火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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67.輪の都会談

 貴樹だけが、決められた時間よりも遅れてやってきた。

 既に篝火の広場にはほとんどが集まっている。出発する者と、それを見送る者。兜の隙間からでも、その様子がはっきりと理解できた。

 最後に離れたのが、ちとせだ。下田の手を握って小さく何かを話した後、顔を赤くしながら無事を願う言葉をはっきりと言った。

 がしゃがしゃ鳴らしながら広場に踏み込むと、全員の視線が集まってきた。そこには多分に称賛が含まれているのだろうと勝手に想像しながら、篝火にたどり着く。

 

「すまんすまん。足の部分だけが決まらなくて」

「あ、ああ。ま、時間ねえし。行くぞ」

 

 貴樹は火守女に手を振った。かなりぎこちない動作になってしまう。

 

「じゃ、さっと行って帰ってくるから。約束、憶えててね」

「はい、気をつけてください」

 

 唯一貴樹だけが、ほとんど緊張していなかった。彼だけピクニック気分で向かおうとしている。準備にほぼ全ての時間をかけたのも関係していた。無理矢理付き合わせたアンドレイは、工房の奥で泥のように眠っているだろう。

 もちろん、油断はできない。貴樹はもうある程度グウィン達のことを信用していた。地球を滅ぼすという世紀の偉業を成し遂げた者達に、どう悪感情を抱けと言うのだろう。だが、転移し終わった瞬間、何かをしかけてくるとも限らない。

 貴樹は、臨戦態勢に入った。息をゆっくりと吸い、腰の両側に収められている得物へと手をかける。

 ノミはそれを呆れたように確認してから、声を張り上げた。

 

「どんな結果になっても、覚悟はしておいてくれ。おれ達は全力を尽くす。皆の未来のために。行くぞ」

 

 篝火の炎が弾け、視界が移り変わる。

 輪の都。

 貴樹の記憶では、ゲームにおいて最後の舞台となった場所。最初の小人、つまり人間が治めていたというが、実際はどうなのか。かなり、その権力構造が変わっていることは確かだ。広がる荘厳な都市世界は健在だが、実態はまだわからない。

 正直、がっかりしていた。

 転移が完了しても、何も起こらなかったからだ。誰も、襲ってくることはなかった。

 

「なあ、おい」

 

 ノミがこちらを向いて尋ねてくる。

 

「あ? なんつった?」

「お前、まさかその格好で向かうつもりか?」

「もっと大きい声で話せよ。聞こえねえ」

「完全にサイズ間違えてるだろ、それ」

 

 下田とヨルシカも、理解しがたい顔で見てきていた。

 貴樹はそれらに対して、納得できないと言いたげに鼻を鳴らす。兜を上にずらし、口を露出させた。

 

「格好いいだろ」

 

 彼は、自らの鎧姿を誇っていた。一番自分の中でかちりとはまった、騎士の装備を全身に身に着けている。ただ、自分の体格と完全に合っている装備を作ってもらう時間はなかったので、多少大きめになってしまっている。それでも彼の膂力で無理やり動かされているために、動くたびに大きく金属音が鳴った。歩く騒音と言っても過言ではない。

 ずっと、望んでいたことだった。途中から慣れてしまっていたが、拳などではなくちゃんとした「衣装」を着て、この世界を堪能したかったのだ。

 

「腰ので、戦うつもりか?」

「知ってるだろ? 剣のたしなみもある」

 

 二本の大剣を握り、自分の考えた見栄えのいい構えをとる。他の者達はさらに微妙そうな顔になったが、武器の刃のきらめきに酔っている貴樹にとっては意味もないことだった。何を持っていくのかもたくさん悩んだが、結局二本持ちを選んだ。

 一番外見が変化したのは貴樹だが、他の者達も今までと同じというわけではない。

 ノミは、防具を新調していた。さほど見た目自体は前と変わらないが、割れていた部分や粗末な作りのところがすっかりなくなっている。

 下田は今までと同じ動きやすそうな衣装を重視しているようだ。というか、ただの運動着だった。大方ミレーヌのインベントリから出してもらったのだろう。ただ、何かを背負っていた。不可視化させているが、かなり長い物であることはわかる。

 ヨルシカは、いつものドレス姿ではなくなっていた。布面積が多めで薄い装甲が重ねられた鎧を着ている。腰の鞘には、白い直剣が治められていた。漏れ出ているソウルは、冷気が含まれている。

 彼女はずっと、下田の方を睨み続けていた。自分の不本意な思いをわかってくれとでも言いたげだ。いつも背中に流れていた亜麻色の髪は束ねられている。留めているゴム紐もまた、下田が手配したものだと推測できた。

 ずっと工房にこもっていたので、経緯はわからない。だがどうやら、下田はほとんどの時間を、彼女との模擬戦に使っていたようだ。ヨルシカの立ち振る舞いはやや変わっている。より隙の少ないものへと。

 対して興味もなかった貴樹は、味方の確認をそこで終わらせた。

 そして、広場の像近くで立っている女性と相対する。

 

「お前は、誰だ?」

 

