火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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6.ぺちゃくちゃ残り火

 何も言わずに握ってくれる、女性の手は暖かい。

 

「貴方の選択を、信じています。己に自信を持てなくなっても、私が支えます。ですから、どうか、ためらわずに。大業を成してください。ずっと、側にいますから……」

 

 温もりはあるが、ざらざらとした感触だった。女性の体の半分は、白く輝くような鱗で覆われている。もちろん、愛しい気持ちには見た目の差異など関係なかった。

 徐々に色を失っていく彼女の顔を、撫でてやることしかできない。自分が何かを間違えたとは考えたくないが、目の前の、妻の死に顔だけは決して忘れないと心に誓う。使命を途中で諦めることを禁じる、楔として。

 しかし一つだけ、我慢できずに言葉が漏れた。

 

「お前は」

「はい……」

「お前は、俺と一緒にいて、本当によかったのか。後悔していないか」

 

 彼女は笑顔で亡くなった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

(ユリアたんのおむねえええええええええっ!)

『起きての第一声がそれかよ』

 

 貴樹の復活である。自分が簡易なベッドに寝かせられていることを知った時、彼の興奮が否応なく高まった。

 

(うっそ。ちょっとちょっと、いくらなんでも早すぎだろぉ。確かにユリアには命令遵守って言ったけどさあ。いきなり体を求めるのは俺やりすぎ)

『違うぞ。お前、普通に負けてここに運ばれたんだ。逆に清々しいほどの負けっぷりだった。そういえば、おれの自己紹介がまだ済んでなかったな。頭の中に他人の声がするのは気持ち悪いだろうが、まあ事情を』

(う―ん、何か夢を見てた気がしたけど、きれいさっぱり忘れたわ)

『おい』

(祭祀場の中なのは間違いない。こんな個室もあるのか。というか、一瞬喜んだけど、ユリアが掛け布団に潜り込んでる気配はない。待てよ、そういえば記憶が曖昧だ。まさか、俺は負けたのか……?)

『だからそう言ってんだろうが。おい、聞こえてるんだろ? 無視するんじゃねえ』

 

 貴樹は半身を起し、痛みが残る顎のあたりをさすった。徐々に何が起こったのか鮮明になってくる。ユリアの木刀が目の前の迫った後から、何も憶えがない。

 

(やられたってのか。たった一撃で。どういうことだ。俺は無敵の強さを手に入れたんじゃなかったのか)

『その疑問に答えてやるから、話を聞け。ナチュラルに無視するその態度、傷つくんだからね』

(ま、いっか。とりあえずは、全員に挨拶をしないと。あ、うまく傷の痛みを訴えれば、ユリアに貸しを作れるかもしれない。それを種にして……、へへへへへへへ)

 

 彼がベッドから立ち上がると同時に、入口の扉が開いた。

 

『ねえ……、ちょっと……』

(あああああああああ!)

 

 部屋に入ってきたのは、火守女だった。

 

「お体は大丈夫ですか?」

「は、はい。ぴんぴんしてます」

 

 口が一瞬回らなくなる。しかし、前よりも緊張は少なくなってきていた。これは彼女との距離が縮まっている証拠では、とにやけるのが抑えられない。ゆっくりと近づいてくるのに何となく押されて、彼はベッドに座った。火守女の腰辺りにちょうど目線が合って、幸せな気分になる。

 

(うふふ、このくびれだけで三杯はいけるぅ―)

「急な話で悪いのですが、今から私と広場に向かってもらいます。他の灰の方々も、全員集まっていますので」

「僕はどれくらい眠っていたんですか?」

『ふうん、そっか。ふうん。ま、そっちがその気なら、いいぜ。別におれはぜんぜん寂しくなんかね―し。一人で喋り倒してもいいわけだし。永遠にな』

「半日ほどです。もう間もなく、貴方達を師事することになる人々との顔合わせが始まります。何か、準備なさることはありますか?」

(うーん、ひもりんと添い寝できるサービスはないんですかね。おっとと、危うく本音が。ここは冷静にだ)

『何の脈絡もない本音だな』

「その、お互いこうして出会えたわけだし。まずは俺の自己紹介からしないと駄目だね」

『一人称がもう崩れてんぞ。はいキモいキモ―い。そして話の流れが早くもおかしいよ』

「あの……?」

 

