火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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23.貴樹 対 火継ぎ否定派

 心臓が爆音をたて、胸を内側から叩いてくる。恐怖で頭がぐちゃぐちゃになりそうなのを、なんとかこらえた。いくら鍛えていようと、ここでは一兵卒にも劣るということが証明されたわけである。

 

(おかしいだろ。あんな速さで剣を扱えるのかよ。どんな腕力してんだ。雑魚のくせに)

『駄目みたい、ですね』

(いや。こうなったら予定を変えるだけだ。人は、窮地に陥った時こそ、本来の力を発揮するんだ。ギアを上げるぞ)

 

 深呼吸をして、彼は両足に力を入れる。

 

(どうにかして、ホークウッドになすりつけよう)

 

 法王騎士は自らの手を口の中へと入れた。その妙な行動には憶えがあったために、すぐさま逃げる。騎士から吐き出された紫色の光弾が、貴樹の体を正確に狙ってきた。

 

(ホーミング性強すぎ。うおおおおおおおお避けろオオオオオオ!)

 

 逃げ回れる範囲には限界がある。すぐ横に炎の壁が迫っているのに気がついて、彼はその場にしゃがんだ。光弾の下をくぐり抜けるようにして滑り、なおも追ってくるそれを背にホークウッドの方へと向かう。まさに拮抗した戦いをしている最中だったが、お構いなしに貴樹は突っ込んだ。

 同時に、様々なことが起こった。

 接近してくることに気が付いた騎士が、意識を彼に向けた直後、そこに隙を見出したホークウッドが刃を首へ刺し込む。倒れ込んできた騎士の体に貴樹がぶつかり、盛大に転んだ。それでも追ってきた光弾が、彼の上に覆いかぶさる騎士の頭に直撃する。鮮血が散り、そのほぼ全てを被ることになった貴樹は、吐きそうに顔を歪ませた。

 

(俺が浴びていいのは、ひもりんの膜血だけだああああああああ)

 

 死の危機を乗り越え、ハイになって最悪な思考をした彼は、騎士の体を足で押し出し、ホークウッドの手によって助け起こされた。

 

「助かりました。でもおかげで、上手くいきましたよ」

「どこが?」

 

 適切な指摘をしたホークウッドは、走ってきた最後の騎士と刃を合わせた。

 

(必殺!)

 

 貴樹は腰に巻かれていた布を外すと、騎士の顔に向かって投げつける。あっという間に斬り裂かれたが、彼は既に次の攻撃へと移っていた。俊敏に身を低くすると、騎士の足を蹴りつける。バランスを崩すまではいかないが、ホークウッドが攻めるきっかけにはなった。剣を両手で持ち、力で押し込むように斬り込んだ。

 一方で、再びすっぽんぽんになった貴樹が騎士の背中にローキックを放つ。しかし、蹴った後の反動を殺しそこね、彼は腰をひねりながら奇妙な体勢で倒れた。

 

(ホアアアアアアアアッ! いっだあああああああああああああああああ! 硬すぎだろ)

 

 足を押さえて転げまわっていると、その間にホークウッドが騎士にとどめをさしていた。炎の壁が消え去り、騎士達の死体もソウルとなって消えていく。

 酷い戦いだった。

 喜んでいるのは、貴樹の下半身に魅入っているクリムエルヒルトだけだ。

 

(なんとか、乗り切れたか)

 

 なとど、彼が考えるのは間違いでしかなかった。

 

「どうやら、こちらの用意した相手が悪かったようだ。次は、もう少し力の測りやすいものを出す」

 

 サリヴァ―ンが納得するはずもなく、続行が宣言される。それと同時に、玉座の斜め後ろにある大扉が開かれ、そこから大きな影がのっそりと入ってきた。

 

「あまり、この場所を荒らされたくはない。早めに決着をつけよ」

 

 それは例えるなら獣としか言いようがなかった。ただし、赤く燃える三対の目や、腹に大きく開いた鋭い牙が噛み合っている裂け目などが、異形であることを示している。何よりも、グンダやボルドに匹敵する図体が、ただならぬ迫力を作っていた。

 

(げええええええええええええええええええ!)

 

 本来なら、イルシ―ルへと続く大橋を守っている存在のはずだった。貴樹は初見で、ボコボコにされた覚えがある。つまり、法王騎士よりもはるかに強力な、サリヴァ―ンの駒だ。

 

『急に、化け物みたいなやつが出て来たんですけど』

(お、落ち着け。こっちには元不死隊、ホークさんがいるんだぞ)

 

 振り返れば、頼りのホークウッドが再び拘束されている所だった。

 

「狼血の方の実力は既に知れた。貴様は一人で戦ってもらうぞ」

 

 頭からすっと血が抜けていき、目の前が一瞬白くなった。既に思考は逃げの一手に染まっており、あらゆる可能性を模索して、この場から逃走する糸口を見つけようとしていた。考え続けなければ、正気を保てそうになかった。

 

