火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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 何だか、別の小説書いているみたいで新鮮でした。


65.女関係の整理

「おい、おいっ! まずはだな。って聞いてんのか? 話を聞けええええ! ぎゃああああああ! お前絶対殺る気だろそれええええ!」

 

 わめくノミに構うことなく、下田は炎剣を形成させた。魔術を使わないのは、ある仮説が頭に浮かんだからだ。相手を含めたグウィン達の軍勢は、呪術への耐性がやや低い傾向にある。どんな防護を持つ装甲でも、貫ける可能性が高い攻撃を選択する。

 ノミにの片腕を押さえつけている貴樹は、にやにやしながら事の成り行きを眺めていた。彼はおそらくどちらかの味方というわけでもなく、ただ面白そうだからという理由で参加しているのだろう。

 

「ちょ、ちょっと、アナスタシア。アーシャ! これほどけよ。しゃれになってねえぞ」

 

 対するクリムエルヒルトは、かなり真面目にもう片方の腕を魔術で縛り付けている。

 彼女は冷たい視線を暴れるノミに投げた。

 

「罰を受けるべきです。昔と、何も変わってないんですね。何も学ばない」

 

 下田は構える。 

 さらにノミは騒ぎ立てるが、その場にいる者達は誰も彼を助けようとはしていなかった。

 自業自得の面もある。彼のしでかしたことはそれだけのものなのだ。下田としても、今こんな男に関わっている場合ではないのはわかっている。しかし、どうにかこの憤りを鎮めなければ、まともにこれからの方策を立てる余裕もなかった。

 炎の刃を、ノミの喉に当てる。後は少し力を入れるだけで、肉を焼き裂いていくことができるだろう。

 

「待て、キレて失うものを考えろ。いいか、おれはちゃんと考えて行動したんだ。いだだだだだだだ! 焼けてるっ! 聞けよ、彼女達を助けられるんだぞ!」

 

 下田は剣を焼失させた。

 右手を相手の喉に添えると、指で軽く締めつける。

 

「もし、お前が…」

「ぐええ」

「嘘をついてたら、もっと苦しい殺し方に変える」

「おっけおっけ、いいから離せ」

 

 ノミは少し咳き込んだ後、引き締まった顔でついて来いと合図をした。直後、クリムエルヒルトの魔術を腰をひねってかわし、バランスを崩しながら洞穴の方へと向かっていく。

 下田は半信半疑で、その背中を追った。

 

 

 

 

 一室に入る。

 まだ意識を取り戻したばかりで、記憶が多少混乱していた。ヨルシカと戦い、あと一歩まで追いつめた。そして。

 彼は自分の感情が、行動が理解できなかった。前にはできていたことが、無理になる。今までは逆だったのだ。できなかったことを、何度も繰り返すことで可能にしていた。それが彼の得意分野だった。

 部屋では、二つのベッドが埋まっている。

 一つには、ちとせが寝かせられていた。ほとんど、直視することができない。彼女の半身は膿に侵食されている。その苦しみは、十分に想像できた。どう考えても、彼女が耐えられるものではない。命は風前の灯火だ。

 自分を助けるために、受け入れたのはわかっていた。今ではもう、直前でかわした彼女との会話をほとんど思い出せる。改めて、ちとせは凄い女性だと思った。こんな自分のために犠牲になるべき人ではないのだ。

 一方で。

 下田には訳がわからなかった。

 ヨルシカは荒く呼吸をしながら、目を閉じている。そこは前まで下田が寝かせられていたベッドだった。彼女の右手で、膿が蠢いている。侵食の範囲はちとせと比べるまでもないが、その苦しみようは全く引けを取らない。

 もし彼女が話せる状態だったら、無理やりにでも口を開かせるつもりだった。そして問いただすのだ。どういう狂い方をしたら、このような事態に陥るのか。

 話は、すでに聞かされている。下田の脳内にまだ残っていたウミの残党が、彼女に憑りついたのだという。そして抜け出された後の瀕死の彼を、ヨルシカは自らの血を与えることで助けたらしい。そうすることで、竜の再生力を強めた。

 彼女のそばについていた画家の少女が、入ってきた彼を見て、涙を流した。最近、その少女は泣いてばかりな気もする。まだ、ゲールを死なせてしまった詫びもしていない。

 少女は下田に飛びついた後、彼の手を握りながら、ノミを睨みつけた。

 

「今更、何のつもり?」

「そうか、お前は見たことなかったか」

 

 ノミは付いてきているクリムエルヒルトの額を小突いた。

 

「何を…」

「お前、人のこと言えねえだろ。おれへの鬱憤ばらしはいいが。もう、わかるだろ。お前は見たことあるはずだ。深淵の膿が取り除かれる瞬間を」

 

 彼女は言い返せずに、顔を逸らした。

 下田は、先を促す。

 

