あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

15 / 74
種子を追う者5

「セシルっ!」

「はい!」

 

 開戦の号砲は、セシルの上級精霊を介したフル出力の炎魔法。

 文字通り敵の戦力を溶かす業火が視界を埋め尽くし、帝国の部隊を全員まとめて舐める。

 魔導の心得がある帝国兵数人がかりで防壁を張るが、ハイエルフィンの秘術は半端な護りを悉く破壊し敵数の漸減と連携の撹乱を達成してみせた。

 

 森林で火炎を扱うのは―――と思いきや、周囲の樹木に延焼はおろか焦げ目一つない。

 精霊の加護により自然に害を及ぼさない大規模攻性魔術は、市街地や洞窟の中など閉所での戦闘や乱戦になった場合を除き、セシル参戦時の常套の開幕第一手となっていた。

 

「…ふう。あとはいつもどおり魔力を回復させながら皆さまの援護を―――、」

「このチビ、よくも仲間をっ!」

「どこを見ている?」

「ッ、速っ、ぐあああぁ!!?」

 

「陣形を立て直せ!待ってろ、今援護を―――」

「させない」

「……くっ!」

 

「熱い、あつい……っ!水を、誰か助け」

「―――さようなら」

 

 ジェニファーがセシルに向かう敵を引き受け、ラウラが周囲の木々まで足場にして三次元的かつ不規則に一撃離脱を繰り返し体勢を立て直させない。

 その傍らベアトリーチェが大火傷を負い行動不能になった敵兵を回復魔法で復帰しないようにトドメを刺して回る。

 

 一方的な展開――と言うのは上手くアイリスの連携が嵌まったからこそ。

 最初に流れを掴んで引き戻させない、という速攻戦術をどこまで息切れせずに持たせられるかに掛かっている。

 

 魔力を一気に使い切ったセシルはあとは牽制用の投射魔法か癒しの魔法を休み休み使えるだけ。そんなセシルの護衛に、一人は人数を割く必要があるためジェニファーは攻勢に出られない。

 機動力で敵を翻弄するラウラは、しかしその分敵の数倍のペースで体力を消耗する。ここまでの道のりでの疲労を合わせればあまり時間は掛けられない。

 

「そこまでだ、クソアマ!!」

「ええい、邪魔です―――チッ」

「軽いわ!」

 

 ベアトリーチェも、そもそも武器である小太刀の“切り裂く”性質上、フルプレートアーマーの敵兵を相手にするには相性が悪い。斬鉄をやってやれなくはないのだが、一端の剣技を修めているらしい相手の急所に刃を届かせるには中々に手間だと感じた。まして複数対一の状況では。

 

 そもそもそこらのチンピラ紛いなら最初のセシルの魔法で全員消し炭になっている筈で、帝国兵達は種子を持たぬとはいえ決して油断できる相手ではない。

 それどころか、体勢を立て直されれば人数で劣るこちらがジリ貧になる。

 もう少しこちらも頭数が欲しいところだったが、子供達を無事に街まで送り届けるため脱出組を手薄にする訳にもいかなかったし、今更言っても仕方がない。

 

 そもベアトリーチェは従僕、主たる冥王の判断に異論は挟まない。やるべきことは一つ、『全員で生きて帰る』というオーダーの達成。

 

「「………ッ」」

 

 一度親指と人差し指でLの字を作り、手首を捻って裏返しては戻す。

 未だ短い間なれど自ら戦訓を叩き込んだ教え子達には伝わると信じ―――戦装束のメイドは身を翻して逃走を始めた。

 

「逃がすか!」「追い込むぞッ」「……?慎重に行け」

「………(三人釣れた。あの勘の良さそうな一人は私が削りましょう)」

 

 やや左にカーブを描くように木々の合間を抜け、腐りかけの落ち葉を踏み散らしながら“わざと追いつかれる”程度の速度で走るベアトリーチェ。

 息を乱して体力が尽きかけの体を装う彼女の背中に、先頭の男が追いついて剣を振り上げる。

 

 

 その足元から、昼日中の森を真白に染める閃光が突然放たれる。

 

 

「眩し――くそっ!」「目がぁ……!!」

 

