あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

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種子を追う者2

 たまたま前回に引き続き今回も、と言うべきか。

 あるいは、力を得て増長したが故に、正道を往く者と必然的に衝突することになるのか。

 もしかしたら世界樹の種子そのものが、お互いを引き寄せる運命を宿しているのか。

 

 街を出て種子を捜索する冥王一行が辿り着いたのは、近々住民を騒がせている人さらい集団のねぐらとなっている洞窟。

 その頭領たる“片耳のガズ”が、今回アイリス達が探し求めていた種子持ち(シーダー)だった。

 

 自分達を討伐しにきたものと勘違い―――女子供が多数とはいえ、武装した騎士や見るからに魔術使いがいれば無理もないが―――した賊の集団はそのまま戦闘に突入することとなった。

 

「殺せオラぁ!!」

「成敗!」

「ここで逃げてもどのみちオカシラに………死んでたまるかああっっ!!」

「勝手なことを……言うなであります!」

 

 賊とはいえ、種子持ちのリーダーに恐怖で統制された荒くれ者達。

 敵味方入り乱れる乱戦となると、流石のアイリスも鎧袖一触で殲滅とはいかない。

 

―――さて、こういう集団戦において“突破力”が高いのは誰か?

 

 “疾風”の異名を取るアシュリーは、剣閃は優れども騎士鎧の重さで移動速度そのものは他の前衛アイリスとそこまで差はない。

 猫亜人(ミューリナ)のラウラ、暗殺者スタイルのベアトリーチェが俊敏さに優れるが、流石に敵のど真ん中を突っ切るような戦闘機動はあまりしない。

 

 俊敏。身軽。―――そして文字通り障害を“ぶっ飛ばし”ながら突き進めるジェニファーが、結果として奥で構えるガズと斬り結ぶことになっていたのだった。

 

「そそるぜ嬢ちゃん。おめえの耳も削いで、おいしくいただいてやるよ」

「あいにく片目の時点でずいぶん難儀している身の上でな。

 貴様の包茎マラでもしゃぶっていろ!」

「ジェニファー!?あとでお説教だからね!!」

 

 刃こぼれの多い蛮刀と水晶の大刀が打ち合う中、ガズが己の異名の原因となった習慣―――獲物の片耳を削ぐという残虐な嗜好を眼帯幼女に向ける。

 友好的にする理由も、まして性癖に付き合う義理もないジェニファーは下品なスラングで返した。……フランチェスカのお叱りの声は、剣戟や銃声に紛れて聞こえないことにしておく。

 

「そおら!」

「っと!?」

 

 というより、種子持ちのこの大男相手に、片目を封じた状態のジェニファーが注意を逸らす余裕はない。

 顔に走る傷が斬り合いの経験を物語るガズは、豪快そうな逞しい体躯と裏腹にいやらしいフェイントを何度も斬撃に織り交ぜてくる。遠近感が掴みにくい、というこちらの弱みも見越した上で。

 普段訓練しているアシュリーや、かつて斬殺してきた騎士達の剣は基本的に素直なため―――あれはあれで極まると厄介なのだが―――いまいち勝手が違って踏み込みにくい。

 

「ちょこまかと……」

「当たらん」

(とはいえ。他のアイリス達が雑兵を片付けるのまで耐え忍ぶ、というのも締まらない)

 

 防戦に徹すればそう容易く墜ちるジェニファーではないし、不確定要素のガズを抑えている限りはアイリスが種子を持たぬ盗賊たちに後れを取ることはあるまい。

 そのうち応援に駆けつけてくれるから協力して倒せばいい……というのは、当然ながらこの厨二の好みではない。

 

 それに模擬戦ならともかく“殺し合い”の場において、そういった他者の助力をあてにした考え方は足元を引っ繰り返される油断と隙に繋がる。

 仲間と協力できるならするべきだが、当然の前提とすべきではないというのは、暴走ジェーンが聖騎士の“部隊”を何度も殲滅してきた経験からくる持論。

 後衛が魔法を撃って援護してくれる―――その魔法を利用して繰り出す魔剣エンチャントに、咄嗟の反応が出来ていればもう数十秒は生きられたかもという騎士も多かった。

 

