捨て魔法少女とリーゼント   作:雨魂

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第十五話

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ひぐらしが鳴いている夕暮れの公園。季節は来年へと旅立つ春と梅雨を見送り、次に扉をノックしてきた夏を快く引き受けていた。

 

 昨日や一昨日と何も変わり映えのしない学校での一日を終え、家路と辿る途中の事。

 

 

「あははっ、くすぐったいですよ、みーちゃんっ。あんまり私の顔を舐めないでくださいっ」

 

 

 俺は芝生の上で不良座りをして、公園の広場で猫と戯れる金髪女を見つめていた。

 

 帰り道に突然、『今日はここでみーちゃんと遊んで行きますっ』と言われ、仕方なく付き合ってやっている。あれからあの女は、捨て猫のみかんをどこにでも連れて行くようになった。

 

 どうやら奴は他の存在すらも透明にできるようで、自称・魔法少女と戯れるみかんも俺以外には見えていない。

 

 

「もう、甘えんぼさんなんですからぁ。そんな子には肉球ぷにぷにの刑ですっ。ぷにぷにー」

 

 

 みかんは拾い主が特殊能力を使える事にすぐ気づいたらしく、姿を透明にされても魔法で宙に浮かされても平然としていた。子猫であるが故の無知の所為か。かわいそうに。

 

 

「カイトさーん。カイトさんも一緒にこっちで遊びましょうよーぅっ」

 

 

 俺がつまらなそうな顔をしているのに気づいた自称・魔法少女は、こちらに向かって手を振ってくる。そんな姿や声音も、相変わらず周囲の人間には見えていないし聞こえてもいない。

 

 

 声を無視してため息を吐き、茜色に染まる空を見上げる。

 

 あいつとこの公園で出会ってから、約二か月。あの日から俺の日常は色彩をだいぶ奇抜なものへと変化させていた。塗り替えたのは間違いなく、あの金髪ピンクのふざけた女。あいつが塗った濃すぎる絵の具の所為で、元が何色だったのか既に忘れかけている。

 

 あれから両親ともよく話を交わすようになった。俺が高校に入ってからは腫れ物に触るように接してきていたのに、最近はそんな素振りすら見せてこない。あの女がいる所為で家の中じゃ親子喧嘩すらもできなくなった、っていうのが正しいか。

 

 とにかく、両親はよく笑うようになった。何よりもそれが一番の変化だと思ってる。

 

 

「おい、そろそろ帰んぞ」

 

「えーっ、もう少し遊んで行きたいです」

 

 

 考え事をやめて立ち上がり、歩み寄りながら言うが返ってくるのは不満そうな声。

 

 

「我が儘言うんじゃねぇよ。もう充分遊んだろうが」

 

 

 あの家に門限があるわけではないが、あまり遅くなると面倒な事になるので最近は陽が暮れる前には帰宅するように心がけている。具体的には母親が携帯へ『どうしよう。暗くなったのにノラちゃんが帰って来ない(:_;)』、『ノラちゃん不足。早く帰らないとお母さん、寂しくて死んじゃいます(大泣)』、『ああ、ノラちゃん。ノラちゃん。ノラちゃん。ノラちゃん……』などという呪いのメールを十秒おきに送信してくるようになる。

 

 

「むぅ、仕方ありませんね。じゃあ帰ったらカイトさんも一緒に遊んでください」

 

「嫌に決まってんだろ。なんで俺がんな事しなくちゃいけねぇんだ」

 

「私がみーちゃんの主であるように、カイトさんは私の主だからです。主は拾った魔法少女と遊んであげなくちゃならないんです。じゃないとストレスが溜まっちゃいます」

 

「勝手に溜まってイラついてろ」

 

「ちなみに、ストレスが溜まると魔法少女はかまってほしくて主に魔法をかけます」

 

「てめぇ、次に俺の髪に魔法をかけたらどうなるか分かってんだろうな」

 

 

 みかんを飼う事になった一件から、このクソガキは気に食わない事があると魔法で俺の髪を様々なものに変えるようになった。ちなみに昨日は風呂に一緒に入るとか入らないとかで言い合いになり、最終的に髪が特大のフランスパンになった。

 

 

「いいから私をもっと甘やかしてくださいっ。カイトさんからの愛が足りないんですっ!」

 