 ノミが尋ねると、巨大な斧槍を持った女性は頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります。私はシラと申します。この都の王女、フィリアノ―ル様に仕える騎士です。大王の命を受け、案内として参上いたしました。私についてきてください。しかるべき場所で話されると、大王様は仰っています」

 

 緑衣のスカートをたなびかせて、彼女は歩き始めた。まず、貴樹が一番先に動く。思った通り、相手方もいきなり戦うつもりはないようだ。遅れている者達は罠を警戒しているようだが、馬鹿馬鹿しいと考えていた。そんなことを、グウィン達が仕掛けているはずがない。

 貴樹は、シラという女騎士が持っている武器を観察した。狂王の磔。元々は十字槍だったが、錯乱した小人の王の一人を刃に繋ぎ止めてからは、その性質もまた変化したという。括りつけられている遺骸は決して滅びることはない。

 今すぐにそれを奪い取って使いたいという欲が湧いてくるが、自制した。ちゃんと後でお願いすれば握らせてくれるかもしれない。自分が贅沢な悩みを持つようになったと、なんだか嬉しくなってきた。

 

「笑ってますよ…。前から思っていたのですが、あの男、狂っているのではないですか?」

「そういう人だから。というか、そんなこと考えてる暇あったら、復習をしろよ。気が抜けてるな」

「黙りなさい。背中に気をつけることですね」

「つくづく、小うるさい女だな」

「お前らさ、こんな時に喧嘩すんなよ」

「うるさい」

「貴方には関係ないでしょう」

 

 他三人の会話も、寛容な心で聞くことができていた。これもまた思い出の一つと思えば、悪くもない気がしてくる。

 シラは開けた道を素早く進んでいった。身の丈を超えている武器を持っていることも考えて、見た目通りの力ではないのだろう。だが、彼女の速さについてこられない程度の者は、この場にいなかった。たとえ初めての場所だとしても、止まることなくついていく。

 途中から、坂が多くなってきた。どんどん、上へと向かっている。それにしたがって、建物の外装も豪華になり始めた。ここがかつて繁栄していた都だというのなら、位の高い者が住んでいたのだろう。

 やがて、どこに向かっているのかわかりかけてきた。シラの歩みは迷いがない。最上階から長い塔が伸びている、最も大きな宮殿らしき建物へと真っすぐ進んでいた。

 大きな扉が目の前に広がる。シラはそれに手をかけると、力を込め始めた。重く軋みながら、徐々に扉が開かれていく。やはり、彼女の腕力もまた尋常からかけ離れているようだ。

 中に入ると、シラはこちらを振り返ってきた。

 

(ほう)

 

 その細目から覗く光は、明らかに一つの意思を表している。だが、貴樹にとってはどうでもいいことだった。自分に向けられたものではないと、わかっていたからだ。

 

「お会いしていただく前に、準備がございます」

 

 シラは一階部分の奥にある扉を指差した。

 

「シモダ様、ヨルシカ様。貴方達は僭越ながら、大王様にお会いするのに適した衣装とは言えません。私についてきてください。しかるべき衣装を用意しています」

「武器は、手放すつもりはありません」

 

 ヨルシカが言うと、相手はすぐに頷いた。

 

「構いません。貴方達全員、許可されています」

 

 危なかった、と貴樹は息をつく。もし選び抜いたこの二本の武器を手離すことになったら、作戦は失敗していた。まずは試し切りとして、この女性の体を真っ二つにしていただろう。

 下田とヨルシカは、一瞬だけお互いを見合った。どちらかといえば、彼女の方が緊張しているようだ。二人の間でどのような意思疎通がなされたのかはわからないが、シラの案内に素直に従う。

 

「待て」

 

 ノミが、歩き始めたシラに向かって言った。

 

「おれ達は、どうすればいい。ここで待ってればいいのか?」

「いえ。中央階段を上がって、廊下を進んでください。一番奥の扉を開ければ、別の案内がいるでしょう」

 

 ノミは意味ありげに貴樹を見てくる。おそらく、判断を仰いでいるのだ。こんな所で味方が分断されるのは危険だと考えてもいるのだろう。確かに客観的に考えれば、下田はともかくとして、ヨルシカまでも不適格だと判断されるのはおかしかった。その軽鎧姿が駄目なら、ノミと貴樹も失格しているはずだ。

 だが、ここで指示に逆らうというリスクを取るのも考えものだ。一応、彼らは対話の意思を示してきている。それに対してこちらから泥を塗るのは愚かだろう。

 という表向きの考えを込めて、貴樹は黙って頷いた。そして中央階段へと歩き始める。ノミも納得したようで、後をついてきた。

 貴樹は、シラに案内された二人が扉の中に入っていくのを確認した。

 

(よし、これで二匹処理完了)  

 

 足取りに、高揚が表れないようにする。少しは純粋に、この観光を楽しめる気分になってきた。

 二階に上がると、確かに長い廊下が続いている。そろそろ視界の狭さが気になってきたので、貴樹は兜を脱いだ。そして顔に当たる部分を無理やり破壊して、再びかぶる。もはや外見は気にしていなかった。自分が兜を身に着けているという事実だけで恍惚な気分になっている。

