火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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承:薪の王達
19.貴樹 対 火継ぎ肯定派


「追いなさい。ただし、接触しても不用意な戦闘は行わないように。説得を試みながら、指定の場所まで誘導してください。無理だけはしないで」

 

 ヨルシカの指示を受け、ミレーヌ率いる狼血の騎士達が動き出した。彼女はその後ろ姿を最後まで見送ってから、額を押さえる。苦しそうに口を引き結んで、その場に座りこんだ。

 

「だ、大丈夫ですか」

 

 ちょうど近くにいた下田が、慌てて近寄り、奇跡を使う。

 

「ごめんなさいね。さすがに、疲れました。こんな事になるとは」

 

 今でも、信じられなかった。貴樹が火守女と誓約を結んだ時になっても、まだ冗談か何かだと思っていた。彼女を庇うということは、薪が全て集まらないということだ。それはつまり、自分や生徒達が日本に帰ることを拒絶することにつながる。

 

「あの、馬鹿…」

 

 実織が、唇を噛んだ。誰だって、認めるのは難しいだろう。自分達は、裏切られたということなのだから。よりにもよって、あの先生に。

 

「皆さん、よく聞いてください」

 

 ヨルシカが、決意のこもった口調で言う。

 

「絶対に、彼を止めなければいけません。今すぐに。私達は、持てる全ての力を使う必要があります。彼の力に関して、情報があるのならこの場で言ってください」

 

 初めに発言したのは、グンダだった。 

 

「膂力は化物じみている。我輩の武器を素手ではじき返された。さらには、一見無防備な格好でいて、鎧を何十枚も重ね合わせたような装甲も持っている。攻守ともに、単独で対抗するのは不可能に近い」

「それに、魔術や呪術も効いていた様子はありませんでした。エルドリッチの術にも、正面から突破できるだけの力はあると思います」

 

 アンリが淡々と言った。ううむ、とジ―クバルドが唸る。それだけ聞けば、弱点と呼べるものはどこにもない。たとえ追いついたとしても、返り討ちにされてしまうだろう。いや、それよりも説得した方が早いのではないか。彼は、きっと、冷静ではないのだ。

 

「しかし、それならばおかしい点がいくつかある。ユリアとの模擬戦で、なぜああも簡単に倒されたんだ? 本当に無敵の防御を持っているなら、木剣の方が折れていたはず」

「私の祖父を助けてくれた時も、彼に大きな力があるとは思えませんでした。正気を失った祖父の一撃で、右腕が折れたのも確認しています」

 

 カルラとシ―リスの言葉で、ヨルシカは考え込むように黙った。そして、何かを思いついたのか、言葉を一つ一つ確認するように口を開いた。

 

「どんな強大な力にも、必ず穴はあります。彼の力には、何かしら制限があるかもしれません。それがはたして時間なのか、さらに細かい条件があるのかはわかりませんが、付け入る隙は必ずある。これから、不死街の中心へと移動します。彼はもはや一人の戦士ではありません。薪の王にも匹敵する相手だと認識を改める必要があります」

 

 そして、下田達の方を向き、申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 

「気は進まないでしょう。ですが、協力をお願いします。彼を連れ戻すために」

 

 宇部達がすぐに、武器を取り出した。下田は彼らほど、割り切れたわけではない。しかし、現実へ戻るためにも、草野達を助けるためにも、やらなければならなかった。貴樹に正気を取り戻させ、本当に大事なのは何なのか、思い出してもらうために。

 

 

 

 

       ◆

 

 

(要は、受け止め方だよな)

『何がだよ』

(二人っきりでこうしてるってことは、新婚旅行も同然ってことだ)

『これが? 理解不能なんですが…』

 

 建物の残骸を飛び越え、貴樹はほぼ全力で走っていた。腕の中にいる火守女は、さきほどからずっと黙っている。時々彼の方を見上げては、何かを話そうとして、やめるということを繰り返している。一番混乱しているのは、彼女だった。

 

『で、どうすんだ』

(ん―、もはや予定もくそもなくなったからな。とりあえずは、アノールロンドを目指す。どうやらエルドリッチとかいう糞が、よほど俺にぶっ殺されたいらしい。お望み通りにしてやろうかと。それにあいつは、ひもりんから薪を取り出す方法を知っている可能性がある。さっさと捕まえて、その方法を吐かせてから、抹殺してやる)

 

 火守女の瞳も、いつの間にか消えていた。エルドリッチが奪っていったに違いない。それを取り返すためにも、人食いの居城に向かうのが最優先だった。

 

