火守女と灰と高校教師(完)   作:矢部 涼

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72.深淵の主

 最初に動いたのは、マヌスだった。少し振りかぶると、大きな方の左手を叩きつけてくる。 

 事前にかわしながら、貴樹はたいして真剣でもない思考に浸る。要は、さっさと済ませて戻りたかった。だから、とりあえず弱そうな方を潰すことにする。

 ウーラシールは接近に気が付いている。それでも何も構えることはなく、貴樹の斬撃を待っていた。

 

「なるほど」

 

 彼女の首へ食い込む直前で、貴樹は刃を傾けながら引いた。持ち手のすぐ上の部分が、削り取られている。断面の形からして、まるで強靭な牙でかじられたようだった。

 相手は、口を押さえながら下がっている。 

 かなり速いが、探知することは容易い。この女は、体の一部を転移させている。今のは口だけを飛ばして、貴樹の腕を食いちぎろうとした。

 不思議なのは、大剣の刃を食い破るほどの力を、どのように出しているかだった。どう見ても、このウーラシールは怪力の持ち主には見えない。

 風圧を感じて、貴樹は足を滑らせた。

 

(妙技)

 

 体を器用に曲げながら、二本の大剣を異なる軌道で流す。迫りくるマヌスの拳とすれ違いながら、両腕を高速で動かした。

 

(四の太刀、流水)

 

 黒い血が、あたりに飛び散った。反応からして浅い傷ではあるが、怪物の手にははっきりと斬られた跡がついた。彼は止まらずに、いったん距離取って二体の位置を把握する。

 既に三十まで技を考えていた。だが、名前だけだ。彼はかなりはりきっていたが、中身が伴っていない。先ほどのものも乱雑に動かしているだけで、他の技も同様であることは簡単に想像がつくだろう。

 グウィンの刺突を、マヌスは俊敏に避けた。その図体にしては、かなり動きが早い。普通のサイズの左手に杖を持っているが、必ずしも術師タイプではない。

 ウーラシールが、手に何かを持っていた。黒いもの。それが何かを理解した貴樹は、思わず嘲笑をこぼした。

 銃声が連続して響く。彼女が両手で持っているのは、アサルトライフルのようだった。どうして地球の武器を使えているのかはわからないが、どうせ大したことはない。貴樹は向けられる銃口を正確に把握して、弾を次々とかわしていった。

 グウィンに至っては、動いてすらいない。剣の腹の部分を前にして構えながら、向かってくる鉄の弾丸を全て防いでいる。こぼれたものも、魔術の盾によって捕まえられていた。

 銃撃の合間に、ウーラシールは何かを投げる。貴樹達の眼前にまで迫った後、強烈な閃光を発した。

 貴樹は目をつぶりながら、前へと走る。閃光手榴弾程度で足止めできると思っているのなら、大いに勉強不足だと思った。

 マヌスの殴打を、右の大剣で止める。

 その怪物の毛から、黒い靄が湧き出してきた。それは剣の刃を伝って、貴樹の体に到達しかける。

 直前で、剣を引き抜いた。

 体は守れたが、大剣は違う。刃の根元ごと、闇にもぎ取られていた。刃はすぐにマヌスの体まで引っ張られていき、呑み込まれる。

 舌打ちをした。それなりに気に入っていた武器だ。標的を、変えることにした。まずは泥棒を痛めつけなければ。残った女の方は、どうにでもなる。

 そういった彼の思考を感じ取ったのか、マヌスが突進してきた。その動きは今までと違う。ようやく本腰を入れてきたようだ。数段速く接近して、巨大な手を振るってくる。

 貴樹は左の大剣をそこへぶつけた。

 が、予想していた手応えはやってこない。

 マヌスは、直前で拳を止めていた。そしてそこから黒い糸のようなものを逃して、貴樹の腕に巻き付かせている。

 

(腕力勝負か、いいね)

 

 貴樹はやや退屈していた意識を切り替えて、左腕に力を込めた。マヌスの体ごと持ち上げて、投げるつもりだ。

 だが、またも反発するような感覚はやってこなかった。

 大剣が、再びマヌスの腹に食べられようとしている。今度は、柄も付いていた。ついでに籠手を装備したやや筋肉質な腕も。

 左腕が根元からなくなっていることに、ようやく気がついた。叫びたくなる気持ちを何とかして抑える。

 離れながら、落ち着こうとした。耐久値は、まだ残っているはずだ。あらゆる攻撃を無効化するはずではなかったのか。

 だが、そういう考えも、笑っているウーラシールを見て改めた。彼女達はどこか、普通を逸脱している。残り火の力を無視して損害を与えることも可能なのかもしれない。

 どうにかして血止めをしようとしていると、柔らかい光が傷口を覆った。

 

「次は助けないぞ」

 

 グウィンは、それだけ言うと前へ走ろうとした。

 だが、その前に貴樹が引き止める。

 

「まだ、治ってないんですけど」

 

 大王の奇跡は、貴樹の左腕の半ばまでしか再生していなかった。肘にも届かない所で、別の作用をしている。既にほとんど傷口が塞がりつつあった。

 マヌスの拳を斬りつけながら、面倒そうに答えてくる。

 

