子種は、物憂げな顔で空を眺めている事があった。
こちらが見ている事に気付くと、すぐにそんな振る舞いは止めて元に戻っていたのだが、それが何を意味するのか最初は良く分からなかった。
ただ、女王の抑圧から解放された後、一匹が気付いた。
あれは、帰りたがっているのだと。今まで、空からやって来た全てのプレデター達は全て子種か苗床にしてきたが、そうならなかったら、また空へと帰っていくのだろうと。
プレデターはこれからも時折やって来るだろう。
そして、女王を殺すという名誉を手に入れられた後には、それに乗じて帰ろうとしても全くおかしくない。いや、きっと、帰ろうとするだろう。
だから。
プレデリアン達は、自分達が女王を殺せなくとも、女王が死んだ場合、一つだけ決めていた事があった。
*****
雄叫びを上げたその瞬間。
周りのプレデリアン達は、一斉にプレデターに襲いかかった。
「えっ、あがっ!?」
それはほんの数瞬。歓喜に打ち震えるばかりのプレデターに対し、四方八方から飛び掛かってきたプレデリアン達には流石にプレデターも為す術がなく、一気に抑えつけられて、地面へと縫い付けられる。
ーーお、お前達っ、何をっ!?
その驚愕の問いに、プレデリアン達は冷徹に返した。
ーー終わったら逃げるつもりだったんだろう?
ーーこの地に居るならまだ良い。だが、子種が居なくなったら困る。
ーーずっと、死ぬまで子種としてこの地に縫い止めてやる。
図星でもあったのに、プレデターは即座に言葉を返せなかった。
槍を奪われ、装備を剥がされ、そんな中、プレデターは咄嗟に言葉を紡いだ。
ーーお、おい! 俺の本拠地へと行きたいと思わないか!? こんなつまらない野生動物ばかりの星じゃなくて、俺の星には、俺みたいな強い奴ばかり居るんだ。だから、だから、な?
プレデリアン達は一瞬、顔を合わせた。
だが、その理由はプレデターの提案に逡巡したからではなかった。
その提案は、懇願だった。明らかにこの子種はもうプレデリアン達に怯えていた。
卑怯者と断じて一騎打ちなどを望んだのならば、まだ解放される事はあったかもしれない。
けれど、そんな強さとはかけ離れてしまった言動はもう、プレデリアン達を落胆させるにはもう十分だった。
また……宇宙の彼方にある星にプレデターの本拠地がある。そこへと、空から降りてくる船で行く事が出来る。
そんな突拍子もない事をいきなり言われても、プレデリアン達はそれを信じる事すらも出来なかった。
だから。
もうプレデリアン達は何もプレデターに言う事は無かった。
興味をなくしたようなプレデリアン達は、プレデターを引き摺っていく。
そんな最中、何か致命的な失敗をしてしまったとだけは気付いたプレデターは、それでも喚いて懇願し続けたが、程なく頭を踏まれて気絶した。
*****
気が付いた時。
目の前には女王が居た。
しかしそれはプレデリアンの女王ではなく、ただの野生動物を元にしたゼノモーフの女王だった。
だが、その姿は威厳に溢れたものではない。
壁へと磔にされているその全身は、至るところが欠けていた。片腕と両足がなく、頭殻も砕けている。
その女王は、自分が起きたのに気付くと、顔を持ち上げた。
ーー貴様の企みも全ては無駄になったのだな。私とお似合いだ。
女王のその声は、酷くやつれていた。そうでありながらも、どこか愉快そうだった。
ここは地下。プレデリアンの巣の中。
そこに自分は磔にされているようで。
女王の言った言葉が、恐怖を刻み込む。
『私とお似合いだ』
体の感覚がおかしかった。自分の体がどうなっているのか、見たくなかった。でも、確かめざるを得なかった。
そして。
「……あ、ああ? あああああ!? 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だ!!」
両腕の、肘から先が無かった。片足も膝から下が無かった。
「お、俺の腕が、足がっ! 返せ、返してくれっ! 駄目なら殺してくれっ、頼む頼む頼む頼む、頼む、誰か! 誰か!!」
叫んでも、叫んでも誰も来る事はなかった。
そんな悲鳴を、女王は暇潰しが出来たと喜びながら耳を傾けていた。
