戦闘シーンはやっぱ書いてて楽しいです。
二チーム対二チームの計十五名が入り乱れるファウスタ武術大会準決勝。
開始と同時に大きく動いたのは、人数の多いCDブロック側だった。
五対五の時より確実に狭い舞台上で、アイリス達を半包囲するように散開する。
数の利を生かすには当然のことだし、これまでの試合でセシルの火力が見られている以上はまとめてやられかねない密集の愚を犯す必然性も無い。
だがそうやって互いの距離を置くということは、接近戦用の武器しか持たない者同士互いにカバーに入るのに一拍遅れるということでもある。一人一人の実力を考えれば、その一拍すら保たせられないという事態は通常考えにくいことではあったが―――。
「ジェニファー様っ」
「輝電装刃【エンチャント・サンダー】――――“裂雷のエリュシオン”」
雷の速さで疾る幼女という情報はここまでの試合で出ていなかった。というより、味方に攻撃魔法を撃ってもらってそれによって強化した技を放つ、という戦術自体がここまで一人チームだったジェニファーの戦いぶりから想定の埒外だっただろう。
それでも手練れの為せる技か、東方の剣客の一人は稲妻を纏う“水晶”の一閃をか細い刀で咄嗟に捌き………脇腹に突き刺さった蹴りが肋骨を砕きつつ舞台の下に吹き飛ばす。
その戦果を確認することなくオッドアイ幼女は“黒”の刀身を楯にし、狙い精確に腹部を狙ってきた銃弾を弾いた。
「油断も隙もないねえ。けど言ったろう?あんたと戦えるの楽しみにしてたんだ。余所見してるんじゃないよ!!」
「……チッ。もう一人くらいは削って置きたかったがな。肩慣らしくらいさせてもらっても罰はあたらないだろうに」
「いつも通り幼女強いっ!早くも一名リングアウト脱落、それをギゼリック陛下が抑えに掛かるっ。ていうか、この幼女も銃弾を剣で弾いてるんですけど何なんですかね超反応!?」
「うーん、私もやってやれなくはないけれど……」
「お姉様、それができちゃう自分にまず疑問を持って?」
嫌なタイミングで足止めされたことに舌打ちするジェニファーだが、おそらくこのままギゼリックとの一対一になる。他所に気を配る余裕はないであろうことは、《世界樹の種子》と《深淵》の両方を持つ者同士の戦いになることと、これまでに試合での女王の強さから考えてアイリス達は皆分かっていた。
故に、スゴ肉三兄弟と『天下五剣』にそれぞれ対処するべく『冥王スプラッシュガールズ』も二手に分かれる。
筋骨隆々の巨漢三人の前に立ったのは、斧使いのダークエルフィンと武道家シスター。
「せえいっ!」
「おっ、と……っ、姉ちゃん細身の割にいい筋力してるじゃないか。エルフィンってのは肉を食べない代わりにプロテインで日々筋肉を鍛える部族なのかい?」
「―――うふふ」
「~~~ッ!?やべえ悪寒がしやがる。兄弟、この姐さん一筋縄じゃいかねえぜ!」
「ああ、どこぞの悪い子みたいなこと言ってくれて。でもあの子なら可愛い悪戯で許せますのに………いい年して口は災いの元と、ご存じでない?」
何やら据わった目つきになったソフィが鬼神の如く戦斧を回転させつつ叩きつける。その勢いは長身の彼女ですら見上げる巨体を一歩退かせ、カバーに入ったもう一人の巨漢も鍔迫り合いで押し返せないほど。
その一方で拳を構えるパトリシアと、三兄弟の最後の一人が睨み合っている。
「喧嘩の腕に覚えはあるようだが、まさか俺達に通じると思ってないよな?」
「通じます。格闘技は、自分より力の強い相手でも倒せるようにたくさんの人たちが磨いて洗練させた技なんですから」
「ならやってみ―――「かみなり、パーーンチっ!!」がああああぁぁぁっっ!!?」
「「兄弟!?」」
大抵の攻撃にはびくともしない筈の巨漢が、ガードした腕を押さえて振り絞るような絶叫を上げた。
それを為したのは、細腕の修道女。彼女も拳に魔術で雷を纏わせているが、それでどうにかなるような鍛え方はしていない……筈なのに。
「おおっとぉ!?これまで剣で斬られても平気な顔して戦っていたスゴ肉さんが、痛みに悶絶している!これはどういうことだー!?」
「………ジェニファーさん、たまに変な事知ってるんですよね」
「なにぃ?」
「人体急所以外にも、人間の体にはどうしても鍛えられない部分があるんです。―――皮膚を剥がされる痛み、とか」
「……!?」
改めて確認すると、パトリシアの軽い裏拳が“掠めた”男の左腕が、肘のあたりで大きく皮を削がれて赤々しい肉を覗かせている。空気に触れることすら激痛が走っているのは想像に難くなく、見ているだけでも想像の痛みに震えそうになることだろう。
