火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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 長めです。


30.ありえない再会

 動揺から回復したジアンナと幸成に、遠望鏡とやらの所まで案内してもらった。天井から金属製の管が伸び、貴樹の顔の所でちょうど手前へと曲がっている。覗くと、外の様子がはっきりと視認できた。

 一面の白の中に、くっきりと浮かび上がる鎧姿。兜から覗く目は、憎悪で歪んでいる。

 

「裏口は、確保できてるのか?」

「ああ、安全だ。まずは女性達と、イアンを逃がす。俺達が時間を稼ぐんだ」

「ウィン、待って。私も戦う」

「駄目だ。ジアンナ、君も準備してくれ」

「なんでここがばれたんだか…。ユキナリ? どうしたの、さっさと逃げるよ」

「僕も、残らないと。ジアンナさん、先に行ってください」

「キミ、まともに銃撃ったことないでしょ。馬鹿なこと言わないで!」

 

 ウィンとランドンは銃を数丁持って、武装をしていた。懐に手榴弾を入れたのも見えた。どうやら、武器庫らしき場所があるらしい。いつか念入りに潰しておかなければならないと、貴樹は心に決めた。

 

(どう見てもヴィルヘルムじゃん。なんであいつが、ここまでやってきてんだ?)

 

 黒教会の騎士。葬送者。エルフリーデに忠誠を誓い、本来ならば守らなければならない場所があるはずだが。

 

「どう思います?」

 

 傍らのアンリは、遠望鏡を覗いた後、難しそうな顔で答えた。

 

「相当な達人です。我々全員でかかれば、問題ないとは思いますが…」

 

 異変の知らせが行ったアリ―とイアンに続いて、ホークウッドとクリムエルヒルトも入ってきた。ミレーヌはまだ休んでいるらしい。

 貴樹達の集団の方へ、ウィンが歩いてきた。

 

「あれが、化物ですか?」

「そうだ。シスターに食い下がろうとしたら、急にあいつが割り込んできた。交渉する余地もなく、その場で……、七人が殺された」

 

 貴樹は感心した。

 

(やるじゃん、ヴィルヘルム。ストーカーのくせに)

「まだ、ここに来たばかりで、借りも返せていない君達には、すまないと思ってる。でも、どうか、協力してくれないか。奴はおそらく、どこまでも追ってくるだろう。彼女達が逃げる時間を、一緒に稼いで欲しい」

 

 差し出された手に、貴樹は快く触れた。安心したようなウィンの顔に向かって、微笑みながら言う。

 

「いえ。その必要は、ないと思いますよ」

(いい機会だな)

「まずは、僕が上がって、話をしてみます」

 

 貴樹以外の全員が、言葉を失った。何も事情を知らないものから見たら、彼の姿でそのようなことを言うのは、滑稽でしかない。狂人だと思われても仕方がないだろう。

 ランドンが、詰め寄ってくる。

 

「話を、聞いていなかったのか? 奴は、容赦がない。俺達を殺す気だ。寝ぼけているのか」

 

 貴樹はこの男の腸を引きずり出し、食わせてやりたい衝動を抑える。

 

「失敗しても、時間稼ぎにはなるでしょう。危険にさらされるのも僕一人だ」

「そんなことを、許すわけには…」

「その男の好きにさせたら?」 

 

 ランドンが振り返ると、ファエラは続ける。

 

「私の見たことが幻じゃなかったなら、そいつも十分化物だよ。ぶつけてみせるのも手かもね」

「決まりということで」

 

 走り出そうとして、貴樹はゲルトル―ド達に向き直った。彼らは残り火の力を理解しているものの、絶対的に信頼しているわけではなかった。過去の、貴樹自身の不甲斐ない行動のせいだ。

 クリムエルヒルトが、前に出る。

 

「ついていきます」

「いいや。その必要はない。皆にばかり働かせるわけにはいかないから。大丈夫、大したことじゃないよ」

 

 彼らはあまり納得しきれていないようだったが、そこが貴樹との温度差だった。彼はもとよりどんなことになっても、一人で何とかするつもりでいる。ヴィルヘルムの実力は、まだ完全に推し量れていないのだ。複数で行った方が確実だとしても、アンリ達が傷付く可能性を作るのはなしだった。

 ゲルトル―ドの頭に腕を触れさせてから、未だ納得していないランドンの脇を抜け、出口へと向かった。

 崖下に出ると、足をたわませる。溜まった力を一気に解放すると、体はあっという間に崖を超え、雪の上に降り立った。

 沈黙していた鎧の男が、大剣を抜く。

 

(あれ、欲しいなあ。でも使えないとなると、観賞用にとっとくしかないのか。うーん)

『んん? なんだか、倒す前提の話に聞こえるんだが』

(話はするよ。交渉はしないけどな)

 

 貴樹は相手を刺激しないよう、ゆっくりと歩いた。

 

「こんな恰好で失礼を。エルフリーデの騎士、ヴィルヘルムと存じますが。戦う以外の選択肢がないかと、模索したい」

 

 兜の奥の目は、貴樹を捉えて離さない。さらに近づこうとすると。大剣が動き、貴樹の首めがけて振るわれた。

 当たる寸前で、刃は止まる。彼もそれをわかっていたので、何も仕掛けずにいた。

 

「…冒涜者共め。聖堂を汚し、あの方の手を煩わせる。話す価値も生かしておく意味もない。貴様が、新たな迷い人であろうと、獣どもの餌にしてくれる」

 

 ヴィルヘルムは取りつく島もない。外見はそう変わらずとも、こちらを対等だとは少しも思っていないのだろう。ただ処理すべき対象として、行動するのみ。

 彼がそういう者であることは、貴樹も理解していた。

 

「その剣、たいしたものだ」

 

 腕で示すと、騎士は誇らしげにそれを掲げた。

 

「ほう。まだ目が腐りきっていない者もいたらしい。これは、私が忠誠を誓う、尊き方から、いただいたものだ」

「名は、オ―ニクスブレード」

 

 剣へと注がれていた熱のこもった視線。それが、貴樹へと再び向けられる。

 

「炎を模し、貴方の主人エルフリーデが授けたもの。でも…、それは餞別であり、決別の証でもあったんですよ。なのに、どうして」

 

 貴樹は小さく笑みを漏らした。普段人に向けることは決してない、侮蔑の表情で、最大限に、相手を煽る。

 

「どうして、別れを告げられたのに、まだ彼女にしがみついているんですか?」

 

 鋭い、放つような気合いが貴樹の耳の中で響いた。

 風を、感じる。うなるような勢いで、大剣が横から迫ってくる。驚くべきことは、相手が片手で、その速度を実現させていることだ。常人の腕力では到底叶わない。

 

(くくくっ)

 

 しかし、憤怒にかられた剣筋は、あまりに単純だった。貴樹は意地汚くにやにやと表情を歪ませながら、目を閉じる。背中を緩やかに曲げ、大剣をすれすれでかわした。

 体の、他の部分が既に行動を始めている。すぐさま体勢を整えると、相手が剣の慣性を殺しきる前に、胴へ蹴りを打ちこんだ。衝撃が鎧の防護を超え、浸透したと確かな手ごたえがあった。

