捨て魔法少女とリーゼント   作:雨魂

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第一章/不良少年、魔法少女を拾う。
第一話


 

 

 Prologue/

 

 

 

「あぁ、そこの変な髪型のお兄さん。よかったら、私を拾ってくれませんか?」

 

 

 小雨が降るとある日の放課後。傘をささずに帰り道の公園を歩いていると、突然誰かに声をかけられた。

 

 

「あ?」

 

 

 立ち止まり、メンチを切りながら返事をする。こうすれば大抵の人間はたじろぐか謝ってくるか、どちらかの反応を見せる。いずれにせよ、最終的には尻尾を巻いて逃げていくのがいつも通りの流れ。

 

 だが、声をかけてきたそいつはそのどちらにも当てはまらなかった。という事は、これは第三のパターン。俺に対して喧嘩を売ってきているに違いない。

 

 

「おや、どうしました? もしかして、美少女に声をかけられてビックリしちゃいました?」

 

 

 しかし、その想像も一瞬にして霧散する。

 

 そこにいたのは、段ボール箱に両足を突っ込んでいる小学生くらいの女。その時点でかなり予想外だったのだが、そいつの容姿と格好を目にして思考はさらに混乱した。

 

 腰の辺りまで伸びた金髪に、緋色の目。胸元に大きなリボンが付いたピンク色のノースリーブシャツと、似た色のスカート。水晶玉のような球が三つ付いた白いベルトを腰に巻き、前腕には白と薄紅色のボーダー柄のアームカバーという超派手な出で立ち。そして、先端にハートのシンボルが付いた赤い杖を握っている。

 

 これはあれか、新手の風俗の勧誘だろうか。最近はコスプレを専門とする店もあるらしいしな。それなら話は分かる。だが何故こんな場所に現れたのかが理解できない。

 

 

「ちょっとちょっと、無視はひどくないですか無視は。こんな可愛い女の子が雨に濡れながら助けを求めてるんですよ? 喜んで助けますよね、普通」

 

 

 関わったら面倒くさそうな雰囲気が出まくっていたので、とりあえず無言で立ち去る事を選択。だが、コスプレ女はそれを許さない。俺が相当溜まってるとでも思ったのか、腕を掴んで立ち止まらせてきた。

 

 

「触んじゃねぇクソガキ。ぶっ飛ばすぞ」

 

 

 舌打ちをしてからそう吐き捨て、容赦ない威圧感をぶつける。相手が一般人ならこれだけで二、三人は殺れるはずだが、やはりそいつは怯む様子すら見せない。

 

 

「はいはい、人間風情があんまり粋がらないでください」

 

「んだとコラ」

 

「どうやらあなたは他の人間よりは強いみたいですね。でも、私としてはそんなのどうでもいいです」

 

 

 などとほざく金髪の女。喧嘩を売られているのは火を見るよりも明らか。いくら相手が女子供だったとしても、不良がなめられたままでいいわけがない。

 

 

「だから、あんまりなめた口をきくんじゃねぇ!」

 

 

 そして、完璧に決まる渾身の右ストレート。

 

 

「おっと危ない。─反 転(reflect)─」

 

「ぐほ──ッ!?」

 

 

 予想もしない角度から飛んできた右手をモロに食らい、()は呆気なく地面に倒れた。

 

 

「あらら、痛そう。でも人間如きが私に立てつこうだなんて、たぶん一万年くらい早いです」

 

「…………何が起きた」

 

「今のは私の魔法です。あなたの腕をちょっと操らせてもらいました」

 

 

 意味が分からず呟くと、女は赤い杖を左右に振りながらそう言ってくる。

 

 

「魔法? なに言ってんだてめぇ」

 

「言い忘れてました。実は私、異世界から来た魔法使いなんです。ついさっきこの世界に飛ばされてきて、行く宛ても無かったので拾ってくれそうな人間を探してたんですよ」

 

 

 意味不明な言葉を聞きながら立ち上がり、そのふざけた金髪を睨みつける。

 

 

「訳わかんねぇ事ばっか言ってんじゃねぇぞコラ」

 

「信じられません? じゃあ、もう一回かかってきてください」

 

「上等だよ。後悔すんじゃねぇぞ──っ!」

 

 

 一分後、俺は再び地に伏せていた。

 

 

「だから言ったじゃないですかぁ。どうやったって私には勝てませんよーぅ」

 

「……てめぇ、俺に何しやがった」

 