「シモダを基準に考えるな。この状況で完治させるのは無理がある」

「はあ、そうなんですか」

 

 貴樹は拳を握る。これで、手に持つ武器は無くなってしまった。着ている鎧もまた、かなりぼろぼろになってしまっている。

 グウィンが攻防を一区切りつけた所で、指摘をした。

 

「そっちの剣も、駄目になってますよ」

 

 握る大剣は、明らかに消耗していた。刃の所々が欠けている。相手の攻撃はかなり強力らしい。特にマヌスの闇の術だ。あれにからめとられれば、どんな力があろうとも負傷は避けられない。

 だが、怖がるほどのことでもなかった。全て避けていけばいいだけの話だ。

 グウィンもまた、余裕を失っていない様子で大剣を横に捨てた。

 

「備えは大事だな。あとでシモダには感謝をしよう」

「?」

「彼の力の一部を、貰い受けているのでな」

 

 何もない空間に手をかざす。一瞬何をやっているのかと不思議に思ったが、それが見覚えのある動作だとすぐに気がついた。生徒達もしていた。インベントリとやらから、様々なものを取り出すための動きだ。

 グウィンはどうやら、大剣の予備を保管していたようだ。そういう便利な所を見せられると、多少は羨ましくなる。偶然を装って生徒の一人から能力を何とかして強奪しておけばよかったと、適当に考えた。

 

「フフフフ。こんなものですね」

 

 ウーラシールは、笑みを漏らした。既に彼女自体の攻略法は見つけ出していたので、その言葉も負け惜しみにしか聞こえない。

 だが、遅れて理解する。彼女の声は、マヌスの隣から聞こえてきていない。

 貴樹は声のした方を向いた。

 グウィンの腹から、女の顔が飛び出している。金髪が揺らめく炎に照らされて、暗い輝きを放っていた。

 グウィンが血を吐くと同時に、迅速な食事が始められた。ウーラシールは大王の体を内部から押し裂きながら、その肉を次々と食らっていく。淑女の口の大きさにしては明らかにおかしい量が、一度に飲み込まれていった。

 低く呻きながら、グウィンは蠢く女の顔を掴もうとした。だが、体に開けられた穴が一気に広がる。

 

「覆う炎は確かに邪魔ですが、内側から攻めればいいだけのこと」

 

 女の上に、マヌスが出現した。グウィンの体はその膨張に耐えられず、あっという間に破裂していく。飛び散る肉片を、二体の怪物が一生懸命に貪っていた。やがて、徐々に両者の姿が変化し始める。

 

「蒔いた種が、このように芽吹いてくれるとは」

 

 口を拭ったウーラシールは、全身から火の粉を立ち昇らせる。

 彼女以上に印象的なのが、マヌスから発せられる淡い光だった。その毛先から、小さな炎が灯っていく。深淵の闇の中で、火の輝きが際立っている。持っている杖にも、赤い輝きが一瞬大きくなった。

 ウーラシールは滂沱の涙を流した。少なくとも、表面上はそう見えている。手を握り合わせて、光がまだある領域へと熱い視線を投げていた。

 

「この瞬間を待っていました。インベントリを与えた甲斐があったというものです。我らは、光を克服した。アキヒロ、待っていてくださいね。すぐに参ります」

「素晴らしい」

 

 讃えるようにして、拍手をする。

 温度のこもっていない瞳が、貴樹を捉えた。

 

「思い描いていた通りだ。一番邪魔な、大王が消えてくれた。そのお力、素直に感服いたします。深淵の主よ。これで僕も真の目的を果たすことができるでしょう」

 

 貴樹はにこやかに言った。

 ウーラシールが、近づいてくる。

 

「ホークウッドはまるで見当違いのことを言っていた。貴方は、そういう男です」

「とりあえず、さっさと中に戻りましょう。邪魔者は全て消さなければ」

(ジジイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいなにやられてんだあああああああああああああああああああああああああああああああああ! やべえやべえやべえ。よっしゃ、かくなる上は…)

 

 彼は既に、どう生き残るかを模索していた。ノミの懸念が実際に起こってしまったわけだが、違うのは貴樹自身もこれを想定していなかったということだ。楽勝だと考えていた。グウィンと共に戦えば、あっという間に戦闘は終わると。

 確かに、すぐに終わった。理想とは真逆の方向で。

 

「そう、焦らずに」

 

 ウーラシールは道化を見るような顔で笑う。貴樹はさらに何かを話そうとしたが、その前に頭へと闇が動いてきた。

 突然のことで反応しきれず、侵入を許してしまう。それは、闇というより膿のようだった。濃い深淵が貴樹の脳内にまで侵食し、一気に制圧しようとしてくる。

 

「常陽の民と呼ばれる所以、わかりますか?」

 

 貴樹は頭を押さえながら苦しんでいる。

 

「貴方達の器が、闇に強い耐性を持っているからです。まるで常に己の身に太陽を飼っているかのような。ですが、こうして凝縮させたものを入れてあげれば…、人形に成り果てる」

 

