捨て魔法少女とリーゼント   作:雨魂

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第十四話

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「いらっしゃい、子猫さん。ここにいる人間と魔法使いは一人を除いてみんな優しいので、緊張しなくてもいいですからね」

 

「もういっそ俺を殺せ…………」

 

 

 それから家に到着し、自称・魔法少女はカーペットの上に座りながら拾って来た捨て猫に向かって言葉をかけていた。対する俺はソファに腰掛けながら人生というやつに絶望していた。ちなみにチョコクロワッサンは絶賛継続中。リビングには甘く香ばしい匂いが漂っている。

 

 

「カイトさん、何かこの子が食べるものは無いでしょうか?」

 

「欲しいならまず俺の髪を直しやがれ」

 

「それは無理です。時間で解ける種類の魔法なので、少なくともあと一時間はそのままです」

 

「マジかよ。てめぇ、なんつー魔法を使いやがったんだ」

 

「いいじゃないですか別に。色も黒くて形もその通りなので、よく見ないと分かりませんよ」

 

「そういう問題じゃねぇんだっつーの」

 

「あ…………」

 

「んだよ、そんなにじろじろ人のこと見やがって」

 

 

 そんな話をしていると、自称・魔法少女は口を閉ざして俺のリーゼント、もといチョコクロワッサンをガン見してくる。それからキラン、と目を輝かせた。

 

 

「食べ物、見つけました」

 

「待ちやがれクソガキ。てめぇ、いま何を閃きやがった」

 

「ちょうどいい食べ物があるので、それを子猫さんに食べてもらおうかと思いまして」

 

「本当に期待を裏切らねぇなてめぇは」

 

 

 それから超恐ろしい事を口走ってくる。ていうか。

 

 

「このクロワッサン食えんのか?」

 

「食べられますよ。ただ、私の魔力で元ある物質をまったく違うものに変えているだけなので、無くなった分が元に戻る事はありません」

 

「てめぇ、それが分かっておきながらなんで食おうとしてんだ」

 

「いや、少しくらいなら大丈夫かなって」

 

 

 なんて事を自称・魔法少女が口にした瞬間、ぐーっという音が聞こえてくる。

 

 

「時にカイトさん。この前、おかーさんと一緒に映画を見ていたのですが、どうやらアメリカという国には髪の無いやんきーさんが沢山いるみたいなんですよ」

 

「だからどうした」

 

「カイトさんもそろそろいめちぇんの時期かな、と思いまして」

 

「食わせねぇからな。このクロワッサンはてめぇにもその猫にも一口もやらねぇ」

 

 

 再び死ぬほど恐ろしい言葉を吐く自称・魔法少女。食われてたまるか。この歳でスキンヘッドとか、そんなもんリーゼントよりも引かれちまう。

 

 

「えー、ちょっとくらいいーじゃないですかぁ。そんなに大きいんだからそう簡単には無くなりませんよぉ。お願いしますカイトさん。先っぽ、先っぽだけでいいですからっ、ね?」

 

 

 その言葉を女から言われるのは、これからの人生でも今日が最後だと思う。

 

 

「ダメに決まってんだろばーか。……はぁ、ちょっと待ってろ」

 

 

 猫を抱えている自称・魔法少女にそう言って、ソファから立ち上がる。台所になんかあんだろ。それをやればこいつが俺の髪を狙ってくる事は無くなる。たぶんだけど。

 

 そう思いながら台所に移動し、棚の中をガサゴソと物色すると、賞味期限切れした鯖の缶詰を見つけた。猫にやっていいものなのかは分からんが、おそらく大丈夫だろう。少なくともチョコクロワッサンよりは身体に良いに違いない。

 

 

「これでも食っとけ」

 

「おおっ、さすがはカイトさんっ。これでクロワッサンを食べるのは私だけになりましたっ」

 

「てめぇにも食わせねぇっつーの」

 

 

 もう一匹、腹を空かせたデカい捨て猫がいる事をすっかり忘れていた。

 

 フローリングの上に鯖缶を置くと、自称・魔法少女の膝の上に乗っかっていた子猫はぴょん、とジャンプしてこちらに駆け寄ってくる。そうして匂いを嗅いでから、小さな口で鯖を食べ始める。よほど腹が減っていたのか、かなりいい食いっぷりだった。

 

 

「ふふっ、美味しそうに食べています。いっぱい食べていいんですからね?」

 

 

 鯖を食べている猫の前にしゃがみ込み、その姿を微笑みながら見つめる自称・魔法少女。俺は猫ではなく、嬉しそうにしている女を眺めながら、少しだけ笑ってしまった。

 

 昔もこんな事をした気がする。それがいつの出来事だったのかは、思い出せないけれど。

 

 

「カイトさん、この子の名前は何にしましょう?」

 

「あ? 名前? んなもん何だっていいだろ」

 

 

 そうしてしばらく、猫を観察してる自称・魔法少女を観察していると、唐突にそう訊ねられる。何も考えず適当に答えたが、それはどうやら奴の逆鱗に触れたらしい。

 

 

「よくないですっ! 名前っていうのはかけがえのないものなんですよ!? カイトさんだってクロワッサンやんきー、とかいう名前を付けられたら嫌でしょうっ!?」

 

「死にてぇなら素直にそう言え」

 

 

 確かにそれは嫌だが、まずもって例えに悪意があり過ぎて殺意しか湧いてこない。

 

 

「いいからちゃんと考えてくださいっ。じゃないとまたクロワッサンにしますからね?」

 

「わーったよ。……ったく、うるせぇったらありゃしねぇ」

 

「何か言いました?」

 

