捨て魔法少女とリーゼント   作:雨魂

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第十二話

 

 

 

 

 ◇

 

 

 それから一時間ほど経過し、俺はあかりを自転車の後ろに乗せて廃工場から離れた。

 

 結果的に俺は自称・魔法少女の力を借りてあそこにいた不良たちを全員叩きのめし、二度とあかりに近づかないようリーダーの佐久間にこれでもかというほど釘を刺してからアジトを後にした。でもなんとなく、あいつはまたあかりに接近してくるような気がする。

 

 深夜の町を自転車で進んで行く。既に眠りに落ちた町はシンとしていて、日中では感じられない涼しさを含んだ夜風が吹いていた。

 

 あのアジトに着いてから今まで、あかりとは一言も口をきいていない。言いたい事が無いわけではないけれど、いま何かを言えばこいつは北高の奴らに付いて行った事に対して、罪の意識を感じてしまうんじゃないか、と思った。

 

 だから、今日のところは何も言わないでおく。あかりから俺に言いたい事が無いのならそれで構わない。とにかく、二人とも無事でよかった。

 

 そうして、俺たちを乗せた自転車はあかりの家の前に到着する。

 

 

「ほら、雅さんが心配すっから、早く家に入れ」

 

「…………」

 

「おい」

 

 

 反応が無かったので呆れながらその名前を呼ぼうとした時、後ろから両腕を身体にまわされる。あまりにも突然の事過ぎて、一瞬だけ息が詰まった。

 

 それからすぐ、背中に顔を当てられる感触がして、鼻をすする音と泣き声のようなものが耳を通り抜ける。辺りが静かだからこそ、それはよく聞こえた。

 

 しばらくのあいだ俺は何も言わず、頭上にある街灯がアスファルトに映し出す二人の影を見つめる。そうしながら、その小さな泣き声に耳を澄ましていた。

 

 

「ごめんね、魁人」

 

 

 それから耳に届く、涙混じりの声音。

 

 

「また、魁人に迷惑かけちゃった。あんなに気を付けろって言われてたのに、少し魁人に冷たくされたくらいで、もう自分の事なんてどうでもよくなっちゃった」

 

 

 黙ったまま、その独白の続きを待つ。

 

 

「あたし、本当に嫌な女だ。あの人たちについて行ったら、また魁人が助けに来てくれるんじゃないかと思って、わざと断らなかった。そうすれば魁人があたしを見てくれるって、魁人に優しくしてもらえるって」

 

 

 そう思ったから、とあかりは小さな声で付け足した。

 

 

「でも、すごく不安だった。魁人があたしの事なんてどうでもいいって思ってたらどうしよう、とか。魁人が来るまでの間、ずっとそんな事ばっかり考えてた。あんな風に魁人を怒らせちゃったあたしなんて、助ける価値も無いだろうから」

 

「んな事、ねぇよ」

 

「うん。でも、魁人はやっぱり来てくれた。昔みたいに、あたしを助けてくれた。そんな魁人にね、言わなくちゃいけないって思った事があったの」

 

「? なんだよ」

 

 

 そう問いかけると、数秒の間を置いてあかりは口を開いた。

 

 

「……本当はね。あたし、魁人が不良になった理由、分かってたんだ。さっきあんな事を言ったのは全部、魁人が自分でそれを認めてるかどうか、確かめるためだったの」

 

「…………」

 

「でも、魁人はそれを認めなかった。だから、今度はあたしから言うね? 魁人は────」

 

 

 そしてあかりはその答えを語り、俺は何も言わずその声に耳を傾けた。

 

 あまりにも的確な言葉の羅列に、ただ黙っている事しかできなかったのだと思う。

 

 

「あたしは全部、分かってるよ。魁人がこの世界を恨んでる事も。だからこそ、不良になっちゃった事も。いつも、一人で居る理由も…………それでもね」

 

 

 あかりはそこで言葉を止める。それから腕を解き、自転車の後ろから降りて横に立った。

 

 

「魁人がどれだけこの世界をくだらないと思っていても、一人になりたいって我が儘を言ったとしても──あたしはいつだって、魁人の隣にいるよ」

 

 

 そして、あかりは俺の横で背伸びをする。

 

 その直後、腫れた頬に柔らかな何かが当たった。

 

 

「なーんてね…………えへへっ」

 

 

