捨て魔法少女とリーゼント   作:雨魂

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第二十四話

 

 

 

 ◇ ノラ

 

 

 

 校庭の中央に立ち、私は永い詠唱を唱えていました。

 

 この魔法が誰にも邪魔されずに完成すれば、私たちは間違いなくグラウスに勝てる。真正面から戦って勝てなくとも、この方法ならば確実にそう言い切れます。

 

 おとーさんもおかーさんも、私の指示通りあの無数にいる魔物たちを上手く相手してくれています。まさかあの二人にあんな能力があったとは、私も全然気づきませんでした。よくよく考えれば、あのカイトさんを生んだ両親がただの人間であるわけがありませんよね。

 

 

「ママっ、蟷螂みたいな奴がノラちゃんの方に行ってるよ!」

 

「分かったわパパっ。…………私のノラちゃんにそんな醜い鎌を向けるだなんて。そんなの神様が許してもお母さんが許さないわ。月に変わってお仕置きよ、覚悟しなさい」

 

 

 二人の会話が聞こえた直後、私のすぐそばまで接近していた魔物の胴体が弾け飛びます。……私が言ったのは魔物を近づけさせないでほしい、という指示だけだったんですが、おかーさんはそれを無視して次々と魔物を倒して行きます。いくら強化の魔法をかけていると言っても、相当な腕が無ければ魔物は倒せないはずなのですが。

 

 そんな事を考えながらも詠唱を続けます。あの二人はおそらく大丈夫でしょう。問題は、あの男を相手にしているカイトさんです。先ほどからチラチラと戦闘を確認していますが、どうやらかなり防戦一方の様子。あんな事を言って騙してしまいましたが、一番危ないのは間違いなくカイトさんです。私は、グラウスがカイトさんという人間に興味を持ってくれる事を期待してあんな指示を出しました。そうすればある程度の時間は稼ぐ事ができる。

 

 あんなに面白い人間は、たぶんこの世界にも何人もいないでしょうから。

 

 そうして、魔法が完成に近づきます。あと少し。もうちょっとだけ耐えてもらえれば、私たちはグラウスに勝てます。だから何とか頑張ってください、カイトさん。

 

 

「ぁ…………っ」

 

 

 心の中で彼を応援した瞬間、詠唱によって安定させていた魔力に突然ブレが生じました。やはり、魔力が足りませんか。こんな状況では回復する事もままなりません。でも、今はそんな言い訳をしている暇はない。どうなったとしても、私はこの魔法にすべての魔力を注ぎこまなければならないのです。後の事はその時に考えればいい。

 

 自分にそう言い聞かせ、ブレてしまった魔力をもう一度安定させようとした時。

 

 

「──────」

 

 

 校舎の屋上で、白い閃光が瞬きました。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「守るために戦う、か。なるほどな。貴様が倒れない理由はその信念にあるらしい」

 

「うるせぇ! いいからてめぇは黙ってやられろッ!」

 

 

 束の間の会話を終え、再びグラウスに向かって拳を振るうが、奴は冷静な表情で俺の攻撃をすべて避けていく。あのクソガキ、こんな奴にどうやって一撃を当てりゃいいんだよ。

 

 

「しかし、それでは負けない事はできても、貴様は一生勝つ事はできない」

 

 

 声が聞こえた直後、バチッという放電音が鳴り、奴の身体が視界から一瞬にして消えた。どこに行った、と顔を動かそうとした瞬間、ガラ空きだった背中に重い衝撃を受け、同時に俺は車に轢かれたように前方へと吹っ飛ばされる。

 

 

「喜べ人間。本来であれば人間に魔法を使うなど、騎士としては恥じなければならない事。だが、特別に貴様は魔法で息の根を止めてやる。なに、心配するな。これは私が貴様をほんの少しだけ気に入った褒美だ。痛みも感じない間に殺してやる」

 

 