「だったら少しくらい普段の行いを改めようとは思わねぇのかてめぇは」

 

 

 自称・魔法少女は頬を膨らませながら文句をタレてくるが、俺はそれを即座に一蹴。

 

 

「もうっ、カイトさんは魔法使いが何たるかを全然分かっていませんねっ」

 

「教えられてねぇからな。知りたくもねぇが」

 

「じゃあ教えてあげます。魔法使いは誰かから優しくされると強くなるんですっ」

 

 

 なるほど。ならこいつに優しくしなければ俺にも勝ち目があるって訳か。良いこと聞いたぜ。

 

 

「いま何か変な事を考えませんでした?」

 

「金輪際てめぇを甘やかさねぇってこと以外は何も考えてねぇよ」

 

「むーっ! カイトさんはイジワルですっ!」

 

「待て待て待て。ここで魔法を使おうとすんじゃねぇ。せめて人目が無い場所で……って」

 

「知りませんっ。カイトさんの頭なんて、モンブランにでもなればいいんですっ……って」

 

 

 暴走モードに突入しかけた自称・魔法少女が赤いステッキを向けてくる。

 

 さすがにここで魔法を使われたらひとたまりもないと思い、ふと周りに目を向けた時、何かがおかしい事に気づいた。自称・魔法少女もすぐにその異常に感づいたらしい。

 

 

「…………なんだ?」

 

 

 公園にはついさっきまで遊んでいる小学生や散歩している老人たちがいたはず。

 

 なのに、今はその影ひとつない。偶然そういうタイミングなのかと考えてもみたが、それはあり得ないとすぐに理解できた。耳を澄ませても、話し声どころか物音ひとつしない。

 

 それらの変化を、異常と捉えない方が難しかった。

 

 

「…………これは」

 

 

 自称・魔法少女は真面目な表情を浮かべながら、黙って周囲に目を向けている。そして気づけば服装が私服から魔法少女モードへと変わっていた。

 

 みかんはその足元に立ち、ふーっと唸りながら毛を逆立てている。まるで、近くに狂暴な大型犬がいるかのように。

 

 

「おい、すかんぴん魔法少女」

 

「ノラです。こんな時くらい名前で呼んでください」

 

 

 誰もいなくなった公園を眺めながらそう呼ぶと、気に食わなそうな声が返って来る。

 

 

「うるせぇ。そんな事より、なんだこれ」

 

「…………」

 

「おい、聞いてんのか」

 

 

 自称・魔法少女はその質問に答えない。ただ俺と同じように変わり果てた辺りを見渡している。無言なのが余計にこの異常の答えを知っている、と物語っているように思えた。

 

 しばらく公園に深い沈黙が落ちる。風が木の葉を揺らす音すらしない。自分の身の回りに、何かただならぬ事が起こる予感がする。それは喧嘩をして手に入れた危険を察知するための第六感みたいなもの。言葉では形容できない。でも、何かが確かに起ころうとしている。

 

 

「なぁ、これって」

 

「伏せてカイトさんッ!」

 

 

 再び問いかけようとした瞬間、自称・魔法少女はそう叫んでくる。その視線は俺の背後へと向いていた。振り向くと、何かが高速でこちらに迫ってくるのが視界に入る。

 

 時間にして、おそらく瞬きの半分以下。遅れていれば確実にその攻撃をモロに食らっていただろう。異常のセンサーを張り巡らせていたおかげで、なんとかそれを躱せた。

 

 

「大丈夫ですか、カイトさんっ」

 

 

 前回り受け身をした俺の前に移動し、その前に立ってステッキを構える自称・魔法少女。

 

 その声に返事をしようと、顔を上げた時。

 

 俺は、その異常を目にした。

 

 

「なんだ、ありゃ」

 

 

 自称・魔法少女と俺が立つ場所から十メートルほど離れた位置に佇む、二つの何か。この目が確かならば、それは何かの動物のように見えた。

 

 一匹は、全身が薄い灰色の蟷螂。そしてもう一匹は朱色の飛蝗。俺が知っているものとは色が違うけれど、間違いない。だが、それ以外にも明らかにおかしいところがある。

 

 そいつらは、百八十を越える俺の身長よりもはるかに大きかった。

 

