火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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58.死闘

 横目で一瞬だけ確認すると、顔に切り傷をつけたリリアーネが叫んでいる所だった。

 

「まだ?」

「仕上げです。集中するので」

「はあ、しんど」

 

 彼女は振り下ろされた斧を正確にかわした。相手の背後に素早く周り、後ろから組み付いて、首を掻き斬る。それからすぐに倒れていく騎士の体を足場にして、囲もうとしてくる複数の相手から逃れた。

 ユリアはそこから少し離れた所で、鎧の胸部分へ刀を突き刺している。彼女の方が、複数への対応能力に優れているようだった。隙が生まれそうになっても、魔術で何とか対応できている。ただ、数の差が大きいので、無傷とはいかない。

 ゲールは同時に複数の相手をなぎ倒していた。あの中では、おそらくもっとも腕力がある。体格も良い。ただ、それは逆に的が大きいとも言えた。最も遠距離からの攻撃を受けているのが、彼だった。特に腹の傷が酷い。出血で動けなくなるまで、あまり時間はかからないだろう。

 そう、厄介なのは弓兵だった。巨大な矢を放ってくる。その重さは勢いにもつながり、半端な干渉では軌道をずらすことができなかった。だから、サリヴァーンが最も対応していると言ってもいいだろう。彼は分身を作り出して、弓兵を削り始めていた。

 だが、相手もそれはわかっているようだ。徐々に兵を下げて、遠距離要員達の護衛にも回すようになっていた。そのせいでサリヴァーンの負担が大きくなる。かの法王であっても、徐々に体力が削られてきている。動きが、少しだけ鈍くなっていた。

 下田は成型し終えた刃を、柄にはめた。じゅううと、掌の皮が焼けただれる。呪術を最高出力で利用し、工程もいくつか省略した。多少の怪我には目をつぶる必要がある。

 本来、鍛冶というのは繊細さも要求される。急に熱くしたり、冷やしたりすれば、刃が割れてしまう危険もあった。しかし、それはあくまで普通の金属だった場合だ。月光の刃は、特別だった。絶対的な硬さを持ちながら、柔軟性にも富む。まさに、加工するためだけにあるような素材だと言えた。

 風切り音が、近くで聞こえた。

 下田は、他人へと伸びる線を視認する。遠くの家の屋根から放たれた大矢が、広場の中心で縮こまっている母子へと疾走していた。

 下田は冷たく考える。

 自分は、移動の奇跡にあまり精通していない。クリムエルヒルトのように、他人を簡単に瞬間移動させることはできない。間に合わないだろう。それに、一度は敵対しかけた集団だ。わざわざこの先も必要になるであろう労力を使うまでもない。

 全身のバネを使って飛び込み、下田は吹き飛ばされた。

 矢の勢いに押されて、中央の像に激突する。大きく息を吐き出した後、茫然と見てきているアリーとイアンを確認した。母親の方が、下田の体を見て口を押さえる。

 

「もう少し、身を低くしていてください」

 

 神経のつながりを、意識する。弾け飛んだ内臓部分の構造をはっきりと頭の中で思い浮かべる。イメージさえしっかりできれば、たとえ下腹部の右が丸ごと欠損したとしても、奇跡であっという間に治すことが可能だ。

 ゲールが、一瞬だけ膝をついたのが見えた。その瞬間の隙はぎりぎりで修正できたようだが、次の動作が遅れてしまっている。ちょうどそこに、長剣を構えた銀騎士が動き始めていた。

 前へと、落ちていくような感覚で。

 下田は全身の力を抜いていきながら、針のように鋭く前進した。

 騎士の背後に迫ると、急に振り向いてくる。

 洗練された突きを、事前に読んでいた。体を捻って軸をずらし、すれ違うようにして、相手の胸に刃を出し入れさせた。鎧を容易く貫通した月光が、効率的に相手の内構造を破壊していく。

 頬の痛みを自覚する。流れ落ちる血を、舐めた。

 中の上の上といった感じだろう。

 彼らはおそらく、それなりに格式の高い軍団のようだ。一人一人の練度が侮れないものになっている。他の者達が対応に苦慮するのが理解できた。

 首を傾ける。槍がすぐそばを通り過ぎていく。

 そして、側頭部に焼けるような感覚が湧いた。よくよく確かめてみると、右の耳が無くなっていることに気がつく。

 振り向きざまにソウルの太矢を異なる軌道で三つ放ち、槍を繰り出してきた相手を破壊した。

 息を吐き出しながら、奇跡の光で覆う。ついでに、その光を放って、ゲールの腹部にも処置をした。彼は一度こちらを見てから、すぐに別の敵へと向かっていく。

 あ、なんか。

 下田は自分の中で、かちりと何かがはまったのを感じた。

 すぐに他方を見る。

 ユリアは既に魔術の展開を止めている。残っている数を見て、極力消耗を抑えることにしたようだ。その選択は悪くないが、対応力が減少したせいで、傷がまた増えている。彼女の額から血が流れているのが、よくわかった。

 下田は、二、三体を殺しながら、接近する。ユリアの刀の軌道に合わせて、青白いソウルの塊を流した。それはちょうどいいタイミングで刀へと付与され、騎士の鎧を容易く斬り裂いていく。

 

「符呪は、あと十五秒維持します。切れたら知らせるなりしてください」

 

