まあ外出自粛もあるんである意味丁度いいっちゃいい感じでしたよね。
魔物の巣窟と化したエルフィンの森。
その調査を命じられたティセとついて行ったアイリス達だが、調査と言ったところでそんな漠然としたものどうすればいいのやら―――とは、ならなかった。
ティセ一人なら闇雲に魔物と戦いながら森を散策するしかなかっただろうが、冥王・ベアトリーチェ・ラディス・ジェニファーと、頭を回すのが得意な面々もここには揃っている。
次から次へと遭遇する魔物の群れはそれらが食う餌を考えれば生態系の破壊なんてレベルではなく、自然に繁殖したとは考えにくい。ならば可能性としてはどこからか持ち運ばれて来たか、あるいはこの森のどこかに魔物を発生させる何かがあるのか。
どちらもあまり尋常な話ではないが、強いてあり得そうなのを選ぶとしたら後者だろう。人間を優に超える巨体も居る魔物達をエルフィン達に気取られずに大量に運ぶ方法があるとして、それをする意味も意図も考えにくい。
ならばこの魔物達はその“何か”がある場所から来ると仮定したとして、あとは定期的に方向を変えながら直進しつつ魔物が現れる方向や頻度の変化をマッピングすればいい。有為な統計を取れる程度には魔物に出くわすため、日が落ち始める頃には目的の地点について大体の位置を掴めていた。
「にーさん、疲れたよー」
ごめんね、もうちょっとだから。
「流石にアイリス達も消耗が激しくなっていますね。ご主人様、ここで一度切り上げましょう」
「賛成。もーあたしもセシルも魔術撃つのきつくなってきてるし、怪しい場所は分かったんでそこに行くのはまた明日ってことで」
日中森を歩き詰めで、その上並の頻度では済まない戦闘を繰り返した彼女達も限界が近づいてきていることもあり、目途が立った時点でエルフィンの集落に戻ることにした一行。
「ティセ。ここって」
「ええ。大変なことです、これは……」
その中で、森の地図に示された疑惑の場所の位置を見たセシルとティセの表情には、困憊の中にも真剣な緊張が現れていたのだった。
………。
「聖域?」
「はい、この地上で唯一世界樹の元までたどり着ける回廊、《聖扉》が封印されている一帯です。掟により、ここにエルフィン以外の者を立ち入らせる訳にはゆきません。
情報には感謝しますが、調査の続きは我々に任せ、皆さまはまずは今晩その疲れを癒してください。寝床は用意させてあります」
もうあなた達に頼むことはありません、というニュアンスを含ませながらも、落ち着いた声で昨夕そう話していた女王アナスチガル。
用意された寝床はと言えば藁葺(わらぶき)の一軒家で冥王共々雑魚寝という待遇だったが、そこはまあ木の洞で寝起きする者も居るような文明レベルからすれば上等な歓待だったのかもしれない。
そして翌朝に再度女王に謁見し、最後の交渉のつもりで冥王一行は望む。
決裂となればエルフィンの混乱の隙を付いた強硬策になるかもしれない、というのはセシルとティセには事前に言い含めていた。
今までの世界樹の種子の回収において、種子を宿したのが奪い取るのに何の遠慮も要らない悪人ばかりだったかと言えばそんな訳はない。身内にエルフィンが居るからと言ってここだけ例外にするのは筋が通らない話だ。
それにどの道自分達が見逃しても、今度は正真正銘情けも容赦も無い帝国や天使が種子を奪いにやってくる。魔物“程度”に右往左往しているエルフィン達がそれを退けられるかはかなり怪しいこともあり、二人は逡巡しながらもその方針に納得していた。―――最悪ソフィ同様、二度と故郷のこの森の人々から同朋と見てもらえなくなることも覚悟の上で。
だが、エルフィン達は翌日には更に混乱を極めていた。
「聖域に偵察に行った者達が戻らない?―――くっ、より精鋭の者達で救援隊を組みなさい」
(典型的な戦力の逐次投入。軍事としては愚策の極みだな。それで“より精鋭の者達”も含め、先に行った連中共々屍を曝したら、完全な無駄死にになる訳だが)
「森の外の人間達が、武器を集めてこちらに攻め入ろうとしています!森から漏れ出た魔物は、エルフィンが嗾けているのではないのかと」
「何ですって?我々にそんなことをする理由がどこにあると……ああもう、急ぎ使者を出しなさい」
「はッ!おい、お前のところの息子が確か成人したてだったな?」
「ああ、確かに奴ならば抜けても森の防衛にさして影響はない」
(専門の折衝役は居らず、戦争になるか否かの瀬戸際ですら使者は文字通り“子供の遣い”。外交もへったくれも無いな、疑われるのは日頃の信用が無いからじゃないのか?)