「膿には弱点がある。炎だ。呪術のそれじゃない。大王が見つけ出した、最初の火。それにまつわるもの全てが、深淵を退ける効力を持っている」

「そんなもの、どこに」

「おれはお前に示したはずだ。そうしないと、お前は完全に正気を失って、取り返しのつかないことを繰り返す所だった」

 

 思い返す。

 ノミが言っているのは、あの時だ。自分が錯乱し、貴樹に向かっていった時のこと。確かに、自分は炎に包まれた。それ以降は意識を失い、まるで憶えていないが。

 

「おれが何かを与えたわけじゃない。お前の中の炎を解放しただけだ」

「僕の…」

「わかってきただろう。お前が持っているそれを、彼女達に与えるんだ。そうすれば、膿を滅ぼすことができる」

「でも、危険は大きいんじゃ」

「タカキが、火守女を救った時は大丈夫だった。もちろん事故が起きる可能性はある。そうだとしても、今この場には史上類を見ない卓越した奇跡使いがいる。そうだよな?」

 

 ノミからの視線に、下田は向き合った。

 

「ああ、でも無理か。お前、自分の命も救おうとしなかったもんな。そんな体たらくで、他人を治療できるわけがねえ」

 

 ちとせを、一瞥する。

 

「お前に、未来を生きる意思なんてなかった。わかってるぜ。一区切りがついたら、さっさと死ぬつもりだったんだろ? 自分はここまでできた。後はタカキにでも任せればいい。十分働いたから、死んだ母親に会っても、胸を張れる。…糞くらえだ、マザコン野郎」

 

 強い言葉に対して、苛立ちはわいてこなかった。全てを当てられたが、不思議な落ち着きがある。

 そう、資格を求めていた。自分はかつて、ちとせ達を見捨てて逃げようとした。だから、彼女たちを何とか生かして、安全と呼べる段階にまで連れていかなければならなかった。そうしなければ、資格が得られないから。母親に会う資格が。

 ほとんど、やけくそのようなものだ。やはり自分は、母親を恋しく思っていた。もう彼女がとっくに死んでいるとわかった瞬間から、前向きに生きようとする気はなくなった。心残りを全て片付けてから、自らを終わらせようと考えていた。

 だが、今はもう、わからなくなっていた。

 

「やるよ」

「何がだ?」

「助ける」

「確認する」

 

 ノミは、ヨルシカの方を、指差した。

 

「お前の中には、二つの残り火が宿っている。両方とも、使うんだな? 片方だけを残せば、それを自分の力に変えることもできる。貴樹の例がわかりやすいだろう。やり方は俺が教えてやれる」

 

 下田は目をつぶり、頷いた。

 

「使う」

「憎んでいる女も、助けるんだな?」

「うるさい。借りを帳消しにするんだ。どっちにも使う」

 

 ノミは笑った。どこか安心しているような様子だった。

 

「よし、始めるぞ」

 

 そこからの作業は、予想よりも簡単に進んでいった。

 まず下田は自分の中にある残り火を操作する必要があったのだが、それはすぐに習得できた。既にソウルの操作を嫌というほど修練していた彼にとっては、朝飯前だった。そして残り火達を移すことも、火守女としての技能を利用すれば成功した。

 ちとせとヨルシカに、炎が灯る。

 即座に奇跡を使おうとしたが、ノミに止められた。よく見てみれば、彼女達に傷は何一つついていない。その火が、篝火のものと同質であることはすぐに理解できた。概念的なものなのだ。

 そして、こびりついている膿が悶えている。苦しんでいる。徐々にその身が炭化されていき、ちとせの体が表れていくのを、感慨深く見ていた。心なしか、彼女の呼吸と顔色も改善されているような気がする。

 膿の一部が、弾けて床に落ちた。それはもぞもそと下田に近づいてきている。

 

『自分でも、やりすぎたと思ってるよ』

「そうだな」

『これまでだね。満足したから、もういいよ。消えるのも、悪くない』

 

 下田の顔のすぐ横を、膿は素早く飛んで通り過ぎていく。その体はノミの手をぎりぎりで避けて、ちょうど戸口に立っている女性を狙っていた。

 

『なんてね』

 

 少しも懲りていなかったそれは、筋肉質な手によって捕まえられる。

 火守女の前に立った貴樹は、胡乱な目で膿を見つめた。

 

「んだ? ゴキブリか?」

 

 ぐちゅ、と潰される。間もなく貴樹の手から出た炎に包まれた。

 もしかすれば最も時間を共にしたかもしれない、相棒とも呼べたものの最後を下田は確認した。少しも同情はない。長い付き合いだったが、わかったのは決して相いれないということだけ。ウミはただ、求めるだけだった。自分の食欲を満たすことしかなかった。

 下田はじっくりと、穢れの取れた彼女達を観察した。ヨルシカの方はさっと確認するだけで終わる。とりあえずどちらも、状態は落ち着いたようだ。苦しげだった表情が緩み、安らかな呼吸をしている。

