捨て魔法少女とリーゼント   作:雨魂

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第二十六話

 

 

 ◇

 

 

 

「──魔核潰し。魔法使いが魔法使いを殺す封印された大禁術、ですか。確かに恐ろしい魔法ですね。これで魔法使いではなくなったあなたはもう、どう頑張っても向こうの世界には帰れません。ですが、命までは奪わなかった事を感謝しなさい、グラウス」

 

 

 喧嘩が終わったのを見て、魔法少女はフェンスに凭れている男へと近づいていく。

 

 

「あなたには、私の代わりにこの世界で生きる権利を与えます。でも、心配ありません。ここは思ったよりも居心地が良い場所ですから」

 

「…………姫、さま」

 

「生きるのに困ったなら、公園の近くに住んでいる主藤という人間の家を訪ねなさい。そこに住む人間ならばきっと、捨てられた魔法使いを受け入れてくれるでしょう」

 

 

 俺がボコボコにしたグラウスの前に立ち、魔法少女は声をかける。

 

 詳しい事は分からないが、とりあえず俺たちはこいつに勝ったらしい。

 

 

「これで、私がこの世界にいる理由は無くなりました。あの校庭にいる魔物たちを倒した後、私は潔く元の世界に帰ります。グラウス、あなたも達者でいてください」

 

 

 奴らの後ろでその会話を聞いていると、足元からにゃあという鳴き声が聞こえてくる。目を向けると、みかんが右足に頭を擦りつけていた。

 

 『よくやった』なんて、褒められている気分になったのはやっぱり気の所為だろう。

 

 

「お互いさまだ。お疲れさん」

 

 

 みかんを抱き上げ、小さな頭を撫でてやる。こいつがいなかったら俺は今ごろ消し炭になっていた。帰りにコンビニで猫缶でも買ってやろう。

 

 

「ふ……っ」

 

「? どうしました、グラウス」

 

 

 そんな事を考えながらみかんを戯れていると、黙っていたグラウスが急に笑い始めた。その意味が分からないらしく、魔法少女も首を傾げながら奴を眺めている。

 

 それから屋上に響く、静かな笑い声。やがてそれが治まると、奴は顔を上げて前に立つ魔法少女を見上げた。そこにはまだ、歪んだ微笑みが浮かんでいる。

 

 

「姫さま。今回はあなたの勝ちです。ですが、やはりあなたは詰めが甘い」

 

「……どういう意味です?」

 

「秘策を用意しているのが自分だけであると、なぜ思うのです?」

 

 

 グラウスはそう言って、パチンと指を鳴らした。だが、何も起こる様子はない。俺に負けたショックでおかしくなったのか、と思っている時、地上の方から何かの音が聞こえて来た。

 

 

「私とて、あなたと戦って確実に勝てるなど思っていませんでした。最悪の事態をまず最初に考え、そこから作戦を練る。これが騎士の戦い方です」

 

 

 俺はフェンスへと駆け寄り、校庭の様子を確認する。

 

 そこには。

 

 

「…………なんだ、ありゃ」

 

「あなたたちは、どうしても私をあの世界に連れて帰りたかったのですね」

 

「当たり前です。あなたを失ったあの国に、もはや未来は無い。口には出さずとも、国王様も女王様も姫さまを必要としているのです。それは、政治や戦争のためだけではない。自分の娘としても、あなたに…………近くにいて、ほしかったのです」

 

 

 そこまで言って、グラウスは気を失うようにがくりと首を前に垂らす。

 

 魔法少女は気絶した金髪の男を見つめながら、ただその場に立ち尽くしていた。

 

 だが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。

 

 

「おいっ、なんかやべぇぞあれ! なんであいつら急に一か所に集まり出したんだっ!?」

 

 

 下の異常を見ながら言うと魔法少女は我を取り戻し、こっちに近寄ってくる。

 

 

「あれは、グラウスが仕掛けた時限魔法です。おそらく彼は保険を掛けていたんでしょう」

 

「時限魔法?」

 

「詳しい説明は後です。一旦おとーさんとおかーさんと合流して作戦を立てましょう」

 

 

 魔法少女がそう言った直後、校庭の真ん中に集まった魔物たちの大群から禍々しい黒の光のようなものが発せられる。そして数秒後、その光が治まると、魔物の群れは校舎よりもデカい超強大な一匹の化け物に変身していた。

 

 

「うおっ、なんだこいつ!?」

 