 故に、ジェニファーは仲間を待たずに勝負を決めにかかる。

 

「我は冥戒十三騎士が終の一騎、『黒の剣巫』ジェニファー=ドゥーエ。

……ああ、やはり『銀髪鬼姫』では少々ダサい」

「あん?」

「我が名を冥土の土産に覚えおけ、というやつだ」

 

 そう言ってジェニファーは“水晶”を両手持ちから左手に構え直し、空いた右手で眼帯に手をかけた。

 

 隙ではあるが、斬りかかっても間合いの外に逃げられて終わりだろう、だがわざわざ何故そんなことをするのか。

 意図を読めず、ガズは幼女が眼帯を外すのを見過ごした。

 

 それが彼の、致命たる失策。

 

「目覚めろジェーン!」

「はっ、バカが!」

 

 虹の瞳を晒しながら、左の“水晶”が上段から斬りかかる。

 半身になって躱したガズは、勝利を確信した高慢な笑みで蛮刀を斬り返そうとする。

 

「馬鹿は貴様だ!!」

 

 それよりも速く、虚空より顕れ巫女の右手に握られた“黒”が、大男の胴を深々と横薙ぎに切り裂いていた。

 奇術じみた小技、だが斬り合いの最中に突如相手が二刀流に変わる理不尽が、賞金首に敗北を運んでくるのだった。

 

「ぐはっ!!?……ふ、くく、なるほど『銀髪鬼姫』か。

 俺の最期がお前みたいな大物だなんてな。光栄だよ、殺人鬼―――」

 

 ガズは崩れ落ちながら、銀髪オッドアイの幼女を見て憎まれ口を叩く。

 その死に顔は、凶悪ながらも楽しそうな笑顔であった。

 

「ふん。本当に、ダサい呼び名だな」

 

 黒衣に散ったどす黒い血飛沫を払いながら、同じように憎まれ口を叩くジェニファーなのであった。

 

 

 

………。

 

 ジェーンがクリスに反応しないよう、眼帯を付け直し終わった頃には、頭領を討たれた盗賊達が武器を捨てて投降していた。

 その時点までに生き残れなかった者に対して、クリスとパトリシアが黙祷を捧げている。

 

 そしてちょうどそのタイミングで現れた一団があった。

 

「これは、お前達がやったのか?」

 

 問うたのは、先頭で馬上から見下ろす男だった。

 先ほどのガズ以上の筋骨逞しい大男だが、後ろに流した黒髪や馬に括りつけた戦斧には洗練された小奇麗さが覗え、後ろの武装した男達もその指示一つで整然と歩みを止める辺り、正規の訓練を受けた兵士達であることが察せられる。

 

 盗賊などとは明らかに異なる戦士達。

 戦闘終了直後ということもあり、武器こそ構えないもののアイリス達も警戒の滲んだ表情で彼らを観察している。

 

 まあね。まずかった?

「いや、手間が省けた。当然報奨金は保証しよう」

 

 リーダーの当然の責務として、相対したのは冥王。

 鉄火場の緊張感冷めやらぬこの場において何の気負いもない冥王の居住まいを観察しながら、馬上の男は明確に立場のある人間としての言葉を紡ぐ。

 その様子を窺っていたアシュリーが、はっとした様子で男の顔を見上げた。

 

「もしや、貴公はゼクト公……っ!?」

「む、そういう貴殿は『白銀の疾風』殿か。いかにも、俺がこの国の国主であるゼクト―――、」

 

「はぁい。お久しぶりー♪」

「―――フランチェスカ!?」

 

「………ゼクト=フランチェスカ様と言うのですか。フランチェスカ様と同じ名前だなんて偶然ですね!」

「んなわけないから。何、知り合い?」

「んー、これ言ってもいいのかなー?部下の兵士さん達も居るからなー?」

「黙っていてくれると非常にありがたい……!」

 超気になる。

「あ、あら?うふふ、やきもち焼いてくれた?ねえねえ?」

 

