火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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15.深みの聖堂

 億劫(おっくう)になっても、自分の首を狙ってくる刃はかわす。側面に回りこもうとすると、もう片方の手に持っている半透明の盾が迫ってきた。

 

(おい、ノミ)

『どうした』

(何か面白いことでも言えよ。俺を退屈させるな)

 

 盾から黒い靄が噴き出すが、それをものともせずに振るわれた拳が、相手を簡単に吹き飛ばしていく。

 武装した亡者、ダークレイス達は、警戒するように下がった。

 

『うーんと、じゃあ、しりとりでもしようぜ』

(いいぞ)

『さいふ』

(ふとん)

『…』

(…)

『終わっちまったじゃねえか』

(は? 俺が、なんで、お前如きに付き合ってやらなきゃいけないんだ?)

『糞野郎にもほどがあんだろ…』

 

 真ん中の一体に向かって跳躍し、剣ごと蹴りで体を貫いた。鎧に食い込んだ足を抜こうとしている間に、残った二体のダークレイスが同時に斬ってくる。

 それを両手で受け止めて、刃を握り、ぶち折った。向かって左はひじ打ちで顔面を砕き、残ったもう一方は、すぐさま背後に回ってから、背中に手を突っ込んで内臓を引きずり出した。

 

(バックスタブ~)

『相変わらず凄い力だ』

(こいつらも雑魚だし。集団で向かってこようとするのがいい証拠ですわ)

 

 最初に殴り飛ばしたダークレイスの手から落ちた、太い刃の片手剣をしげしげと見つめる。その柄を掴んで拾おうとすると、神経に直接響くような痛みが走った。

 

(おぐっ、これも駄目かよ。ダークソードは使ってみたかったんだけどなあ)

『いちいちそんなことばっかしてるから、ここに来るまでにアホみたいな時間がかかったんだろ』

 

 不死街を抜け、生贄の道を走り、清拭(せいふ)の小教会に至るまで六日経っていた。火守女の瞳を取り戻すという目的を持っていた貴樹だが、ダークソウルの世界を自由に探検できる機会を貰って、浮かれないわけがない。

 途中で遭遇した敵をちゃんと観察してから、一体一体倒していった。特に不死街の塔の地下にいた、イルシ―ルの外征騎士はそれなりに時間をかけた。倒して手に入るイルシ―ルの直剣も拾えなかったので、腹いせに粉々に砕くことになったが。

 とはいえ、それだけが時間のかかった理由ではない。彼の体感では、ゲームであった時よりも、この世界は数倍ほど広くなっている。記憶にない道や、操作の関係上行けなかったルートも選べるので、あまり考えずに進むと、予想以上に日数がかかるのだ。

 気になるのは、教会へ向かう途中で絶対に出会うはずのボス、結晶の古老がいなかったことだった。ファランの城壁にいたはずのダークレイスがかなり広い範囲を動き回っていることを考えても、やはり、敵の配置についての知識は意味をなさないようだ。

 教会内に入ると、貴樹は誰もいない空間の中で立ち往生した。

 

(ゲ―ル爺もいねえな。アリアンデル絵画世界にも、絶対に行きたいんだが)

 

 篝火もない、どこか物足りない光景を見てから、左の方にある大扉に向かった。手で軽く押してもびくともしない。固く施錠されている。

 だが、扉自体を壊してしまえば、何の問題もなかった。貴樹としては、深みの聖堂に正面から向かうつもりは全くない。この扉の先はショートカットになっており、聖堂内につながっている。これで道中の障害を大きく減らすことができる。

 こうして、聖堂への侵入に成功した。

 

『瞳の場所は、わかってるのか』

(主教の部屋だろう。ロイスが守ってるらしいからな。そいつをぶっ殺して持ち帰ればいいだけよ)

『勝てんのかよ』

(余裕余裕)

 

 内部の構造自体は既に把握しているため、進むのは容易かった。主教に侵入を気づかれると面倒なので、徘徊している聖職者や騎士を静かに処理していく。聖堂の騎士はその身丈に匹敵するほどの大きさである長方形の盾を構えていて、攻め手に苦労した記憶があった。が、今の彼だと力押しで十分だ。防御ごと粉砕できる。

 やがて、大きな広間に出た。床の一部が黒い泥に覆われていて、その中を腐れナメクジが蠢いている。周りの壁には、蛆虫が巨大化し手足の付いたといった姿の生き物が張り付いていた。

