捨て魔法少女とリーゼント   作:雨魂

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第二章/捨て魔法少女、捨て猫を拾う。
第十三話


 

 

 

 

 

 ◇ 第二章

 

 

 

 夏休みを三週間後に控えた平日の朝。この時期の学生は学校が一秒でも早く終わる事だけを考えて家を出て行く。それは俺も例外ではなく、面倒くさい登校が日常から消える事を心待ちにしながらいつも通りの時間に起きて、いつもと同じ時間をかけて髪型(リーゼント)をセットした。

 

 

「────おかーさんおかーさんっ、次は何をすればいいですかっ?」

 

「じゃあこれを持って行ってちょうだい、ノラちゃん」

 

「分かりましたっ。おお、今日の朝ご飯は美味しそうなお魚ですねっ!」

 

「ふふ。ノラちゃんは本当にお手伝いが好きなのねぇ。お母さんも嬉しいわぁ」

 

「当然ですっ。いつも頑張ってるおかーさんのお手伝いをせずにこの家に住むだなんて、そんなの万死に値しますっ。つまり、何もしないカイトさんは死ぬべきですっ」

 

「朝っぱらからなに物騒な事ほざいてんだクソガキ」

 

「あ、噂をすればなんとやら。おはよーございます、カイトさんっ」

 

「おはよう魁人。朝ご飯できてるわよ」

 

 

 リビングに足を踏み入れると、台所から和やかな会話が聞こえてくる。そこには母親とその手伝いをしているTシャツとホットパンツ姿の金髪クソガキ。どうでもいいが、両親が毎週のように服を買ってくる所為でこの女の身なりは徐々に世俗に塗れてきている。見てるだけでムカついてくるあのピンクのど派手衣装は最近目にしていない。

 

 

「今日は早起きですね。カイトさんもようやく早起きの大切さが分かって来ましたか。関心関心っ」

 

「毎朝あんな風に叩き起こされてりゃ冬眠中の熊でも目覚めるっつーの」

 

 

 俺は食卓の椅子に腰掛け、焼き魚が載った皿を持ってくる自称・魔法少女に言う。しかし、奴に悪びれた様子はない。どうしよう、朝からストレスが溜まる。

 

 

「よく分かりませんが、早起きができるようになったのは良い事です」

 

「あ? なんでだよ」

 

「だって、カイトさんが早く起きればみんなで朝ご飯が食べられますからっ」

 

 

 えへへ、と嬉しそうに笑う自称・魔法少女。その笑顔から目を逸らし、テレビの方へと顔を向けた。今日も晴れか。

 

 

「おはよーぅ……」

 

「おとーさんっ、おはよーございますっ」

 

「っ……あぁ。ノラちゃん、おはよう。今日も元気だね」

 

「もちろんですっ。朝に元気を出すと一日中元気でいられるんですよ!」

 

 

 寝ぼけ眼を掻きながらリビングに入ってきた明らかに低血圧の父に、アクセル全開の挨拶を食らわせる自称・魔法少女。どんな理屈だ。むしろこの女が元気じゃないところを一度も見た事が無いんだが。

 

 

「魁人もおはよう。最近はお父さんより早起きだな」

 

「…………おう」

 

「この頃、学校から電話がかかってくる回数が減って安心してるよ。この前は『魁人くんが最近遅刻しないんです。何かあったんですか』って、先生から驚いた様子で言われたんだ」

 

 

 向かいの席に座り、微笑みながらそう言ってくる親父。俺は黙ったまま、テレビに映っている東京で話題のタピオカミルクティー特集を目に映していた。

 

 

「はい、おとーさんっ。新聞とコーヒーですっ」

 

「おっと、ありがとうノラちゃん。よしよし、今日もお手伝いごくろうさま」

 

「えへへ。おとーさんに褒められましたぁ」

 

「…………」

 

「はは。魁人が変わったのは、やっぱりノラちゃんのおかげかもしれないね」

 

「うん? どういう事ですか?」

 

 

 親父はいつものように新聞とコーヒーカップを持ってきた女の金髪を撫でる。だが、それ以前の会話を聞いてなかった自称・魔法少女は首を傾げていた。

 

