火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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29.絵画世界の出会い

 三日ほどで、吹雪は収まった。視界が開けても、空は晴れない。薄い雲が全体に広がっていて、どんよりとした模様が風景を薄暗くさせていた。

 洞窟から出た貴樹達は、狭い道を抜けた後、広大な雪原に出た。イルシ―ルでも見ることのできない光景だ。ただそれよりも、他の者達は寒さの事に気を取られているようだった。彼と、呪術の火を使えるクリムエルヒルトを中心に集まりながら、進み始める。

 

「もうちょっと、強く抱きしめてくれるかい。落ちないように」

 

 ゲルトル―ドの顔が、さらに首へと近づいた。髪が肌に擦れ、彼女の体重をより大きく実感できる。体の凹凸も。

 

(胸、胸、胸、胸)

 

 足にまとわりついてくる深い雪さえ、気にならないほどだった。ぼうっとなる頭を何度か振って、視界に何か映らないか確かめる。

 目指すべき場所は、限られている。鴉人の集落か、アリアンデルの大聖堂だ。どちらも寒さをしのげるという点では同じだが、前者はおそらく、それなりの掃除が必要になる。危険も伴うだろう。

 そして場合によっては、さらに危険なのが、後者の大聖堂だった。そこにいると考えられる黒教会の長女、エルフリーデがどう出るかだ。彼女の実力は予想できるし、戦うことになれば、かなり面倒になる。しかし、貴樹のやりたいこととは彼女と会うことで、さらに元の世界へ戻る手掛かりもある可能性が高かった。

 

(アリアンデルを懐柔できれば、良い関係を築けるだろう。この絵画世界の未来がどうなろうが、俺には関係ない。フリーデの望みを尊重することもできるはずだ)

 

 聖堂へ目的地を決めた彼は、次なる問題に気がついた。

 まずはこの雪原。こんな場所があった記憶は持っている。しかし、広さは段違いだ。比較的気候が収まっている今でも、気を付けていないと方向感覚を失う。極めつけは、彼自身、聖堂や鴉村の位置関係がおぼろげであることだった。

 

(途中の周回から、ここは流してやってたからなあ。そもそも行かない時もあったか。とにかく、進み続けるしかねえな)

 

 しばらく、変わり映えのしない行軍が続いた。暇だったわけではない。背負っている大事な女性の香りを楽しむこともできたし、周りの者達の状態も逐一確認していた。疲労しないからと言って、その手のことに鈍感になってはいけない。

 妙な音がしたのは、ようやく遠くに山らしき影が見えてきた時だった。

 

「止まってください」

 

 全員が、何事かと貴樹を見る。彼以外には聞こえていないようだった。それならば、かなり遠距離で発せられたものなのだろう。

 その音には、憶えがあった。だが、貴樹はあまり信じたくなかった。もし予想が正しいのなら、決して、この世界にはあるはずのないものだからだ。

 他の者達も、今度はもっと近くで鳴った音を聞いて、武器を取り出した。それはさっきのものではなく、単なる何かの吠え声だった。

 前方に、こちらへ駆けてくる群れが見える。雪の中に溶け込みそうなほど白い全身に映える、頭部の灰色の毛。それらは貴樹達をはっきりと認識していた。狼の群れだ。

 

(いたなあ。数が多くてめんどくさかったっけ)

 

 一旦ゲルトル―ドを下ろし、前に出ようとすると、アンリが止めてきた。

 

「ここは、私達が。彼女を守ることに専念してください」

 

 周りの者達も同じ意見のようだった。全員が貴樹の前に出ると、向かってくる狼達へ走り出す。その姿を見送ってから、ゲルトル―ドを安心させるように再び背中に掴まらせた。

 

『気を、遣われてんなあ』

(俺の力が無敵じゃないってことは話したし、良い心がけじゃねえか。こういう時に、役立つんだよな。素晴らしい肉壁だ)

 

 特に、危なげもなさそうな戦いだった。

 アンリとホレイスの連携には安定性がある。互いの隙を補い合っているので、多少の数の差をものともしない。飛びつこうとしてくる狼を正確に切り落としていた。

 クリムエルヒルトも、余裕がある。それだけ呪術と魔術の殲滅能力が優秀なのだ。炎の帯を引かれただけで、獣は近づけないでいる。

 そして最も真摯に、最も狼の数を減らしていたのが、ホークウッドとミレーヌだった。彼らは共に戦えている喜びを実感し、狼という存在に対して並々ならぬ思いがあるらしい。特にミレーヌの方が容赦なかった。邪魔になった死骸を蹴飛ばし、その上に突き刺した別の狼を投げている。

 なかなか優秀な者達だとは思う。しかし、貴樹は惜しいものを感じていた。

 

(三つに分かれて、それぞれで相手してるだけだな。互いに近すぎてもやりづらいから、距離を取るのは正しい。でも、そこに連携は生まれねえ。時々戦線が交わりそうになると、少しだけ動作がぎこちなくなる。信用が足りてない証拠だ)

