火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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結:暗い魂(ダークソウル)
56.反逆者達


 やや騒がしい音が、耳に入ってきた。

 戦闘の物音。

 貴樹は、息を吐き出しながら半身を起こした。

 

「急に起き上がっては…」

 

 クリムエルヒルトが止めてくる。貴樹は、その手に対して、自分の欠けた腕の根元部分を当てた。

 

「旦那様?」

 

 とんとん、と、彼女の肩を肩で叩く。

 

「クリム」

 

 それから、彼女と同じくらい不思議そうにしている左のミレーヌへ、顔を向けた。

 

「ミレーヌ」

 

 勢いよく立ち上がる。既に、それなりの亡者が屠られているようだった。とにかく数を減らそうと奮闘している者達へ向かって、歩き始める。一番近いのは、少し小柄な騎士だ。彼女に向かってくる亡者の一匹を、蹴り飛ばした。

 

「アンリちゃん」

 

 鎧に向かって寄りかかる。腕を回すことはできないが、しっかりと体を密着させて、ハグをした。ちゃんと、存在がそこにあるということを確かめるように。

 

「タカキさん? 一体…」

 

 後ろ足で亡者の胴を貫いた後、残る二人にも向かっていった。

 

「ホレイス、ホークさん、手を」

 

 二人とも、なぜ今、そんなことを言ってくるのかわかっていないようだった。そもそも戦闘中なので、貴樹の指示には従えないと小さく身振りで示してくる。

 貴樹は地面を蹴り、彼らの担当している亡者を一瞬で倒した。それから、二人の手に無理やり触れて、握手をするような形にする。

 

「おい、どうしたんだ」

 

 ホークウッドに尋ねられて、貴樹は晴れやかな笑みを返した。

 

「何となく?」

 

 鎌が、亡者の首を刈り取っていく。その戦闘を、貴樹はあえて見なかった。直視すれば、我慢をするのが難しくなるからだ。できれば、一撃で決めたかったので、平静を保つよう努力をした。

 

「いいなあ」

 

 だから、その声が聞こえてきた方向へ、顔を向けることもしなかった。

 

「貴くん、私も抱きしめてほしいんだけど。これが終わった後に」

 

 薫の言葉に対して、数秒待った。足の指を解す。両足に力を入れる。

 決着というものも、必要なのだろう。生まれてこの方、何度かそうすることは考えた。しかし、日本においては、殺人は大きなリスクを伴う。

 貴樹は、解放された気分だった。やはり、この世界は最高だ。時間のことを考えれば、さっさと下田と合流するのがいいのだろう。しかし、その前に邪魔な存在を排除しなければならない。

 

「迂闊だね」

 

 リリアーネが亡者の群れの中で、笑っている。

 

「もう、あれはいないよ。今頃、祭祀場に到着してるんじゃないかな」

「ふーん」

 

 貴樹は欠伸をしながら、肩もほぐした。その手応えのない反応に、リリアーネは少しだけ怪訝そうな顔をする。

 

「貴くん、聞いて」

 

 薫が声をかけてくる。

 

「このまま相手をしていてもきりがない。貴方は、先に祭祀場に向かって。ここは、私達で何とかするから」

 

 貴樹はゆっくりと、微笑んだ。

 

(酌量の余地なし)

 

 彼女へ顔を向ける。貴樹の表情を見た薫は、鎌を振るう手を止めた。

 

「わかったよ。姉さん」

 

 地面を蹴る。全力ではない。相手へもあえて、違和感を与えるようにした。危険を察知できるだけの猶予があることで、当然、貴樹の不意打ちは失敗する。彼の足は薫の胸ではなく、亡者の胴体を破壊した。

 距離を取った薫は、首を傾げる。

 

「これは、どういうつもりかな」

「工夫をしたんだよ」

 

 貴樹は亡者の首を蹴り飛ばす。その軌道は真っすぐ薫にまで届いていた。しかし相手も上手くかわし、直撃することはなかった。

 

「俺に殺されるということを、ちゃんと、噛みしめてほしいんだ。一瞬で終わると、お前は何も苦しまないだろ?」

 

 相手は無理やり笑みを作る。

 

「急に、どうしたの? 私、味方じゃん」

「もう喋らなくていいぞ。死ね、裏切り者」

 

 貴樹の追撃から逃れ、薫はリリアーネの側にまで来た。しかしその距離においても、二人は戦いを始めない。リリアーネはちらりと、彼女の方を見た。

 薫が鎌を強く握りながら指示をする。いや、既にその表情は別人のものになっていた。

 

「リリアーネ。祭祀場へ戻りなさい。何かがおかしい。念のためです」

「でも、姉さまは?」

「こちらを止めるしかないようです。……薫。覚悟を決めなさい。どうやら、何もかも知られている」

 

 貴樹は、額に青筋を浮かべた。

 

「しゃべんなつったろ。フリーデもだ。まとめて仕留めてやるから、安心しろよ」

 

 既に、最後のラインも、彼女は超えてしまっていた。火守女が殺される原因を作ったということは、それだけ重い罪なのだ。だから、薫も、フリーデも、死ぬべきだと考えていた。四肢を潰し、腸を抉り出し、長時間放置してから、頭を踏み潰す。それくらいの想像が一気に頭を駆け巡っていた。