 威厳を持って自己紹介していたところに、ジェニファーのほっぺをうにうにして言葉遣いを説教していたフランチェスカが割り込んだことで一気に空気がぐだぐだになる。

 当の踊り子は嬉しそうに冥王に絡み始めるし、ゼクト公の部下の兵士達は主の慌てぶりとフランチェスカの煽情的な服装や美貌を見比べて察したような苦笑いになるし、一応盗賊の死体はその辺に散らばっているのだが緊張感は既に皆無だった。

 

 ここにいる人々が特別図太いのか、この世界がそれだけ殺伐としているのか―――まあ後者なのだろう。

 

「ユー。種子を回収した」

「あ、お疲れ様ですジェニファーさん。一人で敵の親玉やっつけちゃうなんて。

 お怪我はないですか?」

「今引っ張られた頬が痛い……」

「大丈夫ですか?……あれ?でも、どうしてフランチェスカ様はあんなに怒っていたのでしょう?

 ジェニファー様、ほーけーまらってなんですか?」

 

「…………。今ちょっと痛烈に反省した。反省したから、訊くなセシル。あとその単語は二度と口に出すな」

「はあ……?」

「ティセがお留守番で良かったね。矢が飛んできてたかも」

 

 ガズの遺体から回収した世界樹の種子をユーに投げて寄越すジェニファーの頬は赤く染まっている。

 普段から割と好き勝手な言動が目立つ彼女も、流石に純真そのもののセシルに卑語を言わせたことには罪悪感を抱くらしい。そんな残念幼女の頭をぽんとラウラが撫でるのだった。

 

 

「―――子供?子供に戦わせているのか!?」

 

「……ん?」

 

 

 露出した右腕に返り血の跡が残るジェニファーの姿を認め、ゼクトが驚愕の声を上げる。

 ユーやイリーナと違い耳の形から人間だと判る幼女は、外見と実年齢がほぼ一致すると考えていい。

 

 つまり彼の眼には、冥王やアイリスが九歳児を賞金首にぶつけて剣で斬り合いをさせた集団と映ってしまった。事実ではあるが。

 公や部下達の視線に非難の色が混ざり始める。

 まずい、と思い当人であるジェニファーが他の仲間や冥王にはできない弁解をまくし立てた。

 

「逆に珍しい反応だな。……公、賊討伐の陣頭指揮を自ら為されていることといい、為政者として立派な良識を持っておられることは大変ありがたいが、我は我の意思で主上に仕えている。

 その慈しみの心は己が領民に注ぐがよかろう」

「だが、君のような子が……」

「生憎純真無垢な愛嬌を振り撒いていれば蝶よ花よと愛でてもらえる生まれ………ではあったな、一応。

――――だがもう無くなった」

「「……っ」」

 

 ジェニファーがよしとしていても、周りの大人達が止めるべきではないのか―――そういった視線を誤魔化す為に闇を撒き散らす幼女。聖樹教会組に流れ弾が行っているのはいつものことなので気にしない。

 ただそのセリフ回しは完全にネタの使い方が間違っている。ここでヒュー!とか言える奴が居たらただの外道だ。

 

「何、商品価値が付くなら子供でも金貨に化ける。剣が振れるなら女子供老人拘らず戦士に化ける。哀しくとも、人の業だろう?」

 

 

「――――そんなの、違うであります!!」

 

 

 いい感じに回転し始めたいつものバックボーンのせいで謎の説得力を伴う厨二幼女の戯言、それを止めたのはイリーナの叫び声だった。

 突然の乱入に何事かと集う視線を意に介さず、彼女は冥王に頭を下げた。

 

「賊達の尋問を行ったところ、攫われた人々は国境を越えた先の帝国の街に引き渡された後とのこと。それも、子供ばかり………お願いです、助けに行かせてください!」

「……またその話ですか」

「我々の使命が重大であることは承知しています。兵士ならば、目先の損失に囚われて目標を疎かにするなど言語道断であることも。ですが、私は自分に嘘を吐いたまま後悔を背負って戦い続けることはできません―――!!」

 

 一度は折れたベアトリーチェの冷たい声に、今度は食い下がるイリーナ。

 帽子を脱いで下げたその茶髪頭は、肯定の返事を聞くまで決して上げぬとの決意が伝わってくる。

 

