火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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47.下田 対 ジークバルド、シーリス、フォドリック

  (587万9324)

 

 

 ジークバルドの攻撃をかわしながら、詠唱を続ける。既に一対一の状況を数秒ほど作り出すことに成功していた。捉えようによっては、一瞬にも感じられる時間だが、戦いにおいては十分すぎるほどの猶予だ。

 相手の力を刃で流す。大剣の腹を滑って、手元を斬りつけた。返す刃で、兜をかち上げる。そのまま横に薙ぎ払い、兜と首の間を一閃した。

 ジークバルドは血を流しながら、一歩下がる。追いすがろうとしたところで、相手が何かを詠唱したのがわかった。反応しきる前に白い光が目の前に広がり、意識が断絶した。

 

 

 

 

  (587万9325)

 

 

「あれもまた、奇跡の一種のようです」

「ここに来て、新術か」

「イーゴンと、基とするものは同じでしょう。ただ…」

「射程がある。しかも、発動後の隙が無い」

「かわそうにも、無理ですね。連携を、取られてしまっている。ヨルシカとシーリスの魔術にも同時に対応しなければならない」

「せっかく、一撃を入れてやったのに…」

「魔術で相殺を? あるいは、またアンドレイに頼るか」

「そんなことしてたら、フォドリックにやられる。相手はこっちが十分な防御を作るまで待ってはくれないよ」

「ならば…」

「うん。やっぱりあれをやろう」

 

 反詠唱の存在は、随分前から知っていた。

 詠唱に、詠唱をぶつける。相手の術に対して逆の性質の言葉、逆の順番で唱えることで、無効化することができる。魔術をぶつけて相殺するよりもはるかに短い手順でできるので、隙をほとんど作らずに防御できる。それに、確実だ。

 だが、この技能は明らかに、熟達した術師にとっても扱いの難しい方であることはわかっていた。反詠唱を成功させるには、相手から向けられた術の構成を正確に把握しなければならない。瞬きの間に到達してくるものの属性を見極めて、それに対応する詠唱をするなど、人間の反応能力の限界を大幅に超えている。

 クリムエルヒルトなどが容易くできていたように見えたのは、おそらく下田達側の術があまりにもお粗末だったからだろう。詠唱を身に付け始めてようやくわかった。言葉の伴わない魔術は、鎧も着ずに突っ込んでくる戦士よりも御し易い。今まで自分達が、どれだけレベルの低い中でもがいていたのかがわかった。

 あらゆる術に臨機応変に対応するのは無理だろう。それこそ、神にならなければ不可能だ。だが、もし、相手の使ってくる術が事前にわかっているとしたら。経験で、理解しているとしたら、かなり難易度は低くなるのではないか。

 ただ、ジークバルトのあの奇跡は、尋ねたところで構成を教えてはくれないだろう。本番の中で、彼の口の動きを観察する必要があった。わかるまで、何度も。

 

 

 

 

  (623万8976)

 

 

 発音は理解した。

 回復の奇跡と方向性は似ているが、微妙にニュアンスが異なっている。初めて聞く種類の詠唱だ。おそらく、これからも新しいものにたくさん出会うことになるだろう。

 

 

 

 

  (745万6579)

 

 

 戦闘中に正しく素早く発音するのは、困難だ。

 今回も、放たれた光の玉によって、頭を飛ばされた。

 

 

 

 

  (893万5640)

 

 

 わずかに分解が成功。

 イメージとしては組み合わさったパズルを分解する感じだ。

 そのためには、深い理解と、正確な詠唱が必要になる。

 

 

 

 

  (989万2300)

 

 

 約半分の衝撃を殺しきることができた。

 これで、致命傷ではなくなる。受けた傷は即座に奇跡で回復して、別の攻撃に対応する方針もありだ。

 しかし、そんなに簡単な話ではない。ジークバルドの他に、二方向から魔術が迫っている。シーリスとヨルシカのもの。どちらも、生半可な対応では処理しきれない。だがそこに構っていると、隙をついてくるフォドリックの攻撃を避けられない。