『先の話もいいが。今、後ろにくっついてきてる奴らはどうすんだよ』

(あ―、そうだな。面倒くせえ。なかなか機動力があるらしい。確かに巻くのは無理そうだ)

 

 貴樹は今、全速力で足を動かしていた。それでも、遅れることなく追跡されている。いつまでも走り続ければ相手の方が先に体力の限界が来るだろうが、こっちには火守女という存在もいる。彼女の体調のことも考えずに飛ばすのは、良い考えではなかった。

 街の部分を抜け、森に入る。植物などが生い茂り、前に進みにくくなった反面、追跡者達の速度はさらに増した。土地勘の差というのは、意外にも大きく響いてくる。そろそろ限界が来たのを感じて、彼は止まった。

 

「もう、逃げはしません。出てきてください」

 

 ミレーヌが姿を現したのを初めに、続々と狼血の騎士達が貴樹の前に立った。全員が狼の刻印を施された大剣を構えている。貴樹は一旦火守女を下ろし、今度は背に抱えた。

 

「灰様、おやめください…」

 

 やっと言葉を出した彼女に、安心させるように肩を優しく叩く。

 

「それの言う通りよ。貴方は、自分が正しいことをしていると思い込んでいる。もういい加減、目を覚ますべきよ。その行動は、自己陶酔の結果でしかない。誰も得をしないわ」

「自己陶酔、ですか…」

「ええ。貴方はそれに同情しているだけ。そして、自分の行動がいいことだと酔っている。痛々しくて、滑稽だわ」

 

 ミレーヌは、火守女に対して、侮蔑の視線を投げた。

 

「あの愚かなロスリックの血縁とはね。おまけに、異端の娘ときている。考えてみなさい、それに関わる価値なんて、少しもないわ。薪の器でなければ、相応の扱いをされて、多くの者が望んでいる死を与えられるだけ。道具としての役割を全うするのが一番それにとって幸せなことなの」

 

 木の一本が、太い幹ごと半分に折れ、草木を巻き込んで倒れた。

 

「それ以上」

 

 貴樹は殴った手を回し、関節を鳴らす。感情を押さえた顔で、冷やかに騎士達を見回した。

 

「それ以上彼女を侮辱すれば、容赦はしませんよ。よく口が回っているみたいですが、貴方達は一体何をしに来たんです? 僕を捕まえるのなら、まだそこに立っているのは不思議ですね」

 

 彼の威嚇にも動じず、ミレーヌは溜息を吐いた。

 

「説得をしろと言われているの。あるいは交渉。貴方は平静を保てていないようだから、有無を言わさず捕えるのはおかしい。そういう、考えを持つのがヨルシカ様よ」

「交渉?」

 

 その言葉で、貴樹は可笑しくなった。同時に、この世界にもくだらない人間はいくらでもいると理解した。

 

(こいつら、本気で言ってんのなら、随分とまあ)

「交渉っていうのは、対等な者同士で行うものではないんですか? 到底、今の状況に当てはまるとは思えません」

 

 ミレーヌも、冷笑を返した。

 

「その通り。だから、こちらがかなり譲歩していることは理解して? 状況をよく考えて、真っ当な選択をすることね」

「…わかってないな」

 

 少しだけ、化けの皮を剥がす。ミレーヌ達に向かって手をかざし、中指を立てた。相手にとっては馴染みのない形だろうが、意味はきっと伝わるだろう。

 

「貴方達が束になってかかってきたところで、俺には勝てないって言ってるんだ」

 

 ミレーヌの言葉は、それなりに正しい。彼が自分に酔っていない瞬間などありえないのだから。いつだって、自分こそがどの人間よりも価値があると思い、自分の望みこそが最も優先されるべきことだと当然のように考えている。人間の業をかき集めたような男である。

 

「隊長、こいつは駄目だ。まだ頭が混乱している」

 

 騎士の一人、ミレーヌや貴樹よりも頭一つ背が高い男が、呆れたように言う。ミレーヌは頭痛をこらえるような表情になって、剣を握り直した。

 

「私は、貴方のような男を一人、知っている。個人的な感情に身を任せ、本質を見失い、挙句の果てには周りの全てに泥を塗るような。そんな人は、大嫌いよ。本当ならどこかに消えてくれた方が、よほどためになる。でも、薪を連れて行くことは許されないわ。おとなしく従いなさい。強硬手段に出る前に」

「そうですね…」

(やれやれ。監視者の分際で何言ってるんだか。ここでぶっ殺すのも一興だが、祭祀場と決定的な溝を作るのは嫌だな)

 

 貴樹は思わせぶりに視線をミレーヌ達の後方にやり、指で指し示した。

 

「だから、脅すなら相応の戦力を持ってきてください。例えばそう、貴方達の後ろにいる彼らくらいなら、相手をしてもいいんですけど」

「な…」

 

 騎士達全員が、指摘された脅威の方へと振り返った。急な新手の登場に、警戒は最大にまで高まる。その俊敏な動作を見る前に、貴樹は即座に走り出していた。内心爆笑しながら。

 騙されたと理解したらしい彼らが、追ってくる足音が聞こえる。

 

(ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 引っかかってやんのおおおおおおおおおおおおおおっ! なあああにが狼血の騎士だよ。出直してこおおおおおおおおおおおおおおい!)

