「ジェニファー様、私もいつか精霊に頼るだけでなく、自ら剣を取って前線に立てるようになるでしょうか?」
「可能なんじゃないか?ソフィは見てのとおりだし、ティセも、弓はあれで筋力勝負だからな。実はエルフィンは筋肉万歳の超肉体派部族なのではと我は睨んでいる」
「そ、そうだったのですか……!?」
「(……いや、適当だけど)そこへ来てセシル、汝はハイエルフィンだ。つまりより高位のエルフィンな訳だ。
それは、即ち無限の筋肉の可能性が汝には眠っているということ……!!」
「おおっ。なんだかやれる気がしてきましたっ!」
「よし。では我の得物を貸す。振ってみろ」
「ありがとうございま………にゃああっ!?」
――――ジェニファーが手を離した瞬間“水晶”を床に落とすセシル。
「す、すみませ、ふぬぬ。むー、むー!」
――――頑張って持ち上げようとするが、ぴくりとも動かせないセシル。
「うぅ…お願い、いふりーた」
――――涙声で炎の巨人に持ってもらおうとお願いするが、「ダメだこりゃ」と言わんばかりに頭を振られるセシル。
「……あれか。かーわー↑いーいー↓とか言う場面なのかこれは」
…………。
「そうだ、ちなみにさっきの会話の内容、ソフィとティセには話すなよ?」
「え、でも―――」
「いいから。エルフィンは肉を食べない代わりにプロテインで日々筋肉を鍛える部族だというのは、濫りに口にしてはならぬ掟らしいからな」
「そうなのですか?ソフィ様、ティセ」
「――――――、………(ゆっくり背後を振り返る)」
「「………うふふ(満面の笑顔)」」
「―――さらばだッッ!!」
「「待ちなさい―――ッッ!!!」」
「………三人とも楽しそうです。いいなあ……」
以上。セシルは色々適当吹きこんでリアクション楽しみたいよね。
というかうちの巨大武器二刀流幼女はどの口でほざいてるのか。
あと一応その“水晶”の刀、一族に伝わる祭具でもあるんだから丁重に扱おうな。
それはさておき、以下第2章入りまーす↓
世界樹の種子の場所を感知できる、ある意味冥王以上にアイリスの活動の要である世界樹の精霊ユー。
その感知精度は実はざっくりしたもの―――と本人は言っているが、冥界から地上の地図を広げてこの辺に種子があります、と言える程度にはとんでもないものであったりする。何せ世界を超えているのだから。
さて、ではその世界中に散らばっている種子を、アイリス達は何処からどういう順番で回収して行っているのか。
ある時は、ちょっと近くの街の名産品を食べたくなったから。
ある時は、その辺りに生息するモンスターから素材を集めようとして。
ある時は、祭りをやってるので景品をせしめるついでに。
ある時は、地上は夏なのでせめて涼しい大陸北部で旅をしたいから。
ある時は、地図にダーツを投げて刺さった場所だったから。
前回の旅で寄り道を窘めたベアトリーチェであったが、むしろアイリスの旅自体が寄り道のついでに種子を回収しているようなケースも多々あるのである。
ちなみに、最後の方法を提案した馬鹿が誰かは言うまでもない。
今回の旅もそれ相応に軽い理由で、前回倒したスライム型種子持ちモンスターに懸賞金が懸かっていたのでそれを受け取るついでに種子を探そう、というある程度マシな部類に入る場所の決め方であった。
という訳でやって来たのは、前回行ったルクトラ村にほど近いヴァルムバッハ公国国境の街、キーセン。
世界樹炎上以来大量発生しているモンスターの駆除のため、皮肉にも景気が良くなった冒険者達で賑わう交通の要所である。
賑わう、と言っても隣国が不穏な動きを見せている中いつ侵攻対象になってもおかしくない拠点のため、どこか剣呑さと物騒さを孕んだ賑やかさではあるが。
