火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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57.合流

 これは、初めて篝火の転送を行ったからだとか、そういうことではない。

 確かに予兆はあった。下田は転送の途中、何かに引っ張られるのを感じた。それは抵抗すら考えられないほど圧倒的なものだ。ただひたすらに、移動が失敗しないように踏ん張ることしかできなかった。

 周りには、街らしき光景が広がっていた。ただし、不死街の荒廃したものではない。生きているものの気配がほとんどないことは同じだが、そのスケールは大きく異なっていた。

 想定外、二つ目。

 ここは、明らかに不死街ではない。

 自分たちは、広場に出たようだった。かつての住民にとっては、憩いの場だったのだろう。中央には石像が立っていて、それを囲むようにして、長椅子が並べられている。その一つ一つに、華麗な装飾が施されていた。

 そういった部分を見てとっても、ここはかなり繁栄していた都市のようだ。日本の都会のような、無計画な乱雑さというものがない。全体が一つの秩序に沿って構築されており、計画、建築した者の技量を伺わせる。

 グウィンが、祭祀場の篝火に何か仕掛けをしたことは確かだった。そのせいで、こんなわけのわからない場所に行き着いてしまった。

 下田は動揺を抑えながら、目を閉じる。今まで自分が身につけた中でトップクラスに長い詠唱を、丁寧に紡いでいく。他の者達もまた周りの光景に圧倒されていて、邪魔をしてこようとしなかったのはありがたかった。

 術を自らにかけ終えると、下田は皆に向き直った。

 画家の少女が、胸を抑えている。

 

「どうしたの?」

「わからない。でも、とても嫌な感じがする。私達は、偶然、ここに来たわけじゃない」

「ああ」

 

 下田もまた緊張を強めた。グウィンが何の意味もなく、転送先を指定したはずがない。

 気をつけろ、とまた貴樹の声が聞こえてきた。

 これも、予備の策ということだろうか。だとしたら、何が来る。あの大王は、もう容赦をしないと言っていた。

 じりじりとした感情を表すかのように、空の色もおかしかった。暗い、黄土色の雲が太陽を覆い始めている。まるで、別世界に来たようだった。祭祀場の外で見る空とは、まるで違っている。

 

「いい加減にしてくれ」

 

 高坂が、ようやく人心地ついたかのように話し出す。その目は、下田への不信感も含まれていた。

 

「お前は、一体何をしてるんだ? 急にどうしちまったんだよ」

「これは、皆のためなんだよ」

 

 手短に話そうと考える。

 

「言ったでしょ。祭祀場と僕は敵同士になったんだ。だから、味方の先生とすぐにでも合流しないといけない」

「何の、説明にもなってない」

 

 実織が口を挟んでくる。下田は彼女というより、その隣で静かにしている、新宮を観察した。彼女は周りを怯えるようにして眺めている。

 ちとせは、じっと、下田自身を見てきていた。その視線だけは、正面から対することに躊躇いがある。だから、彼はあちこちを見ながら話をした。

 

「僕達は騙されてた。このままあそこにいれば殺される。僕は、そんなのを認めない。皆を、死なせるわけにはいかない」

「死ぬ? 何言ってるんだ。俺たちは、不死身だろ」

「もう、そうじゃない」

 

 指で、空間を叩いて見せる。

 

「確かめてみなよ。皆は、インベントリも固有能力もなくなっている。そして、篝火とのつながりも。グウィンが奪ってしまったから。つまり、死んだらそれまでという可能性が高い」

 

 下田の言葉が信じられない者は、すぐに驚愕することになる。

 実織はもう、炎をほとんど出せない。呪術に対する適正をごっそり取られたから。そして他の者達も、自分自身がもはや力をなくしていることに、ようやく理解が及んだようだ。少なくない衝撃で場が騒がしくなった。

 

「じ、じゃあ、もし、死んだら。どうなるんだ」

「死ぬだろうね」

 

 あるいは。

 下田は心の中で付け加えた。

 魂だけが抜かれて、器の体は虚無になる。亡者へと、成り下がる。

 地球の、ほとんどの人達のように。

 

「アキは、どうしてこんなことをしたの?」

 

