Muv-Luv Alternative shattered skies   作:vitman

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久しぶりの投稿なので初投稿です


Mission 2-1 第103特別試験小隊

 アメリカ合衆国カリフォルニア州エドワーズ基地。過去の大戦において空軍の基地だったそれは、BETA大戦に入ってからは三軍合同での戦術機評価試験場へとその姿を変えていた。

 ネバダのグルームレイク基地はあくまで陸軍が管理している基地であったが、ここは三軍合同基地であり、予算の奪い合いをする仲の彼らが珍しく共同作業を行う場として、アメリカ国内でもかなり異色かつ重要な基地であった。

 その中で最も狭く、隅の方にあるブリーフィングルーム内に四人。彼らはつい一日前に新設され、そしてこの基地に配属された部隊の四人である。

 席に座る者三名、そしてその正面にまるで教師のように立つ者一名。彼らの隊長が誰かは明らかだった。

 

「さて、自己紹介から始めようか。私はこの新設された第103特別試験小隊“オーカニエーバ”の隊長に任命されたメビウス・N・フィッツジェラルド特務中尉だ。皆も知っての通り、我が部隊は通常の試験小隊とは異なり新兵器の開発に携わる事はほぼないだろう。その代わりに既存の戦術機の性能調査が命じられている」

 

 性能調査。とは言ってもただカタログスペックを調べるだけのものではない。そんな情報はロールアウト時点でとっくの昔に知られていることだからだ。

 ここでいう“性能調査”というのは、機体の限界を試すというものだ。メーカーが出しているカタログスペックが出せるのは当然として、それ以上のものを引き出すことは可能なのか。そして、それを意図的に引き起こすことは可能なのか。それを調べるというのだ。

 実際、戦場において実際のカタログスペック上考えられる戦果以上のものを発揮したというパイロット達の戦闘記録は多々あり、有名なものでは、過去に第一世代機で幾度も光線吶喊を成功させた欧州戦線での第666戦術機中隊や、現欧州戦線でのツェルベルス大隊隊長のヴィルフリート・フォン・アイヒベルガー少佐、日本帝国軍の戦術機甲連隊の沙霧尚哉大尉などが挙げられる。

 彼ら“エース”と呼ばれる存在がその活躍を「機体の隠された性能を引き出した」のか、それとも「彼ら個人の技量だけでなした技の産物」なのか。その如何によっては、それらの機体が持つ性能を改良型を生み出すことで誰もが発揮できる可能性が生まれる。

 もし仮にその改良型が作れれば、今だに第一線で活躍するF-4や、最強の第二世代機であるF-15系統の更なる強化が行われ、高価な第三世代機が全面的に配備されるまでの隙を埋めることが可能になる。

 更には世界初の戦術機を作ったのがアメリカなだけに、新たに採取されるデータは米軍機がベースとなっている世界中の全ての機体に適用することが可能であり、ある意味では新機体の開発よりも重要な試験でもある。

 では、そんな試験がなぜここまで小さな規模で進められているかと言えば、そもそも機体の秘めている性能を引き出すことのできる言わば『常識外れ』な衛士が必要なためであり、そんな衛士はそうそういない事や、G弾ドクトリンがアメリカ国内では力を伸ばしているのもあり、大量の予算を駆りだすことが厳しいからだった。

 

「はっきり言おう。私は諸君らより戦術機に関する飛行時間及び訓練時間は短い。対BETAプログラムなんて、一分だってやったことなければ、戦術機ごとの特性すらまだよく分かっていない。せいぜいこの間搭乗したF-15Eくらいだ……まぁ、何が言いたいかというと、仲良くやろうということだ。おそらくそこそこ長い付き合いになるだろうからな」

 

 部屋の中の約二名が「よろしくお願いします中尉」と言い、それにメビウスが握手で返すのに対し、残りの一名はムスッとした顔をしたままだった。

 

 

 

 

《》

 

 

 

 

 オーカニエーバ隊の最初の試験項目は、第一世代機の調査だった。

 F-4(ファントム)F-5(フリーダムファイター)をはじめとするこれらは、BETA大戦初期に実戦配備されて以降世界中の様々な国で採用され、そして未だに退役をしていない立派な第一線級兵器だ。