 少し戸惑った様子の彼女へ、貴樹は手を伸ばした。

 

「記念に、握手してください。俺の世界では、一般的な挨拶なんですよ」

(す―は―、そうだ深呼吸だ。やはり、初めてはひもりんだな)

 

 かつて、彼が白い歯を見せて友好的に差し出した手を握らない者はいなかった。中身は酷いが、ルックスだけは男女問わず引きつけるものがある。外面の良さを前面に押し出した、詐欺師の手本のような男だ。

 火守女は数瞬彼の手に顔を落として、ゆっくりと首を振った。

 

「……申し訳ありません。私のような者が、無闇に灰の方の体に触れるわけにはいきません。対等に扱ってもらえるような存在ではありませんから」

「そんなことない。ひもりんは、俺の中では最高級です!」

「……ひもりん?」

「ただ手を握るだけです。お願いします」

 

 彼女が腕を上げたのを見て、貴樹は歓喜しかけたが。

 

「これは」

 

 火守女の腕は、黒衣の袖から出ている所全て、茶色の包帯で幾重にも覆われていた。所々血がにじみ出している。手も火傷の跡なのか、皮がはがれ黒ずんでいる部分が何か所もあった。その痛々しさに、彼は思わず口を強張らせた。

 

「私への戒めです。使命を忘れるの事のないように、永遠に残るでしょう」

「でも、ひどい……。そうだ、下田ってやつが傷を治せる。あいつに頼めば」

「奇跡は、効きません。そういう傷なのです。醜い手で、貴方に触れることはできません。ですから、諦めてください」

(ふわ……ひもりんの香り。これ、吐息かかってきてない? どんぶり五杯はいけるよね)

 

 貴樹は神妙に聞いている顔をしながら、彼女の存在自体に酔っていた。話の後半はまるで耳に入っていない。

 

「そうですか。俺、貴樹っていいます。これからよろしく、ひもりん」

 

 さりげない動作で、相手への労わりも含めて、彼は火守女の手を丁寧に包みこんだ。表面の細胞に全神経を注いで、感触を心に刻み込む。納得して頷いた直後に、早くも逆のことをしてきた行動に、火守女は初めて顔をはっきりと貴樹の方へ上げた。悲しいかな、彼女には顔立ちの良さなどわからないだろう。

 

(ほわあああああああやっべええええええやわらけえええええええ! どうしよう、これじゃあハグなんて無理すぎる。絶対に心臓が破裂する)

「俺、今幸せだあ」

 

 心の中が漏れてしまうほど、嬉しさは高まっていた。

 

「あの……、どうかおやめください。貴方の手が汚れてしまいます」

「ん? ひもりんの手は、芸術だよ。指も細くて肌ももちっとしてる。女らしくて綺麗だ」

(ちょっとこれ、もう取り繕うの面倒くせえな。ひもりんの前くらい自然体でいよう。欲望のままに)

『触り方気持ち悪いぞ。彼女、引き気味じゃねえか』

 

 強い麻薬みたいだった。彼女の肌は、呼吸とか、瞬きとか、命とか、天体の運行すらどうでもよくなる効果がある。頭の芯がぼんやりしてきて、多幸感がどっとあふれてきた。

 しかし、彼女が本気で恐縮していることは伝わってきたので、名残惜しく手を離す。そのままやや気まずい空気を破るように、貴樹の口がよどみなく動いた。

 

「結婚しよう」

 

 この男はついに正気を失ったらしい。

 

『お前どうかしてる』

「結婚、ですか」

「そう、つまりひもりんはずっと俺の側にいなきゃいけないってことだ。悩める時も、健やかなる時も、一緒に感情を共有しようね。きゃっ」

 

 羞恥を抑えきれず、貴樹は両手で顔を覆った。知る人が見たら、十字を切りそうな光景である。

 

『さすがにコメントすらないわ』

「わかりました」

「え?」

『え?』

 

 彼女は確かに、はっきりと頷いた。

 

「えっえっ、本当の本当の本当の本当に?」

 

 まさかの成立に、驚きの方が先に来る。夢が叶った瞬間というものは、案外呆気ないのかもしれない。もっと壮絶な浮き沈みがあった後に、固く深く結ばれると考えていた。

 何やら納得がいったような様子で、彼女は再度首を縦に振る。

 

「はい。私は火守女。灰の方に仕えることこそが自らの使命です。責務を放棄し、貴方の側から離れるようなことはいたしません。どうか大業が成されるその時まで、私をお使いください」

(……うん?)