 一番奥の扉を開けると、個室程度の広さの空間に出た。左右には等間隔で灯りが並んでいる。まるで待合室のようだった。さらに続く扉の先が、目的の場所のようだ。

 ここに入ってくるのを、群青の騎士は待っていたらしい。

 貴樹とノミが近づいても、特に武器を動かす素振りを見せなかった。貴樹の姿をちらりと気にしてから、ノミに顔を向けてくる。

 アルトリウスは兜を脱ごうとして、止まった。

 

「何だ?」

 

 かなりの至近距離で、貴樹は舐めまわすように彼の装備を観察していた。拒絶の声が向けられても、しばらくの間やめない。

 

(はあああああ、欲しいいいい。かっけえ。今すぐにこいつぶっ殺して、俺のものにしよっかな。もう着れるんだし。中身の肉はいらん。でもだめだ、我慢しなきゃ)

 

 さすがにその殺意を、相手も察知していた。既に武器へと手をかけている。

 貴樹は肩をぐいと引かれて、ノミの方を向かされた。

 

「何してんだ。言い出しっぺはお前だろ。落ち着け」

「わかってるよ」

 

 だが、段々と求めるようになっていた。昨日散々練習した剣の錆になってくれる存在を。拳で直接肉を殴り潰すのもいいのだが、やはり武器で斬り裂くのも興味深かった。話し合いをしようと言ったのはこの男なのに、手を出しかけている。行き当たりばったりが良く似合う男だった。

 ノミもまたその危うさを理解したのか、手を扉へと向けた。視線はアルトリウスに向かっている。

 

「この先に、いるんだな?」

「はい」

「武器は回収しなくていいのか?」

「必要がありません」

 

 自分たちがいると言いたげに、騎士はきっぱりと結んだ。そして最後に貴樹の方を一瞥してから、扉を開いていく。

 続くノミと貴樹は、それぞれ別の緊張をしながら、中へと入った。扉を超えた先から、空気が変わっていくのが分かる。張り詰めたものではないが、密度が増したような感じがする。それはおそらく、先に見える長テーブルの一番奥に座っている存在のせいだった。

 グウィンは、己の左方を示した。

 

「座るといい。我らも興味がある。戦う前に、どのような話をかわすのか」

 

 アルトリウスは止まらずに、そのまま王に一番近い席へと腰かけた。彼よりも手前側の席は、既にいくつか埋まっている。ほとんどの騎士達が、入ってきたばかりの貴樹達を観察していた。

 貴樹は、ある意味緊張していた。垂涎の物がずらりと並んでいるからだ。特に、キアランの武器は回収すべきだと思っている。自分が曲刀と短剣を華麗に扱っている様を想像すると、それだけで、下半身に血が集まった。

 そのせいで、普通一番初めに気がつくことを、遅れて認識した。彼らから見て一番近くに座っている、巨大な緑髪の女性のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 なぜその武器を選んだのか、もし今の状況でなければ問いただしている所だった。

 ヨルシカは下田の視線に気づいても、無視をしていた。ただ前を向きながら歩いている。下田はその腰に下げられている、冷気の含まれた剣を見た。

 顔をしかめる。何度も短剣がいいと進めたのに、彼女は従わなかったようだ。ファランの速剣に沿える二本目としては、軽く刃渡りの短いものが最適なのだ。しかし、彼女は下田の指示を気に入らなかったらしい。

 その歩みに、疲労が表れていないことも確認した。休みはちゃんと取ったようだ。一日半ほど通しで戦っていたので、いかに彼女といえど響いてくる可能性がないわけではない。それだけ、下田は厳しくしたつもりだった。

 

「何ですか?」

「うん?」

 

 ヨルシカは視線も向けずに訪ねてきた。シラがいるせいか、その声はかなりひそめられている。

 

「見ないでください」

「お前、緊張してるのか?」

「何を根拠に」

「ここに入ってからずっとだ。来たことがあるのか?」

「…似ているというだけです。王の一族が住んでいた、ロードランの宮殿に」

「ああ、わかったよ。そりゃあ嫌だよな。良い思い出があるはずない」

「口を針で縫い付けてもいいのですよ?」

「いいぞ。その調子だ。話した方がましになる」

 

 ヨルシカは唇を固く結んでから、足を近づけてきた。少し上げて、下田の足を踏みつけようとしてくる。

 しかし、その直前でシラが立ち止まった。

 

「この先で、準備をしてもらいます」

 

 彼女が開けようとしているのは、かなり大きな扉だ。入口のものよりも大きいかもしれない。違うのは、その材質だ。明らかに占めている金属の割合が違っている。これはかなり頑丈そうだ。

 重そうでもあるそれを、シラは平然と押し開いていく。

 先の空間は、吹き抜けになっていた。上の方に見えるテラスが、差し込む光によって輝いている。誰かの気配があるような気がしたが、はっきりとはわからなかった。

 

「奥へとお進みください。私もすぐに続きますので」

 

