火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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60.人間性を捧げよ

 頭に重みを感じた。

 目の前が一瞬暗くなったが、すぐに戻る。

 異常があるように思えたのはほんの少しの間だけで、むしろ体調に関しては今までよりもずっと改善されているようだった。

 

「うーん?」

「どうしたんだい」

「こんなもんなのか。あんまり、変わんないけど」

「アナタは良く適合していたからね。意外とあっさりかもしれない」

「とりあえずは」

 

 片手で、奇跡の光をいくつか作る。二方向に飛ばした。片方は、まだ出血が続いているイリーナへ。そしてもう一つはより光を大きくして、転がっているリリアーネの首と胴体を包むようにした。

 両者とも、問題なく再生されていく。時間が経ちすぎているのではないかと心配していたリリアーネも、どうやら息を吹き返したようだった。だが当然、意識が戻るほどまでにはいかない。それでいいと思った。どうせ彼女が復活しても、あまり意味はないだろうから。

 今の、戦場においては。

 銃声が響く。

 相手の全てが、下田に意識を向けているわけではなかった。もう彼に興味は無くなっているのか、オーンスタインが雷をランドン達に飛ばしている。虚しい抵抗をしている彼らは、成すすべなく殺され始めた。

 下田は、イアンの前にまで移動した。

 左手で、三術を合わせる。奇跡、魔術、呪術。これまでとは違う完璧な配合、狂いのない出力で雷が形成されていく。それは今まで作ることのできた大きさを容易に更新した。自身の胴体を超え、頭を超え、長い槍になった。

 それを、向かってくる雷に投げた。その反動で左手が全て焦げてなくなったが、瞬時に奇跡で回復する。

 炸裂。

 オーンスタインの雷も、下田のそれも、同時に消えていった。お互いがお互いを食い合い、たてる音を小さくしていきながら、混ざり合って相殺される。

 子供の泣き声が、こだました。

 ランドンと、ファエラはもうだめだ。どちらも首と頭を一瞬で破壊された。もう彼らの魂はそこにはない。即死している。

 ジアンナが、失った片足を茫然と見下ろしている。彼女に肩を貸そうとして、幸成は嘔吐していた。涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら。由海は腰を抜かして、ただただ周りの状況を見ていることしかできていない。

 うん。

 下田は自分の精神状態を確認した。

 彼らの全員は助けられなかった。だが、仕方がないことだ。直前まで自分も死にそうだった。間に合わないことは確定していた。

 それよりも、不思議な安堵があった。

 

「まともだ」

「フフフ」

「てっきり、血も涙もなくなるのかと思ってた。んぐ。でも、ウミ。ほら見てよ。僕、ちゃんと誰かを助けたいって思えてる。ごくっ。まともな証だ。人間らしいままだ。ふう。お前の言ってることって、ほんと、あむ、嘘ばっかりなんだな。案外大丈夫じゃん」

 

 イアンは、泣きながら悲鳴を上げた。

 ぐちゃぐちゃと、肉の音がする。

 あまり心地良いものとはいえなかった。できればやめてほしかったので、下田は近くの誰かに注意をしようとした。だが、そのうち気がつく。

 引き締まった軍人らしい腹に顔を突っ込んで、下田は何度も口を動かしていた。もうほとんどランドンの鼓動はない、わずかに震えている気がするのは、死後の何かしらの反応だろう。それを楽しみながら、腸をスムーズにかじり取っていた。

 ランドンの腕の肉にも浮気をした後、ファエラの欠けた顔面に膿を向ける。

 欠点としては、やはり自分がまだ人間の構造を持っていることだろう。何せ、口は一つしかないのだ。同時に複数を食べられないのは、不便が極まっている。だから多少味は落ちてしまうが、膿の中に出来上がった口の方も利用するしかなかった。ファエラの体を適当に片手でつかんで、左半身に開いた口へと放り込む。

 初めの印象は、最悪だった。

 そもそもどうして自分が人間なんかを食べなくてはいけないのか理解できないし、その気持ち悪さと口に合わない固い食感で吐きそうだった。多少、女性であるファエラの方はましだったが、それでもまずいことには変わりない。

 それは味として伝わってくるソウルに関しても同様だった。彼らの器は壊れている。だから内包されているソウルの量は少なく、質も最悪だった。

 だが、それはあくまで半分の話だ。

 もう半分。

 残った方は、はっきりとしたソウルが残っている。普通、死は流出を速めていくものなのに、それはまだ全てを残留させていた。

 まずい表面を味わいつくすと、あふれんばかりに。

 先生の

 