 ちとせは冷静に言ってきた。もちろん内心は穏やかではないだろう。それでも、彼女は何よりも知りたいこととして、それを選んだ。

 

「あんたがこうしたせいで、私達は、追い込まれている。そういう考えもあると思うけど」

「……うるさいな」 

「は?」

 

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 そんな自分の声を無視する。

 仕方がないことだ。彼女に、皆には生きていてほしい。だから、下田はその枠組みから自分を除外しようと思っていた。なぜなら、資格がないから。彼女達と一緒に仲良くする権利は、もうない。

 突き放した方が、この先もきっと上手くいく。

 だから下田は、ソウルの矢を己の周りに浮かべた。周囲を脅すようにして。

 

「もう、質問はいいよ。話自体も。ここから移動する。留まるのは危険だ。いいから黙って、ついて来て。無駄な事はしないで」

「アキ」

 

 手を挙げて、続こうとする言葉を遮った。それは単にちとせを黙らせたかったわけではなく、目の端に止まったものに集中する必要があったからだ。

 そこへと、近づく。石像の台座に刻まれている傷を、指でなぞった。

 妙な感じだ。魔術が爆発した後でも、何かに斬られたからできたものでもない。強いて言うならば、小さい豆のようなものを、高速でぶつけたような傷だ。

 弾痕。

 そして、集団の気配を感知した。

 

「誰だ!」

 

 片手剣を握って、気配を感じた方へ叫ぶ。下田の声とほぼ同時に、建物から続々と男女の集団が出てきた。

 

「待ってくれ。敵じゃない。いやまさか。本当に驚いた。こういう出会いは、二度目だ」

 

 一番前にいる男は、非常に男前だった。

 

 

 

 

 先生。

 下田はまた、空想の中の貴樹へ文句を言った。

 黙ってたなんて、ひどいじゃないですか。

 

「じゃあ、君達がタカキの生徒か! すごい。こんなところで会えるなんて。いやあ、ここでどれだけ苦労したことか…」

 

 代表の男はウィンと名乗った。信じられないことに、地球人だ。彼らはかつて、貴樹に色々と助けてもらったことがあるらしい。そして、後でまた合流することを約束し合って、別れたのだという。 

 彼は、かつて俳優をしていたらしい。その経歴を細かく語ろうとして、周りの者達に止められていた。彼がまとめているようなのに、どこかぞんざいに扱われている感じがする。それは、ドジをする子供に対するような扱いだった。

 彼らはほとんどこちらに対して警戒をしてこなかった。というのも、貴樹と出会った時の事を反省しているからだそうだ。こうして言葉が通じていて、同じ地球の人間なのだから、協力すべきだと、ウィンははっきりと言った。

 その集団は、割と多種多様だ。

 アメリカ人の夫婦と息子。ランドン、アリー、イアン。

 南米の褐色女性、ファエラ。

 理系の大学生だという、ジアンナ。

 そして。

 

「うわあ、なんか感動だ」

「新鮮だね。ずっと前までは、当たり前だったのに」

 

 同じ日本の高校生である、幸成と由海。

 下田は彼らと握手をして、笑みを作った。情報を引き出すために。

 彼らの目覚めは、下田達と同じような感じだった。そして、それからのことはかなり言葉を濁して話していた。おそらく、なかなか他人には言えない事情でもあるのだろう。下田にとっては、詮索する気もなかった。

 そして、貴樹に助けてもらった時のことは、詳しく聞けた。どうやら、彼は自分のソウルをウィン達に分け与えたらしい。それで、あんな痛ましい姿になったのだろう。

 これで謎は一つ解けた。彼らから、貴樹の匂いがしたのはそういうわけだったのだ。

 なるほど。

 結局、移動の案はなくなった。下田と画家の少女、ゲール、サリヴァーン、ユリア、リリアーネ以外はここにとどまり、ひとまずお互いの交流を優先したいようだった。彼もそれに従うことにした。もう事情は変わった。あとは、自分のできることを、するしかない。

 ちとせ達もまた、彼らの存在には歓迎しているようだ。ひとまずは笑顔を見せている。もちろん、それを下田に向けてくることはないが。

 