(もおおおおおおおおお、なんでこんなにピンチが続くのおおおおお? おかぢいよおおおおおおおお! ぼくなにもわるいことしてないもおおおおおおん)

 

 否、もう彼は手遅れだ。全て周りのせいにする駄々っ子のような精神に陥り、ずるずると後ずさりを始めた。みっともなく涙を流すことだけは、彼の最後の理性が許さなかった。戦いに臨む男の顔をしながら、内面はぐずぐずである。

 いつまでたっても戦い始めない様子に、エルドリッチがくすくすと笑った。

 

「そんなに、ワタシ達の前で力を見せたくないのかい? なかなか上手くいかないものだねぇ。じゃあ、アナタのやる気がちゃんと出るように、助けてあげよう」

 

 エルドリッチが手を床に当てる。そこから円状に黒い靄が広がっていった。そして、何かがそこから引きずり出される。人食いは軽々とその体を持ち上げると、軽く貴樹の前まで放り投げてきた。

 貴樹は、少しの間、呼吸を忘れる。先ほどまでの恐怖や狼狽は、全て消え去っていた。一切波が立つことのない、静かな心の平穏が訪れているのが、自分でも不思議だった。

 火守女は床に落ちても、身動き一つしない。ただ、生きていることには違いなかった。死んでいるのなら、エルドリッチが今、ここで彼女を出す意味がないからだ。腕に、火守女の灰の誓約主である証も刻まれている。本物だった。

 

「食らえ」

 

 サリヴァ―ンが命じると、獣は動き出した。貴樹へ、ではない。その六眼の先には火守女いて、獲物を前にこらえきれなかったのか、涎をこぼした。腹に付いている口も、ざわりと牙を揺らす。

 

『おい、タカキ』

 

 止める声が脳内に響いてきた時には、彼は既に走っていた。獣も唸り声を上げて駆けだす。

 わずかな差だった。

 結合されたばかりの足を動かしての結果がそれなら、褒められるべきだった。確実に、彼は限界以上の動きをして、火守女へ向かって跳び込んだ。彼女を背中へかばい、迫ってくる牙に右肩を差し出す形になった。

 食い込んだ直後には、肉が引きちぎられるのを感じた。抑えきれない苦痛の叫びが、理性も何もかも振り切って口から飛び出していく。見るな、見るなと、歯を強く食いしばり何度も言い聞かせた。右半身の感覚がない。どんな惨状か見てしまったら、絶対に、気を失ってしまう。

 横に傾いた視界の中で、獣が咀嚼を終え、今度は副菜と言わんばかりに火守女へと口を開いた。止められない。意識を保つだけで精一杯だ。

 まさに火守女が食べられようとした所で、獣が突然大きく吠えた。無理もない。片方の三眼が斬り裂かれたのだ。上から降ってきた男の剣によって。

 

「ゆっくり話し合う必要があるようですね。私は、このようなことは何も聞いていませんでした」

 

 ロスリックの祭議長エンマが、サリヴァ―ンとエルドリッチを睨みつけていた。

 

(助け、られたのか)

 

 瞬く間に獣の顎を裂き、喉から胴体にかけて多数の切り傷を与えていく。獣は口から電撃のようなものを吐きかけたが、それも男によって中断させられる。素晴らしい双剣使いだった。彼が、こちらを見下ろしてくる光景を最後に、貴樹は目を閉じた。意識が沈んでいく。その感触が本当に久しぶりな気がして、不思議と、痛みが和らいでいった。

 

 

 誰かの驚愕するような声がする、貴樹は目を開けた。

 

「これは……」

 

 クリムエルヒルトの頭が視界に映った。彼女は彼の体を呆然と見ていた。

 貴樹も自らの目で体の状態を確認する。サリヴァ―ンの獣に食われたはずの右半身が、元通りになっていた。

 

「貴方が?」

 

 尋ねても、彼女はしばらく答えなかった。何かに気を取られていたようで、遅れて首を振る。

 

「治そうとしても、奇跡が効かないので。別の方法を考えていた時に、勝手に再生が始まりました」

「もう、嘘はつかなくていんですよ」

 

 彼はゆっくりと半身を起こす。最初に寝かされていた部屋と同じ場所のようだった。

 

「僕は以前、腕の骨を折られたことがありました。その時は奇跡で治った。正直に、答えてください。僕を追い詰めることで、貴方に何の得があるんですか?」

 

 彼女のはっとした顔が見られると思った。自信満々に矛盾を突いたつもりだったが、クリムエルヒルトは困惑したままだ。

 

「すみません。本当に効かないんです。私の未熟さのせいなのか」

「まだ、とぼけるんですか」

『いや、タカキ』

(あ?)

『前によ、火守女がお前の器を見ようとした時、事故っただろ? その時と同じなんだよ。こいつが奇跡を使おうとすると、同じ感覚がする。勝手に拒絶しちまうんだ』

(つまり?)