 

 貴樹が目指す、火守女の灰のコンセプトにはまだ遠いようだった。これからどう近づけていくかが、自分の課題となるだろう。

 そろそろ座って見物しようかと考えた時、狼達のおかしな点に気がついた。

 まるでかなわないとさすがに感じているのか、引き気味になりつつある。その中の数体の動きが、よろけていた。まだ、少しも攻撃を加えられていないはずなのに、どこか負傷している。よく見てみれば、胴体や足から、血を流している個体もいた。

 何かで斬られたり、焼かれたりした傷ではない。

 理解をした瞬間、貴樹は線のような敵意を感知した。直後、あの音が再び響く。今度は、もっと近くで。

 とっさに顔を引く。そして眼前を、小さな弾が横切っていくのがわかった。どう考えても、ライフルの弾丸としか思えないものが。   

 

(ふっざ――)

 

 己の頭の中の血管がぶち切れる音を聞いてから、二発目の銃声が鳴った。思考が一気に加速していく。残り火によって強化された動体視力が、飛んでくる銃弾を認識した。それは、貴樹の顔よりも少し横にずれていた。

 一瞬にも満たない間に、口を大きく開け、回転する弾に食いついた。舌に直撃した後、頬、上顎、前歯と口の中で暴れ回った。平然とその勢いが収まるのを待ってから、雪へと弾を吐き出す。

 その動きで、既に狼を退けていた他の者達が異変に気がつく。アンリが走り寄ってきて、心配そうに言ってきた。

 

「大丈夫ですか! 何者かが攻撃を」

 

 その言葉は、貴樹の表情で止まった。彼が歩き出すと、戸惑ったように横へと身を引く。音と、飛んできた銃弾の角度から、方角と位置を確定させようと、集中する。これからという時に、思いっきり水を差されて、非常に不愉快な気分になっていた。

 息を吸い込むと、遠くにも聞こえるような声で、叫んだ。

 

「位置は、だいたいわかった。出て来ないのなら、こっちから向かう。できれば、姿を現してほしい。いきなり撃ってきたことは、水に流す」

 

 貴樹に睨む方向から、きらりと光るものがあった。それはすぐに消え、人影のようなものが動く。それも複数だ。小高い山を滑り降りてきて、だんだんとこちらに近づいてくる。彼らの姿がはっきりするにつれ、貴樹は顔面が引きつるのを押さえなければならなかった。

 

「信じられない。まさか、同じ人間が混ざっているなんて。本当に悪かった。互いに不幸な行き違いがあったことを説明したい」

 

 同じくらい通る声で答えてきたのは、毛皮をまとった男だ。まさに狩猟者といった出で立ちで、小型の拳銃を腰に差している。フードで細かい人相はわかりづらいが、青い瞳と金の眉で、その人種はだいたい判別できた。そしておそらく、非常に男前だ。

 

(なんっ……なんだ、こいつらはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?)

 

 その横を歩いているのは、華奢な女性だった。背中に一丁の遠距離用ライフルを携え、不審そうにこちらを睨んでいる。覗く顔は浅黒く、掘りも深い。南米系の血が色濃く表れている。

 感情が荒れ狂う内心をおくびにも出さずに、貴樹は驚いているふりをした。

 

「貴方達は、そんな、地球の…。待って。それ以上来ないでください」

「ああ、わかった」

「持っている武器を全て、こちらに見せてください」

 

 褐色の女性が何かを言おうとして、男に諌められている。何度か反論をしているようだったが、渋々と背のライフルを取り出した。

 その間に三人目がおずおずと話しかけてきた。

 

「あの、もしかして日本人ですか? 私もそうなんです! あ、ごめんなさい、こんなこと初めてで。誰か他の人が来たことなんてなかったから。ファエラ、撃った彼女にも、誤解があったんです」

 

 少女は脱しているが、未だ学生といった感じの女性だった。高校生くらいだろう。人の良さそうな笑みを浮かべているものの、その目は、どこか乾いていた。外見との齟齬を生む要因になっている。

 

「誤解とは?」

 

 彼女は貴樹の体を見てきた。

 

「その格好です。てっきり、その、他の人達の、奴隷のようなものかと」

 

 腕が欠損していることも、マイナスに働いたらしい。そういった点から、貴樹達の集団の性質を断定し、自分達を脅かすのではないかと恐れたようだ。まずは威嚇として一発撃った後、「奴隷」に抱えられているゲルトル―ドを一番の地位だと誤認して、狙った。

 

「ですが、違ったみたいですね。それは彼らのふるまいを見てわかりました」

「全部と、言ったはずですよ」

 

 学生の女が沈黙した。

 貴樹は腕で、褐色の女性を示す。

 

「そのライフルで、あんなに早く連射できるわけがない。どこに隠しているのかはわかりませんが、もう一丁あるのなら、お願いします。こちらはまだ、信用しきれていないんだ」

 

 白人の男は躊躇わずに、言われた女性の肩に手をかけた。

 

