Muv-Luv Alternative shattered skies   作:vitman

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色んなマブラヴ作品に絡ませたいでよね。アユマユは厳しいけど……


Mission 1-3

 本来であれば今回の演習はゴースト中隊にとって最後のチャンスだ。

 勿論、それはインフィニティーズに勝つ。つまりこれは、世界で初めてF-15EでF-22EMDに勝利した衛士という名を軍に刻める最後の機会だということだ。

 通常彼らは同じ部隊と二度演習をすることはないという。だからこそ今回の演習は異例だった。

 

 誰もが彼らの新しい仲間など、追加のF-15Eのことなど気にも留めていなかった。誰もがだ。

 

 私も含め、誰もが結局のところ彼を侮っていたということなのだろう。

 整備兵上がりの衛士。訓練が始まってからひと月も経っていない、新米もいいところの衛士。

 兵士としての訓練こそ一通り終わっていたがために、練兵場に送ることもできず、インフィニティーズで訓練課程の消化とそのまま任官もされた所謂勝ち組。それが気に入らなかったのは皆一緒だったのだろう。

 中にはブリーフィングの後、さっさと撃墜して心を折ってやるなどと息巻く者もいた。

 現実は甘くなかったのだ。私達にとって。

 

『ゴースト9、11撃墜(ダウン)!!』

 

 目標ポイントに着くと同時に、インフィニティーズは攻撃を仕掛けてきた。しかしそれは、F-22EMDによる奇襲ではなく、F-15Eのヘッドオンという極めて奇妙なものだ。

 十二機の戦術機の群れにたった一機の戦術機が突っ込む。

 メビウス1という衛士がどれだけの力を持っているのか知らないが、そんなことをするのは力関係を知らない愚か者か、それともなければ自分達を遥かに超える猛者かの二択だ。

 果たしてどちらだったかなど、その後の光景を見れば赤子ですら理解できるだろう。

 すれ違う間に二機が墜とされた。

 攻撃された右翼は応戦する間もなく、射撃を当てやすいはずのヘッドオン時に36mm弾一発すら当てることができずに墜とされたのだ。

 切り返すように上昇したメビウス1は、残った二機のうち一機を絶やす事ない牽制射撃で近づかせないようにしながら、もう一機を執拗に追いかけまわした。その空を飛ぶ姿に迷いはない。そして、無駄弾一つだって存在しない。

 

「クソッ! ケツを取られた! ゴースト10、援護してくれ!」

 

 叫ぶ彼の無線に対するゴースト10の答えは無言だった。彼もまた、牽制とはいえその射撃を避けるのに精一杯だったのだ。

 兵装担架に載せられた一門の突撃砲は、主腕で保持した際よりも安定性も精度も悪い筈なのにも関わらず正確無比。狙撃の腕にかなりの自信がある私よりも上手いかもしれない。

 

「援護をくれ! 誰でもいい! 援護を!」

 

『ゴースト12、両跳躍ユニットに被弾。大破、撃墜と判定』

 

 実戦でもないのにも関わらず、本能的な恐怖心をも引き起こさせたその追尾は、ゴースト12の大の大人とは思えない涙声の雑じった悲鳴と同時に終わった。その必要がなくなったのだった。

 ゴースト12が要求する援護を求める声に、私を含め誰もがそれに応えることはしなかった。いや、できなかったというのが正しいだろうか。

 どちらにせよ私達ゴースト中隊全員は、あのF-15Eとその衛士に対する評価を変えざるを得なかった。

 あの衛士はインフィニティーズにいるに相応しい、凄腕の衛士であると。

 

「ゴースト1より各機。向こうのF-22EMD2機は、この状況を見ているだけらしい。舐められたものだ。8機がかりで構わん。あのF-15Eをさっさと潰すぞ」

 

『了解!』

 

 たった一機のF-15Eに八機の同型種が襲い掛かる。通常であればあり得ないそれが、今この瞬間だけは不穏なものに感じられた。

 まるで、それですらあの衛士を墜とすのには不足しているかのような、そんな不思議な感覚。

 自分を含め八機の戦術機が相対するF-15Eへと駆ける中、私はただ一人、あのF-15Eのカメラアイがこちらをジッと見つめているようにも感じ、それはまるで獲物を見る鷹の目のようにも思えてならなかった。