 対複数戦においては、戦いが長引くことこそ最も悪い状況だった。いずれ必ず、物量で追いつめられる。相手の攻撃をチャンスに変えていかなければ、到底切り抜けられないだろう。

 ジークバルドの術を完全に消し、そのカウンターで殺す。他の魔術は、あえて受けよう。どちらも頭を狙ったものではない。奇跡を差し込めば、十分に戦闘を続行できるくらいには回復する。

 

 

 

 

  (1067万3424)

 

 

 ほとんど無効化することに成功。

 だがまだ足りない。

 ここでも、動き出しの遅さが露呈している。反詠唱と同時に、ジークバルドの首を掻き切るくらいの行動はしなければならない。

 だが、イーゴンの時とは違い、術を防いでも相手はほとんど隙を見せないだろう。こういうカウンターは一手で決めないと無意味なので、少しでも対応されたら今度はこちらの危機につながる。

 ならば、隙を作り出す必要がある。相手の意表を突く。

 

 

 

 

  (1134万6759)

 

 

 手応えはあった。

 見えない体。

 下田は初め、その術の有用性を疑っていた。この術は既に対策されていると思っていた。祭祀場の者達には通用しなかったのだ。

 それは、ただ下田の術に欠けていたものがあったからだと、ようやくわかった。足りないものは、詠唱だ。それによって術を強化することで、相手には看破されづらくなる。見えない体でジークバルドの認識を少しでもずらせれば、それは決定的な隙になる。

 問題は、その時他の魔術によって受けた傷も治療しなければならないということだった。つまり、回復の奇跡と、見えない体をほぼ同時に行使する必要がある。二つの詠唱を、同時に口にする。

 並列詠唱を、今度は身に付ける。

 

 

 

 

  (1252万7892)

 

 

 無謀というほどのことでもなかった。

 二種類の詠唱を行うのは、既に技術的に確立されている。それぞれの発動する魔術の音節を、交互に挟んでいけば、発音に関しては合格できる。

 

 難しいには、イメージの方だった。二つの異なる術を想像し、顕現できるように維持し続けるのは、コツがいるとオーベックが言っていた。そのための特殊な思考法があり、まずはそれを身に付けることが先決だという。

 下田にとっては、必要のないことだった。なぜなら、Bがいるからだ。自分とBでそれぞれの術を思考すれば、同時に二つのイメージができる。

 並列詠唱は、容易い。

 

「思ったんですが」

「うん?」

「こうして考えると、術師として洗練されている者ほど、精神に異常をきたしている割合が多くなりますね。オーベックやヨルシカ、それに貴方の例を見ればわかりやすい」

「それは、どの分野でも変わんないよ。きっと、何かを極められる人って、別の何かを犠牲にしているんだ」

「…貴方は、随分と多くを犠牲にしましたが、たいして強くなってませんね」

「え~、そういうこと言う? 周りが異常なだけだよ。皆天才だもん。それに努力も怠らない。そういうのに勝つのって、本当に難しいんだから」

「でも、そろそろですね」

「うん、そろそろだ。やっと、一人」

 

 

 

 

 

 

 

 

  (1278万8937)

 

 

 ジークバルドに一撃を入れる。

 そこで、彼の警戒度は跳ね上がった。だから、自分の中で最適手を選ぶ。相手に接近することなく、素早く処理できる術を唱える。

 下田はそれと共鳴するように詠唱をした。聞いたジークバルドの顔が驚愕に染まっていくが、既に術は放たれている。

 反詠唱を成功させ、白い光が飛び散った。ほぼ同時に、下田の背中と片腕に矢が刺さる。痛みで思考を鈍らせることはなく、並列詠唱を開始した。

 下田の姿が消える。傷の再生が始まる。

 奇跡の精度はかなり上がっていた。ほぼ一瞬で、傷を完治させることに成功する。怪我をした部分が良かった。背中も腕も、散々自分で自分を解剖して、理解を深めた所だからだ。

