捨て魔法少女とリーゼント   作:雨魂

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第十話

 

 

 

 ◇ Interlude

 

 

 

 夜の駅前。人々の雑踏が溢れるその場所に、一人の少女が歩いていた。

 

 少女はフラフラと蛇行しながら、どこかへ向かっている。彼女が明らかに普通の状態ではないのは明らか。だが、気にかける人間はそこにいなかった。

 

 少女は人目を憚らず両眼から雫を零し、頬を濡らしている。それでも慰める者は無い。ただひとつの風景として、彼女はそこに存在していた。

 

 

「かい、と……っ」

 

 

 誰かの名前を呼ぶ。しかし、返って来る声はない。だと言うのに、少女は母親を探す迷子ように、その名を呼び続けながら歩いていた。

 

 

「おっと」

 

「────あ、っ」

 

「危ねぇなぁ。ちゃんと前見て歩かねぇと怪我すんぞコラ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「大丈夫ですか佐久間さん。怪我は無いっすか」

 

 

 泣いていた少女は、向かい側から歩いて来た制服の男子にぶつかり、立ち止まる。これがもし見知らぬ普通の人間同士のやり取りだったなら、何事もなく流されていた出来事だったかもしれない。

 

 だが、ぶつかられた制服の男子はそうする事を許さなかった。

 

 

「お前、主藤魁人の彼女だな」

 

「え?」

 

 

 その名前を聞いて少女は驚き顔を上げ、訝しむような視線をぶつかった男子に向けた。

 

 そして、彼女は気づく。

 

 

「はっ、こりゃちょうどいい。あいつを誘き出すのにはこいつを連れてくのが一番手っ取り早いって、西高の安藤が言ってからなぁ」

 

 

 金髪、モヒカン、刈り込みを入れた坊主頭。耳や鼻に開けられたピアス。周囲に漂う香水の匂い。それらが普通の高校生と異なっているのかは、一目見れば分かるはず。

 

 少女の前に立つ男子たちは全員、不良だった。

 

 

「あ……」

 

「主藤魁人の彼女……ひはっ、そりゃあよかったですねぇ佐久間さん」

 

「やりましょうよ、佐久間さん」

 

「今度こそあの狂犬を〆る時っすよ」

 

 

 体格の良い金髪の男子に向かって、周りの不良達は囃し立てるかのようにそう言う。

 

 その声に賛同すると決めたであろう金髪の男子は、口元に不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「いいじゃねぇか、やってやろうぜ。連れて行け」

 

 

 そして間もなく、駅前から少女の泣き声と複数の足音は消えた。

 

 

 

 ◇ Interlude End

 

 

 

 派手な光が無数に交差するネオン街を一人歩く。周囲にあるのは千鳥足としつこい客引き。そんな中を宛てもなく進む。何か目的があるわけじゃない。ただ、今はこの町で一番騒がしい場所にいた方が、熱を持った心が冷えてくれる気がした。

 

 だけど、それも気がしただけ。家を出て数十分が経っていても、沸騰した熱は下がらなかった。むしろ時間が経過するほど苛立ちは増し、思考はますます乱れていく。

 

 

『魁人はどうして、不良になっちゃったの?』

 

 

 周りは騒がしいはずなのに、誰かの声が聞こえてくる。舌打ちをしても、その言葉は耳元から離れていかない。頭の近くを飛び回る小蠅のように怒りを加速させた。

 

 

『中身は昔と同じ、優しい魁人のままなのに。なんで周りの人たちから距離を取ってるの?』

 

 

 また雑踏の中から聞こえてくる問いかけ。唾を吐こうが、声は俺を追い駆け続けてくる。

 

 

『またそれですか。カイトさんも子どもですね。とりあえずそう言っておけば誰もあなたに近寄ってこないとでも、本気で思っているんですか?』

 

 

 次の言葉は声音が違った。聞き覚えのある、幼い女の声。

 

 

『分かりません。だから教えてください。あかりさんが諦めたのなら今度は私が訊く番です。カイトさんは、どうしてそんなに捻くれているんですか? なぜ、そこまでして一人になろうとするんですか? それが分かれば、私はあなたを擁護できるかもしれません』

 

 

 近くに置かれていたゴミ箱を蹴り飛ばし、中身を歩道上にぶちまけても、腹の虫は叫びを止めない。お前の苛立ちはそんなものでは治まらない、と虫は訴えてくる。

 

 

『これだけは分かってて。あたしは、いつだって魁人の味方だよ。何回突き放されてもそれだけは変わらないから。だって、あたしは』

 

『私の主は、カイトさんです。あなたがどんなに歪な人間だとしても、その事実だけは変わりません。この世界にいる限り、私もあなたの味方であり続けます』

 