ここに来て更に噴出する問題へのエルフィンの対応に、内心キレッキレの辛辣コメントを入れるジェニファー。
一国の軍師を務めていたプリシラが居たらストレスで胃を痛めるかぶち切れて説教を始めてるな、とか他人事そのものの考え方をしつつも、いつもの悪い病気(おしゃべり)は控えている。
見込みは低いし最早エルフィン側がそれどころではないのかも知れないが、まだ交渉が決裂した訳でもないため煽ってかき回していい場面ではないし、挑発が有効に働く場面でもないというのを弁えているからだ。
―――本当に自重するべき場面を見極められる辺り余計にタチが悪い、と言えなくもないが。
とはいえジェニファー程辛辣ではないにしろ、この森とここに暮らすエルフィンに好感を覚えるようなことが何一つなかったアイリス達も半数以上がその醒めた内心を視線に乗せておたつく彼らを観察していた。
しかし、どうしても他人事でいられない者も当然居る。
ティセはまあ、思考が典型的なエルフィンから抜け切れないので、状況がまずいと分かっていてもそもそもの間違いに気づけない。だからこの場で何か言うこともなかった。
けれどセシルは。女王の娘として、いずれこの森を背負うのだと教えられて育った彼女は、間違った方向に進む民を見捨てられない。
どのみちアナスチガルが持つ種子を強奪すれば二度と故郷に戻れない覚悟を決めている―――冥王やアイリスの為だけでなく、この森を種子を狙う天使達から守る為にも―――彼女に、止まる意思は無いのだから尚更に。
「お母様!!お母様は外の人間の方達に、エルフィンに敵意が無いことを自ら説明しに行ってください。
聖域の調査には私がアイリスと共に行きます。行って魔物の発生を止めてきます!!」
「セシル!?あなた何を言って……」
「そうです!易々と女王様が外に出向いて姿を現すなど、ありえない。まして殺気立った野蛮な人間達の前になどっ」
「お黙りなさい!森で起こった問題を収めきれずに人間の領域に被害を拡げたのはエルフィンの不手際です。
誤解を解く為に責任を取れる者がちゃんと説明する、それが誠意というものでしょう!?誠意も示さずに、相手が武器を収めてくれるとでも思っているのですか!?」
「エルフィン以外を聖域になど――それもそこのダークエルフィンは以ての外です!これはハイエルフィンと言えども守らねばならぬ掟!」
「セシル、下がりなさい。私の娘といえど未熟なあなたが口を出すべきところではありません。今なら聞かなかったことにしてあげます」
森の問題に完全に巻き込むことになるアイリス全員に頭を下げるのも厭わないセシルの想いは、残念ながら母親にすら聞き入れられない。否、今目の前に居るのはセシルの母親ではなくエルフィンの女王なのだろう。だが。
「いいえ、引きません」
「セシル……っ!」
「私は森を飛び出して、旦那様に拾われて、アイリスとして色々な場所を冒険してきました。
この森だけじゃない、今世界中が大変なことになっています。作物は実らないし子供も生まれない、人々の心は荒んで、戦火と悪意が大陸を包み込もうとしてて―――この森だってずっと無関係で居られる筈はないのに」
女王だとすれば。『あまり暴言が過ぎると庇い切れない』―――そう懇願するような母としての呼び掛けを聞く道理もない。
「何が穢れたダークエルフィン。何が野蛮な人間達。何が掟。自分達のことも自分達だけで解決できないのに、周囲と助け合って生きようともしない。未熟なのはどちらですかッ!?」
ただ、もしかしたら母の顔を見るのはこれが最後になるかも知れないから。
辛くても全てを言い切るつもりで、セシルはおっとりぽやぽやした顔つきを精一杯険しくして、まくし立てるのを止めなかった。
「………私の最初の友達になってくれた、優しくて強い子が言っていました。
目を逸らしたくなるような残酷な悲劇も、人が起こすのは全て人の“業”だ、って。それでもッ、それでもそれを何とかしようって頑張るのが人の“道”だ、って」
「―――、それは」
「小さな子供が何人も両親から引き離されて、道具のように売られているのを見ました。アイリスの皆さんと頑張って、帰りを待ってる親のところまで連れ戻してあげて。その後一緒に遊んだあの子達の笑顔は、いつだって誇らしさと共に思い浮かべられます」
「セシルさん……」
