カルネ村襲撃後
村人たちは困っていた。村を襲ってきた謎の騎士たちは殲滅されたが、それを行った謎の黒い戦士は家屋にもたれかかったまま座り込み、動かないのである。周りから喧噪が聞こえなくなっていることから、この人物が一人で皆倒してしまったと思われた。たった一人で、30人はいた騎士を打ち負かすとは尋常ならざる強者だと理解がおよぶと、誰もが話しかけるのを躊躇った。激しい戦闘後なので、休息しているのだろうかと遠巻きに伺っていると、広場の外からザリザリと何かを引きずるような音が近づいてきた。身構えてそちらを見ると、これまた黒い戦士が向こうからやってきた。今度の戦士は遠目からでも随分立派な装備をしているように見えた。それに背にした剣の大きさに目を見張る。1振りの巨剣ともいえる大きさだ。村を襲った騎士たちは白い甲冑を着ていて、それを倒した戦士は黒い甲冑。もしやこの戦士たちは仲間?と二人を見比べていると、声がかかった。
「まずは安心してください!村を襲ってきた者どもはもういません。それより怪我人を運んできました。誰か手当をしてください!」
見ると背後で戸板を引きずっており、近づいてみれば女の子が二人乗っている。大きい子はうつ伏せになっていて、その上に小さい子が乗り何やら押さえている。
「ああ!エモットさんの娘さんたちだ!こんなに血が出て!早く手当を!」
大人たちがワラワラとやってきて、戸板を引き継ぎそのまま何人かで引いていく。最初に近づいた中年の男が、何人かに指示をしているさまをみて、モモンガはこの男が村のまとめ役か何かだとあたりを付けた。
「私はこの村の村長です。この度は村を救っていただき、ありがとうございます」
深々と頭を下げる村長に礼儀を感じ、モモンガも社会人としてそれを返す。
「初めまして、私は旅の戦士モモン。先に来た戦士も私の仲間で、名はサイラスといいます。随分被害が出てしまったようです。助けが間に合わず、申し訳ない」
モモンガも深く頭を下げた。別に本人はオシリスに引っ張られる形で急遽やってきたが、これも飛び込み営業の変形型だと思えば、この機会からなんとか利益を上げようと営業マン魂に火が付いたので、全力で相手に寄り添う構えだ。村長が「とんでもありません。助けていただけなければ村は全滅云々」と言えば、モモンガも「いえいえ云々」と、数回ラリーを繰り返し、会社時代のリズムが戻ってきてにわかにエンジンが温まってきたのを感じる。
(さて、周辺の生き物のレベルに関しては知見が深まってきているが、肝心の地理経済についてがまだまだだ。この村長にどれほどの学識があるかは分らんが、搾れるだけ絞るとしよう)
悪徳金融マンのような考えを腹に納めつつ、村長にはこの辺りに着いたばかりで周辺に明るくない旨を伝え、ひとまず情報と今夜の宿の交渉をするべく話の席に誘った。すると後ろにオシリスが来ていた。
「モモ、話し合いは任せる。俺は死体を並べておく」
それだけ言うとさっさと騎士の死体を集めて並べ始めた。オシリスの性格からして、用があるのは死体ではなく装備品のほうだと思われた。モンスターのスペックより装備品のスペックに多大な関心を寄せるタイプなので、自分と同じかそれ以上の情報を集めてくれるに違いない。それと進んで汚れ仕事に向かう姿勢は、社会人の鏡である。俺も情報収集を頑張らねば!と心に火がともる。
「なるほど、大体確認ができた。ありがとう村長殿」
ここがリ・エスティーゼ王国領だと分かり、隣接してバハルス帝国、法国があることがわかった。襲撃してきた騎士はバハルス帝国兵だと思われることも。