「美味しい~~~~~!」

 

 今までの人生観がひっくり返るほどの衝撃だった。

 歓喜と同時に、凄まじいほどの後悔がやってくる。今まで自分はこんなことを知らずに、のうのうと日々を過ごしていたのだ。どうして、気がつかなかったのだろう。どうしてただ倫理から外れているというだけで、忌避してしまったのだろう。

 瞬時に満腹になったので、遺骸は捨てた。

 だが、欲はどんどん膨らんでいく。

 今度は、もっと、新鮮なものがいいかもしれない。

 まだ、生きている方を。

 イアンはしゃくりあげながら、下田を睨みつけていた。

 彼の背後には虫の息のアリーがいる。そこから出ている血と内臓を、下田は数瞬の間観察していた。

 

「ばけもの……」

 

 声と同時に、下田は腕を振るっていた。イアンは目をつぶる。しかし次の瞬間には、あふれ出した光に驚いていた。アリーのお腹が治っていく。ジアンナの片足が瞬時に再生されていった。

 もう彼らに視線を向けることもなく、人食いは歩き始めた。

 

「どうしたんですか?」

 

 オーンスタインが、止まってこちらを見ている。

 

「酷いですよ。僕、言ったじゃないですか。これは決闘だって。僕がまだ死んでないのに、他の人に手を出さないでください。二度は言いませんから。ちゃんとしてくださいね」

 

 青装束の女性が、銀の短剣を真っすぐ構える。輝いている曲刀を前に出した。

 群青の騎士は盾を構えながら、大剣を肩に担いだ。

 大狼は歯をむき出しにして、唸っている。

 灰色の竜は口の端から炎を漏らした。

 ウィンは腕を組んだまま動かない。

 剣槍の男は竜の側で静止している。

 スモウは体全体の雷を弾けさせた。

 オーンスタインは、槍を地面から浮かせる。

 敵全員に向かって、下田は憎悪を向けた。次から次へと湧いて出てくる。それのおかげで、敵への恐怖がほとんど食いつぶされていた。

 顔を大きく歪めて、膿を蠢かせて、絞り出すように言う。

 

「侵略者ども……」

 

 わかっていた。

 彼らのほとんどは、グウィンと共に地球へとやってきた。

 いわば、主犯格。

 人間の多くを殺した、虐殺者。

 度し難かった。擁護のしようもない。存在するだけで、虫唾が走る。考え得る限り最大の苦痛を伴う殺し方でなければ、満足できない。そして転がった骸を、全て食らいつくしてやるのだ。憎き敵の血肉を糧とする。

 

「全員まとめて、かかってこい。ぶっ殺してやる」

 

 と言いながら、下田は姿を消した。

 一瞬のうちに、頭の中では吟味をしている。

 

「どれがいいだろ」

「どれも悪くはないよな」

「竜はあまり美味しくなさそうですけど」

「ウィンも駄目だねえ。調味料が混ざり過ぎている。やっぱり、柔らかい肉が良いよ」

「そうだね。じゃ、あれにするか。一番小さいし」

「なんてったって、女だからな」

 

 座標の確定。 

 出現。

 女性の背後に瞬間移動した下田は、既にファランの速剣を放っていた。右腕全体に疑似神経網を構築し、身体の限界を超えた速度になっている。たとえ反撃が来たとしても、魔術が自動的に感知して対処する構造になっていた。

 黄金が、視界の中で踊る。

 下田には、それが一往復するまでしか見えなかった。

 実際は、無数の攻撃が完了されている。

 曲刀が、速剣を細かく刻んでいく。瞬きにすら満たない時間でその様を見ていることしかできなかった。

 斬撃はやがて腕に到達し、同じように細切れにしながら、彼の肩まで到達した。それは斬られたという感触で理解しているだけで、実際に動く刃が見えているわけではない。オーンスタインの槍よりも速かった。

 もう目は、刃が過ぎた後の残光で満たされている。眩しいそれの影に溶け込み、銀の短剣が迫っていることも認識できなかった。

 下田は、喉を抑えようとする。だが、そのまま押し込まれた。血を吐き出しながら、短剣の刃だけで己を持ち上げている青装束の女性を見下ろした。

 

「浅はかな闇にふさわしい思考だ。御し易いと、思ったか?」

 

 声は高めだった。若者に思えるが、そうではないことはわかっている。磨かれた攻撃速度とその技は、間違いなく歴戦の四騎士の一員としてふさわしいものだからだ。

 王の刃、キアラン。

 文献で読んだ通りの、武器を使っている。本来は暗殺に特化しているのだろうが、本人の技量は直接戦闘においても十二分に発揮されていた。

 