「ファエラ、頼む。これは俺達が悪いんだ。出してくれ」

 

 また渋々と、ファエラという女は何にもない空間に手をかざした。そして、突然、背に抱えているものと同じ種類のライフルが現れた。銃身を握り、こちらにはっきり見えるよう、示してくる。

 つまり、一発撃った後、すぐにもう一丁の方と交換したのだろう。再装填の隙をなくした。生徒達の力を見ている上では、そんな芸当も想像できる。

 

(ガキ共と同じ。インベントリってやつか。クソが…)

 

 学生の女が一歩前に進み出てきて、深々と頭を下げた。

 

「今回のことは、本当に、申し訳ありません。ほら、ファエラも」

 

 褐色が顔だけを下げる。

 

「…こっちのミスだった。ごめんなさい」

「いえ。誤解が解けて何よりですよ」

 

 貴樹は笑いながら、冷静に彼らを観察した。なされた説明には、まるで納得していない。その根拠もあったが、今は泳がすべきだと、何も余計なことは言わずにいた。あまり、彼らのことは考えたくない。精神的にも悪影響がある。

 白人の男も、礼をした。

 

「ウィンだ。ただのウィン。この出会いにとても感謝しているよ」

「僕は、貴樹、戸水貴樹です」

 

 手を差し出そうとしたが、貴樹の姿に思い当って、気まずそうに下げた。ファエラともう一人はそれを少し呆れたように見ている。この、芝居がかった態度は今だけのものではないらしい。

 学生の女が苦笑して、言ってきた。

 

「私は、南空由海(なそらゆみ)です。南の空、そして理由の由に、大海の海と書きます。それで…、貴方達はどこから来たんですか。ここの区域には今まで、人の気配なんて全くなかったのに」

 

 一応、正直に経緯を話した。こことは違う、別の世界があると知った時の、彼らの驚きようは滑稽だった。その、喜びようも。

 

「私達も、そうなんです。この世界で目覚めて、どうしてこうなってしまったのか、まるでわからないまま、過ごしてきました」

「こちらも少々混乱している身なので。できれば、寒さをしのげる場所を知っているなら、ありがたいんですが」

「それなら、」

 

 由海が言う前に、ファエラがそれを遮った。彼女だけはまだ一度も笑っていない。貴樹をじろじろと見つめてくる。

 

(いやらしい)

「そんな恰好で、寒くはない?」

「あまり」

「それがおかしいの。ウィン、ユミも、見たでしょう? この男は、狙撃を事前に察知した。そればかりか、一発は避け、もう一発は、食べたんだ。あんた…、本当に人間?」

(俺が、そんな下等生物に見えるか?)

 

 それ以下の汚物である。

 貴樹は、彼らの知識量をまだ計りかねていた。もっとも、銃などというものを重宝している時点で、底は知れる。ならば、細かく説明してもかえって不審を持たれるだけだろう。

 

「僕には、色々なことありました。おそらく、貴方達と同じように。長い話になるでしょう。こんな場所で、するものじゃない」

 

 遠くでまた、狼の遠吠えが聞こえる。彼女達も気が付いているようだった。ウィンは持っていた大きな革袋を広げると、転がる狼の死体をいくつか入れていく。貴樹達は、彼らの狩りの最中に、乱入したということだ。

 

「俺達の、家に案内しよう。初めての客だ」

「ありがとうございます」

 

 話は一段落したと、貴樹はずっと何も言って来なかったホークウッド達の方を向いた。彼らは少なからず困惑した様子で、ウィン達をちらちらと眺めていた。

 

「まあ、大丈夫ですよ。彼らはいわば、僕と故郷を同じくする者達です。危険は少ない。とりあえずは、ついていきましょう」

 

 アンリが、感心したように頷いた。

 

「そういう、結論に至ったんですね。最初はまるで意志疎通ができないのかと危惧していました。でも、タカキさんがいて良かった」

(うん?)

 

 少し引っ掛かるものを感じた。そして、クリムエルヒルトもこちらを称賛するように微笑んでくる。

 

「聞いたこともない言語です。私達は全く意味がわかりませんでしたが、なるほど。あれが旦那様の本来の話す言葉なんですね」

 

 貴樹は初め、この魔女が彼らを信用していなく、ついていくのも反対なので、遠まわしに駆け引きをしようとしているのだと、無理やり考えようとした。しかし、周りの者も同様の反応を返しているのを見て、徐々に理解をする。

 

「皆、聞いてください」

 

 クリムエルヒルト達だけではなく、彼ら三人もこちらを注視してきた。自分の声は、全員へ、同時に届いていると最後の確認をする。

 

「今、僕の話している言葉は、理解できていますか」 

 

 それぞれに視線を合わせて、同意を得る。何を言っているのかと、怪訝な雰囲気が漂った。貴樹は首を回して、この、訳のわからない状態をなんとか受け入れようと、きょとんとしている由海に尋ねた。

 

「これ、何語に聞こえます?」

 

 彼女は、本当に不思議そうに答えた。

 

