かがここで起きている。

 しかしながらやはり、そんな逃げに付き合うつもりなどプレデターには更々なかった。

 このプレデターに勝てなければどうせ自身はここから脱出出来もしないのだろう。

 互いに槍を構え、間合いを詰めていく。そして先に動いたのは裸のプレデターの方だった。体に回転の勢いをつけ、的確に首元へと薙いできた。

 速い!

 それはまるでプレデリアンの膂力そのものだった。自ずと避け幅が増える。その余分な動きに追撃を仕掛けて突きを見舞われる。

 弾いては駄目だと直感して躱す事に専念する。

 躱す事自体はそこまで難しい事ではなかった。動きそのものは洗練されていても単調だった。長らく戦っていなかったのだろうと思う。

 何度目かの薙ぎ、跳躍して避ける。蹴りが跳んできたがそれを地面に槍を突き立てて空中に留まる事で回避し、逆に頭に蹴りを喰らわせた。

 同じプレデターと言えど、首の骨を折る程の威力はあるはずだったが、裸のプレデターは痛みを堪えながら立ち上がるに留まった。

 考えるのは後だ。体勢を立て直される前に追撃を仕掛ける。頭への突きは避けられたが掠った。そのまま薙ぎ、頭蓋を削った感触が届く。

 よろけた所に更に追撃、をワンテンポ遅らせた。槍を握る手が緩まっていない事が反撃を予想させた。

 そしてそれは想定通り薙ぎとして跳んできた。二回転、その残心の隙に距離を詰め、今度こそ首へと槍を薙いだ。

「……ッ……」

 膝から崩れ落ち、そのまま倒れた裸のプレデター。

「……槍は貰っていくぞ」

 それは良く見れば自分のと同じ、ゼノモーフ用に耐酸のコーティングが為されたものだった。

 このプレデターはやはり、この試練に挑んだ者だったのだ。

 しかし生かされていた理由は何だ? 考えても余り良い予感はしなかった。そしてふと、前を見た時だった。

 目の前から数多のプレデリアンが現れた。ぞろぞろと五とか十とかそんな数ではない、大量のプレデリアンが走ってきている。

 完全に予想外の数だった。いや、想定すべきだったのだろうか? 大人しく自爆すべきだったのだろうか?

 思わず足が引け、また悪寒がして咄嗟に後ろを見る。同じく背後からもプレデリアンが数多にやって来ていた。

 この巣窟に落とされてしまった時から詰んでいたのだ、とプレデターはそこで理解した。何をされるか、それは少なくとも良い事ではない。

 槍を落としすぐさまガントレットの自爆のコマンドを叩き始めるが、プレデリアンがそれよりも先に強靭な脚力を以てプレデターに次々と跳び掛かり、全身の動きを拘束していく。押し倒され、踏みつけられる。

 ガントレットは破壊され、鎧は剥がされた。マスクも剥がされて、呼吸が苦しくなる。全身を数多のその目の無い顔が自身の肉体を物色し始めていた。

 

*

 

