捨て魔法少女とリーゼント   作:雨魂

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第十六話

 

 

 

 ◇

 

 

 気づけば、俺はどこかの城の中にいた。

 

 無数の煉瓦が積み重ねられてできた建物の中。床には赤いカーペットが敷かれ、それが長い廊下の向こうまで延々と続いている。窓の無い壁には火が灯された松明のようなものが等間隔に設置されてあり、外の光が入らない廊下を照らしていた。

 

 しばらくそこに突っ立っていると、若草色のドレスを着た若い女が奥から歩いてくる。

 

 そいつは俺に気づく事なく前を通り過ぎ、少し先にあった部屋の扉をノックした。

 

 

「失礼します、姫さま。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 

 

 ドレスの女が声をかけると中から返事が返ってくる。女は扉を開き、部屋へ入って行った。

 

 次に気づくと、俺はその部屋の中にいた。そこにはさっきの女と、もう一人の女がいる。

 

 

「報告です。姫さま、先ほど別大陸の国から共和を求める内容の文が届きました」

 

「ふーん、そうですかぁ」

 

「戦争の激しさを増したこのタイミングでこんな願いを申し出てくるとは。何か裏があるに違いありません。その点、姫さまはどうお考えですか?」

 

「まぁ、勝手にすればいいんじゃないですか? どうせまた今度も頃合いを見て相手側に寝返り、私たちを貶めようっていう頭の悪い作戦でしょうから」

 

 

 広い部屋の奥に置かれた机に座る、首元に白い大きなファーが付いた服を着る金髪の少女。頭の上には黄金のティアラ。そいつは気だるげな表情を浮かべて、机の上に乗る小さな動物の頭を撫でながらドレスを着る女にそう言った。ああ、あれは間違いない。

 

 俺は、あいつを知ってる。

 

 

「姫さま。いくら先の戦闘で疲労しているとはいえ、最近は怠けすぎているように見えます。お言葉ですが、そんなご様子ではまた国王様も呆れてしまわれるかと」

 

 

 ドレスの女は小さなため息を吐き、見るからにやる気の無い金髪の女にそう言った。

 

 だが、姫さまと呼ばれる女はそう言われても怠そうな姿勢や表情を正さない。

 

 

「別にいいじゃないですか。私に与えられた仕事は戦う事だけです。戦わない間、少しくらいだらけたってバチは当たりません」

 

「そのような心意気だから、国王様は未だにどこの国の縁談もお引き受けしないのです。姫さまはもう十二歳。立派な大人です。とっくに結婚をしていてもおかしくない年齢なのです。もっとこの国の姫である自覚を持って業務に励んでください。それに────」

 

「あーはいはい。分かりました分かりました。そういうのいいですから、届いた文書だけその辺に置いていってくださーい」

 

「……かしこまりました。それではまた数時間後に参ります。その時までに明確な方針を決定していてくださいませ」

 

「はーい。さようならー」

 

 

 そう言い残し、ドレスの女は頭を下げてから部屋を出て行く。あの金髪の女に分かったかどうかは微妙だが、ドレスの女は出て行く前に舌打ちをしていた。

 

 それから部屋の中に一人になる金髪の女。

 

 奴は小さな動物を抱きながら、椅子の背もたれに寄りかかって大きな息を吐いた。

 

 

「……はーぁ、面倒くさいです。なんで、私がこんな事しなくちゃいけないんでしょうか」

 

 

 そして、気だるげな表情を浮かべたまま。

 

 

「本当──くだらない」

 

 

 胸に抱いている動物に向かって、そう言った。

 

 

 

 

 

 ◇ 

 

 

 

 

 目が覚める。視線を壁に掛けられた時計に動かすと、時刻は八時少し前。急いで学校に行く準備をしなくてはならない時間だが、今日は日曜日なので遅刻を気にしなくていい。というか、俺はいつから目覚めた時間を気にするようになったんだろう。

 

 そんな事を考えながら、腹の上に乗る金髪の女に目を向けた。

 

 

「おはようございます、カイトさん」

 

「何してやがんだてめぇは」

 

「朝ご飯ができたのでカイトさんを起こしに来ました。あと少し目覚めるのが遅かったら、鼻を抓もうかと思ってたところです」

 

「てめぇは俺になんの恨みがあんだ。つーか毎回毎回腹の上に乗ってんじゃねぇ」

 

「失敬な。私はそんなに重くないです」

 