『俺らが悪い』

(お前が、だろ)

 

 全く見当違いな疑いをしたことに、胸をかきむしりたくなるような恥辱を覚える。クリムエルヒルトを一瞥して、咳払いをした後、何でもなかったように続ける。

 

「火守女は、今どこにいますか」

 

 これもまた、彼女は答えづらそうにしていた。

 

「玉座の間です。……話し合いは続いています。貴方が治ったら、連れてくるように言われました」

「そうですか」

 

 半身が再生した理由は何となくわかる。これで、目の前の魔女に自分がどれくらい眠っていたのか尋ねる必要はなくなった。行動は、いつでも起こせる。だが貴樹は、今までとこれからのことを考え、臨界点を超えそうになった怒りを冷やすことに努めた。

 様子を伺ってきているクリムエルヒルトに向かって、彼は言う。

 

「協力してほしいことがあるんですが。お願いできますか?」

「……無理です。私は、エルドリッチ様に」

「忠誠を誓っている、か?」

 

 貴樹は近付くと、その分だけ彼女は離れようとする。壁に当たるまで、その動きは続いた。それ以上後ろへ下がれないとわかった彼女は、おずおずと彼を見上げた。

 

「わかっているんですよね? 今、どういう状況なのか。正直、こうして話してる余裕もないんですよ。クリム、黙って従ってください。悪いようにはしませんから」

 

 名前を呼んだ時の、彼女の瞳の光を見て、貴樹はこの話が片付いたことを確信した。

 

 

 両足を拘束され、床に投げ出された貴樹に、冷たい視線が集まる。

 

「貴様の使い道は、それほど多くはない」

 

 サリヴァ―ンは、彼を何の価値もないゴミのように見下ろしている。

 

「中身のソウルだけ取り出せばいいという意見も出ている。私も概ね賛成だ。貴様自身は、何ら特別性を持たない。しかるべき作業が完了したのちは、黒教会にでもくれてやるとしよう」

「法王よ、その男の話などどうでもいいのです」

 

 エンマが口を挟む。その視線は貴樹の横で無造作に転がされている火守女に向かっている。

 貴樹は、必死に、冷静になれと、自分に言い聞かせていた。

 火守女の顔も、肩も胸も、体の全てが、深淵の膿に浸食されていた。まるで彼女の生気を吸い取るかのように、膿は嬉々として蠢いている。時折全身が痙攣し、辛うじて見える薄い唇から、苦しそうな吐息が漏れていた。

 やはり、無事なんて言葉は嘘だった。彼女は、最悪な方法で汚されていた。

 

「エルドリッチ、あれの処分は責任を持って行うと言ったはずではありませんか。貴方に捧げる選択は間違っていました。殺すこともなく、両の目を奪うだけで、あまつさえ祭祀場に奪われた揚句、火守女になっているとは」

 

 サリヴァ―ンが、貴樹に向ける目とは、また次元が異なっていた。本当に嫌そうに、消えて無くなってしまえばいいという思いが、真摯に、火守女へと向けられている。それはエンマだけではない。その横にいる護衛の男や、他全ての者達が、彼女を嫌悪しているようだった。

 

「あれは私達が持ち帰ります。初めからこうしておけばよかったのです。生まれた瞬間に、殺してさえいれば、こんな煩わしいことにはならなかった」

「それは、待っていただこう」

 

 五本指の代表の一人である、レオナ―ルが初めて発言をした。

 

「それは、我々が処分する。主も望んでいることだ。構わないだろう? どちらにせよ、汚らわしい存在が消えることには変わりない」

 

 サリヴァ―ンは、くだらないとばかりに目をつぶった。

 

「私は、天使が視界からいなくなってくれさえすれば、それでよい。争うのなら、今ここで共に手をかければいいのではないか?」

「まあまあ、諸君。落ち着きなよ」

 

 エルドリッチは、不気味な笑みを、貴樹へと向ける。

 

「さて、状況は理解できたかい? 大丈夫、ワタシはアナタの力を信じているよ。その身で直接感じたからね。ただ、どうやらワタシ達と協力するのは気が進まないようだから、悲しいよ。本当さ。いいかい、その子は生死の狭間にいる。人間性の膿の性質は、ワタシが一番理解している。取り除いてあげることもできるかもしれない。わかるね?」

 

 交換条件を提示されていると、焼けるような思考の中で理解した。

 貴樹は、火守女を誰が処分するか、互いに譲らない者達を一人一人観察した。結局、今までの自分の考えは正しくはなかったのだと、反省した。

 彼は自分で、スイッチが切り替わるのを感じる。そうすると、湧いてきた激情が嘘のように引いていった。

 

「結論を、アナタの言葉で聞かせてほしいねぇ」

 

 エルドリッチに向かって、平然とした表情を作る余裕すらあった。首を傾け、少し考える間を置いてから、頷いた。行った自身の決断が、正しいという確信を得る。ごき、と肩の関節をほぐした。

 始めよう。

 

「エルドリッチ」

 

 ほとんど欠損して、痛々しい傷跡ばかり残る腕の根元部分を、人食いへと向ける。

 

「サリヴァ―ン」

 

 法王へ。

 

「エンマ」

 