「さっきも言った通り、魔法であなたを操ったんです。でもあなた、やっぱり人間にしては強いですね。その変な髪型のおかげですか?」

 

 

 容赦なく襲いかかってくる自分の拳に成す術もなく、この女に指一本触れる事さえできなかった。不良を始めてからタイマンで負けた事など一度も無いというのに。

 

 

「くそ……マジでナニモンだ」

 

「だーかーらー、異世界からやってきた魔法少女です。せっかく私が拾われる相手に選んであげたんですから、あなたはそれを光栄に思うべきですっ」

 

 

 金髪の女は見下しながらそう言ってくる。ドヤ顔なのが超ムカつく。ぶっ飛ばしてやりたいのは山々だが、あいにく身体が言う事を聞いてくれない。

 

 

「バカかてめぇは。んな冗談を信じられる訳ねぇだろ」

 

「ん? じゃあまた性懲りもなく幼気な魔法少女を襲っちゃいます? 私はいいですよ。あなたが信じられるまで、何回だって返り討ちにしてあげますから」

 

 

 自称・魔法少女は杖をこちらに向け、幼い顔に微笑みを浮かべる。さすがにこの状態でまたあれを繰り返すのは気が引ける。さすれば言うべき言葉はひとつ。

 

 

「…………今は見逃しといてやるよ」

 

 

 一生の中で一度でも言うか言わないか微妙なラインの台詞を、こんなタイミングで吐き捨てた。

 

 

「賢明な判断ですねー。お利口なお兄さんには特別に、こんな魔法もかけてあげましょう。─治 癒(regain)─」

 

 

 再び赤い杖を振るう金髪の女。すると、突如として俺の身体は薄緑色の光に包まれた。

 

 

「……は?」

 

 

 そして数秒後。その光が消えたのと同時に和らいでいく全身の痛み。腕も足も、最初から何も無かったかのように動かせるようになっている。

 

 

「今のは回復魔法です。で、どうです? これで私が超絶かわいい魔法少女だって認めてくれました? えへへっ」

 

 

 新幹線並みの速度で進んで行く目の前の状況に、思考がまったく追いついてこない。しかし、この身に起こった事実は紛れもない現実。こんなふざけた出来事を信じられるほど電波な脳は持ち合わせてないが、絶対に受け入れられない、なんて事は口が裂けても言えなかった。

 

 

「訳が分からねぇ……」

 

 

 そもそも、こいつはなんでこんな人気(ひとけ)の無い公園で段ボールに入ってんだ。超どうでもいいけど、この女が足を突っ込んでる段ボールの側面には『魔法少女、拾ってください!』という文字が書かれた張り紙が貼ってある。意味が分からん。ふざけてんのかこのガキ。

 

 

「自己紹介がまだでした。私はノーライナ=ヘレン=ローゼリア。長いので()()、と呼んでください。あなたの名前はなんて言うんですか?」

 

「主藤、魁人」

 

「カイトさんですね。ではよろしくです、カイトさんっ」

 

 

 ムカつく金髪が満足そうにうんうんと上下する。教える気など一ミリも無かったのに、考え事をしている時に訊ねられた所為でうっかり口を滑らせてしまった。

 

 

「おい、そこの自称・魔法少女」

 

「むー、なんですかそのカイトさんの髪型みたいに変な名前は。私はノラですっ!」

 

「うるせぇ。つーかお前、選りに選ってなんで俺に声をかけやがった」

 

「? なんですかその質問は。もしかしてカイトさんは悪い人間なんですか?」

 

 

 頭に浮かんだ質問をぶつけると、自称・魔法少女は不思議そうな表情をしてそう答えた。

 

 

「あたりめぇだ。俺は不良だぞ」

 

「フリョー? それはなんです? 人間の種族みたいなものですか?」

 

「俺みてぇな奴をそう呼ぶんだよ。見た目で分かんだろ」

 

「ふーん。でも、私からすれば人間なんてだいたい同じです。あなたを選んだのは直感でしかありません」

 

「てめぇは俺に何を感じたんだ」

 

「それはヒミツです」

 

「なんでだよ」

 

「女の子は謎が多い方が可愛く見えるらしいですよ?」

 

「五年くらい年取ってから出直して来い」

 

 

 話せば話すほど訳が分からなくなっていく。そもそも女とかいう歳じゃねぇだろこいつ。

 

 

「それはそうと、あなたは私を拾ってくれるんですか? 拾ってくれないんですか?」

 