 そして何よりも目を引くのが、両端に配置された二体の巨人だ。足を鎖でつながれ、さらされた肌も所々が傷ついている。今は微動だにせず、どうやら眠っているようだった。

 深みの主教達の居場所は、この広間を渡った先にある。今すぐに向かってもよかったが、動く人影が目に入り、彼は足を止めた。

 横にある階段を上り、さらに進んだ所に、妙な鎧を着た人物がいた。兜もまるで、玉葱のような形になっている。

 貴樹はその人に気づかれないようにゆっくりと近づいていき、偶然を装って声をかけた。

 

「ジ―クバルドさん、何してるんですか」

 

 ものすごい勢いで振り返り、男は剣に手をかけたまま貴樹を見た。

 

「ん? おお、タカキではないか。なに、敵状視察だ。こういった潜入も、太陽の戦士で担うことが多いんだよ。貴公こそ、どうしてこのような場所へ?」

「探し物です。どうやら主教の部屋にあるらしくて」

 

 難しそうに、腕を組んだ。

 

「ウーム。手伝ってやりたいのは山々だが。こちらも今、困っていることがあってな」

「何ですか?」 

 

 貴樹が言うと、ちょうど反対側の場所に指を差した。

 

「あそこへ渡りたいのだが、手段がないのだ。この仕掛けを作動させることも考えたのだが、罠の可能性もある。どうしたらいいものか」

 

 近くにあるレバーを動かせば、向こうへ行くための道が出来上がる。それは確かなことだ。だが、口で説明はせずにあえてこう言った。

 

「僕がやってみましょう。ある程度の危険は仕方がないですよ。まずかったら、すぐに逃げればいいだけの話です」

「なるほど。それもそうだな。では、お願いするとしよう」

 

 貴樹は前に出て、レバ―に近付くと、屈んだ。用心するように観察した後、取っ手の部分に両手をかける。

 

『おい、タカキ』

 

 ノミの警告を聞くまでもなく、既に彼は動いていた。瞬時に後ろへ向き直ると、肩を叩き斬ろうとしていた大剣を弾き返した。怯んだ相手の懐に潜り込み、籠手を掴んで前に投げ飛ばした。

 カタリナの鎧を着た男は初め何が何だかわからない様子だったが、己の窮地に敏感に反応し、何とか着地には成功する。

 

「くっそ。てめえ、何しやがる」

 

 兜を投げ捨て、出てきた顔はジ―クバルドとは別人だ。

 

「殺そうとしてきたら、やり返すだろ」

「滅茶苦茶だ。くそが、どうしてばれた。この間抜けな姿をしてれば、誰だって油断するだろう」

 

 パッチというのが、この男の名である。荒廃した世界ではよくいる、自分の生存を第一に考えて行動する人間だ。ジ―クバルドの真似ははっきり言って完璧だったが、展開を知っている貴樹にとっては茶番でしかない。記念すべき一週目で騙された時から、このキャラクターだけは次に見つけたら即殺す対象にしていた。つまり、

 

『クズってわけだな』

(俺はこういう、人を騙したり、不利益を被らせるような野郎が大嫌いだ。見ているだけで吐きそうになる)

『あ、うん』

 

 自分のことを棚に上げて他人を批判しているクズには言われたくないものである。鏡を見るたびに嘔吐しなくてはいけないとは、なかなか困難な人生だ。

 鎖が擦り合う、耳障りな音が鳴った。見れば二体の巨人が立ちあがっている。

 

(やっべ。ノリでやったけど、後のことを考えてなかった。あいつを囮にでもすっか)

 

 そんな貴樹の思惑もしっかりと伝わったのだろう。パッチはだみ声で色々と汚い言葉を並べ始めた。

 

「糞め! 俺を見捨てるつもりか。はっ、何が灰の英雄様だ。俺以下の畜生だな。てめえなんか泥にまみれて死に腐りやがれ!」

(はいはい。勝手に死んでてね)

 

 まともに相手をする気すらせずに、貴樹は巨人を避けるようにして進み始めた。幸いにもパッチがみっともなく騒いでくれたおかげで、敵の注意は全て逸らされている。主教達にも騒ぎは伝わっただろうが、逃げられる前に追いつけばいいだけの話だった。

 ここで、一つの事実を失念していることに彼は気がつかない。聖堂の上層部を本拠地とする、ある集団の存在を。

 

「止まるがいい」

 

