つい活動報告に愚痴ったら暖かい声が……ありがてぇ。
ただガチで命の心配をされてるのがもう草も生えない。
エルフィンの女王アナスチガルの下に集められた複数の世界樹の種子。
これまでの旅では一回の冒険につき集められるのは大体一つというペースだったのが、今回何倍もの効率を見込めるとあって何としても譲って欲しいところというのが冥王一行の本音である。
が、エルフィン側も苦労して集めた世界樹の恩恵をはいそうですかと渡せる筈もなく。
そもそもエルフィンは地上で世界樹に最も近い森に国を構え、その守護者を自認する上に長命種特有のプライドの高さを持ち合わせた種族。
独自の世界樹信仰により人間の聖樹教会の教えなど一顧だにしない以上、教皇が誣告したデマに流されることなく死と転生を司る冥王ハデスに一定の敬意は表しているが、彼が連れているアイリス達についても同様にする程かと言えばそうでもない。
女王の娘であるセシル、同朋であるティセはまだしも、他の者達に対しては表面上客人として遇しているだけでお世辞にも好意的な視線とは言い難い。まして肌の色だけで穢れた種族とみなされるダークエルフィンのソフィに対しては何をか況や。
女王の側近達からの冷たい視線の中で、生半可の交渉では要求を通すのが難しいと見た冥王一行は、とりあえずは森の魔物の発生原因を調査することを命じられたティセに仲間のよしみで付き合いながら対策を練り直すことにしたのだった。
母親の説教から逃げて来たセシルも連れて。
「エルフィンって大体ああなの?トミクニも大概よそ者には冷たいけどさ、あれはそういうレベルじゃなかったね」
「仕方あるまい。自らの十分の一程度の寿命しか持たない相手に敬意を抱く、というのは中々難しい感覚なのだろうさ。
その理屈を自分の十倍は生きている主上に対して適用しない時点でこちらとしても敬意を抱く理由は消え失せるが」
「あー、なんか覚えがあると思ったら、あれだわ。田舎の村で長老気取ってるボケジジイが、生きてきた年数分の知恵を蓄えてる訳でもないのに若者を見下すやつ」
「いつになく辛辣ですねラディス。何か嫌な思い出が?」
「………ま、生まれた村でちょっとね」
森を探索しながら先程の会合までの印象を口々に語るアイリス達だが、つい口がすべったのかエルフィンという種族そのものをボケジジイ扱いしていると言われてもおかしくない危険発言をしたラディス。
だが、それを言い過ぎと窘めるには彼女の纏った雰囲気は暗く、表面だけの言葉で突っつくには躊躇われた。
会話が途切れたところでなんとかティセが自分の種族の良い所をアピールして挽回しようとする。
「確かに排他的ですが、仲間意識は高いんです。共に森に住む同族は緑の家族と呼んで、自分の兄弟同然に大事にしますから」
「仲間には優しい、と。それが“仲間”なら、な。―――大方飽きもせず森に何百年も引きこもって同じ顔ばかりと付き合うから、偏屈が濃縮しているだけだろうに」
「う……」
次いでジェニファーからも危険を通り越してもはや罵倒のような発言が出る。
ラディスが感傷だとすれば、こちらは静かな怒りを滲ませる幼女の視線の先に居たのは―――常の安心するような包容力に溢れた微笑みではなく、明らかな愛想笑いを張り付けたソフィだった。
「ジェニファー様、いいんです。今更ですし、もうこの森にまた住むこともない身です。私は気にしないことにしていますし、ですから」
「ああ、我が当事者を差し置いて勝手に不機嫌になっているだけだ。だからソフィも気にしないでいい」
「………ふふっ」
仲間を馬鹿にされたから、怒る。
ロジックはシンプルで、だからこそティセも反論に詰まる。同族で仲間であるエルフィンを馬鹿にされたからという理由で怒ろうにも、先に差別したのがエルフィン側である以上正当性が主張できる訳がないのだから。
そして戯言で切り返されたソフィはと言えば、少しだけいつもの笑顔を取り戻して幼女の銀髪を優しく撫でた。
「「………」」
それを見て複雑そうに憂いの顔を見せるのは、セシルとティセ。
セシルの憂いの理由は単純で、今までこのような問題が生まれ育った森にあったことさえ知らなかったから。女王の娘として、不可触民であるダークエルフィンは存在自体が遠ざけられ、『仲間には優しい』エルフィン達に傅かれて大事に大事に育てられて来た故に、こんなにも身近にあった種族の悪意と業にも気付けなかったという後悔と悲しみ。
そしてティセは―――。
「私がダークエルフィンの扱いに怒っても、フィーがあんな風に笑ったの、一度も見たことない……」
嫉妬と呼ぶには重く冷たい感情が胸に燻る。
冥王が静かな声で、どういうこと?と水を向けると、二人だけが聞こえる声量で、エルフィンの狩人はその胸の内を解きほぐすようにぎこちなく語る。
「私とソフィは、昔は仲の良かった幼馴染なんです。いえ、今でも仲が悪いということはないんですけど」
つまりはティセも御年にひゃく―――いや、これは置いておこう。
「エルフィンとダークエルフィンの違いはあっても、ずっとこの森を一緒に守っていこうね、って約束したのに。なのに、ある日突然『飽きた』って言って森を出て行ってしまったんです。