「はやい、なあ…」

 

 下田は素直な感想を吐き出してから、体の軸をずらした。  

 次の瞬間には、離れた所に再出現している。屋根に立ち、全員の動きを把握しようとした。そのための十分な距離は取ったつもりだ。

 一体、いない。

 下田は魔術の爆発で後ろに跳んだ。彼の鼻先を削り取っていきながら、大剣が振り下ろされていく。

 これでは逃げが甘すぎることもわかっている。まだ飛んでいる下田に向かって、大盾が迫って来ていた。

 既に詠唱を終えている。ソウルの奔流を最大出力で放つ。

 青白い光線。とても太い線状の塊が、群青の騎士に向かっていく。

 衝突する。

 とてつもない衝撃が襲っているだろうにも関わらず、相手は少しもバランスを崩さずに接近してくる。大盾の表面には全く傷がついていなかった。

 下田は手をかざし、そこから大量の炎を吐き出す。

 が、すでに目の前から騎士は消えている。

 後ろから、刃が入った。一撃目の痛みを感じる頃には、自分が綺麗に三等分されていることにも気がついた。首と胴体と両足。

 二重の奇跡をそれぞれの欠片に覆わせる。さらに離れた建物の上に出現した直後には、下田の体は元通りになっている。

 あんなに重そうな大剣と盾を同時に扱っているというのに、その動きは羽を得ているかのように軽やかだ。おそらく、あの騎士は身体能力がずば抜けている。神代においてその強さを轟かせた集団の中においても。

 王の剣、アルトリウス。

 かつて深淵の魔物と契約し、わずかながらそれへの耐性を得ているという。深淵渡り。狼血の騎士達の、始祖ともいえる存在だ。

 

「これ、さ」

「どうしたんだい?」

「なんか、嫌な予感するんだけど。僕、生き残れるよね?」

「…」

「ウミさん?」

「ワタシが想定していたのは、オーンスタインとスモウだけが相手の場合だったからね。何というか、四騎士全てに加え、その他の化物達を同時に相手するとなると。まあ、頑張るしかないって感じだねえ」

「お前って、やっぱりろくでもないよな。ん? ちょっと待て」

 

 飛んできた雷を、同じものでいなす。

 獅子の騎士が接近してくる前に、下田はさらに遠くへと離脱していた。

 王の槍、オーンスタイン。

 四騎士の長。竜狩りの名に恥じない戦歴を持っている。

 どう考えても、それだけだった。追撃してこようとしているアルトリウスとオーンスタイン。そして、下でそれを観察しているキアラン。文献で読んだ限りの見た目を考えても、それだけしかいないはずだった。三体、だけだ。

 察知して、芳野の探知をさらに広げる。だがその前に、弓のしなるような音が聞こえてきた。それは遠くで聞こえたようにも、至近距離で鳴ったようにも感じられた。

 体を捻り、かわそうとする。

 まるでその動きを初めから予測していたかのように、巨大な矢は下田の胴体に到達した。

 その勢いに押される形で、吹き飛ばされる。矢は貫通せず、回転しながらあっという間に胸のほとんどを抉り取っていた。

 まず、下田は矢の方に手を加えた。奇跡の光で包み、真横に座標をずらす。そして余計なものが無くなった自分の身体に、見えない体を使った。

 同時に、移動の奇跡も行使する。段々と転移先を読まれてきているような気がする。工夫をしなければ、出現した瞬間にやられかねない。

 

「仕留めきれぬか。しぶとさは、大したものよ」

 

 屋根の上に、巨人が立っている。肩と腕が露出したシンプルな鎧。それにやや釣り合わない精巧な金属の兜。手には、その身の丈に迫るほどの大弓を持っている。

 王の弓、ゴー。

 鷹の目とも評されている。オーンスタインと同じく、その弓で多くの竜を狩ったという。言い伝えでは何者かによって両目を潰されたとあったが、今の彼は爛々とその瞳を輝かせている。下田への、純粋な興味も含まれていた。

 何にせよ、これでようやく敵の勢力の全容が把握できたわけだ。彼ら相手に持ちこたえていれば、その内希望が見えてくる。

 

「持ちこたえる、か」

「なんだかなあ」

「ちょっと、弱腰ですね」

「そうじゃないだろう?」

 

 対多数戦における定石は、いくつかある。

 一つは、囲まれるような状況を極力作らないということ。

 移動の奇跡で逃げ回り続けても、徒に容量が消費されていくだけ。それに、転移線の流れは相手にも感知されることがある。強力な術である分、その跡も残りやすいということだ。 