「誰もてめぇの体重の話はしてねぇよ」

 

 

 腹の上にいる自称・魔法少女を下ろし、ベッドから起き上がる。

 

 なんか変な夢を見てた気がする。誰かさんと同じ顔をした女の姿が、頭から離れない。

 

 

「さぁ、今日は日曜日ですカイトさん。朝ご飯を食べたら遊びに連れて行ってください」

 

 

 自称・魔法少女はそう言ってから先に部屋を出て行こうとする。

 

 俺はその金髪を見つめながら、頭の中に浮かんだ言葉を何気なく零した。

 

 

「姫さま、か」

 

 

 ──その瞬間、自称・魔法少女は勢いよく振り返る。顔に浮かんでいるのは驚いた表情。緋色の目が大きく見開かれ、ベッドの縁に座る俺を凝視してくる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、と驚愕に染まる顔に書いてあるような気がした。

 

 

「あ、いや。今のは違う。変な夢を見た所為だ、忘れろ」

 

 

 誤魔化すようにそう言うが、奴の視線はこの顔に癒着したまま。

 

 嘘を言っているわけではない。でも何故か、心の中を見透かされている感じがした。

 

 数秒間の沈黙。それに耐え切れなくなったのは、めずらしく俺の方だった。

 

 

「ほら、行くぞ。飯が冷めてマズくなっちまう」

 

 

 ベッドの縁から立ち上がり、固まった自称・魔法少女の髪を追い越しざまに少し撫でてやった。するとようやく、奴は身体の動かし方を思い出したように顔を上げる。

 

 

「そ、そうですね。はい。早く行きましょう」

 

 

 それから前髪を触り、笑顔を浮かべる。その仕草を見て、すぐに分かった。

 

 こいつは今、作り笑いを浮かべている。欺瞞に敏感になったこの目は騙せない。

 

 でも、何故こいつが無理して笑っているのかは、俺には知る由もなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「おとーさん、新聞を持ってきましたっ」

 

「今日もありがとう、ノラちゃん。よしよし」

 

「おかーさん。パンに塗るジャムはイチゴとブルーベリー、どっちにしましょうか」

 

「ノラちゃんの好きな方でいいわよ?」

 

「分かりましたっ、じゃあ両方にしますっ!」

 

 

 数分後、リビングにはいつも通りの風景が流れていた。相も変わらずこの自称・魔法少女は完全にこの家に溶け込んでいる。むしろこいつがいない生活風景がもう想像できない。

 

 

「はい、みーちゃんもご飯ですよー。いっぱい食べて私みたいに大きくなってくださいね」

 

「…………」

 

「ふふ、そんなに急がなくてもカリカリは逃げないから大丈夫ですよ」

 

 

 みかんにエサをやりながら笑っている自称・魔法少女。今はさっき見せた作り笑いを浮かべてはいない。その様子を眺めていると、夢で見たあの金髪女の姿が無意識に再生される。

 

 

「? どうしました、カイトさん。そんなに私をジロジロ見て」

 

「あ? ──あぁ、いや。何でもねぇよ」

 

「んー? あ、もしかして見惚れちゃってました? それともみーちゃんに優しくしてる私を見て、カイトさんも餌づけされたくなっちゃいました?」

 

「てめぇはみかんと一緒にキャットフードでも食ってろ」

 

 

 やっぱりこいつはいつも通り。平常運転過ぎて殴りたくなってくる。

 

 

「そうだ魁人。今日は何か用事があるのか?」

 

「用事? 別にねぇけど」

 

 

 向かいから飛んできた質問にそう答えると、親父は新聞から顔を上げてこちらを見てくる。

「なら、今日はみんなで遊園地にでも行かないか?」

 

「は? なんで俺がんなとこに」

 

 

 行かなきゃなんねぇんだ、と言いかけた時、近くにいたクソガキが声を被せてくる。

 

 

「ゆーえんちっ! それってあれですよね、鼠のキャラクターの絵を他の場所で許可なく描いちゃったりすると夢の国へ連行されて、永遠にそこから出られなくなるっていう」

 

「てめぇの知識はどんだけ偏ってやがる」

 

 

 その噂自体はあながち間違いではないが、そこまでひどくはないだろう。

 

 

「今日はお父さんもママも休みなんだ。たまにはみんなで出かけてみようじゃないか」

 

「そうね、パパ。ノラちゃん、まだそういう所に行った事ないものね」

 