 亡者の群れと共に、リリアーネが離れていく。邪魔な雑魚が消えてくれたのはありがたかった。薫を痛めつける際に、余計な茶々を入れられずに済む。

 

「見たでしょう」

 

 彼は未だ状況を理解していない様子の、ホークウッド達に言った。

 

「祭祀場と内通していた者がいたようです。自分の家族のことなので。俺だけで、けじめをつけます。見ていてください。たいして、時間はかかりませんから」

「そう?」

 

 薫は、挑戦的な表情になった。

 

「私達、それなりに頑張るつもりだけど」

 

 貴樹は、まだ、冷静とは言えない状態だった。いかにして目の前の女を殺すかだけを考えている。今度こそ、火守女を助けるという思いが、先走っていないと言えば嘘だった。だから、まだ考え得る可能性について、すっかり頭から抜け落ちていた。

 薫が言い切った瞬間、貴樹は全身が白い光に包まれるのをようやく認識した。そして、目の前の光景が瞬時に移り変わっていく。

 

 移動した先は、崩れた廃墟の中だった。鬱蒼とした森が周りには広がっていて、遠くには沼も広く分布している。

 クリムエルヒルトが、胸を抑えて倒れ込んだ。顔色が悪い。とても消耗しているようだった。彼女の術によって、移動させられたのは確かだ。

 

「早く、して。グウィンのソウルを、旦那様から取り除かないと」

 

 彼女が、どういう経緯でこのような行動に出たのかはわからない。しかし、薫と協力していたことは確かだった。ここは、明らかにファランの城塞だ。祭祀場への道から、さらに離れてしまったことになる。

 

「良いタイミングだよ。でも、ごめんね。私、約束はあまり守らない方なの」

 

 薫は、フリーデは、鎌を握りしめた。息を短く吐きながら、戦闘態勢に入る。ここで、貴樹とクリムエルヒルトを二人とも殺す。そういう意思が強く感じられた。

 貴樹は鼻で笑って、両足に力を入れる。

 彼女が本気でそうできると思っているのなら、やはり、今までの愚かな姉と変わらない。そのままで、自分に殺されてくれるのが一番だと、願った。

 

 

 

 

  ◆

 

 

 火守女の脇に腕を回し、優しく立ち上がらせた。

 

「自分で、歩けます?」

「……ええ、大丈夫です」

 

 彼女は下田がどうしてこのような行動に出たのか、まだわかっていないようだ。それは、周りの者達も同じだった。

 イリーナが、殴り飛ばされた宇部に駆け寄り、治療を開始している。ずれた、と下田は思った。何らかの方法で修正する必要がある。イリーナの位置を篝火の側にまで戻さなくてはならない。

 ゆっくりと、周囲の反応を待つかのように、彼は歩き始めた。まだ、計りかねる視線がほとんどだ。彼が何をしようとしているのか、何のつもりで行動に出たのか、思考をしている時間。

 いいぞ。彼は緊張を抑える。時間は大切だ。自分はここで、ここから出た後でも、時間をできる限り作り出さなければならない。火守女と結んだ誓約通り、貴樹と合流するまでの時間を、稼がなくてはならない。

 段階を、分けた。進行すればするほど、おそらく、自分にとって有利な状況になると想定した段階だ。今は、一番無防備な段階だった。下田は一人で、守るべきものが大量にいる。

 ヨルシカが、階段から降りてくるのを横目でとらえる。彼女はわからないという顔をして、下田を見つめていた。

 

「何を、しているのですか?」

 

 今は、同じ声で違う言葉が重なって聞こえてくる。私に、理由を与えてくれるのですね? 貴方を罰する理由を。反逆という罪に対する罰として、すっきりさせてくれるのですか? それほど愚かだなんて、思いもしていませんでした。

 

 既に回転の速い者は、武器へ手を動かしているようだ。あるいは、下田とそれほど親しくはない、快く思ってはいない順から、と言うべきか。見ずとも、それくらいは察することができた。

 

「全員、動かないでください」

 

 下田は、はっきりと言った。周りをたっぷりと睥睨してから、冷酷な表情を作り出す。

 

「僕は、貴樹先生側につくと決めました。ですので、この瞬間から、貴方達祭祀場の敵になります。そうなった以上、容赦はしません。下手な抵抗をすれば、余計な血を見ることになります」

 

 果たして相手の中に、どれだけいただろうか。呪術は使えず、魔術は未熟。唯一の取柄である奇跡を、攻撃に利用するという頭脳もない。直前までそういう印象だった彼の言葉を、真に受ける者は、どれだけいただろうか。

 ヨルシカは困ったように笑った。

 

「一体、どのような思いで行動に出たのかはわかりません。ですが、理解していますか? 貴方の行いは、誰の、得にもならない。自分の首を自分で絞めています。もちろん、貴方がタカキさんに同情するのは当然の理屈です。しかし、このようなことをする意味が、どこにあるというのですか?」

「それが、僕の存在意義だからです」

 

 下田はあえて、これ見よがしに魔術を唱えた。ソウルの矢を十二本、己の周囲に出現させる。これだけで、相手側の警戒を引き上げるのには十分だった。展開可能数は、術師としての技量を素直に表す。まだまだ限界ではなかったが、威嚇のためだけにこれ以上消費するのは無駄だと考えていた。

 

「残念です」

 

 ヨルシカは溜息をついた。内心では小躍りしていることだろう。

 