 彼女はゆったりと歩を進めて、彼の耳元に口を近づけた。マヌスの方はさらに膿を操作し、貴樹の半身を覆わせている。

 

「中にいる、全てを殺しなさい。貴方の愛する者も。それほど力を入れなくてもよろしい。私達も、すぐに向かいます」

「いや、だ」

「これは命令です。受け入れなさい」

 

 貴樹は既に目の前が見えていなかった。自分の体の内部まで、脳が滑り落ちていくような心地がしている。徐々に女の囁きが大きくなっていき、数もどんどん増えていった。受け入れろという命令が、徐々に染み込んでくるようだった。

 

「ひもりんには、手を出さない…」

「強情ですね」

 

 ウーラシールが、彼の頭をわしづかみにする。

 その瞬間、入り込もうとしてくる力がさらに強まった。

 いつか、似たような経験をしたような気がする。

 絵画世界にいた時だ。残り火を分け与えすぎたせいで、グウィンの侵食を許した。その時も、こんな感じだったのだ。まるで自分の心を覆い尽くそうとするかのように、不可視の何かが周りを囲もうとしてくる。

 だから、同じ対応をした。自分という意識をどこまでも肥大させて、内側から侵入者を押しのける。

 

「いやだっつってんだろうがあああああああああああああああ!」

 

 ウーラシールの頬に、拳を直撃させる。その勢いのまま、彼女の顔を地面に殴り飛ばした。そしてさらに踏みつけようとした所で後ろへと飛び、マヌスの攻撃を避けた。

 頭を覆った膿が、地面に落ちていく。その全てが炎に包まれて瞬時に消えていった。

 貴樹が身に着けている鎧が、溶けていく。ずっと腰に巻いていた火守女の衣服の欠片も、なくなっていく。

 拳を打ち合わせた全裸の変態に対して、ウーラシールはゆっくりと立ち上がった。

 

「ならば、死になさい」

 

 マヌスが杖を地面に打ち付ける。その頭上に、黒い雲のようなものが渦巻き始めた。

 ようやく煩悩から完全に開放された貴樹は、集中をする。目の前の相手は、今すぐに排除すべき敵なのだと、意識を切り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 下田は、潰れている自分の両足を冷静に治した。

 

「矮小な存在よ。儂の糧となるがいい」

 

 咀嚼音の混じった、体の底まで響くような声だった。口調は落ち着いていながらも、邪悪な笑みは絶やしていない。

 カラミットは、オーンスタインの抵抗を読んでいた。彼の腕を食いちぎりながら、翼を大きく動かす。胴体部分の闇が動いて、放たれた雷を飲み込んだ。 

 かろうじて、移動の奇跡を発動させることができた。オーンスタインの全身を包んでいき、壁に寄りかかっている下田のすぐ横に再出現させる。

 槍は遠くに捨てられていたが、すぐに取りに行くような真似はさすがにしなかった。下田の治療を黙って受けている。既に兜は盾に割れて、そこから覗く鋭い目は油断なく竜達の動きを追っていた。

 奇跡を消すとともに、下田は立ち上がった。片手から雷を生み出して、走ってくるアルトリウスとキアランの武器に向けて投げる。

 再び雷の符呪を終えた両者は、尻尾を揺らしているミディールに向かっていく。

 

「弱い、弱い…。その程度で、妾を脅かすのか?」

 

 老婆のような声を出しながら、ミディールは爪を振るった。瞬きすら許されない速度で、まとめて薙ぎ払おうとしてくる。

 右手の方に、スモウが大槌を激突させた。止めることには成功するが、衝撃でその巨体が吹き飛んでいく。

 もう片方の竜の手には、ノミが対応していた。彼が足の先から雷を出すと、ミディールは飛び立つ。この紫竜の方は、闇を纏ってはいなかった。それ故にどこに雷を当てても効果があるわけだが、それをカラミットがさせない。

 

「散開しろ!」

 

 叫んだ直後、ノミは浮き上がっていた。それは彼自身の力によるものではない。もがきながら、徐々にカラミットの口へと近づいていた。

 くくと、黒竜が息を漏らす。

 

「一度滅ぼしたくらいでは足りぬか?」

 

 両目が、赤く光っている。どのような術なのか未だ理解できていなかった。ノミの膂力でも容易に抜け出せない不可視の拘束が、カラミットによって放たれていた。

 上空にいるミディールが、口から大量の炎を吐き出す。周囲の建物を全て覆い尽くしていく。

 下田は、周りを着にする余裕がなかった。ノミがどうなったかもわからない。ただひたすら、避難に専念していた。屋根の上にまで駆け上がり、それでも呼吸が難しくなるほどの熱気を浴びながら、転移の光を飛ばした。

 スモウが、目の前に転がる。逃げきれなかった彼は、下半身のほとんどを焼き尽くされていた。炎に耐性があるはずだが、耐えきれなかったらしい。金の装甲もまた溶けていき、灰色のデーモンの肌が露出している。

 一瞬で治療を終えた下田は、立ち上がったスモウと共に飛び降りた。

 

「他はどこに…」

 

 スモウは鼻を鳴らした。

 