とはいえ意識してかせざるか、ご機嫌な笑顔で懸賞金を受け取ったユーが、興味深そうにファンタジー世界の定番・冒険者ギルドの内装を見回していた。
「ふむふむ。こういう風になってるんですねー」
「おのぼりさん丸出し……」
「ラウラ、お疲れ様ー」
「牽制しただけ。本業じゃなくて、単にからかい半分悪意半分だったし」
「それは100%悪意と大差ないのでは?」
「柄の悪いところじゃそんなの悪意とも呼べないわよ」
大金を持った能天気そうな少女という絶好のカモがふらふらしている訳だから、チンピラ紛いも多いこの場所では誰かが目を光らせていないと次の展開が手に取るように分かったことだろう。
擦れた視点のラウラとフランチェスカ、どうでもよさそうなラディス、眉を顰めるクリス。
自分が彼女らの話題の中心になっている自覚のない世界樹の精霊様は、ふと賞金首の手配書が張られた板に目を留めた。
それを一緒に覗き込むのは、アイリスの中でも低身長の三人。
厨二幼女ジェニファー、エルフィンの王族セシル、ドワリンの元義勇兵イリーナ。
ドワリン―――主に北方の国ドワリンドに住む亜人部族で、鍛冶と工業を得意とする、要はドワーフ的なアレだ。
例によって小柄で年齢の割に幼く見える容姿をしており、ダークブラウンの髪を腰下まで長く伸ばしているのがイリーナのせめてもの大人アピールなのだろうか。
これでいて戦場では、世界観に合ってるのか分からない機関銃の掃射で敵を蹴散らしていく頼もしい仲間である。
「これなんか悪そうな顔してますねえ」
「“片耳のガズ”、およそ大抵の犯罪はやったぜ、という類か。
主な罪状は組織だった人さらいと人身売買で、行方不明者の家族からの積み増しで懸賞金が跳ね上がっているな」
「………人さらいは許せないであります。私の故郷でも、戦争で身よりを無くした子供が何人も行方不明になっていました」
おそらくろくな末路を迎えなかったであろう顔見知りの子供達を思い出してか、怒りに震えるイリーナ。
その持ち前の正義感で、一行の中心である冥王に向き直り―――、
「冥王殿、我々でこいつを捕らえ、攫われた人々を助けませんか?」
「物覚えが悪い生徒ですね。我々の目的は種子の探索、何度言えば分かるのですか?」
ベアトリーチェに切り捨てられる。
しかし、と納得いかない様子で食い下がるイリーナに、正義の味方ごっこがしたいなら義勇兵に戻ってはどうですか、と痛烈な皮肉を添えて。
見かねたフランチェスカが口添えするが、教師役の黒髪メイドの冷たい視線に折れたイリーナが発言を撤回する形でその場を収集するのだった。
そんな空気の冷えるやり取りの裏側で。
「もっと金額の大きい紙が……でも似顔絵が書いてません。
えーと、なになに……『銀髪鬼姫』?」
「―――っ!!?」
「異色双眸の銀髪の女。邪教を崇拝し、聖樹教会の上級神官1名、上級騎士5名、中級騎士18名、その他多数の僧兵及び神官を惨殺。その残虐性から、懸賞金は生死問わずとする。
………ふーん?」
「よっぽど教会の恨み買ってたんだなこいつ。一人だけ金額の桁が違うじゃん。ね、ジェニファー?」
「いまいちネーミングセンスが……いやこれはこれであり、か……?」
「こ、怖いです……一体どんな人なんでしょう?」
「―――ふっ。そうだな、邪教を崇拝するというからな、邪神の敵と一度みなした相手はその首を落とすか血飛沫で大地を染めるまで止まらぬ、そんな狂気の存在に違いない」
「えぅっ!?」
「身の丈よりも巨大な刃物を両方の手に構え、命乞いをする神官をばらばらに斬り刻むのだ。まさに鬼か悪魔が人の皮を被った化け物なのだろうな」
「ぴぃっ!!?」
「ひいいいっっ。世界にはそんな怖い人がいるなんて!旦那様、旦那様ぁ~~っ!!」
よしよし。大丈夫、その人がセシルを襲うことは絶対ないから。
「ぐす。本当ですか……?」
だよね、ジェニファー?
