あいりすペドフィリア   作:サッドライプ

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種子を追う者6

 

 兵士達の死体を埋葬しがてら、アシュリーがなんとか立ち上がれるようになるのを待って出発した足止め組五人。なんとか日没前にキーセンの街に戻った彼女らは、無事冥王達と合流することができた喜びもそこそこに宿で泥のように眠っていた。

 ベアトリーチェはことのあらましを冥王に報告するまでは気合で起きていたが、彼が休むように伝えるとふらつきながらベッドに向かい、そのまま倒れ込む。

 

「………ぅ?」

「しーっ。起こさないようにしてあげてください。

 みなさん大変お疲れでしょうから」

 

 子供達とその護衛、あとは冥王とユーの脱出組はあれからモンスターと戦闘になることもなく街に入り休息を取っていたため、ひと眠りして元気を取り戻していた者も何人かいた。

 うち一人、例の金髪幼女は部屋の壁際に水晶の大刀を放り出して静かな寝息を立てるジェニファーに近づいては首を傾げるが、ユーが制止すると大人しく今晩ユーと二人で使うことになるベッドの縁に戻ってくる。

 

 足をぷらぷらさせながら、隣のベッドで眠ってさえいれば非常に愛らしい銀髪幼女の寝顔を眺める金髪幼女。

 暫くそうしていると部屋に入ってきた冥王が、ジェニファーの毛布がはだけているのに気づいてそっと優しく直してあげる。

 

「………ん!」

「あ、もしかしてそれが言いたかったんですか?ふふ、優しい子ですね」

 

 十二人分という大所帯の荷物を整理していたユーが振り返って、微笑みながら声量を抑えた声で幼女を褒める。

 冥王もその頭を撫でると、次いでユーの白い髪をそっと撫でつけた。

 

 ユーもそろそろ寝よう。アイリス達はみんな休んでる。

「冥王さまこそ、もうお休みになってください。戻ってから一睡もしてないでしょう?」

 ユーが眠ったらね。

「………そう、ですね。今晩はそろそろ切り上げます」

 

 冥王とユー。世界樹の種子探索にあたり不可欠な二人だが、地上での戦闘力が皆無な二人でもある。

 そして、役割分担とはいえ戦えないことを開き直れる性格をしていない。だから。

 

 冥王はせめて皆の無事を一人一人確認しなければ休めないと。

 ユーは戦う以外のことでできることは自分が引き受けようと。

 

 仮に足止め組の帰還が一日二日遅れても、二人は彼女達の無事を確認するまで一睡もせずに待ち続けたことだろう。

 

「今回は大変でしたねー」

 帰るまでが種子探しだよ?

「もう、なんですかそれ。でも今日は本当に疲れました。おやすみなさい、冥王様」

 おやすみ、ユー。

 

「んー……」

「おいで。眠くないかもしれないけど、灯り消すから。ごめんね?」

 

 鈍い身体を動かして自分に割り当てられた宿の個室に戻っていく冥王を見送り、世界樹の精霊は二人の間でじっとしていた幼女に声を掛ける。

 その反応を待たずして、どっと睡魔が意識に染みたのかランプの灯りを落としたと同時に枕に突っ伏したユー。

 

 月の光だけが射しこむ暗い部屋の中で。

 

「………」

 

 ヒトの姿を取った“精霊”の寝顔を、感情の読めない視線で幼女はずっと見下ろしていた。

 

 

 

 

…………。

 

 翌日の午後。

 

 無事子供達が戻って来たと聞いて領主邸から飛んできたゼクトと、疲れの抜けきらない冥王一行が、街の中心に建てられた公の別邸で対談していた。

 解放された大広間にはゼクトと彼の部下、アイリス達の他に保護した子供達、そしてこの街に親がいた子はその家族も詰めていて、簡易的な謁見もできるような奥行で設計された広間もやや手狭の感があった。子供達が笑顔で走り回っているからなおのこと。

 

「いえー、われは『めいかいじゅうさんきし』ーっ!」

「ぼくいちばん!」

「あ、ずるーいっ」

「ふははは、競え競え。冥王様に最も篤き信仰を捧げし者が一の騎士を名乗るがいい!」

「いえー、めーおーさまばんざーい!!」

「旦那様ばんざーいっ!」

 

「お願いだから静かにしてっ!領主様や助けてくださった皆様の前なのに……」

「楽にしてよい。子供は遊ぶのが仕事だろう」

「そーそー。何故かうちの幼女とハイエルフィンが混ざって邪教を布教してるし。……いや、むしろこっちこそなんかゴメン」

「止めるべき……?いえしかし、今の私に冥王様を邪神と呼ぶ教えを説くことなど……」

「クリス先輩、細かいことは気にしなくておっけーです。子供達が笑顔なのが一番!」

「細かい、って。この修道女、ある意味最強?」

 

 攫われた子供と再会した当初は感涙しながら深々と頭を下げて何度も礼を言ってきた親達だが、子供たちがからっと気分を切り替えてはしゃぎだすと恐縮といたたまれなさに縮こまっていた。

 頃合いを見計らって彼らとその子供を退出させると、残ったのは身寄りがないかこの街の出身ではない子供達。

 彼らの顔を一人一人しっかりと確かめたゼクトは、冥王に視線を戻して言った。

 

「まずは改めて感謝を。あの子達は領主として全員責任を持って家族の下に送り届けるか、公国の孤児院でしっかりと育てるつもりだ」

 よろしくね。

「………しかし、お前があの冥王ハデスか。確かに只者ではないと一目見た時から感じてはいたが」

 

 太くかつ硬く締まった筋肉質の腕を組みつつ、ゼクトはあらましだけ伝えられた話を噛み砕く。

 