 シラは扉の開閉作業を行っている。一瞬観察してから、下田は前へと進み始めた。

 それなりに広い場所だ。明るさもある程度調節されている。普段は、どのような用途に使われている場所なのだろう。

 少なくとも、衣装部屋ではない。大王に会うのにふさわしい服とやらが並べられているわけでもない。

 下田は深呼吸をしてから、横に手を伸ばした、そこには、ヨルシカの腕がある。彼女は掴んできた彼を怪訝そうに睨んできた。

 自分の側へと、引き寄せる。下田は右に飛びながら、ほとんど彼女の腕を抱きかかえていた。

 

「なん…」

 

 咎めるような声は、途中で遮られる。

 先ほどまでヨルシカが立っていた床が、大きくへこむ。一瞬後に、おぞましい見た目の槍が床に叩き付けられているのだとわかった。

 下田は自分が持ってきた得物を握る。

 

「やっぱり」

 

 見えない体を解除したシラは、もはや隠すことなくその細目を悪感情で満たしていた。

 

「汚らわしい竜の末裔共め」

 

 今からでも、貴樹達と合流するべきか悩んだ。あっちも、騙し討ちをされているかもしれない。自分達を分断して、楽に撃破する。相手が話し合いなど望んでいないと、ほぼ確定したのだ。

 だが、わからなくなっていた。

 はたして、この場から無事に逃げることができるのか。

 テラスの方から、誰かが姿を現した。軽々と柵を飛び越えると、自然な体勢で降ってくる。重い鎧姿なのにもかかわらず、床に着地してもほとんど余計な音を立てなかった。金の手甲を動かし、己の十字槍へと添えた。

 下田はそれなりに早くヨルシカの腕を離した。それでも、伝わってはきていた。彼女の震えが、わずかではあっても感覚できた。

 

「オーンスタイン様、私だけで」

 

 シラの言葉を、槍を振って遮る。

 その獅子兜は、下田に向けられていた。

 

「スモウは」

「…」

「まだ、眠っている。遠くないうちに目覚めるだろう。奴はうわごとを漏らしていた。その望みを叶えてやろうと思っている。貴様の首を、奴の枕元に添えてやろう」

 

 下田は、相手と同じことをした。

 自身の槍に、雷を纏わせる。それは合理的な行動でもあり、相手の気迫に負けないようにする一種の儀式でもあった。

 シラもまた、閃光を弾けさせた。斧槍を持っていない方の手に、弓を形作る。全て雷で構成された弓を。その矢もまた、同じものでできていた。下田は妙な感動を覚えた。どうやら、ちゃんと術として確立されているようだ。

 

「ヨルシカ、聞いてるか?」

「どう、どうやって…」

「複数戦のやり方は、わかってるだろ」

「逃げるべきです。勝てません。どうしろと」

「やるか、死ぬかだ。散々やったろ。楽勝だ」

「貴方という男は」

 

 最初は、シラが仕掛けてきた。

 一気に三本の矢を放ってくる。どれも反詠唱で処理できる類のものではない。雷には雷を。下田は即座にヨルシカの前へと回って、線を描いた。

 雷光の線。それを上手く変形させて、矢の全てを受け止める。相殺することには成功した。だが、次へとつなげるのは難しい。シラは距離を保っている。既に第二波の準備をしている。つまり、これから先も接近する気はないということだった。

 振り向きながら、ヨルシカの顔を蹴り落とす。それから自分もしゃがんだが、ぎりぎりで側頭部を削られた。

 オーンスタインは、下田への追撃をしようとはしない。初めから、わかっていた。彼はまず掃除をするつもりだ。下田をじっくりと追いつめる前に、邪魔な小石を消そうとしている。

 下田は、把管を絞った。

 まだ体勢を崩しているヨルシカ。その頭に向かっている十字槍の刃に向かって、突きを炸裂させる。今までならそれでも成功はしなかっただろうが、条件はそろっていた。下田の槍が、オーンスタインの攻撃を弾く。

 その時初めて、完全に獅子の意識が下田に向かったようだった。ヨルシカが離脱すると同時に、連撃を行う。手甲が異様な速度でぶれ、神速の突きが迫ってくる。

 最初の三発を、ほぼ完璧に防いだ。

 それだけで、オーンスタインが首を動かす。少しだけ、驚いているようだ。

 合間に来る薙ぎ払いにも反応し、体を曲げながら下田は把管をずらした。ほとんど抵抗はなく、最速で槍が伸びていく。

 オーンスタインはそれを石突の部分で防いでから一歩下がった。それから、興味深そうに下田の握っている武器を見た。

 かなり長いその槍を、息を吐き出しながら構え直す。

 管槍。

 かなりの歴史を持つ武器だ。利き手で握るより先に近い部分に、スライド式の管を設けている。そのおかげで、従来の物よりもはるかにスムーズに刺突を行うことができる。

 剣道三倍段という言葉をようやく実感してきている。槍などの長柄武器とまともに剣が戦うには、よほどの実力差がないといけないということだ。まして、神のような使い手を相手にするなら、剣や短剣で勝てる道理はない。