 ちとせが、口をむずむずさせた。眉間にしわを寄せた後、薄っすらと目をあける。

 

「あれ…」

 

 下田は目を拭った。できる限りの笑顔を、彼女へ向けた。

 

「ちとせ」 

 

 枕元についた手に、さっと指が触れる。

 彼女は下田の顔を認識すると、彼以上の量の涙を流し始めた。嗚咽を漏らすまいとこらえているその表情は、今まで見たどんなものよりも可愛いと思った。

 

「アキだ、アキがいる。ほんもの?」

「うん」

「よかった…。生きてる。戻ってきてくれたんだ。よかった」

 

 喜ぶ一方で、多くの視線を集めていることに、下田は段々とむず痒さを感じ始めていた。注目されている状況にもかかわらず、ちとせは目を大きく開いて、彼を認識しようとしている。彼しか目に入っていないようだ。握ってきている指の力は強まり、彼のそれに絡まって主張をしていた。二度と、離しはしないと。

 彼女がこれ以上言葉を口にする前に、雰囲気を戻すべきだと直感した。だから下田は、多少の恥も惜しまないことにする。

 

「あのさ」

 

 既に彼女は身を起こしかけていた。下田の肩にまで、手が上ってきていた。その表情は普段の彼女のはっきりとした芯がなく、夢を見ているかのような様子だ。

 

「えっと、疑問に思ったことがあるんだけど。あの時言ったことって、どういう意味かな」

 

 ちとせは瞬きをした。涙がそれに伴って頬に落ちていく。

 

「え?」

「だから、その、あれだよ。あたしがママになってあげるってやつ。僕、わからなくて。だってどう考えてもちとせと僕は同い年だし。意味がよく…」

 

 回復したばかりにもかかわらず、彼女は俊敏に立ち上がった。ベッドの横にしっかりと足をつけて、下田の目の前で跳ね上がる。

 その元気な動作とは対照的に、顔の調子は悪いようだった。顎の先から頬、耳の端に至るまでほとんどの部分を紅潮させている。唇の端をわなわなと震わせた。

 下田の両肩に手をついてくる。

 大きく、揺さぶってきた。

 

「わすれて!」

 

 二人のそういった様子を、半身を起こしたヨルシカがじっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 見回りは、何の成果もなく終わった。

 貴樹とノミで分担をしながら祭祀場の全てを探し回ったが、結局エルドリッチ達を見つけることはできなかった。横の塔も当然確認した。人食いの痕跡は、完全に消し去られている。

 ノミの話によれば、五本指の勢力もいた可能性があるらしい。下田の記憶内での認識が正しければ。

 彼らが、一体どこへ逃げたのか。

 貴樹はあらかた予想を終えていた。下田が行動を開始した時点で、祭祀場側の分が悪いと判断したのだろう。彼らは火継ぎに賛成しているわけではない。協力していたのは、共通の敵がいたからだ。地球の人間。その存在に対して、一時的な共同戦線を張っていた。

 それに関する用事は後で済ませるとして、今は大事な作業のことで頭が一杯だった。

 

「大丈夫です。おかしな術がかかっている気配はありません」

 

 下田は、液体で満たされている瓶を、掲げた。その中には二つの瞳が浮かんでいる。虹彩と角膜の色は淡い水色だ。

 かつて、深みの聖堂で手に入れて、エルドリッチに奪われたもの。どうやら、祭祀場の一室に、保管されていたようだ。なぜ、あの人食いが逃げるときに持っていかなかったのはわからない。罠の可能性もあったが、下田が否定している。

 貴樹は初めからずっと、向かいに座っている火守女を見ていた。彼女の視線は、瓶と貴樹の間を行ったり来たりしている。

 

「それで、どうするんですか?」

 

 できれば、全て自分が最初から最後までやってあげたかった。だが、奇跡は使えない。ましてや、感覚器官を完全に治すほどの技術を要するとなれば、結局はこの気に入らない子供に頼るしかなかった。

 貴樹は熱のこもった目を火守女から外し、下田へと向き直った。

 

「何が?」

「治すことは難しくありません。ただ、今の状況はちょっと特殊です。火守女さんにはすでに、先生の瞳が一つ入っています。どうしますか? 彼女からそれを外して先生に移すこともできます。それから彼女へこの二つを移植する。手間は増えますが、できると思います」

「いや、そうしない」

 

 貴樹は自分の座っている椅子をずらした。火守女はやや身を引こうとする。だが、その背中が壁に当たる。観念したように彼と視線を合わせた。

 

「私も、そのようにした方が…」

「本当に、そう思ってるのかい?」

 

 優しく問いかけるよう努力したが、その語尾が震えるのは抑えられない。はっきり言って、下田がこの場にいなければ今すぐにでも彼女を横のベッドに引き倒している所だった。

 貴樹は溶けかけている脳で言葉を紡ぐ。

 