 祭議長へ。

 

「ゴットヒルト」

 

 名前を呼ばれた双剣使いの男が、身じろぎする。

 

「レオナ―ル、ヘイゼル」

 

 五本指へ。

 

「その他の、有象無象ども」

 

 誰かの、後ろ盾を得ようなどと、考えること自体が間違いだった。祭祀場でも、ここでも火守女が疎まれているのは変わらない。

 

(どいつもこいつも、本当に反吐が出る)

 

 貴樹は、初めから緩められていた拘束を外し、立ち上がった。目の前の者達を睥睨(へいげい)し、別れを惜しむかのようにその姿を心に焼き付けてから、

 肉食獣のような表情を浮かべた。

 

「お前達全員、ここで死ね」

 

 殺意へと最初に対応したのは、入口の方に控えていた騎士達だった。剣に冷気を纏わせ、貴樹の首を斬り飛ばそうとしてくる。前に彼と相対していた騎士の一撃よりも数段、洗練されていて、彼の様子が今までと違うことを本能的に理解しているようだった。

 ぬるりと、音が響いてきそうな動きで、彼は騎士の刃を何でもない事のように避ける。流れる動作で、首の方へ口を近づけると、瞬時に食いちぎった。

 

(くそまず)

 

 覆っていた装甲まで噛み砕き、既に絶命している騎士の体を蹴り上げる。無残な肢体は天井近くまで舞い上がり、サリヴァ―ン達の目の前に落下した。それを合図にして、エルドリッチが、溜息をつく。

 

「火守女の命が、惜しくないのかい?」

「ん? 大事ですよ。でもお前も殺す」

 

 貴樹の額に青筋が浮かんでいる。

 

「ふふ……」

 

 壁際にまで後退したエルドリッチに比べ、他はあまり深刻には捉えていないようだった。サリヴァ―ンは小馬鹿にした様子で、頬杖を突く。

 

「力をさらけ出す気になったは結構だ。だが、そんな体の状態で何ができる? 勝てるとでも思っているのか」

「殺すと、言ったんですよ」

 

 貴樹は次の瞬間、横に飛んだ。彼のいた場所から、苛烈な炎が噴き上がる。回避した彼への追撃として、火刑の魔女は斧槍から炎を放った。それに正面から突っ込んで、彼は灰になることもなく相手の懐に飛び込んだ。

 頭突きで胸の装甲を破壊すると、腰を回転させてローキックを放つ。足が火刑の魔女の体を容赦なく砕いて行くと同時に、横の壁へと吹き飛ばした。

 

(どんどんやってくぞ~)

『タカキ、お前ちゃんと冷静に』

 

 心配する声をよそに、彼はエンマの方へと体を向けた。

 

「最初に死ぬのは、貴方です」

 

 期待していた分、裏切られた思いも強くなるというわけだ。てっきり火守女を擁護するかと思っていた。だがロスリック側はそういう立場にいるつもりはないらしい。しかも、彼女をエルドリッチへ引き渡したのは彼らなのだ。貴樹にとっては、唾棄すべき不考者達だった。

 エンマとの間に、護衛の男が立ちふさがる。

 

(ゴットヒルトぉ~~、てめえも同罪だからなぁ)

 

 王に仕える特別な狩人である、黒い手。城から遠く離れた所まで、しかも祭議長に付いてくるのは妙だが、とりあえず殺すつもりなので後で考えることにする。

 

「見損ないましたよ。彼女は、貴方達が仕えるべき王家の一員ではないんですか」

 

 ゴットヒルトが、宙を舞う。貴樹は、相手の刃が振るわれるのに合わせて、中段の蹴りを入れる。相手は器用に片方の剣で受け流すと、もう片方の剣を貴樹の首へ刺し込もうとした。

 が、濃い死の気配を感じ取ったのか、ゴットヒルトは身を翻し、貴樹と距離を取った。限りなく正しい判断だったと言える。貴樹はカウンターで相手の胴体を破壊しようとしていたからだ。

 

「祭議長様。お下がりに」

 

 初めて聞くその声は、ただならぬ緊張を含んでいた。一つの攻防で貴樹の力量を把握したらしい。それもまた、優秀な戦い手である証だった。

 貴樹は数歩進んだ所で、足を止めた。

 

「そういえば」

 

 ゴットヒルトはいつでも攻撃に移れるような体勢に入っている。少しでも隙を見せれば、即座に距離を詰めてくるだろう。彼我の実力差など、考えてはいない様子だった。エンマを守るという一点に集中した男から、意識をそらすなど失礼に当たるだろうが。

 

「黒い手は、全部で三人いましたよね」

 

 口を開け、頭を振る。そんな妙な動作をした後、彼は何かを咥えていた。青白い、ソウルの矢だ。何もない所から突然現れた魔術を、正確に防いでいた。

 落し物を拾うような、何気ない動作でしゃがむ。彼の頭すれすれの所を、実体化した斧が轟音をあげて通り過ぎていく。

 

(う~む、便利だな)

 