「日曜朝の戦隊ヒーロー番組でもよくあるでしょう。倒したと思ったら敵が巨大化する、みたいな。とりあえずあんな感じだと思っててください。さ、行きますよ」

 

「超分かりやすいけど、なんでそんな冷静なんだお前っ」

 

 

 即座にツッコミを入れるが、奴は既に屋上の出口の方へと向かって走り出していた。

 

 その後を追う前に、校庭に現れたその巨大な化け物を見つめる。地響きを鳴らしながら校庭を歩いている黒いモンスター。遠くからだと完全にゴジ〇にしか見えない。

 

 

「訳わかんねぇけど……行くぞ、みかん」

 

 

 にゃん、という返事を聞いてから、お釈迦になったバイクの破片を飛び越えて校舎の中へと戻る。出口をくぐる直前、フェンスに凭れるグラウスを一瞥した。

 

 あいつがこれからどうなるのかは知らない。だけど、もしまたどこかで会う事があったならその時は敵としてではなく、ただの人間として接してやろう。

 

 そんな事を考えながら踵を返し、みかんを抱えたまま階段を下り始めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「魁人っ、よかった。無事だったか」

 

「ああ、でもこんなにたくさん怪我をしてるわ。大丈夫? 痛くない?」

 

 

 そうして一階に着くと、親父と手提げバッグを抱えた母親が魔法少女と合流していた。

 

 両親は俺の顔を見た瞬間、異常なまでの心配をしてくる。見た目は無傷だけれど、この二人だって相当無理をしながら魔物たちと戦っていたはず。なのに、なんで真っ先に俺の心配なんてしてくるのか。その神経が俺は昔から理解できなかった。

 

 

「大丈夫だ。それより、次はあいつをどうにかしなきゃいけねぇんだろ。どうすんだよ」

 

 

 二人の心配を無視して魔法少女へと訊ねると、奴は昇降口の方に顔を向けて、今もなお校庭を歩いている化け物を見つめながら口を開いた。

 

 

「私のプランではグラウスを倒した時点でこの戦いは終わると思っていたので、この状況はかなり予想外なんです。むしろどうすればいいのか私が訊きたいくらいです」

 

 

 トーンを落とした声が昇降口に零される。すると、それを聞いた親父が反応した。

 

 

「なら、打つ手はないのかい?」

 

「完全に無いわけではありません。ですが、今はかなり厳しい状態なんです」

 

「それは、どうして?」

 

 

 続いて母親が問いかけると、魔法少女は数秒の間を置いてから深刻そうな顔をして答えた。

 

 

「実は、先ほどの魔法を使った所為で魔力が尽きました。だから、今のままではあの魔物には勝てません」

 

 

 ごめんなさい、と最後に付け足す魔法少女。その言葉を聞いて、俺たち四人と一匹は校舎の中で黙り込んだ。夜中の学校にはあの化け物が鳴らす足音だけが響いている。

 

 

「…………どうする事も、できねぇのかよ」

 

「はい。マナが無いこの世界では、魔法使いは魔力を回復させられません。……ですが」

 

 

 俺の問いに魔法少女はそう答える。だが意味深な接続詞を残し、奴は続けた。

 

 

「ひとつだけ、私の魔力を回復する方法があります。ただし、それにはまた皆さんの手助けが必要なんです。おそらく、これは一番難しいお願いになります。さっき私が出した指示など比べ物にならないくらいに」

 

 

 魔法少女は真面目な顔をして語る。その表情を見れば、それがどれくらい困難なのかはすぐに察しがついた。魔物やグラウスと戦うよりも難しい? 

 

 それは、一体どんな事なんだ。

 

 

「正真正銘、これが最後の戦いです。どうか私にその力を貸してください」

 

 

 魔法少女はそう言って、こちらに頭を下げて来る。俺たち三人はお互いの顔を見合わせ、覚悟を決めるように頷き合ってから声をかけた。

 

 

「…………分かったよ、ノラちゃん。ここまで来たんだ。最後まで君のお願いに従おう」

 

「そうね。お母さん、ノラちゃんのお願いならどんな事でも聞いてあげるって決めたの」

 

「最後までてめぇの我が儘に従うのは癪だけどよ、特別に手伝ってやる」

 

 

 最後にみかんがにゃー、と鳴き、奴の頼みに全員が賛同する。

 

 それを聞いた魔法少女は顔を上げ、潤んだ瞳で俺たち一人ひとりの顔を見つめてきた。

 