「もっと、良い方法があると思う」

「そう、なんですか?」

「うん」

 

 彼女を見続けながら、下田に向かって指示をした。

 最初、下田は行動しようとしなかった。何かに衝撃を受けているようだった。だが、やがて苦笑すると、最後の確認をしてくる。

 

「いいんですか?」

「拒絶反応があっても、お前なら何とかするだろ。やってくれ」

「止めはしませんけど」

 

 瞳を戻す作業は、特に大きな事故もなく進められた。

 粛々とした空気の中、貴樹は素直に感動していた。聞いたことはある。日本にいたころ、テレビの特集などで流し見していた記憶。恋人同士が、同じ種類の物を使ったり、お互いの物を交換し合ったり。その時は豚同士がとち狂っていると馬鹿にしていたが、今はもう違っている。

 下田が離れると、左目を何度も開け閉めした。

 

「ああ…」

 

 左右の視界は、やや異なっている。見える光の加減が、色が微妙に変わっている気がする。しかし、おそらくそのうち気にならなくなるのだろう。いや、慣れるかどうかはわからない。この素晴らしい感覚に、飽きることなどあり得ないのだ。

 それは火守女を見ても、実感できた。

 彼女の瞳は、水色の右と、黒色の左で分かれていた。ソウルでも感じられる。自分自身の素晴らしいソウルと、彼女のもっと素晴らしいソウルが、宿っている。

 下田が戸口から出ていった。貴樹にはその気遣いも気にする余裕がない。

 

「見える?」

 

 火守女は大きく両目を開いて、貴樹を認識していた。

 

「大丈夫です」

「どう、思う?」

「あの…」

「俺は、ちゃんと見える。君の姿がちゃんと」

「私、私は、良いのでしょうか」

「何が?」

 

 火守女は俯いた。

 

「ずっと、何かから逃げてきました。ゲルトルードを救うことから。人食いから。使命から。わからないふりをして、貴方を利用していたのかもしれません。本当は…、ここまでたくさんのことをしてもらえるほどの存在だとは、決して…」

「ひもりんはさ」

 

 彼は手を伸ばした。それに対しての抵抗はやってこない。もう後ろが壁で、逃げられないだけかもしれないが、火守女は顔を逸らしてまで拒絶する気はないようだ。貴樹の指が頬を滑っても、くすぐったそうに睫毛を揺らすだけだった。

 

「死ぬことについて、どう思ってる?」

「わかり…」

 

 すぐに答えようとして、彼女は胸を抑えた。貴樹の瞳を覗いて、氷づけされたかのように、呼吸を一瞬だけ止めた。

 

「俺は、嫌だ。君が死ぬことを考えるだけで、気が狂いそうになる。その原因になったものを全部飲み込んで、消してしまいたくなる。いいかい、もう二度と」

 

 顎に、人差し指と親指で触れた。彼女の唇が少し動く。

 

「二度と、自分を危険にさらさないでくれ。俺を思いやってくれるのは嬉しい。でもその考えは間違ってる。君が死んだら、色々巻き込んでから、俺も死ぬ。憶えててくれ。これからずっと」

「灰様」

「もちろん君の話もわかるんだ。安心して。俺は、君のことと同じくらい、俺のことも大事にしている。だから、これからは気をつけるよ。決して、自分を犠牲にすることなんてしない。君と少しでも、長くいたい」

 

 彼女は、大きく息を吐き出した。まるで今までずっと呼吸を止めていたかのように。その吐息が口にかかって、貴樹は頭の芯がぼやけていくのを感じた。今なら、樽五杯分の飯をたいらげられる気がした。

 

「聞いてくれ」

 

 相手の瞳の中に写っている自分が、よく見えた。そこまで細かく拡大されたかと思えば、彼女の顔全体がよく見えるくらいまで意識が遠目になることもある。彼女の薄い唇しか、目に映らない瞬間もある。

 合わさって、溶けていく感触だった。視線が合い、深く落ちていく。

 

「君はもう、勝手に傷つくことは許されない。俺のものだからだ。離れることも許可しない。ずっとそばにいてくれ」

 

 顔を歪めることもなく、声すら漏らさずに。

 静かな涙を、火守女は流していた。

 そのこぼれていく透明な液体を、今まで見たことがないほど綺麗な宝石だと、貴樹は考えていた。

 

「はい、はい…」

 

 彼女は柔らかく微笑んだ。はっきりとした笑顔を見たのは、これで二回目だった。これが二回目になるなんて、素晴らしい幸運だと彼は考えていた。

 火守女は顔を少しだけ動かし始める。

 

「私は貴方の、タカキ様だけの……、火守女です」

 

 相手の顔が、横にずれた。

 あれ、と思った時には頬に何かが触れる。何なのかはすぐにわかったが、頭の中に入りきる前に、視界が揺れた。

 彼女はすぐに離れた。そしてやや恥ずかしそうに、人差し指を口元へ持っていく。その先が唇に触れるのを、爆発した脳内ではっきりと認識した。家族からのものよりもはるかに強烈な接吻の感触が、肌から骨にまで響き、心臓まで届くようだった。