(成り行きで事件に首を突っ込んだが、案外いい線をいってるかもしれないな。帝国か法国の兵かは偽装部隊の可能性が捨てきれないから判断しかねる。だが、死人に口なし、どちらにしろ王国に引き渡せば感謝はされるだろう。どちらからの襲撃かは王国が判断したらいい、その過程で3国間の力関係も見えてこよう。まずは近くの城塞都市にパイプを作れれば良しとしようか。何せ領民を窮地から救ったのだ。金銭と顔を売ることができるな)
出だしは上々、と村長と家を出ると、オシリスがこちらに来るところだった。死体はもう並べ終えたらしい。
「何かの一団がこちらに向かっている。所属はわからん」
村長がそんな、と絶句しているとオシリスがモモンガに耳打ちした。
「王国兵で間違いないそうだ。一人だけ突出した人物がいる」
ニグレドが探知魔法をかけたのだろう。問題なく調べられたということは、探知阻害まで手が回るような一団ではないということだ。ならばたかが知れている。遠くに見える土煙に目をやる。
「乗りかかった船です。族の一団だとしても二人で追い返しましょう。王国の部隊であったら村長にも対応していただきたい」
肩をポンポンと叩くとかなり震えているようだった。あんなことの後では無理もない。
小高い丘を越えたあたりから一団の姿は視認できた。装備の質が帝国騎士らしき襲撃者たちより劣って見える。さて、どっちなのかわかりかねる状況になった。
「モモ、あれは野盗に見えるぜ。装備が貧相だし、統一性もない。あれが国軍なのか?雇われた傭兵なら納得できるが、どうする?」
「やはりそうですか。いつでも攻撃できるようにしてください。まずは話し合ってみます」
村長が二人の声を聞き、おどおどしている。報告によると王国兵らしいが何で判断したんだろうか。
じっくり観察していると集団が広場まで入ってきた。3人の前に来る頃には馬の歩速はかなりゆっくりとしたものになっていた。向こうもどうやら緊張しているらしかった。こちらを凝視して先頭の数騎が広がっているのは、こちらを半包囲したいからだろう。村長を二人の屈強な戦士が挟んでいる様子は確かに人質を取っているようにも見られかねない。話し合いに余裕を持たせるために、まあ半包囲くらい甘んじて受けようと待ち受ける。
すると先頭の突出した雰囲気を醸し出す一人が寄ってきた。
「私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ!この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士たちを討伐するために王のご命令を受け、村々を回っているものである!」
村長がおお、と知ったような様子なので小声で知っているかと問えば、聞いたことはあるが見たことはないと返事が返ってきた。交渉材料にできそうなので、心に留めておく。こちらのひそひそ話を一応待ってくれている様子から、犯罪を犯そうとしてくる者ではないとあたりを付けた。
「そこの者は村長か?その二人は何者か?説明を請う!」
村長が緊張しながらも村が襲われたこと、戦士の助けによって殲滅できたことを話すと、戦士長はおお!と感じ入った様子で馬を降り近づいてきた。モモンガは交渉開始だと気合を入れて、村長を守るように前に出た。
「止まれ。私は貴様を信じていない。本当に王の命令によって派遣されているなら書類の一つでも持っていよう。まずはそれを見せてみろ」
戦士長がむっと表情を変えた。しかし意外にもすぐに表情は元に戻った。それよりも後ろの部下たちの表情が険悪だ。かなりの悪感情が見て取れる。
(部下に敬われてはいるようだ。自尊心に凝り固まった居丈高な人物ではないか。話はしやすそうだな)
これは失礼、と腰の筒から丸まった書面を取り出すと恭しくこちらに掲げた。
(分かってはいたが、読めん!)