 だが、第一世代機と第二世代機ではその設計思想が全く異なることや、機動性などの戦術機の核となる性能に天と地ほどの差がある事から、徐々にその戦場での地位を第二世代機へと譲っていった。が、第二世代機以降の機体が高価なのも事実。

 国家の存亡がかかっている状況だとしても、戦力の大半を未だ第一世代機に頼らざるを得ない戦線が多いのも、第二世代機が主力の国家においてもまだまだ生産がされているのもまた真実である。

 だからこそ幾度となく前線国家から第一世代機の更なる改修要請と計画は持ち上がってはいたのだが、米国内では第二世代機が主力となってしまったがために、第一世代機を改修するのに労力をかけるのを避けていたり、そもそもその改修機の試験を現在進行形で第三世代機開発をしているテストパイロット達にやらせるのもどうかという意見が議会内で多々あり、数年たっても改修はライセンス生産国家に任せきりというのが実態だった。

 

「これより過去の欧州戦線のデータを用いた対BETA想定演習を開始する」

 

 そこで新設されたこのオーカニエーバ隊の出番という訳で、改修の具体案の模索を軍から言い渡されたということだった。

 仕様の要求は二つ。それぞれ別の機体として提出して欲しいとのことだ。

 一つ目に前線国家に胸を張って売れるような、対BETA戦闘に特化した強化型。

 二つ目に現地にも少なからず存在するだろう精鋭衛士や、米軍内でも使用に耐えられる高性能型。

 特にさっさと提出して欲しいと言われたのは前者。最悪、後者は第二世代機を送りつければ済む話だからだろう。

 とはいえ、中々この条件を解消するのは難しいだろうというのはレオンの談で、なにせ隊長であるメビウスは対BETA戦闘のイロハすら知らないはずな上、自分達でさえF-4に乗るのは久しぶりだというのだ。

 しかし、その意見を聞いたメビウスは大笑いすると、「テストパイロットが腕利きじゃなきゃいけないこともないだろう」と言って、まずは情報を整理してみるべきという他の意見も聞かず、まずは一回試してみようと言って今に至るわけだ。

 

 わざわざ配備されたF-4は、米軍内では中々見ることのない装備まで一緒に送られてきたようで、メビウスの機体は特にユウヤ達米兵には初めて目に映るものだった。

 右手に持つ突撃砲の型が旧式なのはまだいいとして、その左手に持っていたのは重厚な盾のような形状をしている多目的追加装甲(シェルツェン)だった。反応装甲らしきものが貼りついているそれは、第二世代機に見慣れた彼らの目にはなおさら大きく映ったことだろう。更に右兵装担架には長刀──しかも日本製ではなく中華製のトップヘビー型のものが装備されている。こんな装備構成は見たことがなかった。

 ハンガーで見ている時から不思議でしかなかったソレらは、メビウスの機体以外には装備されていなかったが、しかし演習地点に到達した後も異質なナニカを放っているようにしか見えなかった。

 

「さて、本演習だが……俺の初めての対BETA演習でもある訳だ。至らぬ部分があればご教示願う。が、俺だってなにも勉強せずここにいるわけじゃない。東ドイツ軍の精鋭として名高かった第666戦術機中隊の映像データなどを参考に作戦は練ってきたつもりだ」

 

「東ドイツの……ですか?」

 

「ああ。今回は前線国家での運用が前提だと聞いてな。だから、そういった国での戦術機の運用として最も多かったものは何かってのを調べたんだ。そしたら、光線吶喊(レーザーヤークト)という答えがでかでかと出た訳だ……ということで、演習プログラム開始。プログラムY-8Bを起動してくれ」

 

 シャロンの困惑したような声に応えつつメビウスはCPに演習開始を告げる。CPの復唱と、その後の合図と共に周囲の景色が一変した。

 緑色の草花が生い茂る地面は焦げ茶色の地面に変化し、青々としていたはずの空は黒い雲が立ち込めていて、重金属雲と思われる()()も遠くに確認できる。おまけに視界は最悪で、白い雪が降っていた。

 後方には対空自走砲や戦車の群れが列をなし、その更に後方には塹壕まで掘ってある。耳をこらさなくても嫌というほど聞こえてくる砲声は、遥か後方の砲兵・ロケット砲部隊だ。きっとAL(アンチレーザー)弾を撃っているのだろう。