「あれ、ていうかなんで言葉通じてるんだろ。ウィンさん達、日本語上手いですね」

「ん? 何言ってるんだい? チトセ達こそ、達者な英語だ」

 

 実織が首をかしげる。

 高坂が考えるような顔をする。

 新宮は、ずっと俯いている。

 

「…どーゆうこと?」

「つまり、すごいマジックパワーが働いているってことさ!」

「うーん」

 

 会話を耳に入れながら、下田は室内の壁によりかかっていた。自分の手首を抑えている。背中を伝う汗を、奇跡で浄化した。

 どうやら高校にいたら一年先輩らしい女性に向かって、尋ねる。

 

「貴方達は、どうしてここに?」

 

 由海は呆れた様子で、ウィンを見た。

 

「あの調子乗りがやらかして。危ないっていったのに。何か、変な城塞みたいなところで、篝火を見つけてさ。物は試しだとかで、触っちゃったの。そしたら、もう、ここに来てた。それからはずっと探検の毎日だったよ。そっちは?」

 イリーナが作り出した篝火だ。そっちの方は、もっと前から細工がなされていたということだろうか。下田は嫌なものを感じる。一応、地球出身の者達がここには集められている。共通点は見つかった。

 

「僕達は、逃げてきました」

「それって…」

 

 幸成が、眼鏡を掛けなおす。彼は由海と同じ高校だったらしい。中学も一緒だったようだ。その事情を、ちゃんと、自分の経歴として納得している感情はある。

 

「祭祀場から、ってこと?」

「うん。色々あってね」

「手段が一つ消えたなあ」

 

 ジアンナが、めんどくさそうに頭をかいた。彼女は、幸成とかなり仲がいいようだった。こっちの世界に来てから出会ったというが、そうではない可能性もある。

 

「一応の、頼みだったのに。シモダは、これからどうするの?」

「どうするって?」

「まず、地球に帰る方法を、考えないといけないでしょ。私達、目的は一致しているよね」

「まあ、そうですね」

「あとはタカキかあ。今あの人、どこにいるか知ってる?」

「こっちに、向かっているとは思いますけど」

 

 由海がんーと、伸びをした。

 

「しばらくここに留まるしかないね。それとさ…」

 

 気まずそうに、ちとせ達と下田を見比べる。だが、その口元は少し揶揄するように緩んでいる。

 

「あの、何かあったの? 初対面の私でもわかるくらい、溝がある気がするけど」

 

 下田はそっちの方を見ないように努力した。だが、ちとせの視線が時折向かってくるのは分かる。そういったことが繰り返されて、由海達にも色々と察せられたのだろう。   

 

「色々あったから」

「手助けしようか?」

 

 彼女はもはやはっきりとにやにやしている。

 

「ちとせちゃんとの仲直り。任せて。こっちでも色々あったから。経験はあるよ」

「どういうことか、僕には」

「そこでとぼける? わっかりやすいよ、君ら」

 

 下田はちとせ達に相手をしてもらっている、イアンを見た。子供だ。高校生以上の者しかいなかった環境に慣れていると、ああいう存在が本当に新鮮に思える。

 そう、子供なのだ。

 頭痛に耐えきれなくなった。胸が苦しい。鼓動が大きくなってきて、いい加減、嫌になってくる。

 

「それで、質問ばかりであれだけど。あの人達は…」

「ごめん、ちょっと」

 

 

 これ以上会話をする気力を保てなくなった。由海がまだ何かを訊きたそうにしていたが、下田はその場にいる者達に断りを入れて、家屋を出た。中に居続けることに尋常ではない労力が必要だった。考えることが次々に出てきて、落ち着いた環境で整理をしたくなる。

 少し離れた、小さい建物に入る。そこは、牢屋のような役割も果たしていた。

 中に入ると、すぐに少女が駆け寄ってくる。服の袖を掴んでくる。その手が震えているのがわかった。

 

「顔を、出してみてはどうですか。貴方達、不審がられてますよ」

「ふん」

 

 サリヴァーンはつまらない冗談だと言いたげに鼻を鳴らし、ゲールは黙って少女の肩をさすっていた。

 

