もちろん、内心を面に出すことはしない。
『そんなにまずいのか』
(いいか、シ―リスちゃんにじいちゃんがいるのは知ってた。イベントでも登場したからな。ただ、そいつが関わるのは、彼女のイベントの中でも一番最後のはずなんだ。つまりだ、)
『つまり?』
(亡者化した祖父を、彼女は殺すことになる。間に合わないんだ。場所さえ先にわかってれば、まだ正気を保った状態のフォドリックに会うことはできる。でも、おそらく彼女がこうして話してきてる時点で、手遅れになってるだろう)
通常の不死人は、精神の
(いつか来るとは思ってた。覚悟もしていた。だが早すぎる。フォドリックを正気に戻す方法が見つかってない以上、この問題は対処のしようがない。おまけに、五日後でも残り火はまだ戻ってないんだ。割に合わなすぎる)
『じゃあ、断るのか』
(それも駄目だ。フォドリックは、彼女と比べ物にならないほど強い。たとえ亡者になっていたとしても、彼女だけでは良くて相討ちだろう。だからプレイヤーに助けを求めてくるんだが、今回はそうもいかない)
『誰か、ジ―クバルドとかに助けを頼んだらどうだ。事情を理解してるふしなんだろ』
(そう単純なことじゃない。フォドリックを殺すのだけは絶対に駄目なんだ。それをしたら、シ―リスちゃんはそれ以上生きる意味を失くす。亡者になった祖父を楽にしてやることが、彼女の使命だからな。フォドリックをどうにかして正常に戻すことが、彼女を生かすことにもつながる)
『…亡者って、元に戻せるものなの?』
(俺が訊きたいわ)
放っておけば、シ―リスはほぼ確実に死ぬ。厳しい世界観をなぞるように、明確な救いを与えられるキャラクタ―は少ない。それら全てを解決して、なるべく多くの味方キャラクターを生存に導くことも、彼の目標に含まれていた。
「僕で務まるなら、喜んで」
◆
もう何度目になるかわからない。
「今が一番可愛いよ」
「君は可愛いだけじゃない。綺麗だ」
顔。どうしてこんなに整っているのかと感心してしまう顔が、だらしなく溶けて、目の前に迫ってくる。
自分はそれにどう言葉をかけたのだろう。
どうして、あんな事をしてしまったのだろう。
「きみのことすっごく好き。ぷぶっ、これが練習。ちょっとは慣れた? だって。きゃあっ」
「照れてる君も、ぶっ、可愛いよ」
「彰浩…」
「実織…」
楽しくて仕方がないという様子の新宮を、真似されている実織が締め上げた。
「ねえ、本気だから。それくらいにしないと、本気で窒息させるから」
「ふふ、そうやって構ってくることが何よりのご褒美だって、知ってくるくせに」
下田役を担っていた草野が、物欲しそうに見ていた。
「いいなあ。俺も締めてくれよぅ」
「黙って。あんたは一生口閉じろ」
「照れんなって。カ―ワ―イ―イ―」
「うるさあああい!」
下田は好奇の視線が集まる中、耳を塞いで縮こまっていた。本当は訳もわからず叫び出したくてたまらない。慣れた枕に顔をうずめて、布団の中にこもっていられたらどんなにいいだろうと考えていた。
案の定、あれが起こった次の日には、ほとんどの生徒に話が広まっていた。あの頭の隅が痒くなるような台詞の全てが、漏れなく伝わっている。女子達の拡散能力は驚異的だった。
どうかしていた、と片付けるなら非常に簡単だ。魅了と呼ばれる、妙な術に惑わされた結果だと言えば、納得できる部分もあるかもしれない。始末が悪いのは、術中にはまっている間の記憶も、しっかり残っていることだった。
特別な感覚。まるで彼女と自分だけしかいない世界に取り残されたような。彼女しか、目に入らない。彼女のことしか考えられない。恋焦がれるよりも強烈な、妄執に似た感情の名残が、何度も何度も、目を薄く閉じ唇を寄せてくる彼女の顔を思い出させる。
よく考えれば、その前にもカルラに躊躇いもなく飛びつくという醜態をさらしていたのだった。
「わあああああああああっ」
ついに許容量を超え、叫びが口をついて出た。違う違う違う。あんなのは自分じゃない。自分じゃない。誰か自分と瓜二つの人間が、勝手にやらかしただけだ。そうに決まってる。ずっと自分は眠っていたのだ。そうなのだ。