「はいっ、私も行ってみたいですっ。…………でも」

 

 

 明るい声で親父と母親の言葉に答える自称・魔法少女。だが、そう簡単な話でもないのが事実。それが分かっているからこそ、こいつは最後に残念そうな声を零したんだろう。

 

 しかし、両親はこうなる事を予測していたかのように、顔を見合わせてから口を開く。

 

 

「ノラちゃんは周りの人に見えないから、それを気にしなくちゃいけないんだよね?」

 

「……はい。だから私はあんまり大勢の人間がいる所には行けません」

 

 

 シュンとした声がフローリングに落ちる。俺の記憶ではほぼ毎日、大勢の生徒がいる学校に行っているような気がするんだが、それについてはツッコまない方がいいのだろうか。

 

 

「それは大丈夫よ、ノラちゃん」

 

「? どうしてですか?」

 

「この前、どうすれば人前でノラちゃんといても不自然に見えなくなるか、魁人にコツを教えてもらったんだ。お父さんとママは今日のために、一生懸命練習したんだよ」

 

「え…………?」

 

 

 親父の言葉を聞いた瞬間、自称・魔法少女はこちらを見てきたが、俺は咄嗟に目を逸らす。

 

 

「そうなのよぉ? しかも、魁人から教えてくれたんだからぁ。自分ばっかりノラちゃんと出かけてるから、今度はお母さんとパパも一緒に出かけられるように、ってね」

 

 

 エプロン姿の母親は頬に手を当てながら嬉しそうに語る。

 

 それを聞いた自称・魔法少女は俺の顔をグイッと覗き込んできた。近いっつーの。

 

 

「本当ですか、カイトさん」

 

「ばーか。んな訳ねぇだろ。てめぇが俺にばっかついてきてうぜぇから、たまには仕事場にでも連れてけっていう意味で教えたんだ」

 

「ん? そう言う割にはかなり真面目に教えてくれたよな。ねぇ、ママ」

 

「そうね、パパ。魁人があんなに真剣な顔してるの、お母さん久しぶりに見ちゃった」

 

 

 俺の言葉を聞いて、バカ親共は要らない情報を口にする。そしてさらに自称・魔法少女は顔を近づけてきた。鼻息がかかるような距離、っていうかもうかかってる。

 

 

「カイトさん」

 

「だからちげぇっつってんだろ。てめぇの事なんか一ミリも考えちゃいねぇよ」

 

「はは、魁人は照れ屋だなぁ」

 

「そうね。小学生の頃、あかりちゃんと手を繋いでるところに出くわした時と同じ顔をしてるわぁ」

 

「え。なんですかその超絶面白そうな話。おかーさん、それちょっと後で聞かせてください」

 

「こいつにだけは教えんじゃねぇぞ。つーか、何年前の事を覚えてやがんだ」

 

「ふふ。親は子どもの思い出は忘れないものよ」

 

 

 そう言って嬉しそうな顔をする母親。俺でさえ薄っすらとしか覚えてないのに、よくもそんな些細な事を覚えてられるもんだ。って、感心してる場合じゃねぇ。

 

 

「だから今日は一緒に出かけよう、ノラちゃん」

 

「お母さんたちは大丈夫よ。もし何かあっても魁人が助けてくれるから、ね?」

 

 

 両親は自称・魔法少女を見つめてそう言う。というか俺に決定権は無いのか。無いんだな。

 

 自称・魔法少女は口を閉ざして両親を見つめ、数秒の間を空けてから頭を頷かせた。

 

 

「はいっ。嬉しいです、おとーさん、おかーさん」

 

 

 それから顔に笑みを浮かべてみせた。それを見て、親父と母親は安心するように息を吐く。

 

 だが、俺は少しだけ違和感を覚えた。

 

 今のこいつが浮かべている笑顔が作り笑いだったから、じゃない。たぶんこれは本心から嬉しいと思っている顔。なのに、何故か引っかかる。

 

 

「よし、じゃあ朝ご飯を食べたら早速準備をしよう」

 

「お昼はお母さんが腕を奮ってお弁当を作るから、楽しみにしててね」

 

「わーいっ。おかーさんのお弁当、楽しみですっ!」

 

 

 そんな感じで日曜日の朝はスタートした。結局、自称・魔法少女に対して抱いたあの違和感がなんだったのかは、朝飯を食い終わって髪型(リーゼント)を作ってからも、分からないままだった。

 

 


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