「私、聞いてないんだけど。どうする? 早めの方がいいと思うけど。姉さんも、そう思うでしょ?」

「…シモダ次第だ」

 

 リリアーネは首を回した。ユリアは、彼を見定めるように観察している。

 

「ま、しかるべき瞬間でしますよ」

 

 下田はそれから、床に転がされている二人の女性に顔を向ける。

 

「なんだ?」

 

 屈むと、ヨルシカは少し身じろぎした。魔術をぶつけてくることはなくなった。下田には効果がないし、やるだけ気力の無駄であるということをやっと理解したのだろう。

 だが、彼女の目は、嘲りに満ちていた。あるいはもうすでに死んでいる者を見ているかのような、視線。こちらを煽るようにして、唇を吊り上げた。

 

「そんなに挑発しなくてもいいよ。お前は、ちゃんと、殺してやるから」

「―――」

 

 どういうことを言ってきているのかは、何となくわかった。たとえ喉が潰れていても、表情の動きで言葉を推測することはできる。

 

「ふう」

 

 下田は息を吐き出した。その場に腰を下ろし、拳で自らの額を叩いた。

 わずかに、手は汗で濡れる。

 

「訳が、分からない」

 

 その言葉に、イリーナが反応をする。

 

「イリーナさん?」

 

 下田はなるべく優しく呼びかけた。

 

「何をそんなに、怯えているんですか?」

 

 イリーナは額から汗を流しながら、何かを口にしようとした。しかし、直前で思いとどまるかのように、俯く。

 その隣で座っている、銀髪の火守女もまた似たような雰囲気だった。

 

「良かった。やっぱり、そうなんですね。これで確信が持てた」

 

 先生。

 うるさいと思われるでしょうけど。

 彼は引きつった笑いを顔に出した。

 不公平です。

 これ、僕の負担が大きすぎません?

 

 

 

 

 簡単な確認をしてから、全員を連れて外に出た。

 ちょうど、ウィン達も広場に集まっている。

 下田はさりげなくちとせ達の位置を確かめた。そこへ向かって、真っすぐ歩いていく。ちとせは彼と、その周りについているリリアーネ達に何かを言いたげな顔を向けたが、下田としては話させるつもりはなかった。

 

「どうしたんですか?」

 

 由海が答える。

 

「やっぱり、もっとここら辺を見て回ることにしたんだ。これだけ人数が増えたから、行ったことない所にも挑戦できるかなって」

「確かに。見た所、由海さん達もかなりの経験を積んできたみたいですね。どこか、祭祀場以外へ行ける篝火があるかもしれません。協力しましょう」

 

 下田はちとせとウィンの間に立った。由海が含みのある表情をする。だが、彼はそれを気にしないようにした。疑問が、次から次へとわいてくるからだ。はっきり言って、キリがない。

 

「それで、そちらの方達も紹介してくれるのかい?」

 

 ウィンがにこやかに、リリアーネ達へ顔を向けた。

 

「そうですね。とりあえずは…」

 

 肩に、重みがかかる。

 リリアーネがこれ見よがしに腕を乗せてきていた。下田の視線にも臆することはなく、彼の頬に自分の顔を近づける。

 

「よろしく。私とこちらの姉さんは、彼の臣下だよ。この人の命令しか聞かないから、そこのところは、注意してくれると助かるな」

 

 性根は、結局変わっていないなと思った。ちとせが瞬きをして、下田とリリアーネの距離の近さを訝しんでいる。これでは、物事がさらにややこしくなる。話が、一時的に中断されてしまった。

 

「なるほど。なかなか面白い関係のようだね。そんな綺麗な女性二人も抱えるとなったら、気苦労も多いだろう。察するに余りあるよ。色々と。別に変な意味ではなく」

 

 褐色の女性、ファエラがライフルの銃底でウィンの後頭部をどついた。彼は頭をさすりながら、肩をすくめる。

 下田は、その銃を一瞥した。扱いに慣れてそうな割に、銃自体は新品に近い。おそらく、保存する場所が良いのだろう。彼らも、インベントリを扱う。そのことはきちんと、心の中に書き留めておいた。