「心配は不要だ。誰だと思っている?」

 

 瓦礫の隙間からアルトリウスが出てくる。そのすぐ横に、キアランが降り立った。オーンスタインはノミと共に吹き飛ばされてくる。下田はすぐに奇跡を飛ばし、彼らの傷を癒した。

 このままでは削り切られる。

 降りたミディールを観察しながら、下田は歯を食いしばった。わかってはいたが、規格外の敵だ。多少の攻撃は何の意味もない。さらにカラミットの方は、竜殺しの雷を抑え込む闇を体の一部に纏っている。それは自由自在に移動できるようで、今のところ何一つ有効な一撃を与えられていなかった。

 足りない。もう少しのはずだ。あと何かもう一押しがあれば、奴らの翼をどうにかできる。

 

「隠れておる」

 

 カラミットが口を開ける。下田はすぐに身構えたが、その狙いが自分達にないことがすぐにわかった。吐き出された黒い炎は、遠く離れた建物へと向かっている。

 下田は舌打ちをして、自分を奇跡の光で覆った。

 次の瞬間には、部屋の中に現れている。

 立ち上がったシラと、比較的落ち着いているフィリアノ―ルに向かって詠唱をした。その直後、炎が到達する。

 アルトリウス達のところに戻った下田は、よろめいた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 大きな手が、クッションになってくれる。フィリアノールの人差し指を支えとして、ぎりぎりで倒れることは防いだ。かなり消耗してきている。転移をたくさん使った反動だ。

 

「ナイスだ、下田」

 

 ノミは言いながらも、彼の方を向いてはいなかった。ずっと、敵の方に視線を固定している。

 見下ろしてくるフィリアノ―ルに向かって、下田ははっきりと言った。

 

「篝火の方まで下がってください。今は、外にいた方がましです」

「わかりました」

 

 当たり前のように彼女へついていこうとする、シラの腕を掴んだ。相手は振り向くと、狂人でも見ているような顔つきになる。

 

「何を?」

「貴方は、残ってください。雷を扱える貴重な戦力だ」

「フィリアノ―ル様の護衛があります」

「ここから、篝火まで戻るくらいは一人でもできる。今、シラさんの力が必要なんです!」

 

 これ以上言い争っている時間はなかった。

 今度は、ミディールが接近してくる。おそらく、体を使っての直接的な戦闘はこの竜の方が強い。図体の割に、かなり速く動く。彼女が詰めてきて、さらに遠くからカラミットの炎がやってくる。

 竜の体の構造については、かつて調べていたことがあった。ヨルシカを殺す材料が少しでもないかと、オーベックの書斎をあさっていたのだ。この二匹にも適応されるかどうかは分からないが、賭けてみるしかない。

 体内には、存在していないのだ。炎を生み出しているのは、ただの呪術によるもの。ただ口内の皮膜もまた炎に対して非常に強い耐性を持っているために、吐き出す形で行使しても無問題になる。手足を動かさずとも扱えるように種族として適応しているようだった。

 だから、反詠唱は通用する。その量が異常でなければ。

 下田は何とかして、黒炎を全て分解した。代償として両腕が根元から灰になっていく。治すこと自体は造作もないが、相手の一つの攻撃で奇跡を使わせられるのは痛かった。

 シラが、雷の矢を放つ。ミディールは横に飛んで、そのすべてをかわした。建物の外壁にしがみついてから、こちらへ向かって飛びかかってくる。

 

「迎撃するな! 逃げろ!」

 

 予想していたものと違った。ミディールは爪を振るうことなく、大口を開けている。炎を出すつもりなら、また対応すればいいだけの話だった。むしろ隙を生ませるチャンスになる。

 だが、ノミの警告で下田は反射的に魔術で下がっていた。

 長後、竜の口から黒い靄のようなものが吐き出される。

 炎とは、明らかに違っていた。地面に着弾すると、一気に拡散されていく。触れれば、ろくなことにならないのはわかりきっていた。あの深淵の膿と、同じ感じがする。

 全員が下がってこられたのを確認した。

 内の一人が、膝をつく。

 下田はすぐに、キアランの側にまで走った。

 彼女の右肩の部分が、黒く覆われている。ぎりぎりで、逃げきれなかったらしい。仮面を無理やり外すと、苦しそうな女性の顔が出てきた。

 肩へと、奇跡の光を放つ。それで靄の侵食は止まったが、維持し続ける必要がある。光球を固定させてから、彼女を抱え上げる。

 

「私が運ぶ」

 

 そしてすぐに、アルトリウスが腕を伸ばしてきた。意図はわかっている。今ここで奇跡使いの下田が少しの時間であっても抜けてしまうのは避けたい。渡すと、彼は素早く建物の間を通りながら走っていった。

 カラミットの尻尾が、うなりを上げて迫ってくる。下田は体を傾けながら、槍を振り下ろした。同時に、オーンスタインも同じ部分を斬り上げる。

 黒い肉が切断されて、地面に転がった。だが、カラミットは余裕を崩さない。すぐに再生が始まる。やはり不死の源である鱗を破壊しながら断ち切らなければ、意味がない。

 

「同時に」

 