 

「なんでもないよ。さぁ、みんなで朝ご飯を食べようか」

 

「そうですね。ほら、カイトさんもテレビばっかり見ていないで朝ご飯を食べますよっ」

 

「ああ、分かってる。分かってっからてめぇも早く座れっ」

 

 

 俺の顔を両手で掴み、無理やり食卓の方へと向けようとしてくる自称・魔法少女。

 

 こいつはこの頃、何かと俺の世話をしたがるようになってきた。いや、最初からそうだったかもしれない。いずれにせよ、それがウザいのは言うまでもない。

 

 

「お待たせ、ノラちゃん。じゃあいつものよろしくね」

 

「はい。それでは──いただきますっ!」

 

 

 食卓に四人が座り、それから明るい声がリビングに響いた。

 

 これがこの家の日常になったのは、今から約一カ月前。

 

 北高の連中とやり合ったあの日からこの女は正式に居候として迎えられ、様々な出来事を経て今日に至っている。実際は『様々な出来事』、という六文字で済ませるほど薄い一カ月では無かったのは、この全身で体験した俺が一番分かっている。

 

 まず予想通り、両親はこの女を実の我が子のように溺愛した。口には出してないけど、この二人がこいつといなくなった娘を重ねて接していたのは間違いない。

 

 でも、そのおかげで物事は思っていた以上に上手く回った。親父も母親も、こいつが来てから笑顔を絶やさなくなった。あの日から作り笑いにしか見えなかったそれが、今は確かに本物だと思える。

 

 住む場所を探していた自称・魔法少女と、娘を亡くした悲しみを埋める何かを求めていた両親。この家にはそれらを補完するものが揃っている。win‐winの関係が成り立っていると言えば分かりやすい。そうなった原因は、俺がこの女を拾ってきた所為なんだけど。

 

 

「お母さん今日は早く帰って来るから、一緒にお菓子を作りましょうね、ノラちゃん」

 

「そうなんですかっ!? カイトさんっ、今日は寄り道しないで帰って来ますよっ!」

 

「帰りが遅くなんのはいつもてめぇの所為だろうが」

 

「はは。魁人とノラちゃんは仲良しだなぁ」

 

「あ? どこに目ぇつけてんだクソ親父」

 

 

 

 そうしてまた、いつも通りの一日が始まる。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「いやぁ、今日もあかりさんは可愛かったですねぇ。うっかり透明になる魔法を解いてしまうところでした。何なんでしょうね、あの悪魔的な可愛さは。カイトさんが惚れてしまう気持ちがよく分かります。私が男性ならば我慢できなくて襲ってしまうかもしれません」

 

 

 放課後の帰り道。俺はいつも通り携帯を耳に当てながら、隣を歩く自称・魔法少女が垂れ流すクソみたいな話を聞いていた。

 

 こいつは家に両親がいない平日は毎日、学校に行く俺の後をついてくる。魔法とやらのおかげで他の人間には姿を見られないので、学校にいる間は俺の隣でつまらなそうに授業を聞いてたり、あかりのクラスに行ってあいつを眺めに行ったり、誰もいない図書室でこの世界の事を勉強していたりしてる。どうでもいいが、こいつがあかりの所に行くのは毎日のルーティン。その感想を帰り道で俺に語るのもいつもの流れ。

 

 今日もあかりが可愛かった、という話を右から左へと流して聞きながら、帰り道を進む。

 

 そうしていると、ふとある疑問が頭に浮かび上がってきた。

 

 

「おい、ストーカー魔法少女」

 

「ノラです。どうしました?」

 

 

 名前を呼ぶと、先を歩いていた自称・魔法少女は立ち止まってこちらを振り返る。

 

 

「お前、他に何かやる事ってねぇのか」

 

「? やる事って? 体育の授業の前にあかりさんが着替えてるところ見に行く、とかですか? さすがにそれは申し訳なくてできませんよぉ。まぁ、カイトさんがどうしてもあかりさんがどんな下着をつけてるのか知りたい、っていうならやりますけど」

 

「外れた宝くじのナンバーより知りたかねぇよ、んなもん」

 

 

 いや、それはちょっと言い過ぎたかもしれない。

 