「お上手な英語だと思いますよ」

  

 

 

 

『考えられるのは、やっぱり、この残り火の力なんじゃないのか』

(同時翻訳機能が? は、なんでもありだな)

 

 彼は日本語を話しているつもりだ。それが相手によって、違う言葉に聞こえているというのは、なんとも、奇妙な感じだった。

 異世界の力と言えば、何でも解決できるわけではない。彼は、このことが、何か根本的なものを象徴しているような気がしてならなかった。既に答えの欠片らしきものを掴みかけていたが、貴樹は秒で興味を失くした。どうでもいい、というのが全てだ。ダークソウルの世界を、故郷と定めたのだから。

 ウィン達の足取りは、確かだった。もう、何度も行き来しているようだ。彼らについていくだけで、果てしなく続くと思われた雪原の光景は変わり始め、山が周りにそびえるようになる。続いていた吹雪で、足跡などにも頼れないというのに、彼らはまるで、体内に万能な磁石でもはめられているかのように、迷いがない。

 幸い、狼の群れにもそれ以外の脅威にも遭うことはなく、山端の崖にまで、辿り着いた。

 遠くを見れば、廃墟と化している集落らしきものが見える。あそこが彼らの家ではないことはすぐにわかった。あれは、鴉村だ。貴樹の記憶の何倍もの規模で、広がっている。もし、あそこを目指していれば、それなりの苦労では済まされなかっただろう。

 見える景色以外は何もない。まさに行き止まりだった。

 貴樹達の疑問をよそに、ファエラが崖の縁までゆっくりと歩いていく。一か所に屈むと、隠れて垂れ下がっていた縄を持ち上げて見せた。

 

「崖の、下に?」 

 

 ウィンが得意そうに笑う。

 

「獣や、化物に見つかりづらい。それに万が一降りる縄を見つけられても、その時の見張り当番がすぐに切って、終わりだ。じゃあ、先に失礼するよ」

 

 彼は縄を握り、付いている金具を、自らの腰にはめこんだ。軽々と空へ飛び、するする縄をつたりながら降りていく。十数メートルほどで、崖の途中で飛び出している大きな段差に着地した。

 ファエラが続いてから、残った由海がこちらを促してきた。

 

「どうぞ、先に。私は命綱を見張りますから」

 

 アンリにホレイス、そしてクリムエルヒルト。ホークウッドとミレーヌの順で、移動作業が行われた。彼らの鎧の重みにも、縄は耐えている。この世界で手に入れられるものでは、決して無理だ。

 最後に貴樹とゲルトル―ドの番になって、由海は難しい顔になった。控え目に、両手を伸ばしてくる。

 

「その人を抱えて、私が降りましょうか? 工夫すれば、ええと、腕のない貴方一人なら、何とか安全に」

「いえ、その必要はありませんよ」

 

 貴樹は背中にいるゲルトル―ドへ振り返って、声をかける。

 

「ちょっと、嫌な浮遊感が来るかもしれない。どんなに怖くても、僕の体から離れないで」

「うん、わかった」

「何を、」

 

 止める間もなく跳躍した貴樹を見て、彼女は息を呑んだ。下にいるウィンも同じ反応だ。慌てて前に出てきて、落ちてくる彼を受け止めようとする。

 途中で崖を蹴って、位置をずらし、ウィンのすぐ前に二人は着地した。足場が壊れることが心配だったが、杞憂に終わる。ゲルトル―ドに大事がないか尋ねた後、貴樹は足を振って、まとわりつく雪を払った。

 

「やっぱり、人間じゃない」

 

 ファエラは溜息をつきながら、開いた洞穴へ入っていく。

 眼前には、確かに、彼らの拠点らしきものが広がっていた。崖の中へと続く入口にはカンテラが提げられており、風よけの扉が、二重に取り付けられている。周りにはいくつか、ガラス張りの窓があり、そこから、テーブルや椅子など、人間らしい営みの気配が伺える。

 中に案内され、暖簾をくぐると、いくつもの銃口が目に入った。

 

「おいおい、ちょっと皆。落ち着いてくれ。彼らは大丈夫だ」

 

 ウィンが慌てて諌めると、待っていた五人は武器を下ろした。

 

(…)

「いつもの狩りに行ったかと思えば、随分と人数が増えているな」

 

 真ん中にいるのは、厳つい男だ。金の短髪に、ゲルトル―ドの顔ほどもある太い腕。何かをやっているのはたしかだった。銃の扱い方も一番手慣れていそうだ。十中八九、軍事関係の者だろう。

 

「こっちが不注意で、撃ってしまった。そのお詫びとして、連れて来たんだ。しかも、驚くなよ。この人、タカキは僕達と同じ境遇にいる」

 

 大男の左右にいるのは、長い黒髪を束ねた穏やかそうな女性と、子供だ。雰囲気からして、家族なのだろう。彼らを庇うように、男は前に出ている。

 もう二人は、揃ってぽかんと口を開けて、貴樹を眺めていた。眼鏡をかけた、日本人らしき男子学生と、茶髪の西洋人女性。女の方は、頬が煤のようなもので汚れていた。

 