 気がつけば、眼前にまで巨大なソウルの奔流が迫っていた。顔の前にとっさに両腕を出したが、その勢いの強さに押され、吹き飛ばされてしまった。

 広間の床に、落下する。受け身を取ったものの、その必要がないことに遅れながら気がついた。これくらいの距離なら、頭から落ちても大丈夫だ。身体の強化は著しい。

 

「ヒヒヒヒ、ざまあみろ、てめえも道連れ、だ…」

 

 パッチもまた同じ方向を見て、顔を青くした。丸見えの頭皮から冷や汗が流れ、一歩二歩と後ずさる。

 

 貴樹に攻撃した者は、常軌を逸した格好をしていた。その被り物は黄色い布が幾重にも巻かれ、上に高く伸びた茸のような形を取っている。ちょうど顔のあるあたりには二つの小さな穴があいていて、そこから静かな瞳が覗いていた。

 

「侵入者は二人か。一人は、見た顔だな」

 

 そして話しているのが、その横に居る男だ。黒のハットをかぶり、顔は演劇にもでも使うような仮面で覆われている。

 

「やべえ、やべえ…。くそ、暗室の奴らに見つかっちまった」

 

 前者が、黄色指のヘイゼル。

 後者が、薬指のレオナ―ル。

 どちらも、ロザリアの五本指と称される集団のメンバーである。生まれ変わりを是とする考え方で、火継ぎという世界共通の使命に囚われることを嫌っている者達。立場だけで言えば、今のところ確かに、敵と言えるかもしれない。

 

『八割を切った。もう食らわないようにしろよ』

(痛いな。あの魔術には警戒しねえと)

 

 あれだけで、耐久値が十三%以上も削られてしまった。

 押さえるようにしても、動揺は大きい。レオナ―ルはゲームでは祭祀場にいて、イベントを進めなければ敵対することはない。そしてヘイゼルはというと、そもそも生きた姿で登場はしていないのだ。白霊という、サポートキャラで戦いは目にしたことがあるとはいえ、どんな手を使ってくるかは予想できない。 

 レオナ―ルが、不快そうにパッチを見下した。

 

「盗人。またお前か。許可もなく侵入を繰り返す」

 

 パッチは両手を擦り合わせて、はいつくばるように頭を下げた。

 

「へへ、へ、私のような者は毎日生きるだけでも大事でございまして。物資を得ることは最低限必要なことなんですよ。貴方がたが気にするような存在ではありません。どうかお目こぼしを」

「火継ぎの祭祀場に寄生している分際でよく言う。小者でも、敵側の小者だ。潰しておくのに、躊躇う理由はないだろう」

 

 追いつめられたパッチは、隣にいる下着だけの変態を指差した。

 

「わ、私めがここに来たのは、この見るからに怪しい者の動向を探るためでございます。見逃してくださるのなら、こいつを差し出しましょう。これでも灰の一人です。意味は大いにありますとも」

 

 レオナ―ルが、今度は貴樹の方を向いた。

 

「ふむ。お前、何の用でここに来た? 服でも欲しいのか」

 

 いくらでも、選択肢はある。 

 しかし力押しでこの場に居る全員を殺そうとしても、そうなる前に鎖につながれている巨人が解放されるだろう。主教も現れるかもしれない。ヘイゼルの魔術にも気をつけなければならないことも考えると、無駄な消耗を強いられることは確実だった。

 一度問答無用で襲われはしたが、冷静になろうと彼は努めた。

 

「欲しいものがここにあると思い、やって来ました」

「それは何だ」

 

 正直に言うことにする。

 

「火守女の瞳です。深みの主教が守っているらしいので、どうにか突破したいんですが」

 

 予想外の答えだったらしく、レオナ―ルは顎に手をやった。

 

「これは、珍しいものを求める。一体何に使うつもりだ?」

「持ち主に返すだけですよ」

 

 可笑しそうに、目を細める。

 

「ほう。物好きな奴だな」

(どこが? その幼稚な頭じゃ、ひもりんの愛らしさを理解できないのもわかるけどよ。そういう脳足りん共は全員死ねばいいと思うぜ)

 

 おおよそ、火守女のこの世界における扱いは理解していた。彼には全く納得できないことではある。

 

「ですから、貴方達と戦うつもりはありません。目的の物を得られたら、すぐにでもここから出ていきます」

 

 レオナ―ルは半分も聞かないうちに鞘に納めている剣を抜いていた。その先を貴樹へと向けてくる。

 