 見る人が見れば一瞬でこの光景がいつのどこを示しているのか理解できるだろう。

 絶望的な陣地と、辺り一面に吹く雪の嵐。そして遥か彼方から上る土煙。それは間違いなく1970年代後半から1980年代前半にかけての対BETA最前線の一つ、東ドイツの光景だった。

 ユウヤはもう一度メビウスの機体をじっと目を凝らして確認し、そして理解した。これはF-4ではないと。メビウスが乗っているのはアメリカが作ったF-4(ファントム)ではなく、ライセンス生産品をソ連が改良したMiG-21(バラライカ)だった。肩部装甲や頭部ワイヤーカッター、跳躍ユニットの形状。一つ一つは小さな変化だが、しっかり見れば確かに分かる違いだ。

 

「傾注!! ──我がオーカニエーバ隊は、これより光線吶喊を敢行する。重金属雲の影響で、通信が不確かになることが予想されるが、楔壱型(アローヘッドワン)を維持し突入する」

 

「ちょっと待ってくれ! たった四機で光線吶喊をやるってのかよ!」

 

 いきなり雰囲気をも変えて話を始めたメビウスに、困惑した様子でユウヤは問うが、それに対する返答はなかった。

 代わりに返ってきたのは、ユウヤとレオンは強襲掃討(ガン・スイーパー)を担当し、シャロンは打撃支援(ラッシュ・ガード)を担当しろという指示だけだった。

 不満を口に出さないように必死にこらえつつ、一応の上官であり隊長でもあるメビウスの指示に従い、隊形を構築しながら水平噴射を用いて地に這いずるように移動を開始する。

 数分と経たないうちにCPとの通信が途絶し、訓練と分かっていても少し困惑したが、ユウヤを襲ったのは土煙と共に姿を見せたBETAの数の衝撃だった。

 

「BETAの数が多い!? おい、データがバグってんじゃないのか?」

 

「目の前の奴らだけでも、数にして……おおよそ1万5千はいるわね」

 

「1万!? そんなにか!」

 

「落ち着け。別に全てを殲滅しろってワケじゃない。俺たちの目標は遥か彼方にいるだろう光線級の排除、それだけだ。それに、この程度の数は欧州戦線の連中は毎朝拝んでるだろうよ」

 

 サラリと言ってのけたメビウスに、小隊の全員が目を丸くした。彼ら全員が、本当にこの男は対BETA戦闘が初めてなのかという疑問を持ったからだった。

 米軍では演習だとしてもこの数のBETAを相手にする事はない。だとすれば、メビウスは一体どういった神経でこの光景を見ているのか。

 それを聞く前に、前方に見える突撃(デストロイヤー)級を視認したことで、全員の頭の中のスイッチが切り替わった。比較的嫌悪感を催さない見た目のソレは、しかし戦術機にとっての脅威としては十分以上のものだった。

 

「メビウス1より各機へ。120mmにHESHを装填せよ。俺の合図で前方の突撃級の足元に一斉射撃だ。いいな? ……よし、射撃!」

 

 小隊各機から放たれた全ての120mm弾は事前の指示通り直接突撃級の脚に命中し、それだけで彼らが絶命することはなかった。が、そのHESH(粘着榴弾)という弾種の特性は、むしろそれによって最大の効力を発揮することとなる。

 BETAは生きている個体を踏みつけたりして進むことはないが、絶命したものに対してはいっそ薄情なほどに興味を示さない。光線級がFF(フレンドリーファイア)をするという報告が一切ない一方で、小型種の死体を要塞(フォート)級が踏み潰しつつ前進する光景がよく見られることからもこれは明らかだ。

 この習性を利用することが対BETA戦術の要であり、今回の射撃もまたその一つだ。

 120mmHESH弾は、突撃級の脚部を吹き飛ばすほどの火力はあるし、小型種の群れに一発放つだけでもかなり有効な打撃にはなるが、その真価はBETA群の進行遅延において発揮される。

 脚が吹き飛んで移動不能になった突撃級は、その場に居座ったままだが、戦車(タンク)級などの小型種はともかく要撃(グラップラー)級を代表とする大型種や後続の突撃級は通る事ができなくなる。人間なら邪魔な味方を蹴落としてでも進むかもしれないが、ことBETAはそういった部分においては人間よりも優しい。