 だから、別の手段を使って動き回る。瞬間移動よりも速度は劣るが、要は相手の想像の外を付けるような動きができればいい。

 

「何個くらい?」

「キリが良い感じで」

「最大展開数の三分の一くらいでいいですかね」

「いや、半分にしようじゃないか。この場を大きく覆えるくらいでないと、支配できない」

 

 八十七個。

 それだけのソウルの塊を、不可視化させてから飛ばす。それらは等間隔に並んでいき、戦う予定の場所のほとんどへと行き渡った。敵たちは処理してこようとはしない。見えていないのか、そうするまでもないと思っているのか。

 翼の音。

 少し上を見れば、竜が大きく口を開けて急降下してくるところだった。横に飛んで逃げても、上手く口の向きを変えて炎を吐き出してくる。

 かなり範囲が広かった。だから、細かく塊を二個踏んで、より遠くへと迅速に回避する。

 体が流れる先に、鋭い牙があった。

 普通なら動きようのない空中で、狼の口が迫っている。

 斜め上の塊に触れて、地面の方へと吹き飛んだ。

 着地しても、キアランの刃が追撃を仕掛けてくる。

 下田はそれに対応しようとしたが、側面にアルトリウスがいるのに遅れて気がついた。ひと呼吸の間に、彼は首を飛ばされ、四肢を切り落とされる。

 哲学的思考を、する。魂のありかはどこか。意識は何を媒介とするのか。心臓に宿るとする人もいれば、脳の中だと言う学者もいる。だが、実際はどうなのか。もしかしたら、どちらも間違っているのではないか。

 あるいは、どちらも合っている可能性もある。

 下田は頭から下を再生させた。同時に放った回復の光が、首なしになった胴体を包む。そして徐々に頭が出来上がっていった。

 膿まみれの自分の顔と、目を合わせる。

 そして、意気揚々とハイタッチをした。

 

「よ」

「よう、僕」

「分裂は上手くいったね」

「妙な気分だ」

「膿を分けたから、スムーズに行けたみたい」

「やっぱり、魂は全身にあるんだね。だから簡単に自分を増やせる」

 

 実勢に言葉を交わしたわけではない。ただ目線を合わせているだけで、意思の疎通を行うことができた。他人同士なら、そうはいかない。つまり、素晴らしい味方が増えたということになるのだろう。だが、これ以上はやる必要がない。核を増やしすぎても、リスクが大きくなるだけだ。

 だから後は、久慈の分身能力で十分だろう。 

 不可視化を解除させた十五人の下田が、一斉に周りへ火球をまき散らした。

 反撃はしばらくやってこない。

 炎が吹き荒れた後、同時に下田達は散開した。

 意識の分割ができるからこそ、こんなことも行える。

 全員が、一つの対象に向けて疾走した。

 多数戦の定石二つ目。

 とにかく、数を減らすこと。

 その時点で一番弱い個体を集中攻撃。

 途中で、三体がオーンスタインに首を飛ばされた。

 キアランの曲刀が、四体を刻んでいく。

 ゴーの矢が二体を団子状に巻き込んだ。

 アルトリウスが、三体の胴を寸断する。

 いかに彼らとて、取りこぼすことはある。何せ、下田の集団は全員が空中を蹴って爆発的な速度で移動していた。ただ地面を蹴って真っすぐ移動するのではない。張り巡らされた魔術の仕掛けが作用し、下田達をピンボールのように無茶苦茶に跳ねさせていた。

抜け出した三体が、同時に並列詠唱を行う。

 一人は足を犠牲にして。

 一人は右手を犠牲にして。

 最後の一人は、顔全てを代償に。

 竜殺しの雷を、叩き込んだ。

 彼らは直後、広がった炎に焼かれていく。その内の一人は本物の下田だった。ちなみに先ほど分裂した個体は、オーンスタインによって完璧に殺されている。短い生涯だった。全身を熱さに包まれながら、合掌する。分裂個体と、

 落ちていく竜に向けて。

 

「はい、一匹目~」

 

 正直、大したことではなかった。いくら竜とは言え、その大きさも、伝わってくる迫力も、比べ物にならない。あの黒竜や紫竜の方がよほど怖かった。あれらと比較すれば、まるで背伸びした子供のようなものだ。騎士たちの集団の中で、明らかに浮いた存在だった。大きな穴だ。

 仕掛けておいた呪術で、着地先にいた大狼を牽制した。次はその獣を狙いたかったが、すぐにアルトリウスが立ち塞がってくる。

 では、三番目の目標に向かうとしよう。

 下田は透明になった後、爆発で加速していきながら、金色の巨躯を目指した。

 