 彼女の鼻に深くついた傷を治してから、下田は再び移動を始める。彼に向かって、ユリアははっきりと感謝を述べることはなかった。しかし、彼の行く先の騎士達を魔術で妨害してくれた。

 三人と、リリアーネはほぼ対等に渡り合っている。ほぼというのは、若干彼女が押されているからだった。そして時間をかければさらに追加されていく。

 

「横に飛んでください!」

 

 リリアーネはすぐに反応してくれた。

 中程度の長さの詠唱を圧縮。

 放出の音節で結ぶ。

 そうして、下田はソウルの奔流を騎士の固まっている所にぶつけた。青白い大きな塊が瞬きの間で到達する。相手の結束が乱れた瞬間に、前へと踏み込む。

 彼が騎士の首を斬り刻むと同時に、リリアーネも相手のとどめを刺していた。彼女と位置を回転しながら入れ替わり、迫ってきた武器を弾き返す。

 

「失礼します」

 

 目の前が渋滞してきたので、下田はリリアーネの肩を借りた。そこを支点にして逆立ちをし、足から呪術の炎を作り出す。跳び上がり、一斉に周囲へとまき散らした。威力にはほとんど期待していない。攪乱が主な目的だからだ。

 月光の刃を、光らせる。右手の方は周囲へ散乱させ、左は刃付近にとどめておく。

 散った斬撃はいくらか相手の数を晴らすことに貢献したが、当然対応される場合もある。そこで温存しておいた左の短剣を振り回し、かわそうとする相手の動きを読みながら、月光を解放する。それでも逃れた騎士は、リリアーネが対応した。

 手になじんでいることは確かだった。何せ短剣は二番目に扱い慣れている。この実力と数の敵相手には、使うことを惜しむわけにもいかなかった。

 そして、共に戦うのも、この四人の中では、彼女が一番しっくりきている。

 

「私、君に夢中かも」

 

 リリアーネは興奮したように息を吐き出した。

 

「体の相性も良さそうだね」

「そういう話はあとで」

 

 密度が少なくなったので、最も厄介な集団を殺しに行く。弓を構えている騎士達。

 ちょうど、サリヴァーンの分身が八つ裂きになっている所だった。

 髪を乱している本体の顔へ、回復を行った。

 

「眩しいぞ」

「思ったんですけど」

 

 サリヴァーンと同時に、腕を振るう。月光の短剣と片手剣が、別々の騎士の兜を斬った。

 下田はしゃがむ。その頭のぎりぎり上を、サリヴァーンの斬撃が走った。迫って来ていた大矢の軌道がそれでずらされて、下田の足元に刺さる。

 

「皆との方が、ずっといいですね」

「貴様は何を言っている?」

 

 サリヴァーンが撃ち込んだ魔術に、ほぼ同じ種類の魔術をぶつける。それぞれが反発しあって、事前に法王が考えていたであろう軌道とは大きく変化していく。それが逆に有効となり、弓兵の集団が削られた。

 

「僕、僕って、前衛の中でも、支援する方が性に合ってるみたいです。なんか、凄く、ぴったりはまります」

「死ぬぞ?」

 

 下田は体をずらしながら、短剣を斜めに構えた。火花を散らしながら刃と矢が激突する。その軌道が徐々に移動していき、彼の顔を少し抉り取ってから、サリヴァーンの右上を抜けていった。

 少し、気の抜けた自分を叱咤する。左手の方で受けてしまった。案の定、矢の勢いで三本ほど指がへし折れてしまっている。右の方だったら、余計な怪我をせずに済んだだろう。

 戦場の流れの変化を感じ取る。主に弓隊の動きに注目をした。彼らは、もはやただ数で押す戦術が通用しなくなってきたのを理解したらしい。前衛が崩れてきている今、下田達に反撃をするためには、何をすればいいのか。既にほとんど、結論は出ているようだ。

 

「中央に集結! 弓は術で片付けます!」

 

 放たれた矢を追うように、下田は魔術を爆発させた。大きな加速を得た体で、ちとせ達の下へと向かう。彼女達は未だ、進行していく状況に追い付けていないようだ。まだランドンやファエラなどの方が動けている。

 残っている前衛の騎士達も皆、殺しやすい標的へと狙いを定めた。たとえユリアなどに背中を斬られようとも、構わずに走っていく。

 微妙な、ずれを感じていた。

 経験や、技術は嘘をつかない。いつも通りの手順をなぞっていれば、効果をいかんなく発揮してくれる。しかし、肉体は別だ。今までは与えられた六日間の中で、最大限の効率をもって鍛えていた。休息のタイミングも考えて、儀式の時には最高の体でいられるように。

 今は違う。この体は相手と直接刃を合わせるのに適した作りをしていない。遠くから術で援護するのには、必要がないから。もっと早くから走り込み等をしていればよかったと、少しだけ反省した。あの六日間よりも前から。

 だから、少々の無理が重なっている。予想していたよりも早く、疲労が溜まり始めているのを自覚していた。なるべく術は温存していたが、段々とそうも言っていられなくなっている。

 下田は十本の結晶槍を作り出した。意識を分割し、それぞれ編隊を組んで、自律的に軌道を決定させていく。騎士の何人かは、振り向いて魔術を切り落とした。予想通りだ。守ろうとしてくる相手の隙をつくつもりなのだろう。