 どう表現したらいいのだろうか。

 シミュレーション訓練で相対するBETAは、確かに生理的嫌悪感を感じる見た目をしているし、それがデータの塊だと分かっていても、恐怖を感じる。だが、今の私の心の中にはそれを超える、人類種の天敵とも呼べるBETAを超える恐怖心がある。

 

「ゴースト7、仕掛けるぞ」

 

「え、ええ」

 

 固まっていた私に声を掛けたのは、ゴースト5のレオン・クゼだった。

 各機が二機連携(エレメント)を組んで仕掛けるという中、こんな状態の私に気をかけるのは、なんというか彼らしい。

 どっちみち演習が終わるまでは逃げようもないのだ。そう自分を心の中で叱咤激励することで気を引き締め直し、目の前の鳥を墜とすことだけに注力することにした。

 

 

 

《》

 

 

 

 四対一で手も足も出なかった奴らをマヌケだと思っていたユウヤは、その考えをすぐに取り払うことにした。

 

(なんてふざけた戦闘機動してやがる。あれがF-15Eにできる動きなのかよ)

 

 命令があったから仕方なく組んだ二機連携(エレメント)は、組んだ直後に相方が撃墜判定を喰らったことでなくなった。

 ある意味では縛る者がいなくなったという事になるので、内心ユウヤは嬉しくもあったが、それ以上に相手の衛士に対する関心と畏怖の念が強かった。

 ユウヤ自身は、長い年月搭乗しているF-15Eの事を知り尽くしていると自画自賛している面があった。だが、彼が動かすそれは、ユウヤが動かすそれとは動きからして全くの別物だ。

 第二世代戦術機の枠に収まる性能ではないと評価されるF-15Eの機動性だが、あの異常なほどの動きは第三世代戦術機であるF-22EMDにも勝るとも劣らないものだ。

 カタログスペック通り……いや、それ以上に機体の潜在能力をも用いないとできない機動に、ユウヤの闘争心が刺激される。

 

『ゴースト2、頭部及びコクピットブロックに被弾、撃墜と判定』

 

「クソが! 相手は新人じゃなかったのかよ!」

 

 ゴースト3の怒声がオープンになっている無線に響くが、そんなくだらない叫びを聞いている暇は生憎ない。

 F-15Eを駆るメビウス1は、自分を追いかけまわすことに夢中になっていたゴースト2を跳躍ユニットの逆噴射による急減速を用いて背後を取り返すと、射撃をせずに急降下していった。

 本人からしたら、その瞬間は舐められているとでも思えたかもしれない。実際は、その二機を追跡していたユウヤの機体が射撃してくるのを読んでいたからこその行動で、急降下したのは減速した分の速度を素早く取り戻しながら、真下でゴースト2のカバーリングをする手筈だったゴースト1への奇襲にもつながるからだった。

 

(目が後ろにも付いてるだけじゃねえ。脳みそまで一級品だ)

 

 明らかに多対一の状況に慣れきっている一連の行動にユウヤは何度目かもわからない舌打ちをする。

 ゴースト2は兵装担架の突撃砲で、先ほどのCPからの報告通り撃墜判定を貰い、隊長機のゴースト1は、なんとか降下奇襲を凌ぎきったが、左跳躍ユニットに被弾して出力を下げられるペナルティを貰った。あれでは狩られるのは時間の問題だった。

 

(見てろよ。目にもの見せてやる)

 

 今まで様子見に徹し、追跡だけに努めていたユウヤが動き出した。既に昨日まで持っていたF-22EMDを墜とすことへの執着心はどこかに消え去っていた。

 残るゴースト中隊は被弾した状態の機体を含めて五機。まともに“アレ”の相手をできるのはせいぜい三機。

 上等だと啖呵を切る。

 速度を上げつつ高度を下げ、メビウス1の機体に着けるように調整を行う。が、そこにもう一機の機体がユウヤの機体の真横に着く。ゴースト5の機体。犬猿の仲であるレオン・クゼの機体だった。

 互いに同じことを考えていたのだろう。同じ軌道を辿る真横の機体に無線チャンネルを繋ぎ、間髪入れずに叫ぶ。

 