「お腹すいたあ」

 

 膿に開いた口がもごもごと喋る。気持ちの悪い声だった。それに口自体の見た目も獣じみていて嫌だ。常によだれを垂らしており、吐き気のするような赤黒い口腔を見せつけてくる。

 ぼこぼこと、黒い塊が波打った。下田は何かを解放したい衝動に駆られて、見えない体を解除する。

 

「僕も。もっと気持ちのいい食べ物がほしい!」

 

 笑いながら、首を曲げる。骨を解す。

 左肩が異常に盛り上がってから、二本の腕が突き出てきた。それは真っ黒で、どろどろと常に何かがしたたり落ちている。

 増えた手同士を擦り合わせて、炎を膨らませていく。あっという間に、家屋一つを丸ごと焼けそうな大きさになった。拡散の詠唱もきちんと織り交ぜて、スモウへと投げつける。下田も一緒にそこへと突っ込んでいく。一緒に踊るような気分で。

 爆炎から離れようとしているスモウ。だが、逃げきれていはいないようだった。腕の一部が焼けただれている。

 そして全身がぐずぐずになった下田も、炎の中から飛び出した。その目はずっと、相手の首へと向けられている。

 その疾走は、容易に止められた。オーンスタインの槍が下田の鳩尾に刺さり、雷が炸裂。彼の上半身はほとんど吹き飛び、首がくるくると回った。

 それをボールのように見立てて、スモウが槌を直撃させる。その直前に、下田の下半身から出た膿の手が、奇跡の光を一瞬で広げていた。

 スモウの頭上に首だけで出現した下田は、口から剣を伸ばしていく。実体のあるものではない。ファランの速剣に似ているようで、違う。その構成は呪術によってなされていた。

 赤い一閃が、スモウの後頭部を通り過ぎる。

 地面につく前に、下田は下半身を元に戻していた。

 そして、自分の攻撃の結果を確認する。

 金色の巨体には、確かに、傷がついていた。スモウの頭には一筋の傷が走り、じゅうじゅうと煙を上げている。

 下田は口にくわえていた炎の剣を、手に移動させた。

 

「新発明じゃん」

「ファランの炎剣?」

「ファラン要素どこにもありませんが」

「じゃあ、名前どうするの?」

「シモダの速剣はどうだ」

「だっさ」

「センスが皆無」

「炎の速剣でいいじゃん」

「無難が一番だねえ」

 

 力技のようなものだ。

 ファランの速剣は、魔術で構成されている。その剣に、無理やり呪術の炎を流した。これはかなり繊細な技術が要求される。少しでも計算が狂えば、魔術と呪術が混ざり合ってしまい、どちらも潰れてしまう。二重の符呪をするようなものだった。今の下田にとっては、容易いことだ。

 だが、スモウは笑みを深くしただけだった。よく見れば、金装飾の剥がれた中で、彼の素肌らしきものが見えている。灰色に近い、人間とは明らかに異なる肌だ。露出している傷部分が、さらに炎を強めている。それは、下田の呪術の炎ではなかった。その巨体自身が発している、別種のものだ。

 

「うわ、卑怯だ」

「外装は魔術耐性を持ち、中身は呪術が無効になっている。優秀な生物ですね」

「攻めにくいな」

「でも…」

 

 膿に開いた口が、愉悦で歪んだ。

 

「ワタシの一部には、耐えられなかったみたい」

 

 スモウは膝をついた。口を押さえて、咳き込んでいる。それだけでは足りずに、地面に向かって血を吐き始めた。徐々に体全体の痙攣が始まり、離された大槌が地面に転がる。

 不可視化を解除した膿が、その傷から入り込んでいた。膿の、ほんの一部だ。だがそれだけでも、相手にとっては猛毒になり得るようだった。

 

「二匹目っと」

 

 とはいえ、おそらく殺すまでにはいかない。スモウ自体の生命力が馬鹿げているので、さらに数倍の量を入れる必要があるだろう。だが、彼がもはや戦闘に参加できないのは確かだった。

 下田は左手に炎の剣を、右手に魔術剣を顕現させる。どちらにも、透明の膿を流し込んでいた。相手を斬ると同時に、注入できる。

 このタイミングかな。

 大口を開けて、笑い始める。それは純粋な嘲りだった。こちらを注目する敵達全員に向かって、嘲笑を浴びせる。

 膿の口も、同時に笑ってくれていた。こういう所は、なかなか気が利く。下田の声と混ざり合い、不快な和音となって周囲に響いた。何て、無様だろう。この者達はこれから、どんどん数を減らされていくことになるのだ。こんな子供っぽい高校生なんかに。太陽に対して何の信仰心も持っていない、誇りもない、地球人なんかに。

