あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

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種子を追う者4

 

 一度子供達を街の外まで連れ出してしまえば、アイリス達が散々引っ掻き回したこともあり娼館の者達が追ってくることもない。

 だからひと安心……かと言えばそんなことはなく、むしろここからが救出作戦の最も困難なところだ。

 

 正規の街道が使えないため、モンスターの出没する山道を、幼い子供達を連れて行軍するのである。

 

 ジェニファーを見ていると忘れがちだが、幼女とは本来、間違っても数十キロの大刀二振りを担いでフルマラソンを駆けられる存在ではない。

 男の子だって二次性徴に入る前では似たり寄ったりで、頻繁に休憩を挟まなければ完全にバテて余計に移動速度が鈍るのが目に見えていた。

 

 故郷に帰りたい、家族に逢いたい―――その一心で泣き言も言わずに頑張る子供達ではあるが、山道で足場が悪いのも相まって如何せん往きしの半分以下の速度でしか進めない。

 そんなのろくさ進む一団に、頻繁にモンスターが襲い掛かる。

 

「絶対阻止。一歩も通さない……!」

「……くぅっ、神経使うわね!」

「笑顔ですよ、フランチェスカさん!子供達が見てますっ」

「そう…ね。ふふっ、格好悪いところ見せらんない、か」

 

 モンスターが一体でも子供達に向かってしまえばアウトという状況に、普段以上の警戒を強いられアイリスにも疲労が滲んでいる。

 普段ならなんてことはない雑魚スライム相手でも、必要以上の体力と精神力を消耗させられる。

 

―――それでも、と。

 

「ああもう、こんなんキャラじゃないってのに!」

「アイリスに泣き言は要りません。ほらラディス、あちらのジェニファーに倣って決めポーズを」

「絶対やらん!!」

 

 やせ我慢で笑う根性では誰にも負けないパトリシアを筆頭に、せめて格好いい正義の味方を取り繕う彼女たち。

 

「おねえちゃんたち、すごい……!」

「かっこいい!!」

 

 その想いが通じたのか、あるいは子供達の眼にはちゃんとスーパーヒロインに映っていたのか。誘拐され異国の地に売られたことで濁っていた瞳に、希望の光が灯りつつあった。

 

「皆さん、本当にすごいです!」

「ぁぅ………!」

 

 一人だけどこか不思議な雰囲気を放つ、最初にジェニファーに縋り付いた金髪幼女。

 彼女を最初に見た時何故か表情がぎこちなくなったユーだが、すぐに仲良くなって二人でアイリス達の奮闘に目を輝かせていた。

 

 『全員無事に帰してみせる』という決意は、『全員無事に帰れる』という希望に。

 鈍いながらも歩みは着実に。山道はただの森に変わり、あと数刻歩けばそれすら抜けて国境の街が見えてくる―――そんな頃合いだった。

 

 

「主上、真っ直ぐこちらに向かってくる人間の一団がある。……帝国兵だ。数は指揮官らしい女を入れて十六人」

 

 

 斥候に出ていたジェニファーが携えて来たのは、一筋縄では行かぬと言わんばかりの凶報。

 こちらにも世界樹の種子を宿せしアイリスが十人居る………というのは、それ以上の非戦闘員を抱えて、しかも戦力的に盗賊の比ではないであろう正規兵を相手取るにあたっては不安要素の方が大きい。

 まして『指揮官らしい女』という言葉を口に出した時の、“あの”ジェニファーが警戒を見せていると伝えてくる緊迫した表情が楽観を許さない。

 

――――部隊を分けよう。ベア、アシュリー、ジェニファー、ラウラ、セシルで食い止める。残りは子供達と一緒に全力で離脱する。五人も、無理はしないように頃合いを見て退散して。

 

「「「……ハッ!」」」

「ご褒美、はずんでね?」「が、頑張ります!」

 

 冥王の決断は早かった。

 この場にいるアイリスのうち半数、対多数戦闘に実績を持つ騎士二人に俊足二人と森がホームグラウンドのハイエルフィンを殿(しんがり)として残すよう指示を飛ばす。

 そして残り半数のアイリスとユーと子供達にあと少しだけ全力で走って欲しい、と号令をかけた。

 

「冥王殿、しかしベア先生達は!?」

 みんなで早く森を脱出できれば、あの五人も長い時間戦う必要はない。大丈夫、彼女達ならそう簡単に負けない。

 

 負け―――即ち命を落とすという結末。

 ベアトリーチェは冥王の命令ならば這ってでも生還するだろうし、それぞれ帝国軍・教会騎士相手に抗い抜いてみせた経験があるアシュリーとジェニファーのしぶとさは折り紙つきだ。

 元ストリートチルドレンのラウラの強(したた)かさと逃げ足は言うに及ばず、セシルも森では精霊や野生動物のバックアップが十全に受けられるため四人の後衛補助をこなし切れる筈。

 

 己の部下を、可愛いアイリス達のことを信じている。心配していないということはありえないが―――『全員無事に帰れる』という希望を、『全員で無事に帰る』という覚悟に。

 その為の最善として、彼女達の命を預かる決断をするのが指揮官である冥王の仕事だ。

 

「―――――だめ……っ!」

「泣きそうな顔をするな、折角ここまで涙を堪えたのだから。

―――こういう場合は笑って“またね”だ、涙は再会の喜びまで取っておけ」

 

 何か琴線に触れるものがあったのか、あるいは最初に助けに来たアイリスだったので刷り込みのようなものがあったのか。

 金髪幼女は泣きそうな顔でジェニファーとの別れを渋るが、銀髪幼女は暖かい笑顔でそれを見送った。

 