「すっこんでろよ、お坊ちゃん! 隣を飛ばれると邪魔だ!」

 

「てめぇがどきやがれ!」

 

 互いに罵声を浴びせる最中、二機の丁度中間に一発の弾が通過する。一瞬ドキリとしたユウヤだが、その後に続くもう一人の声に安堵する。

 

「いい加減にして二人共。今アレに対抗できるのは私達の3機しかいないのよ」

 

 ゴースト7──シャロンの機体の持つロングバレルタイプの支援突撃砲(AMWS-21)からの射撃だと気づき、ほっと一息吐くと同時に、彼女の言う通り、ここで言い争っている場合ではないと自覚する。

 不本意ながらも深呼吸し、もう一度レオンに向けて通信ウィンドウを開く。

 

「誠に遺憾だが、今は共闘ってことにしといてやる」

 

「あいつを墜とすまでは協力してやる」

 

 互いに牽制し合ってはいたが、レオンと久方ぶりに連携を取るユウヤは、しかしその普段の仲の悪さを感じさせないほどに息の合った動きを行う。いや、双方が双方のしたい事を分かりきっているが故のその動きは、皮肉なことに寧ろ彼らが長年連れ添った戦友のように見せる。

 引き続き高度を落としたユウヤ機がメビウス1の背中を取ると、レオンはその頭上から36mm弾をばら撒き、進行方向を制限、回避パターンを一定化する。それに加え、シャロンが更に後方から援護狙撃を行うという一連の動作は、実にスムーズなものだった。互いにいがみ合っているからこそできることであるとも言える。

 だが、それで届くのであれば、ここまで酷い食い荒らされ方をしなかったのも事実であった。

 

 米軍衛士としては極めて珍しい近接長刀を装備しているというのは、メビウス1に対してユウヤが抱いた一つの大きな印象であり、そして疑問でもあった。

 F-15Eの特性。ひいては米軍戦術機の特徴を理解しているユウヤとしては、わざわざ格闘戦を用いる必要はないというのが、対人戦での一つの結論として彼の中では出せていたのだ。

 何より長刀は扱いが難しく、リーチが長いというメリットは取り回しが悪いというデメリットにも繋がりかねない。なにより、接近戦に持ち込まねばならないことを考えると、市街地戦ならともかく半空中戦がメインとなるこの開けた場所では使う場がない。つまりはデッドウェイトにしかならない。

 その考えがあったからこそ、ユウヤはメビウス1の長刀の装備に疑問を持っていたのだ。

 

「あの野郎っ!」

 

 そう、この瞬間までは。

 長刀を装備している右兵装担架を上げ下げする目の前のF-15Eを見て、ユウヤはそんな自分の疑問を吹っ飛ばした。

 あの男がハンディキャップとして長刀を使っていると思えたからだった。

 

(デッドウェイトを自ら背負っても余裕ってか? ふざけやがって)

 

 加速するF-15Eを追って、ユウヤも自身の機体の速度を上昇させる。

 レオンとシャロンの援護を待たず、そしてその二人を引き離すように動くメビウス1を追って、前へ、前へ。

 

「待て、馬鹿! 相手の思惑通りに動いてどうする!」

 

「黙ってろ! ここまでコケにされといて、はいそうですかなんて言ってられるかよ!」

 

 網膜に投影される照星(レティクル)を目の前を疾走する機体に合わせ、トリガーを引く。が、寸前で軌道を変えられ回避される。そのやり取りを繰り返すこと三度。何度も回避され、そのたびに煽られる。

 そして四度目。今度こそは当てると息巻いたユウヤは、その時目を見開いた。

 

「なんだ……その機動は……?」

 

 

 

 

《》

 

 

 

 

attention! (警告) OVER G! attention! (警告) OVER G!》

 

 警報が鳴り響くコックピット内で、メビウス1は以前よりも激しい動きと強いGに歯を食いしばって耐えていた。

 予め外しておいた搭乗員保護システムは、この演習においてゴースト中隊を翻弄することにおいて一役買っていた。

 リミッターを解除することで機体の真のカタログスペックを引き出すことができるのはどの世界のどんな兵器でも同じだったようだが、こと戦術機においてはこの搭乗員保護システムがリミッターの役割を果たしていたようで、パイロットが失神しかねない強烈なGを伴う機動と速度を制限する機能がそれには付いていた。