 貴樹は、もんどりうって気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 ばちん、と頬が叩かれる。

 リリアーネとユリアが、既に部屋の隅まで避難していた。

 張り詰めた空気をまるで無視して、入り口の扉がぞんざいに開かれる。

 

「おーい、シモダ。シコってるとこ悪いな。大事な話が…。……あっ、すみません。間違えました~」

 

 適当に入ってきたノミは、睨み合っているちとせとヨルシカを認識すると、即座に退却していった。何が太陽の長子だと、下田は呆れた。できれば強引にでも自分をここから連れ出してほしかったが、当てにするだけ無駄だということだろう。

 どうして、こんな状況になっているのか。

 初めは単純だった。貴樹から頼まれたことを済ませた後、それなりにいい気分で自室へ戻ろうとした。これからの予定を考えるために。その途中で、ちとせとばったり会ったのだ。

 彼女はもうほとんど体調が回復していた。色々と心の準備をしてから話をしにいこうを思っていたのに、何の前触れもなく鉢合わせてしまったので、少しの間気づまりな沈黙が続いた。

 意を決して話そうとすると、先に彼女の方が口を動かしていた。        

 

「話があるから。あたしの、部屋にいこ」

 

 彼女はあえてしっかりと目を合わせてきていた。だが、下田の方はまだ余韻が残っているせいで、まともに直視できない。そのせいで言葉が出ないでいると、彼女は腕を掴んできた。

 

「あんたの部屋でもいいよ。決めた。さっさと案内して」

 

 少しの間彼女を観察すると、やや目線を斜めに逸らして、髪をいじっているのが分かった。毛先を重点的に手で弄んでいる。下田もよく目につくと思っていた部分だ。髪の毛の先が丸まっているのは、小動物みたいな印象を与えてくる。

 下田は頷くと、おずおずと先を歩き始めた。

 そして、当たり前のように隣に出現している存在の足を踏みつけた。

 

「おい、何してんだお前」

「それはこっちの言葉です。殺されたいのですか?」

 

 ヨルシカは鋭い目つきで直視してくる。

 彼女の言葉は無視した。見えない体を使って下田の不意を突こうとしてくるのは、今まで二回あった。だが攻撃しようとすれば当然察知できるので、全て失敗に終わっている。下田が反撃に出ないのは、そうする前に相手が去っていくからだ。正直、原理のわからない行動だった。

 

「邪魔をするな。用があるなら後にしろ」

 

 下田にではなく、ちとせに顔を向けた。

 

「二人で、どこに行くつもりですか?」

「関係ないだろ」

「アキの部屋に行くの」

 

 振り返ると、ちとせは真っすぐヨルシカを見ていた。

 

「ちとせ?」

「そうですか。ならちょうどいいですね。早く向かいましょう」

「は?」

「貴方に言われなくても、そうするから」

 

 両者とも、それ以上何も言うことなく、下田を向いてきた。何かを確認するように。はっきり言って、まだ状況を飲み込めていなかった。数秒沈黙を保ってから、どうやらどちらも連れていくのだと理解した。質問は許されない空気だったので、不可解な気持ちになりながら歩きを再開する。

 そして部屋に入ると、既に先客がいた。リリアーネは下田のベッドに腰かけていて、ユリアは壁に寄りかかっていた。

 振り返ってみても、あまり参考にはならなかった。

 これでいきなりちとせがヨルシカの顔を平手打ちした経緯が、わかるはずもない。

 本当ならば痛快な気分になるはずだが、今だけは違った。なぜか下田は、息苦しいものを感じている。彼女たちが厳しい表情で睨み合っている時間が続くほどに、なぜかその矛先が自分に向けられている錯覚に陥った。 

 

「私は、絶対に許さないから」

 

 ちとせが静寂を破った。

 

「アキはちょっと、あれだし。甘いかもしれないけど。私は貴方をずっと許さない。してきたこと全部、彼に償うまでは絶対に」

「シモダ」

 

 ヨルシカの方はまるで相手しないと言いたげに、鼻を鳴らした。

 

「殴られました。殺してもいいですか?」

「そうしたら、お前を殺す」

 

 ソウルの矢を突き付けると、さらに可笑しそうな顔になった。

 

「ふふ、嘘をつくのが下手ですね」

「何だと?」

「だって、殺せなかったじゃないですか。無理なんでしょう? みっともなく泣いてましたもんね。どうして、どうしてって」

「それ、本当なの?」

 

 ちとせもまた、こちらを向いてきた。

 

「説明して」

「え、いや…」

「私は彼と、とても濃厚な時間を過ごしました。今までにないような…。忘れることはできません。ですが結局、この男の本性はそういうものだった。何一つとして決めたことも貫き通せない」