 不可視化を解き、すぐに離れようとした斧を持つ戦士に、霞むような速度で足を食い込ませる。蹴りの衝撃で、腹に穴が空き、内臓が背中側から飛び散っていく。倒れこんでいく戦士の首を片足で抉り取った。

 死体を盾にして、姿を現したもう一人の黒い手の魔術を受けていく。細かい結晶の弾が同時に何個も放たれ、常人の体であれば肉片になってしまうような猛攻の中、前へと進む。ぼろぼろになった死体を押し出すと、それを避けようとした黒い手の頭上へ飛び、頭へかじりついた。一噛みで半分の脳を潰すと、膝でさらに顔を破壊し、横へと打ち捨てた。

 貴樹は口を押さえ、地面に顔を向ける。

 

(おええええええ、吐くわこんなもん。あ──、うがいしてえ)

 

 えずきながらも、玉座から姿を消した存在のことも把握していた。足で、迫ってくる炎の刃を受け止める。拮抗した中、サリヴァ―ンは忌々しげに言った。

 

「まるで、獣のようだな」

 

 貴樹は唇にこびりついた血を、肩で拭う。

 

「獣? そうですね、僕は愛の獣……」

 

 自己陶酔でびんびんになっていた。どこがとは言わない。

 

『アホかこいつ』

 

 空気の震えを、唐突に感じた。直後、まばゆいばかりの光を放ちながら、ソウルの奔流が彼を滅しようと瞬きすら許されない速度で迫る。同時に、サリヴァ―ンが魔術のソウルを纏った、もう一本の剣をきらめかせる。

 床が割れんばかりの勢いで足を踏み込み、彼は後方へ宙返りをした。奔流は避けることができたが、サリヴァ―ンが抜け目なく追撃してくる。炎の剣の方で胸を斬り裂いたが、その硬い感触に違和感を覚えたのか、二撃目は来ない。

 貴樹は危なげもなく着地すると、背後からの攻撃を肩で止めた。驚くべきことに、それはただのつるはしにしかに見えなかった。

 

「わかりやすい魔術ですね、ヘイゼル」

 

 茸の被り物から覗く目は、必殺の武器が肌に傷すらつけられなかったことに対する、困惑で固まっていた。彼女は左手を赤く発光させ貴樹の胸に突っ込もうとしてくる。浄化の手は、しかし、新たに割り込んできた仮面の男に掴まれた。

 そのまま、ヘイゼルとレオナ―ルは貴樹の攻撃が届かない所まで後退する。

 

「れお……」

「無駄だ。効きはしまい。この男は指全員でかからねば危ない。撤退するぞ」

「そんな許可、出してません」

 

 全力を持って、貴樹は床を蹴っていた。とっさに反応したレオナ―ルをタックルで吹き飛ばし、何重ものソウルの盾を作り出そうとしていたヘイゼルの頭を、踵落としで粉砕した。

 何が起きたのか理解する暇もなく壁にめり込んでいたレオナ―ルに歩いていき、手早くとどめを刺した。

 首を捻り、息を長く吐きだした。

 周りを見てみれば、多くの法王騎士や、火刑の魔女、戦闘奴隷が構えていた。

 

(温まってきた。ぬくぬく)

 

 貴樹自身は、まだ気が付いていないことだった。祭祀場の者達と戦った時よりも、はるかに動きが洗練されていることに。殺してもいい、という感情は彼に大きな影響を与えるようだった。攻防の中で余計な思考が邪魔をすることもなく、絶妙な調律を保っている。自分自身を俯瞰するような映像が、脳裏にずっと浮かんでいる。

 注意を玉座の方へと戻してみれば、エンマがゴットヒルトに連れられて、裏口へ消えていく所だった。残っているのは、エルドリッチと、サリヴァ―ン。二体は既に、戦闘態勢に入っている。

 

「この男は、処分した方がいい。持て余す」

「まあ、逃げるのは困難だろうねぇ」

 

 エルドリッチは弓を取りだした。同時に五本つがえ、先端を貴樹の方へと向ける。サリヴァ―ンも、分身を作り出した。

 

「皆殺しですよ」

(なんてな。頃合いだ)

 

 貴樹は、足を振り上げた。彼らの方へと鋭い殺意の眼差しを向けながら、床を思いっきり蹴りつける。ひびのはいった床が、崩壊するのはあっという間だった。

 開いた穴から、火守女が転がり落ちようとしているのを、その服の裾を咥えて捕まえる。共に下へと落ちて行きながら、彼は大きく息を吸い込んだ。

 

「クリム!」

 

 一階の広間では、いつの間にか玉座の間から姿を消していたクリムエルヒルトが、未だ

状況をわかっていない様子のホークウッドを連れて、待ち構えていた。貴樹は火守女を口にぶら下げて着地し、魔女の体にくっつく。

 

「やれ」

 

 彼女は諦めたように微笑み、奇跡を発動させる。

 その瞬間、四人の姿が、法王の城から消えた。

 

 

 

 

「どういう、ことなんだ」

 