『うわ、これはムカつく』

 

 このような屑にこかされたとあっては相手も怒り心頭だろうが、ミレーヌ達は静かに追ってくるだけだった。それどころか、さきほどよりも速度が落ちている。貴樹の横に回り、進路を塞ごうとするも、彼が速度を上げ、方向を変えるとすぐに後ろへ下がっていく。これには、彼も何かがおかしいとすぐに気がついた。

 

(妙だな。俺の策略に慄いてるのか)

『違うだろ。もしかしなくてもこれ、進路が誘導されてね? そろそろ森を抜けそうなんだが』

(確実に何かを企んでいるだろうな。いいさ、正面から受けてやんよ。この俺に通用するとは思えないがな)

『それは何かのフリですか』

 

 一抹の不安を覚える会話をしながらも、再び市街地へと足を踏み入れた。呪腹の大樹がいた聖堂が近くにあり、亡者達の活動が最も活発な区域だ。しかし、今はなぜかどこにも敵はいなかった。さびれた廃墟が点在しているだけで、貴樹と追ってくる騎士達の足音だけが響いている。いつもとは違う、何かを感じた。

 鎖の音が、鳴り響いた。

 貴樹は既に自分へ向かってくる刃の風切り音を聞いていた。飛んできた斧槍をしゃがんでかわし、眼前に現れたグンダと相対する。

 

「タカキ、考え直してはくれないのか。まだ、戻れるはずだ」

「答えは変わりません」

「ならば、止めなければならなくなる」

 

 地面に突き立っていた斧槍が、グンダの方へと戻っていく。貴樹はその軌道を注意深く観察していた。初めて見た時は面食らったが、もう慣れた。それ以外は単純な近接攻撃しか持っていない。

 

「またグンダさんと戦うことになるなんて、不思議ですね」

 

 と言いつつどうにかしてだし抜こうという算段を立てていると、グンダは不本意そうに漏らした。

 

「すまなんだ。我輩も、できれば一対一を望んでいた」

 

 貴樹の背後に、突然二人の戦士が出現した。片方のイーゴンが、巨大な槌を振り下ろす。それを紙一重で避け、すぐ横の瓦礫に滑り込んだ。

 

「イーゴン!」

「何だ。容赦をする必要はないだろう。こいつは進んで使命から逃げたんだ」

 

 ジ―クバルドが注意をしたと同時に、次々と祭祀場の者達が姿を現した。

 

(なるほど。見えない体を使ってたのか)

『おい、こいつは…』

 

 アンリとホレイス、シ―リス、フォドリック。太陽の戦士だけではなく、暗月の剣のメンバーも貴樹を取り囲むようにして立っていた。そしてそこにミレーヌ達が追いつき、数の差は大きく開く。

 

「再度、尋ねる。火守女を我々に渡し、共に祭祀場へと戻ってはくれないか?」

(つまり、とりあえずは俺をどうにかすることにしたわけだ。祭祀場のほとんどの戦力を使って)

『この人数だぞ。勝てんのかよ』

(全く、舐められたもんだな)

『何だって?』

(俺がとんずらしてから、それほど経っちゃいない。限られた時間の中で、俺の力の全てを把握し、完璧な対策を思いつくことはできない。それでもこうしてるってことは、とにかく戦力を注ぎ込めばどうにかなると考えてるってことだ。は、大きな間違いだぜ)

 

 この男の酔いも、随分と回ってきたようである。そんな舐めきった態度を実際に表すことはなく、苦渋の決断をしているという感情を取り繕った。

 

「貴方達と、戦いたくはないんです。今は行かせてくれませんか。僕はこれから、エルドリッチを探しに行きます。薪を取り出す方法を見つけ出すために」

「言うだけならば容易だ。しかし、それには多くの危険が付きまとうことを理解しているのか。火守女が、奴らに奪われることだけはあってはならない」

 

 フォドリックがシ―リスを一瞥してから、続けて言った。

 