 

「ありがとう、ございます。あなたたちが助けに来てくれて、本当によかった」

 

「そういうクセェのは後にしろ。で、何をすりゃいいんだ」

 

 

 感極まりそうになる魔法少女の言葉を遮り、俺は訊ねる。今は隠れられているが、あの化け物が校舎の方に来たら俺たちには逃げ場は無い。悠長に話をしている時間は無いはずだ。

 

 魔法少女は袖で目をごしごしと拭ってから真剣な顔つきに戻り、再び口を開く。

 

 

「はい。ならば、早速説明しましょう。一度しか言わないのでよく聞いていてください」

 

 

 そんな前置きを置いてから、奴は語り始める。

 

 

「──魔力とは本来、マナという空気中の酸素に結合している原子を吸い込む事によって魔法使いの体内に蓄積し、それを魔核と呼ばれる臓器が還元する事で魔法という力に変える事が可能になるんです。ですが、この世界の空気には酸素はあれどマナはありません。だから本当は、この世界に来た魔法使いは魔法が使えないはずなんです」

 

「なら、どうしてノラちゃんは魔法を使えているの?」

 

 

 母親がそう言うと、魔法少女は頷いてから続ける。

 

 

「向こうの世界から持ってきた魔力が無くなれば、私は魔法が使えなくなったはずです。でも、私はこうして魔法を使えている。その理由は誰でもない、皆さんのおかげです」

 

「? それは、どういう」

 

「……これは私も予想外でした。まさか、呼吸でマナを取り込む以外に魔力を回復させる方法があっただなんて、たぶん向こうの世界にいる魔法使いは誰も知りません。というより、常にマナに満ちた世界で暮らしているからこそ、知る由も無かったんだと思います」

 

 

 魔法少女は俺たちの顔を見て、それから再び口を開く。

 

 

「どうやら魔法使いは、他者から愛情をもらうと魔力が回復するみたいなんです」

 

「…………は?」

 

「分かります。私が何を言っているのか、カイトさんが分からないのは重々承知です。でも、これは事実なんです。私が今ここにいるのが、その証拠です」

 

 

 急に訳の分からない事を言い始める魔法少女。

 

 だが、その顔は真面目なままだった。

 

 

「愛情を、もらう?」

 

「具体的に言うと、喜びの感情を感じると自動的に魔力は回復されて行きます。庭のお掃除をしておかーさんに褒められたり、おとーさんの肩を揉んだ後に頭を撫でられたり、みーちゃんと猫じゃらしで遊んでいたりしてると、何故か魔力が回復するんです」

 

「ちょっと待てこのクソガキ。なんで俺とのエピソードが入ってねぇんだよ」

 

「だって、カイトさんは私に愛情をくれた事が無かったんですもん。だから何回も言ったじゃないですか。私をもっと甘やかしてくださいー、って」

 

 

 咄嗟に抗議するが逆に睨まれる。確かに、こいつは事あるごとにそう言っていた気がする。だが、それとこれとが繋がるだなんて誰も思わない。

 

 

「あとは大好きなものを大好きな人たちと一緒に食べる事で、私の魔力は急速に回復します。毎朝毎晩、どれだけおかーさんやおとーさんが忙しくてもみんなで一緒にご飯を食べていたのは、そのためだったんです」

 

「…………で、結局お願いってのはなんだ?」

 

「ここまで説明すれば分かりますよね? 私がお願いしたい事はただひとつ。私の事を喜ばせてください。ちょっとやそっとじゃ足りません。あの魔物を一撃で倒すくらいの莫大な魔力を────私にください」

 

 

 魔法少女は曇りの無い眼で俺たちを見つめながら、そう言った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「…………ノラちゃんを、喜ばせる」

 

「そうです、おかーさん。それがどれだけ難しい事かは私も分かっています。ですが、それをしなければ私たちはあの魔物に勝てません」

 

 

 母親が呟いた声に、魔法少女は反応する。

 

 だが、俺の頭ではその言葉の意味を解読できなかった。

 

 

「なんだそりゃ。訳わかんねぇ」

 

「だからそう言ったじゃないですか。このお願いは今までで一番難しいです、って」

 

「そんなもん、この状況でできるわけ」

 

 

 否定的な意見を述べようとすると、隣に立っていた親父は徐に首を横に振った。

 

 

「……いや、できる。やろう、ママ、魁人。俺たちならきっとできるはずだよ」

 