「そうか。ではお前が神食らいを下した奴だな。わが主より抹殺の命令が出ている。死んでもらおうか」

(ち、結局こいつらもエルドリッチとつながってんのか)

 

 誠意を持って話したのが仇になったようだ。この二人に関しては、特に思い入れがあるというわけでもない。倒しても、問題はなかった。

 

「れお、なるぅうううぅ」

 

 レオナ―ルが前に出ようとすると、ヘイゼルがそれを止めた。

 

「何だ」

 

 あ―だの、う―だの言葉以前の何かを発してから、ヘイゼルは首を振った。まるでまとわりつく何かを振り払うようなしぐさだ。

 

「まじゅつが、きいていない。あのおとこには、なにか、か、とくしゅ。じゅつが、かかってる、る」

「そうだな。用心しよう。仮定するならば、目には見えぬ魔力防護といったところか。なに、物量で圧倒してしまえば、限界は訪れる」

 

 その言葉で、がこん、と大きく鎖が外れる音がした。貴樹の予想通り、巨人たちが解き放たれる。目を両方とも潰されているようで、がむしゃらに真っすぐ中央に向かって突進してきた。

 

『どうする』

(いけそうな気もする。でも慎重が一番だ。できればもう少し聖堂を探検してみたかったけど、この場は逃げて、さっさと瞳を回収するにかぎるな)

 

 目の前の壁を飛び越え、回廊に入ろうとすると、パッチがしがみついてきているのに気がついた。

 

「おい、おい俺を見捨てる気か? お前が巻き込んでるんだぞ。助けろよ!」

(離れろこのハゲ。誰が野郎の命なんて拾うか)

 

 腕力で無理矢理引き離すこともできるが、パッチの着ている鎧の事に考えが及んだ。

 

「その鎧は一体、どこで手に入れたんだ?」

「な、何でこんな時に」

「答えろ。ジ―クさんから盗んだのか?」

「そんなこと、しねえよ。やるわけねえだろ。複製だ」

 

 心配は無用だったらしい。

 

(じゃあ、いいな。こいつは死んでもいいや)

 

 自分が見捨てられようとしていることに勘付いたのか、パッチは耳元で何度も叫んでくる。取るに足らない人間の戯言だと切り捨てるのは簡単だったか、その中に火守女を侮辱する内容が含まれていたので、一気に頭へ血が昇った。

 

 本気の力で、パッチの体を投げ飛ばす。それで死んでくれればよかった。しかし、そこに悪運が作用したのか、飛んでいった先は巨人でもレオナ―ル達の方でもなく、真上の天井だった。さらにそれすらもぶち破り、パッチは外へと消えていった。

 

(おお、人間ホームランって気持ちいいいい)

 

 爽快な気分に浸っている場合ではない。巨人の足が迫ってきたので、貴樹は瞬時に回廊へと駆け登った。そして振るわれる強大な拳もかわして、主教の部屋がある方向へと走る。

 その行き先を、低く笑いながらレオナ―ルが立ち塞がる。

 

「なるほど。魔術だけではなく、身体能力にも秀でているようだ。だが」

(いや邪魔なんで)

 

 何やらさらに言葉が続きそうだったレオナ―ルを、横へ殴り飛ばす。反応はできていたようで、剣で受け止めてはいたものの、その刃は砕け散っている。力の全てを殺しきれず、下へと落ちていった。

 

「、なる」

 

 ヘイゼルがソウルの太矢を発現させ、貴樹へと疾走させる。日本に居た頃の彼だったら何もできずに食らっていた程の速さだ。銃弾にも匹敵する。しかし、実際は全ての矢を掴んで、真っ二つに握りつぶしていた。

 

「ありえ、」

 

 顔の中で唯一さらされている二つの目が驚愕で開かれる。接近してくる彼に気がつき、我に返って巨大なソウルの盾を顕現させた。それを素早く、何層にも重ねていく。

 

(俺の知らない魔術を使ってんじゃねえよ。盾盾盾ってチキンかおめえは。きのこめ)

 

 ただ無心に、全力で頭から突っ込んでいった。おそらくグンダの攻撃でさえ半日は持つような防壁が、紙きれのように破壊されていく。その常識はずれな光景に動けないまま、ヘイゼルは吹き飛ばされて、巨人の頭に激突した。