「タカキ。お前は恩人だ。枯れ果てるしかなかった儂を助け、孫娘ともう一度会う機会をくれた。無意味な争いは誰だって望んではいない。一時の感情で、全てを投げ出すのはやめてくれ。お前にも、守るべき者がたくさんいるだろう」

 

 今までの貴樹の行動の結果なのかもしれないが、彼はフォドリックを含む周りの意見と実際の自分の思考のあまりのすれ違いに、呆れを通り越して笑いそうになっていた。

 

(守るべき者、か。それはもしかしてクソガキ共のことを言ってんのかね。仕方がない。ちゃんと皆の前で宣言したのにも関わらず、ひもりんへの気持ちがまやかしだって言うのなら)

 

 貴樹は火守女を背中から下ろし、瓦礫が段状に積み重なっている所に腰かけさせた。彼女は既に言葉を発することはなく、ただ事の成り行きを不安そうに眺めているだけだった。

 

「僕の行動が無意味かどうか、試しましょうか。何があっても彼女を守る。それは誰に何を言われようと、変わりません。奪うのなら、力ずくでそうすればいい」

 

 自分と火守女がいる廃屋を示すように両手を広げ、

 

「この中に入ってきたら相応の対処をします。通りたければ、僕を倒してからにしてください」

(はい決まった。これで惚れない奴はいない。さすが俺様。イケメンすぎるううううううう)

『大丈夫かなこれ』

 

 肝心の火守女の反応を確かめるも、望んだものは返ってこなかった。というより、確かめる前に背後にまで迫ってくる気配を感じたからだ。振り返ってすぐさまイーゴンの槌を拳ではじき返した。

 

「最初から、わかっていた。貴様がくだらない奴なんてことはな。あの女を庇護するという言葉はどこにいった」

「イリ―ナさんには、もっとふさわしい人がいると思うんですよ。心当たりがあるでしょう」

 

 イーゴンは答えずに、下から槌を振り上げてくる。それを火守女の側まで後ろに飛んで、ぎりぎり避ける。鈍重な武器とは思えないほどの速さだった。耐久値のことを考えても、一撃の重そうな攻撃には気を付けるべきだろう。

 貴樹の言葉というよりは、イーゴンの行動が皮切りになったようだった。他の全員が、動き始める。最後までためらっていたシ―リスも、エストックを前に構える。

 

(さて。できれば傷つけたくないんだよな。どうしたものか)

『かといって、手加減できる相手でもないだろ』

(こんな状況になったとはいえ、この世界のキャラクターが好きだっていう気持ちは変わらない。とにかく、長期戦に持ち込むのが一番だな)

『というと?』

(いかに、割りに合わないと感じさせるのが肝だ。俺からは攻撃をせずに、受けに徹する。戦いがってはいないが、引き下がるつもりもない。そんな奴相手に、長時間関わっている余裕は、あっちにないはず。欲張るなら、こいつら全員の武器だけを破壊する。戦意を削ぐのには効果的だろ)

 

 正面から向かってくるイーゴン達を見据えながらも、貴樹は廃屋の裏口へと回った影にももちろん気がついていた。真っ向勝負だと気を引かせておき、実は目的奪取のために手段を選ばない。そう言ったところだろう。

 ほとんど音も立てずに、火守女へと接近する者を、貴樹は前を見ながら掴んで、横の壁へと全力で投げ飛ばした。

 

「ロッド!」

 

 石の半壊した壁に叩きつけられた狼血の騎士は、意識を失っていた。

 

(ま、死んじゃいないだろ)

『あの、タカキさん。言ってることと違うのですが』

(狼血共は例外なんだよ。何の思い入れもねえし、そもそも味方ぶってるのがおかしいんだよな。普通は敵になっててもおかしくない)

『お前が言うのかよ』

 

 色々と策略を練っているつもりでも、彼はその時点での自身の感情を最優先にしているために、最初に考えていた展開からずれていくのは珍しくない。そういう自分を正当化している所もまた、俗物たる所以である。

 二番目に廃屋へと入ってきたのは、ジ―クバルドだった。貴樹に向かって、大剣を構えつつ突進してくる。その刃を掴もうとすると、やや下にずらし、手首の辺りを斬りつけてきた。貴樹はもう一方の手で、右に流れた剣を折ろうとするものの、ジ―クバルドは瞬時に体を回転させ、喉に剣先を当ててくる。

 まさかそれで決着をつけたつもりなのかと思えば、瓦礫を強引に吹き飛ばして、イーゴンが側面から槌を振るってきた。それをかわそうとすると、ジ―クバルドが剣で首を横に薙いだ。

 

「硬い」

 