 それに、下田にとって管槍は、最も扱いに慣れているものだった。一番得意だと言い換えてもいい。扱っている時間は他よりも短いものの、はっきりとわかっている。自分に合っていると、あらゆる感触が物語っていた。

 さらに、下田は己の体の変化も感じていた。オーンスタインの突きを何度か受けたというのに、ほとんど手に痺れが残っていない。どうやら、明らかに身体能力が向上しているようだった。動作が速くなっている。

 原因はわかっていた。

 未だ集中しきれていないヨルシカに短く言う。

 

「狙う相手はわかってるな? やるぞ」

 

 彼女はもっとうまく動けるはずだ。何せ竜の血が濃く、全身を駆け巡っているのだから。血を与えられた下田でさえ、かなりの効果を感じている。その大元なら、もっと素早く戦えるはずだった。

 シラの矢をかわしながら、ヨルシカ を見る。下を向いて、呆然と床を眺めていた。立ち上がりきれてもいない。

 こののろま、という意味も込めて、下田は跳躍した。途中でオーンスタインの槍を受けながらも、彼女の横腹に蹴りを叩きこむ。

 

「戦わないのなら、僕もそうする」

 

 ヨルシカは急に顔を上げた。

 

「お前を殺してから、黙って殺される。何もせずに」

「く…」

 

 びたん、と白い肉が叩き付けられる。

 尻尾を苛立たしげに揺らした後、青白い針を作り出した。それらは彼女の詠唱によって周囲に拡散していく。同時に下田もまた、ソウルの弾丸を飛ばしていた。針と弾が絡み合い、ぶつかり合い、小さな爆発を起こしながらまき散らされる。

 シラはその回避に気を取られて、雷矢の軌道を崩した。

 一方でオーンスタインは気にも留めずに突っ込んでくる。魔術がたくさん当たっても、その鎧には少しも効果がなかった。

 だが、騎士は直後、下がらざるおえなくなる。下田が呪術の扇を伸ばしたからだ。回避の軌道を先読みするかのように、さらに変形する。槍の刃で端を斬り裂き、できた隙間から前進しようとする。

 途中で、十字槍を上に構えた。柄の中央部分に、白い刃がぶつかる。

 ヨルシカはイルシールの直剣をさらに押し込もうとする。

 しかし、すぐに呻き声を上げた。

 オーンスタインが槍から雷を伝導させ、彼女の体に放っていた。できてしまった隙は、致命的だ。その追撃によって、ヨルシカの頭が破壊される、

 前に、下田の刺突がオーンスタインの兜に直撃していた。

 ヨルシカは即座に離脱、向きを反対に変えて走り出した。狙いは、既に理解しているらしい。

 向かってくるオーンスタインの雷を相殺しながら、下田は軽く頷いていた。ようやくヨルシカは、冷静になってきたようだ。

 炎を獅子へと飛ばしてから、後ろへ跳躍する。

 ヨルシカもまた、シラへの接近を試みていた。

 弱い方から殺す。

 何度も言い聞かせたことだ。とにかく、数を早めに減らすことが先決だった。

 

「死ぬ気でかわせ!」

「黙りなさい」

 

 シラは素早く何本もの矢を放ってくる。その全てが、ヨルシカにとっては必殺になりうるものだ。彼女の再生能力が効果を発揮しない。だから、受けることも無意味だ。かわすしかない。

 彼女は、おそらく思い出しているのだろう。散々、下田に同じ状況を体験させられた。結局彼女の最も苦手とすることを克服させなければならなかった。初めは全くやる気を見せなかったのだが、過度な挑発に弱い点を利用すれば簡単だった。

 持ち前の身体能力を使い、飛んでくる矢を避けていく。空中でも、身動きができないわけではなかった。既に、ヨルシカは魔術と魔術の融合反応に慣れてきている。ソウルの塊を踏んで跳ね回り、回避と同時に急速に前進できていた。

 シラは己の斧槍を立たせる。ヨルシカが迫っても、振るう気配がなかった。

 下田は知覚する。刃に絡みついている遺骸。趣味の悪い飾りとしか最初は思っていなかったが、徐々に膨らみつつあるソウルの躍動を感じた。

 叫ぶ間もなく、斧槍から白い光が拡散する。それを浴びても、ヨルシカは怯むことなくシラの胸へ直剣を振るった。

 が、刃はあっけなく弾かれる。相手の身に着けている胸当ては固そうだが、それでも彼女の膂力をはねのけるほどではなかった。

 シラの全身から、淡い光が立ち上っている。そこで、ようやく気がついた。今のは他者への術ではない。自分へのものだ。防御を強化している。

 ヨルシカに、斧の先が炸裂した。吹き飛ばされて、壁の方へと寄っていく。そこへさらに、雷の矢が迫っていた。

 下田はその破壊を試みるが、別のことに気を取られる。オーンスタインが追いついてきていた。それから放たれる雷撃にも対応しなくてはならなかった。

 意外にも、ヨルシカはすぐに体勢を整えた。

 彼女は、真っすぐ見ている。

 疾走してくる雷の矢ではない。

 その矢のほとんどを自身の雷で消した、下田のことをだ。

 彼の首が飛ばされるところまで、走りながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 どかりと腰を下ろすと、貴樹は腕を組んだ。両足をがしゃがしゃ鳴らしながら上げて、テーブルの上に乗せる。