 

 微妙に意味合いが違っている。

 

『なるほど。あれだ、お前の言いたかったことは何一つ、こいつに伝わってねえな。ぶふっ、ざまあみろ! や―いや―い』

(ふむ。とにかく言質をとれたということは、晴れて俺達は夫婦となったわけだ。子供の名前、何にしようかなあ。その前にひもりんは受けか攻めか訊かないと。どんな性癖があったとしても、受け入れるのが夫だ。どちらかといえば、攻められる方が好きです。新しい扉が開けそうだあ)

 

 あえて現実から目をそらす、犯罪者の思考である。

 

『ちなみにそろそろおれは泣いてもいいかな? 実は聞こえてないんじゃないかって、思ってきたよ……』

 

 妄想が加速して止まらない貴樹は、

 

「と、とりあえず、ベッドに座って。触れ合いから全ては始まるから」

 

 完全にやらかそうとする気になっていた。頭の中は既に火守女の服の下を完全再現するために加熱している。自分の隣りをとんとん叩いて催促する様子には、隠しきれない欲望が表れていた。それっぽいことは言っているが、煩悩だらけである。

 

「そろそろ、広場に向かっていただかないと……」

「うん、ひもりんがどんな用事で来たかは知ってる。でも、焦らないで。近くで目を合わせて、深く語り合うことも人生だよ」

 

 こいつの口から出る人生という言葉ほど、軽いものはない。

 

「皆様が待っていますので……」

「俺はこの時をずっと待ってた。ひもりんは胸と腰と尻のサイズ測ってる? 。とても重要な情報なんだ。教えて。あ、俺が測ってあげてもいいよ、ふふ。メジャーがないから、手を使うことになるけどいいっすか、いいっすか!」

「いえ」

『おれの存在って……』

 

 気が逸って前かがみになってきている貴樹のたたみかけられる言葉に、火守女も途方に暮れていた。本来の口調よりも気持ち悪くなっているのは、もはや彼が下半身で声を出しているからである。押しに弱そうだと見るや、目の前に迫るチャンスをものにしようと必死だ。

 彼は童貞だが、肝心なところで尻ごみするようなタイプではない。学生時代も教師になってからも異性と話す機会は多々あったので、度胸だけは余計なほど大きくなっていた。

 もう抱きしめちゃうくらいは良いのではないかと思い込みが加速し、なかなか近づこうとしない火守女を引き寄せようと、蛇にも似た俊敏な動作で彼女の腕を掴みかかる。あわや捕食という所で、女性の声が割り込んできた。

 

「何をしている」

 

 いつの間にか戸口にいたユリアは、火守女の前で妙な姿勢のまま固まっている貴樹を見て、全てを把握したようだった。流れるような早足で彼に接近し、欲望のままに動こうとする腕を捻じり上げた。

 

「あたたたた」

「貴様は盛りのついた獣のようだな。だから火守女を呼びに行かせるのは危険だと言ったのに。他の者達が待たされている。早く支度をしろ」

(うぎゅううううう、わりと痛い、間接キマってるうううう! んあん、ででも、何だか目覚めそう。はあんっ)

 

 何かしらの悪寒を感じたのか、ユリアはすぐに貴樹の腕を離した。目を少し潤ませて息を吐く彼に対して、珍獣でも見ているような顔になっていた。

 

「……先に行け。この男は私が連れて行く」

「よろしくお願いいたします」

 

 火守女は彼の顔を一瞥した後、一度も振り返ることなく部屋から出て行った。もう少しのはずだった夢の瞬間が消え去るのを、貴樹は無言で嘆き、ベッドに顔をうずませた。が、ユリアの手が間隙なく走り、彼の首をつかんで無理矢理起こす。

 

「ぐええ」

「支度をしろ、と言ったはずだが?」

「も、準備万端、でずぅ」

 

 被虐趣味の扉が開かれる前に、彼の体は床に投げ出された。

 