「あ、ああ……あああ……」
体に力が入らない。欠損させられた肉体そのものと同等以上に、精神が折れていた。
涙がぼたぼたと、とめどなく流れてくる。このまま水を流していれば、脱水で死ねないだろうかと思うものの、この壁は脈動していた。千切られた四肢の先と同化しているその壁は、自分に栄養を流し込んでいた。
それに、子種として壁に磔にされていた女性のプレデター達。この地下で生まれ、子を産めなくなるまでひたすらに産ませ続けられ、そして最後は自らも苗床として死んでいったプレデター達は、何か食事を与えられるところも見たことがなかった。
それなのに、子を産み続けていた。
ーー貴様も、私も生かし続けられるのだろうよ。子を産む為に。またやって来る貴様の種族の雌と交わわせて、強い個を生み出す為に。
「やだ、……嫌だ、そんななら、殺してくれ」
女王には、プレデターの言葉までは分からない。ただ、何を言っているのかは分かっていた。
ーー諦めろ。四肢を失った貴様が出来る事はもう、何もない。
これまで積み上げてきたものが、耐え忍んで、体内にゼノモーフの因子を強く取り込んでまで得た勝利が、全て一瞬にして無に帰した。
そしてこれからはもう、死ぬまで自由になる事はない。狩りに興じる事はおろか、物を飲み食いしたり、歩く事すらも出来ない。
それは、プレデターにとっては到底受け入れられるものではなく。
何度かプレデリアンがそんなプレデターを見にやってきて、プレデターはその度に殺してくれ、そうでなければアレを飲ませてくれ、と喚き、懇願するものの、それら全ては相手にされない。
話し相手が出来たと思っていた女王も、そうして段々と狂っていくばかりのプレデターに声を掛ける事もなくなっていった。
*****
多少なりとも目指すべき存在だと思えていた相手は、その身が危なくなれば、すぐにでも命乞いをするような情けない姿を見せた。
そしてそんな情けない存在が、女王を殺してしまったのだ。
生かしている理由は、子種としてという理由もあったが、それ以上に自分達の戒めとして残している部分の方が強かった。
プレデターという種と、ゼノモーフという種の本質の乖離も理解しないままに、プレデリアン達は目指すべき強さはこれではないと断じていたのだった。
しかし、だからと言って目指すべき存在が別にある訳でもない。
そういう理由で、プレデリアン達はどこだろうといつだろうと、苛立ちを抱えながら日々を過ごしていた。
他の群れのゼノモーフを見かける事があれば、地の果てまで追い掛けて残虐に殺す事も珍しくなく、それどころか、そのままその群れを一気に半壊させてしまう事までもある程に。
そしてたちの悪い事に、今やプレデリアンの誰もが一騎当千。そして女王の抑圧から解放されて自由意志で好き勝手に動くプレデリアン達は、前のように数で潰せる程の存在でもないだろうし、潰したところで最大の目当てであった子種は無い。
恐れられ、手出しをしてはいけない群れとして、段々と周りの群れに周知されていった。
そんな日々を過ごしていれば、新しいプレデターが空から降りてきた。
重装備で攻撃を躱すのではなく、受け流す事に特化した立ち回りのそのプレデターは、プレデリアン達にとっては一匹でも容易く捕まえられる程度の存在だった。
しかもそれは雌であった。早速、再び雌雄が揃った事に少しばかり喜びを覚えながら、それを子種でしかなくなった雄と交わらせてみようと試みる。
だが、もう狂いきったその雄は雌を前にしても興奮するどころか、目が開いていても雌が居る事すら認識していないようで、子種を吐き出す事すらしなかった。
訳の分からないうわ言を呟き続けているだけで、プレデリアン達はもう苗床にしてしまおうかと思うも、一匹が提案した。
この中で一番弱い奴に、精を吐き出させるように試みさせようと。
それは追い求める強さの具体性もなければ、ここ最近の苛立ちの捌け口も無かったプレデリアン達にはとても甘美なものだった。
そうして最弱を決める争いが唐突に始まり、そして最終的にある一匹のプレデリアンがその役目を果たす事となった。
プレデターは夢ばかりを見ていた。
