捨て魔法少女とリーゼント   作:雨魂

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第二十二話

 

 

 ◇ ノラ

 

 

 

 生ぬるい風が吹いている夜。頭上には一部が欠けた月と呼ばれる大きな衛星が浮かんでいて、私が歩く暗い道をそっと照らし出してくれています。

 

 地球と呼ばれる惑星のどこかにある町。そんな場所を、私は歩いています。それを自覚すると、改めて自分がとんでもない家出をやらかしたのだ、と思い知らされます。

 

 

「…………まったく、何をやっているんでしょうかねぇ」

 

 

 学校に続く坂道で独り言をひとつ。それはすぐに異世界の夜へ溶けて行きました。

 

 私がこの世界に来た理由。それを出会った人間に言う気はありませんでした。だって、魔法使いがただ何もかも嫌になって家出をしてきたなんて、そんな事を言われたら例え人間でなくとも呆れます。

 

 でも、それさえ言わなければ嘘を吐き通せた。魔法使い、という存在が持つ特別な力。不思議な存在であるが故に、触れられない事実がある。

 

 それを、あの人間たちは上手く勘違いしてくれた。本当は魔法使いなんてそんな大した存在でもないし、私がこの世界に来た理由も呆れるほど単純だったというのに。

 

 

「どんな世界に行っても、私は私のままなんですね」

 

 

 それはもう、自分で言っていて嫌になるほどに。私は我が儘な十二歳の魔法使い、という殻から抜け出せなかった。だから結局、この世界からも追い出されてしまう事になった。

 

 

「…………ひどい事を言って、ひどい事を言われてしまいましたね」

 

 

 これが因果応報、というものでしょうか。本当は思ってもみない事を言うんじゃなかったです。最後まで本音を言えばよかったのに、私は最後の最後であの人間たちを突き放してしまった。そして、当然のように向こうからも突き放されてしまった。

 

 だけど、これでよかったんです。私のような血生臭い魔法使いに、あんな居心地の良い場所は似合いません。どうせ、あの人間たちはこんな女がいた事も忘れてしまうのですから。

 

 

「でも」

 

 

 どうして、あの人間は私の言葉が本音じゃなかったと気づいたのでしょう? いくら勘が良いとしても、目には見えない嘘は気づけないはずなのに。

 

 まぁ、それも今となってはどうでもいい事です。

 

 そうして校門に到着し、私はそこから学校の中に入ります。

 

 ここも、いつの間にか見慣れた場所になりました。私より年上の人間がたくさん通っていて、その全員が他者と楽しそうな時間を過ごしている、この学び舎。

 

 ただ、私を拾ってくれた人間だけがその中で浮いていた。他の人間と比べて変な髪型をした彼は、自分の周りに壁を作って、あえて他人から距離を取ろうとしていました。

 

 最初はその意味が分かりませんでしたが、彼の生い立ちを聞いて私は納得しました。

 

 そして、私が彼を選んだのは必然だったという事にも気づけました。

 

 

「くだらねぇ、ですか」

 

 

 あの人間がよく言う口癖をポツリと呟きます。

 

 出会ったばかりの頃、彼はそれをマントラのように口にしていました。他の人間が楽しそうにしていても、くだらねぇ。他の人間が悲しんでいても、くだらねぇ。そう言いながら地面に唾を吐くのが、彼の習慣でした。

 

 でも、最近はそうする事はほとんどなかった気がします。どんな心境の変化があったのかは知りませんが、きっと彼の水晶体を変える何かがあったんでしょう。

 

 

「…………お待たせしました、グラウス」

 

「待っておりました、姫さま。まさかこんな所に魔力を回復するスポットがあるとは思いませんでした。それに、姫さま自身が私にこの場所を教えてくださるとは」

 

 

 校庭の一角に広がる魔方陣の中。そこの中心に跪き、目を瞑っていたグラウス。彼が身に纏う制服こそボロボロですが、まだ身体は動くようでした。最強の魔法使いと呼ばれた私と互角に渡り合えるのは、彼を含めてもあの世界には数人しかいないでしょう。

 

 

「それは、私がこの二か月で作った魔力の泉。念のために作っておいたんです」

 

「なるほど。ですが、何故それを私に使わせたのですか?」

 

「そうすれば時間が稼げて、あなたがいる場所が特定できると思ったからです。私には、あの人間たちと話す時間が必要でした。あなたが襲撃してこない安全な時間と場所を作るには、この場所を教える他なかったんです」

 

 

 説明するとグラウスは立ち上がり、うんうんと頭を頷かせます。

 

 

「ならば姫さまはこの状況を最初から予測していた、と?」

 

「ある程度は。本当は魔物だけをこの世界に送ってくると思っていたんですけどね。まさかあなたまで禁忌を犯してやって来るとは」

 

「そうでしょう。しかし、裏を変えせば国王さまはそれほど期待をしている、という事です。あの国にはどうしても、姫さまが必要なのです」

 

 

 グラウスは私に敬意を表するように、左胸に手を当ててそう言ってきます。でも、今はそんな取り繕ったお世辞なんて聞きたくありません。

 

 

「知りませんよそんなの。私が今やらなければいけないのは、あなたを殺す事だけです」

 

 