 ヴィルヘルムは、大きく体勢を崩し、毬のように吹き飛んだ。オーニクスブレードが宙を舞い、雪の上へ落ちる。体の方は数本の木を割った後、岩壁に激突した。

 自分の足を貴樹はまじまじと観察する。ふっとわいたずれた感覚が、いやに頭の中に残っていた。

 

(ま、終わったし、いいか)

 

 少しの物足りなさを感じながら、彼は踵を返した。ちょうど、ウィンが昇ってくる所だった。驚愕で何も言えないという様子だったが、やがて安堵とは程遠い口調で叫んでくる。

 

「やっぱり駄目だ。勝てない。死んでいないんだ。 逃げろタカキ!」

 

 じゅうううと、焦げる音が聞こえてきた。振り返ると、湯気の中から、割れた鎧の騎士が出てくる。雪を急速に溶かしている大剣を、手に取った。ぼろぼろになった兜が取れて、血まみれのヴィルヘルムの顔が露わになる。

 黒炎。黒教会の象徴でもあるそれが剣を覆い、騎士の体にまで広がり始めた。

 

「貴様を知っているぞ。貴様の悪魔があの方を汚している。浄化してやる。この身が滅ぼされるまで」

 

 黒い筋が走った。と、思えば、ヴィルヘルムが目の前まで迫っている。貴樹は大剣に二発、膝を撃ち込んだ。剣撃は逸らされたが、炎を纏った拳が彼の顔にめり込んだ。

 尋常ではない衝撃で頭が揺らされる。左足を地面に突き立てて、重心が崩れることはなかった。頭を相手の胸にぶつける。ヴィルヘルムはのけ反ったが、さらに大きな咆哮を上げて、頭突きをやり返してくる。

 それを見きり、入れ違いざまに騎士の耳を食いちぎった。それから体を回転させ、重さの乗った中段の蹴りを腰へ炸裂させる。同時に迫ってきていた刃を、歯で受け止めた。

 

(ふーむ)

 

 顎に力を込め、大剣の刃先を噛み砕く。炎の勢いが少しだけ弱まった。

 後ろへ飛び、貴樹は相手との距離を取る。八割の意識を、相手の迅速な処理に使うと決めた。両足を弾けさせ、相手との距離を食いつぶす。

 ほぼ完璧に合わせてきた大剣での振り下ろしを、体を捻って回避、そして腰を落とし、ヴィルヘルムの足を鋭く払った。

 すぐさま飛び上がり、倒れようとしている相手の顔へ、体重の乗った踵を直撃させた。防具のないまま、残り火の膂力を受け止めた顔は、一瞬で潰れて、果実のように中身を飛び散らせた。

 落とされた大剣の余熱が、まだ、雪を水に変えている。

 

(俺の、勘違いでなければ)

 

 両腕がないというのは、大きな欠陥だ。戦い方を足主体にしなければならないことの難しさは、そもそも人が二足歩行である事実からしても、当然のことだった。

 しかし、貴樹が負っているハンデを鑑みたとしても。

 

(弱くなってるな。明らかに)

『どういうことだよ』

(一発目で殺すつもりだった。今まで、その計算を誤ったことはねえ。こいつがしのいだのは、単純に、俺の蹴りの威力が小さくなったからだ。こいつがやけに他の奴よりも速く感じたのは、俺が遅くなったからだ)

『つまり…』

(ああ。残り火を他の者に分け与えるのは、力を分けるのと同義だ。六つ消費して、ようやく自覚できるようになったわけだな)

 

 残り火の使い道を、より慎重に考えねばならなくなった。できれば、これ以上使うことはなく、目的を果たせればいい。

 オーニクスブレードを拾おうとして、激痛が走る。やはり、不可能だったことに萎えていると、いつの間にかミレーヌとゲルトル―ド以外の全員が、上に来ていた。

 

「倒しちゃった…」

 

 由海が未だ実感できていない様子で、つぶやく。相当この騎士に苦しめられたらしい彼女達は、皆、一様に言葉も出ないようだった。

 ホークウッドが、遠慮がちに言ってくる。

 

「大丈夫か? ひやっとしたぜ。途中で血を吐いて、ぶっ倒れたらどうしようかと、生きた心地がしなかった」

(ノミ?)

『まあまあ削られたな。耐久値一割減は痛い』  

 

 貴樹は、ランドンへと向き直る。

 

「少し、危なかったですが。何とかなりました」

「少しか」

 

 死体を見て、お手上げだと言わんばかりに、笑った。

 

「ファエラの言う通りだった。何なんだ、お前は」

「スーパーマンだよ!」

 

 イアンが、きらきらと目を輝かせて、貴樹に走り寄ってくる。小さく何度も飛び跳ねて、興奮が抑えきれないようだった。腹筋を叩いて、真っすぐな憧憬を向けてくる。

 

「すごいよ、すごい! かっこいいっ」

「そう? ありがとう」

 

 少年がきっかけで、彼らは喜びを爆発させた。ランドンは泣いている妻と抱き合い、他の者達も互いに笑い合っている。彼らにとってみれば、本当に、絶体絶命の危機だったのだろう。

 ウィンが勢いよくハグをしてくる。

 

「君が、アベンジャーズの一員だとは、思いもしなかったよ。この世界に来てから、最高の日だ。どんなに感謝しても、しきれない」

(おげええええええええええっ! きんもちわるうううううううううう)

 

 貴樹は吐き気をこらえた。

 

(せっかくおだてられていい気分になった所をよお)

『それくらい我慢しろよ』

(いやいやいや、こいつだけか知らねえが、異様に気色悪いんだよ。体が拒絶してる)

『お前、どんだけ人類嫌いなんだよ…』

 

 彼らの喜びように騒いでいる虫程度の相手をしていると、自らの内心と同じように、晴れない様子でいる者がいることに気がついた。今まで貴樹をあまり信用していなかったファエラや、不安そうだったアンリも和らいでいる中、クリムエルヒルトだけは笑っていなかった。

 ヴィルヘルムの死体の処理は、ウィン達の強い希望で、崖へ投げ込むことに決定した。火葬も、土葬も、する価値は無いらしい。暗闇の底で何かに貪られる結末が、お似合いだそうだ。それに反対する者は誰もいなかった。

 お礼も兼ねて、それなりの広さの部屋を三つ、使わせてもらうことになった。一つは、既にミレーヌが寝かせられている所で、後はホレイス、貴樹、ホークウッドの男達と、アンリ、ゲルトル―ド、クリムエルヒルトの女達で分けて使うことになった。もちろん、彼はあまり守るつもりがない。

 女性用の部屋に集まり、貴樹は聞いたことを整理して伝える。とにかく目指すべきは聖堂だと、全員に理解してもらう必要があった。

 だいたいは納得してもらえた一方で、二人がまだ何かを言いたげにしている。

 まずは、ホークウッドが話し始めた。

 

「あいつらが、タカキの、つまり灰がやってきた世界の住人で、いいんだな?」

「そうなりますね」

「話している言葉も?」

 

 貴樹がその質問の意図を理解しようとした所で、新たに誰かが中に入ってきた。

 

「ミレーヌ。大丈夫なのか」

 

 彼女はまだ顔色が良くなかったが、足取りは確かだった。尋ねてきたホークウッドの横に座り、軽く頭を下げる。

 

「迷惑をかけたわ。ごめんなさい。もう、大丈夫」

 