 だから、段々とわかってきた。

 個人によって、血の臭いが違う。下田は自分の臭いを既に理解していたからこそ、相手の血の事も理解できた。ジークバルドのものは、酒が混じっているせいか、やや甘い成分が含まれているような感じがする。

 首に刃を差し入れながら、下田は顔一杯にジークバルドの血を浴びていた。相手の顔だけが、震えながらこちらを向いてくる。兜から除く目は、光を失い始めている。どこか、憐憫の情が混じっている。あるいは、家族に会える安堵も。

 さようなら、と心の中だけでつぶやいた。

 貴方は度を越えて優しいだけだった。そして強かった。己の中に抱える矛盾の苦しみを、決して表には出さなかった。いつも通りを貫くことで、自分達が苦しまないようにしてくれた。

 でも、地獄に落ちればいい。この世界にそういう概念があるのかはわからない。でも、あっちで家族とは会えないでいてほしい。死んでからも永遠に、自分のした行いを後悔し続けてくれれば、少しは気分がすっきりする。ずっと一人で。

 彼が倒れると、下田は予備の剣をインベントリから取り出した。そして、呆気に取られているシーリスへと向かう。

 

「シモダさん、気を…」

 

 祭祀場の中で、最年少なだけはある。一度こちらを殺そうと心を切り替えたのに、もう揺らいでいる。ジークバルドが死んだことで、本来の彼女に引き戻されたということか。

 下田の方も、嫌だなとは思っていた。イリーナは生かしているから、女性を殺すのがこれが初めてになる。それも自分とほぼ同年代の相手だ。さっさと急所を破壊して、痛みも感じさせずに葬ろうと決心した。嘘の、決心だが。

 彼女の魔術を消し、向かってくる刺突剣をかわした。

 フォドリックが全力で接近してくる。

 遅いと思った。あの老兵でも、味方が倒れることに対して動じずにはいられないのだろうか。

 ならば、自分の孫がそうなったらどうだろう。

 おそらく、フォドリックがこの三人の中で、一番の難関だ。未だに、攻略の糸口を見つけられていない。次元の違う相手というのは、彼を言うのだろう。だから、こちらの土俵まで引きずり落とすくらいしか、今は思いつかない。

 魔術でシーリスの武器を弾き飛ばした。同時に詠唱をして、拘束する。ちょうどいい区切りだった。下田としても、戦いのリズムをいったん落ち着かせるべきだと思っていた。

 

「動かないでください」

 

 フォドリックは立ち止まった。その目は、下田に鋭く向けられている。

 

「報いを」

 

 シーリスが体をひねり、拘束の上からでも反撃をしようとしてくる。下田にはそれが異常にゆっくりとしたものに思えていた。いい休憩になったと心の中で彼女に感謝する。そして適当に謝っておいた。

 彼女の首、顔、胸へ弾丸が呑み込まれる。下田が言葉を付け加えると、体内の弾が破裂した。衝撃が中で暴れまわり、シーリスは血を吐き出す。それでも、もがこうとしていた。下田は、彼女に対して剣を向ける。

 うなじを刺すと、彼女の拘束を解いた。蹴って、乱暴に地面へ倒す。死体を冒涜的に扱うことは、関係者にとっては効果が大きくなる。多少は、動揺を誘えるだろう。憤怒して向かってきてくれれば、一番ありがたい。

 フォドリックに視線を戻した瞬間、下田は顔を潰されていた。瞬く間に両手足を切断され、最後に心臓を刺されて死んだ。

 

 

 

 

  (1454万7860)

 

 

「これは、少し…」

「苦戦するのはいつもの事だけど、酷いな」

「糸口が見えませんね。こちらの攻撃が通用しないというわけではないようですが」

「強いね。単純に、強い」

 

 フォドリックと、一体一になるまで状況は進んだ。

 しかし、ここからが本番だった。相手は、シーリスを殺しても動じない。動じないように振る舞えている。模擬戦を繰り返していた時から、わかってはいた。フォドリックは達人中の達人だ。