「うむ、主上の仰る通りである」
「突っ込まんぞー?」
クリスが居るために眼帯をしている幼女が、ラディスの阿呆を見る目を浴びながら自分の手配書で箱入りお姫様をからかって遊んでいた。
その騒ぎには参加せず、出奔した女神官は、穴が開きそうなほどに真剣な表情で何度も己の古巣が依頼を発出した手配書を読み返している。
そんな彼女に、猫の亜人が平淡な声で問いかけた。
「改めてショック?」
「ラウラさん。……いいえ、ジェニファーさんとの最初の出会いは、冥王様の祠を破壊しに来た“いつもの”聖樹教会の手先だと剣を突き付けられたところからでした」
クリスの脳裏に、初めて出会った時のジェニファーの姿が思い起こされる。
その虹色の右眼には暗い復讐心のみが渦巻き、神官服を着ていたというだけでこれまでに感じたことのない殺意と敵意を向けられた。
事実あの時アシュリーが少しでも調子が悪ければ、何かミスをすれば、クリスの息の根が止められていたのは間違いない。
そんなジェニファーの手が教徒の血に濡れていないと考えるのはあまりに能天気が過ぎたし、彼女自身もそれを否定していない。
勿論信仰に篤く、命令に忠実だっただけの同輩である聖騎士や神官達が屠られたことに何も感じていない訳ではないが。
原因を作ったのは聖樹教会で、ジェーンの一族を滅ぼし復讐鬼へと変えたのも聖樹教会。これでジェニファーを批難し糾弾するには、羞恥心が邪魔をする。
「逆に、ラウラさんはどうなのですか?」
「私は、まあ知ってたし。
セシルやファム、あとはエルミナかな?あの辺りに教えるのはちょっと刺激が強いかなって思うけど………人を殺したってだけなら、アシュリーやクレアの方が人数的には多いだろうし、私だって経験が無いわけじゃない」
何日も同じ屋根の下で過ごした。
何度も一緒に冒険の旅に出た。
ジェニファーが何の理由もなく殺人に手を染めるような奴ではないと判断するには、それで十分だ。そして。
騎士が賊を処断する、傭兵が戦場で敵兵を斃す。復讐者が家族や友の仇を討つ。
理由があれば………殺人それ自体が絶対に間違っていると言えるほど、この世界の命の価値は高くない。
勿論命は尊いものである、という普遍的な倫理観自体はある―――それはそれとして、人さらいなどという生業が成立する程度には、時と場合によって価値が果てしなくインフレするというだけで。
「あとその手配書の罪状、教会に都合のいい言い分しか書いてないから、単純に胡散臭い」
話に割ってきたラディスが指摘するのは、手配書の“女”が教会の騎士や神官を殺したのは邪教を崇拝する気狂いだからみたいな書き方になっている点。
たかが童女に騎士達がいいように殺されて、保たねばならぬ面子はあるだろう。異教徒を一方的に異端審問にかけ、略奪と虐殺を働いたのが原因とは流石に大っぴらには言えない外聞もあるだろう。だが。
都合が悪い事実に対する嘘と誤魔化しは情報操作の基本だが、誇張表現や恣意的な記述を見透かされた場合、もはや主張の全てが顧みる価値なしと思われるリスクを孕んでいる。
愚鈍な信徒さえ騙せれば、それでいいのかも知れないが。
「“信じるものは救われる”、ですか――」
「踊る阿呆に見る阿呆。お祭りはさぞ楽しいんだろうね。踊らせてる阿呆はもっと楽しそうだ」
聖句にあてつけた皮肉、こんな場合にも使用できる厨二の戯言をクリスは呟く。
それを受けて、教義のためというよりは組織の利益のために動いているようにしか見えない聖樹教会と、それを妄信する教徒の有様をお祭りに例えて改めて皮肉を継ぐ。
疫病が蔓延した村で、親類総出で効きもしない迷信に縋っていた幼少期を過ごし、宗教というものを論理的な視点からしか見ないラディスの皮肉は切れ味鋭い。
「私、聖樹教会を出奔していた、んですよね……?」
少なくともアイリスとして活動している今、クリスが上級神官の職責を放棄しているのは間違いない。
だが、そうなってからの方がむしろ、聖樹教会という組織が抱える構造的矛盾を突き付けられる機会が増えた気がしてならないのであった。
Q.厨二幼女、流石に経歴が血生臭すぎるんだけど、ちょっとアイリスに受け入れられ過ぎじゃない?
A.だって世界観そのものが割と血生臭いし……。
ある意味で言い訳回。
話数を重ねるとノリと勢いだけで誤魔化すのが辛くなるので、ちょっと理論武装したくなる。
藪蛇になることも多いけど。
あとはタグ通り隙あらば巨大組織をディスっていくスタイル。