 その一方で、本当にちとせ達を殺そうとしているのもいた。下田は大きく爆発で跳び上がり、空中からソウルの塊を落下させる。それは地面に到達すると、騎士側にだけ無数の針を飛び散らせた。もちろん、鎧を貫通するのはわずかだ。足止め程度にしかなっていない。

 だが、それで十分だった。

 彼は降り立つと、目の前の騎士の懐に飛び込んだ。相手が持っているのは大剣だ。ほとんど小回りが利かない。選ぶなら、この個体が一番だった。

 鋭く息を吸い込んでから、右手で突きを繰り出す。刃は当然鎧を貫通したが、それで止まりはしなかった。鱗に覆われた手もまた金属の穴を広げ、肉を押し裂き、背中へと出た。血と臓物が勢いよく押し出される。

 良い、盾だ。

 即座にその頭をソウルの弾丸で粉砕し、とどめを刺す。もはや動かない騎士を竜の腕力で持ち上げて、周りの敵へと突っ込んだ。無理やり押し込んでいきながら、盾が使い物にならなくなるまでなぎ倒していく。

 槍を持つ敵が固まる所まで来ると、下田はぼろぼろになった死体を蹴り飛ばした。そして何本もの槍に突き刺されるのを確認してから、詠唱を結ぶ。

 死体の中に仕掛けておいたソウルの針が、皮膚と鎧を突き破って拡散される。同時に地面を蹴り、槍騎士の背後に降り立った。少し遠くの方の個体へと、短剣を投げる。もう一本の方も、自分の背後を狙ってきた相手にぶち込んだ。

 月光を散らす操作をしながら、両手を横に伸ばす。最大限の脱力を行い、二本のファランの速剣を顕現させた。若干統率が崩れかかっている部隊の中へと突進する。 

 無駄はない。

 仕損じることなど、ありえない。

 既に、目の前の敵など見ていなかった。上空から、全てを把握していた。普通の視界と、浮き上がる視界。二つの光景を重ねて見ながら、素早く効率的に相手の急所を削いでいく。全て一撃で屠っていく。冷たい点を狂いなく突いていく。

 息が切れる前に、彼へと向かおうとする気配は無くなっていた。

 倒れている騎士から二本の短剣を回収すると、リリアーネが大げさに拍手をしていた。

 そういえば、矢がもう飛んでこない。

 確認をしてみれば、最後の弓兵の首を、サリヴァーンが飛ばすところだった。その隙を狙おうとしていた大剣の騎士が、ゲールによって斬り伏せられる。

 一応、中央に集まるよう指示したんだけどな。

 こんなもんだ、と下田は面倒そうに血を吐いた。重傷はないが、それなりに攻撃を受けてしまったようだ。やはり、油断はできない戦いだった。冷静に奇跡を使いながら、計算をする。まだ、限界が来たというわけではない。ただ、これで区切りがついたと思いたかった。傷は塞げても、失った血は戻らない。

 

「想像以上だね」

 

 横を向けば、近くにリリアーネの楽しそうな顔があった。頬に飛び散っている血を、腕で拭っていた。

 

「君さ、働きすぎ。私達の支援だけでもよかったんだけど」

「危なかったじゃないですか」

「言うねえ。ご褒美ほしい?」

「右、半分崩れかかってる建物の奥、見てください」

 

 歯噛みする。

 下田の指摘は既に、意味をなしていなかった。なぜなら、既に標的達は驚くべき速さで向かってきていたからだ。

 

「中央に集まって!」

 

 迫ってきているのは、騎士であることは確かだった。だが、その様相は今までのものとは大きく異なっている。まず目に入るのが、胸にある穴だ。淵が赤くなっており、それ以外は黒い闇で満たされている。似たようなものを、見たことがあった。亡者に開いている穴。

 そして鎧もまた全てが黒かった。破れかけているマントを纏いながら、その内の一体が槍を突き出してくる。

 下田の顔を狙っている。わかりやすかったので、こともなげに避けた。

 反撃をしようと腕を動かす。

 しかし、槍の様子が一変した。刃の部分から炎が漏れ始めて、何かの前兆であるかのように、その身をくねらせた。

 瞬時に四つの詠唱を重ねて圧縮し、多重の魔術防護を作った。なるべく後ろにいる全ての人を覆うように広げ、同時に奇跡の準備もする。

 槍から炎が爆散した。轟音を立てながら、辺りへと牙をむく。

 懐かしい、感覚とも言えた。防護の外に出ている下田は、ほとんどの炎を受け止める形になる。自分を守ることまで考えていたら、間に合わないところだった。皮膚が焦げていき、熱風を吸い込んだせいで喉と肺が焼けていく。

 奇跡で完治させると、ちゃんと皆を守れたことを確認した。

 

「あ、アキ」

 

 輪の黒騎士は既に二撃目を終えている。地面に落ちた下田の片腕を蹴り飛ばすと、とどめを刺しに突きを放ってきた。その鋭さは、銀騎士よりも数段上になっている。

 短剣で弾き、素早く前へと踏み込んで、相手の首を狙った。しかしそれを予期していたのか、黒騎士は地面を蹴って、味方のいる建物まで後退する。

 

「腕、腕が…」

 