「うるせぇんだよっ!」

 

 

 

 心の中だけでなく、実際に叫んでもその言葉たちは消えない。消えない。消えない。掻き消そうとすればするほど、大きな染みとなって俺の中に留まろうとしてくる。

 

 昨日の夕方まで正常だったはずの感覚は完全に狂わされた。それもこれも、全部あのクソガキの所為。あいつと出会ってから、俺は俺じゃなくなってしまっている。

 

 取り戻したいのに、それがどこに行ってしまったのかが分からない。宛てもなく彷徨って見つかるものではないのは、痛いほど分かっている。

 

 それでも、あの家に居続ける事は腐り切ったこのプライドが許さなかった。誰かに助けを求める事さえも、捻くれたこの性格が拒み続けていた。

 

 

『────お兄ちゃんっ!』

 

 

 今度はそんな幻聴が聞こえ、自然と立ち止まる両の足。

 

 そして、自分が今どこを歩いているのかを忘れていた事に気づく。飲み屋街の喧騒が少し遠く聞こえる、人が一人通れるくらいの幅しかない狭い路地。気づけば、そんな場所を歩いていた。

 

 

「…………何やってんだ、俺」

 

 

 呟きを聞く者は誰もいない。あるのはゴミの山と誰かが放置していった数台の自転車。光り輝く人間がそういった明るい世界に引き寄せられるように、誰の役にも立たない屑は、こんなクソみたいな場所に引っ張られるのだろうか。

 

 なんて、馬鹿な事を考えている時、静かな路地の中に携帯の音が鳴り響く。学ランの中に入れていたそれを取り出し、ディスプレイを見つめた。そして、そこに表示された名前を見た瞬間、思考は勝手に停止する。

 

 

 ──乾 あかり──

 

 

「…………なんだ?」

 

 

 嫌な予感がする。どうしてこのタイミングであいつが俺に電話をかけてくる。この携帯に登録されている連絡先の中で、最も電話がかかってこないであろう相手があの女のはず。だというのに。

 

 数秒間、震え続けている携帯の画面を見つめる。暗い路地に響く着信音は、俺に向かって『早く出ろ』と催促してくるような気がした。

 

 気づかなかった、という理由で無視をすればここは何事もなく乗り切れる。だが、もしここで出なければ何か後悔するような出来事が起きる気がしてならない。

 

 息を吐き、それからディスプレイに表示されている通話の部分に触れた。

 

 

「…………」

 

 

 沈黙が流れる。電話は確かにつながっているはずなのに、何も聞こえてこない。

 

 俺からあいつに話す事は何も無い。たぶん向こうも同じ事を思っているのだろう。だったら、このまま声が聞こえてくるまで待っていればいい。

 

 

『主藤、魁人か?』

 

 

 だが、聞こえてきたのは俺が待っていた女の声では無かった。

 

 

「…………あ? 誰だ、てめぇ」

 

『はっ、分からねぇのも無理はねぇ。これはお前の彼女の携帯なんだからな』

 

 

 低い声で話してくる電話口の相手に、再び問う。

 

 

「質問に答えろ。てめぇは誰だ」

 

『まぁ聞けよ主藤魁人。ついさっき駅前を歩いてたらよ、この女が俺にぶつかって来やがったんだわ。顔は悪くなかったから見逃してやろうかと思ったが、よく見たら西高の安藤から教えられたお前の彼女だったじゃねぇか』

 

「…………」

 

『そんで、いい機会だから遊んでやろうと思って連れてきたんだよ。どうだ。お前もこっちに来いよ。今ちょうど盛り上がって来たところだ。はは、イイ感じに弄ばれてるぜオイ』

 

 

 その下衆な声と笑い声が耳を通過した瞬間、全身にスイッチが入るような感覚がした。

 

 こいつは北高の佐久間。そして、近くには奴の仲間がいる。あれだけ派手にしばき倒してやったのに、また性懲りもなく俺に喧嘩を売ってきているらしい。

 

 しかも、今回関わっているのは俺だけじゃない。

 

 あいつらは、あかりを人質に取っている。

 

 

「…………待ってろ。今からぶっ殺しに行ってやるよ」

 

『おお、やっぱやる気になったか。なら早く来い。俺らのアジトの場所は分かるよな?』

 

「あの薄汚れた廃工場だろ。すぐに行くからその間に遺書でも書いてろ」

 

 

 電話を切り、俺は路地に捨てられてあった自転車を立たせ、それに跨る。どうやら左ブレーキが壊れてるだけで、自転車としての役割は果たしてくれそうだった。

 

 

「だから早く帰れっつったんだ、バカ」

 

 

 お前は何回連れ去られれば気が済むんだっつーの。

 


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