 下田が雷の弓を作り上げると共に、シラも同じ行動をしていた。さらにオーンスタインが、大きな雷槍を瞬時に形成させる。

 三つが一度に放たれ、ミディールへの距離をあっという間に食い潰していった。だが、既に察知して飛ばれている。全てが空振りに終わった。

 だが、下田は操作をする。今ままで温存していた技術だ。通り過ぎた矢の軌道が九十度変わり、飛んでいるミディールの足を狙った。

 きいいんと、耳が痛くなるような音が鳴る。カラミットの目が光っている。

 狙われたノミは即座に術の範囲内から逃れ、捕らわれることなく右手をかざした。雷を黒竜に向けて飛ばす。

 そして、カラミットも飛び上がった。二匹の竜とも、別々の性質を持つ炎を口の中で溜めている。二つ同時は、まだ下田も対応しきれない。かわすしかなくなる。

 だが、シラの矢とオーンスタインの槍がそれを妨害した。彼らの雷もまた軌道を曲げて、空の竜達へと走る。ノミのものも同様だった。

 それでも、ぎりぎりで届かない。カラミットとミディールは器用に飛び回って、お互いの位置を調節する。そしてミディールが雷の追跡から逃れられない段階まで来ると、カラミットが前に出る。闇を広げて防ごうとする。

 重なった。

 下田の見極めと完璧に一致したタイミングで、ゴーが二本の矢を放った。見えない体を解除させ、どっしりとした構えで狙っていた。

 放たれた矢達は狂いのない軌道で飛んでいき、二匹の翼を同時に貫く。その時はっきりと、竜達の体が揺れた。

 下田は、魔術の足場を空へ向かって作っていく。それを次々と踏んでいき、竜達と同じ高さまで上がる。

 同じく、ノミも飛び上がっていた。足から閃光を弾けさせながら、下田よりもはるかに速く目標の高さまで到達している。彼につかまっているオーンスタインは、ノミと目配せをしてから空に飛び出した。

 ミディールが、再び闇の吐息を準備している。だが、吐き出される直前で、その顔をシラの雷が貫いた。

 下田は叫びながら、槍の符呪をする。ばちばちと雷が武器の全体を覆い尽くし、最も集まっている刃の先が、紫竜の首へと到達する。

 正面にいるオーンスタインもまた全身の力を込めて十字槍を振り下ろしていた。下田の刃に直撃し、さらに肉を裂いていく。ミディールの爪が背中に刺さったが、それでも止めなかった。断末魔を聞きながら、首を両断する。

 カラミットが、全力の咆哮を上げていた。既に地面にまで降り立っている。ノミはどうしたのかと思えば、黒竜の目に剣槍を刺してしがみついていた。

 着地までの時間が、もどかしく感じる。間に合わないかもしれない。黒竜の口から炎が放たれようとしている。そうなってしまえば、ノミが危ない。

 が、それは杞憂に終わった。カラミットの喉元に、大剣が突き刺さる。アルトリウスは器用に武器を離して、もがく爪から逃れた。

 

「くたばれ」

 

 ノミが、片方の手から雷の塊を生み出す。そして短く吐き捨てながら竜の頭の中に全て解放した。カラミットは全身を震わせながらだらりと口を開け、大量の血を漏らしていく。アルトリウスが刺さっている大剣をずらしていき、強引に首筋を斬り裂いた。

 魔術で落下の衝撃を抑えた下田は、胸を抑える。頭痛が無視できないほど大きくなっていた。目の前が揺れる心地がして、地面が急接近してくる。

 今度も、誰かによって支えられた。呼吸を落ち着かせながら、腕を掴んでいるオーンスタインを確認する。下田をしっかりと立たせると、ノミの方へと向かっていった。

 竜の死体を、少しだけ確認した。体調は良くないが、次から次へと力が沸いてくる。決して勝てないと諦めていた存在を下した。自分の力だけで成し遂げたわけではないが、それでも希望を膨らませるのに十分すぎるほどだった。

 篝火の広場へ戻ると、既に全員が戻ってきていた。他の敵も、大体掃討し終えたようだ。広場には一区切りついたような空気が広がっている。

 今の所、大きな負傷をしている者もいなかった。一人を除いて。

 イリーナが、難しい顔でキアランに手をかざしている。下田の奇跡の上にさらに重ねても、靄を取り除くことができていないようだった。

 下田もすぐに駆け寄って、状態を確認した。彼女は起き上がろうとしてはいるようだが、止められている。額に大量の汗が流れていて、かなり苦しそうだ。下田は思い切って靄に直接触れて対処しようとした。何も起きない。下田にとってはほぼ無害だが、地球人ではない彼女には猛毒のようだった。

 剣を取り出したアルトリウスを、静止する。

 

「切除は意味がありません。再生させたときにまたついてくる。そういうものです。これ自体を根本から破壊するしかない」

 

 オーンスタインが、前よりも近づいてきている光の境界線を見やった。

 

「大王様なら、処置が可能だ。すぐに戻ってこられるはずだ」

「いや、それよりも」

 