 体調は回復したにせよ。大丈夫そうにはあまり見えなかった。ノミの言う通り、ウィン達に会ってから、彼女はどこか変だった。

その答えを、どうやらホークウッドも気づきかけているらしい。

 

「俺は、よく考えると、お前のことをちゃんと知っているとは言えない」

「どう、したの?」

 

 クリムエルヒルトが、ベッドの枕に顔を寄りかからせる。二人に向かって、含み笑いをしてみせた。

 

「私達、退出した方がいいかしら。大事な話は、二人っきりの方がいいでしょう」

「いや、いいんだ。これは、俺達全員で共有しておくべきことだと思った」

 

 彼女のからかいにも、ホークウッドは真面目に答える。ミレーヌを一瞥し、それから貴樹へと顔を向けた。

 

「アリ―って、いったか。全然言っていることはわからなかったが、彼女はいい奴だ。何者かもわからない俺とミレーヌに、丁寧に対応してくれた。…でも、ミレーヌ。お前は違うんだろう。お前は、多分、彼女を知っている」

 

 ミレーヌは言われて、しばらく目を開いたまま固まっていた。それから何度も瞬きをしながら、首を振る。

 

「何を言ってるの?」

「つまり、お前はあいつらやタカキと同じ世界から来た、灰だってことだ。根拠ならある。あいつらが話す言葉はまるで意味がわからんが、聞いたことがある。お前と、初めて会った時、どの国にも当てはまらない妙な言葉を、お前の口から聞いた。それと、全く同じなんだ」

「やめて、ホーク…」

「もう一つ、アリ―が、何もない所から、布を取り出したのを見た。それも見憶えがある。あんまりいい思い出とは言えねえが、お前は瞬時に大剣を出現させて、俺の腹を貫いた。インベントリって、言うんだろ? 祭祀場で、タカキの部下のガキ共が同じ言葉を言っていた」

 

 ミレーヌは立ち上がった、見てくる全員を恐れるように部屋の出口を一瞬だけ見る。

 

「違う、違う…。私は、幼い頃に、シフィオ―ルスに拾われて、それで」

「それ以前の、記憶はあるのか? 親は?」

 

 彼女は頭を抱える。

 

「私は、ホークと同じ世界で生まれたの! そうに決まってる。彼らとは違う。私は、ずっと、あの世界で生きてきた。親は、きっと、死んだのよ。私を守って」

 

 ホークウッドも立ち上がった。

 

「家族のことを、そんなに軽く言うんじゃねえ」

「貴方が、家族よ。親の代わりに一緒にいてくれた。それでいいの! だから」

「だから、何だ?」

 

 一歩、ホークウッドが進めば、ミレーヌは一歩下がる。そんなじりじりとした追いかけっこが続き、彼女はベッドの前にまで追い詰められた。

 彼女の腕を掴み、顔を近づけて、目を合わせる。

 

「今まで俺に、そんな大事なことを話さなかったのは、怖かったからか? 俺が、お前の出身のことを知って、拒絶するとでも思ったのか? 生まれた世界が違うから、何だってんだ。俺は自分の全てを、お前に預けると誓った。その思いを疑われるのは、やるせねえよ」

 

 段々と、深刻そうだった雰囲気が、気まずいものに変わりつつあった。ホークウッドはもはや、周りのことが意識から消えているようだ。憑かれたように、彼女だけを見つめている。

 

「そうだ、俺とおまえは家族だ。二度と、離れることはない。できる限り、お前のことを知りたいと思ってるし、その、なんだ、こんなこと、誰かに言うなんて思いもしてなかったが」

 

 ミレーヌは青白い顔から、次第に紅潮しつつあった。ちらちらと貴樹達を気にし始める。アンリは出て行くべきかと出口を伺っていた。生温かい空気が流れ始める。

 貴樹というと、傍らのゲルトル―ドの胸を気にしていた。

 

(なんで盛大ないちゃつきを見せられてるんだ? くっそ…)

 

 腰が抜けたのか、ミレーヌがすとんとベッドに腰掛ける。見ている者達のことなど気にもとめずに、ホークウッドは続ける。

 

「お前がいないと、生きていけないんだ。あれだ、端的に言うと、お前を愛し」

「ち、ちょっと待って」

「あ? 何――」

 

 ミレーヌは決定的な一言の一部を聞いた途端、跳ねるように立ち上がり、ホークウッドの肩を掴んだ。もう片方の手で自分の口を押さえながら、彼を出口の方へと引っ張っていく。

 

「ほら、やっぱり二人で話した方がよかったじゃない」

「うるさい」

 

 真っ赤な顔でクリムエルヒルトを睨みつけた後、ホークウッドと共に去っていった。そういう気持ちの整理は既に最初の洞窟で済ましていたと思っていたが、案外、どちらもきっかけがなければ踏み込めない性格らしい。

 貴樹はミレーヌの正体に前から勘付いていた。臭いとは思っていたのだ。女の監視隊など、よほど特別な何かを持っていなければ存在していない。彼の嫌う地球人であるのにもかかわらず、ダークソウルの世界の重要な役割を背負っていたということだ。もし、ホークウッドがいなければ、とっくに処理していただろう。

 なんとも言えない空気が残る中、クリムエルヒルトがはっきりと声に出して言ってくる。

 

「状況は理解しました。彼らはいい人ではあるんでしょう。でも、忠告します。あまり、信じない方がいいかと」

 

 まだ笑みの残っていたアンリが、冷たく彼女を見た。

 

「タカキさんと同じ出身であるのにもかかわらず、疑えというのか?」

「例えば、とある国が滅びた。その原因は、何だかわかる? 外の敵ではなく、内の敵に全てを崩された。貴方も心当たりはあるでしょう。同じ故郷、同じ国、同じ世界でも、様々な者がいるわ。善良な者も、邪悪な者も」

「私の故国を愚弄しているのか?」

 

 クリムエルヒルトは肩をすくめる。

 

「別に。内乱で滅びた国なんて、いくらでもあるでしょう。そういう風に聞こえてしまったのなら、ごめんなさい。アストラの事なんて、気にも留めてなかったわ」

 

 そうして互いを見合う二人の間に、貴樹は割って入った。

 

「ホークの言う通りです。貴方達はどちらも、大事な仲間だ。お互い相容れない気持ちはわかりますが、もういがみ合うのはやめてください。僕はそんなことを望んでいない」

 

 クリムエルヒルトは微笑んで身を引き、アンリは溜息をついて、ホレイスの所まで下がった。彼らがわだかまりをすべて解消し、肩を組んで進んでいけるとは、貴樹も思っていない。だが、不和は穴になる。厳しい戦いになれば、それは必ずどちらの命取りにもなりかねるだろう。

 

「僕だって、生徒達と別れてから、初めて会った同郷の人達のことを、大事に思っています。でも、クリムの言うことも無視はできない。なるべく彼らを助けたいんですが、ずっと一緒に行動するわけにもいきません。僕らの目標を考えれば、多分、命がいくつあっても足りないでしょう」

(どうなるにせよ、この世界で死ぬんだけどな)

『お前…』

 

 貴樹はクリムエルヒルトの意見の、はるか進んだ所にまで到達していた。

 ヴィルヘルムを想う。彼には、感謝をしてもらいたかった。鉛弾で体を汚されることなく、殺してやったのだから。ウィン達の集団のいくらかを処理してくれた働きがなければ、もっと、無残な最後にしていた。