 そう言って、あかりは俺から離れていく。いつもの笑顔を浮かべて、恥ずかしそうに頬を染めながらこちらを見ていた。涙の痕なんて、どこにも見えなかった。

 

 

「ばいばい。また助けてくれてありがと。格好良かったよ、ちょっとだけね」

 

「ちょっ、待っ」

 

 

 停止していた思考が元通りになり、咄嗟に立ち止まらせようとしたが、あかりは逃げるように家に入って行く。それから俺は街灯の下に一人取り残された。

 

 

「…………マジかよ」

 

 

 熱くなった顔を俯けてしばらく悶絶する。自分が不良になった理由を見破られていた事が恥ずかしくてたまらない。そして、あんな風に言い合いになってもなお、連れ去られた現場に突入した事で、俺があいつをどう思っているのかを知られてしまった。

 

 だから、あかりは最後にあんな事をしたんだろう。ああ、恥ずかしくて死ねる。

 

 むほぉおおお、と胸の辺りを掻きむしっていると、誰かが近づいてくる気配に気づいた。

 

 

「そういう事、だったんですか」

 

「…………お前」

 

「それならそうと、最初から言ってくれればよかったじゃないですか。私だって、何もかも不思議に思っていなかったわけじゃないんですからね?」

 

 

 いつの間にか消えていた自称・魔法少女は、俺の前に立ってそう言ってくる。こいつは今の会話を聞いていたんだろう。

 

 まぁ、わざと聞かせるように話してやったんだけどな。

 

 

「カイトさん、あなたは。いや、あなた()()は」

 

「ああ、そうだよ」

 

 

 何かを言おうとしてきた自称・魔法少女の声を遮り、その言葉を奪う。

 

 既にこいつが知っているなら改めて言わなくてもいい。

 

 でもなぜか、この事実だけはどうしても自分の口からカミングアウトしたかった。

 

 

 

 

 

 俺が、こいつを家に招いたのは。

 

 両親がこいつを家に住まわせる事を許したのは。

 

 この手でこいつを殴れなかったのは。

 

 そして、俺が不良になったのは。

 

 それは、何もかも。

 

 

 

「俺には────妹がいた」

 

 

 

 本当にただ、それだけの理由だったんだ。

 

 

「…………だから」

 

「勘違いすんな。それだけが原因だったわけじゃねぇよ。妹がいなくなってからもしばらくは真面目に生きてるふりをした。あの高校に入れたのも、そのおかげだ」

 

「それなら、いつからカイトさんはやんきーさんになったんですか?」

 

「高校に入学すんのが決まってからだ。この髪型にしたのも、ちょうどその頃だった」

 

 

 自分の頭に手をやり、過去を思い出しながら語る。

 

 今さら隠す事は何も無い。毒を食らえば皿まで、なんて言葉あるように、少しでもその事実を知られてしまったのなら、全部吐き出してしまえばいい。

 

 

「家族が三人になったのに、あの両親は何も変わんなかった。あいつらが無理に明るく振る舞おうとするところを見てると、世界が全部、欺瞞にしか見えなくなったんだ。だから俺は、世の中にあるくだらねぇもんに中指を立てるために、高校では不良をやるって決めた」

 

 

 自称・魔法少女は黙ってこの言葉に耳を傾けている。

 

 

「喧嘩なんてあかりに近づいてくる男としかしたこと無かったけどよ、やってみたらこれがまた気分が良かったんだ。目の前にいる奴をぶん殴ると、自分が世界から少しずつ離れていく気がした。俺が強い事が分かると、誰も向こうから近寄って来なくなった。喧嘩で強ぇ事を証明すればするほど、俺は欺瞞に満ちたくだらねぇ世界から切り離されていった。ほんと、マジで最高の気分だったよ。ただ髪をリーゼントにして、喧嘩を売ってくる奴を殴るだけで、こんなクソみたいな場所から自由になれたんだからよ」

 

 

 皮が剥けて血が滲んでいる右手の拳を見つめながら、言う。

 

 こんなの柄じゃねぇのは百も承知だ。けど、こいつには俺を理解する権利がある。

 

 

「あの両親が最初からてめぇに優しかったのも、妹の所為だ。あの二人は間違いなく、てめぇと妹を重ねて見てた。昨日の晩飯がオムライスだったのは、それが妹の好物だったからだ」

 

「あの時カイトさんは怒ったのは、そういう理由だったんですか」

 

「そうだ。だからこそ俺は、お前にあの家から出て行ってほしかった」

 