 張り出した大樹の根を跳び越した隙に落としていた閃光手榴弾が、追撃者の視界を奪う。

 あらかじめ目を閉じて爆発の瞬間をやり過ごしたベアトリーチェは、立ち往生する背後の三人の内狙いを定めていた一人の懐に潜り込み。

 

「かっ…は……?」

 

 神速の突きにて鎧ごと心臓を射貫く。

 

 倒れ伏す敵に突き立った得物を悠々と抜いて血糊を払い、同僚を殺された兵士達にベアトリーチェは指でちょいちょいと手招きした。

 ぷつり、と挑発された二人の血管が切れる音が聴こえた気がした。

 

 叫ぼうとしたのは、殺意に塗れた罵声。

 

「――――自分の居場所を見失っていないだろうか」

 

 聞こえてきたのは、嘲笑混じりの思春期ポエム。

 そして実際に鳴り響いたのは、片や“水晶”に袈裟にされた鎧、片や“黒”で唐竹二つにされた兜の断末魔。

 

 ハンドサインを受け取ってベアトリーチェと合流するように移動してきたセシルとジェニファー。

 そのまま二人を追ってきた者達の牽制を黒髪メイドが引き受け、銀髪オッドアイ幼女が攻勢に回る。

 

「存分に暴れなさい、ジェニファー」

「援護は任せて。最初の時みたいな失敗は絶対しません」

(お仕事完了……には、ちょっと早いよね)

 

「震えて祈れ。―――騎士を狩るのは、我はちょっと得意だぞ?」

 

 弱った敵の息の根を粗方止めたベアトリーチェが、精霊の光を臨戦態勢で周囲に滞空させたセシルの護衛に就く。

 生き残った相手にも十分なプレッシャーをかけ終えたラウラが、樹上で息を整えながらも機を窺う。

 

 残る敵兵はあと七人。しかも散々に主導権を握られた後で万全ではない。

 聖樹教会の精鋭騎士を一人で惨殺し続けた邪教の巫女、それが支援付きで突撃してくるのを止められる人数と質なのかを問わば―――解は明確に“否”だった。

 

 

 

―――兵士達の戦いは趨勢が決まった一方で。

 

「この……ッ」

「来なさい。遊んであげる」

 

 敵の将たる金髪の女指揮官と、紫髪の女騎士が一騎討ちを“演じる”。

 

 アシュリーの剣技はかつてないほど苛烈だ。

 内面の怒りを斬撃に乗せて、裂迫の気合が風を切る。

 

 それで“演じる”と表現したのは――敵手の高慢な表情が一度も崩れていないからだった。

 

「ほらほら、そんなもん?あんた確か“亡霊の騎士”だっけ、じゃあそのままお化けになっちゃえばいいじゃん」

「誰が……くぅっ!!?」

 

 斬撃は見切られ、反撃に唸りを上げる戦槌は掠るだけでも骨が砕ける威力を秘めているため容易に攻め込めない。

 ジェニファーのようにそれが超高速で振り回されるようなことこそないものの……大振りの合間を縫おうとしても、空中に突然発生する水塊がアシュリーを打ちのめす。

 

 所詮は水、鎧にぶつかっても飛び散るだけで威力こそ大したことはないが、視界を妨げ体勢を崩しテンポが狂わされるのは想像以上にきつい。

 鼻先三寸をハンマーが通り過ぎ、ひやりとする場面も多い。

 

 明らかなアシュリーの劣勢。それも、目の前の女は“遊んで”いる。

 詠唱している様子が無いためこの水が魔法によるものかは分からないが、その気になればもっと大量に生み出すことのできるものだと直感している。

 

 それがたまらなくアシュリーのプライドを傷つけていた。

 

 『亡霊の騎士』―――主を失ってなおエリーゼ公の領地を単身守り続けたアシュリーに帝国が付けた蔑称。

 それは一面の真理を突いている。

 

 滞在していた村の住人たちには感謝こそされていたが、墓守をやっていた時のジェニファーとやっていることに実質の差はない。

 主を守れなかった自責から死に場所を探していただけ。生きながらに亡霊だったのだ。

 

 事実、自身に宿る種子が世界樹の再生に必要と聞いた途端、未遂とはいえ自分で自分の体を切開しようとしたほどに。

 

 けれど冥王に必要とされて、救われた。エリーゼの魂に後押しされ、また騎士として歩き出した。

 

 なのに。

 

「あははははっ!弱い。よわーいっ!!」

「ぁ、ぅ………」

 