 

(奴らの全てが不快だ。もう潮時だろう。最低限の情報は取れた。後は、奴らをいなかったことにするだけだ)

 

 念入りな、殺害計画を考え始める。当然今からこの部屋を出て、全員をなぶり殺しにするのは造作もないことだ。彼らは、弱い。今まで生き残ってきたのが奇跡なほどに。

 しかし、それでは意味がない。彼ら自身にはともかく、アンリ達、特にゲルトル―ドには自分が冷酷な殺人鬼だとは思われたくなかった。優しく、清い精神が偽りであると、誤解されたくはない。

 

『誤解じゃねえだろ』

 

 故に、貴樹が手を下す所を決して見られないようにする必要があった。できれば、彼ら全員が、喜んで自分から命を絶ってくれるような展開を作れればいい。彼はそれを嘆き悲しむだけで、かってに周りが評価をしてくれるのだから。

 

(鍵は、奴らが常に纏ってる、妙な後ろめたさだ。くくくくく、叩けばどんな埃が出るだろうなあ。自身がどうしようもない屑だと、どうやって自覚させてやろうか。楽しくなってきたな、はは、ははははははははははは、アッハハハハハハハハハハハハハハハ―――――)

 

 部屋の扉が開く。二人が戻ってきたのかと思えば、現れたのは由海だった。

 

「さっき、お二人とすれ違ったんですけど、何かありました?」

「彼女達は、あ―、特別な関係なんだ。色々、難しい時期でね」

 

 彼女は察したようで、笑いながら頷いた。

 

「ふふ、そうなんですね」

 

 その姿を、さっそくつぶさに観察する。この場で殺すことは我慢しなければならなかった。彼女に比べれば、クリムエルヒルトの方がはるかに存在として有意義だ。決して悟られない殺意を向けながら、計画を練った。

 

「ところで、よろしければなんですけど。外を散々歩いてきて、冷え切った体を温めませんか。私達からのもてなしとして、お風呂を用意してます」

 

 殺害計画の何もかもが、吹き飛んだ。

 

 

 

 

 インベントリというのは、存外、便利なものであるらしい。

 

「フロというのは、何だ?」

「温かい水を貯めた容器に入って、心身を休めるんですよ。体の汚れを清めるのにも役立ちます」

「随分と、贅沢な使い方だ。祭祀場の篝火で十分だったが、まあ、今はありがたいな」

「……」

 

 ホークウッドと、ホレイス。彼らと一緒に見張りという名目で、風呂が設置されている部屋から少し離れた所で座っていた。渋る声もあったが、女性達が先に入るという条件になると、クリムエルヒルトもまんざらではないようだった。

 

「ミレーヌとの、話はちゃんと終わりました?」

 

 ホークウッドは顎をかいた。

 

「なんとかな。正直、あんな責めるような口調で言ったのは間違いだったかもしれねえ。俺も冷静じゃなかった」

「僕も、少なからず驚いてますよ。彼女が僕と同じように世界を渡ったとすると、色々な疑問が湧いてくる」

「というと?」

 

 耳が敏感になっている。できれば今だけ、あまり会話をしたくなかったが、繕うためには必要なことだ。

 

「彼女はもう長い間、あの世界で暮らしていた。ほんの少し前にやってきた僕や、生徒達とは明らかに異なってます。その時期のずれが、何かを示しているかもしれません」

「なるほどな」

 

 貴樹は立ち上がって、大きく伸びをした。下半身の激動を悟られないよう、意識して抑制をする。

 

「どっか行くのか?」

「彼らの仕事を何か手伝えるか、話してきます」

「本当に?」

 

 ホークウッドに向かって、彼は首を傾げてみせる。そういうふりをしてから、参ったように、笑みを作った。

 

「その、実は。クリムから一応忠告を貰ったんですよ。あまり大きな声では言えませんが、彼らを監視する意味でもあります。僕にとっては、正直、貴方達の方が大事ですから。用心に越したことはないです」

 

 ホークウッドはしっかりと視線を合わせてきた。

 

「俺も何か役に立てるか?」

「いえ、二人はここをお願いします」

 

 風呂へと続く扉とは反対方向に体を向け、歩き出す。頭ではこの住まいの構造をもう一度確認していた。自らが見たものを逆算し、目標への道筋を思い描く。

 数歩歩いた所で、ホレイスが彼の進路を塞ぐように立った。

 

「…アンリから、お前の……行動原理を、聞いた」

「えっと?」

「何をやりかねないということもだ…。お前には…感謝をしている。だが、今はやめるべきだ」

 

 ホレイスがこれほど多くの言葉を語るのは初めてだったが、そこを気にしている余裕はあまりなかった。理解していない、という表情を作り、首を振る。

 

「でも、できることは早めにやっておかないと。別に、今じゃなくてもいいですけど、先延ばしも、よくありませんから」

「もう、ごまかすのはいいと思うぜ」

 

 いつの間にか、ホークウッドも側に立っていた。二人に、挟まれる形になる。

 

「フロとやらに続く扉はここだけじゃない。裏口も当然ある。ホレイスの言う通りだ。タカキ、そういうのは駄目だぞ。最低限の礼儀を、わきまえるべきだ」

 

 彼は二人を交互につぶらな瞳で見た。が、彼らの意志が固い事を知る。完璧に隠し通していたと思っていたが、やはり、普段の行いが災いしたのだろう。

 息を長々と吐き、その場に座った。あーあ、と床に寝っ転がる。

 

「アンリさんと、ミレーヌには指一本触れませんし、視界に入れるつもりもありませんよ」

「いや…、そういう、問題じゃないと思うが」

 

 ホークウッドの言葉に、ホレイスも頷いた。

 

「まあまあ、そんな本気で答えないでくださいよ。僕だって限度があると思ってます。冗談ですよ。こっちではわかりませんが、僕のいた世界では、そういうことをすると罰があるんです。実際に行動に移すなんて、よほど追いつめられた者くらいですね。元から、そんなことをするつもりはありませんでしたよ」

(ノミ、ギアを……一段階上げろ。百二十%だ。限界を超えるぞ)

『そんなのねえぞ。寝ぼけてんのか?』

 

 貴樹は苦笑しながら、ぎりぎりと両足に力を込めた。二人が警戒しているのはわかりきった上で、それでも止まるつもりはない。合法的に(?)かつてない極上の映像を脳に刻み込める機会を目の前にして、逃す手はなかった。

 

「じゃ、正面突破しますね」

 

 一応の礼儀として予告してから、足を上げ、床に叩きつける。天井に飛び上がると、再び下へ向かって蹴り込んだ。ピンポールの動きを、彼らの目では追えない速さで繰り返す。貴樹の残像が線を作り、次の行動を読みにくくしていた。

 いくつかのパターンを三巡してから、少しずらし、別の壁に着地する。足をしならせ、風呂へと続く扉に向かって一直線に突進した。

 相手もさすがに並みではない。結局目指す所は一つだと理解している。扉の前に立ちはだかる二人へ向かって、体を回転させながら飛び込んだ。彼らを避けたり、無理やりどかそうとする必要はなかった。つまり、諸共押し込めばいいのだから。

 貴樹の体が、二人へ直撃する。彼らの足腰がその衝撃に耐え抜けばいいが、有り得ないことだった。彼らも合わせた三人分の体重が扉にぶつかり、あっという間に破壊する。それでも勢いは止まらず、床に落ちても、もみくちゃになって転がっていく。

 中に入ったことは、湿気の含んだ空気でわかった。貴樹はいち早く起き上がると、呆気にとられているミレーヌを見もせずに通り過ぎる。

 

「一体―――」

 

 なにか異常があったのかと身構える、全裸のアンリに向かってギンっ、と目を大きく開く。

 

(戦技、眼力刻々!)