 実織が悲鳴のような声を上げている。彼女へ安心させるように頷いてから、再生を開始した。やられたのが右腕でよかった。奇跡を使うまでもなく、竜の力が働いて治っていく。なるべく彼女達には見えないよう、手で覆い隠した。気持ちの悪いものであることは確かだからだ。

 既に、下田の周りには一緒に戦っていた者達が集まっていた。今度は、指示に従ってくれたらしい。サリヴァーン達も、理解をしているようだった。先ほどのように各々がばらばらに戦えば、乗り越えることは困難になると。

 

「休ませてくれないね」

 

 リリアーネが息を吐いた。

 第二陣、といったところだろう。

 一番初めに突貫してきた槍の黒騎士の横に、似たような者達が並んでいる。大剣を片手に持ち、もう片方には竜をかたどった盾を構える個体。そして最も目につくのが、ちょうど列の中央にいる、巨大な剣を二本持った黒騎士だった。体格は普通の騎士と変わらないのに、まるで下田の短剣のように、特大剣を両の手に握っていた。

 彼ら三人の騎士を挟むようにして、さらに大きな二つの影がある。

 下田は、短剣を固く握りしめた。

 背丈だけなら、グンダを少し超えている。しかし戦士らしく洗練された体つきをしていた彼とは違い、その二体は胴体部分が大きく膨らんでいた。過剰なほどの筋肉がついていそうな腕が伸び、下田の体くらいはありそうな曲大剣を持っている。最も奇妙なのは顔の部分だ。あるべきものがなく、そこにはただ黒い球体のような物体が鎮座している。わずかに靄がかかっていて、表情などがまるでわからなかった。

 

「何十から、五に減った。そう前向きに考えよ」

 

 リリアーネの言葉は、正しいとは言えない。

 建物の屋根に手をついて、華奢な巨人が姿を現した。あのヨームほどの大きさではないが、周りの建築物を優に超している。灰色のローブを着ていて、その手足の細さからも前衛向きとは言えない。

 彼はちらりと篝火を確認した。もはやそこには、火が灯っていない。どうやら下田達を祭祀場から運んできた時点で、その機能は停止したようだった。せめてちとせ達だけでも祭祀場に戻した方が良い気がした。多分、ここにいるよりは、安全だろうから。

 

「……あまり突出せずに、守りを優先します。一体に集中して、数を減らすことを最優先に」

「はーい」とリリアーネ。

「わかった」ゲール。

「ふん」サリヴァーンは渋々頷いた。

「……」ユリアは、既に自分がやるべきことを考えているようだ。

 

 巨人が、咆哮を上げる。それはまるで、前の鐘の音のようだった。打ち鳴らすような轟音が響いた後、屋根の上に炎が吹き上がる。

 それは瞬時に人の形になった。彼らは一様に弓をつがえる。炎の灯った矢を。それは一見、銀騎士のものよりも小さく、さほど脅威にはならないように思えた。

 あくまで、放たれる前までの印象だったが。

 上空を火矢が埋め尽くしたのを見て、文句を言いたくなった。

 あまりに、多すぎる。

 相手はどうやら、ただの矢を放っているわけではないようだった。兵の数よりも明らかに多くのものが飛んできている。一度に三本は同時につがえなければ、計算が合わない。

その時点で、既に最優先で処理すべき対象を確定させた。やはりまずは、遠距離要員を潰すべきだ。

 

『助けが、必要かい?』

 

 久しぶりに、ウミが話しかけてくる。

 下田は無視をした。

 右で魔術を。

 左で呪術の塊を作る。

 魔術の方は大きな球体にする。内部は柔らかくして、かつこちらを向いている方の表面を極限にまで固くする。

 呪術の方は扇状にした。炎の扇。かなり古い術だ。古代の女呪術師がよく使っていたという。こちらも柔軟性を高めて、特によく伸びるようにした。

 最初に、ソウルの球体を打ち出す。それはある程度上空にまで来ると、四方向に拡散した。降ってくる矢を捕まえると、その貫通力を殺していく。たとえ抜き出たものがあったとしても、それはほとんど勢いがなくなり、真下に落ちていった。

 左手を、大きく振るう。

 炎の扇は煽られながら大きく伸び、迫る矢を絡めとっていく。こちらの呪術の炎の方が、強さは上のようだった。燃えている矢が巻き込まれると、すぐに原型を失っていく。

 他も、術を使える者は次々と撃ち落としていった。だが、もちろんそれで全てを補えるわけではない。対応しきれなかった矢は、下田とユリアが張った防護に刺さっていく。 

 前の五体が動き始める。真っすぐこちらに突進してくる。

 上の下の中?

 いや、上の中の下か。

 既に矢の雨は収まっている。

 肩に刺さる二本を抜いてから。短剣を構えた。

 そして、周りに言う。

 

「死守してください」

 

 自分の身体を、光で覆った。消える直前、リリアーネ達の呆れた顔が目に映る。突出しないように言ったのは確かに下田自身だが、彼はその枠組みに自分を含めていなかった。

 移動先は、あの巨人だ。

 下田は屋根に出現すると、すぐに走った。その時点で相手にも気づかれている。巨人は向かってくる彼へと顔を向けると、またあの打ち鳴らすような咆哮をした。

 人型の炎は、位置を変えている。下田を円状に囲むように出現していた。そして彼がかわす隙間など少しも与えないよう、無数の矢を即座に放つ。二本の短剣や、即席の魔術では到底対応できない。彼が穴だらけになるのは、ほぼ確定だった。