「ほ、本当? 由海」

 

 眼鏡が尋ねると、彼女は力強く頷いた。

 

「そうだよ。まだ、詳しい事情はこれからって話だけど。私だって現実感が追いついてない。こんなこと、今まで一度もなかった」

 

 沈黙が流れた。ここの住民たちはどこか疑いの残る目で、貴樹を見ている節がある。喉のむかつきを呑みこんでから、彼は考えた。ここは、自分が話すべき場面なのだろう。

 

「誤解があったのは確かです。でも、それは無理もないことだった。僕の今の状態を見れば、誰だって想像はする」

「寒くないの? 裸なのに」

 

 少年が訊いてくる。母親の後ろから顔を出しているが、その目は好奇心にあふれていた。

 

(クソガキが)

「確かにすーすーするね。脇とか、特に」

 

 彼が肩をすくめてみせると、少しだけ張り詰めた空気が緩和された。もちろん、貴樹の内心は少しも和らいでいない。

 

「とりあえず、全員、中央の部屋に集まろう。そこで互いの話ができれば、重畳だ」

 

 ウィンはフードを脱いだ。白い歯を見せつけるように思い切りのいい笑顔を見せ、揚々と先へ進もうとする。足下に置いてあった袋につまずいて、前に転んだ。皆の視線を浴びながら、何事もなかったかのように立ち上がると、髪を撫でつけ、早足で進んだ。

 そこはいわば、会議室とでも言えそうな場所だった。木製の長テーブルの周りに、丸椅子が並べられている。とりあえず互いの信頼のために、ホークウッド達には装備を外してもらった。ひとまとめにして、部屋の隅に置く。

 全員が座った所で、ウィンが楽しそうに話し始めた。

 

「まずは自己紹介だ。さっきも言ったけど、俺はウィン。ファミリーネームもないことはないが、ま、ここでは無意味だろ。では、ユミ?」

 

 由海はうんざりと頬杖をついた。

 

「はい?」

「俺が何者か、できる限り正確に言ってみなさい」

「…彼は、はあ、現実では俳優だったの」

「ハリウッド、俳優」

「そう、ハリウッド俳優だった。海外に知れ渡るほどではないけど、まあまあ売り出し中の若手だったらしいよ」

「そして、数年したらオスカ―に輝くんだよ」

「予定ね」

 

 貴樹は真剣に聞くふりをしながら、全ての音声をシャットダウンするという特技を披露していた。不快な単語が飛び交う場合では仕方がないと思っている。

 由海が立ち上がって、礼をした。

 

「由海です。この出会いは、本当に嬉しく思ってる。奇跡としか思えないね。どうぞよろしく」

「ええ、こちらこそ」

 

 我慢して、握手をした。

 

「ファエラ。貴方達に迷惑をかけた分の借りは返すつもりだから。でも、私はまだ信用していない。行動には気をつけて」

 

 既に名乗っていた三人が終わると、少しの間が空いた。残った五人は互いに顔見合わせている。そして、大男が、腕を組んでこちらを見てきた。

 

「ランドンだ。こっちはアリ―。妻だ。それで息子の、イアン」

 

 女性が微笑み、イアンという少年はちらちらとクリムエルヒルトを見ていた。特徴的な赤毛が気になっているらしい。彼女に綺麗な笑みを返されて、恥ずかしそうに母親の肩に顔を寄りかからせる。

 

「右に同じく、急に現れた者達を信じることはできない」

「当然だと思います。ここに迎え入れてくれただけでも、有難いことだと思っています」

 

 ランドンは貴樹の体を見て、すぐにそらした。

 

「ウィンが連れて来たんだ。そこは尊重する。お前がどれだけ苦労してきたのかも、察してあまりある。認めるかどうかは、話し合ってからだ」

 

 友好を示そうとする者。懐疑的な者。そのどちらでもない、純粋に観察する態度で、茶髪の女性は端にある貴樹達の装備に顔を向けていた。皆の視線に気がつくと、億劫そうに立ち上がる。

 

「ジアンナよ。ランドンが奇妙な奴らにウィン達が脅されて連れて来られているって決めつけたせいで、不快なもてなしをしてごめんなさい。彼、神経質なとこあるからね。見た目は大雑把なくせに」

 

 彼女は舌を出して、ランドンの凝視を受け流す。それから、傍らにいる青年の肩に手を置いた。

 

「私達、仕事の途中だったんだ。貴方達のことは歓迎するけど、退席してもいいよね? 後で、聞きたいこともたくさんあるけど。その、鎧とか。じっくり、見てみたいな。ほら、ユキナリ。行くよ」

 

 え、とまるで予期していなかった表情で眼鏡が引っ張られる。

 

「じ、自分は、この人達の話を聞きたいなって」

「時は金なりとあるけど、金が無価値になってる以上、時間は、時間なの。何物にも代えられない。わかる? キミ、サボるのにちょうどいいイベントが来たとでも思ってるでしょ。作業は半分も進んでない。ミスター・サポートが不可欠なの」