「その格好のどこがだ?」

「言ったじゃないですか。鎧どころか、服も着られないんですよ。呪いみたいなもので」

「貴様がくだらない嘘を作り、人前で肌をさらす理由付けにしようとしているのはわかるが」

 

 元気よく立ちあがった貴樹は、思わせぶりに下着の裾を掴む。

 

「あなたの前なら、全裸になってもいいですよ?」

 

 ユリアは頭痛をこらえるような表情になり、片足を半歩下げた。

 

「……行くぞ。それ以上余計なことを喋るなら、今度は急所を潰す」

 

 その足が貴樹の股間をかすり、玉二つがひゅん、と縮こまった。風圧で少し興奮してしまったが、それを口に出して言うのは彼女の様子を見て断念した。歩き出したユリアに付いていく。

 

『ぼくはそこにいますか……』

 

 扉の先は、室内よりも薄暗い廊下のような場所だった。岩壁に埋め込まれているランプが点々とあるだけで、明るい照明に慣れていた目では、足元の確認でさえ一瞬おぼつかなくなる。既に気持ちを切り替えた貴樹は、ユリアの横に並んで歩こうとした。

 

「貴様は後ろにいろ」

 

 肩を押される。

 

「照れることはないです。変なことはしませんよ。精々横から体のラインを」

「黙れ」

「はい」

「前の勝負で、貴様は負けた。条件を覚えているだろう」

「もちろん。俺がユリアさんの奴隷になればいいんですよね」

「潰すぞ」

「はい」

「私の視界に入るな。口だけの男など、目に入るだけで不快だ」

「了解しました。そうします」

 

 さらに一メートル離れることを強要された。

 

(いいね、引き締まった体がねえ。単に細いより肉感があってエロい。こう、薄い色の肌を見ると、自分色に染めたくなるよね。それとさっきからうるせんだよてめええええええええええええ黙れやああああああああああっ!)

『うおおおっ、え、なに、おれ? おれに言ってんの? やっぱり聞こえてんじゃねえか! ひっくりしたあ』

(お前のせいで、人との会話すらおぼつかない。おかげでユリアに嫌われてる)

『あれ……、それはおれのせいか?』

(何なの、お前何なの? 誰の許可を得て思念飛ばしてきてんの? 俺の脳味噌使うのにいくらかかると思ってる?)

 

 むしろ金で片づくのか。

 

『じゃあ無視すんなよ! くそ、話が進まねえ。お前のことはだいたい理解したつもりだったが、敵わねえな』

(は? キモっ。そういう趣味はないんで)

『違う。いいか、おれは今までお前の記憶を見ていた。おかげで、コンタクトを取るのがこんなタイミングになっちまった』

(記憶?)

『つまり人生の記録だ。ただしさすがに膨大すぎるんで、超ダイジェストでな。宿主のことを理解する必要があった。おれを使う資格があるかどうか確かめるために』

(要点をわかりやすく、にんげんにもわかる文構造でお願いしますね)

『あれ、あれあったろ。お前灰の墓地で残り火を拾ったろ。それがおれだよ! 一言で言うなら、残り火の精みたいなもんだ。グンダと互角以上に戦えたのも、おれが初回サービスで力をくれてやったからだYO』 

(おおう、なるほど。嘘くさ)

『なんでええええ』

(残り火に宿る存在がどうしてそんな俗っぽい話し方なんだよ。うさんくさい。サービスなんて表現知ってるはずねえだろ)

『お、ま、え、のせいだ! あの二十数年間を味わったら、誰でも影響受けるわ。お前みたいな捻じ曲がった奴はそういない。あんなの常人だったらノイローゼになる。もともと希薄だった意識が丸ごと引っ張られて、喋り方もお前よりになったんだ』

(あんなの? お前、全部見たのか)

『……あっ。ちちがうよ。その、印象的な出来事をピックアップしてな。その中でランダムにいくつか選んで追体験した。他は全部流し見だ。だから、偶然というか、まさかあんな』

(中学二年夏)

『お姉ち』

(やめろ)

『……』

(……)

『すみません』

(全て忘れろ。いいな)

 

 貴樹がユリアの背中を眺めていると、話が再開した。

 

『さて、おれが長々と話すより、お前の疑問に答える形の方がわかりやすいだろ。わからないことがあったら、何でも答えてやる』

(ふうん。じゃ、前のあれは何なんだよ)