 そう言ったグラウスは、連続した放電音を出している白い稲妻のようなものを全身に纏わせる。あれは、雷か? 魔法の事はてんで分からないが、もしかするとそれにもいろんな種類があるのかもしれない。しかし、そんなの今はどうでもいい。

 

 

「く、…………っ」

 

「まぁ、そう怖がるな。私が放つのは一回だけ。避ける術などあるはずもないだろうが、これで貴様を殺せなければ私はもう魔法は使わない」

 

 

 自分に向かって放たれようとしている雷の魔法を見つめながら後退る。

 

 あれは、やばい。あれを食らったら間違いなく自分が灰になってしまう事だけは分かる。駅のホームで快速列車が通り過ぎて行くのを見つめている時の感覚に近い。これに轢かれたら自分は死ぬんだろうな、と思う、あの感じ。

 

 

「このまま魔法を放ってもいいだがな、それでは貴様は何もする事ができずに死んでいく他ない。だから、一度だけチャンスをやろう」

 

「…………チャンス?」

 

「そうだ。これから六十秒、時間をやる。その間、私はここから動かない。貴様が何をするかは自由。私を倒そうとするのもよし、この場から逃げるのもよし。好きに選ぶがいい」

 

 

 グラウスは口元に薄い笑みを浮かべ、俺に向かってそう言ってくる。という事はたぶん、あいつがあの魔法に相当の自信を持っているからなんだろう。何を選ぼうが死ぬ事には変わりない。あの男はただ、俺という人間が何を選ぶかを知りたいだけなんだ。

 

 

「……なめやがって」

 

「気に障ったか? ならば考えろ。貴様が生き残るには何が必要か。人間の貴様なら、私には理解が及ばない突飛なアイデアが出せるはずだ」

 

 

 グラウスの言葉を聞き、舌打ちをしてから考える。だが、そんなもの咄嗟に思いつくはずがない。最初から手詰まりの状態だったのに、そこから何かができるとは到底思えない。

 

 無い頭を回転させて何かいい方法が無いかを自問していると、俺の足元にいたみかんが突然、前足で靴の爪先を引っ掻いてくる。何だよこんな時に。

 

 

「…………?」

 

 

 すると、俺の視線に気づいたみかんはある場所を小さな前足で指し、にゃんと一度だけ鳴く。何気なくその方向を見つめると、()()()()が目に入った。

 

 そうか。あそこに行けば、もしかしたら。

 

 いや、でも。そう簡単に上手くいくか? 

 

 

「では、始めるぞ。貴様の選択が生と死のどちらに転ぶのか。それを私に見せてくれ」

 

 

 パチン、と指を鳴らし、カウントを始めるグラウス。それを聞いて、一か八かの勝負に出る事にした。なんでみかんがあの場所を指したのかは分からないが、今は考えてる時間は無い。とにかく急げ。生き残るにはみかんを信じるしかない。

 

 

「ほう。逃げる事を選んだか。血の気の多い貴様なら向かってくると思ったのだがな」

 

 

 足元にいたみかんを拾い上げて離れた所にあるバイクへと向かい、一度アクセルを思いっ切り吹かしてから走り出した。

 

 向かう先は、校舎。人気は無く、扉も全て閉まっている。優等生ならばその時点で入る事を諦めるだろうが、不良にそんな事を気にかける心など備わっているわけがない。

 

 

「掴まってろよみかんッ!」

 

 

 バイクをさらに加速させながら、閉め切られた扉をぶち破る。普通ならこれだけで身体中が傷だらけになっているはずだが、今は魔法のおかげで何とも無かった。

 

 見慣れた校舎の廊下をバイクで駆け抜け、助走をつけてからウィリーして階段を登っていく。こんな超絶テクニックを習得した覚えはないが、今ならどんな技でもできる気がした。

 

 音も無く迫ってくる自分の死とチェイスしながら、高速で階段を登り続ける。

 

 そうして、ようやくあの場所へと繋がる扉が目に入った。

 

 

「よしっ!」

 

 