 つまり、こうすることでBETAの渋滞を引き起こし、戦術機の脅威となり得る大型種を迂回させて交戦を避ける事が可能なのだ。

 

「よし、120mm弾倉をキャニスター弾に変更しておけ。これより連続短距離跳躍による敵BETA群の突破を行い、一気に光線級の予測分布範囲まで距離を詰める」

 

 サブアームによる装填作業を見つつ、倒れた突撃級の隙間から湧き出てくる戦車級を間引きながらメビウスは指示を出す。

 連続跳躍は機体と衛士への負担、消費する燃料、光線級による被弾リスクなどが高い一方で、地上のBETAの大半を相手にしなくても良いためリターンも相当に大きい。

 事実、このハイリスクハイリターンの戦法を行える部隊かそうでないかで、欧州戦線での生還率は大きく異なる。

 

「全機──跳躍!!」

 

 突撃級の頭上スレスレを掠めるような高度。まるで安全というものを考慮していないような動きは、しかし彼ら四人にとっては当たり前のようなものである。普段から曲芸飛行のようなものをしているのだから、特別な動きが必要ないのなら朝飯前である。

 そんな余裕とも呼べる表情を浮かべる彼らのコックピット内に、共通する一つの警報音が鳴り響く。それはある種の生理的、本能的恐怖を駆り立てるものであり、さながら死を宣告する死神の笑い声のようだ。

 コード991。通称レーザー警報。人類から空を奪い去ったBETAからの最後通牒は、やけに耳に刺さり、煩い。

 

「各機、着地予想地点にキャニスター弾を放て! 蓮の葉を渡る蛙が如く移動するんだ」

 

「言われなくても!」

 

「随分と日本染みた言い回しをするんですね」

 

 下方への強制噴射による強烈な、しかし心地の良いGを感じつつ右手のトリガーを二回引く。

 散弾の雨がシャワーのように降り注ぎ、その場にいた戦車級が穴だらけの死骸と化す。残った運の良いものは、追い打ちとばかりに浴びせられる36mm砲弾にバラバラにされるか、それともなければ着地してきた時に木っ端微塵だ。

 足元のBETAが一掃されるかされないかのうちに着地したメビウスのMiG-21は、どれだけBETAが残っているのかを確認することなく再びの跳躍へと入る。彼が見ている数字は残弾表示だけのようだった。

 

メビウス3(ユウヤ・ブリッジス)、遅れている。俺のケツに付けないようならすぐに撃破判定が出るぞ」

 

「くっ、了解!」

 

 いや、正しくは残弾表示とレーダーに映る小隊員を示すナンバーの二つだけのようだ。

 それにしても、と食いつくように隊長機(メビウス1)の後ろにくっつくように進むレオンは感心とも疑心ともとれる息をこぼす。

 彼は対BETA演習は初めてだと言っていたが、それにしては各個体に対する対処が完璧すぎる。

 戦闘技術が高いのは嫌というほど体験させられたが、対人と対BETAでは戦術も、必要な能力も、判断も、その他諸々を含めて様々なものが異なる。

 いくら過去のデータを漁って勉強したと言っても、まさか現地に行ったわけでもあるまい。にしては指示の出し方から動き一つ一つまで、その全てに無駄がないように思えた。

 地を蹴って跳躍し、右手と左兵装担架の突撃砲を扱って蹴散らし、空いた場所に着地して数瞬の後にはもうそこにはいない。もはや作業だ。

 

(彼は一体何者なんだ)

 

「メビウス1より各機へ。積乱雲がもう頭上だ。そろそろ目的地に着くようだ」

 

 その心の呟きは、メビウスからの新たな通達によってかき消される。既に接敵から13分を超えており、そろそろ着かなければ帰りの燃料と精神を気にしないといけないところだ。

 カエルのように飛び回るこの動きは、BETAとの交戦を最低限にできるとはいえ、かなりシビアな操縦技術を求められる操作ばかりであり、これがF-15なら楽だっただろうに、F-4でやるとなると中々に精神が削られる作業だ。

 

「見えた! 光線級を確認した。数およそ40!」

 