草野が真面目くさった顔で、立ち上がった下田を眺める。
「壊れたな」
「も、もうやめてよ。僕だって、あんまり憶えてないんだ。心当たりのない事掘り返されたって、どう反応していいかわかんないから」
「ほう。では、こちらにいる実織氏と目を合わせてみてくれます? 余裕でしょ?」
「あ、う」
実織の方をどうしても見れない。どんな表情で、彼女に接すればいいのかさっぱりわからない。
「完全に憶えてる感じじゃん。なあ、気持ちはわかるぜ。どんだけ居たたまれないかは理解してるつもりよ。でも、何というか、ああ! 俺も生で見たかったあ。ってか羨ましいにもほどがあんだろ」
「全然わかってない!」
「じゃあお前はあれか。彼女とのそれこれが嫌だったと。それほど嫌いってことだな」
「そ、そういうわけじゃ」
「正直に言っちまえよ。悪い気はしないんだろ」
「だ……!」
草野のペースに乗せられているとはわかっていても、上手く受け流すことができなかった。
「下田、いい?」
実織が彼の両肩を掴んで、落ち着かせようとする。
「まともに返してたら、こいつの思うつぼだから。相手にしないのが一番。昨日のあれは、そう、事故だったの。実際の私達にやましいことなんて一つもない。わかるでしょ」
焦って動く唇の動きを凝視してしまう。その感触がどんなものなのか想像すると、どうしようもなくなった。
「ね、ねえ、なんでそんな。顔赤くし過ぎだって。こ、こっちまで恥ずかしくなってくるから。落ち着いて! 深呼吸すれば、何とかなるよ」
「そのまま人工呼吸しちゃえよ―」
「黙って!」
「ひゅ―ひゅ―」
「紗奈、後でおぼえててね」
「やったあ!」
「ほんとどうしようもないこいつら」
自分は、一体何をしているのだろう。
唐突に、下田は心の中が冷やされていくような感覚に陥った。こういう、盛り上がっている空気を台無しにしたくはないので、繕っているものの、段々と意識の外に追いやっていたものが浮き出てくる。
本当なら、今頃病院にいたはずなのだ。
こんな、わけのわからない事態にならなければ。
「さて、話はそれくらいにしてもらえるか」
昨日と同じ扉から、カルラが既に姿を現していた。その隣に、同じくジ―クバルドがついている。
「その二人は、あくまで私に協力してくれただけだ。本人達にもどうしようもないことを、後から色々言うものではないぞ」
目が合うと、カルラは片目をつぶってきた。明らかに楽しんでいる様子に、早くも彼女に苦手意識が湧いた。ただただ気まずい。
「今日も早速各々修練に励んでほしいが、その前に灰達でいくつかの部隊をくんでもらう。三十一人いるから、六人の隊が四つ、七人の隊が一つだな。実は、もう既に昨日の様子を参考にしてこちらで決めてある」
ちらほら文句の声が上がる中、カルラの指示によって計五つのグループが出来上がる。
「いや、うん。まあ別にお前と一緒なのはいいよ。言いたいことはあるけどさ。ていうか、男子側は全くもって不満ないんだけど」
下田がいるのは、男子三人、女子三人のグループだった。草野と同じだったのは、少しだけほっとしている。
「ちょっとそれどういう意味? あたしからしたら、草野も不満要素なんだけど」
「確かに―」
「これで祐馬君がいなかったら、マジボイコットしてたからね」
男子メンバー最後の一人である、国広は困ったように笑っている。
「なあ、おい彰浩。お前もおかしいと思うだろ? 普通さっきまでの流れだったら、実織と新宮が来るはずだよな。何でそれがギャル三人組になるんだ?」
「ギャルじゃねーし」
「文句ばっか言ってんじゃねーよ。萎えるわ―」
「言葉をどうにかしろよマジで。喧嘩売ってんのか貧乳共」
「キモ」
「切実にキモい」
「ねえそのキモさは才能? マジ鳥肌」
「あああ! ムカつく」
草野が身をくねらせる様子から視線を外し、さりげなく実織の方を見る。彼女は新宮と一緒だが、どうやら宇部のいるグル―プに入れられたらしかった。
「えと、下田」
深みのある低音で呼ばれ、彼は国広の方を向き直った。