 踊り場でバイクを投げ捨て、頭にみかんを乗せたまま残りの数段を駆け上がる。それから真鍮のドアノブに手を伸ばし、扉を開けるためにそれを捻った。

 

 だが。

 

 

「なんで開かねぇんだよっ!?」

 

 

 いつもは開きっぱなしになっているはずなのに、こんな時に限って鍵が閉まっている。ドアノブを引っ張ったり体当たりしてみるが、重い鉄の扉はビクともしない。

 

 そうしていると、頭の上に乗ったみかんが高い鳴き声を上げ始めた。なんとなくだが、逃げ始めてからそろそろ一分が経過するのを教えてくれたのだろう。

 

 

「ちくしょうっ!」

 

 

 どうやっても開かない扉を殴り、考える。この扉の向こうに行かなければ、俺とみかんはここであの魔法にやられて死ぬ。だが、どうやっても扉は開かない。残された時間も無い。使える道具も、何も────

 

 

「…………いや」

 

 

 ひとつだけある。短い階段の下に、()()は転がってる。

 

 でも、あれはダメだ。せっかく雅さんからもらって、ようやく直って返ってきたばかりのあいつを、この扉を開けるためだけに使うだなんて。

 

 階段の下に倒れている大切なバイクを見つめながら考えていると、みかんがリーゼントをてしてしと殴ってくる。たぶん、本気でタイムリミットがすぐそこまで迫っている。その時間が訪れた瞬間、俺は死ぬ。間違いなく。だったら。

 

 

「できるわけねぇだろッ!!!」

 

 

 そう叫び、その場に跪いた。

 

 今からやろうとしているのは、愛車を自ら木っ端みじんにする行為。大事なあれを自分の手で壊すのは、俺にとって自殺する事と同義。でも、それをしなければ。

 

 自分の命とバイクの命。どっちを選ぶか究極の選択を繰り広げていると、見かねたみかんが俺の頭から飛び降り、階段を下ってバイクの方へと駆けて行った。そしてバイクの上に立ち、鳴きながらこちらを見つめている。分かってんだよ。でも、俺には。

 

 

『カイトさんっ!』

 

 

 どこからともなく、あいつの声が聞こえてくる。

 

 もしかして、これが走馬燈ってやつなのか? 

 

 そんなバカな事を考えていると、またある声が届いた。

 

 

『生きて──お兄ちゃんっ!』

 

 

 聞こえるはずのない、その声。

 

 もう二度と呼ばれる事は無いのに、誰かはそう言った。

 

 その声が聞こえた瞬間、俺は無意識のうちに立ち上がっていた。

 

 そして足は自動的に階段を飛び降り、腕は倒れていたバイクを起こす。

 

 

「あぁ」

 

 

 声の主に向かって返事をする。それからアクセルを回し、暗い廊下にバイクを走らせた。

 

 窓の外に白い光が見える。たぶんもう、あいつはあの魔法を放った。どんな風に俺の所まで届くかは分からない。ただ、数秒の経たないうちにあれは俺を殺しに来る。

 

 廊下の端に辿り着き、俺はすぐさまUターンして、前方に見える扉に向かって加速した。

 

 急速に迫るあの扉。俺があれを破壊して向こうに出るのが早いか、それともあいつの魔法が俺とみかんを殺すのが早いかは、もう神のみぞ知る。

 

 ただ、俺はまだ死ねない。

 

 

「…………そうだよな、凛」

 

 

 廊下で高速の助走を付けたバイクをウィリーさせてから、ギリギリのタイミングで飛び降りる。思い通りにバイクは宙を舞い、閉ざされた鉄の扉に向かって飛んで行った。

 

 ────爆発音と爆風。みかんを腕に抱いてそれに耐え、治まったと同時に立ち上がり、屋上と繋がった扉の方へと全力で駆ける。

 

 

 向こう側に足を踏み入れた瞬間、後方から白い閃光がこの背中を捉えた。

 

 




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