 まず、その動きを読むのに苦労する。相手の中でパターンはできているのだろうが、おそらくその組み合わせが膨大だ。剣の流れが不規則的で、狙いが読みづらい。下田の片手剣よりも、フォドリックの大剣の方が振るう速度が速い。圧倒時な腕力の差も出ていた。今の時点では、四秒生き残れば上々といったところだ。

 

「Bが魔術で妨害をすれば、多少は道が開けるかも」

「そうしたら一秒で首を飛ばされますよ。二人の意識を近接戦闘に割いてこれですから。相手も詠唱の隙を与えまいと畳みかけてくるでしょう」

「うーん…」

「そもそも、無傷で勝とうとするのが、いけないかもしれません。これほどのレベルの相手ならば、犠牲を伴う策も選択肢に入れないと」

「肉を裂かせて、骨を断つ」

「あるいは、全く新しい可能性を取り入れるか」

「圧縮詠唱とか? でもあれは、ある程度質を下げる。通用しなくなるだろうな」

「いえ、そういう方向ではなく。自分自身に何か術を使ってみては」

「符呪のこと? どうだろう…。見えない体も無理だろうし。やっぱり、接近戦は避けた方がいいかも。正直、剣術はもう限界が来てる気がする。どれだけやっても、才能がある化物には勝てない」

「距離をとる方針には賛成ですね。ですが、逃げの一手だけはしてはいけません。短期戦を望んでいるのは、こちらの方なのですから」

「そうだね。新しい、何かか。難しい」

 

 

 

 

  (1537万4569)

 

 

 物量で押す作戦は駄目だ。

 下田が今同時に動かせる魔術の数は十五。それぞれを別の軌道で動かして、相手に避ける隙間をなくせば、通用すると思っていた自分が浅はかだった。

 限界の数を動かすということは、かなりの意識を割かれるということだ。そういう隙をフォドリックは絶対に逃さない。彼は恐ろしいほどの速さで大剣を正確に振り回し、包囲網に穴をあけ、下田自身へ肉薄してくる。その速攻に五千回ほど殺されてから、この方針を捨てることに決めた。十五から一個でも数を減らして余裕を保とうとしても、相手に何のダメージを与えていないことには変わりない。

 重要なのは、この戦いが最後ではないということだった。気力には、必ず限界が来る。控えている別の相手のためにも、無駄な術を使うわけにはいかなかった。この作戦では賭けたコストに対するリターンがあまりにも釣り合わなすぎる。

 今度は質を重視することにした。

 ロスリックにおける、クリムエルヒルトの戦いを思い出す。彼女はソウルの矢をそれぞれの部隊に編成し、その枠組みで論理的な動きをさせていた。相手の逃げ場をなくすような。下田もその真似をして、一発一発の威力をもっと高め、数を減らし、相手の死角を集中的に狙った。

 だが、フォドリックの身体能力は、それまでの想定をはるかに凌駕していた。どんなところを狙っても、的確にかわすか、斬り落としてくる。自分の把握しづらい部分を理解し、しっかりと防御をする。当たり前のことを完璧にこなされるのが、一番やりづらい。

 ここで、認識を変えることにした。

 フォドリックは、人ではない。見た目通りの相手ではない。四肢を持ち、直立して二足歩行をしているとしても、その通りに捉えてはいけない。今まで怪物だの化物だのと形容してきたが、本格的にそう思うことにした。今までの常識にとらわれていては絶対に勝てない相手だ。そういう敵を、どう殺すか。

 こちらも、常識から逸脱しなければならない。今までは教えられたことを何度も繰り返して、完璧にしてから相手にぶつけていた。つまり、誰かの想像できる範囲に収まってしまっているということだ。この経験においても才能においても勝っている相手に対しては、それだけでは到底通用しない。新しい戦術を、作り出す。

 

 

 

 

  (1698万4562)

 

 