 だが実はこれを外すのは意外なほど容易で、出撃前にシステム関連を少し弄るだけでできてしまう。場合によっては機体に火を入れるよりも簡単だ。

 

attention! (警告) OVER G! attention! (警告) OVER G!》

 

 ハイGターンと垂直噴射移動の多用によって鳴りやまない警告音が、メビウス1の異常な動きを物語っている。網膜投影のHUDの隅に常に表示されるGを表す数値は、常に7以上を記録していた。

 機体全体を使った空中機動によって、多対一の戦闘とは思えないほどに機体の消耗は少ないものになっており、機体自体にはまだまだ余裕はあった。

 だが、衛士はどうか。体力的にはまだまだいけるメビウス1だったが、戦闘機に乗っているよりもキツイGをこうも長時間体験し続けるのは、いささか辛い部分がある。結局彼も人間だ。耐えられるといっても辛いものは辛い。それに偽りはない。

 隊長であるキースが「見込みがある」と言っていたゴースト4を見つけることができ、挑発をすることで一対一の状況を作り出したのはいいが、正直もうそろそろこのチェイスも終わりにしたいというのが本音だ。

 

(そろそろ終わりにしようか。彼の“飛び方”も理解できたところだ)

 

 ハッキリ言って期待外れだった。

 彼は強い。確かに飛ぶことに関しては天才的だし、何よりその速さとチェイス能力と射撃精度は見事の一言だ。

 だが、それだけだ。彼は未熟なファイターでしかない。

 駆け引きに弱く、チームワークもない。機体の空力特性を理解して最良の選択をしているわけでもなければ、ただ機体に備えられているスペックのゴリ押しで飛んでいるだけ。つまり飛び方になんの工夫もない退屈な奴だということだ。

 比べる事自体がおかしいのかもしれないが、エルジアの戦闘機乗りの誰もが彼よりも機体の事を知っていたし、それを活かした飛び方をしていた。

『ただ飛ぶだけなら訓練を受けた者なら誰だってできる。そこから先、マニュアルから外れた自己の工夫を凝らした自分だけの飛び方をどれだけできるのか。相対する敵に押し付けられるのか。そこで戦闘機乗り(ファイター)の真の実力が発揮される』

 メビウス1の訓練兵時代の教官の教え。それは彼が、その教官が戦場で死んだ後も、メビウス1が英雄と称えられた後も心の中に残っているものだった。

 

「また会おう。未来のエースパイロット」

 

 兵装担架を動かし、長刀を持ち上げる。だが、主腕で持つことはない。ただ肩に置いた状態に、担いだ状態にするだけ。

 この世界の人間は頭が固い。そう常々思っていたメビウス1だったが、こと武装の扱いに関してはもっと柔軟な発想を持つべきだと考えていた。

 

 高度4m。戦闘機であれば、いや空を飛ぶものであれば文句なしの地上接触警報距離。だが戦術機であればどうだ? この機体においては、地上というのは動きを柔軟にする舞台にすぎない。

 匍匐飛行から一転、跳躍ユニットの逆噴射などを利用して機体を起き上がらせ、そして背中を地上へと向けるように姿勢変更する。するとどうなるだろうか。

 この機体の背中にある兵装担架には現在長刀が装備されており、更に言えば手に持ちやすいように肩で担いでいるような状態だ。そんな状態で機体の姿勢を180度近く変えれば、今機体から垂直に伸びている長刀がどうなるかなど考えるのは容易い。

 長刀は土の地面に深々と刺さり、衝撃で機体が若干上昇する。そのまま兵装担架を解放し、長刀をそこに置いたまま水平噴射によって背面飛行を継続。ゴースト4の機体の真上を通って離脱する。

 あまりにも突飛な行動に反応しきれなかったのだろう。ゴースト4はそのまま長刀に激突して撃墜判定を喰らっていた。訓練用長刀だから死亡してはないだろうが、その衝撃による身体的ダメージと精神的ダメージは大きい事は間違いない。