「そうね、パパ。ふふ、お母さんこんな時のために、とっておきのものを作って来たの」

 

 

 何故かやる気満々の親父と母親。そして二人は廊下の上に腰を下ろした。

 

 その意味不明な行動に、魔法少女も首を傾げて両親を見つめている。

 

 

「ノラちゃん、お腹空いてないかしら?」

 

「え? あ、そうですね。戦いっぱなしでしたから、言われてみればお腹ペコペコです」

 

「じゃあこれ、一緒に食べましょう? 魁人も、みかんちゃんも一緒にね」

 

 

 母親はそう言って、持っていた手提げバッグの中からあるものを取り出した。

 

 それは、母親特製のオムライスおにぎり。うちでは通称、オムぎりと呼ばれている食い物。言われてみればこの女を助けに来る前、母親は台所に立って超速で何かを作っていた気がする。

 

 

「ほら、座りなさい二人とも。みんなで夜ご飯を食べよう」

 

「そうよ。今は全部忘れて、まずはお腹をいっぱいにしないとね」

 

 

 そう言って両親は微笑む。俺と魔法少女は一度顔を見合わせ、それから二人と同じように夜中の暗い廊下の上に腰を下ろした。

 

 それから、母親はラップに包まったオムぎりを俺たちに渡してくる。

 

 まだほんのりと温かいそれを握り締めながら、親父は俺の横に座る魔法少女に言った。

 

 

「じゃあノラちゃん。いつものをお願いできるかな」

 

 

 親父にそう言われ、何かを思い出すような表情を浮かべる魔法少女。

 

 奴はこくりと頷き、俺たちを見渡してから口を開いた。

 

 

 

「はい。それじゃあ──いただきますっ!」

 

 

 

 奴の声を聞いて、全員でいただきます、と復唱する。

 

 ラップに包まれたエサを与えられたみかんも、にゃあと鳴いてからそれを食べ始めた。

 

 そして、俺たちはそのオムぎりを黙々と食べ進める。

 

 …………なんでこんな時間にこんな所で、家族で一か所に集まりながら夜飯を食っているのか。改めて考えると意味が分からなかった。

 

 でもこんなに美味い飯を食ったのは、本当に久しぶりな気がした。

 

 

「………………っ」

 

「………………おい」

 

 

 そうしてそのオムぎりを食べていると、魔法少女の口が止まっているのに気づく。

 

 目を向けると、奴は下を向きながら微かに震えていた。

 

 それが何を意味するのかは、すぐに気づいた。

 

 

「ノラ、ちゃん」

 

「ごめん、なさいっ。わたし、嬉しいんです。みんなでこうして、大好きなものを食べるのが。これだけで泣くなんて、おかしいのは分かってます。でも。でも、今は……」

 

 

 魔法少女は嗚咽を隠さず、透明な滴を流しながらオムぎりを咀嚼する。

 

 その泣き顔を見た両親も、涙を堪える事ができなかったらしい。

 

 

「ノラちゃんっ」

 

「…………おかーさんが作ったオムライスは、世界一美味しいです。こんなに美味しい食べ物、生まれてから一度も私は食べた事がありません。国で一番腕がいい料理人でも、おかーさんのオムライスには敵いません。本当に……本当に、美味しいです」

 

 

 涙を流しながら、またオムぎりにかぶりつく魔法少女。

 

 そんな小さな身体を、両親はそっと抱き締めていた。

 

 こいつらはなんで泣いているのか、なんて。

 

 そんなもん分かってる。

 

 

 これが四人で食う最後の夜飯だって、気づいてるからだ。

 

 

「でも、私一人じゃ一番にはならないんです。世界で一番の料理を、一人で食べたって美味しくない。どれだけ美味しくても、大切な誰かと一緒じゃなきゃダメなんです。大好きな人たちと食べるから、おかーさんのオムライスは世界一美味しいんです。そうでしょう?」

 

「……そうだね。きっとそうなんだよ、ノラちゃん」

 

「そうよ。みんながいなきゃ、ご飯は美味しくないの。どこにいても、どんな世界にいても…………それだけは忘れないで」

 

 

 両親の言葉を聞いて、泣きながら頷いた魔法少女。

 

 

「忘れるわけ、無いじゃないですか。こんなに素敵な食事の作法を、私は一生忘れません」

 

 

 彼女はそう言って、最後の一口を口に放り込んだ。

 





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