 自惚れが過ぎた。

 この世界においては、魔術の歴史は相当に長い。その積み重ねられた研鑽の中で、誰もが思いつかなかったものを作り出すなど、思い上がりも甚だしい。そういうことが許されるのは、希代の術師だけだ。自分がそれにふさわしいわけがない。才能ある者が、魔術の全てを愛し、全てを捧げなければ到達できはしない。

 下田は、魔術が好きではなかった。大嫌いだった。使う度に、反吐が出そうになる。その非現実的な要素が、帰りたい故郷をじわじわと食いつぶしていくようで、気持ちが悪かった。

 だから、作り出すことはできない。全くのゼロから何かを生み出すことは無理だ。既存のものから、組み合わせる方がいい。新しい組み合わせはできずとも、相手の選択肢から外れたものにすることは可能だ。

 フォドリックは、化け物だ。多分、今まで戦った相手の中で最強だろう。でも、万能ではない。無敵でもない。なぜなら、一度負けた所を見たことがあるからだ。貴樹に負けた所を。そう考えると、多少は気が楽になった。

 

 

 

 

  (1890万5643)

 

 

「二つ? いや、少ないかな」

「最低でも三つ、四つは欲しいですね」

「しかも連続でしょ。運も絡んできそうだな」

「その誤差をどれだけ埋められるかは、内容に関わってきますね」

 

 強さが、どこに現れるか。一番重要なのは、不意の事態に対応できる力だと考えられる。たとえフォドリックの予想外の行動をしたとしても、すぐに対応される。経験と、ずば抜けた能力のせいで、隙が潰される。

 だが、彼が思考をする生き物である以上、間はある。意表を突かれた時、どう対応するか。それが無意識の内だとしても、必ず予測していた動きに対処するよりも遅れが出る。

 一度では駄目でも、二度は? 三度、四度目になっても、まだ余裕を保てるだろうか。その時には、下田にもわかるほどの隙が生まれているのではないだろうか。

 ここで役立つのが、情報の優位性だ。こちらは、もうフォドリックの事を嫌になるほど知っている。反対に、あっちは下田の事をたいして知らない。もちろん、油断できない相手だとは思っているだろう。既に三人を殺しているのだから。

 だが、今までほとんど関わりがなかったがゆえに、フォドリックは直前の戦いで下田を判断するしかない。イーゴン、ジークバルド、シーリスを倒した時のやり方から、次の手を予測している。

 つまり、それらとは違うやり方を何重にも畳みかけてやればいい。そうすれば、フォドリックと言えど、苦戦を強いられる。殺す道が、見えてくる。

 四回だ。四回連続で相手の想像外を突ければ、勝てる。後は、その内容を考えていくだけだった。

 

 

 

 

  (2243万7684)

 

 

 術と術の融合。

 矢と矢を合わせれば、さらに威力は強くなる。単純な掛け算よりも上がり幅は大きくなるだろう。

 フォドリック自体は、強靭だ。少しくらいの負傷はものともしなく、膂力もあり、全方位の攻撃をかわせるだけの軽やかさがある。

 しかし、彼の持つ武器はどうだろう。あの大剣には特殊な力が宿っている気配はない。質はもちろん良いのだろうが、所詮物だ。いつかは必ず、壊れる。

 狙うのは彼自身ではなく、武器にする。大剣で斬り落とさざる負えない場面をいくつも作り出せば、確実に耐久を削っていける。

 彼には、インベントリの能力はない。武器が壊れたとしても、すぐに代わりを出すことはできない。付け込む隙がある。

 ただ、融合させた術で破壊を狙うのは、間違った選択のようにも感じた。イメージと言葉によって形成される魔術は、かなり繊細だ。合わせると、普通は拒絶しあってお互いにはじけ飛んでしまう。故に非常に細かい操作が必要になるので、戦闘中に使うことは不可能に近かった。

 ただ、武器を壊すこと自体はいい案だと思う。これも一つの方針として考えていこう。

 

 

 

 

  (2467万8792)

 

 