『だからそんなのねえって』

(なかなか…。Cの真ん中だな)

 

 記録した貴樹は止まらない。既に理解をしているらしいクリムエルヒルトが拘束の魔術を飛ばしてくる。それを、ホレイスとホークウッドになすりつけた。大きくスライディングをし、魔女の側を通り過ぎる。

 

(うアアアあアアアああアアアア嗚呼アアアアアア嗚嗚呼アア嗚呼嗚呼アアアアああああああアアアアああ嗚嗚嗚呼アアアアアアアアアアああああああああ嗚呼嗚嗚呼アア嗚嗚呼嗚呼アアああ嗚呼っ!)

 

 意識の十割がこの時、一つの目標へと注がれていた。

 部屋内は木の床が敷き詰められており、天井から吊り下げられた複数のランタンが、内部をほど良い明るさに保っていた。シャワーなどという大層なものではないが、糸を引けば上から桶に入った湯が体を洗い流してくれる仕組みもある。一体、どれほどの時間と労力がかかっているのかはわからない。それでも、故郷の雰囲気を再現しようと相当な努力をした痕跡が随所に見られた。

 一番奥には、湯船が二つ。察するに、一つは高温で、思う存分汗を流すためのもの。もう一つのぬるま湯の方に、彼女は浸かっていた。

 ここで、貴樹の本能のままに行動してしまったツケが回ってくる。簡単に言えば、それはあまりにも段階を飛ばし過ぎた挑戦だったのだ。手を握ったり、服から少しだけ出る肌にさえ結構な興奮をしていた彼が、許容量内で収めるにはあまりにも。

 ゲルトル―ドは湯に全身のほとんどを入れていた。が、そのさらさらと湯に漂う銀髪、濡れた白い肩や鎖骨、湯の中に薄らと透けて見える胸の像を目に入れた瞬間、脳の血管が全て千切れる感覚に陥った。

 

(wf432v女d◆gvンjfvfcjシkを絵hんfヴぉdjヴぉr□jふぉえwhふぉいえwjふぉいbf@ヴぃおjヴぉdBhヴぉい▼dhヴぃコおdsじょb♨ひおh(^_-)-☆gヴぉllmclxxkljjんヴぃ%お中dシhのふぃえhふぃおコえ○wふじぇうぃおfじぇw)

 

 貴樹の意識はあっという間に暗転した。

 

 

 

「……起きてください」

 

 彼には、もはや睡眠は必要ない。疲労も感じないので、体を横にする時というのは、こういった、外的ショックによる失神くらいしかなかった。しかも今回の場合は残り火の力が牙を向いたわけでもないので、回復は瞬時に終わる。

 目を開けると、場所は会議室に移動していた。全員が、その場に集合していた。貴樹はテーブルの上で起き上がると、ほっと息をつく。

 

「ご心配をかけてすみませんでした。まさか、また、副作用が来るとは予想もしていなくて。ウィンさん達には説明してませんでしたが、僕のこの力には、少々の危険が伴うんです」

 

 べらべらと口を回す。だが、周りの目は変わらなかった。呼びかけてきたクリムエルヒルトは腕を組んで、彼から一歩下がる。

 沈黙の中で横を見ると、自分だけがテーブルの上に晒されているわけでないと気がついた。ホークウッドもまたうなだれていて、その頬にはくっきりと手形の跡が残されている。拘束の魔術はまだ解けていないようだった。

 貴樹はえへへと、愛想笑いをする。

 

「ちょっとした事故なんですよ。僕は、被害者です。その、ホークさんが言い出したことなんですが、止めようにも意志が固くて。あ、扉を壊した分はしっかり働くんで。そこのところはよろしくお願いします」

 

 ぎょっと、隣のホークウッドが見てくる。

 

「どうしても、ミレーヌさんの裸が見たいって言うから。でも、最低限の礼儀は必要なわけじゃないですか。間違った道を進むのを辞めさせたかったんですが、それでも仲間なんですよ。手を出しあぐねているうちに、ああなってしまったんです」

「ホレイス?」

 

 なぜか追及を免れている彼は、目を閉じ、首を振った。アンリは無表情になり、魔女と同じく腕を組んで、こちらを見てくる。

 

「あの場にいた誰もが、タカキさん。貴方のはりきりようがすさまじかったと記憶しているのですが。何か、申し聞きはありますか」

 

 ホークウッドが下ろされる。顔が非常に険しくなっているミレーヌに引きずられて、会議室を後にした。

 

「ぼ、僕はいくら世界が違えど、人としての尊厳を軽んじるべきだとは思っていません。もちろん男ですから、女性のそういった姿には興味があります。でも、規律を乱してまで見るつもりはないんです。それに、ゲルトル―ドのことはそんな邪な気持ちで捉えてませんし、ただ、純粋に」

 

 クリムエルヒルトが目の前に布を放ってきた。未だ湿っているらしきそれを、貴樹は食い入るように見つめる。

 

「これは?」

「その子が水滴をぬぐったものです」

(ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア)

 

 その時彼は獣になった。ゲルトル―ドの裸を満足に見ることのできなかった後悔が、理性を溶けさせた。床に落ちている布に顔を突っ込み、鼻で大きく息を吸い込んだ所で、我に返る。

 一番混乱しているのは、彼と会ってまだ間もない者達だろう。ほんの上辺しか見せていなかったのだから、当たり前だ。だが、よく状況をわかっていないゲルトル―ド以外の、女性陣は一様に少なくない軽蔑を込めて見下ろしてきていた。

 

「僕は、おかしくなってしまったのか…」

 

 悲壮感を装って、ゲルトル―ドの所へ這いずる。その前を、クリムエルヒルトが立ちはだかってきた。

 

「いいですか? しばらく、この子と話すことと、そばに近寄ることを禁止します」

 

 うっ、と貴樹は陸に揚げられた魚のように呻き、痙攣する。

 さっきからずっと、ウィンだけが派手に笑っていた。

 

 

 

 

 ヴィルヘルムという、聖堂へ向かう際の最大の障害が消えた事で、全員の意志がフリーデとの対面を望むようになった。貴樹達はもちろんのこと、ウィン達も、どうやらここからより聖堂に近い場所に拠点を移すことにしたようだ。

 そのための準備で、数日を費やした。拠点に置いてあるものを、インベントリ内に収納する作業だけで相当かかるらしい。その間の狩りの補助、護衛や拠点周囲の巡回も進んで引き受けた。できるだけ、彼らにいい顔をしておきたかったからだ。

 

「もう、風呂はしばらくありませんよ」

 

 だがそういったはりきりようが露骨だったので、当然貴樹の魂胆は見抜かれている。肩の上にイアンを乗せながら、彼はすっとぼけた。

 