 ホークウッドが、身震いしながら言った。どうやら貴樹以外は、皆同じことを思っているようである。

 彼らは、大きな橋の前に出現した。彼にも見憶えのある、カーサスの地下墓へと続く道だ。つまり、ここはイルシ―ルの入り口であり、今頃貴樹達を見失った兵たちが動き始めているだろう。

 クリムエルヒルトが、その場にうずくまり、呻いた。顔に膿が浸食しようとしているのを、ギリギリで押さえている。深呼吸しながら胸に手を当てていると、徐々にそれは引いていった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 貴樹は火守女を慎重に寝かせて、見もせずに言った。

 

「無理をした、結果ですもの。ただ、この行為が意味のあるものかどうかについては、正直疑問を感じます。結局、貴方の一番大事なものは助かっていない」

 

 ホークウッドも、火守女の方を見やる。それから、唾を飲み込んだ。

 

「生きているのか、それは」

 

 さらに続けようとして、口をつぐむ。火守女に屈みこんでいる貴樹の後ろ姿を、他の二人はただ眺めることしかできなかった。

 彼がエルドリッチ達とまともに相手をする選択を取らなかったのは、奇跡に近かった。火守女と出会ったばかりの貴樹であったならば、完全に我を忘れていたに違いない。

 苦しそうに上下する胸に、手をかざす。膿が絡みついてこようとするが、彼の体内に侵入する術は持っていなかった。

 

「この膿は、精神に作用する可能性はありますか?」

 

 クリムエルヒルトが、自分に聞かれているのだと理解するような間を開けてから、頷いた。

 

「受け入れるには、かなりの苦痛が伴います。これは、経験者にしかわからないことですが、声を、聞いてしまったら、影響はあるでしょう」

 

 彼女は淡々と続ける。火守女へと顔を向け、目を細める。

 

「エルドリッチ様に治してもらうしか方法はありません。やはり、今ここでこうしているのは、賢い選択肢ではないはずです。貴方は、この子のことよりも、自分の感情を優先したんですか。それとも」

「黙れよ」

 

 その言葉に、刹那であっても酷く濃密な憤怒が現れる。一歩下がったクリムエルヒルトに向かって、貴樹は横顔で笑いかけた。

 

「すみません。今から作業をするので、静かにしてくれると助かります」

「何を……」

 

 魔女は息を呑んだ。貴樹は、自分から、膿の中へ両手を突っ込んでいく。その、道連れにもなりかねない行為の中でも、彼には躊躇いはほとんどなかった。当然だ。助けたい人を助けるのに、何の障害があるだろう。

 変化は、すぐに起きた。膿が悶え苦しむように震えたかと思えば、全体から光が漏れ始め、発火する。輝く炎は順当に広がっていき、彼女に食らいつく穢れの全てを、灰にしていった。

 

『上手くいって良かった』

(残り火は、本当に万能だ)

 

 繊細な宝石を扱うように、灰を払っていくと、色素の薄い肌が指先に当たった、彼は何度か火守女の頬を感動した様子で揉むと、その胸に耳をつけた。

 鼓動がする。落ち着くリズムだ。彼は、これほどまでに美しい音楽は聞いたことがないと、強く思った。この女性の子宮に住みたかった、と気持ちの悪い感想が芽生える。

 そして命を確認した後も、なぜか、顔をくっつけ続けた。

 クリムエルヒルトとホークウッドは静かに目を見合わせた。

 貴樹は頭を振って両方の乳を交互に触れてみたり、鼻を密着させて、味わうように間の匂いを嗅いだりしていた。灰の臭いしかしないが、想像力で補い、フローラルな香りがしていると自分自身を錯覚させる。

 

「あの、ちょっと……」

 

 次第に、物足りなくなってきた。その原因ははっきりしている。

 

(なんだこのぬのは。じゃまだな。やぶっちゃおうかな。あ──、あ──すいたい。みるくほちいよおおおお、いや、しょうきになれ。これはただのかくにんなんだ。おれはひもりんがしたぎをつけているのか、かくにんするぎむがある。あ~~~~やわやわだぁ~)

 

 火守女の黒衣の裾に食いつく寸前で、ホークウッドに引っ張り上げられた。抵抗することは簡単なのだが、今は全身の力が抜けてしまっている。乳飲み子へと退化しかけている貴樹を、二人は無表情で見つめていた。

 

「いいですか? 私の驚きを台無しにしないでください」

「う―う―、おっぱいは? おっぱいどこぉ―」

「……ほら、ここにありますよ」

「ちょっと垂れてるからやだもーん」

 

 クリムエルヒルトは、ソウルの結晶槍を作り出すと、貴樹の頬にぶち当てた。常人ならば頭が丸ごと吹き飛んでいたが、もちろん彼には傷一つつかない。涎をすすると、何度も瞬きをし、我に返ったように首を振った。

 

「追っ手が気になります。早くこの国から出ましょう」

 

