攻撃力が高く、素早く、防御力と回避が低い……つまり敵のヘイトを稼いですぐに乙るお姉さん。でもそーゆーの嫌いじゃない。
ところで公式でアイリスは全員少女ってことになってるけど(脳天に戦斧が落ちる音)
ある日、森の中。
鉞担いだダークエルフさんに出会った。
それでどうしたかって、冥王様がその女性ダークエルフの豊満なおっぱいをガン見しながら口説いた。
「君が欲しいんだ」―――特に彼女の体内に宿った世界樹の種子を探知して云々の話もしていない段階だったが、その女はたおやかに微笑みながらなんと即答で了承。
後で聞いた話によるとどうも運命を感じたとのことだった。
そんな幼女の情操教育に大変悪そうな成り行きでアイリスがまた一人加わったのだが、その場にいたのは世界樹の精霊に厨二というエセ幼女だけだったので問題はない。
アシュリーもクリスも眉をひそめてはいたが。
ソフィアレーナ・ブロンセカ・クッカ・ヤトゥクー御年256歳、多分誰も覚えてないというか一応婚約者にしか告げない名前なのでソフィとだけ呼ぶが、彼女の加入で一つ劇的な変化があった。
食事事情である。
ベアトリーチェというメイドは誕生日クエストで『よく動くデザート』とかいう敵が出てくるレベルの厨房に立たせてはいけない女。
アシュリー、剣の鍛錬に全てを捧げてきたため女の嗜みは苦手分野。
ユー、人間の形を取って数か月も経ってない精霊に何を期待しろと?
クリスはまあ菓子作りならむしろ得意分野で、料理だってできなくはないのだが――、
「冥王様、私の料理、よろこんでいただけるでしょうか……」
「『クリス、おいしいよ。どうしてこんなにクリスの料理はおいしいんだい?』」
「それはその、愛をたくさん込めましたから」
「『なんだって!?なんて健気なんだ、感動した!これからも毎日料理を作って欲しい』」
「それって……きゃーいけませんいけません。私は神官なのです冥王様!邪念撲滅、じゃねんぼくめーつっ☆」
とかいう一人小芝居を鍋に火を掛けたままやり始め、ぼや騒ぎになった前科がある。
それ以来彼女も彼女で一人で厨房に立つのは禁止されているのだった。
ちなみに冥王様は冥界でならそれこそ無から料理を文字通り創造することもできるだろうが、流石に畏れ多いだろう。
そんな訳でこれまで食事は出来合いのものを冥界の市場で買って済ませる惣菜生活だったのだ。
これにジェニファーが加入したところで、幼女が増えただけのこと。
まあ一応補足しておくと、ジェニファーも料理できると言えばできる。
なんか適当な具材を適当に切って、ごった煮か炒め物か鍋。味付けは適当に調味料を放り込んでそれっぽくなってれば良し。肉や卵はとりあえず焼いとけ。
中身を考えれば残念でもなく当然だが、完全なる野郎の一人暮らしの調理風景を料理と呼んでいいのであれば、料理はできる。
しかしそんなものとは比較するのも失礼になる本格的な家庭料理が、この日冥王邸の食堂に並んだ。
複雑な味付けが施された濃厚なシチュー、香辛料で下味を付けた上で香草とともに炙ったロース肉、彩り鮮やかな野菜のサラダ。
惣菜や定食屋など量を作って多くの客に出す前提のものでは味わえない、どれも料理人の個性と工夫が前面に現れたまさに“家庭料理”だった。
夕食に食べたその味を思い出しながら、深夜寮の大浴場を貸し切り状態で使っている銀髪幼女が一人呟く。
「そういえば、ああいう家庭料理を食べたのは“生まれて初めて”になるのか……?」
………冥王様とジェーンに関すること以外ではほぼノリと勢いで生きているくせに、バックボーンがやたら重いせいでやけに真に迫っているいつものアレを。
「荒野で“墓守”をやっていた頃は、固い保存食を遠く離れた町でまとめて買っては食いつなぎ。時々魔物を狩ってはその肉を食って何日も腹を下し―――今になって思えば命の危機だったな……」
独りの時間が長かったため思考を口に出すのが癖になっているのはまあいいとしても、その幼女の外見で言われるとちょっと重すぎる。
「―――それ以前にお母様などに作っていただいたことはないのですか?」
「む……正直“ジェーン”の記憶でも男に群がられて何の反応も示さなくなった映像が焼き付いていて、母に関する他の記憶なんか……あ」
「―――。ご、ごめんなさい……っ!」
そして思考の合間に紛れ込むように質問されたせいか、馬鹿正直に闇を漏らす辺りで役満だった。
ジェニファーが過去を思い出している間に浴場に入ってきたのだろう、抜群のプロポーションを曝し空色の髪をまとめたソフィがまさに地雷を踏んだという慌て顔をしていた。
湯気の中で水滴を弾く褐色の肌からふいと目を逸らしながら、一応厨二幼女はフォローを入れる。