「貴方はおそらく、ロスリック城において洗脳をされた。不本意ですが、拘束します。なるべく傷つけることはしません。抵抗をしないでください。貴方は一人では、何も状況を動かすことはできません」

「一人?」

 

 下田も笑みを浮かべた。それは幾分か、安堵の感情も含まれている。一つの山場を越えたという実感が、緊張をほぐしてくれていた。

 

「もっと物事をよく見た方が良いと思いますよ」

 

 下田のすぐそばの横穴から、複数人が躍り出た。初めは赤い頭巾の大男。背には、画家の少女を抱えている。そしてもう一人は、気に入らなそうな顔をして、下田に言葉をぶつけてきた。

 

「これは、つまり、我々を死地に追いやろうとしているのか?」

「違います。法王。イルシールの王よ」

 

 インベントリから、月光の大剣を出す。それを、頭巾の老人、ゲールに投げて渡した。それから次に同じようにして、アンドレイの工房で見繕った二本の片手剣を、サリヴァーンに手渡す。

 

「僕は、今までになく、頼もしさを感じています。一人ではないから」

 

 相手は、全員、下田が本気で物事を成し遂げようとしていることを理解したようだ。残らず武器を抜き、術を構え、戦闘態勢に入る。どちらともつかずに、ただひたすら困惑しているのは、生徒達だけだった。

 ちとせはその中でも、一番訳が分からないという顔をしている。

 

「あんた、何してんの」

「ごめん、ちとせ」

 

 彼女が一番近くにいて、良かったと思った。向かう途中で、誰かに邪魔される心配があまりないからだ。張り詰めた空気の中で、彼はちとせの側にまで歩いた。その両肩に手を置き、彼女が戸惑いの顔を浮かべた瞬間、強引に抱きしめた。

 祭祀場の空気が、ずれる。誰もが予想していない行動を下田はとった。もちろん彼の普段の感情であったり、ちとせとどれくらい関わっているかを知っていれば、それ自体は不思議でもなんでもない。しかし、今このタイミングで行うにはあまりにもそぐわなかった。

 

「んぅ……」

 

 自分としては、どういう割合なのだろう。

 相手の唇の感触を感じながら、下田は自問した。

 おそらく二割くらいは、これが必要なことだと言い聞かせている部分だ。決してそうしたいというだけではなく、仕方がない部分もあるのだと。正直今こうして行動に移すと、強烈なほどの意識が、これをあと三秒は続けるべきだと主張していた。最初の衝撃のせいで、ちとせの柔らかい感触を味わいきれていない。だから、試行時間を増やすべきだ。

 だが断固した決意をもって、ほぼすぐに下田は彼女とのキスを止めていた。彼女は一瞬固まってから、わずかな吐息をこぼした。まだ、自身がされたことへの実感がわいていないようだ。だがもう少しで、その顔が何かしらの色に染まっていくことは確かだった。

 その前に、彼は再び顔を近づけた。後ずさろうとする彼女の体を抑えて、鼻と鼻とくっつける。

 

「僕の目を見て」

 

 詠唱。

 忙しなげだった相手の視線が、定まった。それは決して安定をしたという意味ではない。むしろ瞳は先ほどよりも明らかに蕩けて、夢見るような視線に代わっていた。

 魅了の呪術が成功したことを確認し、下田は素早く指示をした。

 

「ヨルシカを、三本で拘束してくれ」

 

 はい、と虚ろな返事をもらった直後、下田は一瞬で移動をした。白い光を己で包み、目的の座標を思考する。術後の疲労感にも備えた。

 下田が背後に出現するということを、ヨルシカは予測してはいなかった。だが、反応はできた。

 彼女のファランの速剣に対し、手をかざす。速剣はたとえ詠唱を伴うにしても、とても単純であることが多い。そうでもしなければ、これほどの速度で繰り出せないからだ。だから、下田はいとも簡単に、その青白い刃を素手で分解することができた。

 相手の驚愕を利用する。隙をつく。三つの詠唱を並行させ、圧縮する。左手で雷を作り出し、右手に握った短剣に、付与させた。真っすぐ、ヨルシカの喉を狙う。 

 ヨルシカの体が、硬直した。彼女は血を吐き出しながら、喉をかきむしろうとした。猶予は少ない。彼女の肉が再生をする前に、下田は治療をした。

 奇跡の光で、破壊された相手の喉を覆う。組織の配列を、声帯の位置を、出鱈目にして、醜く治療した。さらに一度青みがかった血を吐いた後、彼女は自分自身が、まともに声を出せないことに気がついたらしい。強烈な憎悪の視線を、下田に向けてきた。

 そのタイミングで、ちとせから放たれた縄が、ヨルシカの四肢に巻き付く。なすすべなく拘束された彼女は、無様に地面へ転がった。

 ソウルの矢を、ユリアが作り出している。それをしっかりと視て、下田は手を伸ばした。自分の実体のものではなく、透明な、ソウルの手を。それはちゃんと相手の術に絡みつき、分解して、再び下田の側で再構成させた。

 こちらへ迫ろうとしたグンダの横っ腹を、ゲールの大剣が直撃した。グンダは少しだけ呻いた後、ジークバルトの側にまで下がる。そこへサリヴァ―ンがソウルの斬撃を放った。走ってきたフォドリックが、それを斬り落とす。

 

「全員、動かないでください」

 