「サボりたいなんて、少しも思って…」

 

 結局自己紹介が終わった時には、彼らの内二人が欠けるという、締まらない結果になった。それでも由海は楽しそうだ。二人が消えていった方を、暖かく見ている。それは他の者達にも伝染していた。

 どこぞの田舎の村だ。貴樹はそう、結論付けた。コミュニティが完結している。閉じた共同体。そういうのは大抵、余所者を受け入れるのに時間を要する。悪いわけではない。彼らはそれだけ共に濃い時間を過ごし、信頼関係を築いてきたのだろう。

 悪いわけでない。

 

(最悪だ)

 

 貴樹も一応、自己紹介をする。全てを正直に話す必要はないと考えていた。彼が通訳まがいのことをしながら、アンリ達も挨拶をする。しかし、ホークウッドが紹介を終えた時点で、ミレーヌが立ち上がった。作法を真似たわけではないことは、すぐにわかった。

 両手で頭を押さえる。そのまま目をつぶると、体がよろめいた。ホークウッドがすぐに支えて、倒れるのを防いだ。

 

「どうしました?」

 

 ホークウッドに肩を貸してもらいながら、彼女は青ざめた顔で言った。

 

「ごめんなさい。気分が、悪くなって。休ませてくれると助かる」

 

 そのただならぬ様子で察したのだろう。ほとんど発言をしていなかったアリ―が、椅子から立ち上がった。貴樹に言ってくる。

 

「余った寝室があります。案内しましょう」

「お願いします」

 

 彼女はミレーヌへ近づいた。もう一方の腕を、自らの肩に回す。その後ろを、イアンがついていく。

 

「おい、」

「あなたは、ここにいて、話を聞いていて。大丈夫よ。この人達を信じる」

 

 ランドンの制止を遮って、それから彼女はイアンを見下ろした。

 

「ぼくもついてく」

「どうして?」

「何かあったら、ママをまもるのが男なんでしょ」

 

 アリ―は彼の額を撫でる。

 

「あら、じゃあお願いね」

 

 彼らが出て行こうとするのに、さらにクリムエルヒルトも立ち上がった。貴樹へ声をひそめて言ってくる。

 

「念のために、私も」

「大丈夫か?」

「言葉が通じなくても、何とかなります」

 

 この場からさらに五名が退出することになって、一気に空きが増えた。

 

『どうしたんだろうなあ』

(何が?)

『ミレーヌの奴、明らかにおかしかっただろ。今だけじゃねえ。この、地球人共に遭ってからずっと変だ』

(お前は、蛆に脳味噌でもほじくられてんのか?)

『あ? 何だよ、お前こそ何か知ってんのか』

(些事だ、些事。どーでもいいわ。わかりきってることなんざに脳の容量割けるか。ちっ、苛々するぜ)

『何だか、機嫌が悪いですねえ』

 

 足を、大きく振り上げる。目の前にあるテーブルを破壊し、欠片を蹴って、ランドンの頭を弾けさせる。血が飛び散った頃には、ウィンの後頭部に噛みついている。そこまで考えて、妄想を断ち切った。入り込み過ぎれば、本当に、実行してしまう。

 

(こいつら……、不愉快どころの話じゃねえぞ)

 

 確かに貴樹の機嫌は最悪だった。

 

(俺はなあ、自分で努力して手に入れたわけでもない力で、この、ダークソウルの世界の雰囲気をぶち壊し、雑魚相手に調子に乗ってるゴミが、一番害悪だと思うんだ。こいつらに比べたら、まだ、そこらの狼共の方が価値がある。どうしようもない奴らだ)

 

 自らの事を盛大に棚に上げ、曲がりなりにも良くしようとしてくれている者達を嘲る男。こいつに比べたら、そこらで腐っている亡者の方が、精神衛生上ましである。

 

「それじゃあ、まずはこちらから、色々訊いてもいいかい?」 

 

 ウィンはそんな屑のような内心を知ることもなく、愛想良く色々なことを質問してきた。まず重点的に興味を持たれたのは、アンリ達との関係だ。どのような経緯で共に行動することになったのか、貴樹はかいつまんで答えた。

 特に、祭祀場の存在は、彼らにとって衝撃的だったらしい。

 

「救世を目的に? それはまた、大それた話だな」

「火を信仰している世界のようです。やがて世界は闇に覆われると。それを防ぐために、志を同じくした者達が、行動を起こしている」

「では、なぜお前は、そこから別れた?」

 

 ランドンが訊くと、貴樹は傍らのゲルトル―ドを見た。

 

「その、方法について、食い違いがあったためです。僕の決して譲れない部分がないがしろにされそうになり、共に歩むことへ限界を感じました」

 

 ウィンがアンリ達を手で示す。

 

「君の考えに賛同して、この人達も付いて来たんだね」

「そうなります。なので、」

 

 貴樹は言いにくそうに、俯いた。

 