「家出したこと怒られるの怖かったけど、それでも本当はこの森に帰ってくること、すごく楽しみにしてました。嫌な物も沢山見たけど、同じくらい綺麗なものを見て、素敵な人達に出会って、そんな皆さんとこんなにも誇らしい冒険をしているって、お母様に伝えたかったから。―――なのに、なのにっ」
広がった視野で戻った故郷を見てみれば、そこにあったのは大切な仲間であるソフィを貶める悪意、自分達以外への狭量さと排斥。失望はしても嫌いにはなれない、見捨てられはしない、けれど。
「―――世界樹が燃えて、この大地に生きる誰もが大変なことになっている時に。貴女は、あなた達は、何か一つでも誇れることをしましたか?答えなさいッ、胸を張って何かを成し遂げたと言えるのか、そうでないのか!?」
おそらくは自分の想像もつかないような残酷で悲惨なものを見て、辛い目に遭って、『それでも』と言える友達のことをセシルは尊敬している。
彼女が言う“人が人たる為に歩むべき道”があることを、自分も信じたいと思っている。
大好きな母親に、民に、それを踏み外して欲しくはないと、誰よりも強く思っている。
だから言うのだ、零れた涙を拭うこともせずに。
「貴女こそ、どこをほっつき歩いているんですか、この馬鹿親ぁーっっ!!」
―――森の祭壇を、静寂が満たした。
風に葉が掠れることさえ止み、響くのはセシルのすすり泣く嗚咽だけ。
その中で誰も何も言えなかった。動くことさえできなかった。
冥王やアイリス達は、言いたいことを全て言って我慢の限界が来たとばかりにしゃくり上げるセシルを、肩を抱くことも慰めの言葉をかけることもしない。
たとえ泣きながらでも、覚悟を持って立ち上がった者に対してそれをするのは無礼どころか侮辱であると理解しているから。
エルフィン達は、何も言い返せない。
セシルの言葉は未熟な若者の感情論で、反論自体はいくらでもできる。
けれど自分達のことを想って涙を流してまで投げかけた問いに、はぐらかした回答をしようものなら、それは誇れるものを何も持たない自分達の薄っぺらさを認めたも同然になる。
プライドの高さ故にそんな真似は出来ない。だが、王族とはいえ小娘の言葉で翻意することもプライドが許さない。
葛藤に膠着した静寂を割いたのは、女王の静かな声だった。
「私が出立し、外の人間達に経緯を説明し、武器を収めるよう説得してきます。
誰か、セシル達を聖域まで案内しなさい」
「………よろしいのですか?」
「折れない意志と曲げない覚悟。そしてエルフィンの民を慈しむ心。
いずれこの座を託すに相応しい王の器を、私は今のセシルに見ました。
この場限りにおいては、彼女の言葉を女王のものと思うように」
「っ、お母様!」
「しかし、掟は―――」
「今この状況において、掟を守ることが誇らしい決断だと胸を張って言える者のみが、“女王”の道を阻みなさい」
「………っ」
そう言い残して、動けないエルフィン達を尻目に女王は祭壇を立ち去ろうとする。
だがその前に一度だけセシルに振り返り、温かい眼差しで微笑んだ。
「―――立派になりましたね、セシル」
「はい……、はいっっ!!」
深緑の幼姫の涙が止まる。
自身の真剣な訴えを、ちゃんと母は聞き届けてくれた。
まだ何も問題は解決していないけれど、今はそれだけでも十分だ。
良かったね、セシル。
「はい!……あ、ごめんなさい、勝手に決めちゃって」
「水臭いことを言うな。―――“友達”、なんだろう?」
「ジェニファー様っ。えへへ、ありがとうございます!」
「……いつも通りですから、もう諦めました。やるとなれば速攻で片を着けますよ」
「ベア先生めっちゃ嬉しそう~」
「お黙りなさいぐーたら侍」
笑顔を取り戻したセシルを、冥王が、ジェニファーが、賞賛の眼差しと共に労う。
ベアトリーチェも、言葉と裏腹に生徒の成長を喜び非常に上機嫌なのが声音に現れていた。
「―――誇らしい決断、か」
「今からそれを為しに行くんですよ、ティー?」
「そう、そうよね!私もセシル様に恥ずかしくない働きをしないと」
こうして、アイリス達は魔物の発生源となったエルフィンの聖域に踏み入ることとなるのだった。
今回の話は書いててむっちゃ感情入ったけど―――うん。
セシルちゃんもろにジェニファーの影響受けてるよねやっぱり。
おちょくるだけの戯言幼女とは動機に天と地の差があるけど。
そして次回、師匠と弟子の超気まずい再会が―――。