 再度の指示をする。

 右手でヨルシカの縛られている腕をつかみ、これ見よがしに持ち上げる。

 成功した。ほぼ自分の思い描いた通りだ。限りなく迅速に、大きな戦力をそぎ落とすことができた。

 

「彼女を殺します。指示に逆らえば。貴方達ができることは、何もありません。そこにじっとして、傍観していてください。ちとせ、残り二本で、イリーナを縛って」

 

 イリーナの方は、ゲールが抱え上げた。そうして二人で、篝火の中心にまで戻る。その間、相手側はやはり何もできないようだった。既に下田の実力は十分理解しているのだろう。いたずらに仕掛けても意味がないことは伝わったようだ。

 魅了の効力がなくなり、ちとせは我に返った。しかし、今の状況を見ても、ついてこられないことは確かだ。どうしよう、と下田は一瞬真剣に悩んだ。魅了されている間の記憶がなくなるわけではない。後に引けなくなった。彼女にたくさん怒られるのは確定だ。

 だが今は、申し訳ない気持ちを顔には出さなかった。下田は険しい表情を維持し続ける。それは、生徒達を前にしても変わらない。

 

「皆、もうちょっと篝火に集まって」

 

 反応は鈍い。というより、皆無だった。下田の言葉に従おうとする者はいなく、ただ彼を理解不能の相手とするような視線が大半だった。

 予想通りだ。だが、説明をしている余裕もない。

 ヨルシカの髪を掴んで、顔ごと持ち上げる。伸びた彼女の首の部分に、短剣を押し当てた。

 

「従わなければ、この女の首を斬り裂く」

 

 一秒待って、刃を動かした。実際に狙ったのは胸の部分で、二度、突き刺す。しかし素の武器で傷つけた所で意味はなく、すぐに治っていった。それでも、下田が本気であることは生徒達に伝わった。

 

「や、やめて」

 

 実織が最初に声を出す。下田が顔を向けると、彼女はすぐに目線を逸らした。怖がっているのは、他の者達も同じだ。下田の行動に実感が伴ってきたものの、なぜそんなことをしているのかまるでわからないという感情。

 もう一秒経ったので、今度は目を潰した。片方だけなので、ヨルシカはさほど堪えていないように思える。竜の再生力は眼球という複雑な器官も関係なく瞬時に直していくので、深刻なことにはならない。だが当然、痛みはやってくる。

 ちとせが動こうとした。彼女はおそらく、縄を解除しようとしている。もう一度魅了をするのはさすがに憚られたので。下田は声で警告を発した。

 

「誰も、余計なことはしないで。お互いに、後味の悪い結果にはしたくないよね」

 

 彼女の頭のすぐそばに、ソウルの矢を浮かべる。

 ちとせは、未だに、信じられないという顔で彼を眺めていた。確かに、と彼もまた自嘲する。今の自分は、明らかに良くない。まるで悪役だ。しかし、これは一番手っ取り早い方法だった。恐怖で無理やり進める。話し合いで皆に理解してもらえるとは到底思えなかった。

 ほとんどの生徒が、篝火に集まり始める。彼らの様子を確認していると、腕に誰かが触れてきた。画家の少女は、一瞬だけこちらを気遣う視線を向けてくる。口の端をわずかに緩めて、それに感謝を示した。不本意だが、納得してやっていることなのだ。後悔はしていない。ちとせ達にいくら嫌われても、悔いはないと思っていた。

 だが、全員が動いたわけではなかった。丸戸が、今までにないほど引き締まった表情で、下田を睨みつけてくる。

 

「離せ」

 

 お、と下田は思った。

 

「どうしたの?」

「その人を、は、離せって言ってるんだ」

 

 どういう風に説得しようか考えていると、篝火が揺れた。イリーナを見ると、彼女の周りのソウルに動きがある。彼女が、何らかの操作をしたことは確かだった。

 ヨルシカを離し、地面に転がす。彼女は無詠唱の矢を放ってきたが、下田に当たる前に消えた。一旦彼女に意識を集中するのはやめて、篝火から現れた存在を注視した。

 

「これ、どういう状況?」

 

 リリアーネは薄笑いを浮かべている。その目は油断なく、下田達と祭祀場の者達との間を往復していた。

 貴樹の言っていた通りだ。大体、予想していた範囲の時間で、彼女は現れた。それでも、この場の状況を動かし得るきっかけになるとは考えていなかった。そこまで、下田は自分に自信がないわけでもない。

 

「見てわかりませんか?」

 

 下田の言葉は無視される。リリアーネはまだ余裕のある顔で、地面に転がっているヨルシカを見下ろした。

 

「もしかして、私、試されてますか? でもちょっと、非現実的すぎる状況だと思うんですけど」

 

 ヨルシカは答えようにも、そうすることができない。相手が完全に今の状況を本気でとらえていないことに、もどかしさを感じているようだ。拘束から逃れようともがく動きを見せた。

 下田は無言で、動いている手足を切り落とした。すぐにヨルシカの出血がおさまり、再生もあっという間に終わる。

 それでも、リリアーネの認識を変えるのには十分だった。彼女はようやく下田をまともに見て、目を細くする。

 

「頼みが、あるんですけど」

 

 下田はインベントリから、回収したものの一部を取り出す。相手はそれを認識して、笑みを引っ込めた。

 よく見えるよう、貴樹の両腕を掲げる。

 

