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「あともう少しで完全制覇ですね、カイトさんっ」
「てめぇはペースを落とすって事を知らねぇのか」
昼飯を食い終わり、俺はこのクソガキの宣言通りアトラクション巡りの続きに付き合わされた。どうやらこいつの体力には限界というものが存在しないらしい。
「さて、次はどこに行きましょう。カイトさんはどこに行きたいですか?」
「家」
「それではこのお化け屋敷という所に行ってみましょう」
「無視かよ。じゃあなんで訊いたんだっつーの」
パンフレットを両手で拡げながらそう言う自称・魔法少女。おそらくどこに行きたいと言っても、この女は俺の意見なんて聞こうともしなかっただろう。
自称・魔法少女の要望により、俺たち一行はお化け屋敷へと移動する。
「ここがお化け屋敷ですか。なんだか禍々しい雰囲気が漂っていますね」
「パパとお母さんは外で待っているわ。魁人とノラちゃんで行ってきなさい」
「分かりました。みーちゃんは一緒に行きますか?」
自称・魔法少女がそう問いかけると、奴の頭の上に乗っていたみかんはにゃーと鳴き、親父の腕へとジャンプする。猫が人間の言葉を理解してる事は無視しておこう。
「じゃあカイトさんと二人で行ってきます。さぁ、行きますよっ」
「分かったから引っ張んな。変な奴に見えんだろうが」
「大丈夫ですよ。カイトさんは元から変ですから」
マジでこのクソガキを後悔させる方法は無いだろうか。何か苦手なもんでもあればそれを活用できるのだけれど、こいつはそういった自らのウィークポイントを見せない。あったとしてもそれを魔法を使って巧みに隠すので、俺はいつまで経ってもこいつの弱点を知れないままでいる。辛いものが食えない、って事くらいしか知らない。
この間あかりが作ったカレーを食った時、こいつは『私がいた世界に住む生物はみんな、辛いものが食べられないんですっ!』と悶絶しながら語っていた。香辛料を摂取すると魔力が異常に反応するとかで、身体の構造的に辛いものが食えないらしい。その話を聞いてから、俺はあの時あかりが置いて行った激辛スパイスが入った小瓶を常に持ち歩くようにしてる。
手首に付けたフリーパスを見せ、受付のおっさんの前から早足で立ち去る。『い、行ってらっしゃいませ』という裏返った声が聞こえたけれど、俺はお化け屋敷の中へと急いだ。
「ふふ。あのおじさん、カイトさんを見てビックリしてましたね」
「うるせぇ。誰の所為だと思ってんだ」
右隣に並んだ自称・魔法少女はニヤニヤしながらそう言ってくる。超ムカつく。
「仕方ないですよ。やんきーさんは他の人間からすれば怖い存在なんですから」
「てめぇに言われるとバカにされてるようにしか聞こえねぇんだよ」
「だってぇ、私からすればカイトさんなんてぜーんぜん怖くないですもーんっ。ま、そもそも私には怖いものなんて何も無いんですけどねっ」
前髪を掻き上げてから、ドヤ顔でそう語る自称・魔法少女。ここまで自信満々に口に出せるという事は、もしかしたらそれは真実なのかもしれない。
そう思いながら、俺は暗い通路を進んで行く。
このお化け屋敷は廃病院をモチーフにして作られているらしく、周りには朽ち果てた血だらけの手術台やら『タスケテ』と書かれた鏡やらの小道具が置かれている。
今は隣を歩く女の所為で恐怖を感じなかった。頭の中にあるのはどうすればこのクソガキを後悔させられるか、という事だけ。
「んー、何でしょうかこの異様に静かな場所は。それに、どうしてこんなに暗いんでしょう。お化け屋敷、というのはこういう不気味な場所を進んで行く所なんですか?」
隣で自称・魔法少女が何かを言ってくる。しかし、その内容が頭に入って来ない。
「はぁ、他の遊戯と違ってつまらないですね。早く出て次の場所に────」