 槌を両手で受け止め、横に流すと同時に、貴樹は思いっきりジ―クバルドの剣を殴りつけた。刃が壊れはしなかったものの、武器自体は手から離れ、壁に当たる。そして拾いに行こうとするのを妨害する余裕は、貴樹にはなかった。

 フォドリックがほとんどなくなっている屋根の部分から降ってきて、火守女の手を掴んだ。彼女の首に向けて、大剣を向けている。イーゴンの再度の攻撃を背中で受け、彼女の危機へと疾走した。

 それを読んでいたのか、フォドリックはこちらを振り向き、刃を横に走らせる。掌で受け止め、握ろうとする前に、さらに足払いをかけてきた。小さく跳躍してかわし、拳を防御が一番硬い部分にむけて放つも、空を切った。伸びきった腕をフォドリックは息を短く吐いて、刃で叩き潰すように打った。金属の音が、鈍く響いた。

 

「斬れぬな」

 

 貴樹が掴みかかろうとしても、フォドリックは捕まらない。完璧に動きを読まれているようだった。その間に斬撃を何度も入れられる。下手にかわせば、火守女に被害が飛ぶ可能性がある。防戦一方だった。

 一人だけを相手にしているわけにもいかない。顔に向かってきた刃を腕で受けると同時に、貴樹はすぐにしゃがんだ。ジ―クバルドの大剣が頭すれすれを通っていく。それからほとんど間をあけずに、イーゴンが突っ込んできた。迫ってくる槌を殴りつけた直後、がくんと体が後ろに崩れた。フォドリックが、再び足を払ってきたのだ。

 できた隙を狙って、三人の武器が振り下ろされる。あえて貴樹は自分から地面に手を突き、逆立ちした状態のまま飛び上がった。両足で刃達を弾き、

 空中で体勢を整えようとした所で、ミレーヌが追撃をしてきた。

 まともに相手をしている時間はない。攻撃をあえて防ぐことはせず、よく研がれている刃に食らいついた。普通なら頬ごと斬り裂かれるだろうが、歯と歯の間でしっかりと攻撃が止められる。

 さすがに予想外だったらしく、彼女の動きが一瞬固まった。その腕を掴み、共に下へと落ちていく。火守女を捕えようとしていたジ―クバルド達が、後ろに下がった。ちょうどのその場所へ、ミレーヌを叩きつける。そのまま締め上げ、脱出できないようにする。

 

(これでいったん落ち着)

 

 目の前に、ソウルの矢が三本出現した。反射的に火守女の方へと下がり、飛んできた魔術を弾く。しかしこれで、ミレーヌは拘束から抜け出してしまっていた。

 ホレイスが、手に持つ斧を突き出してくる。それはただの陽動で、背後からアンリとシ―リスが隙を伺っているのはわかっていた。攻撃をかわした後に、動き出した彼女達の方へ、瞬時に振り向く。シ―リスの突きを二本の指で掴み、力を込めるも、アンリの攻撃もまた、無視はできなかった。結局攻めきれずに、火守女の前を死守するしかない。

 

『なあこれ、マジでやば』

(何だ? おかしい。上に―――)

 

 戦士たちが、一斉に廃屋から抜け出していた。今の貴樹と相対している者はいなくなっている。これが退却だとは到底思えずに、ほとんど勘で頭上を見た。

 青白い光球が、浮かんでいる。それもかなり大きい。内部が薄く光ったのを理解した瞬間、貴樹は火守女に覆いかぶさっていた。光球からいくつものソウルの雨が降り注ぎ、鋭い先端を持つ粒の一つ一つが、彼の背中に突き刺さってくる。痛みは感じないが、これが相当のダメージであることは自覚していた。

 

「ひもりん、大丈夫?」

 

 彼女に怪我はないか、すぐに確かめる。肩の布が斬り裂かれ、出血しているの見て、気を失いかけるほど貴樹は動揺した。

 

「い、痛くない? ごめん、本当にごめん」

「問題は、ありません」

「ないわけがない。俺が、ちゃんとしてなかったばかりに」

「あの、」

『…いいか、十五%を切ったぞ』

 

 貴樹にも、明らかに今の状況が詰みへと流れかけているのがわかった。このままでは、残り火の効果が終わるのが先だろう。長く深呼吸をして、冷静になろうと努めた。

 

(今の魔術は、アンリやシ―リスが使えるレベルじゃねえな)

 

 自分の力の穴を、こういう時に思い知らされる。真に脅威なのは今まで戦っていた前衛ではない。貴樹の攻撃の届かない場所から一方的に戦える存在へ、真っ先に対処するべきだった。

 

「ちょっと、移動するから。掴まってて」

「灰様――」

「心配しなくていいんだ。絶対に、君は殺させない」

 