「なんでもねぇよ。だから早くその用途の分からねぇステッキを仕舞え」

 

 

 そう言ってから、鯖缶を食っている捨て猫に目を向ける。

 

 どこにでもいそうな雌の三毛猫。目立った特徴はどこにも見られない。何かがあればそれを名前にしようかと思ったが、こいつの見た目は本当に普通の猫。

 

 なら、それ以外のもので連想すればいい。例えば、こいつがいた場所とか。そういや段ボールの中に入ってたよな。あの段ボールに描かれてたのは、確か。

 

 

「…………みかん」

 

 

 そう呟くと、自称・魔法少女はハッと顔を上げてこちらを見つめてくる。どうした。

 

 

「みかん……みかんっ……みかんっ! それですカイトさんっ!」

 

「てめぇはいちいち距離が近ぇんだよ」

 

 

 自称・魔法少女は興奮した面持ちでそう言ってくる。わりと適当な感じで口にしたのに、どうやらこいつ的にはかなり好感触だったらしい。

 

 

「決めましたっ。この子の名前はみかんちゃんですっ。えへへ、これからよろしくお願いしますね、みーちゃん」

 

「いきなりあだ名で呼ぶのかよ。つーか、まだ飼うとは一言も言ってな──」

 

「…………魁、人?」

 

 

 どさ、とビニール袋が床に落ちる音が聞こえてくる。なんかデジャヴ。

 てか、まるっきりこの前と同じパターンのやつじゃねぇかこれ。

 

 

「あ、おかーさん。お帰りなさい」

 

 

 ────そして言うまでもなく、すぐさま第二回家族会議が開会。今回の議題は捨て猫を拾ってきた事について。しかし、拾ってきた張本人は離れた所で猫とじゃれ合っていた。

 

 

「魁人。これはどういう事なの?」

 

「いや……その、帰り道に捨てられてて」

 

「それで、かわいそうだから連れて帰って来ちゃったの?」

 

「まぁ、そんな感じだ」

 

 

 誤魔化す感じでそう答えると、母親はティッシュを何枚か取って涙を拭い始める。

 

 そんな姿を自称・魔法少女は蚊帳の外から見ていた。てめぇもこっちに来いっつーの。

 

 

「魁人はいつから色んなものを拾うのが好きになっちゃったの?」

 

「好きになった覚えはねぇよ」

 

「ノラちゃんの次は猫? 次は何を拾ってくるの? 馬なの? 鹿なの?」

 

「あんたは俺を馬鹿にしてんだな」

 

 

 なかなか高度なディスられ方だったがすぐに理解できた。つーかなんで泣いてんだよ。

 

 

「それで、あの猫ちゃんはどうするの?」

 

「俺は別にどうでもいいんだが、あいつがどうしても飼いたいってうるせぇんだよ」

 

 

 親指で奴がいる方を指すと、母親はそちらに顔を向ける。それに気づいた自称・魔法少女は、遊んでいた子猫──みかんを抱き上げてこちらへと歩いてくる。

 

 

「おかーさん。この子、公園に捨てられていたんです。こんなに小さくて可愛いのに。一人でにゃーにゃーって、お腹を空かせて鳴いていたんです」

 

「うーん。でも、うちではペットを飼った事ないから、心配だわ」

 

 

 魔法少女は飼ってるけどな、という言葉が駆け上がってきたが言う直前に全力で堪えた。

 

 渋っている母親を見て、自称・魔法少女は断れてしまうと判断したのだろう。後ろ向きな言葉を聞いた瞬間、奴の目が細められたのを俺は見逃さなかった。

 

 

「ノラちゃん? どうしたの?」

 

 

 胸にみかんを抱いている自称・魔法少女は突然俯き、その表情を隠す。

 

 母親に声をかけられても顔を上げる事は無い。それからしばらく沈黙を守った。

 

 

「…………おかーさん」

 

「うん? なぁに?」

 

 

 数十秒の間を置いてから、満を持して奴は口を開く。

 

 そして、母親に最も効くであろう魔法を繰り出した。

 

 

「だめ、ですか?」

 

 

 上目遣い+涙目+震えた声、という超攻撃魔法の三連撃。

 

 それはきっと、この女を溺愛する母親にとっては凄まじい破壊力を持っていたはず。

 

 

「ぐ、っ……ぅん」

 

 

 案の定、どこから出たか分からない意味不明な声を出して胸を押さえる母親。

 

 それを見た自称・魔法少女は二ヤリ、と不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「おい、大丈夫か」

 

「……お、お母さんにその顔はダメよ、ノラちゃん。古今東西、お母さんの弱点はいつだって娘の涙なんだから。ノラちゃん、可愛すぎワロタ……もうダメ」

 

「なに言ってんだクソババァ」

 

 

 瀕死の状態でうわ言のようにブツブツと何かを唱える母親。昔からそうだったけど、子どもに甘過ぎだろ。もうちょっと厳しくしねぇと不良に育っちまうぞ。誰かさんみたいにな。

 

 

「おかーさん」

 

「うーん、そうねぇ。なら、お父さんが帰ってきたら相談してみましょうか」

 

「分かりましたっ。じゃあおとーさんにもお願いしてみますっ」

 

 

 

 ──それから約一時間後、親父が帰宅した。

 

 

 

「よーしっ、じゃあ新しい家族のために今すぐ必要なものを買って来ようっ!」

 

「そうねっ、パパ」

 

「わーいっ、おとーさんもおかーさんも大好きですっ!」

 

「…………」

 

 

 

 ほんと、この家にはバカしかいねぇのか。

 

 

 

 


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