 アルトリウスの大剣が来る前に、瞬間移動した。

 できれば今度こそ狼を狙いたいのだが、やはりどうしても守りが固い。深淵渡りが、どうしても阻んでくる。だから再び妥協した。この時点で、二番目に弱い敵を狙う。

 背後からの一撃を、剣槍の男はかわした。が、直後に下田の蹴りが顔に当たる。それでも体勢を崩すことはなかった。

 妙なのは、この相手はおそらくグウィンの血族だというのに、あまり周りから敬われていないということだった。特にオーンスタインは、初めから一度も視線を向けてはいない。まるで見ることすら我慢ならないと言わんばかりに。

 因縁の相手であるはずの竜が共にいたのは、何か関係していそうだ。現に灰竜がやられても、誰も動揺は見せなかった。邪魔な道具がいなくなった程度の注意を向けただけだった。

 下田は、事前の話し合いの内容と合致したのを確認した。正直ほとんど信じていなかったが、近くでその器を視ると、あながち間違っていない事実に思えてくる。ちぐはぐな感じが、より確信を強めていた。

 ならば、狙うのはやめる必要がある。警戒していた攻撃も、剣槍の男は使ってくる気配がなかった。内部の状態を考えれば、頷ける話だ。

 だがそのまま攻めることはやめない。他方から伸びてくる線が限界まで熱くなるのを、待っていた。ぎりぎりまで、狙いを気取られないようにする。仕留めるための一撃は、間合いに入ってから。

 炎の伝う大剣が、鼻先を通り過ぎる。

 ソウルの矢が十本、下田の顔に到達しかけている。

 同時に全てを分解してから、魔術の塊を踏んだ。

 ウィンとすれ違う瞬間、左腕を動かす。剣先の膿が、相手の体を求めて伸びていく。

 が、その前に、大剣が爆発した。

 全身が飛ばされる。大したダメージではないが、距離を取られた。

 と思ったら、既にウィンは眼前にまで迫っている。

 彼の右手が青白く光る。

 下田もまた右手をぶれさせる。

 ファランの速剣同士が、衝突した。

 

「ひょっとして、俺狙いだったり?」

「喋るな。吐き気がする」

 

 唯一だった。まともに術を使ってきてくれるのは、ウィンだけだ。後は全員容赦のない近接で攻めてくる。下田にとって一番嫌なのは、武器で押し切られることだった。それにゴーの弓矢も分解できない。相手のほとんどが、対術師の戦い方を心得ている。当たり前の、話だが。

 離れると、大量の速矢を放ってくる。一度に分解しきれない量だったので、やむなく一部を体で受ける。それが終わると、ウィンは少し溜める動作に入った。

 その隙をつくなどという愚かな選択はしない。下田は既に、できるだけ離れた場所に再出現していた。だがそれでも、彼を狙った奔流がやってくる。建物のいくつかを貫通し、勢いがほとんど衰えることなく到達した。

 こういうことばかりしてくるなら、ありがたかった。

 反詠唱を成功させ、青白い光が散っていくのを見る。

 建物の壁の隙間から、

 屋根から、

 崩れた外壁を破りながら、

 アルトリウス、キアラン、オーンスタインが接近する。

 許容量を超えている。

 整理をするために、遠く離れた屋根に座標を指定した。

 消失。

 再出現。 

 直後、全力で跳んだ。

 それでも、太腿に矢が刺さる。

 放たれていた二本目が、腹の臓器をかき乱した。

 見えない体を使う。

 移動の奇跡を再使用。

 

「芸がない」

 

 発動は、しなかった。

 つぶやいたゴーを見る。彼は杖を取り出していた。そこから、紫色の陣が出ている。

 喉の詰まり。

 しかし、すぐにその感覚は意味がなくなった。

 三本目の矢によって、下田の顔半分が破壊される。 

 一番に追い付いてきたキアランが、二度、下田の背中を短剣で刺した。

 

「おぐぇ…」

 