 基本的にBETAの中でも個体数の少ない光線級。ここまで大規模の攻勢でも50もいないのは僥倖と言わざるを得ないだろう。

 だが、光線級の始末はここからが本番だ。今までは遮蔽物代わりのBETAの大群があったが、ここから先は光線級に近すぎるせいで直接地上から焼かれる危険性がある。

 素早く、大胆に、それでいて周囲のBETAに狩られないように丁寧に仕上げる必要がある。

 数がとにかく多い戦車級をユウヤとレオンの二機が蹴散らし、空いた穴に突っ込んだメビウスが要撃級を集中的に狩る。後方支援の役割を持つシャロンは、彼らの死角に入ってくるBETAを的確に射撃することで彼らの背中を守る。

 彼らの連携は素晴らしいものだ。四機のうち三機が元々同じ部隊だったというのは大きいだろうが、それにしても第一世代機四機での突撃とは思えないキルペースを保っている。

 とはいえ、BETAの物量はそれこそ無限とも思えるほどのもので、今は素早く斬り込んでいるから蹴散らすだけで良いとはいえ、時間をかければかけるほどに横と後ろのBETAが囲みにかかってくる。これ以上引き延ばすのは危険。それだけは確かだ。

 

 左兵装担架と右手。その両方の突撃砲を器用に指切り点射しながら、左手に持つ分厚い多目的追加装甲(シェルツェン)の先端に装着されているクローで要撃級の胴を切り裂いていくメビウスは、視界の端に映る作戦経過時間を見つめ、小さく誰にも聞かれないように舌打ちする。

 彼が想定していたよりも格段に遅れていたのだった。近接戦を織り交ぜている自分は残弾数にまだ余裕があるが、小隊員が同じとは限らない。いや、ほぼ確実に弾薬の半数を既に使っているだろう。

 残弾には余裕はあったが、彼とて燃料が心もとなくなっているのは確か。早期決着はこの小隊が生き残ることに必要不可欠になっている。

 

「メビウス1から各機へ。そろそろ食べ放題は飽きた頃だろう? デザートビュッフェとしよう。俺が先に頂くからお前らは後から食いにこい」

 

『了解』

 

 要撃級に刺していた多目的追加装甲を手に持ち直し、短距離跳躍で雪原を突進する。

 先ほどと異なり、今度はメビウス自身で着地ポイントのBETAを掃討することはせず、そのまま次々に跳躍を行い光線級との距離を詰めていく。その間の迎撃の殆どは他の三人が行ってくれている。メビウスが撃つのは、彼らが撃ち漏らした上で自分にとって邪魔な個体だけだ。

 必要最小限の動作と射撃のお陰で、十秒とかからずに緑の体色が特徴的な悪魔の目の前まで到達した。

 左背部の突撃砲で後方百八十度をカバーしつつ、前方の光線級を蹴散らしていく。後続もすぐさま駆け付け、光線級及びそれの守備隊全てがたった三十秒で全滅した。

 

『なんとも短い制限時間でしたね。隊長殿』

 

「いや、まだだ。帰るまでが遠足と教わらなかったか?」

 

『はっ! すみません隊長殿』

 

 緊張を解いた声のレオンに対し、メビウスはこのシミュレーションの終了がまだだと告げて気を引き締め直す。

 欧州戦線での光線吶喊実行部隊の死者のうち、約七割は帰還途中によるものだ。弾薬と燃料がどれだけ持つかというところだろう。

 

「各機、残弾はどれくらいだ」

 

『こちらメビウス2、残弾は1400と36mmマガジンが残り3、120mmは装填されているものが全てで3発』

 

『こっちは120mmは使いきったが、36mmはまだ予備マガジン含めて4つある』

 

『支援突撃砲の残弾約1200、兵装担架の突撃砲はまだ余裕があります。予備の方も両方1つづつ』

 

 どの機体も思ったよりも弾薬の心配はなさそうだった。が、だからといって帰るのに足りるかといえば怪しいところだ。

 120mm弾の欠如は思わぬところに響いてくることも多いし、強行突破する際の打撃不足の一因になりかねない。36mmの残弾に余裕があるうちに小型種に取りつかれないような移動をすべきだ。