 普段、こき使われている恨みが出たのだろうか。もはや巨人たちは貴樹を狙うことはなく、新たに落ちてきたレオナ―ルとヘイゼルに執心している。彼らもその対応で意識を割かれているようだ。今が機会だと、貴樹は大広間を走り抜けていった。

 主教達の部屋の前には、大きな祭壇がある。本来は、そこへ行くのに大きく回り道をしなければならないのだが、プレイヤーとしての制限を受けていない今は、そびえる段差をよじ登る選択肢もある。

 祭壇へと続く道に顔を出した途端、炎が飛んできた。すぐさま横に転がる。顔を上げて正面を見ると、歓迎の準備が既に万端なことを理解した。

 

(うわ、めんどくせえ)

 

 聖堂の騎士が前を固めている中、その後ろに深みの聖職者たちが並んでいる。中心に居る、最も立派な装飾がなされた僧衣の男が、憎々しげに睨んできた。

 

「現れましたね、卑しい灰。よくもエルドリッチ様を。貴様の五体を引き裂いて、その臓物の全てを捧げるとしましょう」

「僕としては、ただある物を取りに来ただけなんですけど」

 

 主教、ロイスは薄く笑う。そして、懐から透明な容器を取り出した。

 

「これのことですね」

 

 中は液体で満たされていて、二つの丸い物体が漂っている。遠めだとそれ以上はわからなかったが、火守女の瞳で間違いないようだった。

 

「渡すわけにはいきません。そもそも、求める意味すらないではありませんか。ここで捕えられ、死ぬ運命が待っていますよ」

 

 その言葉を合図として、大剣を持った騎士たちが迫ってくる。貴樹は拳に手をかぶせ、ぽきぽきと指を鳴らす。苛々が抑えきれないように顔をひきつらせた。

 

(どいつもこいつも…。人の邪魔ばかり。わかるか、なあ。もう七日だ。七日も、ひもりんに会ってない。日本にいる時でさえコレクションした画像を眺めることができたってのに、今はそれすらないんだぞ。正直溜まりまくってんだこっちはよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! 早くひもりんを視姦してええんだああああああああああああああゴミ共がああああああああ消えてなくれえええええええええええええ)

『寄り道しまくったのはお前だろ』

 

 気持ち悪い心の叫びが、彼から慎重さを奪った。

 風を切って振るわれる大剣を体で受け止め、騎士の強靭な体を蹴り飛ばす。他の前衛達も、その首をもぎ取り、防護されている腹に大穴をあけたりと、遠慮のない攻撃で蹴散らしていった。向かって来られる側からすると、恐ろしい光景だ。

 

「防壁を張りなさい!」

 

 その迫力に気圧された様子のロイスは、周りに命令する。それから、自身は杖を掲げ、黒い霧を出し始めた。すぐ側に居る側近らしき大柄の聖職者たちが、同じ行動をする。半円状にできた魔術の盾の中に、霧が充満した。

 既に騎士を全員倒していた貴樹は、真っすぐその中に突っ込んでいく。マクダネルも似たようなことをしていた。呪死の結界というやつだろう。

 一殴りで防壁の一部に穴をあけ、両手を突っ込み強引に押し広げた。霧の中に入ったが、特にこれといって症状はない。効いていないと判断して、呪術の炎を放とうとしている聖職者たちをなぎ倒していった。防御は騎士よりも甘い。接近されては、貴樹に対して数秒も持たなかった。

 

(だいたいよお、俺の目的を邪魔する時点で、何様のつもりだ。てめえらみたいな雑魚共は俺という至高の存在に無条件降伏するのが当たり前だろうが。おらああああ、立ってんじゃねえぞおおおおおおおおひざまづけやああああああああああ)

 

 飛んできた炎を掴み、近くの手ごろな顔に押し付ける。その聖職者はのたうちまわり、全身を痙攣(けいれん)させた後、消滅した。自分達の呪術で殺されるのも、可哀そうだ。彼らのしてきたことを考えると、むしろ当然の報いだとも言える。

 呪死が効かなく、さらには手駒がほとんど倒された今、ロイスは進退極まっていた。

 

「な、何だ貴様は。なぜ、平然としていられる。この化け」

 

 続く言葉は、肉が潰れた音にかき消される。勢いよく吹き飛んだ聖職者の体がぶつかってきて、そのまま祭壇の方に全身を打ちつける。

 

「やば、」

 