「どうしてです」

 

「死んだ娘と重ねられて見られてんだぞ? 気分が良い訳ねぇだろうが。そんな気持ち悪い家に住みてぇなんて、誰が思うんだよ」

 

 

 妹と重ねて見ているのは両親だけではなく、目の前にいる男も同じ。そう言う事もできず、黙ってその緋色の瞳を見つめた。自称・魔法少女は微動だにせず、ただ俺の目を見つめ返してくる。

 

 そして、しばらくしてから首を横に振った。

 

 

「…………いいえ。それは、私があの家から出て行く理由にはなりません」

 

「は? なに言ってんだお前」

 

「だって、そんなのは些細な事です。あなたたちが私をどう見ていようとも、それは私には知れない事。あなたたちが私を受け入れてくれた事実に、変わりはありません」

 

 

 自称・魔法少女は微笑みながら言う。だが、俺にはその心情が理解できなかった。

 

 

「おかしいだろ。てめぇはあの家に住む人間にとって、誰かの代わりでしかねぇんだぞ?」

 

「だから、それは私には関係ありません。あなたたちがどんなファインダーを通して私を見ていても、その景色は私には見えないのですから」

 

「────」

 

「私は、あなたたちがどんな過去を抱えていようとも、あの家にいたいんです。もし、私があの家にいる事で皆さんが妹さんを思い出して笑ってくれるなら、それは嬉しい事です。決して悲しい事じゃありません。違いますか?」

 

 

 その言葉を聞いて、ずっとこいつを誤解していた事に気づいた。

 

 

「カイトさん。あなたの話を聞いて、私はもっとあなたとあなたの家族の事を知りたくなりました。

 

 だから、改めてお願いします」

 

 

 自称・魔法少女はそこまで言って、こちらに頭を下げてくる。

 

 そして。

 

 

 

「どうか私を────拾ってください」

 

 

 

 そんなおかしな願いを、また口にした。

 

 頭を掻き、未だに頭を下げている女を見つめる。

 

 それから少し考えてから言葉を紡いだ。

 

 

「そういやお前、腹減ってんだろ」

 

「え? ええ、まぁ。あのクレープなるものを食べてからは何も食べていませんから」

 

「そうか。なら、早く行くぞ」

 

「? どこにです?」

 

「ばーか。んなもん決まってんだろ」

 

 

 自転車を押して少し進んでから振り返り、俺は言った。

 

 

「俺()()の家に、だよ」

 

「…………ぁ」

 

「ああ、それと言い忘れてた」

 

 

 その言葉を聞いた自称・魔法少女は、茫然と立ち尽くしたままこちらを見ていた。

 

 

「助けてくれて、ありがとよ」

 

 

 そう言うと、自称・魔法少女はやっと顔を綻ばせる。

 

 その笑った顔はやっぱり、もうこの世のどこにもいない誰かに、よく似ている気がした。

 

 

「…………カイトさんは、優しいですね。さすがはあの二人に育てられただけはあります」

 

「うるせぇ。さっさと歩け」

 

「あ。いま照れました? 照れましたよね? ね?」

 

「吹き飛ばすぞクソガキ。照れてねぇっつーの」

 

「ふふ、嘘はいけませんねぇ。さっきもあかりさんにちゅーされて顔を赤くしてましたしー」

 

「てめぇはぶっ殺されてぇんだな。帰ったら見てろよ」

 

「いいでしょう、かかってきてください。もっとも、カイトさんがあかりさんにちゅーされた事は何がなんでもおとーさんとおかーさんに報告させてもらいますが」

 

「よし、さっきの言葉は訂正する。てめぇは一生公園で暮らしてろ」

 

「照れてるカイトさんは意外と可愛かったですねぇ。ちょっときゅんと来ちゃいましたー」

 

「おいてめぇ、待ちやがれっ」

 

「嫌ですよーう。えへへ、悔しかったら捕まえてくださーい」

 

「ちょ、おまっ。飛ぶのは反則だろ飛ぶのはっ」

 

「飛べない魔法少女はただの魔法少女なんです」

 

「元ネタ知らねぇのにその台詞を使うんじゃねぇっ!」

 

 

 

 ────なんて、馬鹿みたいなやり取りをしながら俺たちは家路に着く。

 

 

 これはきっと、何でもない日々の事。

 

 

 俺の日常に突然訪れた、不思議な出来事の一部始終。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一章

 

 終

 

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