「逆に訊くが、てめぇを拾って何のメリットがある」

 

「そうですねぇ……可愛い魔法少女がカイトさんのお家に増えますっ。てへっ」

 

「俺は優しくねぇから言ってやる。全力でいらねぇ」

 

「ちなみに断った場合、その変な髪型をもっと変な風にしちゃいます」

 

「どんな脅しだ。つーかてめぇはさっきから喧嘩売ってんのかコラ」

 

 

 髪型(リーゼント)を何度ディスれば気が済むんだこのクソガキ。他の奴なら五回くらい死んでんぞ。

 

 

「とにかく、カイトさんは私を拾うべきですっ。むしろその選択肢以外選べませんっ」

 

「なんでてめぇが決めてんだよ。嫌に決まってんだろ」

 

「なんでですーっ! こんなに可愛い女の子がお願いしてるのにーっ!」

 

 

 自分を可愛いと称している時点でうさん臭くなっているのが、こいつには分からないのだろうか。

 

 

「ま、そう言うこった。もっと良い奴に拾われるようにせいぜい頑張れ」

 

 

 そう言って踵を返し、再び帰り道を歩き出す。変な奴に出会ってしまったが、まぁいい。とりあえずこの一件は忘れよう。

 

 そんな事を考えながら数歩進んだ時、進行方向に制服の集団がいる事に気づく。

 

 

「────よう主藤魁人。こんな所で奇遇だなァ」

 

「…………」

 

「なんか独り言をブツブツ言ってたみてぇだけど、頭大丈夫かお前。あ、そのだせぇリーゼントは大丈夫じゃねぇなァ。ぶははっ」

 

「この間はうちの佐久間さんがずいぶん世話んなったらしいじゃねぇか」

 

「あの人も意地が悪くてよ、『主藤魁人をぶっ殺して来い。やらなきゃてめぇらを殺す』なんて言われたら、従わないわけにゃあいかねぇんだわ」

 

 

 十メートルほど離れた位置にいる、不良の群れ。正確な数は分からないが、おそらく二十はくだらない。そいつらの手には金属バットやらスパナやらが握られていた。

 

 

「ちっ、めんどくせぇ」

 

 

 奴らは不良が多い事で有名な北高の連中。一週間くらい前にそこの頭をはってる奴をボコボコにした記憶がある。奴らの口ぶりからして、復讐でもしに来たんだろう。

 

 

「てめぇを病院送りにすりゃ気も晴れるらしいからよ。わりぃが黙ってボコられてくれや」

 

「はっ、リーダーがやられたら次はイキった雑魚が集まってくんのかよ。クソに群がる蠅みてぇだな」

 

 

 学ランの上着を脱ぎ棄てながら挑発すると、群がっていた北高の不良共は一斉にこちらへ向かって駆けてくる。俺はその場から動かず、奴らを迎え撃った。

 

 

「────しっ」

 

 

 バットを振り下ろしてきた茶髪の男の顎を右アッパーで捉える。それから警棒で頭を狙ってきた奴の攻撃を屈んで躱し、ローキックでがら空きの足を払って転ばせた。

 

 

「おせぇんだよ」

 

 

 続いてメリケンサックを付けたモヒカンの拳を避け、顔面にカウンターを食らわせる。坊主頭でがたいの良い男は襟を掴んで投げ技を試みてきたが、それも逆に大外刈りで投げ返し、鳩尾を踵で思いっ切り踏みつけてやった。

 

 たったそれだけで倒れる不良共。どうやら雑魚という表現は間違ってなかったらしい。

 

 

「なめんじゃねぇッ!」

 

 

 しかし、いくら相手が弱くても圧倒的な数には敵わないのがこの世の理。よそ見をしていたところを狙われ、首の後ろに一撃を食らってしまう。

 

 咄嗟に前方に転がって距離を取りながら受け身を取り、すぐに背後を振り返ったのだが。

 

 

「い、ッ!?」

 

 

 マズった。予想外の一撃だった上に当たり所が悪かった。上手く呼吸ができず、立ち上がれない。視界もブレて意識が朦朧とし始める。ヤバい、このままじゃ────

 

 

 

「やれやれ、仕方ないですね。人間同士で戦っている意味はよく分かりませんが、せっかく見つけた拾い主を傷つけられては困ります」

 

 

 

 そう思っていた矢先、傍らから届く聞き覚えのある声。さっきの薄緑色の光がまた全身を包み込み、再び身体が動くようになった。

 

 