 全身が揺らされる。

 今度は、上手く分解できなかった。キアランの短剣には、おそらく猛毒がある。最初に喉へ刺された時は対応できたのだが、今は他のことにも意識を回さなければならなかった。

 はやく。

 はやく、距離を。

 膿から出ている手が、雷を作る。それはキアランを狙ったものではなかった。既に到達しかけているオーンスタインの雷槍に対応するためだった。

 が、直前でアルトリウスが膿を斬る。

 雷の軌道がずれる。防ぐことのできなかった雷槍が、到達してしまった。

 下田の半身が弾け飛んだ。残った方も硬直しかけている。当然、その隙を狙わない相手ではなかった。

 アルトリウスは、膿へさらに深く大剣を刺した。

 下田は嘲笑した。

 狙い通りだ。

 膿はすぐにその大剣に纏わりつき、凄まじい速度で移動した。その体から針を生やし、アルトリウスの腕に潜り込もうとする。それは実際に成功し、相手の中へと膿が入り込んだ。

 が、直後には吐き出される。アルトリウスから出てきた一部の膿は苦しんでいるかのように震えると、干からびていった。

 あ、そうだった。

 朦朧とした思考。

 深淵に耐性があるんだっけ。

 

「がああああああ」

 

 血を吐き出しながら、下田は自分を爆発させた。自分の身体の中に仕掛けておいた呪術が荒れ狂う。それを事前に察知していたのか。相手は全員既にある程度の距離まで後退していた。

 膿の部分だけ残った肉片を瞬間移動させ、そこからぼこぼこと再生していく。既に、沈黙の禁則は断ち切っている。だが、これからも適当なタイミングで再発動させられたら、面倒だ。それに、遠くから矢で妨害されるのはもう我慢ならない。瞬間移動を一番読んでいるのも、ゴーだった。

 その巨人へと標的を定め、背後に出現する。

 しようとして、何かに引っ張られるような感覚が強烈にやってきた。

 成すすべなく流されていき、気がつけば広場に落とされている。

 

「シモダの、得意技はよくわかったよ。散々見せてくれたおかげだね」

 

 ウィンは笑うような口調だったが、その兜の中の表情はわからない。わかったのは奇跡に干渉されたということだった。特に座標指定の部分が異常に乱されている。彼をどうにかしなければ、まともに発動できなくなったのは確かだった。

 

「殺す、殺す、殺す」

 

 発想を単純にした。

 要は、全員殺せばいい。

 そうすれば、何も心配は無くなる。食事もたくさんできるし、一石二鳥というわけだ。

 下田は叫んだ。それは怒りでも、絶望でもなく、歓喜だった。どんどん楽しいという感情があふれてくる。憎い敵を裂いて、その臓物を口にする瞬間が待ちきれなかった。こういう、期待に胸躍らせている時間も心地いいのだと理解していた。

 膿が波打つ。ほどなくして、膿の二本腕の間が、大きく盛り上がり始めた。

 赤い目に、獣のような口。

 それらを持った顔が、飛び出してくる。人間性の怪物。それは下田のバランスを崩さない程度の大きさで顕現している。

 その両手も、魔術剣と呪術剣を作り出した。四本の実体の持たない武器を、相手のそれぞれに向けて構える。

 二本の攻撃を、キアランはこともなげに避けた。

 透明な手から放たれた火を、アルトリウスは盾で受けきる。

 オーンスタインの槍を紙一重でかわし、その勢いを利用して、呪術剣を振るった。

 そういうふりをして、下田は飛ぶ、既に周囲には百五十以上の魔術が展開されている。こうしている間にも、同時展開可能な数が増えているようだった。この調子でいけば、相手は逃げられなくなる。ここは、自分専用の戦場に変わったも同然だ。

 高速で跳ねていきながら、ゴーの狙い撃ちも避けていく。視界が急速に変わっていく中、確かにキアランの背後を取れたのを、確信した。

 膝を狙った攻撃を、相手は跳ぶことで回避する。そこまでは、予想通りだった。どんな技量の持ち主であろうと、場所と動きを制限していけばやがて捕らえられる。

 流れるように、剣を縦に振るった。同時に、他の三本を異なる軌道で弾けさせる。いかなる対応をしても、避けたり、受ける余裕があるとは思えなかった。

 相手が、空中で移動できる手段を持たなければ。

 キアランが既に自分の背後の空中に立っているということを、一瞬遅れて把握した。

 振り向きながら、他の二本はアルトリウスへの牽制に、残った一本は呪術の扇に変換させて、オーンスタインへと振るった。 

 だが、全てが空振りに終わった。

 相手は全員、宙に浮いている。

 

「は?」

 

 アルトリウスの顔は逆さになっていた。

 オーンスタインは下田の側面まで跳ねる。

 キアランは片足で、不可視化されたソウルの塊にくっついている。

 脳内で、一斉に皆が文句を言う。

 