 焦ったように、貴樹が寄っていく。直前まで火守女の瞳を持っていたのがこの男なのだ。今ので壊れてしまったら、目も当てられない。

 動けない様子のロイスの首を掴み、引っ張り上げた。

 

「瞳を渡せ。ん? ってか奪えばいいだけだな」

 

 気色の悪い男の懐をまさぐるのに気が進まない思いで、手を突っ込む。瞳の入った容器はすぐに出てきた。意外に丈夫らしく、割れている所もない。

 

「化物、め…」

 

 ロイスは圧倒的存在を前にしても、闘志を絶やしていなかった。貴樹の知ったことではないが、主教達は、エルドリッチにかなりの忠誠を抱いているようだ。

 

(こいつも、不死身なんだろうな。後々面倒になってきそうだ。ここで、そのからくりを聞き出す必要があるか)

「フフ、ここで敗北しようとも、いつか必ず我らは貴様を葬り去りましょう」

『お、おい、タカキ』

(んだよ)

『悠長にすんな! 残り火の耐久値がゴリゴリ削られてんぞっ! やばいって』

(それを早く言えやああああああああああ)

「憶えておきなさい。これが我らの力の全てだと、おも」

 

 ロイスの顔が握り潰される。と、同時に漂っていた呪いの霧が晴れていった。

 祭壇の周辺は、欠けた椅子の破片などが散らばっている。血のあちこちに飛び、凄惨な光景ではあるが、死体が全て消えている所はまだよかった。ソウルは全て、貴樹の中へと集まってくる。

 

(一体どういうことだよ)

『あの呪死結界は、ちゃんとお前にも効いていたってことだ。耐久値は三割を下回った』

(はあああああああ? あれだけの時間で? もう三十%しか?)

 

 ならば、常人ではおそらく触れただけですぐに正気を失い、死んでいただろう。その中でまともに動けていたのが、残り火の常識から外れた力をさらに強く印象付ける。しかし貴樹からすると、聖堂の攻略でここまで消耗したのは、完全に想定外だった。

 

(くそ、これからはもっと慎重に行動しなきゃいけないな。残りの三割で、最終目的達成まで状態を維持したい)

『そこまで?』

(俺の予感では、次に残り火状態の終わった時が一番の正念場だ。どうなるにせよ、あらゆる危険が高まる)

『わざとダメージを受けてから、一週間祭祀場の中にこもってればいいじゃないか』

(負け犬の思考だな。後手になんか回るわけねえだろ。この俺が)

 

 大きな物音に振り返れば、巨人が呻いて、頭を押さえている。ヘイゼルだろうか、そこへさらにソウルの矢が何本も刺さっている。

 

(頃合いだ。もう交戦は控える。さっさとおさらばだ)

『どこから外に出るんだ?』

(馬鹿正直に出口を目指す必要はない。適当に壁をぶっ壊してここから離れる)

 

 火守女の瞳が入った容器を大事そうに抱えて、貴樹は走り出した。

 

 

 なんとも乱暴に聖堂から出た彼は、そこから少しも休まずに帰路を急いだ。行きとは違う。一刻も早く火守女の元へ戻りたい彼は、途中で会う敵も無視して進み続けた。

 そのおかげか、生贄の道の中ほどまで、二日で到達することができた。

 ここで、剣戟の音を耳にした彼は、足を止めた。ちょうどこの辺りは城塞になっていて、ダークレイスを一体見かけた記憶がある。あまり強そうではない個体だったので、相手にする気にもならずに通り抜けのだ。

 

「し、縛った。やった!」

 

 近づいてみると、紺のローブをきた女子が叫んだ。高原の声だ。その周りに居る者達も全員、彼の生徒のようだった。ダークレイスに対して、六人で挑んでいる様子。皆は一様に、酷く消耗している様子だ。下田と芳野は端の方でへたり込んでいる。

 ダークレイスは盾を持っている方の腕と、胴体が縄で括りつけられていた。それでも、国広と草野は攻めきれずにいるようだ。

 

「分身が、突っ込むから、お願い!」

 

 久慈が二人いる。かと思えば、片方が何の工夫もなく突進していき、ダークレイスの剣で貫かれていた。そしてすぐに消えていく。本人ではないということか。囮が作り出した隙に乗じて、草野がダークレイスの腕を斬り飛ばした。これで、盾はもう使えなくなる。

 

「皆、頑張れ。もう少しだ」

 