舐められてはいかんと、半身ほど近づいて読んだふりをする。村長も押し出して読ませる。
とりあえず読めるようで、徴税官が村に来た時このような書面を見たことがあるそうだ。
「いかがかな。これで証明できたであろう」
「いいや、まだだ」
「何!?」
まだ情報が欲しい、交渉開始だ。
「書面の偽造など、少し伝手があればできよう。王国戦士長を名乗るなら実力を見せてもらおう」
私が欲しいのは戦闘力のデータだ。
戦士長も流石に侮辱ととったか表情が歪む。待ってましたと進み出るオシリス。
モモンガはその肩をガシッと捕まえた。
「なんだ?俺の出番だろ?」
「いや、あなたさっき暴れたでしょ。次は私の番だ」
「そんなやつだっけ?」
「サイラス、あなたは私に貸しを作ってますよね?」
顔の見えない兜越しでも雰囲気が伝わるほどニッコリと怒気を孕んだ笑顔を向けると、思い当たった様子で仕方ないと下がった。
「さぁ戦士長殿、私と手合わせ願おう」
「待っていただきたい!私は村を救っていただいた二人に敬意を示そう。信じていただけないのなら部下たちを村から遠ざける!」
「ダメだ。騎兵に散られては二人だけで村を守ることは困難極まる。部下に人質を取らせる気か?すぐさま数の力を行使するとは、なかなか手馴れているではないか。そのやり口でいくつも戦果をあげたのかな?」
「そんなつもりは毛頭ない!」
村長は目の前の一団を野盗の類とみてすくみ上がり、一団の部下たちは侮辱に怒っている。板挟みになった戦士長なる男はこちらの要求を呑むほかこの状況を変えられないだろう。
返答は一つしか欲しくはない。ゆっくりと背にした大剣を
その鉄塊ともいえる巨剣を片腕で、体勢も揺らがず上げきる膂力に戦士長も警戒心を一気に引き上げた。
「断れる段階ではないぞ、戦士長。あくまで手合わせだ。殺し合いではない」
まるでこれからお前を殺す、と言っているような脅迫めいた意思確認。
漆黒の美しい全身鎧に身を包む戦士は、巨剣を大上段にいつでも始めるという構えをとった。
(もはや避けられぬか)
戦士長も剣を引き抜く。実力に合わせて肉厚なバスタードソードであるが、目の前の全身鎧と巨剣の前にはどう見ても貧相で、これではどちらが戦士長という高い役職なのかわからないと、自身を自嘲気味に笑った。目の前の戦士は慎重で責任感がある、本来なら好感の持てる人物だと評するだろう。あくまで村に被害が及ばぬよう、身を挺してこの身の何たるかを確かめようというのだ。気高い精神なくして為せない尊き行いである。それに比べて自分はどうか?役職に任せて言うことを聞かせようとしたのではないか?襲撃を受けた者たちへの配慮が足りず、人に信頼される人徳もなかったのではないか。ガゼフはにわかに目頭が熱くなる。せめて部下たちにもっとまともな装備があれば、自身に王家の威信を示せる装備があれば、愚劣な貴族どもを黙らせるほどの実力があれば。全身に力が入る。せめて王国戦士長の何たるかをこの気高き戦士に示し、彼から尊敬を勝ち取りたい。
ガゼフは剣を正眼に構える。王の威信を示すため、正道を行くものであると示すため。
構えをとった両者の間にサイラスが小石を放った。落ちた瞬間が開始の合図だ。
小石の放物線を目の端で捉え、相手を正面で見据える。巨剣を大上段で構え、ブレ一つない身のこなしは自身に勝る身体能力を伺わせた。また、戦士長という強者を前に落ち着き払った態度をとれる精神力。相当の手練れであり、そこから放たれる巨剣の一撃は確固たる自信を感じさせる。
(受けるのはダメだ、流すこともできないだろう。躱し、後の先をとる!)
コッ!
!!
《流水加速》!