 リリアーネが耳に息を吹き込んできてから、何もなかったように離れていった。行動自体はあれだが、別に嫌になるほどではない。むしろ、少しだけ感謝していた。これで、気分を落ち着かせることができた。彼女なりの気遣いなのだろう。

 

「じゃ、行こうか」

 

 ウィン達は先導をするつもりのようだ。彼らが背を向けて歩き出し、ある程度の距離が開くまで待っていた。下田の前に出た高坂が、不思議そうに振り返ってくる。

 このくらいだろう。

 

「待ってください」

 

 立ち止まり、彼らは振り返ってきた。

 

「うん?」

「貴方達は、全員地球での記憶がありますか?」

 

 なぜ今、そんなことを訊いてくるのかという疑問が、表情に表れている。

 由海が、微妙そうな顔をした。

 

「あると言われればあるけど、ないと言われればないかな」

「その心は?」

「話したじゃん。君達と同じだよ。間のことが抜けてる。私の場合は、修学旅行でアメリカに行ったのは憶えてるけど、そこからどうしてこの世界で目覚めたのか、全然わからない」

「お互いに、この世界に来る以前は知り合っていたんですか?」

「どうなんだろ。私と幸成はそうだけど。そこも曖昧なんだ。でも、ここに来てから、ずっと一緒にいた。私達はもう、家族みたいなものだよ」

 

 続いて、他の全員も頷く。そこには、お互いへの確固たる信頼と愛情が表れているように見えた。

 下田は腕を組む。

 

「でも、平気だったんですか?」

「うん? 何が?」

「だって一体化物が混ざってるのに、よく今まで過ごしてこられましたね」

 

 冷却されたような沈黙。

 既に全身を脱力させていた下田は、標的の腕が動き始めたのを視認した。何かをするつもりだろうが、そんなことは許さない。

 前傾姿勢で走り出しながら、ソウルの弾丸を放った。それに対して、相手はかわそうとする動きを見せない。その隙を与えないほどの速さで撃ったのだから、当然だが。

 その隣にいた由海は、自分に血が降りかかったのを、遅れて理解したようだ。体が倒れ込んだのを見てから、悲鳴のような声を上げた。

 

「ウィン!」

 

 既にほとんど顔が破壊されている彼に対して、下田は飛びかかる。そしてインベントリから取り出した短剣を固く握り、考えられる急所全てへと突き刺した。これで死んでくれればいいと願いながら。

 ウィンの内臓を引きずり出したところで、線を知覚した。直後発砲音がして、下田は血まみれの体から離れる。

 元軍人らしいランドンが、鬼のような形相をしながら撃ってきた。拳銃とはいえ、体に受けて弾が残ってしまったら面倒だ。一発を短剣で弾いた後は、全てソウルの塊で包み込んで、その威力を殺した。

 そして、下田の右頬が吹き飛ばされる。散々に血を味わいながら顔を向けると、ファエラが今度は頭に銃口を向けてくるところだった。

 むき出しになった歯を擦り合わせ、ライフルを蹴り上げる。そのままの姿勢で、自分の足と地面に魔術を停滞させた。両方が衝突し、反発する。高速で横の方向に移動した彼は、途中で呆気にとられていたイアンを拾い上げた。

 

「動くな」

 

 戦闘が中断される。

 全員が、喉に短剣を突き付けられている少年と、顔が血まみれの青年を見ていた。

 

「リリアーネさん達も、手出しは無用です」

 

 顔を完全に治した下田は、イアンを無理やり持ち上げた。少しでも余計な事をすれば、子供を殺すと、相手の集団によく示してみせる。やはり、子供が一番だ。漏れなく全員が動揺してくれている。

 

「貴様…」

 

 ランドンがうなり声を上げた。

 

「全員、銃を下げてください」

 

 初めに由海が、そしてジアンナ、幸成、ファエラ、最後にランドンが、苦虫を噛みつぶしたような顔で指示に従う。唯一アリーだけが、口を押さえて腰を抜かしていた。

 ちとせ達もまた、呆然としている。

 イアンの喉を刃でつつきながら、下田は溜息をついた。

 

「貴様、何を、している?」

「ウィン、ウィン! 嫌だ、そんな…」

 

