新アイリス解禁かー。
後衛アイリスは正直セシルとクリスで枠が埋まるんで、よほど深淵補正がないと控えメンバーになりそうで……。
聖錬実装で、メインで使うアイリスが更に限定された感があるし。
パルヴィンの第二王女プリシラは寝ていなかった。
四徹である。
ただでさえ戦争の後というのはやることが多い。防衛戦故に補給や移動の心配こそ少ないが、それでも損耗した部隊の再編成、負傷者の救護の手配、糧食や武具の残数確認など、単純な事務的作業だけでも津波のような情報量が軍師である彼女の下に降りかかってくる。
勿論それを一人でやる道理もなく、部下に振れるようにまとめ処理するのは彼女の得意分野で普段なら苦にもしない。それに最も難しい兵達の慰撫は姉であるルージェニアが役割分担してくれるため、真っ直ぐに凱旋して王都に着く頃には官僚達に全部引き継ぐ手筈を整え、戦の疲れを取るべくゆっくりと休む計画を姉含め立てられるくらいには彼女は有能だった。本来なら。
そう、幼女が勝手に、四桁に上る王国兵よりも数の多い捕虜を抱えることにしなければ。
いやまああの絶望的な戦況を圧倒的な暴力とそれのみに頼らない機転で以て引っ繰り返し、最低限の犠牲で終止符を打ったことには素直に感謝する。王女としても個人としてもジェニファーは救世主だったし、今後パルヴィン王国において彼女を最高級の賓客として遇することはプリシラの中では決定事項だ。
ついでに言えば、他国人にも拘らず勝手にルージェニアの名前を使って敵を投降させたのも、あのまま泥沼の殲滅戦に入った場合を考えれば英断だったと評価している。よしんば勝てたとしても王国軍は年単位で麻痺するレベルの打撃を受けていただろうから。
だが、理性では分かっていたとしても。
「ぅぅ……すっごく可愛かったのにぃ……」
「許せ。騙していた手前頼まれればあの口調で話すのも構わないが、流石に帝国兵達の耳に聞こえるとも分からんところで威厳を損ねる訳にもいかん」
「今度お願いするよ。絶対だからね?」
「……そんなに気に入ったのか?中身“コレ”だぞ?」
やはりルージェニアの妹なのか、正体に気づいていなかったという差異こそあれ、ふりふりの衣装でですのですの言って愛嬌を振り撒く銀髪幼女のことは凄く気に入っていたらしい。
いや、正体は文字通りの一騎当千の強者と知っていても、見た目は変わらない以上視界に入れて癒しになる程度には嫌いになれないのだ。
そしてこれらの事情を差し引いても、気を抜けば彼女に恨み言が漏れそうな程度には―――プリシラはこのところずっと捕虜達の取り扱いに忙殺されていた。
ルージェニアの名前で投降させた手前下手な扱いはできないし、そもそも向こうの方が数が多い以上武装解除させたとはいえ手荒な対応で刺激する訳にはいかない。
だが侵略者として王国兵達と殺し合っていた者達が捕虜になったからと言ってすんなり話が収まる訳もなく、ひっきりなしに衝突も発生する。
救いはその場にジェニファーを召喚すれば戦場のトラウマで大抵大人しくなるし、あの暴虐を直接見ておらず幼女と嘗めて掛かる荒くれも容赦なく沈めてくれるしで、四日も経てばある程度騒動の頻度も少なくなっていることか。
今はある程度指針もまとめたことで、ようやく区切りがついてひと段落、と言ったところだった。
捕虜となった帝国兵達の今後については現在ルージェニアが彼らを集めて示しており、それが無事終了する報告さえ聴ければ泥のように眠ることを決めているプリシラ。
ジェニファーもその場に居合わせるには帝国兵達を殺し過ぎているため、『慈悲深き王女ルージェニア』との対比の意味で裏に引っ込んで、妹姫が寝落ちしないよう話し相手をしているところだった。
捕虜の今後については、大まかに分けて四つ。
一つ、最低限の食糧と野良モンスターから自衛できる程度の武器を持たせて、国境まで護衛を付けて帝国に送り返す。
正直未来の敵戦力となってまた戻ってくるリスクを呑んででも、管理でパンクしそうな現状彼らには是非選んで欲しい提案だったが……戻っても冷酷非道な帝国においては敵前逃亡で始末されるだけの可能性が高いため、それでも故郷に帰りたい者は全体の一割にも満たないだろう。
二つ、王国軍に所属を鞍替えする。
今回の戦でパルヴィンも少なくない打撃を被っており、うまくすれば即戦力の補充になる為これも悪くはないのだが――敵対していた感情的なしこりと、そもそも戦争の意義が『人間をゴミとしか見ていない天使に煽動されていました』などという付き合ってられない理由だったことによる脱力感から、これを選ぶ者もさほど多くない。