 下田は顔を上げる。

 ヨルシカとちとせが、ちょうど視界に入った。彼女達も同じく、苦しんでいるキアランに注目している。下田が見ていることに気が付くと、同時に不思議そうな顔をした。

 

「彼女達か」

 

 そして同じく集まっているフォドリックとホレイスを、指差す。

 

「その二人でもいい。炎を開放して少し移せば、取り除くことができます」

「今すぐ治せるのなら、その方がいいな」

 

 アルトリウスが同意した所で、派手な物音がした。

 全員がその方向を見る。煙の上がっている瓦礫から、何かが咳き込みながら這い出てきた。

 それが貴樹だとわかった直後、さらに驚かされた。

 どう考えても、彼は満身創痍だ。両腕を失くし、全身を血で染めている。戦いの前に意気揚々と選んでいた防具は見る影もなく、肉が露出している腹を手で押さえていた。

 下田は反射的に奇跡を飛ばしていたが、未だに状況を理解しきれていなかった。そろそろ戻ってきてもおかしくはないと思っていた。だが、こんな形でなどとは全く予想していない。

 戸惑いは、少しの間だけだった。

 気配が、生じる。

 かつて感じたことのある、押しつぶされそうな威圧感。顔を上げ、その姿を見ることさえできなかったほどの重圧が、状況を克明に示していた。

 

「ままならないものですね。口先ばかりの竜達でした」

 

 それらは屋根から飛び降りて、静かに着地した。

 ウーラシールの視線は、固定されている。下田の方だけを見つめている。焦がれ、強く求めているようだった。期待が、作り物の表情として表れていた。

 

「少し…、痛みますよ?」

 

 全員、離れろと叫ぼうとした。だが、声を出そうと口を開けた直後、手で覆われる。顔を掴まれたと認識した時には、もの凄い勢いで投げられていた。同時に、両手足がもがれていくのがわかる。何をされたのか、わからなかった。一瞬で抵抗力を失わされていた。

 下田は成すすべなく吹き飛ばされていく。いくつもの建物を貫通しながら、篝火から強制的に離されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆ 

 

 

 何のために生きているのか。

 そう、考えてばかりいた。

 

「アキ!」

 

 隣で、ちとせが立ち上がる。走り出そうとしたが、すぐ前にいたジークバルドに押し倒された。すぐ上を、闇が通り過ぎていく。

 

「守れ!」

 

 自分の事は、ずっと嫌いだった。前は、わからない。もう覚えていない。ただ今はひたすら嫌悪していた。膝の力が抜けて、立ち上がることすらできない。突如として現れた存在を見ているだけで、体中の震えが止まらなかった。

 

「まずは」

 

 たった今、下田を遠くへ飛ばした女は、思案するように顎に人差し指を当てた。平坦な声を少し出してから、地面を蹴る。それだけが、辛うじて認識できた。

 

「回収をしましょうか」

 

 おぞましい化物。巨大な角を持ち、獣とも人間とも言えるような特徴を併せ持つ存在。それが、肥大した左手を振るった。先から爪のような形の闇が飛び出して、まだ呆然としている老兵を斬り裂く。

 フォドリックは、それでも何とか対応していた。致命傷だけは避けている。離れようとしていた。 

 だが、闇に捕まる。それらは無数の手となって、あっという間に彼の四肢を破壊した。

 金髪の女が近づき、風前の灯火であるフォドリックの顔に手を添える。

 変化は、すぐに訪れた。

 フォドリックの全身の力が抜けていくと同時に、その体から炎が噴き出してくる。それは女を害することなく接近していく、全身へと溶け込んでいった。

 何が起きたのかは、理解できない。それでも、何かが吸収されたのだけは分かった。女と怪物の存在感が増していた。それは恐怖の増大をも意味していた。

 

「お爺ちゃ…」

 

 我を忘れて駆け寄ろうとしたシーリス。そこに、怪物の手が迫る。

 直撃する前に、貴樹とジークバルドが割り込んだ。

 先生、と新宮は声を漏らす。だが、彼女は十分に理解していた。こんな自分が、もはや現実にいた時と同じように誰かを呼ぶ資格など存在しない。

 拳は防がれていたが、無駄だった。怪物の体から闇の針が歪曲しながら伸びていて、貴樹やジークバルドを器用に避けている。そしてその先端は、シーリスの首を貫通していた。そのまま横に薙ぎ払われて、新宮と同じくらいの少女の首が落ちていく。

 女の方は、既に別の相手を殺していた。ホレイスは両手をだらりと下げて、脳に侵入してくる膿を受け入れる形になっている。そこから先ほどと同じような炎が流れていき、女に全て呑み込まれていった。

 

「~♪」

 

 何かを、口ずさんでいる。女は無表情だが、楽しそうに歌っていた。そのメロディーは、聞き覚えがある。アメージング・グレイス。綺麗な英語の発音だった。脳をたいして操作されていない新宮は、言語をはっきりと認識できる。

 アンリがその背後を取ったが、すぐに血を吐いた。あ、と新宮は思う。今のは助けられた。なぜなら、理解していたからだ。女がソウルの矢を不可視化させて、自身の周りを漂わせていたのは分かっていた。だが、動かない。口すら機能してくれない。