「とりあえず、一緒になったということで。よろしく」
「ああ、うん、こちらこそ」
人の良い笑みで握手してきた国広に、下田は半分見惚れながら応えた。普段の学校生活ではあまり接点がなかったが、もちろん彼の人気は知っている。確かに人を変に緊張させない雰囲気は持っていた。
高原が、それを見つけて近寄ってくる。
「祐馬君、私も握手して?」
「あ、ちとせ抜け駆けは駄目だって。あたしが先だから」
「ちょっと二人ともミーハー過ぎてヤバいよ。ドン引きだよ、それ」
と言いながらも、芳野は前二人を押しのけようと全力だった。
そのがっつきように一歩引いて見ていると、広場の上で突然光が弾けた。今まで盛んだったお喋りが、それで無理矢理消えていく。
「これから、逐一注意しなければならないのか? 私語を無くせとは言わない。その、少し行動しただけで騒ぐ癖は直せ」
手を下ろしたカルラが、ぐるりと生徒達を見まわし、鼻を鳴らす。反対に、ジ―クバルドは笑っていた。
「賑やかなのは、良いことではないか。灰達が来てから、私は楽しくて仕方がない」
「それで鍛錬が滞ったら、意味がないだろう」
「あまり引き締め過ぎるのも、どうかと思うがな」
カルラはそれに言葉を返さず、眉間を揉んでから、再び説明に入った。
「不満のあるなしに関係なく、隊の者同士で協力していくことになる。今日からは、各々の専門訓練だけではなく、隊としての連携も覚えてもらうからな。では解散」
午前は、あっという間に過ぎた。
どうやら下田が昨日術後の副作用で眠っている間に、それなりに進んでいたらしく。初めの方は実織と一緒に隔離されて、集中的に教えを受けることになった。もちろん、その間に会話はほとんどない。何かを話す勇気など、彼は持ち合わせていなかった。
カルラは奇跡を専門としていないために、当面は魔術を覚えて、自衛する手段を増やすことになった。既にある程度の傷を治せる実力はあるそうなので、後は心構えの問題だという。
魔術は、主にソウルを扱うものだ。矢のように鋭く変形させたり、球状のまま強く射出して相手にぶつける。攻撃だけではなく、盾を形成したり、速効性の罠を作ることができたりと多岐にわたっている。
下田は奇跡という、違う系統の術に適性を持っていたので、いきなり新宮のように光体を形成しろと言われても難しかった。しかし、カルラが彼の体に触れて何かを唱えると、掌から青白い球体を出せるようになった。
「小さい」
指先だけで包んでしまえるような慎ましいソウル。手で掴もうとするも、すぐに消えてしまった。微妙な気分になっていると、カルラはむしろ感心した様子で言った。
「灰は格が違うものなんだな。魔素を具現化するのも一瞬か」
「え、これってすごいことなんですか」
「私はここにたどり着くまで半月を要した。フフ、これからの成長が楽しみだ」
なぜか頭を撫でられる。一体この人は自分の何なのだろうか。彼女の方が背が高いので、傍から見ればそう違和感はないだろう。昨日のことも全く意識していないようなので、無駄に緊張している自分自身が情けなく思えた。
「すみません。こっちも見てもらえませんか」
実織にやや強い口調で呼びかけられて、カルラは離れて行った。
しばらくは、球体の形を維持し、サイズを拡大する練習の繰り返しだった。案外、それだけの作業にかなり没頭した。試せば試すほど、上達が実感できたからだ。拳大の大きさで、数分間維持できるようになった時には、カルラが終了を告げた。
貴重な手持ちのソウルを消費し、具の入っていない塩味のおにぎりを食べて、外の男子達と合流した。
「ちょっとタンマ。ほんとに。ぜえ、水をください」
「汗臭っ。草野、寄んないでよ―」
「祐馬は許す。むしろ、至近距離まで来て」
「めぐ、変態すぎ」
草野と国広は、息を荒げて地面に寝転がっている。。
「そんなにきついの?」
「いいよな。お前の方は楽そうで。おまけに周りは女子ばっかかよ。ちっくしょう」
全く疲れていないわけではない。頭が重く感じるのは確かだ。カルラによれば、魔術、奇跡、呪術のどれを使うにしても、回数には制限があるらしい。限界が来ると、相当な疲労感が来て、腕さえ上がらなくなるそうだ。