『ん?』

(エスト瓶がどうとかっていうやつ。意味わかんないんだけど。俺だけ味わってないとか、不公平にもほどがあるぞ。どうしてくれるんだよ)

『何を言ってんだ? おれはずっと記憶を見てたって言ってるだろうが。お前に話しかけたのはさっきが初めてだ』

(はいはい。いきなり嘘ですか)

『……ちょっと待て。その話もう少し聞かせてくれ。具体的に』

(別にいいや。特に問題ないし。一番大事なのはあの力の事だ。どういう仕組みなのか、どうして使えなくなったのか教えろ)

 

 一呼吸あいて、

 

『とりあえず便宜上、お前の言葉でこの力を残り火と呼ぶ。が、効果はまるで違うのはわかってるな。いわばこれは、この世界での経験を全て引き出す力だ。びんとこないだろ。おれだって、恥ずかしながら全てを知っているわけじゃない。ただ、お前に対しては特に絶大な効力を発揮するのは間違いない』

(つまり?)

『まず、視界の左上の所に赤色のゲージが見えるだろ』

(は?)

『え、いや、だから赤色のゲージだよ。それが耐久値を表している』

 

 彼は目を凝らして確かめる。そんなものはどこにもない。

 

(ドラッグでもキメてんのか。ゲームと現実の区別くらいつけろよ)

『ぐ……一番言われたくない奴に……。どうやら本気で見えてないんだな。まあおれが逐一伝えればいいだけだ。説明を省こう。いいか、この世界での経験というのが何を指しているか。厳密に言えば、それはお前自身のものじゃない。お前がプレイヤ―として操作していたキャラクターのものだ。画面越しとはいえ、お前は既にこのダークソウルの世界で戦ってきた。おれに宿る火は、そんな間接的な経験も抽出し、使用者に全て反映させる。つまり、最終プレイ時のキャラのステータスが、お前の能力値となるわけだ』

(なるほど。ということは)

『ああ、単純な身体能力でお前に勝てる奴は存在しない』

 特に経験値稼ぎをせずにエンディングを迎えた場合、そのキャラのスキルレベルは六十から七十の間になることが多い。オンライン対戦における強さの基準とされているのが百二十台だ。ダークソウルⅢにおける最大レベルは八百二である。

 貴樹は四百五十二レベルだ。微妙な数値だと思う者もいるかもしれない。しかし、留意しておいてほしいのはあくまで彼の作ったキャラの中で、最大がそれということだ。他にも素性や戦闘スタイルを変えて四つのデータを回している。それらのレベルの平均は百八十。必要な経験値が百レベルを超えた辺りから著しく増加していくことを考えると、はっきり言って仮にも公務員である者が到達してはいけない領域である。

 レベルが四百五十二ともなれば、近接系のステータスをほぼ限界まで上げることができる。最後にプレイした時は、そのデータで四十六周目を始めようとしていた。

 

(つまり、今ここでユリアの胸を触ったとしても、何ら問題ないわけだ)

『落ち着け、早まるな。お前がなんで個室で目覚めることになったのかを忘れるな。こんなに都合の良い力、何の制限もなしで使えるわけがないだろうが』

(大いなる力には大いなる責任が伴う)

『まず、残り火を宿した状態ではあらゆる攻撃が効かない。打撃だろうが斬撃だろうが無効化する。だが、その量には限りがある。耐久値が設定されているということだ。グンダ戦の時、お前は調子に乗ってあいつの殴打を受け続けた。最後に崖の方へ吹き飛ばされた時に、ちょうど限界が来ていたんだよ』

(限界が来たら、どうなるんだ)

『ただの人間に戻る。しかもお前の場合武器も防具も持てないから、余計にたちが悪い。生徒達と違って、不死というわけでもない。ここから先、この耐久値は第一に考えて行動するんだな』

(その口ぶりだと、また力は使えるわけだな。では早くよこしたまえ)

『無理だ。一度解除されたら、一週間は効力を発揮しない』

(はああっ?)