 引き締まった男前の顔で言う。

 向けられる冷たい視線が全く変わっていないのを受け、貴樹は咳払いをした。本当に帰って来られなくなる所だった。今度から彼女の体に触れる時は、より注意しなければならない。というか、もしあんなことやそんなことになったら、自分は死ぬのではないだろうか。将来にやや、危機感を覚える。

 

「では、ここでお別れですね」

 

 魔女がすっと立ち上がる。貴樹の不思議そうな顔に向かって、肩をすくめてみせた。

 

「守り手である私は、本来の仕事に戻らなければいけません。貴方に協力したことで、多少立場は悪くなりそうですが、別に後悔はありませんから」

 

 踵を返そうとした彼女は、その途中で動きを止める。その目は静かに、身を起こした貴樹へと向けられていた。

 

「どうやら、双方で認識にすれ違いがあるようですね」

 

 残り火の譲渡という、重大な秘密を知られた以上、彼にはクリムエルヒルトを帰すつもりなど、毛頭なかった。

 彼女にもそれが理解できたようで、先ほどよりも一回り以上大きな、結晶槍を出現させる。

 

「私を、殺すんですか?」

「殺しても死なないでしょう。貴方達は」

「他にもいくらでもやりようはありますもんね。拘束、洗脳。あるいは死なないぎりぎりまで体の機能を破壊する」

「まあ、似たようなもんだ」

「残念ながら、今は愛しい貴方であっても、束縛されるつもりはないので。こちらも抵抗させていただきます。上手く殺してください」

「そう、慌てないでください」

 

 接近してくる彼に、槍を放てなかったのは、その行為に何ら害意が伝わってこなかったからだろう。あるいは、わかってはいても歴然とした力量差の中で動けなかったのか。

 両腕がなかったので、彼女の体に寄りかかるようなハグになってしまった。

 貴樹の体から、熱が、クリムエルヒルトへと移動する。彼女は目を見開き、己の体から、何かが消えていく様子を見ていた。

 

「あ、あ」

 

 初めて、その余裕ある態度が崩れた。思わず、と言った形で漏れた呟きは、素の彼女を示しているような気がした。

 

(無理をしている奴を見分けるのは、簡単だな)

 

 口をぱくぱくと何度も開け閉めをしてから、彼女は急に自分のローブを脱ぎ捨てた。ホークウッドがぶつぶつ文句を言いながら背中を向けたが、それを行った張本人として、貴樹はじっとその様を観察した。

 ちょうど、彼女の胸から大腿部にかけて、黒い膿が現れた所だった。しかしそれは火守女の時と同じように苦しんでいるようで、徐々に消滅していく。正真正銘綺麗な体になった彼女は、何度も貴樹と自分の腹のあたりで視線を往復させた。

 気真面目な者が、理解を超える事態に遭ってついていけていない、というような顔だった。彼女は、おそらく、丁寧な言葉で話している時が本来の性格なのだと思う。

 たっぷりと間を置いてから、貴樹は何でもない事のように話した。

 

「これで、戻る理由はなくなった。そうですね? 神食らいの守り手から解放された貴方は、どこへでも行く自由がある。ですが、それを僕は許さない。道は、三つあります。あの、人食いのカマ野郎の所へ戻り、失った誓約を結び直してもらうか、ここで、新しい誓約を結ぶか。 あるいは、もう不死ではなくなったその体を完全に滅ぼされるか。さっさと選んでください」

「なぜ……、どうして私を?」

(え?)

 

 彼女は、声もあげずに泣いていた。妖艶な魔女の雰囲気は消え去り、今にも崩れ落ちそうな赤毛の女性がそこにいた。

 

(ん? 泣くほどなの? え、そこまで?)

 

 貴樹は後に、この選択をそこそこ後悔することになる。認識が甘かったのだ。彼のした行いがどれほど重い意味を持つかを。それによって彼女がどれほどの思いを抱くかを。

 

「貴方は、どこまで私を……」

(まずい。まだわからんが、取り返しのつかないことをした気がする)

『あ―あ』

(と、とにかく、フォローしなければ)

 

 クリムエルヒルトのためにやった行いではないと、訂正しようとした、その時だった。

 橋の中央から、巨大な生物が出現する。サリヴァ―ンの獣だ。貴樹の半身を食った個体であるかどうかは定かではないが、初めから本気のようで、口の端に電気がほどばしっている。イルシ―ルの最初の守護者であり、彼らにとっては最後の関門だった。

 

(ち、さっさと)

 

 貴樹が動く前に、自失していた魔女の姿がかき消えた。獣の上空に出現した彼女は、相手の頭蓋よりも大きな光球を形作り、そこから同時に何十本もの光の雨を降らした。獣の全身が穴だらけになり、続く攻撃で見る見るうちに細かい肉片へと変わっていった。

 

「早く逃げましょう」

 

 彼女は目元をぬぐった後、振り返りもせずに走り出した。何となくうやむやになった流れに内心ほっとして、貴樹は火守女を背負ってその後についていった。

 長い橋を渡りきった後は、しばらく崖沿いの道が続いた。横目に、イルシ―ルの荘厳な街並みが通り過ぎていく。火守女と一緒にこの景色を共有できないのが残念だった。彼女は生きてはいるが、いつ覚めるともわからない眠りについている。