 この訓練のシチュエーションの関係上、光線級を撃破してからきっかり五分後に航空機と砲兵大隊による面制圧が行われる。それまでにBETA群を突破し、砲撃地帯を抜け出さないとBETA共々戦場の染みになってしまう。そうならないためにも早く移動する必要がある。

 

「よし、隊列を鎚壱型(ハンマーヘッド・ワン)に変更。俺を殿にして後退を開始。燃料を極力使わず、弾薬を惜しむことなく使っていけ」

 

 結局、弾薬のあるうちに短距離跳躍を繰り返して後退するという、なんとも代わり映えのしない光景になった。が、むしろこれでいいのだ。ギリギリを攻めるような状況になるより、このように安定した状況になるほうがずっといい。

 三機に追従するように、少し間を開けて跳躍して移動するメビウスは、自覚すらないまま脳裏のあの空の光景を映す。

 どこまでも青い自由な空を飛ぶ、あの幼い自分が憧れた飛行機が飛ぶ空を。

 シミュレーションの中の灰色の空とは比べることすらおこがましい、あの思い出の中の空を。

 自分が憧れたあの戦闘機を怖がっていた、あの少女は今ごろどうしているだろうか。

 

『隊長! 3時の方角より振動音!』

 

「振動だって? ……突撃級(デストロイヤー)か!」

 

 BETAに隊列というものは存在しない。彼らは物量に任せて突撃するだけで、作戦などというものは欠片ほども考えていない。が、彼らはその歩行速度によって自動的に陣形のようなものが構成されていく。

 最も速度の速い突撃級が先鋒になり、歩行速度の遅い光線級や要塞級は後方に。

 基本はこれだが、稀に混戦になったりすると陣形が乱れて速度関係なしにBETAが混じっていることがある。

 今回の場合は、最初に自分達でおこした突撃級の渋滞が後を引いていると考えるべきだろう。

 

「迎撃は……いや、ダメだ。それは飲み込まれる。全機、5秒後に長距離飛行を開始する」

 

『飛行だって? 安全地帯まで燃料が持つのか?』

 

「だからできるだけ軽くしろ」

 

 そう言うや否や、即座にメビウスは増加装甲と突撃砲を躊躇なく投棄し、予備弾薬すらも捨て去った。残ったのは長刀と短刀のみだ。

 一瞬躊躇ったレオンとシャロンも、隊長が実行しているのを見て主兵装の突撃砲を一門だけ所持して他は投棄した。迎撃に考えが傾いていたユウヤも跳躍開始直前には機体を軽くしていた。

 

「さあ、全機離陸(テイクオフ)だ!」

 

 跳躍ユニットのロケットエンジンが一瞬吹かされたと同時に機体の高度が上昇、小型種が飛びついてこない高度になると同時に安定させ、ジェットエンジンに切り替え、長距離飛行へ移行する。

 高度40m。その数字は、戦闘機乗りのメビウスからしてみれば低い高度で、まだ空と呼べない高さではあったが、戦術機乗りである三人からすれば高高度だ。対人戦ならよく使う高度なのに違いないが、対BETA戦想定の時にこの高度を維持して飛ぶことはそうそうない。

 光線級を自分達で撃破したから飛べるその空から見える光景は、データによる産物だとしても地獄そのものといって差し支えないものだった。

 無数のBETAが跋扈し、一直線に防衛陣地へと殺到する様はまさしく恐怖そのものだ。

 戦術機に乗れているのは幸運なことなのだ。最悪の状況に陥る前に逃げれる足がある。だが、歩兵や戦車はそうはいかない。航空機だって、もし味方の戦術機が光線吶喊に失敗しているか、一体でも撃ち漏らしていたらひとたまりもない。

 

「覚えておくことだ。この光景は、過去にこの世界で本当に起こっていたものだということを。そして、今この瞬間にも同じ光景が世界のどこかで起こっているということを」

 

 アメリカ大陸は世界でも数少ないBETAが上陸に成功していない大陸の一つだ。だからこそ、前線を軽く見ている節がある。それは政治家も市民も、そして兵士にも共通することだ。

 

『隊長はなぜ戦うんです?』

 

 誰かが聞いた。

 それは全員が思ったことだっただろうし、全員が聞いたのかもしれない。

 ただ一言、彼は答えた。

 

「この世界の人に空を見て欲しい」

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