「申し訳ありませんが、僕も、現実へ帰る方法を知っているわけではありません。ただ、この世界からは脱出したいと考えています。目的が、あるからです。でも、貴方達はどうなんですか。たとえ共に出たとしても、脅威が増える可能性が高い」

 

 ついてくんなよ、という意味を込めたつもりだったが、思い通りにはいかない。

 

「望みは、一緒だ」

 

 ウィンが、力強く言う。

 

「少なくともあっちは、厳しい寒さはない。ずっと、何かが変わる糸口がないかと求めてきた。この世界から出るまではせめて、互いに協力できたら嬉しい」

(くそ)

 

 彼らを、絵画世界の外に出し、自分の故郷と決めた場所の土を踏ませると考えただけで、虫唾が走った。

 

(残るつもりなら、見逃してやることも考えたが、これは駄目だな)

 

 目的の一致が確認できた所で、今度は由海が話し出した。

 

「話は変わるんですけど、貴樹さんは、日本では何の仕事についていたんですか?」

「仕事、ですか」

「いえ、すみません唐突に。私達の間では、もうそういう現実での話は散々したんです。だから、新しい人のことも聞いてみたいなって」

 

 貴樹は微笑んだ。

 

「その気持ちはわかりますよ」

(わかんねえよ馬鹿が)

 

 この男には、郷愁など少しも似合わない。

 少し考えるふりをしてから、懐かしむ風を装って話し始める。

 

「高校の教師をやってました。二年生のクラスを担当していて。世界史を教えていました」

「世界史…」

 

 その言葉を、由海は曖昧な表情で繰り返した。遠い夢を偲ぶように、口の動きだけで何度か同じ言葉を心に刻み込んでいる。目を閉じ、祈る間があった後、開いた瞳は少しだけ潤んでいた。

 

「どうして、教師という仕事を選んだんですか」

「昔から、人に何かを教えるということが嫌いじゃなかったんです。それに、子供が好きなんですよ。僕が支えられるのは彼らの長い人生のほんの一部に過ぎませんが、とても、やりがいを感じていました」

 

 由海は彼の話を通して別の思い出を考えているようだ。遠い目で、頷いている。

 

「似合っていると思います」

「はは、ありがとうございます」

『くっさ。お前の口から子供が好きって飛び出すと、鳥肌が立つわ』

(いやいや、嘘じゃねえって)

 

 そう、嘘ではない。大量のそして多岐にわたる仕事、公立に勤めれば安定する。そういった事情を天秤にかけたわけでもなく、彼は自分から純粋に教師という仕事を選んだ。子供が好きというのも事実だ。

 

(だってあいつら、動物みたいで、笑えるだろ。どいつもこいつも俺より劣ってんのに、必死に背伸びしようとしてくる様は滑稽だ。何度、優越感で逝きそうになったことか)

 

 特に、目上へに対する羨望の混じった生徒達の間抜け面が、一番の御馳走だった。そのためなら多少の苦労は何でもなかった。

 

(ま、それも今となってはごめんだがな。彼女と過ごす方が、何千億倍も気持ち良いし) 

『よかった。お前は期待を裏切らないって、信じてたよ…』

 

 貴樹は椅子に座り直し、どうでもいい、退屈な話がこれ以上続かないことを願った。

 

「他に、何か聞きたいことは?」

「とりあえず、一段落したよ。アリ―達とも共有しないといけないから、あんまりいっぺんにすると、混乱するからね」

(こいつら、後でまた訊くつもりかよ。めんど)

「じゃあ、今度は僕から、質問してもいいですか」

「どうぞどうぞ」

 

 正直何も訊きたいことはなかった。彼には、そもそも日本への未練は少しもない。ウィンの達への興味も、ほとんど失せていた。残っているのは、彼らの存在がひたすらに邪魔であるということだけ。腹は既に、決まっている。

 

「この世界へ来た当初の事を、説明してください」

「タカキとそれほど変わらないよ。俺達は全員、同じ場所で目覚めたんだ。そこは、まるで教会か、聖堂のようだった」

(ん? おい、フリーデの所じゃねえか)

「目覚める前、つまり、ここへ来る直前のことは、覚えていますか?」

「いいや。そこは曖昧だ。自分が何者で、何をしていたかは覚えている。でも、それ以外がさっぱり思い出せない。ただ、普通に自分の家のベッドで寝たと思ったら、もう、という感じだ」

 

 そこは、貴樹達と同じだった。棺桶の中かどうかという点だけが違っている。

 

「どこに住んでいたんですか。現実では」

「フロリダのメルボルンって町だよ。何せ、ハリウッド俳優だからね。住む場所は自然と決まってくる」

「他に、アメリカに住んでいた人は?」

 

 ランドンと、ファエラが頷いた。彼らの話によると、ジアンナもそうらしい。

 そこで、疑問が残るのが、由海とユキナリという、学生達だった。

 