「何それ。初耳なんだけど」

 

 ちとせの顔は下田へ固定されたままだった。

 

「だからさ……」

「当然、今のままでは納得できません。私達は今一度、殺し合いをするべきだと思います。途中までは上手くいっていたんです。何が駄目なんですか? 私を殺す気に、どうしたらなってくれますか?」

 

 下田は座りたくなり、椅子を探した。しかし、既に占有されている。

 ちとせは、ベッドに腰かけていた。枕の方にどちらかといえば寄っている。対してヨルシカは丸椅子に座っていた。とんとんと、小さな机を指で叩いている。

 

「なんか、おかしくない? 流れがさっぱり」

「ですから、どうしたら私への殺意を取り戻せるのかと訊いているのです。繰り返さなければ質問の意味も理解できませんか。脳に深淵を飼っていただけのことはありますね」

「あのさ」

 

 ちとせは舌打ちをした。

 

「その、人を食ったような口調どうにかできないの? これ以上アキを悪く言ったら、もう許す余地なんてなくなるから」

「低俗の思考は、理解できません。どうして貴方の許しを得る必要があるのですか? ろくにものを知らないせいで、態度も大きくなりがちですね」

「うわ、やっぱり酷い。記憶の中でも考えてたけど、いくら美人でも心が醜いと、顔に表れるんだね。鏡で確認したら? 自分の新しい一面を見れるかもよ」

「確証が取れました」

 

 ヨルシカは、指先で机の表面に穴を空けた。

 どこか現実感の伴っていない瞳が、下田とちとせの間を交互に移動する。

 

「チトセを殺しましょう。そうすれば、シモダは元に戻ってくれますよね? 戦ってくれますね。そうすれば、あれをまた…」

「あれ? あれって何なの。やっぱりおかしい。アキ、隠し事してるの。あたしが寝てる間、何があったのか教えてよ」

「貴方は知る必要のないことです。だって…、関係ないですから」

「あるもん。関係ある!」

「大丈夫ですか? シモダ、念のためにこの女を殺してみましょう。様子がおかしいです。誰かが擬態で化けている可能性もある」

「ふざけんな」

「不満があるなら、貴方が戦いますか? すぐ楽になれますよ。首を捻じ切って…」

「ま、まあ、冷静になりなよ。ヨルシカ様。それに、チトセ」

 

 恐る恐ると言った感じで、リリアーネが両手を挙げた。すっかり困り果てている下田の隣に立つと、頬を指で押し込んでくる。

 

「えっと、つまりこれで争点ははっきりしたわけだね」

 

 二人分の鋭い視線を浴びた彼女は、すぐに下田から離れた。苦笑いしながら、手を大きく打ち合わせる。それを何度か繰り返す。

 

「ヨルシカ様。いいですか? 貴女の求めていることは理解できました。私には、考えがあります」

 

 ヨルシカは殺意の方向を変えかけていた。

 

「何を、わかったというのですか? 思い上がった黒教会の女。あまり不快な言動をすると、姉共々腸を引きずり出しますよ」

「落ち着いてくださいって。思うに、貴女はかなり興奮なされているんだと思います。今までにない体験をしたから。人であれ、それ以外であれ、生きている以上未知への耐性を得るのは難しい。ましてそれが快楽を伴うものであるなら、繰り返すことへの欲求に逆らうことも」

「はあ」

「憶測でしかないんですが、ヨルシカ様はそこのシモダと戦った時、ソウルを摂取したものと考えられます。彼のソウルを。誰だって、感動はしますよね。私も羨ましいなって思ってますから」

 

 理解できないことを飲み込むのに集中し始めたせいか、ヨルシカの雰囲気は落ち着いていった。思考する間が空いてから、怪訝そうな視線がリリアーネへと向けられる。 

 

「何を言っているのですか?」

「殺し合いというからには、血が飛び交うわけです。貴女とシモダの戦い方からして、肉片もたくさん飛び散る。シモダのソウルを直接取り入れてしまう機会に恵まれているんです」

 

 ヨルシカは、何も口を挟まなかった。

 

「ですが、冷静になってください。相手のソウルを味わうのに、殺し合いをしたり、食べる必要はないんです。もっと前向きな案があります」

「それは?」

 

 リリアーネはもったいぶった。その時の顔には、下田は憶えがある。何か場を乱すときの発言を口の中に溜めているような表情。下田をからかう時も、よく同じものを浮かべていた。まるでいい予感はしない。

 さらに数秒置いた後、彼女はにやにやしながら言い始めた。

 

「ソウルというのは本来、大事に扱われるべきものです。簡単に移動なんてできません。しかし、例外はあります。ソウルの交換。循環と言い換えてもいいですね。二者の間で、それが成立する場合があります。男女の間で合意があった場合に」

 

 理解をしていないのは、もはやヨルシカだけだった。

 