 ファエラが一番不安定そうだった。今にも再び攻撃してこないとも限らない。なので、下田はなるべく短い言葉で会話をしようと試みた。

 

「あんた達、気持ち悪いんだよ」

「何を」

「半分は、先生の美味しそうな感じがするんだ。でも残った方は違う、器がまるで亡者みたいだ。気持ちが悪い。どれだけ、あの人に苦労をかけたんだ」

「イアンを、離して。私の息子よ!」

「黙れ」

 

 ずきずきと、頭が痛んだ。アリーの母親らしい叫びに心のどこかが呼応している。その感覚は、正直今いらないものだった。そういったものを全て捨てなければ、この状況を脱することができないとわかっていた。

 

「質問する。あんた達は、何を企んでいる?」

 

 気を付けろ。

 

「お前は、気でも狂ったのか」

「どういう神経をしてたら、あんなごちゃまぜになった化物と一緒に暮らせるんだ? 正直、最初に会ってからずっと吐き気がしてた。ウィンの側にいた奴も怪しい。僕達に、何をするつもりだ」

「だから、何を…」

 

 由海ははっきりと怯えを顔に出した。その反応は見せかけではない。ちゃんとした人間らしいものを感じる。他の者も順々に確かめていって、ウィン以外の者は何も知らないということをはっきりと確認した。

 下田はイアンを突き飛ばした。少年は一回転んでから、泣きながら母親の胸へと飛び込んでいく。彼女はしっかりと相手をかき抱いて、下田を鋭く睨みつけた。

 ファエラが、再びライフルを向けてくる。

 

「まあ、落ち着いてくださいよ。冗談みたいなもんです。子供は殺しませんよ」

「殺してやる…」

「もう少し周りを気にした方がいいですよ。貴方達のリーダーだったあれ、消えちゃってますけど」

 

 全員、ウィンが倒れていたはずの地面を見る。しかし、そこには頭が吹き飛ばされた凄惨な死体はなく、血だまりがあるだけだった。

 下田はあえてその場を動かなかった。これからどのような事が起こるか、観察したかったからだ。

 そして大方予想通り、自分の腹に衝撃を感じた。

 リリアーネ達が走ってこようとしているが、それに手を上げて止まるように促す。

 

『グウィンを殺したのは、君だね』

 

 最近の流行なのだろうか。

 ウィンだったそれは、下田の胴体に手を突っ込んでいる。首から上がない状態でも、見えない体を行使して、それなりの速度で背後に回ってきた。明らかに人間ではない。グウィンと同じように、そんな状態で当たり前のように行動している。

 

『ようやく見つけることができた。今更何ができるのかわからないけど、念のためだ』

 

 下田にとって、かわすことは造作もなかった。それでもなすがままにさせていたのは、伸びてきた線に、温度がなかったからだ。限りなく温いと表現してもいい。殺意というのものがまるで感じられなかった。だから、興味があったのだ。

 相手が、何をしようとしているのか。

 そして、憶えのある引力がやってきた。

 グウィンが発したものよりもはるかに強力だ。自分の何が引っ張られているのかを知って、下田は息を吐いた。安堵した。

 自分の腰にしがみついている、白い腕。

 上下に揺らされて、必死の形相になっている女性を、見下ろした。相手の腕に呑みこまれまいとしている。

 

「プリシラ」

 

 彼女は顔を上げて、下田の表情を認識する。その瞬間、腕の力が抜けていくのがわかった。彼女の体が一気に下田から離れていく。

 

「失せろ」

 

 化物が彼女を完全に取り込むと、下田に刺していた腕を引き抜いた。それからふらふらと後ろに歩いていき、倒れていく。

 

『反逆者に、裁きを』

 

 てっきり、これと戦うのかと思っていた。内部のソウルの構造のせいで、完全に殺すことが限りなく難しい。だから、面倒な戦いになるかと思っていたが、相手にその気はないようだ。ウィンだったものは倒れたまま動かない。