 意識を、切り替える。

 下田が一番得意なのは、奇跡だ。だが、あくまで傷を治すという点に集中している。使い慣れているものを、いつもとは違う方向性で利用するには、多少の切り替えが必要だった。

 内側の圧力を解放していくようなイメージで。

 全身から、白い球体状の光を発する。それは確かな衝撃を伴って全方位へと広がり、向かってくる矢を吹き飛ばした。さらにそれで終わるのではなく、撃ってきた炎達にもその光は届いた。

 散々この術を見せてくれたイーゴンに内心感謝をして、自分の予想が間違っていなかったことを確認する。やはり、あれらは何かしらの術の一種らしい。実体というものはなく、術者が死ななければいくらでも復活する。

 三度目の咆哮。

 が、その時既に下田は巨人の足元にまで迫っていた。

 大きな手が、降ってくる。巨人の攻撃をかわしてから、その袖に捕まった。相手にほとんど行動する隙を与えない時間で、顔近くまで登っていく。

 瞳を狙って短剣をかざしたところで、炎の熱さを感じた。

 巨人の頬から、炎が生えている。大剣を持った戦士の形をしていた。それは肌を蹴って、真っすぐ下田に向かってきた。

 弓兵だけではなかった。どうやら、本当に軍団を出現させられるらしい。こうして近づいても、対策は十分に用意されているということか。本当に厄介だ。

 下田は巨人の肩を蹴って、刃から逃れた。

 そして、そこを狙われる。

 真下を見ると、多くの弓が向けられているのがわかった。一方で先ほどの炎の戦士は、再びこちらへ飛ぼうと身をかがめている。

 何をしたいのかは、読めた。

 波状攻撃。

 弓で神の怒りを使わせてから、その後の隙を戦士が突く。懐かしい気分がした。下田もそういうことを考えていた時期があったからだ。

 わかっていたからこそ、その術は使わなかった。

 空中で身動きは取れない。そういう仮定の下でしか、今は効果がないのに。

 自分の足と,空中に、ソウルの塊を設置する。そして爆発後の衝撃にも備えて、さらに奇跡の光も纏わせておく。

 足で、塊を踏む。直後の衝撃で飛ぶ。それをいくらか繰り返す。そうするだけで、もう彼は巨人の後頭部にまで移動できていた。

 ついてこれているのは戦士だけだ。放たれた矢は、既に全てが先ほどまで下田がいた場所を通り過ぎている。そして肝心の戦士も、完全に下田を迎撃できる体制には入っていなかった。

 月光の刃を光らせる。

 留めておき、短剣の先へと設置した。見た目だけなら、柄が短い長剣といった感じになった。右手の筋肉を駆動させ、一息で横に薙ぐ。

 やはり、その切れ味は抜群だった。たとえ巨人が自身に何らかの魔術的防護を施していたとしても、軽々と裂いていっただろう。ほとんど何の抵抗も感じることなく、その太く長い首を断つことに成功した。

 下田へ向かって飛んできた戦士が、崩れていく。下に鬱陶しいほどいた弓兵も消えていった。空中で巨人の首を蹴り、地面に転がす。

 なぜか、妙な感じがした。

 これは、自分の身体があまり鍛えられていないことと関係はない。いつもよりも思考からの行動が上手くつなげていないようだった。結果として成功しているのだが、常に綱渡りをしているような感覚がある。手の汗を拭いながら、息を吐いた。前の銀騎士戦でもそうだ。想像したよりも負傷が重なっている。

 下田は疑念を脇に置き、すぐさま中央の広場へと戻り始めた。

 離脱していたのはわずかだったが、そっちの戦況も随分と変わっている。体躯が膨らんでいる曲大剣の騎士の一体は、既に倒れている。黒騎士の内、槍と大剣の二人もちょうど胸を剣で貫かれた所だった。

 そしてサリヴァーンの片腕が焼き潰れていくのも見えた。

 リリアーネの頬に、長い切り傷がついている。

 ゲールの大剣が欠けてきている。

 ユリアの動きがぎこちない。どうやら足を、やられているようだった。地面に血が溜まり始めている。

 彼女達の包囲を抜け出して、もう一体の黒い球体頭の戦士が突進していた。ちとせ達の、いる方へ。

 その頭へと出現した下田は、叫んだ。下にいる戦士に、自分の存在を知らしめる。

 立ち止まり、巨躯が悶え始めた。曲大剣を持っていない方の手で、しがみついている彼を引き剥がそうとしている。下田は巧みに移動しながら、黒い球へと何度も短剣を刺した。

 ソウルの流れを見て、もう察しは付いている。ここが一番脆い。なぜならただそこにあるだけで、漏れてしまっているのだ。直接破壊すればどうなるか。きっと、たくさんまき散らしてくれるに違いない。

 最後の方は無理やり押した。戦士の太い手が何度も叩きつけられて、彼の両足を潰した。そこへ奇跡を使う時間も惜しい。そして球体を完全に破壊するまで、しがみついたままでいた。

 戦士が地面に倒れる。その遺骸を治した足で蹴った。乱れた感情は後に残らないようにしなければ。

 ちとせ達は、その光景を身を縮めながら見ていた。特にイアンの怯えようは露骨なほどだ。そこでようやく、下田は自分が色々な血にまみれていることに気がついた。ランドン達は銃を向けてくることはないが、下田から少しでも離れたがっているようにも見える。