「二人は、同じ学校なんですか?」

「そうです。クラスは、隣でした。でも中学の時からずっと友達なんですよ。それと、あのう、何だか教師の方に敬語使われてると、妙で落ち着かないんです。年上でもあるわけですし」

(知らねえよビッチ)

「わかった。じゃあ遠慮なく。その学校というのは別に、アメリカの学校ではないんだね」

「はい」

「変だな…。縁もないどころか、暮らしている場所すら全く違っている人も混ざっているのはどういうことなんだろう。僕は一人だったから、よくわからないけど、そういうのに何か法則性はあるんだろうか」

『さらっと嘘つくなあ』

 

 生徒達の存在は抹消されている。

 

「いえ、おかしくないのかもしれません」

 

 由海は首を振った。

 

「私達の学校は、研修旅行でアメリカに行くんです。博物館を回ったり、名所でガイドさんの解説を聞いたり。私も幸成も理系だったから、NASAの基地を見学しにフロリダへ向かう予定もあったんです」

「でも、その旅行途中の記憶はないと?」

「はい、全く」

 

 一応の共通点は見つかった。貴樹達は同じクラス、そしてその担任。ウィン達はアメリカにいた。くくりの大きさにはかなりの違いがあるものの、どうやら無作為に選ばれた者達ではないことは、明白だった。

 

(アメリカ、ハリウッド…)

『どうした』

(ちょっと、嫌な予感がしてな)

『ああ……、い、いやいや。そうだけどさ。ないだろ、流石に。どんな確率だよ。それに、こいつらの中にはいないだろ』

(まあ、そうなんだけどな)

 

 不安を潰すために、貴樹は尋ねた。

 

「貴方達八人以外に、ここで暮らしている人はいるんですか?」

 

 ウィンがこちらと視線を合わせてくる。

 

「どうして、そんなことを?」

「この場所は、もっと、こう、大人数で住むのに適していると思ったからです。この部屋も、椅子の数とテーブルの広さが噛み合っていないような」

 

 彼らの雰囲気がかすかに変わった。貴樹はその感情を敏感に察知する。少しだけ気分はましになった。どうでもいい人間でも、負の感情だけは、面白い見せものだと感じられるからだ。

 切り出したのは、やはり由海だった。

 

「最初は、四十二人いました。ですか、目覚めた教会から追い出された後、様々な困難があって。今では、私達しか残っていません」

 

 貴樹は慌てた風を装い、頭を下げる。

 

「踏み込んだを質問をして、申し訳ない」

(ざまあああああああああああああ!)

 

 心の中で、中指を立てる。できれば、どのようにして人々が死んでいったのか、詳しく知りたかった。とても良い話が聞けそうだ。この世界の厳しさで人間共が潰れていくのは、誇らしく、痛快でもあった。

 猿のように笑っている内心とは裏腹に、彼はすまなそうに続ける。

 

「それで、もう少しだけ訊きたいんですが。その、教会とやらを追い出されたのは、なぜですか? 誰が、一体そんな酷いことを?」

「それは…」

 

 由海が言おうとして、ウィンに遮られる。彼女にこれ以上話させるのは辛そうだと考えたようだ。怒りの滲ませた口調で、彼は言う。

 

「俺達も、迷惑をかけるつもりなんてなかった。でも、その教会の住民が、一方的に追い出したんだ」

「住民、というと?」

「シスターの女性だった。俺達とまともに話そうともせずに、まるで道具みたいに観察するだけで、取り合ってくれなかった」

(フリーデ、ナイスだわ。ほんとに)

「でも、なぜ貴方達がこの世界に来たのかを、その人が知っている可能性が高いんですよね。もう一度くらい、交渉してみた方がいいと思いますが」

「我々も、そうしようと考えたんだ」

 

 ランドンが、テーブルの上で拳を握る。

 

「だが、奴には、とんでもない化け物がついていた。忠誠を誓っている、化物だ」

 

 言い切った直後、会議室に人が飛びこんでくる。先ほどの茶髪の女性、ジアンナだ。さらに顔を汚して、息を大きく乱している。その後ろには、同じく額に汗している幸成がへたり込んでいた。

 それは、疲労のせいだけではないようだ。二人共、怯えている。

 ランドンが席を立ち、肩で息をしているジアンナを立たせた。

 

「どうしたんだ?」

 

 彼が手を何もない場所にかざすと、ガラスのコップが出現する。中に水が入ったそれを彼女に渡し、落ち着かせた。一気に飲みきったジアンナは、血の気の引いた顔で話しだす。

 

「やばいよ。私達、遠望鏡の調整をしてたんだけど。崖上に、あいつが来てるんだ」

 

 ウィン達はそれだけで、誰なのかを理解したらしい。場が一気に張り詰めた。ランドンとウィン、ファエラはすぐに会議室を出て行った。由海はうずくまっている幸成の相手をする。その慌ただしい雰囲気に、状況を理解していなくても、危険が迫っていることだけはわかった。

 

「一体、何が来たんだ?」

 

 由海に尋ねると、彼女は震える声で答えた。

 

「例の、化物です」

 

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