「こいつら…」

「ドン引きですよ」

「きっも」

「やられたねえ」

「僕のこれ、オリジナルだと思ったんだけど、既に確立された技術なの?」

「あるいは、今この場で真似されたという可能性もあります」

「きしょいなあ」

「これだから天才は…」

 

 しかも、普通魔術同士を近づけたら反発しあうはずだ。それが前提の移動術なのだから。しかし、特にアルトリウスとキアランが反対のことをしているようだった。彼らの足のソウルと、下田の設置した魔術が結合している。どうやるのか、まるで見当がつかない。

 三人の攻撃で、下田は肉片になった。

 欠片ごと無理やり転移させる。危ない所だった。今ゴーが沈黙の禁則をかけてきたら、本当に詰むところだった。あの巨人が機会を逃してくれて助かった。ウィンが転移を邪魔する様子もなかった。

 再生を終える。 

 相手の位置を把握しなければ。

 が、理解をする。

 そんなことは、もうする意味がないのだと。 

 オーンスタインの槍が、下田の顔を刺して、もぎ取っていた。

 下を見る。

 既に、アルトリウスとキアランが彼の首から下を破壊しつくしている。

 彼らは下田の魔術を利用して、瞬間移動についてきていた。もちろん、転移先を読まれていたのもあるのだろう。だがそれだけでは決して待ち伏せすることはできない。彼らの脚力が異常であることの証だった。

 詠唱が、できない。

 これ以上ない瞬間で、ゴーが杖を振るっていた。

 オーンスタインが槍を振るい、下田の顔が飛んでいく。

 体を戻していく途中で、雷槍が炸裂した。

 地面に転がる。

 

「かひゅ」

 

 風前の灯のような呼吸をして、視界に移る者達を把握した。

 イリーナが走ってこようとして、直前で足を止めている。

 実織達は、動くことができないようだった。

 イアンは、目を逸らしている。

 由海と幸成は、下田の全身が戻っていくのを、吐きそうな顔で見ていた。

 二人の傍には、ちとせが寝ている。

 

「まだ、希望はある」

「そうだねえ」

「だって、こんなに残っているもん」

「たくさんあるよ」

 

 正直、足りないという気持ちがあふれ出してしまいそうだった。何かを足していかなければならない。取り入れなければならない。そうしないと、勝てないからだ。もっともっと容量を増やしていかなければ、これ以上戦えない。

 ウミが楽しそうに囁いてくる。

 

「憎き敵の血肉を糧とし」

「え?」

「憎き敵の血肉を、糧とし?」

「ああ…」

 

 必要なのは、あれだ。

 精神なのだ。

 気合が足りない。

 真剣さが及んでいない。

 絶対に負けないのだという決意を、行動で刻み込まなければ、乗り越えることはできないのだろう。それ以上に、したいという欲求がどんどん出てきた。下田には、もう、それを醜悪だと考える思考さえも残されていなかった。

 

「愛する女の血肉を、楔とする」

 

 やっぱり、一番気になるのは。

 ちとせの味だ。

 彼女の三分の二くらいを味わったら、負けなくなるだろう。今、彼女は気持ちよさそうに眠っているし、苦痛は感じないはずだ。主菜を初めに取るのは作法からそれているかもしれない。でも、急がなければ。

 銀髪の火守女が、抱え上げられていた。

 キアランは多少、気を遣っているようだ。それも当たり前なのだろう。捧げるための大切な薪なのだ。自らの王の計画を完遂させるために、なくてはならないものだ。

 だから、それをどうにかするためにも、食べなければならない。

 下田は堕ちきろうとしていた。それまでに経験した繰り返しの何もかもを否定し、深淵の化物にも劣らない畜生へと成り下がろうとしていた。 

 彼の喉が、待ちきれない瞬間への期待で、ごくりと鳴る。

 ぱちぱちと、何かが弾ける音がする。

 広場の篝火に、光が戻っていた。

 首を動かし、炎の温度を遠くから手繰り寄せる。

 裸足が、石の地面に降り立った。

 

「おい…」

 

 当人にしかわからない視線はただひたすら、一点に向けられていた。それしか見えていないかのように、顔を合わせている。ただ、実際にそうなのかは断定できない。その両目とも、機能を失っているから。

 歯をむき出しにしながら、ほぼ全裸の変態が怒号を放つ。

 

「俺の女を、返しやがれええええええええええええええ!」

 

 その声で、下田は半身を起こした。

 耳がじんじんと震えている。骨の底まで響いてくるような情動が、急速に全身へと広がっていく。もう、抑えることなどできなかった。

 下田もまた、声を出した。

 呼応するかのように全力で叫んだ。

 何度も、叫んだ。

 

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