ただ、ジ―クバルド達にしごかれていた男子達の惨状を見ると、下手なことは言わない方が良かった。
「こちらの調子はどうだ?」
カルラが尋ねると、ジ―クバルドは楽しそうに答える。
「目に見えて良くなるというのは、教える側としても誇らしいよ。少なくとも昨日の彼らはもういない」
「最初は正直どうかと思ったが、才能は素晴らしいものがある」
生徒達がそれぞれの隊に固まったのと同時に、ジ―クバルドが前に出た。
「さて、集団訓練だ。これからの戦いで、単独では突破が困難な局面がいくつも出てくる。基本的に相手が一人であっても、こちらは複数で対するのだ。一糸乱れぬ連携ができれば、薪の王にさえ抗し得るだろう。今日がその第一歩というわけだ」
端の方で待機していた、三人の女性が立ち上がる。その様相で生徒達をざわつかせながら、ジ―クバルドの横に並んだ。
「もちろん、私とカルラだけでは人手が足りない。そこで協力してくれる者達をここに集めた。私達二人と彼女らがそれぞれの隊に一人ずつ付き、様々なことを教えるつもりだ」
最初に、鎧を着込んだ柔らかい雰囲気の女性が頭を下げた。
「アンリです。この身でどれだけのことを教えられるか自信はありませんが、灰の方々の役に立てれば幸いです」
次に挨拶したのは、白髪の鋭い目つきをした、甲冑に漆黒のスカートという奇抜な出で立ちの人だ。
「ユリアだ。貴公達には重い期待がかかっている。手加減はしない。覚悟をしておくといい」
最後の女性は、もはや顔すらわからない。上に鋭くとがった兜にほとんど覆われ、目だけが空いた穴から覗いている。背も高く、ジ―クバルドの言葉がなければ誰もが男性だと勘違いしただろう。
「ミレ―ヌ。今の所はそれだけ。はっきり言わせてもらうと、まだ貴方達を認めていないの。しかるべき実力を示すことを願ってるわ」
三人に共通するのは、下田達に対する期待だった。
そこに、彼は言いようのない不安を覚える。戦えと言われても、一体自分は何と戦えばいいのだろう。前に聞いた、ルドレスという男の説明はあまり理解できなかった。結局、敵は何なのか。
ジ―クバルドが手を打ち、全員に向けて言った。
「さあ、我々は五人、隊も五つ。誰がどの隊を最初に担当するか、お楽しみだな。決め方には少し趣向を凝らした。カルラ、頼む」
彼女が手を上に向け、光の球体を出す。それは一瞬で五つの塊に弾け、ジ―クバルド達の頭上に移動する。そして、異なった色と形に変化した。
「既にこれらのソウルは、カルラの操作から離れた。しばらく不規則に動いた後、貴公達のどれかに向かうだろう。では、散開」
それぞれのソウルが、生徒達の上であちこちに揺れ動いていた。
「アンリさん来いアンリ来いアンリ来いアンリアンリアンリ」
草野が目を閉じ、合掌しながらつぶやいている。素直に気持ち悪いと思った。高原、久慈、芳野の三人はユリアのプロポーションについて感心したように話している。
「まあ確かに、あの人が一番優しそうだよね」
そう言った国広に対して、下田は疑問を投げかけた。
「そうかな。ジ―クバルドさんもなんか、面白そうな人だと思う」
「うーん、まあ、そうなんだけどね。普段は」
ソウルの動きは次第に収まっていき、一旦高く上昇してから、生徒のそれぞれの塊に向かって真っすく飛んでくる。
「頼みます。そう、あれだ。来い来い来い来い。どうか、どうかジ―ク先生だけは。あの人だけはやめてください。せめて女性をください。うわ、おいくんな。やめろ。なぜ、なぜですか神様。あああああ」
下田達の方へは、酒瓶のような形をしたソウルが降りて来た。
「はっは。なるほど。クサノとユウマの所か。よろしくな」
ジ―クバルドに肩を抱かれ、顔を手で覆い泣き真似をしている草野に続いて、隊ごとに決められた場所へと移動する。祭祀場の中に入っていくグループもあるようだが、下田達は墓地が並ぶ丘の下の、ちょっとした草場になった。
「この二人以外は、あまり関わりがなかったな。改めて、よろしく頼むぞ」
「よろ―」