 蟷螂と飛蝗は鳴き声を上げる。鼓膜を通り抜けた瞬間に背筋が凍るような、気色悪い声。

 

 

「…………なんで、ここに」

 

 

 俺の前に立つ自称・魔法少女は零す。その表情を拝む事はできないが、声のニュアンスでなんとなく分かった。こいつは焦っている。何故かは知らない。でも、そう感じた。

 

 

「おい、しっかりし」

 

 

 動かない自称・魔法少女の背中に向かって声をかけようとしたのとほぼ同時に、俺たちの前にいた飛蝗が跳躍する。咄嗟に上空へと視線を向けた次の瞬間、さっき俺が避けた真空波のような何かが、蟷螂の刃からこちらに放たれた。

 

 

「っ、─反 転(reflect)─ッ!」

 

 

 自称・魔法少女は咄嗟に腕を前へと伸ばし、すぐさま透明な壁を召喚。目には見えないが、こちらにその斬撃が届かないという事は防御には成功しているらしい。

 

 しかし、いま相手をしているのは蟷螂だけではない。今度は跳躍したデカい飛蝗が俺たちの脳天めがけて高速で落下してくる。危機を悟ったであろうみかんが俺の身体を駆け上がって、シャツの胸元へと逃げるように潜り込んだ。

 

 

「どうすんだよあれっ」

 

「焦らないでください」

 

 

 頭上を見上げながら言うと、自称・魔法少女は落ち着いた声でそう言い、右腕と視線を前方に向けたまま、左の手の平を落下してくる飛蝗の方へと向けた。

 

 

「吹き飛びなさい、─風槍(air lancer)─」

 

 

 その声が吐かれた直後、俺たちの数m手前まで落ちてきていた飛蝗は再び上空へと高く舞い上がる。電話ボックスくらいの大きさがあったはずの飛蝗が、今は米粒のようにしか見えない。この女が何かをしたのは確かだが、それを見極める事まではできなかった。

 

 

「あまり、私をなめない方がいいですよ」

 

 

 頭上を気にする必要が無くなった自称・魔法少女は左手を下げ、両手でステッキの柄を握る。それから呪文のような何かをブツブツと唱えた後、顔を蟷螂の方へと向けた。そして。

 

 

「安心してください。カイトさんとみーちゃんは、私が守ります」

 

 

 その声が聞こえた途端、赤いステッキの上部から赤い光線のようなものが射出される。それは離れた位置に立つ蟷螂まで一瞬で到達し、灰色の身体の一部を吹き飛ばした。それからまたあの耳障りな鳴き声が聞こえてくる。今度は痛みに悶えるような悲痛な叫び声。聞いているだけで何故か吐き気がしてくる、あまりにも不快な声音だった。

 

 

「煩いですね。少し黙りなさい。─重圧迫(steamroll)─」

 

 

 ぐしゃ、と何かが潰れる音がして、それと同時にその気持ち悪い声は止まる。見ると、蟷螂は誰かに踏まれたトマトのように、その中身をぶちまけながら平べったくなっていた。

 

 

「うぉ」

 

「少し離れましょうか。そろそろ落ちてきます」

 

 

 目に映ったグロテスクな光景に思わず顔をしかめていると、自称・魔法少女は淡々とした口調でそう言い、俺の手を引いて早足で元いた場所から離れていく。みかんは変わらず、顔だけを外に出して俺の胸の中に隠れていた。

 

 それから数十秒後、自称・魔法少女の魔法に弾き飛ばされた飛蝗が広場のど真ん中へと落下してくる。衝撃とともに綺麗に生え揃っていた芝が抉れ、半径五メートルほどのクレーターができていた。その真ん中で明後日の方向を向いた足をぴくぴく、と動かしている朱色の飛蝗。遠目から見ても、あいつはこれ以上動けないと思った。

 

 

「…………マジ、かよ」

 

 

 思わず呟く。突然始まった戦いに呆気を取られたから? それもある。

 

 だがそれ以上に驚いたのは、あんな化け物たちを圧倒した──この女の強さだった。

 

 

「大丈夫ですか、カイトさん。怪我はありませんか?」

 

「あ、あぁ。大丈夫だ」

 