 無線越しに仲間達の驚きと喜びが混ざった歓声が上がり、思わず口元を歪めたメビウス1は、しかしその次の瞬間には再びその顔から笑みを消して残る二機を追う鬼と化した。

 

「これで10機だ。残りも平らげるとしよう」

 

 残った二機もキースのお墨付きだったから最後まで残したが、なるほど確かに優秀な人材だ。

 ゴースト4が天才だとすれば、彼ら二人は秀才とでも言うべき機動を行う。

 空戦の基本をしっかりと分かっている立ち回りに加え、教科書に乗っているものを適宜使い分け、必ず有利なポジションと状況を確保しようと心がけている。優秀だ。

 

(戦場で背中を預けたいと思えるタイプだ。ハズレがない)

 

 天才肌は確かに戦場に一人は欲しいものだ。そんな人物が戦局を左右しやすいのは目に見えているからだ。が、そういったタイプは二人もいらない。

 連携と援護は必ず必要なもので、庇い合う精神と助け合う心もまた必要だ。敢えて言うのなら、一人のエースを援護する仲間は必要なのだ。

 それをメビウス1は痛い程に知っている。同僚だったオメガ11もそうだ。度々撃墜される彼だが、ロックオンやミサイルの警報よりも大きい声でそれらを警告してくれたり、自身の危険を顧みずに良いサポートをしてくれた。彼はメビウス1にとって一番の相棒だった。

 ゴースト中隊はお世辞にも良い連携を取れているチームとは言い難い印象だったが、この二人のみに注目すればその限りでもない。お互いがお互いの死角をカバーし合っている。

 操縦桿を一際強く握ったメビウス1は二機を見つめ、左手に保持している突撃砲を投棄しながら短距離跳躍(ショートブースト)を繰り返し、カエルのように飛び跳ねながら接近していく。

 一機が上空で監視と援護射撃、もう一機が地上で向かいうつ形をとっている。

 試しに狙撃役の方に兵装担架の突撃砲で射撃してみたが、ばら撒くように撃ったものを全て回避している。おかえしとばかりに撃ち返されたものは、回避行動中にも関わらず正確だった。

 

「誤差はあの距離で2m……いい腕だ」

 

 ロングバレルタイプの突撃砲でも、ここまで狙える者はそう多くはいないだろう。そう素直に関心するメビウス1の耳に、今度はロックオン警報(アラート)が滑り込む。もう一機が跳躍で急接近してきたのだ。

 二時の方向から覆いかぶさるように接近してくるのを視認し、メビウス1も自機を左方向に水平跳躍させ回避。着地予想地点に向け、ゴースト7が射線を確保しているのをちらりと空を見上げる事で確認。空中にいる最中、跳躍ユニットの向きを変えて今度は垂直噴射して上昇。高度を取る。

 戦闘機にも不可能な驚異的上昇力を使って両機の上を取る。ナイフシースから短刀を左手に装備したのを確認して降下。同時に両者に向けて120mmを使った牽制射撃を忘れない。36mm弾と違って弾幕は張れないが、その分必ず避けたいという心理を働かせるのに有効な手段だ。

 地上から放たれる36mm弾の逆さ雨をバレルロールを応用した円を描くような動きで避け、お返しとばかりに右手の突撃砲を発砲、その場に釘付けにすると同時に左手に持った短刀を投擲し、その頭部に突き刺して撃破する。

 

「これで11機」

 

 最後の標的(ゴースト7)が放つ砲弾を何度か避けるも、その距離が縮まるごとにその精度は当たり前のように上がっていき、100mをきる時にはついにメビウス1でも避けるのが厳しくなっていた。

 そして、相手にとってはラストチャンス。という射撃は間違いなく、誰が見ても必中の距離、そして弾道だった。しかし

 

≪右腕突撃砲損傷、発砲不可≫

 

「左兵装担架の突撃砲もだ。一気に詰めるぞ」

 

 メビウス1はあろうことかその手に持つ武器で射撃を防いでいた。狙ってくる部位を読み切り、更にその発砲タイミングまでをも把握しているからできる技だった。

 二門の突撃砲をパージして機体重量が軽くなったF-15Eを駆るメビウス1は、真っ直ぐに同型機へと突っ込むように速度を上げ、その接近するまでの短い間に両手に装備した短刀を用いてゴースト7を押し倒すように撃破判定まで持って行った。