 

「では、何の事です?」

 

「だから、俺についてくる以外にやる事ねぇのかって話だ」

 

「ありませんよ?」

 

「即答かよ」

 

 

 まさかの回答に脳が追いついてない。真顔で言うって事は本気で無いのだろう。

 

 

「でも、なんでそんな事が気になったんですか?」

 

「そりゃ、あれだ。魔法使いなら困ってる奴を魔法で助けるとか、いろいろありそうだろ」

 

 

 抽象的に答えると、自称・魔法少女はため息を吐いて呆れるような目で俺を見てきた。

 

 

「カイトさんは日曜朝のアニメを見すぎです」

 

「そろそろぶち殺されてぇのかてめぇ」

 

 

 んなもん一回も見た事ねぇっつーの。つーか見てんのかよこいつ。

 

 

「いいですか、カイトさん。この地球という星は、私のような魔法使いがいなくても平和です。もし必要があればカイトさんの言う通り魔法を使ってあげますが、残念ながらここはそんな事をしなくとも最初から大丈夫な場所なんです」

 

「……まぁ、そりゃそうだけどよ」

 

「私がこの世界で守らなくてはならないのは、カイトさんとおとーさんとおかーさん、あとはあかりさんくらいです。それ以外の人間は知った事ではありません」

 

 

 自称・魔法少女の言葉を聞いて、妙に納得してしまう。でも。

 

 

「なら、てめぇは何をしにこの世界に来たんだ」

 

 

 ずっと思っていた事を何気なく問いかけてみる。だが返ってくる言葉は無い。緋色の両眼はジッとこちらを見つめてくる。だから俺も黙って、その目を見つめ返した。

 

 ジョギングをしていたおっさんが横を通り過ぎ、ランドセルを背負った小学生数人が立ち止まっていた俺たちを後ろから追い越して行く。

 

 それから一筋の夏風が公園に吹いた時、答えはポツリと零された。

 

 

「…………その話をするのは、もう少し経ってからではいけませんか?」

 

「んなら、いつか喋る気はあんのか」

 

「はい。でも、まだ話せません。それを言えば、私はあの家にいられなくなってしまいます」

 

「そうかよ。なら、別にいい」

 

「ありがとうございます。でも……いつか、必ず」

 

 

 と、自称・魔法少女がそこまで言いかけた時、近くから何かの鳴き声が聞こえてくる。

 

 俺たちは同時にその方向へと顔を向けた。

 

 

「…………捨て猫?」

 

 

 小さな段ボールから顔を覗かせてこちらを見ている小動物。にゃーにゃー、と忙しなく鳴き声を上げるその姿は、ちょうど一カ月前にこの公園で見たような気がする。

 

 すかさず自称・魔法少女は段ボールの方へと駆けて行き、俺もすぐにその背中を追った。

 

 

「か、カイトさん。なんですか、この毛むくじゃらの小さな動物は」

 

「猫だ。なんで知らねぇんだよ」

 

 

 顔を驚愕に染めて問いかけてくる自称・魔法少女に俺はそう答える。あれだけ町を歩き回っておきながら、猫一匹も見た事なかったのかこいつ。

 

 

「ねこ…………なるほど。これが巷で神の化身と呼ばれている、あの猫ですか」

 

「てめぇはどこでその話を聞いたんだ」

 

 

 自称・魔法少女は『拾ってください!』と書かれた段ボールの中にいる捨て猫を両手で持ち上げ、そいつと目を合わせるようにして見つめ合う。

 

 

「ヤバいですカイトさん。私、運命の出会いをしてしまったようです」

 

 

 そして唐突に意味不明な事を言い出した。猫を見つめるその目がハートマークになっているように見えたのは、最近疲れてるからだと自分に言い聞かせる。

 

 

「あなたも、誰かに捨てられたんですか?」

 

 

 自称・魔法少女が猫に向かって言うと、にゃーという返事が返ってくる。

 

 その鳴き声が『そうだ』、なんて言っているように聞こえたのも、たぶん気の所為。

 

 

「どっかの馬鹿とそっくりじゃねぇか。こっちはずいぶん愛らしいが」

 