 その体から、とてつもない速度で何かのソウルが飛び出していくのがわかった。だが、下田はそれを捕らえることはしない。多少の損害を取ってでも、解放を選んだからだ。

 自分の周りには、いくつかの武器と、貴樹の両腕が転がっている。これで、自分のインベントリも崩壊した。

 そして。

 下田は、肩が軽くなるのを感じた。かつて何度も見ることになった、あの文字列。自分の固有能力が、消失している。

 つまり、もうやり直しは効かないということだった。敵はプリシラを取り込んだだけで、彼が吸収したちとせなどの能力はそのままにしてくれたようだ。本来ならば絶望するべきだろうが、別の感動の方が大きかった。

 体がとても軽い。呼吸が快適にできる。脳の一部を埋め尽くしていた何かが、切除されたような解放感があった。今まで術を使ってきたことによる疲労が、なくなっていく。

 容量が空いたからだろう。それだけ、プリシラの存在と能力が下田の負担になっていた。今なら、使える術の量も跳ね上がっているに違いない。

 右手に力を入れて、指の一つ一つを動かす。何かが変わっているという感じはしない。彼女がいなくなっても、竜の力は維持されているようだった。これは僥倖だ。ほぼ元の膂力に戻ることを覚悟していた。

 が、直後に響いてきた音によって、多少の余裕はかき消された。

 体の奥底まで震わすような、鐘の音。

 それは全員が認識できているようで、皆驚いたように辺りを見回していた。

 一方で下田は、目を閉じている。少しでも、感覚するのが遅れないように。握る手はじっとりと汗で濡れ始め、つかみどころのない不安が首をもたげていた。

 自分の知る限り。

 歴史上、「鐘」が鳴ったのは二回だとされている。

 一度目は復活を示す。

 ロスリックが火継ぎの使命から逃走し、最初の火の勢いを保つことが困難になった。そこで、歴代の薪の王達が復活した。

 二度目は緊急措置。

 その王達までもが、使命から背を向けた。自らの玉座へと舞い戻り、石の玉座には空虚が残った。故に、王たちに玉座なし。その身が火継ぎのための道具でしかないという事実を教えるために、棺から火の無き灰達が這い出てきた。

 では、三度目は?

 一体、何が起こる。

 何が、来る。

 

「ゲールさん」

 

 下田は地面に転がっている、手ごろな大剣を取った。そして、赤頭巾の老人へと、それを放る。相手はやや怪訝な顔でそれを受け止めた。

 

「交換です。月光を僕にください。大丈夫です。それもまあまあ良いですよ。ちゃんと戦えます」

 

 それでもまだ、納得をしていないようだった。それもそうだ。下田が大剣を持って、一体何になるのだろう。今まで彼はその種類の武器をまともに扱ったことがなかった。グンダを封印するための道具として、螺旋剣を利用したくらいだ。

 だが、ゲールもまた何かを察知したようだった。無言で、月光の大剣を渡してくる。それから、画家の少女にもっと広場の中心へと寄るように頼んでいた。

 慌ただしい動きに、リリアーネも不思議そうにする。

 

「何をするの?」

「これから、短剣を作ります」

 

 月光の刃を眺めている下田に向かって、彼女は訳が分からない、と言いたげな視線を向ける。

 

「はい?」

「だから、リリアーネ、ユリアさん、ゲールさん、サリヴァーン。お願いします。少しの間時間を稼いでください。皆を、守ってください」

 

 彼女ももまた、徐々に理解し始めたようだ。鋭く遠くの建物を一つ一つ眺めていく。

 下田は既に把握していた。自分達は、包囲されている。街には、今まで敵の気配などなかった。しかし、あの鐘を合図として状況は一変したようだ。

 遅れて、他の者達も視認する。

 家屋の間の道から。家の二階部分から。屋根から。地下への階段から。緩やかな坂道から。開け放たれた大扉から。様々な武器を持った騎士が出てきた。彼らに共通しているのは、身に付けている鎧。

 その銀色に輝く鎧は、優に六十を超える数で並んでいた。後方にいる大弓兵が、矢をつがえる。斧を持った屈強な騎士が、その刃を地面に突き立てる。槍を持った集団が、先頭で横並びになった。

 彼らは、旗も掲げずに、ただ広場にいる反逆者達への殺意だけを供にして、進行を始めた。

 

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