「恥ずかしながら、此方からもお願いしたい。我が国民を国外に拉致されたのを放置するのは論外だが、この緊張した情勢下で救出の兵を帝国に潜入させるのも難しいのだ」

 

 居合わせたアイリスの大部分はイリーナの子供救出に賛成の意見だが、ベアトリーチェの説得が叶わなければ禍根を残すだけ。冥王との付き合いがアイリスで最も長く、彼の思想を最も理解し最も優先させているのもベアトリーチェであるというのが共通認識だからだ。

 冥界の主として、地上の者達の営みに極力介入しない―――その意思を尊重している以上は、冥王に従うアイリスとして彼女の意見も決して蔑ろにしてはならないものである。

 

 その援護射撃を行ったのは、己の立場として国民の救出を通りすがりの旅人の手を借りてでも成し遂げたい領主ゼクトと。

 

 あと、幼女だった。

 

「ベア先生。我もイリーナに一票だ」

「ジェニファー?先ほどあなたは子供が金貨に化けるのは人の業だと言っていましたが」

「言った。そしてそれを是としないのが人の道でもあるだろう?」

「ジェニファー殿……!」

「アイリスは確かに主上の手足だが、同時に人だ。アイリスの行いもまた“人の営み”である以上、主上の御意思を曲げることにはならなかろうよ」

「……屁理屈ですが、成程認めましょう。しかし種子探しの旅で寄り道をする理由がない」

「この地の領主直々に依頼されたのだ。今後も地上で活動するにあたり、権力者に貸しを作っておけば後々得になるのでは?」

「あの、そのゼクト公の御前で言うことではないかと思います……」

 

 子供の戯言ながら顔を引きつらせるクリス達を置いて、ジェニファーの詭弁を受けたベアトリーチェはしばし目を閉じて沈黙する。

 暫しの間を置いて、曰く。

 

 

「―――ご主人様、アイリスとしてこの救出作戦、行うべきと判断しますが如何でしょうか」

 

 

 いいよ。後悔のないように、みんな頑張って。

「………っ、はいであります。びしっ!!」

「よかったね、イリーナ」

「フランチェスカ殿。ありがとうございます、ジェニファー殿も!」

「……ふっ」

 

 ニヒルに笑って返したジェニファーの内心が、『よし、これで少年兵云々は誤魔化せた…!』であることは喜ぶイリーナには言わぬが花だろう。何せ厨二幼女の発言を整理すると、子供を戦わせるのは人道に悖ると自分で認めてしまっているのだから、有耶無耶にできたのはある意味有難かった。

 

「イリーナ、帰ったら弁論術の補習講義です。

 九歳児に口の上手さで助けられてどうするのですか、まったく」

「うっ。………謹んで受けさせていただきます」

 

 屁理屈でもいいからちゃんと理論的な言葉で説得し、メリットを提示すればすぐに呑んでくれた辺り、ベアトリーチェも実際そこまで頭ごなしに救出を否定していたわけではなかったのかもしれない。

 まあ、何はともあれ。

 

 アイリス達は、攫われた子供達の救出のため、帝国領潜入を決定したのだった。

 

 

 




 以下、上から順に作者的に会話が回しやすい子達。

ジェニファー:適当になんとなくかっこよさそうな言葉で分かった風な台詞をそれっぽく言うだけ。
ラディス:程々にスレていて、程々に人情家なのでやり取りに参加させやすい。頭が良くて皮肉な言い回しもできるし、あとボケには律儀に反応してくれる。
ラウラ:前半は同上。学とツッコミがやや不足だが、そこは亜人視点での発言で差別化。
セシル:いい感じに素直な反応を返し、イイ感じにボケてくれる。超可愛い。
クリス:厨二の戯言を全部真剣に受け止めちゃう真面目な子。可愛い。が、この作品自体ひたすらこの子の胃と良心をいぢめるコンセプトなので……。
冥王:我らが冥王様。普段お茶目な女たらし発言しつつ、締めるところは締めてくれる。
フランチェスカ:髪の毛がピンク色。

 あとはラディス・ラウラと同じ理由でコト、真面目ちゃん系でティセが使いやすそう。

 ってことでセリフ的には結構出番が偏る可能性が。嫁がこの中に居なかったらごめんなさい!


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