「気にするな。不幸自慢がしたい訳ではないし、同情を買って悦に浸る趣味もない」
「………」
そうは言っても、としょんぼりした雰囲気で雄弁に語っているソフィ。
冥界に来たばかりでジェニファーの過去は当然知らない彼女だが、会って間もない幼女のことを気にする程度には情の深い性質らしい。
ジェニファーもそれ以上気の利いたフォローは出来なくて、しばらく気まずい沈黙が二人の間に立ち込めた。
十人以上入ってもまだまだ余裕がありそうな浴槽に裸の女二人。湯が循環し、時折零れて排水される水音が籠った部屋に響くのみ。
そんな沈黙を破ったのは、ソフィの方からの話題転換だった。
「ジェニファー様は、こんな遅い時間にいつも入浴されているのですか?」
常に明るい冥界に昼も夜もないが、一応寮則のようなもので地上と同じ一日のサイクルで皆活動することになっている。
それによると日付がそろそろ変わろうかという時刻で、風呂の後の諸々のお手入れが必要な女性ならあまり利用しない、そんな時間帯にジェニファーは浴場を使っていた。
ソフィは寮であてがわれた部屋の整理がひと段落してから、と思っていたらこんな時間になってしまっただけの話だ。
そんな彼女の体から視線を外しながら、裸の幼女は質問に答えを返す。
「話を戻すようだが、言ってしまうと今の我はそういった経緯で廃人になった幼子に男の魂が入り込んでいる状態だ。付くものが付いていないしこんな年齢の体で、女体に性的興奮を覚えることなどないが―――要らぬ助平心を疑われても心外なのでな」
寮の部屋には備え付けのシャワーもあるが、自分だけ大浴場を使えないのも釈然としないので、時間をずらして入浴という妥協してるんだかしてないんだかよく分からない結論だった。
というか、風呂では眼帯を外さないといけないのでもしクリスと鉢合わせると顔面にグーパン叩き込みそうになるという理由の方が性欲云々よりむしろデカい。流石に風呂でまで「くっ、右腕が疼く……!」はやりたくないらしい。
「………別人の魂が肉体に、ですか。そんな事もあるのですね」
「逆に、それを聞いた汝は気にしないのか?」
「うーん……どうにも実感が湧かないせいですかね、特には何も」
まじまじとジェニファーを見つめるソフィという女の容姿は、冥界の王が口説きに掛かる程度にはエキゾチックな魅力に溢れた垂涎の肉体だった。
が、それが優れていることは知識として理解できても、だからどうしたい、という気持ちがいまいち抱けない。興味のない人間に優れた名画を見せても大した反応を得られないように。
「―――まあ、所詮余禄である」
「?どういう……?」
少しの間思考に耽溺した後、呟いた厨二幼女に訝し気にするソフィ。
彼女に対して皮肉気な笑みを横顔に見せると、いつも通りの適当をそれっぽく嘯く。
「放浪のダークエルフィン、主上のナンパに引っ掛かって冥界まで来てしまった新たなアイリス。
汝と我は似ている気もしたが――そうでもないな、とふと思っただけだ」
「私には、貴女とは親近感を覚えるくらい近しく感じられるのですけどねえ」
「……っ?」
その適当で、適当さ故に一面の真理を述べたと思っていた元墓守は、思わぬタイミングで否定を返され一瞬表情が止まる。
その原因となったダークエルフは、己と共通点があると言う紅眼虹眼幼女をただその金色の瞳で暖かく見つめるのみだった。
思わず見つめ合う形になり……先に視線を外したのは、ジェニファーの方。
「汝がそう言うのであれば、そういうことにしておくさ。
年長者の話は聞くものだからな」
「はい?誰が256歳のババアですか?」
「うむ、我は数えで10歳の幼女である」
「………」
「………」
唐突だが最初に地雷を踏まされた仕返しとしてぶっこんだソフィの自虐ネタが、まさかの煽りで返される。
大抵の相手は何ともリアクションしづらい様子で固まるのだが、この幼女は一本取り返してやったと言わんばかりににやりと笑った。
そしてひらひらと手を振りながら先に上がる、と言って浴場を後にするジェニファー。
その小さな背中を見送りながら、放浪のダークエルフは小さく呟くのだった。
「『ここでなら、この方に付いていけば、何かが見つかるかもしれない』
―――私も、あなたも、そう期待しているのではないですか?」
心の空虚に吹く隙間風。
風の行くまま一人旅とは言えど、その風の正体がそんなものであるのなら、何も気楽なことなどない。
ソフィは受け流し方を知っているだけ。ジェニファーはまだ自覚すらおそらく持っていない。
見つかるといいですねえ――――256年、見つかる気配すらないが故に口に出すことも憚られる願望。
それを共に抱くジェニファーは、ソフィにとって親近感どころか同志とすら想えていたのだった。