「よかった。どうやらみーちゃんも無事みたいですね。よしよし」

 

 

 自称・魔法少女は微笑みながら、俺の胸元から顔を出しているみかんの頭を撫でる。そうしながら、服装をさっきまで着ていた私服へと戻していた。

 

 まず何から訊ねればいいのかが、頭の中でまとまらない。どうでもいいけれど、自分の手が震えていた事に、今さらになって気づく。

 

 

「何が起きた」

 

 

 広場の中心部付近に倒れる蟷螂と飛蝗の化け物の方を見つめながら、言う。自称・魔法少女は何も言わずにそいつらの方へと歩き出した。

 

 立ち尽くしている訳にもいかず、俺もみかんを胸元に入れたままその背中を追った。

 

 二つの亡骸の近くで立ち止まり、それらを交互に一瞥する金髪の女。

 

 俺は後ろで立ち止まり、黙ってその小さな背中を見つめた。

 

 

「どうして、ここが分かったんでしょう。それに、わざわざこんな結界を張るだなんて」

 

 

 数秒の静寂が流れた後、小さな声が紡がれる。

 

 

「何なんだよ、そいつら」

 

 

 問いかけると、自称・魔法少女は前を見たまま答える。

 

 

「これは、私が居た世界に住む魔物です。しかも野生の魔物ではありません。この魔物たちは、戦うための調教を受けた戦闘用の魔物です」

 

「戦闘用の、魔物?」

 

「私がいた世界にはこういった生物が飼われているんです。問題は、これが私の」

 

 

 そう言いかけたところで、女は言葉を止める。

 

 しばらく待ってみても、続きが零される事は無かった。

 

 

「なんでそんな奴らがここに現れたんだ」

 

「私がこの世界に来る時に通ってきた通路が、開いたままだったのかもしれません。この魔物たちはそこを偶然見つけて、この世界に来てしまったのでしょう」

 

「な。っつー事は、こんな化けモンが他にもいる可能性があるって事じゃねぇのか?」

 

 

 自称・魔法少女は首を横に振り、それから()()()()()()()()

 

 

「たぶん、それは無いです。私はそうならないよう、細心の注意を払ってこの世界へとやって来ました。ですから、この二匹は例外だと考えていいでしょう」

 

「…………『絶対にありえねぇ』、とは言わねぇんだな」

 

 

 奴が言葉を濁しているのは、こいつの仕草を見ればすぐに分かった。

 

 

「カイトさん、そういうところには鋭いですね。さすがはやんきーさんです」

 

「うるせぇ。ヤンキーは関係ねぇだろ」

 

「まぁ安心してください。少なくとも、この魔物たち以外の気配はこの辺りからは感じられません。それに、調教された魔物は狙った相手にしか牙を剥かないんです。だからよっぽどの事が無い限り、人間に対して襲いかかったりはしないでしょう」

 

 

 自称・魔法少女は振り向いてそう言う。だが、また俺は台詞の行間を読んでしまった。

 

 調教された魔物は、狙った相手にしか牙を剥かない。

 

 だとすれば、こいつらは意図を持って俺たちを狙ってきたって事じゃないのか? 

 

 

「さぁ、帰りましょうカイトさん、みーちゃん。遅くなるとおかーさんが心配しちゃいます。それと、今日はおとーさんに肩叩きをしてあげなくちゃならないんです」

 

 

 訊ねようとした時、自称・魔法少女はそう言って先に歩き出す。

 

 タイミング外されてしまい、訊きたい事を口に出せなかった。それが何故か、俺に質問をさせないように思えたのは、気の所為だったんだろうか。

 

 

『ヒ……メ……サ、マ』

 

『……ワ……スレ、ダ……マ』

 

「…………あ?」

 

 

 後を追おうとして歩き出した時、倒れた化け物たちが何かを言った。

 

 だが、先に歩き出した自称・魔法少女はその声に気づいていない。

 

 ヒメサマ? ワスレダマ? もしかしたら聞き間違いかもしれないけれど、確かにそう聞こえた。それが何を意味しているのかは、俺に分かるはずが無い。

 

 

 にゃーぉ、とみかんが鳴く。

 

 『今の言葉を忘れるな』、と言われたような気がした。

 

 そんなの、あるはずもないのに。

 

 


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