約束も、友達も、故郷も、彼女にとっては『飽きた』の一言で簡単に捨てられるものなのかな、って…そんな子じゃないって思いたくても、ふとした時にどうしてもその考えが頭を過るんです。
今のアイリスとしての暮らしもそうなのかな、って」
………森を出て行ったのは、ソフィなりに悩んだ結果じゃないの?湿っぽいのも恨み言っぽいのも嫌だから、そういう言葉を残したっていうだけで。
「だとしても、私に何も気づかせないまま、風みたいに去って行ったんです。だからまた…」
冥王はティセの一方的な視点の話からでもなんとなく問題点に気づいたが、敢えて彼女の背中を摩って優しくなだめるに留めた。
ソフィの考えをちゃんと理解しないで口を出しても話がこじれるだけだと判断して。
ところで、その長く尖った耳のおかげかは不明だが、エルフィンは聴力が飛び抜けて高い種族だ。獣の動きで木の葉が掠れる小さな音を逃さない優れた狩人の資質を持つ。
ダークエルフィンのソフィもその能力は持っているようで、つまりティセの話は小声でも筒抜けだった。
彼女も彼女で誰かに胸の内を打ち明けたいことがあったのだろうか。
唐突に話を振ったのはジェニファーに対してだった。
「約束を忘れた訳じゃなかったんです、言い訳になりますけど」
「いや、寧ろ忘れられないだろうそんな約束。我がソフィの立場なら、友達だろうが話を持ってきた時点で取り敢えず一発ぶん殴っているぞ?」
聞けばダークエルフィンは、普通のエルフィンから突然変異のように生まれてくるらしい。成長したソフィがあっさりと一人旅を決意できた時点で、親が彼女にどういう対応をしていたかは良い想像が欠片も湧かない。
それに対して普通に親に愛され“仲間に優しい”エルフィンの先輩達に可愛がられ弓を教わったティセが、『ずっとこの森を一緒に守っていこうね☆』――――どこぞの死神高校生探偵の物語で犯人役を務めるのに十分なほどの殺意を呑み込んで、愛想笑いでなんとか乗り切ったであろうソフィの忍耐力と懐の深さを、ジェニファーは本気で尊敬した。
「森に嫌気が差した―――というのも否定はしません。私にまともに接してくれたエルフィンなんて、ティセを含めて数人でしたから。
でも、森を出たことに本当に大した理由はなかったのです。ただ閉ざされた森で生涯を終えるのではなく、森の外の地平線――そのまた向こうを見てみたいと。風の向くまま、どこまでも歩いてみたいという欲求が抑えられなかったと、ただそれだけで」
「?それは―――大した理由になるのではないのか?」
「と、言いますと?」
「……あらゆる困難、あらゆる障害を認識した上で、それら全てをねじ伏せてでも叶えたい願い。善悪も是非も問わず人を世界すらをも突き動かす原動力。人はそれを、夢と呼んで尊ぶのではないのか?」
「――――夢」
ジェニファー自身は持たぬが故に、どこか羨むようにして紡ぐ言葉。
それをソフィは最初、何を言われたかも分からないといった体でぽかんと復唱する。
「夢。………そう、夢です」
けれど、その言葉を消化するにつれ、どこか欠けていた部分にぴったりはまったかのように、心を動かし息を弾ませる熱となる。
その金色の瞳に、生き生きとした光が宿ったようにすら見えた。
「ありがとうございます、ジェニファー様」
「………何が?」
「長年の問いの答えがようやく見つかった気がします。
私のこれは性質とか欲求とかそんなつまらないものではなかった。
私の旅は、“夢”だった―――!」
「むぅ。参考になったなら、何より……?」
「ソフィ、いきなりどったの?」
「さ、さあ?」
いきなりはしゃぎ出したので困惑する周囲のことも気づかずに、ソフィはジェニファーの手を取って両手で握る。
それを上機嫌に揺らしながら、彼女は転生幼女に問うた。
「ジェニファー様、あなたの夢は何ですか?」
「……。無い」
「そうですか、なら―――」
「お取込み中すみません、モンスターが出ました!」
「―――ッ、よろしければ、私と一緒に同じ夢を見てみませんか?きっと楽しゅうございます」
ユーが警告の声を上げたのに反応して手を解き、代わりに戦斧を携えて。
一直線に間合いを詰めての豪快な一斬で蝙蝠型の魔物を両断しながらも、にこやかな笑みで誘う。
背景に魔物の屍と飛沫する血液、そして断末魔とくれば何かを誘うのに相応しい場ではなかったが―――不思議とソフィとジェニファーの間に限ってはそうでもないように見えた。
オッドアイ幼女もまた二刀を振りかざして戦場に躍り出ながら、不敵な笑顔で応える。
「―――そうかもなッ!!」
アイリスとして冒険の旅をしている今が“夢”の時間なのだと。
これからも一緒に旅を続けていきたいと―――願いを込めて。
だからきっと大丈夫。
ティセの不安は当たらない。
風の向くまま放浪していたダークエルフィン。もう、彼女が風のように去ってしまうことは、ない。
ちなみにソフィは原作ではティセとの約束に対し、殺意どころか『友達が大切に思うものを自分はそう思えない、なんて自分は薄情なんだろう――』みたいな感じで悩んでいたと明かされます。
………聖女かっ!!?