「あれを作るのにどれだけ苦労するかは想像できるよ。君が考えたの?」

「エロタカキ~~」

「がああああ」

「きゃ―」

(ガキめ。欠陥的存在が俺を馬鹿にしやがって)

『同レベルだろ』

 

 頬をつついてくるイアンに向かって、歯をむき出しにする。少年は嬉しそうに悲鳴を上げ、彼の背中を滑り降りた。待っている母親に抱きついて、にやにやと彼を見てくる。

 微笑ましそうに眺めてから、由海は頷いた。

 

「やりたいって、最初に言ったのは私です。でも設計とか、実際に中心になって作ってくれたのは幸成なんです。ね?」

 

 ジアンナと持っていくべきものをくだくだ口論している彼は、訊き返してきた。

 

「なんだって?」

「何でもないよ―。邪魔しちゃってごめんね」

 

 にこやかに手を振り、こちらへ向き直る。

 

「まだ、罰は続いてるんですか」

「聖堂へ行って、帰ってきたらいいらしい。そろそろ本当に我慢の限界なんだけどね」

 

 邪魔をするのが、クリムエルヒルトだけならまだ言いくるめる隙があった。しかし、そこにアンリやホレイスが加わるとなると、強引にゲルトル―ドへ飛びつくのも躊躇われる。もちろん、後悔はしていない。見るものは見れた。

 

(んぐぐううううううううううううう!)

 

 鼻を押さえて、上を向く。思い出すたびに、興奮の残滓が一気に駆け昇ってくる。これだと戦闘中に支障が出ること必至なので、彼は惜しみつつも、ゲルトル―ドの湯姿の記憶を封じ込めることに決めた。心臓がいくつあっても足りない。

 

「また気持ちわるいうごきしてる」

「にゃああああ」

「や――」

 

 イアンは嬌声を上げながら、母親から離れ、会議室から出ようとする。ちょうどそこへ入ってきたクリムエルヒルトとぶつかった。初めは驚いた彼だったが、相手のことがわかるとさらに嬉しそうになる。

 

「炎のおねえちゃんだ! またあれ見せて」

 

 言葉は通じずとも、何をしてほしいのかは理解しているらしい。彼女はイアンの目の高さまで屈むと、指を一本示してみせた。彼の目を引くようにゆらゆらと左右に振ったあと、指先から小さな火球を作る。二つに分裂し、それぞれが異なる軌道で回転を始めた。その輪は大きくなっていき、イアンの周りを高速で回っていく。

 やがて二つの火球が合流し、彼の頭上で弾けた。赤い欠片が一気に広がり、綺麗な花を咲かせた後、クリムエルヒルトの手に収まっていく。

 

「へ―、たいしたもんだね。魔法ってやつ?」

 

 大喜びのイアンがもっとと催促する中、ジアンナが話に入ってきた。鎧などを嫌というほど観察していた彼女は、これにも興味を示すようだ。

 

(呪術だよ。間違えんなアバズレ)

 

 クリムエルヒルトは、表面上、きちんと彼らと交流する気はあるようだった。子供の扱いもわかっている。器用な女だ。

 幸成もまた、呪術のことで疑問がたくさんあるらしい。

 

「無から有を生み出す技術は、フィクションで散々描かれてきたけど、実際に目にする機会があるとは。地球じゃ、有り得ないですよ。やっぱりこの世界は、物理法則が異なってるみたいですね。別の宇宙という線もあるな」

 

 注視されている事に気がつくと、クリムエルヒルトは幸成に顔を向けた。突然の事でどぎまぎした彼は、小さく謝って作業に戻る。そのあまり女慣れしていなさそうな感じは、生徒の下田を思い出させる。なぜ今彼が頭に浮かんだかはわからなかった。

 

「彼は、一体何を話してたんですか?」

「長いようで、あまり意味のないことだよ」

 

 クリムエルヒルトとの会話を、ジアンナはじっと観察している。

 

「彼らとは、それなりに長くいたんでしょ? よく、そんな聞いたこともない言語を身に付けられたもんだわ」

 

 どちらも同じ日本語に聞こえるので、ややこしいことこの上ない。

 

「ええ、まあ。ジアンナさん達は、この世界に来てからどれくらい経つんですか」

「あれ、ユミとかが話してないんだ。最近はもう、数えるのはやめたけど。ざっと三十年はここで過ごしてるんじゃない」

 

 予想外、というよりもなるべく行ってほしくない方向の答えが返ってきた。驚くふりは最小限にしておく。

 

「三十年ですか」

「そっちも似たようなもんでしょ。見た目の年が変わらないってのは、最初は慣れなかったけど。よく考えればありがたい話だよね」

(…)

 

 ジアンナが、嘘をついていないことを確認する。てっきり、ミレ―ヌとの関係があると踏んでいたが、ホークウッドの話によれば、彼女が拾われたのはそのさらに前だ。この時点で、三つの目覚めのずれが起きていることになる。

 

(こいつら、俺の先輩になったつもりか? 何十年も早くダークソウルの世界を味わいやがって。その資格もないくせによお)

 

 などと、非常に心の狭い思考に浸っている。だがその感情も、全員の準備が整い、出発する時にはなくなっていた。ウィン達に関することで関心が長く続くものはないのだ。それよりも、ゲルトル―ドのことで頭は一杯だった。常に。

 話によれば、彼らが全員、一度に他の場所へ移動するのは十数年ぶりらしい。前の拠点だった所はここよりも侵入されやすく、鴉人の集団に襲われ、辛く厳しい逃亡だった。

 今回は違う。移動の際の護衛がたくさんいた。イアンとアリ―を中心に、幸成、ジアンナ、由海、ファエラが第一の防衛線を。そしてランドンとウィンがその外側。さらに貴樹達が、一番襲撃に遭いやすい先頭と最後尾を守ることになった。

 問題はある。イアンよりも移動に苦労しそうなゲルトル―ドの存在だ。彼女の命が貴樹にとって何よりも優先されるために、多少の反対があっても自分が背負っていくと押し通した。これで既に罰はほとんどなかったことになっているが、とうの彼女本人が気にしていないということで、もはや曖昧にされつつある。

 貴樹は上機嫌だった。数日ぶりに、彼女と触れ合えたからだ。足取りが軽くなり、他の者達を置いていかないよう気をつけなければならなかった。

 

「少し、立ち入ったことを訊いても?」

 

 アンリが後ろから話しかけてきた。雪の中で続く行軍の中、ゲルトル―ドは彼の背で眠っている。それを見計らったようなタイミングだった。

 

「どうぞ」

 

 彼女はゲルトル―ドを見てから、言う。

 

「貴方は、祭祀場に来た当初から、この子に、とても大きな関心を示していました。大事な者のため、一心に戦い抜ける所は、尊敬しています。ですが…、私と違い、貴方は彼女と会った瞬間から、既に決意を固めていたようにも思えます。彼女のどんな所に、それほどの価値を認めているのですか?」

 

 子を心配する、親がしそうな質問だった。今まで似たような問いを何度か向けられてきた。

 その誰もが、ゲルトル―ドのことを侮るような態度ばかりを取り、まともに応対する気にもなれなかったが。アンリは、真面目に貴樹の意見を聞きたいのだろう。

 普段抱いている思いをきちんと形にしようと、頭の中で考えをまとめた。

 