ズンッ!と地響きを伴う重い音が響き渡った。
巨剣が半分以上地面に突き刺さり、ガゼフが寸でのところで身を躱していた。
巨剣はゆっくりと、降りぬかれたであろう軌跡を戻るように引き抜かれた。追撃はない。
(死んだと思った)
ガゼフの素直な感想であり、本能的に武技を発動してなお死を回避できたかは運任せで、もはや死んだと思い、次の動作ができずに硬直してしまった。予想を遥かに上回る、背筋が凍るほどの必殺の一撃。とても手合わせで繰り出される類の一撃ではない。本当の殺し合い以外の何物でもない。
目の前で引き抜かれた剣の動きを思ってもやはり尋常ではない。引っ張って抜くのではなく、振り上げるように弧を描いて元の位置に戻したのだ。地面に半分近く埋まった巨剣を、ぶれることなく。
ガゼフの背に冷や汗が伝う。この度の王命を受ける際、数多の貴族たちからの妨害があり、装備も人員も足りない状況での出立を余儀なくされた。任務の失敗を王派閥の追及の材料にしようという意図は透けて見えたが、さすがにこの身を殺すほどではないと高をくくっていた。しかし、準備はなされたようだ。この戦士をもって王国戦士長を本気で殺す気だ。いったいこれほどの戦士が王国のどこにいたというのか。これほどの立派な鎧をあつらえるほどの入念な計画に、明確な殺意を感じ、そして王手がかけられているこの状況に戦慄によって肌が粟立つ。
(そこまでか!そこまでして俺を殺したいのか!!俺が一体どんな悪事を働いたというのか!!??)
吐きたいほどに腹の底から怒りが湧いてくる。剣を構えなおしたところで、また小石が放られた。相手もこの機を逃すつもりはないらしい。手合わせに背を向ければ、取り返しがつかないほどの追及を受けるだろう。王家への侮辱として死罪も免れまい。
ガゼフはギリリと剣を握る。
(活路は前にしかない!死中に活を求めよ!!)
かつての師範の言葉を腹に呑み込み、覚悟を決める。
《能力向上》《能力超向上》《即応反射》
コッ!
《流水加速》!
十分に武技を発動し、命を賭して前に出る。これは手合わせではない。決闘である。
必殺の打ち込みをギリギリで躱し、後の先を叩き込む。
《斬撃》!
戦士の肩口めがけて、渾身の一撃を放ち、
(何!?)
戦士は巨剣から手を放し、ガゼフの腕を絡めとる。
「「あああ!!!」」
戦士団から悲鳴のような声が上がり、ガゼフは一本背負いの要領で地面に叩きつけられた。
《不落要塞》!
ギリギリ間に合った武技により、叩きつけをなんとか耐える。そこからは予想通り、締め技が襲ってくる。
「なんのぉ!」
戦士団副長はガゼフ戦士長の戦いをこんなに肝を冷やしながら見たことはなかった。漆黒の戦士の一撃はガゼフの渾身の一撃に伍するものだ。しかし戦士長といえどあの大きさの剣を持って同じことはできないだろうということは、これまでの付き合いから予想できる。その身体能力は戦士長を上回る。そして今、見事に投げ技が決まり、今度は寝技の応酬となった。男二人が組んずほぐれつ、上に下にと転げまわり、一般人が見たら滑稽にも映るドタバタ劇が繰り広げられている。副長は叩き込まれている。戦場の戦いを。泥にまみれて転げまわり、組み敷いた相手に短剣を、無ければ石を、それも無ければ拳を打ち込む戦いを。
副長の目に両者の実力は、力では漆黒の戦士が上、技術では戦士長が上に見えた。
(相手は明らかに慣れていない!力に任せて訓練が詰めていないんだ。戦士長の経験が勝れば勝機はある!)