 槍以外を破壊されて、その槍も奪われた。一匹のプレデリアンに足を引きずられて他のプレデリアンと共に巣の中枢へと連れて行かれる。

 二足歩行でゆっくりと歩いて行くその様には自分に対する警戒などもうとっくに無かった。

 暴れれば蹴られ、何度か踏みつけられた挙句に尾で全身を強く締め付けられた。

 単なるゼノモーフよりも太く長いその尾の拘束は、プレデターが幾ら力を込めようとも外れる事は無かった。

 そして連れて来られた先には、子供のプレデターが数多に居た。

 マスクも着けずに、そして捕獲されて粘液で壁に貼り付けられている訳でもない。

「なっ……!?」

 そう叫んだところを、プレデリアンが忘れていたかのように顔を近づけて来た。

 そして首を掴むと、気管を的確に潰した。

「がっ、ひゅーっ、ひゅーっ」

 そんな自分を子供のプレデター達が無邪気な、何も知らない顔で眺めて来る。まるで珍しいものを見るかのようだ。

 そしてプレデターは理解した。ここは農場だ。プレデリアンを作る為の。

 子供のプレデター達の表情には恐怖などというものは存在しなかった。自分の事を哀れだとも何も思っていなかった。

 言葉も持たせられず、何の知識も身に着ける事なく。ただ宿主として繁殖させられている事さえ知らない。

 大きくなったら自分のようにではなく、プレデリアンのようになるとでも思ってるのだろう。

 ずる、ずるとまだ引き摺られていく。

 そして自分が生かされて捕らえられた訳は。自身が殺したあの裸のプレデターが生かされていた訳は。あのプレデターが槍を持たされていた訳は。

 全て、自分を宿主として欲していたからではない。自分とあの裸のプレデターのどちらが子種として優秀か計る為だったのだ。

 子供のプレデターが乗り越えられないような高さの崖を越えたその先には、やはりと言うべきか妊婦のプレデターが数多に居た。粘液で固められて、そして粘液と体の一部が同化している。一様に無気力な顔をしていた。

 ゼノモーフの粘液は、血管を張り巡らせるかのようにそれそのものが生きてもいる。卵を長期間保存する為だったり、ゼノモーフの寝床になったりと多様な用途を持たせられる。

 食事をする必要も最早無いのだろうか。

 そんな事を思っていると、頭を唐突に掴まれ、持ち上げられた。目の前には妙な液体が溜められた池のようなものがあった。

 こぽ、こぽ、と時々妙な音を立てている。

「がっ、ぐっ」

 抵抗するも虚しく、そこに顔を突っ込まれた。

 飲めという事だろう。だが、こんなもの死んでも飲みたくなかった。けれど呼吸が続かない。ただでさえマスクを外されて呼吸が苦しくなっているというのに。

 暴れようとしても尾の拘束はびくともしない。呼吸を求める肺が勝手に空気を吐き出す。吐いた空気と共に飲んでしまう。どろりとした感覚が喉を伝わって来る。

 もう意識が続かないとなった時、プレデリアンが頭を持ち上げた。

「げぼっ、がほっ、ひゅーっ……ひゅーっ……」

 吐かねば……そう思うも、プレデリアンはそんな自分の様子を見ると不満気に喉を鳴らした。するとプレデリアン自身がその池に顔を突っ込んで液体を飲み始めた。

 口移しをする気だと分かった。プレデリアンに口移しなどされるならば素直に飲んだ方がマシだった。そしてどちらも死を選べるなら選びたかった。

「あ゛っ、ヴうっ!!」

 やめろ、やめてくれ!

 声も出ない、潰された喉で叫ぶと引きちぎれそうになるが、引きちぎれて欲しかった。もう殺して欲しかった。

 拘束をより一層強めて体の骨を折って欲しかった。

 液体をたっぷりと飲んだプレデリアンが顔を上げ、近づけて来る。巨大な手が後頭部に回され、プレデターの口をそのまま模した、より大きな口がプレデターの顔を覆う。

「ん゛ーー!! ん゛ーーっ!!」

 隠し顎がゆっくりと自分の喉の中へと入った。そしてその中から液体がどろどろと、先程の量とは比べ物にならない程に胃に直接流れ込んでいく。

 プレデターは自然と涙を流し始めていた。

 こんな屈辱を味わう事など想像すらしなかった。もう、きっと死ぬ事すら許されないのだ。子種として生かされ続けるのだ。

 プレデリアンが液体を流し終えると、それがしっかりと胃まで到達した事を確認して口を放した。

「ぐっ、ぐぅっ?」

 体が熱くなり始めた。何か、体の構造を書き換えられている感覚。

 ゼノモーフにとって生物の肉体を改造する事が得意な事だとしても、自分の体に何が起こり始めたかを想像したくはなかった。

 プレデリアンがそこでやっと自分を尾の拘束から解放したが、プレデター自身はその体の熱さにのたうち回るしか出来なかった。

 

*

 

 気が付いた時には呼吸が楽になっていた。

 体を起こすと全身は裸で、周りではプレデリアンが寛いでいたり、また外から獲って来たであろう野生動物を食していたりする。

 また、この暗闇に近い場所で視界がより鮮明になっており、拳を握るとより強い力が備わっている事に気付いた。

 きっとゼノモーフの因子を体に植え付けられたのだろうと思った。

 そして、自殺はさせて貰えないだろう。自分の近くに居るプレデリアンは、自分の事を気に留めていた。

 何か害する事をしようとした瞬間に複数体が跳び掛かってきて、抑えつけてくる。

「……」

 ただ、害する事を何もしなければ自由に行動する事は許容されているようだった。

 プレデターは立ち上がり、そして歩き始めた。

 プレデリアンも付いては来るが。

 