 彼女を抱え上げ、屋根の上にまで飛ぶ。

 

『どうすんだよ』

(今、探している所だ。お前は耐久値に注意を向けてろ)

 

 さきほどの魔術は、かなり大がかりなものだ。そう遠く離れた所から操れるものではない。さらには、ジ―クバルド達と連携が取れるよう、この廃屋がはっきりと見える場所。

 目の端で、光るものが移った。ちょうどそこから、ソウルの矢が何本も飛んでくる。

 

(あそこか)

 

 廃屋から離れ、魔術を放った者、あるいは者達がいる場所へ向けて走り出した。当然、それを簡単に見逃してくれるはずもない。戦士達がすぐに追ってきた。

 

(ち、やっぱ狼血共が速いな。距離を詰められる)

 

 通りがけに瓦礫を拾い、後ろへ投げつける。狙いは全く付けていないので、当たることは期待していなかった。少しでも牽制できるよう、つぎつぎと建物の欠片を放っていく。できるだけ真っすぐ走ることはせず、廃墟の間を飛び越え、あるいはくぐりぬけながら、大きな木の橋を渡った先にある広場のような場所にたどり着いた。

 そこには、カルラやヨルシカ、そしてオ―ベックが待ち構えていた。

 

「ほら、私の言った通りだ」

 

 祭祀場の奥に閉じこもっていたせいか、全く合う機会のなかった男。オ―ベックは嫌そうに貴樹を見た。

 

「下手に手出しをしたら、必ずこちらにやって来る。こんなものは、私の仕事ではない。今からでも、帰らせてくれないか」

 

 全員が、無視をした。

 

「ちょっと、提案なんですが。遠距離攻撃は、やめてくれませんか」

「貴方の力にも、欠点はあるようですね。もう、満足したのではありませんか? いかに強大な能力をもっていようと、数の差を埋めるのは難しいはずです。貴方も、貴重な味方。このような、誰も得をしない、愚かな行動はやめてください」

 

 ヨルシカの言葉のほとんどを、聞いていなかった。

 

(少しの脅しは通用しねえな。仕方がない。こいつらには、多少無理をしてでも、寝てもらうしかないようだ)

 

 貴樹が構えたのと同時に、突然槍が飛んできた。速度自体は欠伸が出るほど遅かったので、何の気なしに避ける。

 しかし、槍は軌道を変え、彼の胸を狙ってきた。舌打ちをして、それを掴み取り、半分に折って捨てる。

 

「やっと、化けの皮を剥がしやがったな」

 

 カルラ達の目に、男子三人が出てきた。宇部と丸戸、そして槍を投げてきた高坂だ。宇部が、大げさに指を貴樹に向け、嘲笑ってくる。

 

「あんたがそんな人間だってことは、前からわかってたぜ。それにどうしようもない馬鹿だってこともな。先生だの、生徒だの、ここでは関係ない。どうやって殺してやろうか」

(誰だこいつら)

 

 貴樹は、自分の生徒を思い出すのに数秒かけた。彼の頭は覚える必要のない人間をすぐに忘れるような構造になっている。最近は火守女だけでかなりの容量を使っていたために、宇部達の存在を完全に失念していた。

 

「宇部…。僕は、お前達と戦うつもりはないんだ」

 

 一応の癖で、生徒との対立に苦しむ自分を演じる。

 

「なら、抵抗すんなよ? あんたは許されないことをしているからな、俺が満足するまで痛めつけたら、戻ってくることも認めてやるよ」

 

 さらにまた何かを続けようとしたが、ヨルシカが近づいたことで口は止まった。

 

「言い過ぎですよ。それは本当に、貴方の本心ですか? 私と誓いを結んでくださった時の、立派な様子を見せてください」

 

 宇部は、ヨルシカを見て、すぐに顔をそらした。

 

「あ、ああ。わかってる。別にそっちの顔に泥を塗るつもりはない」

(だっせ。完全に籠洛されてるじゃねえか。気持ちわる。俺に不快なものを見せんじゃねえよ)

 

 話しているうちに、追ってきていた戦士達も合流した。彼らと、ヨルシカ達の間に挟まれる形となる。さらには、ミレーヌの側に、大きな狼がついてきていた。シフィオ―ルスだ。胸の底に沈みこんでくるような静かな声で、語りかけてくる。

 

「これが、最後の警告だ。我々が今、争うことなどあってはならない。火守女を渡しなさい。お前は周りがよく見えていない。彼女自身の、気持ちもだ。当の本人が納得して、薪としての役目を全うする意志を固めている。彼女を本当に思いやっているのなら、その望みを尊重するのが一番良いことなのではないか」

 

 貴樹は、鼻で笑いそうになるのを、何とかしてこらえた。

 

(このわんころは、脳味噌にドックフードでも詰まってんのか?)