 その行儀の悪さを直接してくる者はいなかった。そんな行為をする程度の者など眼中にないようで、ほぼ全員が無視をしていた。

 ある女性を覗いては。

 

「怒っていらっしゃるのですか?」

 

 高貴というよりは、神秘的な雰囲気をまとった彼女が、純粋な疑問を向けてきていた。貴樹はそれを受けてさらにふんぞり返る。そうでもしないと、相手の大きさに押されてしまいそうだったからだ。

 

「すみません。僕の方では、これが正しい礼儀なんですよ」

「まあ」

「僕は、代表として来ています。ですので、申し訳ありませんがそちらの流儀全てに従うつもりはありません。譲れないものがあります」

「堂々とした方」

 

 顔をこちらに向けて下ろしてくるが、目は相変わらず閉じたままだった。それでも、鮮烈な印象を与えてくる。片方の目元にはひびわれのような浅いシミができているが、それが逆に良い味わいを感じられるような美貌だった。白く、流れるようなレースのついたドレス。それにゆったりとかかっている緑の長髪。唯一の欠点といえなくもないのは、その大きさだろう。座っている姿だけでもグンダの背丈を優に超えている。

 

(なんで、こいつ起きてんだ?)

 

 王女フィリアノ―ル。王族の末女。

 もっとよく観察したいと思ったが、貴樹と彼女の間に手が割り込んでくる。

 

「近づくな」

 

 キアランは、怜悧な瞳で警告してきた。仮面を外している彼女は、想像と違わず針のような印象を与えてくる。

 いいねえ、と内心邪悪に笑った。こうして何となく戦う流れに持っていければ、自分の装備を存分に使用できる。むしろ待つことはせず今すぐに仕掛けた方がいいのではないかと、貴樹は狂い始めた。思考が溶けかけている。

 ノミがため息をつきながら、両足を掴んでくる。少し強引に引くと、テーブルの下に降ろさせた。

 グウィンが、キアランを制止する。

 

「ここは、刃を合わせる場所ではない。時間が限られている。本題に入る」

(ち)

 

 こそこそと、ノミが囁いてくる。

 

「おい、馬鹿てめえ。なんでずっと喧嘩腰なんだ。自分で言ったこと、憶えてるか?」

「でもよお、ちょっと奴らの一部くらい斬ってみてもいいんじゃないか?」

「鏡見ろよ。キマってんぞ」

 

 ばしばしと貴樹の頬を叩いてから、真面目な顔になって正面を向いた。グウィンへは一度も視線を向けない。

 

「よく聞いてくれ。これから話すことは、全員にとって希望の持てる」

 

 残りの言葉は、ふがふがと曖昧になっていった。隣から伸びている大剣の柄が、ノミの口を塞いでいる。その落ちくぼんだ目が我慢ならない様子で歪められ、ノミはテーブルに両手を叩きつけた。

 

「いい加減にしろやああああああ!」

「うるっせ」

 

 貴樹はおちょくるように耳を手で塞ぐ動作をした。掴みかかろうとしてくるノミをかわし、椅子を蹴りながら後退する。さらに突進してきた相手の方に足をついて、高く跳躍した。ちょうど空いているノミの席へと落ちていき、座る姿勢のまま収まる。

 手で口を押さえているフィリアノ―ル以外は、微動だにしていなかった。

 貴樹は微笑みながら、両手を広げる。

 

「どうやらこちらのアホが、無礼を働いたようで。まずは、謝らせてください。お互いに不幸な行き違いがあったのは確かですが、どちらかといえばこちらの非が多い。申し訳なく思っています」

「そのような言葉を並べるために、やって来たのか?」

 

 グウィンは背もたれに寄りかかった。

 

「もちろん、違います。僕は、建設的な提案をしに参りました。はっきり言いますと、僕には戦う気がない。今の世界の状況と、貴方達の力を理解してなお、争う選択を取るのは愚かというものです」

「では、火継ぎの完遂に協力するのだな」

「違います」

 

 他の黙っている者達からの視線が、より厳しくなった。

 

「言ったでしょう。より良い道があります。こちらが持っている情報として、深淵の勢力の内実が判明しています。打ち倒せば、生き残ることができるのではないかと考えています」

「なるほど」

 

 グウィンは腕組みをしながら数秒思考にふけった。それから、改めて貴樹の方へと顔を向けてくる。

 

「つまり我々の協力を、望んでいるのか」

「はい」

「夢想と断ずるまでもない」

 

 当然、わかってはいた。相手がこの話を最初受け入れるわけがないということは。

 貴樹はたいして動揺もせずに、相手へ同調する動きを示した。

 

「そうですね。足りないのはわかっています。保証がまるで足りていない」

 

 ノミがこちらを見つめながら、倒れた椅子を直し、座る。

 