「これ、今のところどんな術も受け付けないんですよ。何重にも封印が施されている。貴方が、やったんですよね。解いてくれると助かります」

「なるほど、君かあ」

 

 リリアーネは短剣を握りしめた。

 

「タカキにばらしたんだ。困るな。どうして急にこういうことしちゃうの? 今まで通り、おとなしくしてればよかったのに」

 

 喉の詰まりを、感じた。彼女の口が動くのは見えていた。何をしてくるのかも。だが、下田はあえて放っておいた。興味があったからだ。彼女の行動を観察していれば、どう説得すればいいのかもわかってくる。

 

「確か君、奇跡使いだったよね。もう、何もできないよ」

 

 リリアーネは一歩下がる。

 

「今まで、こういうことをしようっていう意思の欠片も表に出さなかったのは凄いことだけど。呆気なく失敗するってことは、まるで考えなかったのかな」

 

 下田は苦笑する。

 

「協力してくれると思ったんですけどね」

「私は、確かにここの人達とは合わないよ。でも、わかるでしょ? 無謀な賭けはしない主義なの」

「動かないでください」

 

 リリアーネに向かおうとする、サリヴァ―ンとゲールを止めた。彼らには他の者達への牽制をしてもらう方がいい。一度乱戦になってしまえば、不確定要素が多くなる。全員を、把握することができなくなるのは避けたい。

 下田はインベントリから片手剣を取り出した。篝火の光で刃を照らし、そこに映る自分の顔を確認する。

 その行動を見たリリアーネは、少し意外そうにした。

 

「えっと。つまり私が言いたいのは、降伏してねってことなんだけど」

「なるほど」

「私、君のことまあまあ気に入ってるからさ。あんまり、痛い思いとか、させたくないんだ」

「同感です」

 

 構える。

 今回は、ユリアの構えを参考にした。鞘はないが、何も彼女には居合だけしかないというわけではない。重さを載せることよりも、速度を大事にした構え。

 

「僕も気が進みません。加減しづらくなるから。貴方には、五体満足でいてほしい」

 

 彼女は一瞬きょとんとしたが、すぐにくすりと笑みを漏らした。そしてさらに下田から離れるようにして、足を動かす。

 

「めんどくさいから、そこの二人に任せるね」

 

 空気の流れを感じる。頭上から、大剣が降ってくるのがわかった。

 横っ飛びにかわす。地面に刃をつきたてた宇部は、下田に向かって唸り声を上げた。

 

「やっちまったな、お前」

 

 その後もどうでもいい口上が流れたが、下田は全て無視した。さりげなく背後を取っている丸戸に意識を向けていたせいでもある。そもそも彼らと戦うつもりはないので、今戦闘が始まっているという意識に入りづらかった。 

 

「やめようよ」

 

 言い切る前に横の一振りが飛んでくる。下田は体をひねって避けた。宇部は舌打ちして、追撃の準備に入る。

 

「僕達が、戦う意味なんてないんだ」

 

 丸戸が投げた短剣を、片手剣の腹で弾く。正面から向かってくる大剣の一撃は、ぎりぎりでかわした。常に二人に挟まれている形になっているので、少々忙しい。会話をしながら進めるのは、それなりに苦労した。

 

「とにかく聞いて。僕達は団結すべきだ。ちゃんと理由がある」

 

 流れるように体を回転させ、ほぼ同時に来る二方向から攻撃をいなした。特に宇部の驚きが強いようだ。自慢の腕力を受けられて、手が止まっている。彼だって馬鹿力に違いないが、ヨルシカに比べると一般人に近い方になってしまうのは否めない。

 

「僕達は、騙されてる。祭祀場は、エルドリッチとつながっているんだ。結局ここの人たちにとって、僕達は敵でしかない。だから、こんなところで争っていてもしょうがないんだ」

「で?」

 

 宇部は薄笑いを浮かべながら、攻撃を再開した。

 

「それがどうした?」

 

 下田は、一瞬だけ目をつぶった。どうして、当たってほしくない予想に限って、的中してしまうのだろう。

 宇部も丸戸も、下田の放った事実に驚いている様子はなかった。荒唐無稽な出まかせだと、切り捨てているのではない。そこには、明らかな、優越感があった。重要な事実を、事前に知っていたという、得意げな表情。

 少しだけ、虚しくなった。

 

「知ってたんだ」

「がっかりしたか? 所詮、お前らなんて使い捨てでしかないんだよ。賢い奴だけが、生き残るんだ」

「自分達だけ、助かるなんて保証はないと思うよ」

「ヨルシカは、俺と丸戸にだけ、約束をした。わかるか? 俺達は正義だ。反逆者を、排除する」

「皆に、教えることだってできたはずだ。知っておきながら、黙っていたのは、僕達を見殺しにしていたも同然だ」

「うるせえ、死ね」

 

 こうもはっきりと表明してくれたのだから、意識を切り替えるべきだろう。彼らは、たった今、宣言をした。下田達の、地球の側にはつかないと。祭祀場に、ちゃんとした意思を持って、協力しているのだと。

 つまり、敵だ。一緒に帰るべき、仲間ではない。

 

「お前がな」 

 

 そう吐き捨てて、相手の攻撃を見極めながら近づいた。大剣の動きにうまく逆らいながら、自分の剣を走らせる。宇部は重い武器を扱っているのに、あまりに動きが雑すぎた。この瞬間も、できた隙を埋めるのに間に合わない。