 そう言って私はステッキを右手に召喚します。それを見たグラウスはパチンと指を鳴らしました。すると、今までどこにもいなかった無数の魔物たちが校庭に現れます。

 

 

「そうですか。ですが先の戦闘でお分かりの通り、あなたは私には勝てない。魔法の精度が明らかに落ちているのが分かります。それに、見たところ魔力も回復していません。今の姫様に勝つのは、おそらくあの人間たちを殺すのと同じくらい容易いでしょう」

 

「言ってなさい。私は負けません。何があっても、負けるわけにはいかないんです」

 

 

 私はそう言って、地面を蹴りました。

 

 ええ、分かっています。グラウスが言った通りです。私はこの世界に来てから弱くなった。戦いの勘が鈍ったから? それもあります。

 

 ですが、それ以上の理由があるんです。

 

 

「…………けほ、っ」

 

「いったいどうされたのです、姫さま。あなたの魔法はこんな生ぬるいものではなかったはずだ。視界に映るものをすべて壊すための魔法。それが、あなたを戦場の邪神足らしめた所以でしょう。なのに、何故こんな魔法しか使って来ないのです」

 

 

 数分後。地面についたまま動かない私の両足。対するグラウスは傷ひとつ付いていない。遊園地ではどうにかなりましたが、魔力が回復した彼には今の私では太刀打ちできないようです。

 

 

「残念です姫さま。ですが、国に戻ればあなたも本来の力を取り戻せるかもしれません。さぁ、行きましょう。あとは私があの人間を殺せばすべては終わるのです」

 

「バカなこと言わないでください。そんな事、絶対にさせません」

 

「まだ立ち上がりますか。姫さまにそこまでさせる人間が、この世界にいるだなんて。本当に、この数カ月で何があったというのです」

 

 

 おぼつかない足取りで立ち上がる私を見て、不審な表情を浮かべるグラウス。まぁ、その気持ちも分からない事は無いです。私が逆の立場なら大笑いしてるかもしれません。

 

 

「あなたには分からないでいい。でも、私には命を賭ける理由がある」

 

「そうですか。ならば仕方ありません。この世界に毒されてしまった姫さまを救うには、あの人間たちを殺す必要があるようです。いずれにせよ、それは変わりません」

 

 

 私が立ち上がったのに反応した魔物の群れが、一斉に襲いかかって来ます。

 

 気づくのが遅れた所為で攻撃を避け切れませんでした。私の身体は宙を舞い、やがて離れた所に落ちます。魔法で痛覚を麻痺させていても、痛いものは痛いんです。

 

 

「…………はぁ」

 

 

 さて、こんな状態でどうやって勝てばいいんでしょう?

 

 負けた事が無い私にはその方法が分かりません。せめてこの魔物たちをどうにかできれば、勝てる可能性はあるんですけど。そんな事を思ったって、今さらどうにもなりません。

 

 でも、仕方ないじゃないですか。私にはあの人間たちに嘘を吐いて出て行くしかなかった。じゃないと、あの優しい人間たちは絶対に私の心配する。最後までそんな心配をかけたくなかった。だから、私は絶対に勝てると嘘を吐いて出てきたんです。なのに。

 

 

「結局、守れないんでしょうか」

 

 

 私はこのままグラウスに負けて、あの人間たちは彼に殺される。

 

 それが、この逃避行の結末なんでしょうか。

 

 でも、そんなの。

 

 

「…………嫌、ですよぉ」

 

 

 もう二度と会えないとしても、あの優しい人間が殺される事だけは、許せない。

 

 こんな私を受け入れてくれたあの三人だけは、どうしても生きていてほしい。

 

 だから、私は勝たなくてはいけない。

 

 何が何でも、あの男を倒さなくてはならない。

 

 痛む身体に鞭を打って立ち上がり、夜空に向かって叫びました。

 

 

「愚かです、姫さま。では、少しの間だけお眠りください」

 

 

 グラウスが手を下ろすと、また魔物がこちらに迫って来ます。魔法を使おうとしますが、もう腕が上がりません。逃げようにも、足が根を張ったように固まっています。

 

 だから、私は代わりに目を閉じました。

 

 そして、瞼の裏に映っているあの人間たちに向かって言いました。

 

 

「…………ごめん、なさ」

 

 

 そう言いかけた瞬間、静寂を振り払うように響き渡る爆音。驚いて目を開くと、眩い光が暗い校庭を照らし出していました。

 

 それから私を襲おうとしていた羽根の付いた魔物が、何者かに撃ち落とされます。見ると、その顔面には一本の矢のようなものが刺さっていました。

 

 誰がこんな事を。そう思い、咄嗟に音が聞こえてくる方向へ目を向けます。

 

 そうして、その現れた何者かを目にして、息を止めました。

 

 

 

「なん、で」

 

 

 

「待たせたなクソガキィッ!」

 

「パパッ、二時の方向にバンパーを向けてッ!」

 

「イエス、ママ。あと、シートベルトはしっかりしてね。フゥ、久しぶりに飛ばすよ」

 

 

 

 そこには、二輪車に跨ったリーゼントのやんきーと、四輪車に乗った男女がいました。

 

 

 

 

 

 第二章

 

 終

 





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