 追い詰められているのを悟ったのか、ダークレイスが急に暴れ出す。欠損した腕の根元から黒い霧を大量に出して、相手を近づけないように張り巡らした。警戒して動けない国広達は、しばらくその場にとどまっていた。

 遠くからでも攻撃できる手段は残されていないようだ。魔術や呪術を使える者は疲弊している。今の状況に至るまでに、相当な時間戦闘をしていたらしかった。

 

「仕方ない」

 

 国広が目の前の空間を指で触れる。すると、彼の手元に黒い何かが出現した。良く見てみれば、拳銃の形をしている。それを構えると、息を止めてから、引き金を引いた。

 銃声が響いた瞬間、貴樹は顔をしかめる。

 ダークレイスの頭に穴が空き、前のめりに全身が倒れていった。霧も晴れ、その体が消滅していく。その事実を呑みこむような間があってから、最初に草野が叫んだ。皮切りにして、歓喜が他の者にも伝染していく。

 

『すげ―喜んでるな』

(興醒めだわ。何だあれ。世界観に合わない物出しやがって)

『お前以外の灰には、いろんな能力が与えられているみたいだな』

(カスに何を上乗せてもカスだよ。雑魚に勝って調子に乗る雑魚とか、滑稽でしかないわ。さすが凡人共、予想を一切超えてこない)

 

 しかし、多少面倒になったことは否めない。前に、生徒達を食べ物を自在に出しているのも見たことがある。もしそれが万物を創造できる力ならば、敵対した時に障害となり得るだろう。

 

(こっちの不死身に関しても、対策を考える必要があるな。いくら潰しても湧いてくる虫とか、俺の純情な心に悪影響与えること間違いなし)

 

 どの口が言っているのかは置いておき、貴樹はもう興味も失くして、城塞から離れた。意識は既に火守女にしか向いていない。彼女の反応を考えるだけで、来た道を戻る面倒さを忘れることができた。

 さらに一日半ほどかけて、祭祀場にまで戻ってきた。

 幸い生徒達の姿はない。外か、地下の修練場にいるのだろう。

 

「その手にあるのは、彼女の瞳か」

 

 石の玉座から、ルドレスが言ってきた。

 貴樹が透明な容器を前に出すと、少し身じろぎをする。

 

「本当に、聖堂に行ってきたのか。深みの主教がそれをさせなかっただろうに」

「殺しました。また蘇るとは思いますが」  

 

 瞳の方から、貴樹自身へと視線が移る。

 

「灰達は、皆それぞれの目的があるということは理解している。だが、君だけはどうにも掴めない。一体それを、何のために使うつもりだ?」

(またこの質問か。当たり前のことすらわざわざ確かめようとしてくる輩ばっかだな)

『それだけ、火守女に構う奴が珍しいんだろ』

(見る目のない奴しかいないな)

 

 呆れる思いを隠して、事実をそのまま述べるように淡々と彼は言った。

 

「実際に目で見て、互いに感情を共有することが、どれだけ素晴らしいかわかりますか?」

「何の話だ?」

「彼女はきっと、今のままでも不自由を感じないんでしょう。これ以上の人生はないと、満足している可能性もあります。でも、僕はそのことがもどかしくてならない。もっと幸せに生きる価値があるのに、受け止められない彼女の境遇が。初めの一歩として、彼女には視覚を取り戻してほしいと考え、行動したまでです」

「その思いの源泉がわからない。出会って間もない相手に、奉仕する思いが向けられるのか」

「愛に時間は関係ないって言葉がありますよ。大事な人の幸福を願うのが、そんなにおかしいですか」

 

 ルドレスは、思いがけない言葉を聞いたように口を閉じた。

 

「愛ときたか…」

 

 宙をしばらく見つめた後、その顔には笑みが浮かんでいた。

 

「私は、止めはしない。己の声に従わないのは、自らを蔑ろにするようなものだ。だが、あまり火守女をいじめてやるな。彼女も火継ぎの使命に囚われた一人だ、自分ではどうしようもできないことが、たくさんあるだろう」

「僕が支えます」

「その言葉、憶えておくよ。きっと、どんな者にも、味方は必要なのだろう」

 

 まるで貴樹を憐れんでいるようにも聞こえた。それに対して何かを言い返すという気はない。そもそも、ここで会話をしていること自体が、時間の無駄だからだ。軽く会釈をしてから、貴樹はその場から離れた。

 ルドレスは目を閉じて、玉座に背を預ける。

 

 

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