現実逃避の末に、過去の栄光をひたすらに頭の中で繰り返して、その中に意識を閉じ込めていた。
成人の儀式で苦闘の末にゼノモーフの首を刈り取った鮮烈な喜び。
初めての単独での光年を軽く超える距離を経る旅。文明はなく、しかし自らより巨大で力ある生物達を屠る狩りに興じた。
一人旅にも慣れた頃、今度は文明のある星に訪れて、争いの中で淡々と知的生命を屠っていった。誰にも気付かれず、段々と戦火が収まっていくのを見るのは別の心地良さがあった。
偶然近くに居たからと、掃除屋の真似事を依頼されて……この記憶は思い出さない方が良い気がした。どうしてだろう、何かが目覚めてしまう気がした。
そして、気付いたら。同期達の中でも中々に優れた狩人となっていた。
外界の事など何も目にも耳にも入らず。
ただただひたすらに、ひたすらに、そんな幸福だった頃の記憶を思い出し続ける。それは現状では一番幸せな事だっただろう。
だが、それも放置されてこそ。
プレデリアンがプレデターに話しかけても一向に返事はなく。その性器に手を掛けてみた。
確か……行為をする時はこんな風にしていた。
性行為をしないゼノモーフにとって、その真似事は興奮するものでもなく、淡々と触れていると段々とプレデターの呼吸が荒くなってくる。
「う、あ……?」
性交をした事は何度もある。そんな記憶に感覚が当てはめられようとするが、それらのどれにも記憶はしっくり当てはまらず、段々と意識が覚醒させられて。
そうして見えた光景では、六本の指が生える大きな手が、自分の性器を扱いていた。
「あ、あぁ……?」
顔を上げれば、プレデリアンの顔がすぐ目の前にあった。
そして現実に引き戻されたプレデターは言葉が通じない事すら忘れて、喚き始める。
「ああ、ああああ、あああああ!! 殺してくれっ、嫌だっ、死にたいっ、死なせてくれっ、頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼むぐっ」
口を抑えられる。
「ムーッ、グーッ!!」
プレデリアンがそのまま口を抑えながら扱いていれば、プレデターの目からぼろぼろと溢れていく涙が手へと流れていく。
また、それでも目だけで必死に懇願する姿は、少なからず最弱と見做された苛立ちを癒やしてくれるようだった。
そして、自分の意志とは別に長らく果てる事の無かった性器は元気を取り戻して。
そこにプレデリアンが雌を充てがえば、精を放つ事はもう我慢出来る事ではなかった。
「あ、ああ……」
気絶したままの雌は、その雄の隣へと磔にされて。
プレデリアンは少しばかり鬱憤が晴れたというように、多少機嫌を直して去っていった。
*****
それから新しくプレデターがその地に来ても、個としても並のプレデターを遥かに上回るプレデリアン達には立ち向かう事はおろか、逃げる事も許されない。
そうして捕らえられたプレデターの雌は等しく子を産む為だけに磔にされ、雄は子種と比較される。
だが、不幸な事に、そのプレデターより優秀な子種が来る事もなかった。
雌の数が増えるに従って、雌を磔から引き剥がして充てがう事も面倒になっていき、長い年月が経ったある時、プレデターは磔から解放された。
そしてもうその時には、プレデターは自我すら消え失せていた。
新しく生まれ、そしてその世話をする事になるプレデリアン達はもう、それが過去、最強の女王を屠ったのだとは誰も信じない。
しかし、それでも子種ばかりは何よりも優秀で、それだけに新しく生まれたプレデリアン達は首を傾げるのだった。
そんな日々の中、そのプレデターは今日も磔にされた雌達と女王の空間で、プレデリアンから与えられる食料を這いずって口を汚しながら食べ漁り、またプレデリアンの助けを借りながら、獣のように雌と行為をし続ける。
そうした一日がいつまでも、いつまでも続いていくのに、プレデターはもう何の疑問も感情も抱く事はなかった。
好み
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Good End
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Bad End