 場には怒号と、歌声だけが響いていた。金髪の女は透き通るような声をしていたが、なぜかずっと腹の底をむしばんでくるような気持ち悪さが拭えない。歌っている曲も優雅なものなのに、吐き気が止まらなかった。

 

「…死ね」

 

 貴樹が短く言ってから、怪物の角にしがみつく。そして全身に力を込めて、折ろうとした。だが、最後まではいかない。簡単に怪物の手に拾われると、下田と同じような軌道で思いっきり投げ飛ばされた。その姿は、瞬時に遠くへ消えていく。 

 大狼が、牙を剥き出しにして怪物に飛びかかる。マヌスはその歪な図体からは考えられないほど綺麗に体を晒し、避けながら巨大な手を振るった。シフはその動きについていけず、張り飛ばされた。

 同時に、三人が女を斬り刻んだ。

 黄金の兜と鎧を持つ獅子の騎士は、怪物の術を器用にかわす。

 続く腕の薙ぎ払いは、ノミが対応した。傍目からは、上手く弾いたように見える。

 最後、群青の騎士は女の口の中に剣を差し入れていた。

 楽しそうに、ウーラシールは血を吐いた。

 

「大王も喜んでいるでしょう」

 

 新宮には、炎の輪が広がったとしか思えなかった。それらが彼らに纏わりつき、掴んで、飛ばす。だが、それだけではないのは感覚している。目で閃光を、耳で雷の弾ける音を確かに聞いたからだ。

 結果だけはわかりやすかった。放たれた術は大きな衝撃を生み、食らいつこうとしていた者達を簡単に飛ばしていく。屋根の上を通り過ぎていくノミの体は、三分の一ほどが欠けていた。オーンスタインもまた、下田と同じ方向へ転がっていく。

 対応できたのは、アルトリウスだけだった。

 

「逃げろ」

 

 その騎士は自分に言っているのではないと、新宮は直感する。彼の払うような手は、真っすぐある女性の方へ向けられていた。あるいは、その隣に立つホークウッドも含めた両方か。

 彼とミレーヌが呆気に取られている中で、アルトリウスは数秒間健闘した。

 

「サナ」

 

 声が、そばでする。降ってくる。

 少しだけ、今までのことを思い起こさせるものだった。棺から引っ張り出されて、最初に見た顔。何度も見た顔。

 

「他の者達を連れて、逃げるのだ。シモダらはまだ生きている。その方へ走れ」

 

 震えている、親友の顔を見る。

 実織は昔から、どこか精神的な脆さを見せる時があった。いや、その表現は正しくないかもしれない。戸水家の長男と長女を基準に考えてはいけなかった。彼女は、普通の女の子だ。それだけなのだ。 

 だから、守らなければならない。

 ようやく立ち上がると、グンダと相対した。彼の瞳は静かだった。結局、身に着けている兜の下を見ることはできなかった。

 そんなのに、未練はないけど。

 新宮は心の中で、唇を尖らせた。強がりのようなものだ。足は未だ震えているし、もう泣いている。恐怖が、思考を鈍らせている。

 アルトリウスの片腕が、捻じ曲げられた。その頬に口をつけて、ウーラシールは囁く。

 

「男は四肢をそいだまま生かしなさい。女の方を、目の前で犯しなさい」

 

 騎士が、吠える。それは今までの理性的なものではなくなっていた。ただの獣だった。闇の泥がアルトリウスの全身に染みわたっていき、その性質を決定的に変えていた。ただの深淵の人形に成り果てている。

 怪物が闇の輪を発生させて、アルトリウスだった何かと、ホークウッド達を囲む。ミレーヌがその輪に近づこうとしたが、止められていた。彼らは閉じ込められた。二人へ、大剣を片手に抱える獣が疾走していく。

 スモウの打撃は怪物によって容易に受け止められた。返す闇の濁流が、金の顔を呑み込んでいく。少しの間もがいていたが、すぐに動かなくなる。

 急に飛んできた巨大な矢を、ウーラシールは軽々と掴んだ。マヌスの方が、瞬時に腕を伸ばす。新宮にとっては、ほとんど何をしたのかわからなかった。だが、次の瞬間には毛むくじゃらの手が戻ってきている。その中には、巨人の首と、その身の丈にふさわしかったであろう弓が握られていた。不可視化を解除したゴーの胴体が、屋根から転がり落ちてくる。

 ウーラシールはそれを満足げに見てから、こちらに注意を向けてきた。

 

「ううん」

 

 新宮はグンダを真っすぐ見た。それだけで、グンダもまた理解をしたようだ。

 目覚めた時、周りには閉じられている棺桶しかなかった。数は三十。それがクラスの人達の数と一致していると考えるようになったのは、少し後になってからだった。その時は、記憶の整理をすることで精一杯だった。滅びの記憶。学校が破壊され、化物があふれて。それでも生き抜こうとした記憶。それでも、駄目だった最後の記憶。