 大剣を握っている手を斬り裂いた。落とされた武器が地面に転がるころには、下田の剣が宇部の喉を貫いている。そのまま上に力を入れて、相手の顔を縦に斬り開いた。

 飛んできた血が、唇の端にこびりつく。無意識のうちに、舌で舐め取っていた。下田は思わぬ発見をする。味は悪くなさそうだ。それなりに鍛えているだろうから、きっと、その肉はいい感じに引き締まっていることだろう。

 背後から、線を感じる。

 丸戸の固有能力は、かなり強力だ。何せ下田があれだけ苦労して習得した移動術を、簡単に扱えるようになるのだから。

 振り向いて、剣を振るった。欠点としては、おそらく細かな座標の調節ができない点だ。だから丸戸は、短絡的に扱う。相手の後ろに移動すればいいのだと。

 しかし、それを読んで攻撃をしても、手応えはなかった。

 

「は、はは」

 

 肩を見れば、短剣が深々と刺さっている。

 丸戸は、下田の背後に立っていた。

 なるほど。能力強化のことを忘れていた。丸戸は、連続で能力を使えるようになっていたのだ。最初の気配はフェイクだった。彼は下田の対応を予測して、さらにその裏へと飛んだ。

 

「お前が、悪いんだからな。お、おれが、おれこそが、ヨルシカ様にふさわしいんだ。そのまま、死んじまえ」

 

 まだ何か言いたいことがあったようだが、丸戸は口を止めた。その時になってようやく、自分の腹が斬り裂かれていることに気がついたらしい。痛みがやってきたようで、醜く悲鳴を上げ始めた。下田はさっさとその首を飛ばして、黙らせた。

 息を短く吸い、刺さっている短剣を引き抜く。

 

「君が、まあまあやるのはわかったけど」

 

 リリアーネはどくどくと血があふれ出ている傷口を、指さしてくる。

 

「死んじゃうよ? 早く降参しないと。血がさ、ほら…」

 

 彼女もまた、途中で黙り込んだ。

 下田は白い光を出現させ、肩を覆わせる。一瞬で、傷がふさがっていった。流れ出た血はそれほど多くはない。あまり気力を消費せずに、完治させることができた。

 リリアーネは呆然としながら、自らの喉を抑えている。何が起こっているのか、まだ理解しかねているようだった。

 

「何で…」

「先生の腕の、封印を解いてくれませんか? こればかりは、貴方しか分解できないんです」

「沈黙が…」

「あ、すみません。すぐに解きますね」

 

 詠唱は、表面的なものでしかないのだと、下田は理解をしている。本質は、結局目に見える流れなのだ。ソウルの流れ。リリアーネの術の本質は、ただ観察をするだけで掴むことができた。だから、彼女からかけられたそれを自分からはがして、跳ね返すことも容易だ。

 彼女は正常に術を使えるようになったものの、すぐに下田へ攻撃してくることはなかった。ただ警戒をする視線を向けてくるだけだ。彼女の中で、下田が決して侮れない相手になったのは確かだった。

 

「もう一度言います。僕に、協力してください。多分、貴方達姉妹のためになると思います」

「具体的には?」

「貴方達の、王になりましょう」

 

 彼女は警戒も忘れて、口をぽかんと開けた。

 

「はあ?」

「資格があるという、証拠を見せますね」

 

 今までこの場のほとんどの者を欺いていた、擬態を弱める。少なくとも、リリアーネが看破できる程度には。正直多少なりとも負担が減るので助かった。もちろん、この見た目をさらすことには抵抗があるが。

 彼は自分の半身を覆う膿を、右手で示してみせる。

 

「ね?」

 

 リリアーネは膿の部分を嘗め回すように上から下まで眺めた。それから試案をする表情になる。その視線は下田の真意を測ろうとしているかのようだった。やがて思考が落ち着いたのか、人を食ったような笑みが戻ってくる。

 

「まさか、大当たりが自分から転がり込んでくるとはね。姉さん、こっちに来て。もうその人達とはお別れだね」

 

 祭祀場の者達は予想通りという顔をしていた。避けるべき事態が起こったと、後悔もしているようだ。リリアーネは元より彼らの味方というわけではなかった。こういうことになるのを、彼らは一番恐れていた。

 

「よろしくお願いします」

 

 彼女は手を伸ばし、貴樹の腕に触れた。下田の目には、それを覆っていた膜のようなものが消えていくように映った。

 

「節操を欠けば、身を滅ぼすことになるぞ」

 

 サリヴァーンが言ってくる。彼は篝火の傍によってきたリリアーネとユリアを、唾棄すべき存在として睨みつけていた。

 

「蛇の末裔どもめ」

「フフ。仲良くしようよ。法王さま。ヨルシカに無様に負けて、助け出された恩をあの子に返さないとね」

 

 二人の間には、何かしらの因縁があるようだった。だが、今はそれを気にしている場合ではない。実のところ、リリアーネの動きが一番重要だった。彼女が計画していた通りに収まってくれた以上、ここに留まる必要はなくなった。

 下田は予定の人数が篝火の傍にいることを確認した。内心安心しながら、炎に触れようとする。

 だが、その直前に、動きを止めた。傍らにいる画家の少女が、見上げてくる。

 