「相手の力は未知数です。一応証言はありますが、あくまで一人の尺度からのものでしかない。もしかすると、僕達の誰も敵わないような化物が、混ざっている可能性もある」

「ほとんど間違っている」

 

 指摘にも、表情を動かさなかった。これは誘導だからだ。あえて本質とはずれた説明をすることによって、相手の意識を動かす。会話を、前へと進める。

 

「我々も知っている。深淵の主のことは。かの存在は、マヌスと呼ばれている」

(お、やっぱり聞いたことあるな。初代のボスだ)

「限りなく願望に近い推測だ。たとえあれを滅ぼしたとしても、意味はない。深淵とは、個を指すのではない。主がいなくなっても、消えることはないだろう。そしてその残りものでさえ、我々を滅ぼす要因になりうる」

 

 貴樹は、手を叩いた。

 

「仰る通り。さすがは、一度失敗している経験があると違いますね」

 

 しばらく、拍手の音は静寂に響きわたった。グウィンは是非の読み取れない顔で、貴樹の言葉を受け流そうとしている。その様子を面白そうに眺めてから、貴樹は頬杖をついた。声はさらにはっきりと出す。

 

「貴方がたは、偉業を成した」

 

 大王、騎士達を順々に見ていく。反応を観察する。

 

「地球に侵略し、新たな土地、ソウル、そして避難場所を作り出そうとした。滅びの闇から、逃れるための。先住民たちと敵対してまで。でも…、結局無理だったんですよね?」

 

 沈黙が、警戒の意味合いを含むようになっていく。話している男が本当は何者なのか、訝しむような視線も感じられる。

 

「深淵は世界を飛び越えてきた。そういうものだと、聞いたことがあります。だから、貴方達は偉業を成しましたが、成し切ることはできなかった。地球の人間を滅ぼしましたが、結局をそれを利用した上での目的の成就はかなわなかった。そうですね?」

 

 反応がなくても、それが答えだと十分に理解していた。

 貴樹は醜い笑いが漏れないよう、自重する。

 

「最初の火は、徐々に弱まっている。はるか昔から、その兆候はあった。だから貴方達は考えたんです。薪の、燃料の量を膨大にすればいいのではないかと。僕達人間は、良質なソウルの器らしいですね。それが七十億集まれば…、火の復活も容易いでしょう。地球への道が開けた瞬間から、そういう筋ができた。僕でも、そう考えます」

 

 ここでグウィンは、初めての顔をした。低く笑いながら、貴樹と目を合わせた。

 

「トミズ、タカキ…」

「深淵が、マヌス達がついてこなければ、成功していたはず。貴方達は新時代を作るつもりだった。新たな土地、新たな火。きっと、素晴らしい幕開けになったことでしょう」

「それが事実だとして、お前は何を言うつもりだ?」

 

 わかっているはずだった。既にグウィンは貴樹の考えを理解している。それでも彼の口から言わせようとしているということは、つまり拒絶の意思はないと示しているようなものだった。自分の思い通りに行くことが確定し、貴樹は隠しきれない笑みを浮かべる。

 

「マヌス達を倒すことで得られるのは、時間です。多少は、深淵の進行も緩和される。その間、何をするか。方法を見つけるんです。時間を超える方法を」

 

 そろそろノミが反応を示すと思っていたが、未だ静かなままだった。

 

「おそらく、プリシラはまだ生きているんですよね? さっきからずっと、気配がするんですよ。グウィン、貴方の体には誰かがいる。上手いこと利用する術を見つければ、彼女の力を再び利用できる。そういうつもりで、下田から回収したんでしょう?」

「やはり、お前は面白い男だな」

「僕達は、助け合うべきなんです」

(くくく…、千載一遇の好機……!)

 

 貴樹は仕上げと言わんばかりに、立ち上がった。

 

「今度こそ、共に悲願を達成しましょう。数千年前の失敗を取り返すんです。過去の地球へと舞い戻り、完璧な侵略を行う。できる限りの手助けをします。きっと成功するはずです。もう深淵の主は倒されているのですから」

 

 彼にとっての優先順位は、更新されていた。大事な女性の笑顔を、ちゃんとした好意を受け取った瞬間から、一位と二位以外の全てがそぎ落とされた。特に生徒達を筆頭とした地球に関する者達の存在は、いるだけで不快に思うようになっていた。

 

「代わりにお願いがあります。僕と火守女だけは、見逃してくれませんか。もちろん他の協力は惜しみません。大王の火を宿しているのは、高原ちとせという僕の生徒と、ヨルシカ。そしてフォドリック、ホレイス、クリムエルヒルトです。その全てを貴方へ捧げれば、より力は増すはず。これからの戦いの勝率にも影響するでしょう。そして」

 

 グウィンは口を開こうとしたが、貴樹にはその隙を与える気がない。言いたいことはわかっている。それなりに問題は重なっている。

 

「それを阻止しようとする者達の排除にも、協力する所存です。まず、下田彰浩。もう今頃死んでいるかもしれませんが、彼は罪深い。貴方がたにもはっきりと殺意を示した。僕としても遺憾です。あのような存在が、同じ人間として呼吸をしているのも堪え難い」