 肉体的に劣っている以上、監視を撒く事は非常に難しいと言わざるを得ない。そしてまたこの巣の内部構造を理解したところで、きっと百を遥かに超える数のプレデリアンから逃げきれるとは思えなかった。

 同種から誕生したゼノモーフに対して勝利する為に必要なのは技術と知恵だ。それらを縛られてしまった今、勝利する手段は無いに等しかった。

 試練は失敗した。自分は子種として生かされ続ける。

 名誉ある死などというような理想の死に方ももう出来ない。

 深いどん底に突き落とされた気分であるのは確かだったが、何もかもがどうでも良くなってしまう程ではなかった。

 自身に落ち度があると分かっていたからだろうか。プレデリアンの生命力を侮ってはいなかったとは言え、それでも穴に落とされてしまったのが敗因である事は分かり切っていた。

 自分はプレデリアンそのものに敗北したのではない。この群れに敗北したのだ。

 そしてその群れを司る女王を見ておきたかった。

 暫く歩くと、道が分岐していた。その片方からはやや成長したプレデターがプレデリアンに連れられて歩いて来ていた。

「……」

 プレデターはプレデリアンに引き摺られている訳でもなく、自らの意志でプレデリアンに付いて行っている。

 その先に待つのが死だとしても、きっと腹からチェストバスターが飛び出してくる瞬間まで自らがその為に育てられた事を理解しないのだろう。

 そのプレデリアンに付いて行くと、更に幾度と曲がりくねった道の先にエイリアンエッグが大量に配置された場所へと辿り着いた。

 プレデターに自爆された事があるのだろうか?

 あの場所プレデターの操作を許して自爆しようとも、ここまでその爆発が届いてくれるようには思えなかった。

 プレデリアンに連れられて、子供のプレデターはエイリアンエッグの前に立たされた。

 自分に付いてきたプレデリアンが自分への距離を縮めて来た。自分に寄生させる訳にはいかないのだと理解しているようだった。

 くぱぁ、とエイリアンエッグが開くのを子供のプレデターは興味津々に眺め、そしてフェイスハガーが八本の脚をせわしなく動かしながら出て来る。

 ぱっ、と跳びついたのを避けられる訳でもなく、プレデターは次の瞬間気持ち悪さからか引きはがそうとしたが、フェイスハガーの首の締め付けによってそれよりも先に気絶していった。

「……」

 プレデリアンはそこまで見届けると、子供のプレデターを壁へと磔にした。

 顔を上げると、そんなエイリアンエッグの先に動く巨大な生物が見えた。

 プレデリアン達を統率するクイーンだろう。エイリアンエッグの間を通り抜けて歩いて行くのに、プレデリアンはすぐ隣を歩いて来る。

 侵入者への罠としても作動するはずのエイリアンエッグは、そのプレデリアンの意志でか全く開く気配を見せなかった。

 そして、歩いて行くとクイーンがより鮮明に見えて来た。

 クイーンもまたプレデリアンから派生した者であるらしく、プレデターのような口の形を強く残していた。後頭部にはプレデターの髪の名残もある。しかしどれも、プレデター、プレデリアンと比較しても禍々しく成長していた。

 また肉体はただのクイーンよりも見るからに強靭で、一撃一撃がプレデターの肉体をバラバラにするような力を持っているように見えた。

 そのクイーンが頭の甲殻をずらし、自分の方を見て来た。

 隣のプレデリアンが動いたかと思えば、跪いていた。まるでプレデターが目上の者に敬意を表す時のように。

 ぶちぃ、ぶちぶち、とクイーンが産卵管を引き千切る音がした。

 顔を戻すと、ずんっ、と強い衝撃を響かせながらクイーンが地面へと着地していた。

 そして一歩一歩、自分の方へと歩いて来る。

 膝が笑っていた。武者震いとかそんなものではない。単純な恐怖だ。格が違う。

 自分が何体居ようともこのクイーンには手も足も出ないという確信。

 自分に顔を近づけて来る、口が開かれ、吐息が自分に強く吐きかけられた。

 そんなプレデターがした行動は恭順を示す事、他のプレデリアンと同様に跪く事だった。

「グルル……」

 ただ、しかしクイーンはそれに不満を示すかのように唸った。

 尻尾が動いていた。それは自分の頭上に置かれ、ぷつと頭を軽く刺した。

 もっと頭を下げろと言うかのように。

 力は段々と強くなっており、プレデターが次に咄嗟にした行動は土下座だった。プレデリアンと同等の構えは、プレデリアンと自分が同じ立場に居ようとした事だと捉えられたのだと理解した。