「ですから、遠回りな表現はやめなさい」

「つまりですね、殺し合いなんかよりもよっぽど健全で、本能に沿っている行為。閨事(ねやごと)です。房事(ぼうじ)ともいいますね。……ええと、要はまぐわいです」

 

 場を静寂が支配した。

 リリアーネは特に気にすることもなく、楽しそうに続ける。

 

「とりあえず、期限まであと二日と少し。一日半くらいは準備と鍛錬に使いたいから、半日かな。それを三分割して…。あ、シモダの体力も考えないとね。適度に休憩も挟んで。私と姉さんの分は一括りでいいから」

「な、なな、なん…」

 

 ちとせは大げさでもなく熟れたトマトになっていた。片手でぎゅうううと、枕が歪められる。そこに寝る予定でいる下田は、皺が寄ったら嫌だなとあえて別のことを考えていた。正面から物事に対しようとしても、結局ついていけなかっただろう。話の展開が、あまりに急に感じられた。

 

「ば、ばかなこと言わないで!」

「あはは、チトセって可愛いね」

「だいたい、三分割って何なの。ありえない。おかしい!」

「んー? どこが?」

 

 ちとせは立ち上がる。

 

「全部よ! だって、そういうことは、ちゃんと、一人の相手と」

「え、じゃあ、どうやって決めるの? 私は殺し合ってもいいけど。それだったら、チトセが一番不利だよね。やっぱりシモダに選んでもらう?」

 

 ばっと彼を振り返った後、目が合う間もないままリリアーネへ顔を戻す。

 その表情は、やはりどこかおかしかった。なぜかここで、勝ち誇るような笑みが浮かんでいる。

 

「ふ、ふーん。勝負を捨てたってわけ」

「フフフ、その心は?」

「だって、わかりきってるでしょ。あたしはアキが大好きだし、アキもあたしを…」

 

 ちとせは自分の口を押さえて、ベッドに腰を落とした。ぎしぎしと、音が鳴る。彼女はそのまま横に倒れていった。さらにベッドの軋む音が響いた。枕に顔をうずめると、ばたばた足を動かし始める。

 

「くだらない」

 

 ヨルシカが立ち上がった。彼女はすっかり冷めた顔でいる。

 

「獣のような行為を、こんな男と? 頭がおかしい」

「そうですか? 肉体的快楽と、精神的快楽を同時に得られるんですよ? きっと前にヨルシカ様が味わったそれよりも、何十倍も強烈なのが来ます」

「そもそも、私がシモダのソウルに執着しているなどという出鱈目が前提になっているのも異常です。やはり、貴方達の意見に頼ろうとしたのは間違いでした。道が開けると思ったのに。…何だか興が冷めました。戻ります」

 

 一度もまともに下田の方を見ず、ヨルシカは出ていった。その足取りはいつもより早いような気がしたが、どうでもいい。

 下田は場の空気に押しつぶされそうになりながら、なぜか貴樹に再び会いたくなっていた。

 いや、妥協するならノミでもいい。とにかくくだらない話を気楽な気分でしてみたくなっていた。それどころか、ジークバルドと酒を酌み交わしてもいいと考えている。フォドリックに鍛錬を手伝ってもらうのも手だ。この雰囲気から脱出できるなら、誰だって歓迎する。

 ちとせが棒のような姿勢で、立ち上がる。ささっと枕の位置を戻してから、早足で扉に向かい始めた。

 

「ちと」

「こんなはずじゃなかったのに…。もっと…、ちゃんとした……。最悪…」

 

 真っ赤な顔でつぶやきながら、去っていく。声をかけようとしても、聞き入れられない雰囲気だった。下田はもともと彼女にだけ用があったので、追いかけることを選択する。

 だが、それは阻止された。

 リリアーネが肩を掴んで、引いてくる。

 

「まだ話は途中だよ。退席は禁止」

「引っ掻き回したかっただけじゃ」

「ふーん。君はそういうふうに考えるんだね」

 

 彼女はベッドに座る。ユリアも、空いた木の丸椅子に腰かけた。

 不思議に思った。もしかすると、先ほどから全く状況は変わっていないかもしれない。人数は減ったのに、なぜか少しも落ち着く気分にはなれなかった。

 リリアーネは枕を手に取ると、膝の上に乗せた。縦に向きを変えて、抱きかかえるようにして持つ。

 

「で、こういう感じになっちゃったから、仕方がないよね。時間の配分はともかくとして、順番は私達が一番最初ってことで」

「だから、意味不明なんですよ」

 

 下田は床に座り込んだ。掌の底で額を何度か叩く。

 

「おかしいじゃないですか。いくらなんでも。どうしてそういう話になっちゃうんです? 僕のソウルなんて、べつにどうでもいいと思いますけど」

「そうだね」

 

 彼女のにこにこしている顔を見ていると、何だかとらえようのない靄を理解しようとする感じがした。

 