三つ、放り出す。
賊に堕ちても困るのでモンスター退治の冒険者になれるよう一定のフォローはするが、あとは自分で頑張れ、と言ったところ。
これまで規律に満ちた軍隊にいた分自由な生き方には尻込みする者も多いが、逆にこれを機に生き方を見直そう、という者も一定数居る。
四つ、帰農させて王国民に組み込む。
どこの農村でも男手は重宝されるし、外来の血という意味でも受け入れ先は農業立国であるパルヴィン国内の至る所が候補に上がる。
この選択肢を選ぶ者がおそらく捕虜には最も多いだろうが、不穏分子になりかねないリスクもうまく分散させることで回避できるだろう。
「流石にその辺りはお兄様と官僚達が上手くやってくれると思う」
「それだけでもない、だろう?」
「頭の回転が速い人と話すのは嫌いじゃないよ。―――見た目が凄いギャップ、なんだけどなぁ」
こんなに愛らしいのに、とジェニファーの顔をつぶさに観察するプリシラは、どの選択肢を選んだとしても元帝国兵の彼らに期待していることがあると明かした。
「帝国の侵略が天使によって煽動されたものであること。延いては天上人が聖樹教会が語るような良いモノじゃないことを広めて欲しいんだよね。特にパルヴィン国内で」
「最大主教に派手に手袋を投げつけることになるな」
「冥王さんの力を借りて、聖樹教会最凶の賞金首の貴女の力を預かって、喧嘩なら当の昔に売っているから、今更今更。それに……」
「――――邪教の巫女として、偏った見方と思われるのを承知で言わせてもらえば。
天使なんてモノが出てきて『これは白だ』と言えば、黒も白になる。聖樹教会がそういう組織でないと考えるには楽観が過ぎる以上、天使が煽動している帝国の侵略に対しては聖樹教会も敵だと認識しておくのが賢明か」
「………そういうこと。少なくとも国内の教会の影響力は、出来る限り排除してしまわないと安心して戦うこともできないよ」
プリシラとて信仰心が絶無という訳ではない以上、言い淀んだ部分を継ぐ形でジェニファーが告げた考察に神妙に頷く。
幼少から染み込んだ価値観の奥底の部分で畏れ多い、という感情が囁きかけるが、国の為にも姉の為にもそんな囁きに目を曇らせてはいられない。目を曇らせる人間の方が多いのを知っている以上、慎重にことを進める必要性と併せて自分に言い聞かせつつ。
一方でジェーンの一件を差し引いても聖樹教会に好意的になれない材料が揃ってしまったジェニファーは、今頃教義そのものを疑わねばならなくなりまたも葛藤の真っ最中であろう真面目神官の顔を思い浮かべて静かに溜息を吐く。
「ただの陰謀論の筈が、これは当たり、か……?」
以前辺境の農村での種子探索において、クリスに適当に嘯いた戯言が案外的を射ているのかも知れないと。
無意識に撫でた眼帯の奥で、虹の右眼がちりちりと熱を発した気がした。
四日も前のことではあるが、憎悪を解放し、敵陣突破と天使との連戦で盛大に闇の力を放出したことにより、内面ではジェーンの意思も反応も一時的に弱っている。それでもなお“聖樹教会”に反応するあたり、宿主の恨みがなくなることは一生ないのだろう。
「因縁は消えることなし、か。ふっ、それもまた良し」
「…………?」
「――終わりましたわ!」
「ぁ………―――くぅ」
「おいっ!?」
ジェーンが聖樹教会から受けた仕打ちを知る由もないプリシラが首を傾げるしかない独り言が漏れるが、その意味を問う前に捕虜達への演説を終えたらしいルージェニアが二人の控える幕舎を訪ねる。
その笑顔を見て、無事に戦後処理に一段落着いたのを察したプリシラは―――そのまま隈がくっきりと着いた眼を閉じて、ジェニファーの膝にその酷使が続いた頭を突っ伏した。
「大丈夫かこれ、ほとんど気絶みたいだったが……」
「プリシラは寝つきが凄く良いのよ。でも本当に、おつかれさま」
先ほどまで何千もの捕虜を相手に口上を述べて、彼女自身も非常に疲れているだろうに、ひたすら妹を労わる色だけが浮かんでいる表情でその寝姿を見守る姉姫。
ジェニファーが少しだけ首を傾げたのを目ざとく見咎めたのか、穏やかな声で語る。
「いつもこうなの。私は思い付きで好きなように振舞ってるだけで、私の願いを叶える為の道筋を付けてくれるのはいつもプリシラ。