 そしてそれは、生徒達も似たような感じだった。無理もないだろう。今の下田はもはや別人のようだった。彼らの知る下田とは、もうほとんど乖離している。

 ちとせの、得体のしれない何かを見るような視線を最後に、戦場へと振り返った。

 戦っているのはリリアーネとゲールだけだ。他の者達は休んでいる。負傷と疲労が重なって、これ以上続ければ命の危険にもつながる。

 下田は小走りで、残った二本の特大剣を握る黒騎士へと向かった。

 正直、出鱈目としか言いようがない。あのゾリグが持っていた剣にも匹敵するほどの質量を、二本。片手づつで運用している。案の定その攻撃の圧は、接近を容易にさせてくれない。

 おまけに、その特大剣には呪術が付与されているらしかった。常に炎を纏っている。槍にやられたのと同じように、任意のタイミングで放出できるらしい。それもまた、近接を殺している要因になっていた。

 こういう相手には消耗は避けられない。必要なのは、支援役だ。

 ゲールへ向かった炎に、反詠唱を行う。分解した後、彼の傷を治療した。そしてリリアーネの方へと向かうと、手で止められる。

 

「顔の傷なら、いい。君を無駄に消耗させるのは、良くないからね」

「でも、もったいないですよ。綺麗な肌だったのに」

「へえ。どうも」

 

 確かに、頭の奥の痛みは増してきていた。一番消耗する移動の奇跡を、既に数回使ってしまっている。その全てが全身を対象としたものだ。プリシラに容量が割かれている頃だったら、とっくに倒れていた。他にも治療と、魔術や呪術へ相当気力を消費している。

 だが、温存できるほど相手も甘くはない。

 初め、黒騎士は片方の剣を肩に乗せ、もう片方を振り回しながら、距離を詰めてきた。やや余裕のある足取り。その間合いに入れば、動きは一変するだろう。

 下田は予備動作も見せずに、月光を放った。わざわざ短剣を振るわなくてもそういうことができるように鍛錬はしていた。

 相手がそれを弾くのを確認すると、不可視化させておいた呪術を発動する。

 炎の鞭が、騎士の手足に絡みついた。

 同時に、ゲールが左へ、リリアーネが右へ展開する。彼女達への対応を、騎士は特に焦ってやろうとはしていないようだ。腕力で鞭を引きちぎり、左右へと大剣の突きを入れる。

 ゲールは真正面から受け止めて、リリアーネは軽く受け流した。だが、それで終わらないのはわかりきっている。大剣の炎が荒ぶりはじめて、放出の準備に入る。

 だが、それは結局起こらなかった。

 見えない体を解いた下田は、両の特大剣に紫色の光を流している。沈黙の禁則を符呪として利用していた。今の相手が持っているのは、ただの大きな武器でしかない。

 下田が飛ばしたソウルの弾丸を首をひねってかわし、リリアーネの突きを身をよじって避け、ゲールの叩き潰しを受ける。しかし、そこまでだった。その騎士が卓越した技量を持つのは確かだが、対応できる攻撃にも限界があった。 

 投げられた月光の短剣が、光を発する。放たれた高速の刃は、器用に味方だけを避けて辺りに飛び散った。

 体勢が崩れた黒騎士の胴に、青白い速剣の刃が掠めていく。鎧を見事に裂き、血が飛び散った。さらに追い打ちでゲールが大剣を振り下ろし、騎士の半身を潰した。

 リリアーネが首に三度刃を入れて、深呼吸をした。それから大げさに、腰を下ろしている下田へと倒れ込んできた。彼は腕を突き出しながらそれを受け止めて、ゆっくりと横に転がす。

 ゲールは大剣を地面に突き立てて、目を閉じた。

 下田は一息で立ち上がって、サリヴァーンへと駆け寄る。どくどくと血が漏れ出ている火傷を覆うようにして、腕を再生させた。そして同じく休んでいるユリアへと向き直り、足が完全な機能を取り戻せるまで治療する。

 

「恩に着る」

 

 冷静な女性の声に、彼は顔を上げた。ユリアはそれに視線を合わせることなく、すぐに立ち上がってリリアーネに歩いていった。

 

「ですって」

 

 サリヴァーンへと微笑む。

 

「何だ?」

「いや、ユリアさんはちゃんとお礼を言えるよくできた女性だなと思って」

「勘違いをするな。貴様らとは、我がイルシールを奪還するまでの関係だ。本来ならば、王と言葉を交わす権利すら与えられない」

「はいはい」

「だが」

 

 法王は興味深そうに下田の瞳を覗き込んだ。

 

「貴様の道具としての有用性は認めよう。共に来れば、相応の地位を約束する」

「はいはい」

 

 周りをもう一度確認してから、能力を切った。今のところさらに増援が来る気配はない。少しでも自分の意識を休めておいた方が良いだろう。

 状況が落ち着いても、他の生徒達は固まっていた。その気持ちはわかる。整理するので手一杯なはずだ。正直、前までなら、どんな危険でも真面目に受け止めることは難しかった。不死でなくなった今は、もう違う。久しく忘れていた真の恐怖が、この戦闘中彼らに何度よぎったことだろう。

 がくん、と視界が動いた。

 