 

 立ち止まった貴樹を、ユリアはゴミでも見るような目つきで睨んでくる。人の良い笑みを浮かべ、再び歩き出した。

 

(あと六日も待たないといけないのかよ)

『それだけ反則級ってことだ。さらに忠告しておくと、残り火の数も有限だ』

(そこ忠実にしなくてもいいだろノミ野郎)

『全部で二十個。既に一個使ったから、残り十九個だ。ご利用は計画的に』

(くそ、しばらくは安全に過ごすしかないな。外には出られん)

『その間どうすんだ?』

(そうだな……)

 

 火守女に会えた。その瞬間だけは、自分が死んでもいいくらい嬉しかった。一生分の満足を味わったような気分は、今も残り続けている。しかし、それはそれだ。もっと先へと欲が膨らんでいくような人間が貴樹である。

 

(ひもりんと、一緒に過ごしたい)

 

 ゲームのストーリーは基本救いがない。マルチエンディングが用意されてはいるものの、主人公が人柱となりただの延命処置を世界に施すか、火継ぎ自体を終わらせ火守女に看取られて死ぬか、火を奪い己の私欲に溺れる結末しかない。貴樹にとって我慢ならないのが、そのどれにも火守女が明確に救われたという描写がない事だ。

 

(あの人を、まずは笑顔にさせよう。幸せを積み重ねていって、自分が自分でよかったと思えるような人生にする)

『たいそうなこと言ってるが、火継ぎが成されるまで数カ月ってとこだ。日本に戻れるまでに、一人の価値観をどれだけ変えられるやら』

(あ? お前何言ってんの)

『だってそうだろ。簡単じゃないぞ。彼女はなかなか難しいと思う』

(そこじゃねえよ)

『え?』

 

 次第に、周りが明るくなっていく。広場に近付いてきた証拠だ。生徒達が雑談をしている声も聞こえてきた。

 

(日本に戻るって、何?)

『何って、ルドレスが言ってたじゃねえか。お前らは使命を終えたら、帰ることができるみたいなニュアンスで』

(俺の故郷はここだ)

『ええええええええ?』

(思うんだ。自分の居場所は、自分で決めなきゃいけないって)

『待て待て。思うに、ほぼ強制だと思うぜ。おそらく全員が同時に日本へ送還させられるはずだ。そこで駄々をこねてもしょうがねえだろ』

(わかってるよそれくらい。だから、使命なんて果たさせなければいいだろ)

『……今なんて?』

(要は最初の火だ。あれを完全に復活させなければいい。とはいえ、消すんじゃだめだ。闇の時代、もとい深海の時代が来ても無事に生き残るためには、多分必要なものだ。だから、薪が全てくべられたタイミングで、奪う。たとえ世界が滅んでも、必要な奴が生き残ればそれでいい)

 

 それは、つまり。

 

『ま、おれはお前の意志に従うだけだが。いいのか? それは、最後の最後で、帰ることを望んでる生徒達を裏切るってことだぞ』

 

 広場への出口付近に来ると、心底嫌そうにユリアが振り返った。

 

「私はここまでだ。まだ灰達と会うわけにはいかない。いいか、余計な真似はせずに、実力相応の態度で、じっとしていろ」

「わかりましたよ」

 

 優しく笑い差し出してきた彼の手を無視して、彼女は奥へと消えて行った。肩をすくめてみせてから、広場へと踏み出す。何人かの女子生徒達が目ざとく彼の姿を見つけ、ほっとした様子で駆け寄ってくる。

 

「先生、倒れて運ばれたって聞きました。大丈夫ですか」

「ああ、ちょっと体調を崩してね。ここの人に治してもらったから、もう大丈夫だ。心配してくれてありがとうな」

「せんせ、聞いてください。私、すごい力を手に入れたんです。それが」

「あ、ずるーい! 私も」

「おいおい、一人ずつ頼むよ。でもその話は後でな。これから何か始まるらしいし、静かにしておいた方がいい」

 

 しつこく話しかけようとする集団から離れ、篝火の側の空いたスペースに座る。すぐ側に実織がいたので、大きく頷いて見せた。押し殺した舌打ちが返ってくる。その隣にいる新宮とは、実は実織と友達になった小学生の頃から、知っている仲でもある。クラスの生徒達にはなるべく嫌われないように、上手く立ち回ってきたつもりだった。

 大きく伸びをし、顎の痛みが完全に引いていることを確かめる。これからどんな事が待ち受けているのか、胸の高鳴りが止まらなかった。

 

(知るかボケ)

 

 

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