 思わぬ副産物だ。失敗が財産になることもある。

 術の融合は、戦闘の速度を考えると採用は難しい。でも、役に立たないわけではなかった。

 ソウルの塊同士を適当に合わせようとすると、お互いに反発する。お互いがお互いへ作用を及ぼした結果、衝撃を発生させて、それぞれ正反対の方向へと弾け飛んでいく。その素直な動きに、下田はピンときた。

 自分の足に魔術を纏わせる。ソウルの塊を発生させる座標をそこに合わせれば簡単だ。そして地面にも塊を設置する。

 下田は飛び上がり、全体重をかけて、塊を踏んだ。途端、無理矢理接触したことにより、塊同士が拒絶反応を起こす。反発力が働き、爆発の音と共に、下田は顔面を天井に打ち付けた。それから地面に落ち、しばらく痛みで転がる。

 我に返ってから、手ごたえを改めて実感した。予想以上に強い力だ。自分がただ飛び上がっただけでは、天井に顔をぶつけることなど到底不可能だった。

 これだけ見るとただ高く飛べるようになっただけかもしれない。しかし、二つの塊の位置を変えるとどうだろうか。空中と自分の腰あたりに設置すれば、横への迅速な緊急回避が可能になる。

 さらには、上手く力が働く方向性を見極めれば、宙に浮いた状態でも移動ができることになる。下田は、今までの反省をした。敵と自分の距離や位置を考えた動きしかできていなかった。祭祀場の広場という空間を、もっと柔軟に利用した方がいい。

 フォドリックは空を飛べない。下田がそうできることも夢にも思ってはいないだろう。そこを突ければ、大きなアドバンテージを得られる。

 欠点は融合させた時の衝撃で体が抉れることだが、それをなくすために奇跡がある。多少の怪我をしてでも、新しい立体的な動きを取り入れるべきだろう。

 

 

 

 

  (2857万1348)

 

 

 自分の身体の脆さが煩わしかった。

 魔術の衝撃で飛び回るなど、下田にとっても未知の領域だ。当然失敗が積み重なっていく。衝撃で足や腹が抉れ、壁に激突して色々な骨が砕ける。

 だが、奇跡の練習にもなるので、続けた。何度も、ぼろぼろになった。

 

 

 

 

  (3498万1241)

 

 

 飛ぶ方向も、考えなくてはならない。

 この移動方の良い所は、予備動作がいらないことだ。足や体の向きを動かせば、相手にも気取られる。その手順を省略できるので、相手の予測を超えることができる。爆発で吹っ飛んでいるようなものなので、その速度も移動できる距離も段違いだ。

 あとは、精密性を引き上げるだけだった。自分の狙った場所へ、相手の攻撃が当たらないように飛ばす。それが一番難しかった。

 

「できたな」

「ええ。四つのずらしを入れられます。これが完璧に通れば、確実にフォドリックを仕留められるでしょう」

「でも…」

「そうですね。これは難しい。非常に難しいことです。もっと温存できる方法もあるかもしれません」

「それは、失礼だ。相手にとっても。これを信じて進むしかない。僕達の全てを出し切らなければ、乗り越えられない」

「ならば、頑張りましょう。できるまで」

「うん。今までと同じだ。何度でも、やってやる」

 

 

 

 

  (4576万2314)

 

 

 失敗。

 体がまるでついていけていない。戦闘の速度が一段階上がったからだろう。

 

 

 

 

  (5903万987)

 

 

 失敗。

 

 

 

 

  (7543万7469)

 

 

 失敗。

 

 

 

 

 

 

 

 

  (9876万1209)

 

 

 フォドリック。

 

 

 

 

  (1億2308万3412)

 

 

 フォドリック、

 貴方は。

 貴方が。

 

 

 

 

  (1億7893万4538)

 

 

 貴方が羨ましい。

 気が狂うほどに。

 貴方みたいになりたかった。貴方みたいに軽々と剣を振るいたかった。貴方みたいに大切な家族が傍にいたら、もっと強くあれただろうか。

 でも、振り返るつもりはない。どんな思いでいようと、貴方は自分の敵だから。事情がどうであろうと、排除するしかない。

 さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (2億3412万9051)