「あまり使いたい技じゃないんですけど、こっちだって負けられない理由があるんです。だから……パトリシア=シャンディ、推し通るっっ!!」
今のパトリシアは四肢をしならせまるで鞭のように相手に叩きつける動きを繰り出している。意図するところも同じ、相手の肉体を打ち壊すのではなく、激痛で動きを鈍らせながら少しずつ削るそれだ。
「嘗めんなよ嬢ちゃん。例えどんな痛みだろうと、大の男がそんなもんに怯んでギゼリック様の親衛隊が務まるか―――ッッ」
「こっちだって冥王様の親衛た「うわああああ~~~~っと、サムライさん達の方でも激しい戦いが繰り広げられております!!」ーーーッッ!!」
(ユー、ナイスプレー)
チーム名の時点で怪しいことは怪しいが、親衛隊と書いてハーレムと読む方を想起しかねない爆弾発言――事実そうだとしても、この大観衆の前で言うのは危なすぎる――を、ユーがすんでのところでセーブする。
と言っても、確かにそちらの方でも当然ながら激しい攻防が繰り広げられている。
軽装の上この辺りでは軽量の部類に入る刀を使う東方の剣客四人に対し、同様のコトとアサシンメイドのベアトリーチェ、またセシルも風の精霊の力を借りて生来の鈍臭さの割に身動き自体は速い。
その結果起きるのは、三対四の乱戦だった。
「ひゃああ~~っ、こないでくださーいっ!」
「ええいすばしっこい、妖術使いめ……!」
「くの一風情が、こいつっ!?」
「残念、残像です―――が、やりますね」
足を止めた者から狩られると言わんばかりに、引き撃ちに徹するセシルとその精霊魔術による炎弾を捌きながら追う剣士。巧みな足捌きで相手に動きを見切らせないながらも、仕掛けようとした途端に間合いから逃げられる駆け引きを繰り広げるベアトリーチェ。
「ちょ、私だけ二人って、あーもー!」
「まずは貴様から落ちろ、細雪(ささめゆき)の凶刃!!」
また相手のリーダーともう一人を引き受けるコトは、当然ながら駆けずり回ることで挟み撃ちを避け、逆に狩ろうとする側は間断なく二方向から攻め立てることで彼女の反撃を最小限に抑え込んでいる。
計七振りの白刃が鋭い斬閃を空に描く中をセシルの魔術が明るく彩る光景は、剣呑ながらも酷く目を惹きつける剣乱武闘。
「私実況でありながら言葉もありません。美しい――その感想さえも無粋に感じられます」
「達人がこれだけ揃ってぶつかり合うと、こんな光景が生まれるんだね……」
乱戦も乱戦、いつ血飛沫が舞ってもおかしくない凶悪な空間だが、それでも只人が生きていける筈もないのに吸い寄せられる魔的な完成度の芸術と呼んでいい場所だっただろう。
そして、力と頑強さが、技と速さが競い合う二つの場を置いて。
王威と暴威が激突する。
「かあぁぁぁぁっ!!!」
「おおおォォォっ!!!」
“水晶”が閃く。“黒”が唸る。蛮刀が踊る。鉄砲が震わせる。
力は今更言うに及ばず。頑強さは並大抵の威力では荒れ狂う《深淵》に呑まれるだけ。技は洗練させたものでなくとも実戦で幾人もの手練れを斬ってきた確かなもので。速さは―――。
「どうしたっ!『黒の剣巫』ってのはその程度かい!?」
「……安い挑発だっ」
「安売りさせられる身にもなっておくれよ!薄っぺらい布を目の前でひらひらされても、癪に障るだけなのさ」
更に回転を上げ、常人の目には視認できない暴風雨のよう。
時たま刃同士がぶつかり合う一瞬だけ、閃光と共に剣の残影が目に焼き付く。
信仰に身を捧げ修練に明け暮れた歴戦の聖騎士を惨殺し続けた冥王の巫女ジェニファー。
伏魔殿と化した王宮を血塗られた粛清でねじ伏せ、戦乱の世にあって陰謀渦巻く都市同盟の王に君臨するギゼリック。
戦の経験というだけなら、長命種も多いこの世界で年若い彼女達を上回る者は大勢いるだろう。だが、襲い掛かった逆境と修羅場の質で言うならそうはいまい。そして、それを潜り抜けることを可能としたのが絶望を糧とする暗黒の力だ。
そして持ち主の能力を飛躍的に高める魔力の結晶、《世界樹の種子》が双方の中に宿っている。
それがこの場において、その二つの威力を遠慮なく叩きつけられる相手に出会えたことで最大限の力を見せていた。
――――本当に?
六対九で始まったこの団体戦。
脱落者は未だ一名。勝負の天秤は今のところ、釣り合っている。
アナちゃん先生暴れ過ぎぃ……。
いや、フラットな眼で見れれば多分可愛いんだ。
問題はずっとセシルがお嫁さんとして可愛く甘えてくるのにほっこりし続けてきたせいで、その母親が娘の旦那様にあの言動をしてると考えると「うわキツ」以外の感想が出てこないことなんだ……。