そこから息を吞んで立ち尽くし、両者のもつれ合う音だけが響き渡る時間が続いた。
「ふんぬぅぅ!!」
「くうぅおおぉぉ!!」
両者凄まじいスタミナで技の応酬が続いたが、しかしついに決着の時が訪れた。
パンパンパン
「・・・参った」
ドシャリ、とガゼフが締め技を解いた。ほとんど息ができなかったであろう、ゼェゼェと息を切らし、それでも踏ん張って四つん這いまで身を起こす。
漆黒の戦士は大地に大の字に倒れ伏していた。
「「うおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!!!」」
戦士団から歓声が沸き起こった。駆け寄る戦士団から守るようにオシリスはモモンガを引き起こした。
「どうだった。楽しそうだったじゃねぇか」
「くそ!くそぉ!もうちょっとで勝てたのに!掴みかけてたんだ!もう少し!くそ!」
モモンガは柄になく熱くなっていた。この日までのトレーニングを思い出して、地獄のトレーニングを。
時を遡って5日前、第6階層で情報収集の計画を立て終わったところで、モモンガはオシリスに言われたのだ。トレーニングをしろと。
闘技場に連れられ、軽装にさせられて始めたのは、セバス、ユリ、ソリュシャン相手の殴り合い、投げ合い、締めあいだった。
争い事とは無縁な社会人生活を送っていた鈴木悟にとって殴られる、投げられる、組み敷かれるなどは全くの門外漢だった。だがアンデッドの身は便利なもので、さして恐怖は感じず、慣れ始めると何でこうなるのか、こうしたらこう返す、と楽しい遊びのように取り組めた。何より、相手と触れ合うのは
だが翌日から鈴木悟にとっての地獄が始まった。情報収集の報告待ちの間はたっぷりトレーニング時間をとる予定だったが、朝から闘技場にはアルベドしかいなかった。それもピチピチムチムチのレスリングウェアのようなものを纏って。とても直視できないような煩悩を刺激しすぎるその出で立ちは、爛々と妖しく輝く眼光によってより本能に直接訴えた。喰われる、と。
え?いや?マジ?と見ないようにしていると、パシャリと背に何かがかけられた。
体を包む黒いもや。もぞもぞと変化する体。手も見てゾッとした。アルベドをチラッと見て戦慄した。体が肉を纏っているのだ。骨の身ではなくなっていた。
後ろを見るとオシリスが立っていた。機械の顔なのに心の底からぶん殴りたくなるような意地悪い笑みを湛えていた。
オシリスは小瓶を振りながら説明した。
「タブの部屋。錬金術。2時間の種族変化。ヴァンパイア。作り放題」
それだけ言うとまたしてもさっさと立ち去った。しっかりやれよ、と手を振って。
気づいたら地面に組み伏せられていた。大蛇のように滑り、タコのように密着されて、恐らくナザリック最強の重戦士とのマンツーマンレッスンが始まったのだ。
「モモンガ様!トレーニングはこのアルベドにお任せください!!手取り足取り、最高の時間をお約束いたしますわ!!!」
「待つのだ!アルベド!!お前だけがトレーニングの相手ではないのだ!!落ち着け!!」
言葉は全て塞がれた。口元は大抵アルベドの体が密着していたのだ。恍惚とした表情で怒涛の寝技レッスンという名の欲望の渦に放り込まれ、2時間経てばまた錬金液をかけられ、レッスンがぶっ続けで終わらないのだ。結局5日間、文字通りミッチリと技をかけられた。4日目からはシャルティアが血涙を流してそばで見ていたらしいが、それすら覚えていなかった。曰く、最初は近い体格の奴とやれというオシリスからの差し金だった。
トレーニングの完了後はアンデッドの身なのにふらつきながらアルベドから逃げた。明らかに準備完了してます!!というオーラを感じたからだ。一体ナニの準備なのやら。己の中の鈴木悟が音を上げていた。
これがモモンガがガゼフに対して打ち合いではなく、寝技に持ち込んだ理由だ。剣のトレーニングはまだで、寝技ばっかりだったし、悔しいくらいに体系的に基礎から中級、上級と習熟度に合わせて、反復練習を叩き込まれており、たった5日の期間だが自分でも自信を持てるほど寝技に関して学んだのだ。唯一の思いがけない落とし穴があったとしたら、組み合った相手が汗臭いおっさんであったことだ。今まで至上の美といえるほどの女性とばかり組んでいたせいで、汚いおっさんに嫌悪感を抱かずにいられなく、どうも仕掛けに行けなかったのだ。
オシリスは何を思っているのか満足げにしているし、はっきり言って掌の上で転がされているようで腹が立つ。
(それにしてもなんということだ。あれだけ訓練を積んだのに勝てないとは。筋力では勝っていたのに活かせなかった。それだけ奥が深い世界というわけか。それでオシリスさんはトレーニングを優先させたのか?)