 HUDに表示された≪演習終了≫の文字と、CPや仲間達から伝えられる勝利の二文字、そして接近してくる二機のF-22EMDから繋がる無線から興奮した様子で話してくる二人の声に、メビウス1は破顔する。

 

 

 

 

《》

 

 

 

 

 ゴースト中隊のロッカールーム内は珍しく静かで、沈黙がその場を支配していた。

 いつも通りなら、演習終了時に決まって誰かしらがユウヤに絡む。が、今日ばかりは誰もがそのプライドや自信、そして誇りを失ったような顔で着替えをしていた。シャワールームでさえそんな雰囲気だった。

 仕方のない事ではあった。

 自分達は米陸軍のエリートであるテストパイロットに属する衛士であり、しかもそのテスト機の仮想敵を務めるアグレッサー部隊だという誇りがあった。実際、戦術機を駆る腕前は米軍の中でも高い方だという他人の評価の末に今ここにいるのだから、その自信というものは揺るぐことのないもののはずだった。

 

(キルスコアゼロ。俺は、F-22EMD(ラプター)への再戦どころかF-15E(ストライクイーグル)にすら勝てなかった。しかも、飛行時間がずっと少ない新人衛士に)

 

 十二対一という前代未聞の戦闘で、かすり傷一つ与える事ができなかった。それこそが、ゴースト中隊の今の状況を作り出していた。

 以前のようにF-22EMDによって引き起こさせたものなら、納得とはいかないまでもまだ我慢はできただろう。自分達もまたF-22EMDが生み出してきた数々の伝説の一つに過ぎなかったという説得を自分自身に行えただろう。

 だが実際はどうだ? 自分達が乗っているものと全く同じ、F-15Eに好きなようにやられただけ。

 まして長刀という米軍では珍しい武装で、自身が使う意図が不明だと思っていた武装で撃破されたユウヤの心情は、とてもじゃないが穏やかではなかった。

 そのためか、彼の周りにはどす黒いとでも言うべき異様なオーラが漂っており、それが演習内での独断行動を咎めようと考えていたレオンや、憂さ晴らしに絡んでおくかとジャケットの袖を捲っていた男を退散させた原因になったのは、皮肉としか言いようがない。

 いつもの妨害がない事も相まって、憂鬱な気分が充満するロッカールームから早々に脱走することに成功したユウヤは、PX内に常設されている自販機でいつもなら見向きもしないココアを買って、口の中が糖分で一杯になるのを感じながらも飲んでいた。

 そんな近寄りがたい男に接近する人影が一つ。

 

「よう、ユウヤ! 聞いたぜ。こっぴどくやられたんだってな」

 

 ヴィンセントだった。

 演習後の整備で忙しいんじゃないかと想像していたユウヤは、彼の登場に驚いて肩を叩かれた拍子にココアを吹き出した。危うくズボンに黒い染みができそうだったのを見て彼は「悪い悪い」と謝る。

 彼の用事は聞かなくてもわかっていた。おそらく出撃前の話の続きでも語りに来たのだろう。

 呼びかける時こそ演習の事を出してきたが、付き合いが長い彼はユウヤが嫌がる事を周囲の誰よりも分かっていたから、そのまま機嫌が悪くなるようなことを口に出さないのは知っていた。

 

「ほら、お前らが呼び出される前に話した噂。あれ、続きがあるって言ったろ?」

 

「ああ……そんなこと言ってたな。それがどうしたよ」

 

「実はなあ、その戦闘機のパイロットこそが今インフィニティーズにいるメビウス少尉じゃないかって話が持ち上がってんだよ」

 

「あいつが、メビウス、だって?」

 

 

 

 この一週間後、このグルームレイク基地から四名の衛士が転属し、新設された試験小隊として新たにカリフォルニア・エドワーズ基地に配属されることとなった。

 新設された試験小隊の試験項目はただ一つ。「既存の戦術機の限界性能の調査」だった。




次回から新章となります
性能実験部隊にでも入れさせなきゃ、メビウス1にエスコン並の自由な機体搭乗権が与えられないのじゃ

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