と、自称・魔法少女が言った瞬間、通路の途中にあった扉から顔面が血に染まった白装束の女が、なんとも幽霊らしい気味の悪い声を発しながら出てくる。予想もしないタイミングだったので、俺も少し身体を反応させてしまう。
だが、俺なんかよりも驚いていた奴がすぐ隣にいた。
「────きゃああああァッ!? なんですっ!? 急になんですかっ!?」
「…………お?」
「こ、こっちに来ますよあの変な人間っ! は、はは早くっ、早く逃げないとっ」
悲鳴に近いような声を出しながら俺の手を引いてくる自称・魔法少女。奴について行くと、今度は逆さづりになった全身包帯男が天井から俺たちの前に現れた。
「またなんか出てきましたああァッ!? なんなんですかここはああァッ!!!」
自称・魔法少女は絶叫しながら俺の手を引いてその場から逃げようとする。無意識のうちに戦闘モードになっていたのか、服が私服から魔法少女verへと変わっていた。
幽霊たちが追って来ない場所まで逃げ、自称・魔法少女は立ち止まる。息は上がり、俺の手首を握る手の平はかなり汗ばんでいる。そして、暗いお化け屋敷の中でも分かるくらい青ざめた顔色をしているのを見て、俺は悟った。
「な、なんなんですかここ。あんなのが出てくるなんて聞いていませんよぉ」
こいつ、幽霊が苦手なのか。余裕ぶっこいてたくせに、あるんじゃねぇか怖いもん。
「お化け屋敷っつーのはあんな奴らが出てくんだよ。知らなかったのか?」
「そんなの私が知ってるわけないじゃないですかっ! あああぁ……という事はまだあの変な人間が出てくるって事ですかぁ?」
「だろうな。俺の記憶だと後半になるにつれてもっとエグい奴らが出てくる」
「な、なんでですかぁ……もう嫌ですよぉ」
涙目になりながら頭を抱える自称・魔法少女。こいつがこんな風になるのを初めて見た。幽霊っていうよりかは驚かされるのが嫌いなのかも知れない。こりゃ良い事を知った。
「っし、じゃあ行くか。ここを出ねぇとてめぇの目的も達成できねぇもんな?」
「ま、待ってくださいっ。あ、そうだっ! カイトさんは一人で先に行ってくださいっ。私は後で行きます。そうすれば私が見えないあの人間たちは出てこないでしょうからっ」
腕を引っ張って先に進もうとすると、自称・魔法少女はそんな提案をしてくる。
だが、こいつの弱点を知った俺がそれを許すわけがない。
「ほぉ? さっき怖いものは何もねぇっつったのはどこのどいつだ? まさか天下の魔法使いさまが、人間が作ったこんなお化け屋敷なんかでビビるわけねぇよなぁ?」
煽るようにそう言うと、自称・魔法少女はピクリと身体を反応させた。それから涙が浮かんだ目で睨んでくる。その視線も、今はどこか弱々しい。
「あ、当たり前ですっ! この私がそんなズルい事するわけないじゃないですかっ。さ、さっきも言いましたけど、私に怖いものなんてありませんからっ!」
そして、前髪を払いながら安い挑発に乗ってくる。やっぱり、こいつはこういう奴なんだ。
「なら行こうぜ。次はどんな幽霊が出てくんだろうな。今度はビビんじゃねぇぞ?」
「バカにしないでくださいっ。私は魔法少女。怖いものなんてありませんから」
前髪を触りながら自分に言い聞かせるように言う自称・魔法少女。数分前と同じ言葉なのに、聞こえ方が全然違う。震えるその声を聞いてから、俺は再び先に進もうとした。
「…………でも」
左手を握られる。振り向くと、自称・魔法少女が目を逸らしながら俺の手を握っていた。
「か、カイトさんが怖がらないよう、こうしていてあげます。今だけ特別です。感謝してください」
手を震わせながらふん、と鼻を鳴らす自称・魔法少女。そんならしくない姿を見て、少し笑った。
そうして左手を握られたまま、お化け屋敷の中を進んで行く。
幽霊が出て来る度に、隣からうるさい悲鳴が聞こえてきたのは言うまでもない。