こんな風にくたくたになるまで働いて、なのに喝采を浴びるのは私だけ――そんなの、おかしいわ」
「妹にも自分と同じだけの憧憬と称賛が集まって欲しい、と?」
「姉として間違っているかしら?」
「彼女がそう望まないなら、間違っているな」
「………むぅ。貴女なら、賛同してくれると思ってましたのに。
このところずっとプリシラの頑張りを見てたなら、報われて欲しいと思うでしょう?」
拗ねたようにそっぽを向くルージェニアに苦笑しながら、ジェニファーは諭すように言った。
「人はそれぞれ願いも、誇りの在処も、そして何を以て“報われた”とするのかも異なるものだ。
プリシラ姫にとってのそれらが『姉の栄光を支えること』だというなら、無理に否定しても侮辱にしかならないからな。
それに、誰もが表舞台で脚光を浴びることに快楽を見出すわけではあるまいよ」
「うぅー……」
一般論で正論を述べる銀髪幼女と駄々を捏ねて唇を尖らせる赤髪の姫君。どっちが子供かよく分からない。膝枕で眠る青髪の姫をあやしながらなだけになおさら。
それでも不満げな顔をやめないルージェニアを、ジェニファーは眩しそうに見遣る。
「――――家族、か」
…………。
そんなこんなで。
戦後処理も終わり、この戦での活躍の証として冥王が感状を、ジェニファーが王家の家紋入りの懐剣を王宮にて贈られた。
平たく言えば『この者はパルヴィンに認められた者だ』―――特にジェニファーは王家のお墨付き―――という証明が得られた訳で、今後は流れの冒険者だったり邪神だったりと、胡散臭い身分でなくとも地上で活動できるようになった利点がある。
勿論本来の目的であるところの世界樹の種子も忘れてはいない、が……。
「うふふ、さあ、いよいよ冥界ですわ。歴史あるパルヴィン王家でも、冥界の土を踏むのは私達が初めてではないかしら」
「お姉様、なんでそんなににこにこしていられるの。あわわわ……」
冥王一行の帰還途上、パルヴィン王国に続く冥王の祠にて、髪色と同じように頬を紅潮させるルージェニアと顔を青ざめさせるプリシラがそこに居た。
元々種子を宿していたルージェニアはアイリス加入を表明したとしてもおかしくない―――わけがない―――が、プリシラが加わっているのも、別に見送りに来たとかいうことでもなく、彼女も種子を宿したからである。
経緯としては、ジェニファーが丁度帝国兵達の屍の山を築いていた頃、偶々ではあるがその不在を縫うようにして、リディアが放っていたシーダーの刺客が本陣を襲ったのだ。
なんとかルージェニアが応戦し、その錫杖で刺客を地面の染みに変えたまでは良かったものの、咄嗟に姉を庇ったプリシラが深傷を負ってしまう。
妹の命を救うため、藁にも縋る思いでルージェニアが採ったのは、刺客の種子をプリシラに移し替えること。
後にラディスがきつい口調で語ったところによると、種子の力が暴走し、身体が爆散か崩壊して弔いもできないような死体になる可能性もあった危険な賭けだったのだが、なんとか勝ちをもぎ取り、こうして彼女は今もあわあわ言いながら冥界の門を腰が引けた状態で眺めている。
「そういえばプリシラが四徹で作業し続けられたのも、世界樹の種子の力なのか?」
「そんな栄養ドリンクみたいな世界樹の加護、ちょっと嫌過ぎるよ……」
天運に恵まれた王女姉妹は、自らを呼び捨てでいいと言いながら、アイリスとして対等の立場で仲間に加わってきた。
もともと防衛戦で活躍すればルージェニアの種子は渡す約束だったが、種子だけ渡してはいさようなら、というのは国を救われた手前出来ないというのが彼女の弁。そして何やら物凄く深刻そうな表情で、お姉様だけを逝かせられないとくっ付いてきたのがプリシラだった。
結果としては、種子を宿す二人が冥界に来たことで種子集めも達成したと強弁できなくはないだろう。
そんな彼女達が冥界の門を潜る。
空間が歪み、混濁した視界が開ける頃には、常の幽玄な冥界の景色が広がっていた。
空は紫紺と茜が混ざり不思議な色合いを魅せ、彼方の霊峰までの間には仄かに輝く魂の光が幾つも尾を引いている。
文字通りこの世のものではない幻想的な光景に、元々のアイリス達は帰ってきたことへの安堵を覚え、ルージェニアは感心したように物珍し気な表情を浮かべ。
「………え?……ええっ!?」
プリシラは、何故か愕然とした表情できょろきょろと何かを探すようにあちこち見回す。
ようこそ、冥界へ。プリシラ、どうかした?