「どうしたの?」

 

 リリアーネが訪ねてくる。

 下田は、自分の膝を見下ろした。

 明らかに震えている。力を入れても、正常に動いてはくれなかった。腰も同じだ。疲労のせいかとも思ったが、段々と自分の中で膨らんでいた感情を把握する。

 ちとせ達を、馬鹿にはできない。

 自分はどう考えても、怖がっているようだった。何に対してだろう。それは決まっている、戦いの全てにだ。何度もそばを通り過ぎた、死に対してだ。その怯えが、戦いにおける動きにも影響を及ぼしていた。結果は良かったとしても、自分の力があまり発揮できていないのは確かだった。

 胸の中が、やけに開けているような気がする。空っぽだ。その開いた穴に、冷たい風が吹き込んでくるような。

 わかっていたとしても、認めたくはなかった。

 死ねばそこで終わりという事実は、下田にも大きな衝撃を与えていた。失敗することができないという重圧が、彼の動きを固くさせていた。プリシラが離れてから、ずっと、万全ではなくなっていたのだ。

 そう考えれば、今までの自分の戦いは、本当に、ゲーム感覚でしかなかったことがわかる。当たり前だろう。いくら死んでも、失敗してもやり直せるというのは、それだけ異常なのだ。ならば先ほどの戦いは、まさに死闘と呼べるものだった。相手を犠牲にして自分を生き永らえさせる。そういう、緊張が常にあった。だからこうして乗り切れたことに、想像以上の安堵を感じているのだろう。

 息を吐いて、心から言った。

 

「疲れた」

「そうだね」

 

 リリアーネが傍に座り込む。

 

「きつかったな。こうしてヨルシカを捕らえて、グウィンを君が殺した時は勝ったも同然だと思ってたけど、上手くいかないね。まだまだ、邪魔な存在はいるし」

「疑問だったんですけど」

「うん?」

「リリアーネとユリアさんは、闇の時代を求めているんですよね。ということは、深淵に迎合するってことですか?」

「シモダの言葉を、」

 

 ユリアが刀の手入れを終えて、鞘に納める。その冷たい瞳が彼に合わせられると、ほんの少しだけその光が和らいだようにも感じられた。

 

「どう解釈するかにもよる。どちらにせよ、火を強奪する計画はある。だが深淵が来たとしても、最大の障害が残っている」

 

 なるほど、この人達は。

 ユリアは表情を引き締めた。

 

「かの存在がやってくる。私とリリアーネは一度しかお会いしたことはなかったが。それだけでも十分だった。あれは間違いなく邪悪だ。同じ志があるとは思えない。全てを呑み込むことしか考えていない。害になる。我らが望む時代には、そぐわない」

「そちらも、一枚岩ではないんですね」

 

 下田は自分の中の恐怖がさらに酷くなったのを感じた。思い出したくもない。ユリアとリリアーネはあのウーラシール達に抗うつもりだ。それがどれだけ、無謀なことがわかっているのだろうか。わかっていないのだろう。言葉を聞いた限りでは。

 まあいい。そこは考えなくていいのだ。先生に任せる。

 篝火を見やる。

 遅い。

 今どれだけ経ったのかはわからないが、未だに合流できる気配がない。もしかすると、貴樹側にも何か不測の事態が起きたのだろうか。あるいは、ここに辿り着ける手段がない可能性もある。そもそも不死街で合流する計画だった。あちらは今も、そこで下田達を探しているのかもしれない。

 火守女は、所在なげに佇んでいた。なんとなく彼女が気になって、下田は近づいた。

 

「ちょっと、いいですか?」

「はい……?」

 

 彼女の片目を感じる。貴樹のソウルが残っている。そしてそれ以上に、含まれる強烈な感情が伝わってくるようだった。それは彼女の中にある薪の気配よりもはるかに大きい。執着とも表現できるほどの情が、込められていた。

 その熱さに呑み込まれてしまわないよう、視線から外した。

 

「えっと、とりあえずは安心してください。先生も、貴樹さんとも合流する予定です。だから、あの、大丈夫ですから」

「これは、」

 

 火守女は少しの間言葉を詰まらせてから、続けた。

 

「これはあの方が、指示したことなのですか?」

「うん、まあそうですね。ほとんど、僕のおかげみたいなものですけど」

 

 冗談めかして言っても、彼女はより苦しそうに顔を歪めるだけだった。

 

「また……、あの方は何かを犠牲に」

 

 答えずに、その感情の動きを観察した。

 下田は脳が揺れているような錯覚に陥った。

 凄いことだ。貴樹が火守女を愛しているのは十分すぎるほどに知っている。ああいう人が自分を犠牲にしてまでも、守ろうとしてくれるのなら。どんな冷たい心でも、溶かされていくに違いない。

 愛情に時間は関係ないという、言葉もあるが。下田にとってそれは異常に難しいことのように思えた。なぜなら、彼と火守女は違う世界の者同士だからだ。そこにはどうしたって、感情を超えた隔たりがあるはずなのに。それでも真摯に情を向け合う関係性が、とても輝いて見えた。

 

「で、どうするの?」

 

 リリアーネが戻ってきた下田に向かって言った。

 

「タカキを待つ?」

「どうでしょうね。ここに留まるのは良くない気がします」

「正直、あの人とは微妙な感じだから、いいけど。君が間に入って取り持ってくれると、助かるなあ」

「努力します」

「だが、どこへ行く?」

 