 世界樹の炎上によって新たな命が生まれなくなり、各地の異変を前兆として世界が滅亡に向かっていること。

 世界樹の再生には飛散し様々な場所で人やモンスターに宿った種子を集める必要があること。

 そのための旅を冥王とアイリス達が繰り広げていること。

 

「世界の危機と聞いては何かしない訳にも行くまいが、近く帝国との戦争を控えた状況ではな……」

 お気持ちだけで充分。

「ご主人様は世界を陰で支えるのみ。地上の住人はそれぞれの領分で全力で生を謳歌すればそれでよいのです」

 

 韜晦してゼクトの言葉の裏を躱す冥王に、ベアトリーチェがその真意を補足する。

 冥王が目指すのは世界の再生まで。人間の問題は人間で解決しなければならない、と。

 

「とはいえ帝国も種子を探している、とのことでしたし。いずれぶつかる可能性はありますが」

「いや、ベアトリーチェ殿の言うとおりだ。俺たちは俺たちでできることをやる」

 

 歯に衣着せぬベアトリーチェの言い方をなんとかフォローしようとするクリスにそう返しながら、ゼクトは領民の奪還と盗賊団壊滅の報酬目録を冥王に渡す。

 実物の受け渡しは別の場所で彼の部下が行うことになっているのだが、渡す報酬のリストに加え、もう一つ公国の紋章の封蝋が為された書簡を彼は差し出した。

 

 これは?

「パルヴィン王国の姫君が、世界樹炎上の後不思議な力に目覚めたという噂を聞いたことがある。その世界樹の種子絡みならば会う価値はあるだろう。

 ゼクトからの書簡を届けに来たと言えば謁見は叶う筈だ」

「なんと……!」

「成程。『今後も地上で活動するにあたり、権力者に貸しを作っておけば後々得になる』とはこのことですか」

「いや、だからそれ相手に聞こえるところで言っちゃだめでしょうに」

 

 一国の主からの手紙を託されるという流れに感嘆するイリーナ。一方でベアトリーチェに呆れ顔でツッコミを入れるフランチェスカ。

 一度目もそうだったが二度目も聞き流してくれた度量の広いゼクト公は、しかし大本の発言主であるジェニファーに向けて声を張り上げた。

 

「ジェニファー殿。君は言ったな。

―――『商品価値が付くなら子供でも金貨に化ける。剣が振れるなら女子供老人拘らず戦士に化ける』。

 哀しくともそれが人の業であり、そしてそれを是としないのが人の道だと」

「………ああ」

 

 先日子供であるジェニファーが戦っているのを咎めたゼクトに対し、彼女が返した言葉。

 真実の一端を突いているが故に客観的な彼女の境遇を思えば的を射てしまう戯言は、ヴァルムバッハ公国が主の心に何かを刻んでしまったらしかった。

 

「ならば俺は俺の民が道を踏み外すようなことは絶対に許さん。

 子供が金貨や戦士に化けるなど、俺の国でさせるつもりはない」

「重畳重畳。それで?」

 

 

「戦いに疲れたら、いつでも我が国を頼れ。公国は君を歓迎する」

 

 

 庇護され無邪気に遊ぶ子供で在りたいなら―――その勧誘は、冥王の巫女であるジェニファー=ドゥーエが頷くことはないと知ってのものだ。

 少なくとも己の領民が、子供でありながら野盗の返り血を浴びるような生き方をしないで済む国で在り続けるという誓いを形にするための、儀式のようなもの。

 

 案の定皮肉げに口元を歪めながら、気取った言葉遣いで眼帯幼女は返す。

 

「主上に愛想を尽かされる日が来たなら、世話になるやもな」

「………ふっ」

 

 ゼクトもまた、漢臭い笑みでジェニファーと視線を交わした。

 割とこういうノリが好きな厨二はいい気分でこの空気を堪能している。が、故に。

 

 

―――誰にも渡すつもりはない。この子“達”は、俺の騎士だ。

 

 

「――――。~~~~~ッッ!!?」

 

「わ、おねーちゃんかおまっかだー」

「本当。すっごい珍しいもの見た気がする」

「はぅ、私も冥王様に言われてみたい………いやいや、邪念撲滅、邪念撲滅!」

 

 いつの間にか背後に立っていた冥王に両肩を押さえられながらの一言は完全な不意打ちだった。

 子供達がはやし立て、アイリス達が物珍しそうな反応をする中で、ぷるぷると顔を震わせるジェニファー。

 

「……はっ。右眼が疼く、鎮まれ我が半身よぉッッ!!!」

「いやあんた今眼帯してんじゃん」

 

 いつもの厨二設定(ガチ)に逃げようとしたものの、至極冷淡なラディスのツッコミが入るのであった。

 

 

 

………。

 

 そんなこんなで、今回の種子探索も盛大に蛇足を挟みながらだが無事終了し。

 冥界の門をくぐって帰還した冥王達十三人。

 

「………なんか数が多いような」

「ぅー?」

「「「「あぁっ!!?」」」」

 

 誰もが無意識にスルーしていたが故に冥界まで着いてきてしまった金髪幼女が、公国に逆戻りして返しに行く訳にもいかず、学園に居付くことになる。

 

 その一方で。

 

 

「………“俺の騎士”、か。あるじ、私は――」

 

 

 帝国の女指揮官との戦闘以来言葉少なく、仲間達から一人でそっとしておくように気遣われていた敗北の女騎士は。

 誰にも聞き取られぬ呟きを冥界の風に溶かし、その瞳は幽玄の空に視線を彷徨わせていた―――。

 

 

 





 第二章完。
 次章お姫様姉妹参上………と行きたいですが、ちょっとアシュリーに地雷埋めたんで次回は幕間挟みまーす。

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