 クイーンは、そして頭を踏みつけた。

 柔らかい粘液で固められた地面に頭が沈んでいく。

 ぐり、ぐりぐりと踏みにじられていき、首までが地面に埋まってから、クイーンは指でそれを掘り起こした。

 目を開くとまた顔が目の前にあり、全身が震えた。それを鬱陶しいと思ったのか強く握られて持ち上げられる。

 プレデリアンの尾の拘束が生易しいものに思える程の握力、しかし体は壊れないように最低限配慮されていた。

 そしてクイーンはプレデターを暫くの間観察すると、興味を失ったかのようにプレデリアンに投げつけた。

 プレデリアンはプレデターを受け止め、そしてクイーンは自身の居るべき場所へと戻っていく。

「あ、あ……」

 プレデターは震えを止められなかった。クイーンではなくプレデリアンに抱かれている事に安堵さえ覚えていた。

 

*

 

 プレデリアンに抱かれたまま元の場所まで戻ってきて、そして仕事を命じられた時プレデターはもうそれに反抗はしなかった。

 プレデリアンの数を増やす為に、プレデターの子を為す。

 プレデターにとってもクイーンは自身が仕えるべき主だという認識を刷り込まれたかのように。

 それは飲まされたものの影響もあるのか無いのか、プレデターには判断が付かなかった。

 自分が殺したプレデターは女王の姿を見る事は無かったのだろうか? それは分からなかった。

 ただ、分かる事はプレデリアンの数は、自分が子種となってからある程度の期間が過ぎると倍近くにまで膨れ上がった事だ。

 恐怖はまた、敬意でもあった。体の隅々まで染み込んだその恐怖はまた、プレデターに絶対的な恭順を課していた。

 それに伴って群れの範囲も拡大し、そして他の群れとの闘争もあったようだった。しかしそれにクイーンが直接赴く事は無く、持って来られたのはその群れのクイーンの頭蓋のみ。

 しかし、それすらもプレデリアンのクイーンにとっては興味を引くものでは無かったようで、渡された後に投げ捨てられる。

 そんな投げ捨てられた頭蓋を見れば、自分がトロフィーとして所持していたそのクイーンの頭蓋になど何の価値も無いように思えた。

 

 そして、ある時。

 プレデリアンから槍を渡され、ある場所へと歩いて行くように命じられた。

「……」

 潰された喉も治っていた。再度潰される事は無く、喋る事は出来る。

 言葉を使う気は無かったし、反抗しようという気も全く無かったからだろう。

 歩いて行くと、プレデターが見えてきた。

 マスクをつけ、プラズマキャノンを装備し、全身に鎧を身に着けたプレデターだ。

「お前は……?」

 そんなプレデターに対し、槍を無言で伸ばした。

「会話は通じないのか」

 する気が無いだけだ。そう、心の中で思ってから戦いを始めた。

 

 そして勝者は雄叫びを上げた。

 しかし敗者に止めを刺す事はなく、ガントレットからプラズマキャノンからそれら全てを自らの手で破壊していく。

 鎧も剥いだ頃にプレデリアン達がやってきて、彼等と共にクイーンの元へと歩いた。

 献上品としてのプレデターは数多のプレデリアン、そしてプレデターに見守られながら、また叫び声を上げながらフェイスハガーに寄生される。

 プレデターは今の自分の立ち位置に満足していた。自分がどう足掻こうと勝てない強者に仕える事。強さを求め続けた身としてはそれは身に余る光栄であった。




知的生命体が本能に潰される様って良いよね。
因みに液体云々に関してはオリジナルって訳じゃなくてAlien Labyrinthで書かれてた事参考にしてます。

どっちが好き?

  • エイリアン
  • プレデター

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