 

 さらに強く火守女を抱き寄せる。納得しているのではなく、するしかないと言った方が正しいのだ。それを彼女はさも自分の望みであるかのように錯覚し、何の抵抗もなく死を受け入れている。恐怖すらしないというのは、明らかに歪だ。そこに、彼女の自我はないと、彼は考えていた。

 

「貴方達が、彼女を狙っている限り、そこに妥協点は一つもない。これ以上話していても、僕は考えを変えたりはしませんよ」

「そのようですね」

 

 ヨルシカは自身の周りに、光球を出現させた。それに続いて周りの全員が武器を上げ、貴樹に向かって構える。

 

「ならば、仕方がありません。私達は、貴方と火守女を殺さなくてはいけなくなります。こんな事になってしまうのは、本当に残念です」

 

 そして復活した貴樹が、どれだけ愚かな行動をしたのかと自分で反省してくれるのを、期待しているのだろう。だが、もちろん、ここで終わらせるつもりは毛頭なかった。

 

(何だか、苛々してきたな)

『言っておくが』

(わかってる。前言は撤回だ。こっちの狙いも見透かされてる。そもそも、圧倒的に不利だっていうのに、受けに回る必要がどこにあるってんだ。ムカつくぜ。皆、ひもりんの可愛さがまるでわかってない。彼女を殺すのなら、遠慮はしねえ。初めからそうすべきだった。多少の怪我なら、イリ―ナとかが治してくれんだろ)

 

 貴樹は、ようやくまともに戦う決心をした。火守女を地面に下ろすと、身を低くしておくように言う。彼女の防衛が最優先だ。残り少ない耐久値でこの場を切り抜けるには、相手を傷つけることを躊躇う余裕などない。

 ヨルシカの光球が、一斉に発射される。全て火守女に直撃するコースだったので、叩き落とすしかなかった。こうするだけでも、耐久値は減っていく。魔術や呪術を、まずどうにかしなければならない。

 反対側から、グンダが接近してくる。薙ぎ払うように振るわれた斧槍を上にかち上げ、前に前に流れてくるその体を殴打した。後ずさりはするものの、鎧にひびは入らず、ダメージを受けた様子はない。

 グンダを追い越し、フォドリックが向かってきた。拳を何度か放つも、全てかわされる。

 

「膂力と、速さは驚愕に値する。だが、至極単純だ。素直すぎる」

(教えてくれてありがとな)

 

 先ほどの戦いでやや押されぎみだった理由が、もう一つわかった。身体能力に頼って、一発殴りさえすれば相手は死ぬといったような戦闘ばかりだった弊害だ。フォドリックの言う通り、戦い方がいいかげんになっていた。

 さらに一発避けられたところで、今度は蹴りを放った。フォドリックは体を捻り、目に向かって剣を突き入れようとしてくる。あえてそれを受けた。剣先が眼球に到達し、そこで止まる。がきん、と硬いもの同士が衝突した音が鳴った。

 その一瞬で、貴樹は相手の腕と脇に手を回し、重心を崩させながら背中を支点にして投げた。フォドリックの体が勢いよく回転し、地面に叩きつけられる。気絶させようと拳を構えた直後、彼は素早く振り向いて、迫る刺突剣を掌で受け止めた。シ―リスは、苦し紛れにソウルの矢を打ってくる。

 

(とはいえ、アンリちゃんやシ―リスちゃんを殴るのは論外だな)

 

 もう片方の手でそれを弾き、彼女の腕を掴んで軽く放り投げる。浮かんだ体は再び突進しようとしたグンダの体にぶつかった。

 そして、起き上がったフォドリックの攻撃を、予期していたかのようにのけぞってかわす。視界の端に、アンリやジ―クバルドが迫ってくるのも確認していた。フォドリックを剣ごと突き飛ばし、その二人へと体を向けた。

 自分に差しかかる影に、気がつく。反射的に火守女の体を抱き、横に飛んだ。彼と火守女のいた場所に、鋭い牙が差しこまれる。シフィオ―ルスは唸り声を上げて、飛びかかってきた。

 二、三度後ろに下がってから、貴樹はわずかな隙を利用して巨狼の顎を蹴り上げた。殺すつもりではない攻撃だが、シフィオ―ルスの口端から血が漏れ出す。

 

「間を作るな! 常に複数で押し込め」

 