「ム? その手は何だ」
高原は、ジ―クバルドの手を取って、自分のと打ち合わせる。
「ハイタッチってやつですよ。挨拶」
「そうなのか。興味深い」
芳野と久慈も、それに続いた。
「よろしく、おじさん。イエ―イ」
「何だか楽しくなってくるな」
「ノリ良い人はもう仲間みたいなもんだよね。しくよろ」
「はははは。イエ―イ」
その流れで、下田もハイタッチをすることになってしまった。早くも仲が良い様子に、ついていけない気分になる。自分は異常なのだろうか。おかしな雰囲気としか思えない。
「話をするのもいいが、訓練を始めなければな。他の所がどうやるのかは知らない。私は単純な方を好むから、実戦形式を中心にするぞ」
おええと、草野が地面に手をついた。
「そう興奮するな。とにかく、隊として私を認めさせてみろ。ちゃんと装備も整える。遠慮はしなくていいぞ。まず少しの間お互いに話し合う時間を設けよう。上手い作戦を考えてみてくれ。私を打ち負かすような」
ジ―クバルドが離れた所で待っている間に、輪になって話し合いが始まる。
「で、結局何をしたらいいわけ」
高原の疑問に、草野が億劫そうに答えた。
「あの人をボコせばいいんだよ」
「た、戦うの? あっちは一人なのに」
六対一はさすがに不公平に思えた。
「そう思うよな、最初は」
「実際に見てないと、信じられないかもね」
草野と国広が、意味ありげに目を合わせる。
「あの人はな、控え目に言って化物だ。六人どころか、男子の半数が同時にかかっても一撃も入れられない。だから、今このメンバーでどうにかできるとは到底思えねえが」
信じられない思いで、ジ―クバルドの方を見た。笑って手を振ってくる。あまり強そうには見えなかった。
「でも、魔術だっけ? 遠くから攻める手段があるのはいいかもしれない。それに、俺と草野以外の固有能力次第では、糸口は見つかるよ」
「じゃあ、彰浩のはもう知ってるから、他三人、教えろよ」
「は? 何でお前に命令されないといけないの」
「頼むよ、芳野」
国広が真剣な顔で言うと、
「わかった。私の能力はね」
「うっぜ」
高原の能力は、生物を拘束できるロープを作り出せるというものだった。これがただのよくある材質のロープだったら大した役には立たないかもしれない。だが、彼女によれば、絶対に破れないという特性がついているらしい。つまり、上手く相手に当たれば、確実に無力化できるという強力な能力だった。
芳野のは簡単に言って、探知系の能力だった。自身の半径百メートル以内の生物反応を詳細に把握できるという。ただ、今回に関しては使うことにはならなそうだった。
久慈の能力は、実際に見せられて驚いた。自分と瓜二つの分身を作りだしたのだ。これもまた役立ちそうな力だが、どうやら扱いが非常に難しいらしく、今はただ歩かせることに全神経を集中しなくてはいけないようだ。
それぞれのできること、できないことを照らし合わせて、かなりの頻度で脇にそれながらも、一応の作戦が決まった。同時にジ―クバルドが時間切れを伝え、本格的な訓練が始まる。
結果から言うと、散々だった。
草野と国広でジ―クバルドの注意を引きつつ、芳野、久慈、下田の三人はその援護に周り、高原はできた隙をついて彼を拘束するというのが理想的な流れだったが、初めから立派な連携などできるはずもなかった。
芳野の放った魔術が草野に直撃し、陽動が崩れた所で、慌てた高原が出したロープが国広の足を絡め取って、前衛二人は呆気なくジ―クバルドに面を打たれた。残された者達の方へ彼が向かう前に、久慈が手を上げて降参を宣言した。あっという間の出来事だったが、下田はその間何もしていない。
「初めはこんなものだろうな」
「ジーク先生、手加減してくださいよ。頭滅茶苦茶痛いっす」
「なかなか、上手くいかないね」
「草野だっさ。なにすっ転んでんの」
「お前がやったんだろうがああああ!」
「祐馬君、今ほどくから」
「あ、ゆっくりでいいよ」
「二時間くらいかけて?」
「そ、それは困るなあ」
「ずるーい!」