「まずは、顔ですかね」

「顔?」

 

 アンリは予想外そうに訊き返してくる。タカキはゲルトル―ドの体のずれを直し、もっと密着させる。

 

「例えば、頬から顎にかけての輪郭が、奇跡的なバランスを保っているんですよね。絶妙に触ってみたくなる縁取りというか。小さめな耳も、色素の薄い唇も、僕の好みに合っています。もちろん、髪の毛一本一本も宝石みたいで、たまに手で梳いてやると、なんともまあいい香りがするんですよ。顔をうずめたくなりますね。もちろん、顔だけではありません。世の中には体の凹凸がはっきりしている女性を好きだという男もいます。ですがそれはただ見た目の衝撃を重視した、浅い意見だと言わざるおえない。こう、手を広げて、ちょうど収まるくらいのものを、一番愛おしく感じるように本能はできているんですよ。そして、特に腰。彼女の黒衣は、その全貌を薄らと想像させるに任せています。それでもわずかに現れているくびれには、つい、目が引き寄せられるんです。こうして背負っている今も、伝わってくる柔らかい感触が何よりの安らぎと、前へと進む意志を培ってくれています。是非とも、火守女の黒衣だけではなく、もっと色鮮やかなドレスや可憐な装飾付きのワンピースを着せてみたいですね。その観賞会だけで、永遠に過ごしていられるでしょう。僕が外見だけに価値を置く男だとは思われたくないので、彼女の中身の話もします。一見、感情をはっきりと表に出すことをしないんですが、時折見せる戸惑いや控え目な遠慮が、い―い味を出しているんですよ。真摯な心で頼めば、決して断れない所も、自分を常に周りから一歩引いて考えている所も、保護欲をそそられます。彼女に自分の意見を持ってほしいのは常々願っていることですが、従順でおおらかな所も好きですね。話す時の唇の動きも、よく観察すると飽きません。やや低音寄りの細い声に、鼓膜を振るわせられる度、平静を保つのが難しい。僕のことを灰の方、灰様と呼んでいた時なんて、灰の部分を少し緊張気味に発音しているんですよ。そのわずかな言葉の震えが、気に入ってましたね。もちろん名前で呼んでくれる方がはるかに嬉しいですが。今の彼女は、そうですね、不謹慎かもしれませんが、結構口の動きが丸くなっていて、とても可愛らしいんです。子供の頃も、さぞ愛らしい子だったんでしょう。僕はその時期から一緒にいられなかったことが、悔しくてたまらない。僕は男であることにある程度の誇りを感じています。でも、母親として彼女を産み、育てていくのも悪くないと言えますね。いや、待ってください。あるいは彼女の子になって、養われるのも捨てがたいです。いやいや、姉や妹という関係性にも魅力を感じます。もっとも、一番は対等に愛し合う関係ですけど。結局は愛なんですよ。この子はまだ、愛というものをよく知らないようなので、これからじっくり教えてあげたいと思ってます。ああいえ、そんないかがわしいことをするつもりはありません。ただ、一緒にいてあげれればいいと考えています。知ってますか、祭祀場にいた頃の彼女は、ある程度じっと見ていると、最初はちょくちょくこちらを気にしていたのに、やがて慣れてくるんですよ。僕という存在が受け入れられたみたいで、あの時は嬉しかったなあ。普段の彼女は石段に座って、ぼうっとしているか、篝火のそばで祈っているんですが、その時の少しの体の動きだけでも、毎回違ってて楽しいんです。どう違うのかというと」

「わっ、わかり、わかりました。貴方の思いは、伝わってきました。ありがとうございます、十分です」

 

 いつの間にか、貴樹は全員に囲まれていた。自分の思いを五十分の一ほど吐き出せたので、それなりに満足しているが、他の者は違うらしい。アンリは普段の落ち着きを完全に崩して、話の途中では恥ずかしそうにもしていたのに、最後の方は笑みもなくなって彼から身を引いていた。

 背中のゲルトル―ドが離される。振り返ると、ホレイスが彼女を背負う所だった。クリムエルヒルトが、額を押さえ、困ったように首を振る。

 

「やっぱり、もう少し一人で歩いてください」

「ええ~」

 

 今度は、誰も笑っていなかった。

 道中、狼や、鴉人、そして鹿の兜を被った大柄な亡者の襲撃を受けた。その全てが、例外なく貴樹を狙ってくるので対処自体は難しくなかった。ゲルトル―ドに触れず不安たっぷりな彼以外は、誰も怪我することなく、安全に進んでいった。

 一番、変わろうと努力していたのはミレーヌだろう。彼女はたどたどしい英語で、彼らとの会話を試みていた。十歳以前の子供相当の語彙だったので、一番話が合ったのはイアンだった。

 そこで、ミレーヌもアメリカに住んでいた事や、両親のこともわずかに聞こえた。彼女自身、記憶が曖昧であるが故に、家族がどうなったかもわからないようだ。その会話を見守るホークウッドは嬉しさ半分、寂しさ半分という感じだった。

 ウィン達が目指す拠点は、日が暮れる前に見えてきた。今度もまた崖の近くだが、下へしっかりとした木の梯子が下りている。そして、眼下には鴉村があった。より脅威が近くなったわけだが、彼らにとっては前よりも条件がいい場所だそうだ。

 そして、梯子のすぐ横には、かなり長い吊り橋が掛けられていた。風に揺らされて、決して安全そうとは言えない。その先には、この絵画世界で唯一の、大きな聖堂がそびえていた。

 由海が動きを止めて、その建物を静かに見つめた。懐かしさもあるだろう。それに加えてどこか、おぞましいものに対しているような恐怖も、貴樹には見てとれた。彼の方を向いたときには、繕うような笑みになっている。

 

「何も、変わってません。まるで、ついさっきこの世界にやってきたような気がします」

 

 他の者も目には止めていたが、あまり長くは視界に入れたくないようで、すぐに梯子をの方へと向かっていた。貴樹だけはずっと眺めていた。それほど、思い入れがあるわけでもない。だが、妙な胸騒ぎがしていた。

 

『ヴィルヘルムの奴、変なこと言ってたな』

(悪魔が、どうとかだろ。フリーデに何か危険が迫ってるのか? だとしたら、なるべく早く、会うべきだな。助けてやったら、恩も着せられる)

 

 そして、あの聖堂には、おそらく元の世界へと戻るための重要な鍵がある。さらに言えば、深淵を乗り越える手がかりも得られるかもしれないのだ。

 善は急げということで、下の拠点に落ち着こうとウィン達に、自分が今から聖堂へ向かうということを話した。彼らだけではなくクリムエルヒルト達もついていこうと言ってきたが、これはあくまで交渉の前段階的なものだと、自分一人で行くことを押し通した。相手がどう出るかわからない以上、下手をしたら、彼以外の者では太刀打ちできない可能性がある。

 ゲルトル―ドの護衛をしっかりと頼んでおいてから、彼は吊り橋を渡り始めた。一度振り返ると、アンリ達は外で待つつもりのようだ。何かが会ったらすぐにでも助けに行くという意思が見え隠れしている。

 