 

 

 まともに斬り合えば、六秒で殺される。

 逆に言えば、それだけ生き残れるということだ。

 そのうちの三秒だけを使って、下田は相手の攻撃を剣で流し続けた。一発一発が、腕の骨の奥底まで響く。かみ合わせた歯の根が震えてくる。

 詠唱はしなかった。無言の魔術を、フォドリックの側面へぶつける。彼は防ぐまでもないと判断したようだ。事実、詠唱のない魔術は彼の鎧の防護で簡単に消し去られた。

 その間に、下田は距離をとる。倒れているシーリスの死体から、首を切り取った。そして、それをインベントリにしまう。

 フォドリックが肉薄する。孫の体の一部を取られたことへの思いは、表面上出てこない。だが、その接近する速度は格段に増していた。それが下田に対する憤怒を示していた。

 下田もそれに対して、八個のソウルの弾丸を浮かべて待ち構える。二発をまず発射し、、それらが難なく斬り落とされたのを見て、剣を再びインベントリから取り出した。そして本気でフォドリックへと斬りかかる。

 ここでわざと手を抜いてはいけなかった。相手もそれを看破してくる。何か別の企みがあるのではないかと疑いが生まれる。どちらにせよ本気になっても、絶対に負けることはわかり切っていたが。

 フォドリックの大剣が簡単に下田の右腕を切り裂いた。握られている片手剣が明後日の方向へと飛んで行く。

 とどめの一撃が首へと飛んで来ようとしていた。もう数えきれないほど殺されたパターン。地力に差があり過ぎる故の、当然の帰着。

 下田の足に纏わりついているソウルの塊が、爆発した。

 それによって一瞬で、玉座と同じ高さまで飛び上がった。離脱が成功したとしても、安堵してはいけない。すぐに左右へと詠唱をばらまき、フォドリックの周囲に魔術を四つ展開した。

 下田は落ちていきながら、まずは腰のソウルの塊で、魔術とぶつかった。そして左の方向へと吹っ飛んでいく。今度は肩の塊で、フォドリックの背後へと飛んでいく。ピンボールのように跳ね回る常識を超えた動きを、相手は確かに目で追ってきていた。

 降り立ったところで、すでに腕は再生されている。予備の剣を取り出し、フォドリックのうなじを狙う。だが、そう甘くはいかない。相手はすぐに向きを変えし、対応をしてくる。同時に、大剣を振り下ろしながら。

 下田の首が、飛ばされる。

 それを確認した直後、フォドリックは硬直した。

 首から上の様相が変わっていく。童顔の青年から、同じ年代くらいの女性へと。薄い唇に、苦痛に歪んだ涼やかな目元。自分の孫の顔を、フォドリックが間違えるはずはなかった。

 擬態。下田はシーリスの首級に細工を施した。自分の首が飛んだと錯覚させるために。

 二つ目の、ずらし。

 見えない体を解いて、下田は、フォドリックの側面に回り込んだ。今度は胸を狙う。

 しかし、相手も相手だ。動揺は一瞬の事で、すぐに下田よりも早く剣を振るってきた。このままでは、最初に殺されるのは下田の方だ。

 そして、短い詠唱を、口ずさんだ。圧縮して。

 塊。

 停滞。

 爆散。

 フォドリックの大剣が下田との間に出現したソウルの塊とぶつかり、はじける。大剣の方にも、塊がまとわりついていた。それと反応したのだ。剣の筋が、大きくそれる。

 事前に、仕掛けておいた術だった。そもそも全部を正直に相手へぶつける必要はないのだ。ソウルの塊と、見えない体の応用。透明にできるのは、何も武器や自分の身体だけではない。術の隠しにも利用できる。それはクリムエルヒルトがやっていたことでもあった。