「どうしたの?」

「伏せてて」

 

 最初は、エルドリッチかと思った。だが、奥の横穴から向かってくる存在は、普通の人のような動きをしている。その気配を感知した下田は、深く息を吐きだした。

 先生。

 思ったんですが。

 その存在に気がついているのは、初め彼だけのようだった。だが、その穴から姿を現した瞬間、その気配は他の者達にも伝わったようだ。彼らは皆、それが誰なのか理解すると、一様に畏怖の表情を浮かべた。

 もちろん、下田も考えてはいた。簡単に物事が進むはずはないと。

 気をつけろとは、貴樹の言葉だ。

 気をつけろ。奴らは、この素晴らしい世界に元から住んでいた。地球とかいうごみ生まれのお前が抵抗してみせた所で、必ず、壁にぶち当たる。

 

「疑問を挟む、余地もあるまい」

 

 奴らは必ず、自らの計画が失敗した時のことも考えてる。対策をしているはずだ。

 下田は唸った。

 それでも、先生。

 聞いてないです。 

 あいつは、先生の中にいるんじゃないんですか? 

 記憶にあるよりも、より枯れた風体で、大王は現れた。落ちくぼんだ目から、下田達へと炎の視線を向ける。

 

「約定は破られた。もはや、容赦はない」

 

 グウィンは手を前に伸ばした。何かを、握るような仕草をする。

 瞬間、下田は妙な引力を感じた。己の中の一部分が、引きつけられるような感覚。同時に、自分の中に未だしがみつこうとしている、存在も感覚した。その白い腕を、彼は冷ややかに観察する。

 自分で納得をした。なるほど、やろうとしていることがわかった。

 耐え抜いたのは、下田だけのようだった。

 他の生徒たちはほぼ皆、苦しそうにその場で膝をついている。彼らの周りに、突然いろいろな物が出現し、地面に落ちていた。飲み水や食料、本、服。生徒たちが日常的に使っていたものばかりだ。

 インベントリが、その機能を失ったのだ。それだけではない。おそらく、篝火とのつながりも絶たれた。グウィンが、生徒たちに宿っていた力を、回収した。元は、彼のものであったソウルを。

 辛うじて消失を防げたのは、下田の一番近くにいたちとせの能力だけだった。彼女から出ていくソウルを下田が即座に捕まえて、自分自身の中にいれたのだ。これで、彼女の固有能力を維持することができる。ヨルシカとイリーナの拘束が解かれることはない。下田の意思で、縄を扱える。

 

「足りぬ」

 

 ぼそりとつぶやき、グウィンは次の標的に顔を向けた。視線を受けるフォドリックは、驚きこそすれど、抗う意思はないようだ。何かを理解した様子で、平伏をした。

 

「お爺ちゃん?」

 

 シーリスが未だに理解できていない顔で、祖父に尋ねる。

 グウィンが剣を取り出して、老兵へと近づく。その首筋に、刃を近づけた。シーリスは一瞬止めに入りかけたが、相手が誰なのかを思い出した様子で、身を縮こまらせる。

 フォドリックは彼女を一瞥してから、さらに頭を垂れる。

 

「身を、捧げます」

 

 彼はかつて、亡者になりかけていた。それを救ったのが、貴樹だ。彼はどのようにして、フォドリックを引き戻したのか。下田は、それもまた教えられていたからこそ、グウィンがどのような行動に出るのか予測することができた。

 フォドリックの内に宿る、残り火の欠片。それを回収されれば、さらに大王は力を増すだろう。そんなことを許すほど、下田も悠長にはしていなかった。

 グウィンの腕を掴む。皺まみれの顔が、振り向いてきた。それに合わせて、下田は剣を振るう。

 大王は事もなげに自らのショートソードで受け止め、力を逃がした。反撃のにおいを感じ取り、下田は後ろへ下がる。彼とすれ違うようにして、サリヴァーンとゲールが斬りかかった。

 いくら老い、弱っているとはいえ、さすが火の大王だった。二人の攻撃を正確に弾き、隙を伺おうとする。数の差を苦にしている様子がない。このまま少し粘れば、形勢が動いたと認識した他の祭祀場の者達も、参戦しただろう。

 三度の爆発音。

 下田は空中を蹴りながら、宙返り、背後に回っていた。既に剣の魔術符呪は終わっている。あとは無駄なく横に振るうだけだった。

 老人の肉と皮は、抵抗が少ない。下田がグウィンの首を断つのに、竜の膂力を使うまでもなかった。白く伸びきった髪を掴んで、他の者達によく見えるように、高く掲げて見せる。

 それから首級を上に投げ、落ちきる前に魔術で八つ裂きにした。誰の目にも、死んだとわかるように。

 下田にとってはあまり実感のできないことだが。祭祀場の者達に対する効果はかなりのもののようだった。誰かが大きく息を吸い込んだ気配がする。場の空気は一気に、重く沈んだものへと変わっていった。イリーナが目を固くつぶり、何かを唱えている。それは術ではなく、すがりつくような祈りだった。

 大剣が迫る。

 竜の右手に片手剣を持ち替えて、フォドリックの刃を受け止めた。

 

「酷いな」

 

 刃を合わせながら、老兵は睨みつけてくる。

 

「貴方を、救ったようなものなのに。どうして感謝してくれないんですか?」

「貴様……」

 