『実際、戦うなんてことになったら、大丈夫なのか?』

(余裕に決まってんだろ。ただ、耐久値を無傷に抑えることは難しいかもな。それこそ、俺が本気で殺す気にならねえと、一瞬でけりはつかない。仮にもボス級だから。アリアンデルと組まれたら、面倒になるだろう)

 

 橋は歩いてみると、案外丈夫だった。かなりの年月を経ていそうな見た目をしているものの、男一人分くらいの体重は何なく支えている。次第に遠慮もなくなって、小走りで、奥まで渡りきった。

 聖堂までの道では鴉人が膝を突き、一心に何かを祈っていた。こちらに気がつく様子もない。まともな思考もできない化物が、一体何に縋りついているのかは気になった。だがそれよりも、フリーデに会うという目的の方がはるかに重要だ。

 聖堂の扉は何なく開いた。ゲームであれば、フリーデは入ってすぐの広間で訪れる者を迎えていた。わりと楽しみにしながら、中へと入る。

 一見、誰もいないようだった。代わりに、絵の中の顔がいくつも、貴樹へ向かって微笑んでいる。本来彼女が座っているはずの祭壇周辺にも、絵画が雑多に置かれていた。さらに大きく違うのは、祭壇の状態だ。

 蝋燭がいくつも並べられた台の上に 修道女と子供の像がある。それらは貴樹に背を向けていた。台自体が本来あった場所からより奥へとずれて、地下へと続く階段がむき出しになっている。

 別の場所で仕掛けを動かさないと、そうはならないはずだった。フリーデは、訪れた灰に教父アリアンデルの姿を見せる気などなかった。彼がいる地下への道は、本来ならば閉ざされているはずだ。

 貴樹は警戒した。何かが起こっている。首を回してから、落ち着いた足取りで、進んでいく。階段に足を踏み入れると、冷えた空気が頬を撫でるのを感じた。

 下りた先は、また広間のような場所になっている。石床には浅く雪が積もり、左右の燭台が並べられている所だけが溶けて、水たまりを作っていた。

 一番奥には、想像したようなアリアンデルの姿はなく、鎌を持った修道女だけがぽつんと佇んでいた。かつてロンドールの勢力をまとめ上げていた、女剣士が。

 彼女が体をこちらに向ける動きだけで、貴樹はその実力を何となく理解した。

 

(想像以上だな。生身の俺が、五千いても相手にならない。しかし、いきなり臨戦態勢なのは、どういうことだ?)

 

 鎌を構えたまま、フリーデは口を開く。

 

「ようこそ、灰の方。いつか誰かが、ここへ来るということはわかっていました。ヴィルヘルムを殺したのですね」

 

 貴樹は敵意がないことを示すために、欠けた両腕を上げた。いきなり襲いかかって来ないということは、話す余地がある。

 

「仕方のないことでした。彼は、憎しみにかられていて、僕としては傷つけたくなかった。貴方に忠誠を誓った者を殺害した罰ならば、受ける覚悟はあります。ですがその前に、話し合いの場を設けたいんです」

 

 フリ―デの被っているフードがたなびく。

 

「私は、そのことを責めているわけではありません。あれは既に私に仕える身ではなくなっていた。それよりも、話し合」

 

 彼女は言葉を切る。フードを片方の手で押さえて、顔をこちらからやや右に逸らした。

 

(ん?)

 

 鎌が下げられ、彼女の口が億劫そうに動く。よく耳を澄ましていると、どうやら何かをつぶやいているようだった。 

 

「なんなのですか。冷静になれない気持ちは十分に承知していますが。…はい? 確かに気になりますが、今尋ねろと? 不自然では? ………ええ、わかりました。その鬱陶しい話し方はやめてください」

 

 貴樹は素で困惑していた。

 

(え? そっち? まさか、フリーデって病んでたの? 俺の知らない誰かと話してるんですけど)

 

 彼の鋭敏な鼻は、きな臭いものを嗅ぎ取っていた。自分の予想からずれた時は、ろくなことにならない。

 フリーデは咳払いをすると、鎌を落とした。床に転がる前に、霞がかるように消えていく。

 

「その両腕は、どうしたのですか?」

「えっと?」

「なくなってしまっているようですが。一体、誰がそのようなことを?」

 

 今、ここでするような質問だろうか。奇しくも、その答えは、彼女と無関係ではない。数瞬迷ったが、貴樹は正直に言うことにした。

 

「多勢に追いつめられた結果です。実際に、この腕を斬ったのは、ユリアという女性ですよ。貴方の妹ですね。リリア―ネにも、会いましたよ」

 

 彼女の反応を観察する。劇的な変化はない。が、しばらく言葉は出て来なかった。手が修道服の裾に触れ、また離れる。自分の言葉が、少なくない衝撃を与えているのだとわかった。

 再び、ぼそぼそと何かを話し始める。今度は声がさらにこもって、聞き取れなかった。何か、口論になっている気配は感じ取れる。いよいよ、貴樹は可哀想な目で相手を見始めた。アリアンデルがいないのと、何か関係があるのだろうか。粛々とした女性というイメージが、もう、ほとんど消えかかっている。

 フリーデが顔を上げる。どこかくたびれた様子だった。

 

「事情はわかりました。貴方に害を加える意思はありません。…わかってますから。もう少し我慢してください。それで、非常に唐突なのですが。到底、信じられないかもしれません。貴方ととても話したがっている者がいます。今から、替わりますので、落ち着いて聞いていてください」

(電波か……。ギャップあって可愛いけどなあ。精神がイってる奴は、どう対処したらいいんだ)

 

 冗談半分に聞いている彼に向かって、フリーデはフードを外してみせる。現れたその顔は、成熟した美貌の中、右頬の焼けただれた部分が一番印象を残した。しかし驚くべきことはその次に起こる。冷たい無表情が、一転、花の咲くような満面の笑顔へと変わったのだ。印象が変わるどころの話ではない。もはや、別人のように雰囲気が異なっていた。

 貴樹は背筋に言いようのない寒気を感じた。彼女が変わったことというより、その笑い方が、何となく見憶えがあるものだということに、とてつもなく嫌な予感がした。

 彼女が今にも飛びついて来そうな勢いで、言う。

 

「久しぶり。貴くん。私だよ、わかる? 本当に会いた」

 

 石の床が大きく割れるほど足を踏み込んで、後ろへと飛ぶ。空中で一回転してから、階段に降り立ち、背を向けて全速力で駆け上がった。入口の扉は閉まり切っている。そんなことはおかまいなしに、頭から突っ込んだ。扉は彼の体の大きさの分だけ穴が空いた。

 外に出て、ひとっ飛びで橋に乗る。半分ほど走ってきた所で、橋の基礎部分を完膚なきまでに破壊した。崩れ始める吊り橋を全身全霊の速度で渡る。何事かとアンリ達が近づいてこようとしたが、ぶんぶん首を振って、その必要性を否定する。渡り切ると、今まで橋がかかっていた場所は、ただの深い谷へと変貌していた。

 今まで、それなりの修羅場をくぐってきた。緊張はしたし、自分が乗り越えられるのだろうかと、疑問に思う時もあった。だが、はっきりとした恐怖と絶望を感じたのは、この瞬間が初めてだった。

 

(??????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????)

 

 そしてこれまでにないほど、彼は混乱していた。

 

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