 サリヴァーンは少し離れた所にいるちとせ達を、嘲るように見た。

 

「あのような荷物を抱えて、移動するのか? 切り捨てるのなら賛成だが、貴様がそうしないことはわかっている」

「まあ、そうですね」

 

 彼女達とは未だにまともな会話をできていなかった。下田の意見に、反発もしてくるかもしれない。そうなった嫌だ。と、疲労の溜まっている頭で考えた。

 

「もう少し、ここで休みましょう。全員の整理がついてから、行く先を決めます」

「さんせーい」

 

 リリアーネが腕を伸ばした後、意味深に笑いかけてくる。

 

「じゃ、親交を深める時間にしようか。あそこにいる、チトセとも話したいことがあるし」

「はあ」

 

 めんどくさそうなことになりそうだと、下田は能力を再発動した。

 それは、あくまで保険のようなものだった。

 鐘と共にやってきた軍勢は既に全滅している。

 そういう、都合の良い思い込みを補強するためだけのつもりだった。

 近づいてきている存在を感知した瞬間、下田は目の前が揺れるのを感じた。それは先ほどの恐怖や、火守女の情に対する感動とはまた大きく違っていた。ただただ、とてつもなく大きな衝撃を受けた時の混乱が、一瞬状況判断を遅らせた。

 

「全員、構えてください」

 

 言葉をまともに紡げたのが、自分でも不思議だった。

 いや、混乱するな。

 下田は気を落ち着けようとする。

 今の自分は冷静じゃない。

 何せ、今度はたった二体だ。一番怖いのは多勢で押されること。こちらは自分も含めて五人いる。双特大剣の黒騎士だって、人数差には勝てなかった。緊張しすぎることはない。それでいいのだ。

 下田が見ている方向へ、他の者達も視線を向けた。

 それに、敵ではない可能性もある。少ないが、もしかしたら先生と彼の仲間かもしれない。その二つの反応は、急いではなかった。余裕のある速度で、下田達へと向かってきていた。

 彼の期待は、すぐに裏切られる。

 さらに建物が密集している下の階層へと続く階段。そこから、彼らは姿を現した。

 まず目に入るのは、落ち着いた暗さを含んでいる金。

 そのどちらもが、全身金色の見た目だった。だがそれでいて派手過ぎず、滑稽な印象になることもない。その色が違和感なく似合うような、威容を誇っていた。

 片方は、かなり大きい。下腹が膨れた、珍しい形の金鎧を着ている。少し垂れて膨れた乳房の形まで再現されている。そして兜は、微笑をたたえた聖母のような表情を形作っていた。そこまで見ると、それは兜や鎧ではなく、元からそういう形の生き物なのではないかと思えてくる。

 そしてもっと異様なのは、それが持っている武器だった。下田は今まで、それなりに大きな得物を目にしてきた。ゾリグしかり、先ほどの黒騎士しかり。しかし、あれはそのどれよりも大きかった。下田を三人分くらいはまとめて潰せそうな金鎚。見ているだけで、その迫力に押し潰されてしまいそうになる。

 残るもう一体は、普通の体格だった。とはいえ、下田よりはずっと上背があるだろう。

 両肩、そして腕から手甲に至る部分は金属が重なりを見せ、端の部分が刺々しい形になっている。そして獣の顔を模した黄金の兜、頭頂部分から伸びるまるで髪のような赤い房。それらが合わさって、獅子のような印象を与えてきていた。

 右腕に、鳥肌が立ったような気がした。

 黄金獅子の騎士が持つのは、槍だ。防具と同じく金の十字槍。下田は見ただけで、その武器の質を理解した。その雰囲気は、祭祀場の工房で祭られていた月光の大剣を見た時と、似ている。それ以上かもしれない。

 大きい方の、兜に彫られている口が動いた。

 

「あれか?」

 

 その目は、真っすぐ下田に向けられている。

 

「の、ようだ」

 

 獅子の方が、槍を地面についた。すると、やや黄色も混じった橙の閃光が弾けていく。ばちばちと狂暴な音をたてながら、槍の刃に宿った。

 意味もないのに、下田はまた篝火を見た。まるで今にもそれが復活して、ここから逃げる道を用意してくれるとでも言わんばかりに。自分達を、あの二体から少しでも遠くへ運んでくれると、期待するかのように。

 異常に固くなっている首を動かして、何とか騎士に視線を戻した。

 

「反逆者に裁きを」

 

 一度でもそれから目を逸らしたことを、後悔する。

 数秒にも満たない時間で、既に槍は目の前にあった。

 ああ。

 下田は単純な感想を抱く。

 自分は殺される。

 

 

 

 

 彼の体は、一瞬でそのほとんどを失った。

 鮮やかな雷の槍によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、どこかの空間に立っていた。

 下田はできればそのまま倒れたかったが、立ち続けた。

 一人ではなかったからだ。目の前に、四人が横並びになっていた。彼らは下田を責める風でも、諦めている感じでもなかった。それぞれがその性格に合った立ち姿と表情で、彼のことを労わるように眺めていた。

 下田は、静かに涙を流した。

 

「ごめん、みんな……」

「ま、よくやったんじゃねえの。お前にしては」

 

 草野が真面目腐った仕草で頷いた。 

 

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