 まあこんなものだろうと、納得もしていた。自分のやったことはそれだけ、彼らにとっては許されない行いなのだ。

 弾いて、篝火の側へと下がった下田は、虚を突かれたように停止した。

 おかしい。

 首を失ったグウィンの体は、まだ、倒れてはいなかった。血が止めどなく流れ出ているのに、かがみこむような動作をする。

 そして、高く飛び上がった。篝火へと飛び込もうとしている。下田は迎撃することも考えたが、得体の知れない何かを感じて、とにかく離れることを選択した。

 大王の死体が地面に転がる。伸ばされた手が、篝火の中に入っていく。

 石の玉座に、異変が起こった。薪の王たちが、燃え始める。舞う火の粉が一つの流れとなって、中央の篝火に集まっていく。

 すぐに、下田はグウィンの体を蹴った。転がしながら魔術を爆発させ、できるだけ篝火から遠くへと吹き飛ばす。火継ぎの儀式を行おうとしているのはわかっていた。もはや篝火とのつながりがなくなっているちとせ達は大丈夫だが、自分は違う。そして、火守女も。

 篝火に、薪から出た火の粉が降りかかる。間に合わないのかと一瞬危惧したが、少し待っても何も異変は起こらなかった。

 そして、グウィンの体もこれ以上動かないことを確認した下田は、息をつく。どうやら、本当にこれで終わったらしい。予想外のことが起きたが、ここまで簡単に対応できたのは安心した。

 本当に?

 自分の頭の中で響く声を、無視しようとした。こんなものなのか? こんなに、上手くことが進んでいいのか。グウィン達は、こんな自分に止められるような、浅い計画しか立てていなかったのだろうか。

 それは、答えの出ない自問だった。今ここで、考えても仕方がない。邪魔をする者はいなくなった。もう、ここですべきことはない。

 必要な者達が全て篝火の周りにいることを確認してから。両目を閉じた。手を伸ばし、篝火に触れる。

 ソウルの流れを意識した。

 火の温かさを、己の中に取り込んだ。

 それを任意の者達にも覆うようなイメージを作り出し、不死街にある篝火とのつながりを、手繰り寄せる。

 火守女としての経験を生かし、彼は自分も含めた集団を、転送させた。

 すぐにその行動を、後悔することになる。

 

 

 

 

  ◆

 

 

「貴方が、生まれた時――――」

 

 失った片腕に、相手は布を巻き付けた。止血をしているつもりなのだろう。

 貴樹にとっては、あまり意味の分からない行動だった。

 どうせ、すぐに死ぬのに。

 

「呼吸をするために、泣いたのを憶えている。でも今になって考えると、そんな当たり前の行動も、普通を取り繕うための演技だったのかもしれないね」

(このババア、気でも狂ったか?)

 

 まだ余裕はあるはずだと、貴樹は肩を鳴らした。薫とフリーデは、まだ、利き腕を残している。もちろん多少の影響はあるだろうが、戦闘は続けられるはずだった。彼としても、それを望んでいる。すぐに諦めるのではなく、最後まであがいてほしい。そうすれば、より、苦しんでくれるから。自分の犯している罪を、もっと自覚してほしかった。

 

「私は、貴方が怖かった」

「おう、存分にちびりやがれ」

「赤ん坊のころから、得体が知れなかった。その正体を掴むまで、自分の弟に向ける感情じゃないって、悩んだこともあったな」

「お前は、俺の家族じゃない。敵だ」

「だから紛らわすように、愛した。沢山構った。期待もあったから。実は、私の思い違いなんじゃないかって」

「吐き気のする、思い出だ」

「貴くんは…」

 

 足で、内臓を潰す。鎌を振るおうとした手を破壊する。後ずさろうとした両足を折って、顔を太ももの間に挟み、大きくひねった。

 ごきり、と首の骨が折れる。彼女は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。顔だけは、潰すのを避けた。フリーデのものだからだ。姉のしたことは許されないとしても、フリーデのことはまだそこそこ気を遣っていた。だから、死体を痛めつけることまではしない。

 

「精神性の、化物だよ」

 

 彼女の体が、黒い炎に包まれる。

 貴樹は即座に距離を取り、構えた。

 動揺はない。なぜなら、フリーデは、しつこいことが最大の特徴だからだ。

 鎌にまで黒炎を纏わせ、涙を流しながら、相手は身を低くする。

 

「だから、耐えられる。どんな苦しみにも。でもね、みおちゃんは違うの。あの子は、本当に普通の女の子だから。私がどんな手を使ってでも、守らないといけないの。お父さんとお母さんに、そう、誓った。そしてこの体は、私だけのものじゃない。ごめんね。これだけは、譲れない」

(めんどくせえ)

 

 時間がかかりすぎてもよくない気がする。今すぐにでも火守女を助けに行きたい気持ちもある。だが、今の相手は少し、無視するのは厳しいようだ。

 それに、疑問もだんだんと大きくなっていた。これで、いいのかと。自分は、見た目が違うとはいえ、実の姉をこんな所で殺してしまっていいのか。何か、別の、もっと良い方法があるのではないか。

 思考はすぐに結論へと行き付いた。

 最善は、まだ他にある。薫の言葉を聞いて、確信を得た。

 これは少々、手間がかかるだろう。単に殺すよりも、ずっと。

 だから下田には、もう少しだけ、持ちこたえてもらわなければならない。

 

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