「え、だって冥王さん……なんでこんなに平和な光景なの?」
なんでも何も、基本的に冥界は平和そのものだけど……?
「嘘……冥界の兵士達が日々地獄の訓練を繰り広げてるんじゃ……。
『腕の一本や二本や三本がどうした、痛くなければ覚えないだろうが』とか『どうせ死んでもその辺の魂の仲間入りだヒャッハー』みたいなこと言いながら」
「ほほう……?」
「ベア先生ステイ。お願いだから今思いついた内容授業に持ち込まないでよ?」
「というか何ですかそのプリシラさんのイメージ?」
一部にんまりと笑う教官を除きその反応を訝しむアイリス達だが、それに気付いた様子もなく、興奮状態のプリシラはジェニファーを指差しながら叫ぶ。
「だって、ジェニファーみたいな子供があんなに強い上に殺し合いに躊躇いが無いんだよ!?
しかも冥界十三騎士ってあと十二人この子みたいなのが居るんでしょ!?
絶対人間界じゃ考えられないような鬼と修羅と羅刹と不動明王の犇めく悪夢みたいな場所だって思うじゃない―――!!」
だからそんな場所に大好きな姉を一人で行かせられなかったと。辛くて逃げ帰るならまだしも、よしんば馴染んで旗でゴーレムを一撃粉砕するような姫ゴリラになったらどうするのだと―――そんな熱弁は残念ながらその場の面々の心には響かない。
「プーリーシーラー?」
「ふふふ、ぷ、ぷぷ……も、もうダメ……許して………っ、っ」
「ひっ、ひっく、笑い過ぎて、しゃっくりが止まらな……っ!」
何やら妙に現実感があるが不名誉な例えに青筋を立てるルージェニア、この旅でジェニファーに散々溜めさせられた分の笑いをここで解放させられるアイリス達。
そんな中、色々通り越して悟ったような目でユーが今回の旅の総括を語る。
「冥王様冥王様」
どうしたの?
「人間界には色んな国がありますけど、………パルヴィン王国は、腹筋と表情筋を試される国だったんですね」
実は俺も結構ヤバい場面がいくつか……。
「人の国を芸人集団みたいに言うんじゃないーーー!!」
早速遠慮なくわーきゃー言い合ってるあたり、とりあえず新顔のお姫様達が馴染めるかどうかの心配はしなくていいらしい。
「やれやれ……」
「何を他人事みたいに肩を竦めているんだ諸悪の根源」
図々しくも騒ぎの元凶の幼女が我関せずとばかりに外野で観戦していると、アシュリーが呆れ顔で話し掛けてきた。
とは言っても、彼女も彼女で生真面目だから、これから今までの態度をアイリス達一人一人に謝りに行こうと考えているのは予想できていた。
故に同じく呆れ顔を返しながらも、手を軽く握ってエールを送る。
それだけで十分、ジェニファーとアシュリーの間に多くの言葉は必要ない。
だとしても、絶対に伝えなければいけない言葉はある。
何よりも真っ先に、一番大きな想いを込めて伝えるべき言葉が。
「なあ、ジェニファー」
「どうした、アシュリー先輩」
「色々すまなかった、そしてありがとう。
――――これからも、よろしく頼む」
「………こちらこそ、な」
握った手に力は籠めない。
それでもその温もりは、暫くの間離れることはなかった―――。
微妙にとっちらかった感はあるけど、諸々の処理はこんな感じ。
―――さて、次回はこの作品のメインテーマであるところの……クリスの胃をいぢめる話だ!