 やがて枯れ枝ばかりの森に入ると、イルシ―ルの影も形もなくなった。

 全員が、足を止める。国からここまで離れてしまえば、追っ手の心配はなかった。サリヴァ―ンの結界のおかげだ。一度出てしまえば、再び入国するためには法王のお墨付きが必要となる。大量の戦力をそんな面倒な状態にするのは悪手だ。それに、数を絞って送り込んでも、貴樹の力で粉砕されることがわかりきっている。

 肉体的な疲れはないが、ずっと気の抜ける瞬間がなかったことを思い返し、小休止くらいなら取ってもいい気分になった。

 

「それで」

 

 気がつけば、クリムエルヒルトがこちらに近づいてきていた。

 

「貴方と、誓約を結べばいいんですか?」

「あ、いや。違います。僕は誓約主じゃありません。彼女とお願いします」

 

 言われて数瞬の間固まった後、クリムエルヒルトは寝ている火守女に向かって膝をついた。その顔は、何か含みのある様子で、黒衣を見ている。

 

「彼女に、忠誠を誓えと?」

「嫌なら、それでも」

「誓約名は?」

「はい?」

 

 ほとんど囁くような声音で、少し聞き取りづらかった。

 

「名は、まだ無いんですか?」

「ありますよ」

 

 貴樹は胸を張って、誓約名を言った。自分でつけたものだから、その愛着も格別だ。その一方で、目の前の魔女に対して、ある疑いが首をもたげていた。

 火守女の灰。

 その言葉を聞いた彼女は、一瞬だけ、恐怖と憎悪が混じりあったような歪んだ顔をした。それはすぐに残滓すらなく消えていき、貴樹の目を見てきた。

 

「なぜ、その名に?」

「この人の、この人だけの灰でありたいと思ったからです」

「矛盾してますよ」

 

 今度は微笑んでいた。

 

「火守女とは、個人を指す言葉ではありません。ただの役割上の呼称です」

「知っています。そうですね、この名を考えた時は、さっき言った思いしかなかったのですが、今は違います。彼女と同じ、火守女であるだけで、生きる価値はある。僕は愛する人と同じ苦しみを味わっている人々も、救いたいと思っています。この誓約名に恥じぬように」

 

 彼女はしばらく、貴樹と目を合わせていた。純粋にわからない、という表情をしていた。何かを見極めるつもりだったのに、余計混乱さを増した、と言いたい様子だ。持て余した感情の行き場を探すように、彼から顔をそらした。

 

「誓約。火守女の灰。私はその一員として、誓約主を、そして旦那様をあらゆる脅威から守り、生涯仕えることをここに誓います」

(あ?)

 

 彼女の手から光が飛び、火守女の手に刻まれる。誓約が結ばれた事の、証明だった。

 

「これで、満足ですか?」

 

 クリムエルヒルトは挑むように睨んできた。子供が自分の悪戯が成功した時と同じ笑みを浮かべている。

 

「旦那、とは」

「だって、私まだ旦那様の名前を知らないんですもの」

「あ―、貴樹と言います」

「でも呼び方は変えません」

 

 どこか、憑き物の落ちた様子で、貴樹と向かい合う。彼の両肩に手を置き、耳元へと口を近づけた。

 

「貴方を、独り占めしたくなりました。邪魔な相棒さんはいつか消してあげますね」

『ひぃっ』

 

 ノミに向かって死の宣告をしてから、彼女は離れた。浅く雪が降り積もっている倒木に腰かけると、炎で体を温め始めた。途中でその範囲を広げ、火守女にも届くようにする。

 

『こいつに、貴重な残り火を渡してよかったのか。ヤバい奴でしかないんだけど』

(消えるのは俺じゃないし。他人事なんで)

『おれが消えたら力もなくなるって、わかってる? ねえ、教えたよな。頭どうなってんの』

 

 貴樹の立てた計画は破綻することが多々ある。彼はいつも自分のことを、冷静であらゆる状況に臨機応変に対応できると、想定しているからだ。過剰評価と言わざるおえない。だが、駄目になったらなったで、次への切り替えも早かった。

 後ろ盾を得られないならば、自分の勢力を広げていけばいいのだ。火守女の灰のメンバーはさっそく一人増えた所である。この調子で、既存の勢力にも負けないような数を従えていけばいい。その実行における細かいあれこれは、後の自分に任せることにした。こういう所が、彼のいい加減さを物語っている。

 

「これから、どうしますか?」

 

 そこだ。クリムエルヒルトの訊く通り、彼は久し振りに自分の行動を自分で決める状況にある。道はいくつかあるが、どれを選ぶかは悩みどころではあった。

 

(いや、そういえば)

 

 貴樹は、まだわかっていないことがあるのに気がついた。

 ずっと黙っていたホークウッドへと、向き直る。

 

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