 

 貴樹は、自らの大剣に炎を流した。

 前の二日間、身に着けた技だ。自身の中に残されている最初の火の欠片。それと正面から向き合い、真の力を引き出した。

 武器を、そのために協力してくれた相手へと突き付ける。

 

「この、親不孝のマヌケも処理します。こいつも危険ですからね。いつ裏切るか、わからない。不安要素は全部排除しておきましょう」

「その精神構造を、理解するのは不可能なのだろうな」

 

 グウィンは興味深そうに言った。

 

「同胞の虐殺を、容認するのか?」

「同胞?」

 

 貴樹は身震いする。おぞましい言葉を聞いたかのようだった。

 

「やめてください。下等生物と一緒にされたくありません」

 

 ノミは完全に理解しても、あまり動じてはいなかったようだ。焦る様子はなく、貴樹を半目で見てくる。

 

「お前…、いっそ清々しいよ」

「敵が何か言ってますが、皆さん気にしないでください」

「こんなことして、火守女がどう思うか。お前に幻滅するぞ」

「どうだかな」

 

 貴樹はそこで表情を崩した。今この場にいない彼女のことを想像している。これからのことを考えると、我慢が効かなかった。ぐぐぐ、と息子の部分が盛り上がっていく。気持ちの悪い笑みをこぼした。

 

「俺と彼女の未来は明るい。これから頑張って……ひもりんをどろどろに依存させる。俺がいないと何もできなくさせる。楽しみだ。俺も彼女も依存するようになる。お互い以外何もいらなくなっちゃうんだ。最高の気分だよ」

 

 ノミは、呆れたように笑っている。

 

「童貞が何言ってんだか。…あいつの予測は、正しかったか」

 

 これ以上は耳障りなので、もう話が承認されたと仮定することにした。ノミの首に向かって、剣を走らせる。もちろん抵抗はしてくるだろう。だが、多勢に無勢だ。内心猿のようにけたけた笑いながら、戦闘を開始しようとした。

 が、その前に足元に違和感を感じる。

 震えが、伝わってきた。

 床が破壊されて、できた穴から体が飛んでくる。

 それに巻き込まれた貴樹は、吹き飛んで壁に激突した。痛みは全くなかったが、ぶかぶかの鎧が振動して、ぐわんぐわんと金属音が耳元で炸裂する。脳が揺らされているような気分だった。

 邪魔に憤りつつ、自分に覆いかぶさっている体をどけた。よく見ると、女性のものであることがわかる。

 シラは呻いていた。胸の鎧部分が砕かれている。そして、傷口に妙な冷気が淀んでいた。

 続いて、さらに下の穴から二つの影が飛び出した。

 彼らは体勢を整える余裕がないらしく、そのまま立ち上がった貴樹とぶつかった。今度は踏ん張って、倒れることを防ぐ。すぐに後悔をした。度重なる衝撃で、自分の鎧にひびが入っていた。避ければよかった。

 最後に這い出てきたオーンスタインは、体を完治させ終わった下田とヨルシカへ槍を向ける。

 

「お目汚しを。すぐに終わらせます」

 

 グウィンは少し考えるような顔をしてから、首を振った。

 

「よい。話を続ける」

(は? こいつら死んでねえのかよ。おいおいおい。想定外だなこりゃ)

 

 勢いが大事だと、貴樹は分かっていた。このまま状況が変わっていく前に、結論を急がなければならない。新しく参入してきた者達の印象に負けないよう、声を張り上げた。

 

「見てください。この通りです。僕は話し合いを望んでいたのに、この二人は過激な手段を取りました。大王、貴方も理解したでしょう。真に排除すべき敵が誰なのか」

 

 だが、貴樹はまだ気が付いていなかった。視認できなかった。言葉をかけたグウィンが、妙な表情をしたことに。ソウルの流れが、変化したことに。その流れは真っすぐ、ふらふらしている竜人の女性に向かっていた。

 

「もう、やめてください」

 

 体の芯が、定まった。

 ヨルシカの顔は今まで戦っていたとは思えないほど、穏やかになっている。もはや今の状況を全て理解したような様子で、下田が抵抗しようとするのを止めていた。貴樹の思惑をも、阻害していた。

 やがて、気づく。同時に下田もまた、まるで初めて会ったかのような表情で彼女を見つめた。

 ヨルシカは、目をつぶっている。彼女の傷は塞がっているが、かなりの量の血が流れ出したことは、跡でわかった。倒れていてもおかしくはない。それでもその立ち姿はしっかりしていた。

 雰囲気までもが、変わっている。実際彼女が表情を引き締めても、今までのヨルシカのそれとはどこか違っていた。今のヨルシカは、まるでヨルシカではないようだ。

 

「私達は、争うべきではありません。敵は明らかです。太古より、最初の火が見いだされる前から、深淵を退けることこそが使命でした。ずっと、思っていたことです。皆様、どうか私と彰浩の話を聞いてくれませんか?」

 

 プリシラは、決然と全員を見据えた。

 

 

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