 狼血の騎士達が姿勢を低くして突っ込んでくる。最初の二人は貴樹の足元を狙ってきた。飛び上がると、それを読んでいたかのようにミレーヌを含めた三人が囲んで襲ってくる。下を一瞬見て、二人の騎士とシフィオ―ルスが火守女を狙っているのを理解した。

 一人目の騎士を蹴り落とし、二人目の剣を両手で挟み、道具のように体ごと下へと投げる。最後のミレーヌは、地面に着く直前で鎧の部分を肘打ちした。降りた瞬間から火守女を斬ろうとしていた騎士二人を地面に叩きつけ、シフィオ―ルスの頬を殴り飛ばす。

 貴樹に息つく隙を与えまいと、イーゴンとジ―クバルド、アンリが同時に斬りかかってきた。

 

(ジ―クさん、申し訳ない)

 

 一度剣を狙うフェイントを入れてから、ジ―クバルドの兜を掌底で吹き飛ばし、

 

(イーゴン、仕方ねえんだこれは)

 

 轟音と共に迫ってきた槌を避け、イーゴンの胴体を鋭く蹴り、

 

(アンリちゃん、許してください)

 

 アンリの懐に入り込み、体を抱えて、横へ勢いよく投げ捨てた。

 

「死ね!」

 

 迫って来ていた宇部に向かって真っすぐ拳を打つ。

 

(お前がな)

 

 しかし、宇部は剣の腹で受け止めてみせた。貴樹が押し込もうと少し力を入れて見せるも、抵抗できている。

 

「は、俺の身体能力が、勝っているようだな。お前なんてただの」

(コントやってんじゃねえんだぞ。べらべらべらべら喋りやがって)

 

 平手で横顔を張り飛ばした。勢いの付いた宇部の体は素直に飛んでいき、瓦礫の一部に激突する。息を吐き出すように口を大きく開けて呻いた後、ぐったりと顔を落とした。

 正面から堂々と、高坂が槍を持って突っ込んでくる。素早く何度も突いてきた。武器を握ってからの時間を考えると、考えられないほど洗練されている。だが、貴樹にとっては止まって見えていた。

 

(勝てるわけねえだろ。どういう考えで、馬鹿正直に一人でやろうとしてんだ。ガキの低能さを露呈しているな)

 

 そう見下していると、いきなり首元に衝撃が走った。顔だけ振り向いてみれば、丸戸が短剣を突き立てている。ブヒュっ、と気持ちの悪い呼吸音を漏らして、肉厚の顔を歪めていた。

 

「なんだよ、なんで、刃が通んないんだ?」

(こいつ、急に気配が現れた。クリムエルヒルトが使ってたやつと似た感じか。あれよりも速い)

 

 先ほどの高坂が投げた槍のこともそうだ。生徒達が持っている固有能力とやらは、今まで気にもしていなかった。改めて、相手にするまでもないことを理解する。使う本人がどうしようもなく弱いのだから、哀れな話だ。

 高坂の槍を刃ごと掴むと同時に、丸戸の腕も捕まえて、二人まとめて離れた廃墟の方へと投げ飛ばした。高さも十分ある。死にはしないだろうが、軽くはない怪我はするだろう。できれば、打ちどころを間違えて死んでくれと願った。

 いつの間にか、三十を超えるソウルの矢が、貴樹と火守女を取り囲んでいた。カルラ、オ―ベック、ヨルシカが同時にそれらを発射する。微妙にタイミングをずらし、かわす隙を与えないよう全方向を埋め尽くしている。

 貴樹は火守女を抱え上げ、包囲網の一点に突っ込んだ。空いている方の手や、足、口をも使って、飛んでくる矢を防いでいく。掴んで投げ返し、後ろを折ってくる別の矢と相殺させる。飛んでくる攻撃の軌道が、手に取るようにわかった。ただ、処理できる数にも限界はある。いくつかは顔や背中に当たり、消えていった。

 追撃の手は緩まない。次々と矢が生み出されていき、貴樹を狙う。彼は廃墟の間を走り回りその全てから逃げ切った。

 

「ひもりん、疲れてない?」

「いえ…」

 

 答えとは裏腹に、彼女は息を切らしていた。抱えられているだけとはいえ、貴樹の超人的な動きに無理矢理ついていかされているのだ。上下左右のバランス感覚が崩れていてもおかしくはなかった。

 急いで瓦礫を積み上げ、囲いのようなものを作った。その中に、そっと火守女を下ろす。

 

「ここに隠れてて。大丈夫、すぐに終わらせてくるから」

「灰様」

 

 行こうとすると、腕に触れられる。彼女からそういう行動をしてきたのは初めてだったので、思わずどきりとした。

 

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