 三つ目。

 ここで手を出してはいけなかった。一撃は入れられるだろう。だが、それだけだ。相手も受ける覚悟をしている。ダメージの少ない部分で受けようとしてくる。

 それでは、駄目だった。そこで終わっては、もう下田の攻撃の芽はなくなる。

 だから彼は、自らの剣で、自分の左腕を斬り落とした。

 その行動はフォドリックにとっても予想外だったようで、わずかに目が見開かれる。

 下田の感覚はさえていた。周りの状況を確認し、既に条件がそろったことを確信した。ソウルの塊の位置は、完璧だ。

 彼は自分の腕を投げる。それは塊に当たり、暴発する。そして飛んで行った方向にも、塊がある。

 自分の左腕にも、いくつか魔術を仕込んでいた。もろもろを合わせれば、同時に展開できる術のぎりぎりだ。その中においても、まともにフォドリックと斬り合えるようになるまでが長かった。一番、苦労したところだった。

 腕は綿密な計算のもと跳ね回り、最後はフォドリックのうなじへと到達した。その瞬間、下田は爆散の詠唱を唱える。それで腕が魔術の爆弾と化す。

 さあ、どう対応する。その魔術に対応した瞬間、こちらが動く。同時に二つを処理するのは、不可能だろう。どのような、選択をする。

 フォドリックは、未だ冷静だった。後ろに迫るものをちゃんと理解していた。だから、何もしなかった。ただ大剣を突き出して、下田の胸を貫いた。

 彼の首で魔術が炸裂する。だが、血は出なかった。なぜなら、ほとんど無傷だったからだ。

 

「牙を、隠していたな。灰よ」

 

 フォドリックのうなじには、魔術の盾が展開されていた。それが、腕の爆発を全て防いでいた。

 

「恨みは、理解できる。だが、死ぬがいい。倒れていった者達の怨念と共に」

 

 彼は近接戦闘における達人中の達人だ。だからと言って、術が使えないと判断するには、あまりに浅はか過ぎた。

 下田は、思わず笑みを浮かべた。胸に刺さっている大剣に手を添えて、さらに前へと少し進んだ。傷口が広がり、血があふれ出していく。

 

「わかってますよ…。貴方にはなくて、僕にあるものくらいは」

「何?」

 

 二人の身体を、ソウルの太い矢が同時に貫いた。

 腹だけではなく、肩や首、手足にも。突き刺さった。最初に展開していた八つの魔術の内、六つを変化も織り交ぜて使った。途中から、不可視化も施して。

 フォドリックは、口の端から血の泡を漏らした。

 下田はさらに自分と相手の頭を両方矢で貫かせた。

 二人分の脳漿が飛び散る。意識が混濁する。視界が不明瞭になる。 

 だが、次の瞬間倒れたのは、フォドリックだけだった。下田の頭は既に完治していた。そこだけではなく、他の全ての傷もふさがっていた。

 奇跡こそ、自分の一番強みだと思っている。こうした、犠牲を前提としたとどめも刺すことができるからだ。

 フォドリックは使えない。使えないから、負けた。

 四つ目のずらしが決まり、既にフォドリックは息絶えている。

 自分の計画した通りだった。

 下田は全身が沸騰していくのを感じた。言葉にもならない叫びが、口から堰を切ってあふれ出した。

 イーゴンを倒した時には抑えられた衝動が、簡単に表に出た。

 勝利の雄叫びを上げた。

 乗り越えた。乗り越えてやった。

 ついに。ついに。

 体は欲張りなもので、既に先へと進み始めている。ヨルシカの姿が、今までよりもずっと近くに思えるような気がした。彼女という蜜に誘われる虫のように、彼は接近を始めた。得体のしれない高揚感が、どこまでも体を軽くしていた。

 自らをぐるりと囲むように、ソウルの矢が出現する。

 懲りないなと思った。

 数は五本。威力も狙っている位置も申し分がない。だが、その構成は単純に過ぎる。目をつぶっていても、全てを消し去れるだろう。反詠唱の圧縮も、並列化もすでに身に付けていた。欠伸をしながら対処をする。

 そして、下田は八つ裂きになって殺された。

 

 

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