オシリスに目をやれば、ガゼフや戦士団を注意深く観察している。ギルドメンバーからは戦闘狂のふざけている奴だと思われがちだが、個々人から聞いてみれば評価は必ずしもそうではなかった。
武御雷や二式炎雷からは近接の立ち回り、不意打ちも手馴れていると評され、それは立ち回り巧者の茶釜さんやベルリバーさんからも支持を得るほどだ。遠距離戦もペロロンチーノさんやガーネットさんと一緒に動けるほど造詣が深い。モモンガの評価としては周りをよく見ている人、というものだ。この人からは社会人としての立ち居振る舞いが感じられた。
(さりげなく自分の側に巻き込むのも社会人スキルの一つ。うまく引き込まれたのかもしれんが)
視線の先では戦士長を部下たちが労い、褒め称えている。その瞳には尊敬と憧れ、仲間の絆のようなものが見て取れた。
(仲間か・・・。いいものだな。いや、それは奴らだけのものではない。戻ったらまた特訓だ。友の残してくれた子たちと一緒に、次こそ勝利を掴むんだ!)
一人闘志を燃やしていると、息を整えたガゼフがやってきた。
「どうだろうか戦士殿。私のことを信じてもらえただろうか?」
ガゼフの瞳には先ほどとは違った輝きが見えるように感じた。尊敬、喜び。
(それに、これは友情だろうか)
後ろに並ぶ部下たちにも同じような輝きがある気がする。
(友人・・・。友人か。そういえばギルドメンバーでさえ、顔も知らない人がいるんだ。こうして目の前にいるこの人たちは。)
友人を作ってみるのも悪くはないのかもしれない。そう思うと自然と兜をとり、右手が前に出ていた。
おお、とどよめきが起こる。
「ご挨拶がおくれました非礼、お詫びさせてください。私は旅の戦士モモン。どうぞよろしくお願いします。ガゼフ戦士長殿」
ガゼフも驚いたようだ。まさか自分と同じ黒髪、南方の雰囲気を感じさせる顔立ちに自分より若いかもしれないという意外さ。だがそのことに親近感を抱いたようで、より暑苦しい表情になった。
「こちらこそ!」
ガシッと交わされる握手。沸き上がる男たちの歓声。今まで経験したことのないむさくるしい空気だったが、嫌悪感などは感じなかった。
「こちらも紹介しましょう。旅の友のサイラスです」
紹介しようと目を向けると隣にはおらず、戦士団の数人がある方向を指さしている。いつのまにか近くの屋根に登って遠くを見ている。
「団体さんのお出ましだ。おそらく
戦士団から熱い視線が注がれ、思わず頷いてしまった。
「ウオオオォォォォーーー!!!」
裂帛の雄叫びが上がった。やってやろうぜ!という団結の雄叫び。もはや仲間扱いだ。
(くっ・・・。つい流されてしまったではないか。相手の戦力も不明なのに)
情報もなく勢いに流されての決断など愚の骨頂だ。ギルドマスターとして許されることではない。
だが、それでも、気分は悪くなかった。
鈴木悟はちょっと控えめだが、一緒に雄叫びを上げた。