「だったら…」

「でも、私達は別の事情もあるからね。というか君が言ったことじゃん。私達の、王になってくれるんでしょ? そろそろ、誓約を結んでくれると思ってたんだけど」

「それがどうして、そっち方面の話につながるんですか」

「君はずるいね」

 

 瞳の雰囲気が変わる。艶の含んだものになる。

 

「わかってるくせに。つながりが深い方がいい。誓約はそういうものだから」

「いやでも…。あの、ユリアさん? 妹が狂ったこと言ってますけど。止めてあげてください」

 

 言われた次女は、リリアーネに呆れた目を向けた。

 

「そうだな。いつもお前は性急がすぎる」

「えー」

「まずは言うべきことがあるだろう」

 

 ユリアは椅子から立ち上がり、すぐに膝をついた。下げられた頭は下田に向けられている。腰に刺していた刀を置き、綺麗な礼をした。

 

「不出来な我ら臣下を救ってくださり、真にありがとうございます。あの神代の騎士達にも食らいついていたそのお力、改めて尊敬に値します。どうかこれからも、我らを遠慮なくお使いください。共に願いを果たしましょう」

 

 顔を戻すと、じっと見上げてくる。その目からはもう、怜悧な印象はほとんど拭い去られていた。だが、別の方向で怖い気がした。まとわりついてくるような熱が、含まれている。

 

「もはや、我らの全ては貴方様のもの。遠慮はなさらないでください」

「わあ、私よりも、姉さんの方が大胆」

 

 下田は口を開けたまま二、三秒固まった後、ちらりと扉を確認した。

 

「待ってください。事情は変わりました。僕の体を見てください。もう、あの膿は消え去っています。資格がないのでは? 正直、亡者の国とか…、興味ないですし。別を探せば、きっともっといい候補が」

「うーん」

 

 リリアーネが、後ろから手を伸ばしてきた。肩に指をかけると、ゆっくり引いてくる。抵抗しようと思えばできたのだが、重くなっている空気の中では、あまり体の力が入らなかった。ベッドの端に座らせられると、そのすぐ隣まで彼女が腰をずらしてくる。

 

「なるほどね。君はどうやら、さっきからずっと勘違いしてる。まあ言いたいことはわかるよ。ちょっと前までなら、頷いてたかもね」

 

 ユリアが静かに、下田の左を陣取った。彼の腕をそっと握ってくる。

 

「でもさあ、あのノミって男から、無理やり見せられたんだよね。色々と」

 

 リリアーネの目は固体が溶けかけているような感じだった。どろどろした粘着質な視線を両方から浴びている下田は、背筋に汗をかき始める。

 

「あんなに…、してくれちゃって。その右手で私の顔を潰したんだよね? また、姉様って呼んでくれると嬉しいな。行為の最中だったら、もっと嬉しい。君なら私達のダークリングにも臆さない。いっぱい、可愛がってくれるよね」

「私の技の足りていない所も、教えてくださると助かります。ですが、その前に。感謝を示させてください。上手くできるかは、わかりませんが」

 

 下田はいっそ両手を挙げて、降参をすればいいのかと思った。そうすれば、この演目が終わってくれるのではないかと夢想した。

 

「僕は、別にそんな気なんて…」

「人を、堕落させるものだっけ」

 

 リリアーネは人差し指を唇で挟んだ。

 

「酒、クスリ、タバコ。後ろ二つはよくわからないけど、それらに溺れてみて、新たな視座を得る。いい試みだったと思う。でも、ちょっと、いいかな? 私にもわかるよ? どう考えても一つ、抜けてるものがあるよね。良い機会だし、女の味も知りなよ」

 

 唾液のついた指で、彼の側頭部を撫でたあと、息を吹きかけてきた。唇を近づけ、耳に密着させてくる。

 

「それにさ、あんまり君の気持ちとか、関係ないから。私達、もう君以外なんて考えられないし。逃げられると、思わないでね? …絶対に、離さない」

 

 その低くなった声にかすかな震えを感じ取った瞬間、下田は転移を始めていた。

 自分の部屋の外に出現すると、すぐさま走り始める。背後で扉が吹き飛ばされた音が聞こえたが、止まらなかった。魔術での移動法にも頼り、祭祀場の居住区を駆け抜けていく。

 いつの間にか、並走している存在がいた。

 

「うわっ」

「よお、話は終わったのか」

 

 ノミは走りながら、後ろを一瞥した。

 

「…終わってないみたいだな」

「もっと早く、助けてくれれば」

「どうだかな。もっとひどくなってかもしれないぜ。おれには相談すんなよ。むしろおれがしたいくらいだから。ね、たらしのシモダさん」

「好きでこんなことには…」

「まあいい。このまま列席場に向かうぞ。作戦を皆で立てる」

 

 下田は長々と息を吐き出した。

 

「わかりました」

「それと、最初に言っておくことがある。重要な話になる」

 

 ノミは前を向き続けていた。

 

「お前の母親に関することだ」

 

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