数回繰り返したものの、芳しい結果は出なかった。全員、最後まで余裕のあったジ―クバルドは除いて、くたくたになって祭祀場に戻った。
それから五日間、訓練だけの毎日が続いた。高校ではサッカ―部に入っていた国広でさえ泥のように眠るというのだから、やや運動部側気味だった下田には過酷な日々だ。さらには、既に一週間近くも過ごしてしまったという実感もある。ただ、それ以上のことは忙しさで意識が回らなかった。考えないようにしていた、と表現した方が正しいかもしれない。
何とか続けて来られたのは、誰よりも多くの雑用を請け負った担任の存在が大きい。
彼は、まともな服すら着れないという呪いを受けている。自分なら恥ずかしくてまともに動けないが、先生は違った。なるべく積極的に祭祀場の人間と関わり、彼らの仕事の一部を手伝うようになっている。それはもちろん、彼が信用を得ることで生徒達の安全を確保しようという意図なのは、皆が理解していることだった。実織の兄だということも納得できる行いだ。
だが、一つだけ、先生が自分の感情だけで動いていると感じる所があった。最初に、下田達に色々と説明をした火守女。彼を見つけると、彼女も一緒にいることが多い。というより、先生が彼女を常に探しているような節があった。火守女を見つめる、彼の視線はいかにもという感じで、気がついている者は大勢いた。高原達は信じられない思いでいるようだ。実織に確認の声が相次いだが、ちゃんとした答えは返って来なかったらしい。
この世界に来て、六日目の朝はいつもと違う目覚めになった。
目を開けると、枕元にそれがいた。
彼でも、彼女でもないのは、おおよそ人間らしい見た目をしていなかったからだ。薄汚れたぼろぼろの布切れを幾重にも身にまとい、背には大きな甲羅のようなものを背負っている。そのせいか腰が折れ曲がり、骨の浮いた細腕で杖をついた様子は老婆を連想させる。しかし、顔の部分が布で覆われて、表情が全く読めないのが、どこか異質さを感じた。
恐怖で、声すら出なかった。
それは下田からゆっくり離れると、背筋のざらつくようなしわがれた声を出した。
「おかしい。確かに、深いソウルの鼓動をこの辺りで感じたのですが。おや、あちらにも反応が。間違えたようですね。おお、おお、主よ。長い時を仕えてもなお未熟なこのヨエルをお許しください…」
「なんだ、こいつ」
草野も起き出して、鞘に収まった剣を取った。下田と同じく、引きつった表情でそれを睨んでいる。
「わかんないよ。起きたらもういて」
二人の反応にようやく気がついたかのように、ヨエルは後退し、両手を下についた。
「重き使命を背負った哀れな灰人よ。お目もじ叶い、光栄に思います。これは、私の心からの警告でございます。貴方達は騙されている。あの思い上がった大王は、数多の犠牲もいといません。我々と共に歩む道を考えなさい。ロンドールの再興を」
「何言ってんのか意味わかんねえ」
「だ、誰か呼んだ方が」
二人が具体的な行動を起こす前に、ヨエルは杖を掲げた。
「今はまだ、無知な赤子よ。賢明な判断を待っていますよ」
一瞬にして、その姿が消えた。
だがまだこの場に何かが残っているような気がして、草野としばらくそのままの状態で固まっていた。
「もう、いないみたいだな」
「ど、どうする?」
「最後まで、わけわかんなかったな。…とりあえず、集合場所に行こうぜ。頭が回らん」
下田は頷いた。ヨエルの言った言葉がまだ響いていたが、その意味を深く考えることはせずに、篝火の広場へと向かった。
集まっていた生徒達の雰囲気は、どこかいつもよりも沈んでいた。
座っていた新宮と実織が、こちらに気がつく。
「おはよ、下田」
「あ、うん、おはよう」
実織と話したのはかなり久し振りだ。ようやく緊張がましになっていたので、少し安心する。
「何かあったのか」
男子は口数が少なくなっている。女子の方は怯えている者もいた。明らかに異常だ。新宮が気味悪そうに答える。
「ここにいる全員が、同じ夢を見たらしい。それも、すごく不気味な夢で」
「どんな?」
「こう、みすぼらしい布を被ったおばあさんみたいな人が、耳元でお前じゃないって話してくる夢。怖いよね。草野君達も見てない?」