「え。誰です? カイトさん、もしかして私以外に誰かを拾った事があるんですか?」

 

「てめぇの事を言ってんだっつーの」

 

 

 なに他人事みたいな顔してんだこの女。こんな生意気なクソガキを拾うくらいなら捨て猫を拾う方が百倍マシだった。改めて自分の運の無さを呪いたくなる。

 

 確かにかわいそうだが、それをどうこうできる話じゃない。こうして捨てられるのがきっと、この猫の運命だったんだろう。やっぱりこの世界はくだらない。責任も負えない馬鹿ばっかだ。

 

 

「ほら、そろそろ行くぞ。今日は早く帰んなきゃ行けねぇんだろ」

 

 

 そう言って振り返り、再び家路につこうとしたのだが。

 

 

「…………おい、なに掴んでんだ。離せ」

 

 

 歩き出そうとした直後、自称・魔法少女に腰の辺りを引かれ、必然的に足が止まった。

 

 

「先に言っとくが、ぜってぇに飼わねぇからな」

 

 

 そう言った瞬間、ビクッと身体を反応させる自称・魔法少女。やっぱりな。この一カ月でこいつの思考パターンを読めるようになったおかげかもしれない。

 

 

「図星かクソガキ」

 

「だ、誰も飼うとは言っていません。ただ、このままではかわいそうなので、この子を家でいそーろーさせてあげようと思っただけです」

 

「現在進行形で居候してるてめぇがそれを言うか」

 

 

 自分どころか捨て猫までも拾って住まわせるとか、マジで何様のつもりだこの女。

 

 

「とにかく、この子をここに置いてはいけません。さっきカイトさんが言った通り、魔法使いの私は困っているこの子を助けますっ。異論は認めませんっ」

 

「さっき俺とかあかり以外の奴は助けねぇとか言ったのはどこのどいつだ? あ?」

 

 

 矛盾している事を言ったのに気づいたのか、自称・魔法少女は大粒の汗をかき出す。

 

 

「あ、あれは言葉の綾です。カイトさんやあかりさん以外でも、この子だけは助けますっ」

 

「ダメなもんはダメだ。置いてけ」

 

 

 そう言うと、自称・魔法少女は急に真面目な顔になってこちらを見つめてきた。具体的に言うと、俺の頭を注視している。なんだ。またこの髪型を馬鹿にするつもりか? 

 

 

「……仕方ないですね。カイトさんがイジワルするのなら、私は魔法を使うしかありません」

 

「……てめぇ、なに考えてやがる」

 

「時にカイトさん。この前、おとーさんがお仕事の帰りに『チョコクロワッサン』なる食べ物を買ってきてくれたんです。そのシルエットは以前あかりさんが言っていた通り、カイトさんの髪型と瓜二つでした」

 

「何万回死にてぇんだてめぇは」

 

 

 淡々とした口調で喧嘩を売ってくる自称・魔法少女。そして何故か目が死んでいる。

 

 

「その美味しいチョコクロワッサンを食べながら、私は思ったんです。『ああ、これきっとカイトさんの頭に乗せても絶対違和感ないだろうなぁ』、って」

 

「十万回くらい死んでもてめぇの性格は治らねぇだろうな」

 

 

 自称・魔法少女はどこからともなく赤いステッキを召喚し、それをこちらに向けてくる。

 

 

「だから今日は特別に、私がそのチョコクロワッサンをカイトさんに進呈します」

 

「…………てめぇ、まさか」

 

「そのまさかです。覚悟してください。─ 譎詭変幻(illusion)─」

 

 

 奴がそう言った直後、向けられたステッキの上に付いたハートマークが輝き出す。どうせ今回もお得意のでまかせだろう。さすがのこいつでも、人目のある場所でそんなふざけた真似は────

 

 

「はっ、なめんじゃねぇ。そんな脅しはきかなああああああああああああああああァッ!?」

 

「ふんっ。イジワルなカイトさんにはそれがお似合いですっ!」

 

 

 そして遭えなく、俺のリーゼントはチョコクロワッサンへと進化を遂げた。

 

 そこからダッシュで家へ帰る羽目になったのは言う間でもない。

 

 


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