「まだいたのか、てめぇ」

 

「お困りなようなので特別に手伝ってあげます。貸一ですよ、カイトさん。─魔力強化(intensify)─」

 

 

 いつの間にか近くに立っていたコスプレ女が杖を振ると、今度は右腕が赤い光に覆われた。

 

 

「んだよこれ」

 

「強化の魔法をかけてあげました。試しに一人、軽く殴って来てください」

 

 

 自称・魔法少女はそう言い、ちょいちょいと不良の方を指差す。

 

 

「なにブツブツ言ってんだてめぇっ!」

 

 

 木刀を振り下ろしてきたロン毛の男。それを避けた後、言われた通りにそいつの腹を軽く殴る。

 

 その瞬間、ロン毛の男はトラックに撥ねられたように後方へ吹き飛んで行った。

 

 途端に不良共の動きが止まり、公園内に静けさが戻ってくる。

 

 

「おお。こりゃすげぇ」

 

「当たり前です。私の魔法をなめないでください」

 

 

 自分の右手を見つめながら呟いていると、自称・魔法少女は得意げに腕組みをしながらそう言った。不良共は突然の覚醒にビビったのか、吹き飛ばされたロン毛とこちらを交互に見ながら徐々に後ずさりをしている。イマイチ状況は掴めないが、これはチャンスだ。

 

 

「さーて、そろそろ本気を出すか。で、次は誰がぶっ飛ばされてぇんだ?」

 

 

 口元を歪ませ指の関節を鳴らしながら歩み寄って行くと、不良共の顔が一気に青ざめていく。

 

 

「う、嘘だろ。あいつ、まだ本気出してなかったのかよっ」

 

「あれが花ケ崎高の番長、主藤魁人……」

 

「てかあんな化け物とやり合ってなんで生きてんだよ佐久間さんっ」

 

「や、やべぇよっ。俺はまだ死にたくねぇっ!」

 

 

 いい反応だ。あと一押しってところか。

 

 

「カイトさんカイトさん。今度はその場で空気をパンチしてみてください」

 

 

 後ろにいる自称・魔法少女からそう言われ、また奴の言う通りにしてみる。

 

 

「こうか?」

 

「「「や、柳ぃいいいいい──っ!?」」」

 

 

 途端、俺を中心にして発生する謎の旋風。シャドーした拳から繰り出された見えない衝撃波的な何かの風圧で、ロン毛の男がさらに遠くへと吹っ飛んで行った。

 

 

「マジかよ。最強じゃねぇか、俺」

 

「だから、私の魔法のおかげですよ。カイトさんが予想以上に強いのもありますけど」

 

 

 アメコミのヒーローのような力を手にした気分でいると、後ろからそんなツッコミを入れられた。

 

 しかし、これは使える。

 

 

「よし、動くなよてめぇら。今から一人ずつ吹き飛ばしてやるからよ」

 

「無理だ! あんな奴に勝てるわけねぇ!」

 

「お、覚えてろよ主藤魁人!」

 

 

 俺がまた正拳突きを放つ姿勢を見せると不良共は全員、武器を放り投げて逃げて行った。

 

 そして再び閑散とする公園。そこに立つのは二つの影。数時間前に降り出した小雨はまだ降り続けている。

 

 

「怪我をしなくてよかったですねー。ま、勝てたのはこの強くて可愛い魔法少女のおかげですがっ」

 

 

 顔を向けると、ドヤ顔の金髪女がこちらを見て立っていた。意味は分からないが、ピンチを切り抜けられたのはこいつのおかげ。それは認めざるを得ない事実だった。

 

 

「おい、そこの魔法少女(仮)」

 

「だからノラですーっ。カイトさんはイジワルです」

 

 

 ふくれっ面の金髪少女に、俺は再び問いかける。

 

 

「いったいなんなんだ、てめぇは」

 

 

 これだけは何度問うても腑に落ちない。認めざるを得ない不可思議な現実を突きつけられても、訊ねないわけにはいかなかった。

 

 

「もう、さっきから何度も言ってるじゃないですか」

 

 

 全身ピンク色のコスプレ金髪女は呆れ顔を浮かべ、こちらを見ながら口を開く。

 

 これは何でもない日の、何でもない出来事。

 

 

 

「私はノラ。異世界から来た魔法使いですっ!」

 

 

 

 その日、俺は捨てられていた魔法少女に出会った。

 

 

 

 

 ─────捨て魔法少女とリーゼント─────

 

 


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