思わず、草野と顔を見合わせた。
「夢じゃないけど、俺らの部屋に出て来たぞ、そいつ。よくわかんないこと話して、消えたけど」
「嘘、実際にいるの? やだ、本当に気持ち悪い」
「…それ、もう一回言ってみて。俺を見ながら」
「え、本当に気」
「紗奈、相手にしなくていいよ」
「くそう」
「で、その人何か言ってなかった?」
実織が訊いてきたので、下田は自分の懸念も交えて話そうとした。が、正面の大扉が開き、中途半端なまま話が中断される。
「灰の方々、またお会いできて嬉しく思います」
そこから最初に出てきた人物のおかげで、生徒達の間に漂っていた暗い雰囲気が一掃された。
「きたあああああああ、ヨル様あああああ」
草野がオーバーに彼女へ手を振る。ヨルシカはすぐに気がつき、微笑んで相槌をしてみせた。
「うわあ、綺麗」
「同じ人とは思えないね」
初日でも皆の前に登場し、鮮烈な印象を残した彼女は健在だった。暗月の剣という一団をまとめているヨルシカは、騎士というより姫の言葉が似合う。少し離れている所で眺めるだけでも、強く惹きつけられる何かがあった。
後から出てくる人々は、ジ―クバルドにカルラ、グンダ、アンリ、ユリア、ミレーヌとここ数日で知った面子に続き、かなり若い、下田達とそう年齢の変わらなそうな少女もいた。
「誰だろう、あの人」
草野が得意げに説明する。
「シ―リスちゃんだ。たまに俺達男子側に混ざって鍛錬してたな。彼女がいたからこそ、地獄のようなしごきにも耐えられたんだ。は―かわええ」
シ―リスはかつてエスト瓶を運んできた老婆と言葉をいくつか交わしている。草で編んだ花飾りを老婆にあげていた。
それから、彼女は緊張しているのか、かなり硬い表情で一点を見つめていた。その視線の先には、貴樹がいる。彼は何度か頷いていた。二人は既に知り合っていたのだろうか。
生徒達が静まるのを待って、ヨルシカが話し始める。
「数日の間、貴方達はよく頑張りました。なかなか直接見に行くことはできませんでしたが、報告はたくさん届いていますよ。今日は、その成果を試す時です。そう、記念すべき貴方達の初陣が間近に迫っています」
下田には、いまいち実感が湧かなかった。それはつまり、本当の実戦だということだ。しかし、何と戦えばいいのかわからない。
「これから、この篝火の力によって不死街と呼ばれる場所に移動することになります。私達の第二の拠点となる所ですが、定期的に亡者が大量に発生する危険な地でもあるのです。その掃討が、最初の任務です。素晴らしい働きを期待していますね」
言い終わると、ヨルシカは開いたままの大扉に向かって歩いていく。生徒達に言葉をかけるためだけに出てきたようだ。惜しむ声が上がる中、端で影のように立っていた火守女が篝火に近付いた。
「皆様、篝火の周りに集まってください。不死街への転送を行います」
生徒の誰も動こうとしなかったが、ジ―クバルド達や貴樹が躊躇いもなく指示の従ったのを見て、ようやく集まり出した。
火守女が燃え盛る火に手をかざす。
彼女の口が動くのを見た直後、周りの景色が一変した。
朽ちかけた、家の中だ。中心に小さなたき火が揺れている。その周囲に、下田達が現れる形になっていた。
「外に出るぞ。話はするな」
カルラが呼びかけ、張り詰めた空気の中で生徒達は家の外に出た。
「すげえ。全然違う場所だ」
草野が小声で言ってくる。
視界が一気に開け、祭祀場周辺とは全く異なった風景がそこにあった。確かに街の体裁は整ってはいる。どの建物も木造で、どこかしらが破壊されている。遠くに見える石造りの橋が草木に浸食されている。普通に生活していてはあまり見られない、不思議な光景ではあったが、得体の知れない不気味さもあった。
「問題の亡者共が集まっている場所まで、固まって動く。何かが襲って来ても、下手な行動を起こすな。我々が道中の安全を確保する。では――――何だ?」
カルラは言葉を止めて、真っすぐ上がった手の方を見た。
「僕はどうすればいいんですか」
貴樹は困ったように尋ねた。