 貴方は道具。

 祭祀場から、そう何度も言われた。自分には、ソウルが二種類混ざっている。だから、貴重な能力を得られたのだと言われた。

 わけもわからないまま、親友の姉とも再会することになった。薫は、全てをわかっていた。ただ従えばいいと、新宮に向けて苦しそうに言っていた。

 記憶を、削除する。眠っている同じ地球の人達を統制するために、整理する。当然そんなことは、できるわけがなかった。だが、圧倒的な力を前に従わされる。何度も、結局は自分の命が大事なのだと、痛感させられた。

 他の皆が目覚めるまでの間、彼女はいくらかの鍛錬を施されて、後は部屋に閉じ込められていた。そんな時、度々やって来たのがグンダだった。

 イーゴンが光を放つ。だが飲み込まれていく。彼の体もまた、怪物の毛の中に呑まれていった。イリーナが悲鳴を上げる。篝火から離れて、何とか奇跡を使って救い出そうとする。結局それは、彼女も巻き込まれるだけに終わった。

 ジークバルドは大剣を折られる。カルラの呪術によって事なきを得たが、結局結末は変わらなかった。ウーラシールとマヌスはゆっくりと進んでくる。

 

「駄目だ。サナも行け」

 

 ごめんなさい、と答えそうになった。その声は厳しい。今までかわしてきたグンダのそれとは異なっている。

 ずっと、そうだった。目の前の戦士は、新宮を慰めようとしていた。今までは罪悪感に駆られた行動だろうと嫌っていたが、今は違う印象を抱くことができる。

 

「実織」

「いや…」

「実織、行って。早く。時間くらいは稼ぐよ」

 

 離さないとばかりに抱き着いてくる。その体温を少し感じてから、急に相手の存在がなくなった。

 クリムエルヒルトが、ぜえぜえ息を荒げながら立ち上がる。周りを見ると、ほとんどの残っていた者達が消えていることに気がついた。転移させたのだ。実織も、ちとせや高坂も。そして、火守女も。

 いや、よく見ればちとせは違った。ヨルシカが彼女を抱え上げて、そのまま逃げている。どちらにせよ正しい行動であることは確かだった。

 

「逃げるんだ」

 

 グンダはまだ、渋っていた。

 彼の腰を杖で叩く。

 新宮の横に、薫が並んだ。クリムエルヒルトも、決然とウーラシールを見据えた。

 

「フリーデ、ごめんね」

 

 薫の懺悔を聞きながら、グンダの苦しそうな顔を見上げた。

 

「駄目だ、サナ。吾輩は、曲がりなりにもタカキと約束したのだ。お前達を守ると」

 

 正確には、貴樹の生徒達を。

 その歪な気真面目さには複雑な思いがした。どうせ最後は篝火に捧げるつもりだったのに、そういう約束をして、律儀に守ろうとしているのは、グンダらしいような気がする。この男も、苦しかったのだろうか。同情はしないと、固く思った。

 

「却下」

 

 新宮は息を吐き出した。それから、グンダの腕に手を触れる。

 

「その約束、もう忘れてね。いい?」

 

 グンダは斧槍を構える。それでも、ちゃんと新宮と目を合わせてくれていた。段々と優しい瞳を向けてくるようになった。

 

「私だけを守って。一緒に、いて」

 

 新宮は詠唱をした。

 己を鼓舞するように、はっきりと大きく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 ままならないものだと、新鮮な気持ちを味わっていた。

 そのじれったさですら、今は愛おしい。

 口元の血を舐めとりながら、女は進み続けた。

 気配が飛んだ先を正確に把握している。篝火をいじる選択肢もあったが、結局追うことにした。待ちきれないという気持ちは、初めてなのかもしれなかった。姫であった時も、もっと素晴らしいものになってからも、そんな感情は持ち得ていなかった。

 泣き声が、感覚できた。

 また開けた場所に出る。まだ熱気が残っていた。おそらく、あの役立たずの竜達が戦っていた場所なのだろう。遠くに、大きな死体が二つ見えていた。

 そして手前では、女達が固まって座っている。

 まだ平気そうなのは、真ん中の火守女だけだった。彼女は真っすぐこちらを睨みつけている。

 その顔を血で染めることくらいはしてもいいだろう。主菜までのつなぎだ。

 そう思っていたが、予定を変更せざるおえなくなった。

 建物の上から、かつて多くの竜を屠っていた太陽の長子が飛び降りてくる。

 同じく、竜狩りの騎士が槍を握って通りから歩いてきた。

 女達の前に、焦がれてやまないシモダアキヒロが立つ。左右には、また別の女を従えていた。

 それに、何か思う所があった。

 嫉妬ではない。

 さらに美味しく彼を味わえる方法を、見つけたから。一つずつ、彼の前で大事な存在を裂いていく。その娯楽を存分に楽しんでから、いただく。ウーラシールは純粋な感謝もしていた。まだ自分に、そういう感情があるとは思ってもいなかったのだ。それを見つけてくれた下田に、感謝をする。

 最後に、唯一少し誤算だったかもしれない存在が、拳から炎を弾けさせた。

 

「ぶっ殺す」

 

 貴樹の殺意を受けながら、ウーラシールは薄く笑った。

 少しは余興になってくれればいいと願いながら。

 

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