 水流に右から左から頭をはたかれ、脳が揺れる。

 一瞬霞んだ意識を気合で保った次の瞬間。

 

 横薙ぎの戦槌が、まともにアシュリーの左半身を叩く。

 

「~~~~あああああぁッッッ!!!?」

 

「うん。飛んだ飛んだ。おーい、生きてるー?」

 

 踏ん張らなかった分衝突のエネルギーはいくらか吹っ飛ばされる方向に逃げたものの、拉げた鎧が肩や脇を危険な強さで圧迫していた。

 左腕は当然のごとく曲がらない筈の箇所で折れ曲がり、その状態で勢いよく地面を転がったアシュリーに走った痛みは想像を絶するもの。

 

 悶え絶叫する女騎士の鎧は土に塗れ、その輝きは見る影もない。

 

「ま、こんなもんか。じゃあ―――種子ちょうだい?」

 

 痛々しいアシュリーの様子に僅かも感慨を抱いた様子もなく、女指揮官は戦槌を上段に振り被る。

 遠心力に重力の乗った一撃は、鎧ごと人一人をプレスして余りあるだろう。

 

 その寸前で。

 

「―――やらせないッ!!」

 

 クナイが首を反らした女指揮官の眼前を駆け抜け、ついで発生させた巨大な水塊がセシルの放った氷の矢を呑み込む。

 ラウラが短刀で斬りかかってきたのを殴り飛ばし、反対側から襲い掛かるジェニファーを戦槌で撥ね飛ばそうとして―――、

 

【よくも、せんぱいを】

 

―――吹き荒れた漆黒の靄が逆に戦槌を弾き、突き出された水晶の大刀によって女の頬に赤い筋が走る。

 

「この……っ」

 

 初めて女の表情が崩れ、怒りに染まる。

 飛び退いた女指揮官が左右を見渡すと、己が率いていた兵たちは全て斬り伏せられた後だった。

 

「~~~~。もう、本当に使えない駒ども」

 

 悩まし気に頭を振っていると、まだ息があったのか彼女の足元に倒れていた兵士の一人が血塗れの腕を上げる。

 

「指揮、官……。申し、わけ…ありま――――」

 

 

「触んないでよ。汚いじゃない」

 

 

 その手が女の足に縋り付く前に。彼女は瀕死の己の部下を道端の小石のように蹴飛ばした。

 それが止めとなったのか、その男は少し転がって完全に動かなくなる。

 脱げた兜から覗いていたのは、どこまでも無念に満ちた死に顔だった。

 

 敵とはいえ、あまりにあんまりな末路に、怒りを通り越した無表情で構えるアイリス四人。

 それに対し、なんてこともないかのように女は口を開いた。

 

「仕方ないか。今日のところは見逃してあげる」

「逃がすとでも?」

「あら、いいの?ここでもう一回暴れたら、そいつ本当に死ぬんじゃない?私はそれで構わないけど」

「………チッ」

 

 セシルが回復魔法を掛けているアシュリーを指して、女指揮官が戦いを切り上げる理由を作る。

 それと同時に、不自然に霧が辺りを包み込む。これも彼女の能力なのだろう。

 霧で視界が完全に閉ざされる前に女はジェニファーの紅と虹の瞳を睨み付けていた。

 

「ゴミの分際で私に傷をつけたこと、高くつくわよ」

「はっ。全身膾斬りにすれば大暴落するから問題ないな」

 

 アシュリーの仇の筈だが、何故か因縁が自分についたことに気づきながらも血生臭い挑発で返すジェニファー。

 そのまま、名も名乗らなかった女指揮官の姿は霧の向こうに消えていくのだった。

 

 やがて静けさが森を包み込む。

 

 

「……くやしい。悔しい………っ!!」

 

 

 そのせいで絞り出された涙声が聞こえてきてしまっても。

 誰も惨めさに心を折られたアシュリーを慰められる言葉を持ち得なかった。

 

 

 





 なんだかんだ中ボスを務めるだけあって素で強いリディア。
 後ろに冥王がいない状態で頭に血が上ったアシュリー一人で挑めばこうもなる。

―――でも最初くらい強キャラ感ばりばりにしてあげようと思ったのに、セリフの端々から滲む小物臭はもうどうしようもないのか……っ!?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。