「死ぬつもりはないようで何よりです。アイリスは肉の一片血の一滴までご主人様に尽くす運命、このようなところで勝手に死ぬなど許される筈がありません」

「……素直にみんなで生きて帰ろう、って言えばいいのに」

「何か言いましたか駄猫。無駄口は慎みなさい」

「えへへ……皆さんと一緒に戦うなら怖くありません。仲間、ですから!」

 

 思い思いに自分を奮い立たせながら、こんな時まで漫才染みたいつものやり取りを交わしつつ。

 

 いつもの銀装飾を散りばめた黒衣のジェニファーが、左右の手に大刀を担ぐ。

 鎖帷子を衣装に仕込んだ出で立ちのベアトリーチェが、小太刀二刀を鞘から抜く。

 旅装束の軽装のラウラが、短刀をくるくると弄び逆手持ちに収める。

 緑の民として自然に生きる祝福が施されたドレスを纏い、セシルが杖を握り直す。

 

 そして、異名の通り白銀の鎧を木漏れ日に煌かせ、アシュリーが騎士剣を正面に構える。

 

「皆……くるぞッ!」

 

 

「あーあ、どうせ逃げるんなら《種子》全員分置いていきなさいよ。

―――まあいいわ。ここに残ったお前たちは、私に種子を捧げてくれるってことでいいのよね?」

 

 

 傲慢、高圧的。

 引き締まったくびれが悩ましい肢体を蒼い鎧に収め、光り輝くような長いブロンドの髪を二房に分けた女が、地に着けた巨大な戦槌に凭れ掛かりながら品定めするかのようにアイリス達を睥睨する。

 

 帝国兵の顔全体を覆い、視界確保用のスリットのみが特徴的な兜が立ち並ぶ没個性の中、一人目立つ出で立ちで中心に佇む様はさながら女王蜂か。

 吊り目気味の顔立ちはよく見るとあどけないながら、高慢そうな嫌な笑みが嫌悪感を先行させてきた。

 

「種子、だと……?お前たちはそれが何なのか知っているのか?」

「世界樹の力の結晶でしょう?世界樹の恵みはこの地上を統べる帝国の頂点に立つ皇帝陛下にこそ相応しい。ほら、分かったらさっさとあんたたちの種子を差し出しなさい?」

 

 自分の要求が叶えられて当然とばかりの言い草に、カチンと来た表情をするアイリス達。

 どのみち戦闘が避けられないのを再確認しながら、ジェニファーが問うた。

 

「それで?世界樹の種子を献上してどうすると?」

「不老長寿の薬にするのよ。間もなく陛下は、愚かにも歯向かう国々を根絶やしにし、この地上に美しく完璧な秩序をもたらす。そんな偉大なお方には、永く美しいまま君臨していただかなければいけないでしょう?」

 

 大して情報が得られないのを見越して放った問いだったが、女はアイリス達を駆け引きする相手とすら見ていないのだろう、ぺらぺらと口上を垂れる。

 それに反応したのは、限界まで引き絞ったような声で女を睨みつけるアシュリー。

 

「美しく完璧な秩序…?奴隷商が幅を利かせ、民がまともに往来を歩けないあの陰気な街のどこを見てそう言える?

 そんなことのために、エリーゼ様を―――」

 

「エリーゼ……?ああ、いたわねそんな女」

「―――なに?」

 

「皇帝陛下に楯突いておいて、皇都に一人のこのこ現れたかと思えば戦いをやめろなんて指図してきて。頭がおかしいんじゃないの?

 ひっ捕らえて地下牢に叩きこんで、その後どうなったかは知らないけど………多少は見てくれもマシな女だったぶん、ロクな死に方できなかったんじゃないかしら」

 

「そんな、ひどいです!」

「最低……!」

 

 

「―――――ッッッッ!!!」

 

 

 音が聴こえない。

 

 セシルとラウラが非難する声も。

 自分の奥歯が軋る音も。

 

 仇と分かった帝国の女指揮官の嘲りを最後に、何も聴こえなくなった。

 アシュリーの脳裏に駆け巡るのは、旧主エリーゼとの記憶。

 

 騎士に任じ、剣を授けてくれた。

 傍仕えとして、領内視察のさなか民を笑顔で暮らせるようにと心を砕く姿を見せ、志を語ってくれた。

 魔物退治の報告をすれば嬉しそうに活躍を褒め、これからもあなたの力を貸して欲しいと言ってくれた。

 帝国に和平を訴えるため、旅立つ小さな背中を見送るしかなかった。

 彼女を守れずに燻っていたアシュリーが初めて冥界に降り立った時、魂だけの姿になっても心配と労いをくれた、背中を押してくれた。

 

 それら全ての映像が真っ赤に染まる。

 

 光届かぬ牢獄で、尊厳のない非業の死を遂げていい方ではなかった。

 あまつさえその最期を、それを承知で民の為に行動した覚悟を愚弄されていい筈がない―――。

 

 一度俯いた顔を再び上げた時、アシュリーは幽鬼のような表情で女指揮官だけを見据え剣を振りかざす。

 

「何よ、抵抗する気?手間かけさせないでよゴミども」

「………性根の腐った人間に悔い改めろと言う気はない。だが。

 種子を寄越せ?不老長寿の薬?美しく完璧な秩序?過ぎたオモチャに手を伸ばす糞餓鬼に、渡す飴など一つもない―――ッ!!」

 

 言葉を口にする余裕のないアシュリーに代わるジェニファーの啖呵を皮切りに、アイリスと帝国兵部隊の激突が始まった。

 





 ここから燦然と輝くリディアのクソ外道ムーブのお時間です(白目)
 そしてそんだけやらかしといて後々ヒロイン人気投票1位になる奇跡、というかライターと絵師と声優のプロのお仕事である。

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